紫花見のご案内
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/18 22:21



■オープニング本文


 安州から北へ馬で数日ほどの距離に、その街はある。
 様々な隊商が宿場町などに用いていたその街は、同時に定期市も開催されるという交易の街でもあった。
 行き交う人。行き交うモノ。
 安州からそれほど離れていないこともあってか賑わいの多い場所であり、そしてやり手の商人たちがそれに目をつけたのも納得の行く話であった。

 ――ここを、更に賑わいのある街にしよう。

 早い話が観光地としての一面をもたせようという計画である。
 定期市のたびに交易で手に入るさまざまな物品は朱藩各地の名産のみならず、他国のものも溢れかえる。
 景色の方も悪くない。近くには温泉もあり、それも宿場町として成立した理由の一つであった。
 ――だが、もうひとつくらい目玉があれば。
 その街において氏族を凌ぐかとも思われる実力を持つようになった商人たちは考えた。そして、好事家と呼ばれるたぐいのものにも声をかけ、その街は大きな変化を遂げるにいたったのである。

 いま、【人工桃源】の二つ名をもつその街は、『春夏冬』と書いて、『あきない』と呼ばれることもある。
 元の名は楸希(しゅうき)――商人たちの名付けはちょっとばかり洒落が聞いているようだった。


「それで、これからは開拓者の方々にもどんどんいらしてもらいたくてですね」
 その街からやってきたという若い男は、そう言って笑った。
「なにぶん観光地としてはまだまだ新しい街だ。商人たちがあたらしく催事などを目玉にしようとしているわけですけどね、一般にはまだまだ知名度が低い。……で、ですね」
 若者は手元の袋から何やら計画書のようなものを取り出す。
「皆さんにお披露目――というわけで。折角なんで、いわゆる相棒の皆さんと野掛けなんてどうでしょう。いえね、花の公園なんてものを作りましてね、四季の花が咲くようにしてるんですが、まだ客足が乏しくて。今の季節なら紫陽花や花菖蒲、ああ梔子の花なんてのもありますね。百合なんかもそろそろ咲き初めがある。それに夜になれば蛍もそろそろですね。そういうのを見てからだとこころを休めるのも、開拓者には必要でしょう?」
 聞いていると、なんだかそれだけでも楽しくなりそうだ。
 昼は初夏の花を堪能し、夜は蛍との逢瀬を楽しむ。
「宣伝も兼ねているので、食事なんぞはこちらで弁当を用意しますよ。天気は……晴れているといいですけどね」
 若者は苦笑しながら、自前で作ったであろう張り紙と一緒に、依頼の手続きを済ませるのだった。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 御凪 縁(ib7863) / ゼス=R=御凪(ib8732) / 蔵 秀春(ic0690) / アイリーン(ic0813


■リプレイ本文


 『春夏冬』という街は、古くて同時に新しい。
 かつての交易拠点のひとつが、その交易の街という姿をそのままに、観光地としての新たな一面がついたというわけだ。
 他の国で言うなれば、これは恐らく『はいぶりっど』というやつなのだろう。……と誰かが言っていた。商人の一人かもしれない。何しろこの国は国王を始めとして、数多くのいわゆる『かぶきもの』が多いから。
 そしてそれを粋と思っている若者たちも少なくない。
 好事家も多い。
 そんな者たちが作り上げたこの春夏冬の街、それはきっと理想郷のようなものを目指しているのだろう。
 楽しく、笑顔の絶えぬ街。
 飽きることのないしあわせを、という願いの篭ったその街の名前。
 ――『あきない』は、『商い』であると同時に『飽きない』。
 その想いは、訪れる者たちに伝わるのだろうか。


 その場所、「花の公園」は街の外れにあるということが、ギルドの案内に記されていた。
 街の中央付近から放射状に伸びた道のひとつをたどっていくといいらしい、ということだった。案内の看板を見るとどうやら、道を境にして、商人街、宿屋街、などというふうに分かれているらしい。初めて街に来たものなら、それだけで随分先進的な構造だと思うのかもしれない。町の中央は広場になっており、四季おりおりの催事などで色々行われるのだろう。
 そう考えると、なんだか今から楽しくなってくる。
 町並みはわざと古く見せていたり、逆に泰国式の建築物が並んでいる一角があったり、これも見ているだけで面白い。
 そしてそんな町並みをひと通り通り抜けた先、そこに目的地たる「花の公園」があるのだった。


「開拓者の皆様ですね、今回はようこそおいでくださいました」
 公園の入口には、弁当箱の包みを用意した中年の婦人が笑って待っている。
「街の方はまだ完全ってわけじゃないですけどね、こちらは十分楽しめるようになっていますよ。天気もよろしくてよかった」
 いかにもおしゃべりの好きそうな女性だが、この街にさらなる賑わいを、と思うと余計に口がまわるものなのかもしれない。
「もともとは交易のための宿場町だったんですけれどね。そればかりじゃあ、今はやって行けませんし、何より癒しのようなものは大事でしょう」
 婦人はにっこり笑う。
「開拓者の皆さんは何しろ天儀をまたにかけて活動なさっているから、うわさ話なども様々に飛びやすい。今回のお披露目を兼ねた花見会も、そういう開拓者さんのそういった情報伝播の力に期待しているんですよ。人が来て、そしてこの街は動き出す。金は天下の回りものっていうじゃないですか、それをヒトの力で実践しているっていうか……それがこの街にとっての一番の力みたいなものですからね」
 なるほど。この街は商人の力が強いというのも、これを聞くと納得という感じだ。喩えや、街全体の雰囲気。そんなものが、いかにも『官』であるより『民』の街であるというふつふつと若上がってきそうな活気の種のようなものを感じる事ができる。
「さあ、お弁当はこちらです。今日の一日、楽しんでいらして下さい――」
 中年婦人に見送られ、紫色の美しい草木染めの風呂敷に包まれた弁当箱を手に、ゆっくりと公園の中に足を運ぶ開拓者たちであった。


 公園の作りは、順路にそって四季折々の花が植わっているという感じだった。
「お花が咲くのは、午前の早い時間帯が多いのですよね」
 和奏(ia8807)はそう言いながら、人妖の光華を伴って公園に入った。
 光華は先だって作ってもらった衣装を嬉しそうに着こなし、そしてそれが似合っていると和奏に褒めてもらいたくていつも以上に周囲をひらひらと舞っている。和奏はそんな小さな相棒のおしゃまな態度に微笑みを浮かべつつも、花に心を奪われているといった感じだ。
「花も綺麗ですけれど、この季節は緑も綺麗ですよね、光華姫」
 雨の後の、まるで世界が洗われたあとのような雨露に輝く光景は、それこそ視界が鮮明になるような錯覚すら覚えさせられる。
 光華の服も、きっといつも以上に輝いて見えるのだ。それは光華自身もわかっているのだろう、余計に自分を可愛らしく見せたいという、女の子によくある可愛らしい見栄のようなものかもしれない。
 和奏はとくに、幼い頃から庭を見て暮らしていた。だからこそわかる、この公園の花々の美しさ、というのがあるのだろう。
「雨の日の柳や睡蓮は、それは風情があって綺麗なんですよ」
 無邪気に微笑み、和奏は幼い頃を思い出す。
 そういえば実家の付近には鉄扇の好きな人がいたのだろうか、薔薇や牡丹の他に紫紺の鉄扇が植えられていたものだ。そんなことを思うと、遠くになった幼い日々が、妙に懐かしく感じられた。

 いっぽう、
「しらさぎ、ピクニックに行きませんか?」
 そう言ってからくりのしらさぎとともに公園にやってきたのは礼野 真夢紀(ia1144)。
 雨の多いこの季節、雨がもしも降った時にはすぐにさせるように傘を、一方で好天に恵まれた場合は蒸し暑くなることも予想されるので半分凍らせた岩清水をそれぞれ水筒に用意し、すっかり楽しむ準備は万全だった。
 幸いにも天気は程よく晴れ、真夢紀もしらさぎも顔を見合わせて嬉しそうに微笑む。
「マユキ、ハレたねー。気持ちイイね」
「そうね、しらさぎ。紫陽花や花菖蒲は雨に打たれている姿を見るのも風情があっていいのだけれど……そのためにはお宿とか、東屋とかも多くないと無理だものね、濡れてしまうから」
 しらさぎの言葉に対し、季節の風情というものを少しずつ解説しながら真夢紀は公園をゆっくりと歩く。
「いい香り……」
 ふわり漂ってくるのは、この季節ならではの甘いもの。
「くちなしの香り……そういえば、しらさぎはまだお花を見たことがなかったわね」
「クチナシ、って、クリのアマニ、ミいれる?」
 しらさぎがほんのり首を傾げて主に問えば、真夢紀も嬉しそうに頷いた。
「そういえば、頂いたお弁当」
 真夢紀は綺麗な風呂敷包みを眺めながら、ちょっとだけ首を傾げた。
「この季節はものが腐りやすいから……あたしは必ず梅干しを入れるけれど、どんなお料理なのかしら?」

「紫陽花は晴れた日よりも、雨の日のほうが綺麗に見えますね」
 菊池 志郎(ia5584)が、管狐の雪待を連れてそう微笑む。
 本格的な梅雨入りよりはほんの少し早い時期、外でのんびりと過ごせるのもしばらくしたらちょっとの間おあずけになってしまう。その前にひととき羽根を伸ばしに――そんな心づもりだ。
 雪待はそんな志郎の言葉にとりあえず小さく頷いた。
「うん、濡れている方が風情がありますね……サツキもたくさん咲いていますね、満開になるととても華やかなんですよねえ……」
 ちょっとうっとりとして花々を鑑賞している志郎。でも雪待の方は典型的な花より団子という感じなのだろうか。
「志郎、もうそろそろ昼食に良い時分なのではないか? あの花菖蒲のそばの腰掛け、あそこが休むのにちょうど良さそうだぞ」
「ん、もうちょっと見てから……」
 雪待の言葉にゆるく応じていたが、いかにもウズウズしている様子で待ち構えているのを感じるとさすがに苦笑を浮かべざるを得ない。
「少し早いけれど、まあいいか」
 入り口でもらった弁当と、きっちり自作してきた弁当、腰掛けて両方を広げた。
 入り口でもらった弁当は、梅干しの入った大ぶりの握り飯がふたつ。おかずは街の近くの川でとってきた川魚の身を塩焼きにしたものや、野菜をしその葉で巻いて素揚げにしたものなどが詰められていた。素朴ではあるが、街の特色を生かした旬のもので、見た目も悪くない。
「食べ比べするぞ、志郎」
 いかにも楽しそうな声で雪待がパクリと一口。志郎の用意した弁当も素朴だが、どちらもうまいと雪待が嬉しそうに小さな口をもごもごさせる。
 そしてそんな相棒の様子が可愛らしくて、つい微笑みながら、志郎はゆったりと花を眺めていた。

「おいちりめん、花は食うなよ?」
 相棒であるジライヤのちりめんに一言ピシャリと言ってから、花見を始めたのは蔵 秀春(ic0690)。
 先だって、花見屋台で思う存分食べる機会があったせいか、ちりめんはどうやら『花見=ご飯が腹いっぱい食べられる行事』という微妙に間違った認識をしているフシがあるようなのだ。
 いや、確かに間違いすぎてはいないのだけれども……花見に弁当はつきものだし。
 そんな訳で、順路に沿っての花見もそこそこに、弁当を広げることになった。もちろん、ちりめんはジュルリという音を立ててよだれを零さんばかりなのを何とかおし留めているような状態である。
「おいおい、自分の分の弁当も欲しい、ってか?」
 きちんと人間と相棒、それぞれの弁当が用意されているにもかかわらず、食いしん坊のちりめんはすでに目が釘付けなのだ。
「仕方ねえな。分けてやるから、とりあえずはこれで我慢しろよ」
 そう言いながら一人と一体はむしゃむしゃと弁当を食べる。そして腹もくちくなったところで、再び季節の花を鑑賞することにした。
 紫陽花、サツキ、花菖蒲。少し早いけれど、朝顔。
「……んー……こいつはいい簪の意匠になりそうじゃないか。ちょっと待ってろ、作ってみるか」
 普段は簪職人である秀春、花々の咲き誇る様子を見て職人魂が疼いたのか、普段から持ち歩いている仕事道具を取り出して、ちょっとした簪を作り上げた。
 それをちょこんと覗いて見ていたのはアイリーン(ic0813)だ。まだまだ駆け出しの彼女は、街の近くに自らの相棒である駿龍を待たせた状態ながらも公園を散策していたのだ。
「うわぁ、すごいですね」
 素直な感想。年頃の少女にとって、その身を飾る装飾品のたぐいは目を奪われてしかたのないものだ。もちろん、アイリーンもそれは同じこと。
「ん……ここでの記念ってわけじゃないが、ひとつやろうか」
 秀春は出来上がったばかりの紫陽花の簪をアイリーンに差し出した。
「え、いいの?!」
「おう、簪なんて女の身を飾るものだしな。お前さんがつけている方が、簪も喜ぶだろ」
 秀春の口元には微笑が浮かんでいる。こういう心遣いはほんとうに嬉しいものだ。
「ありがとう、おじさん!」
 ……しかし娘ほども年の離れた少女では、こう返されてしまうのも無理はなく。
「おじさん、か。まあそうだよなあ」
 そこまで無邪気に言われてしまっては、苦笑を浮かべるしかない。
 そしてそんな様子を真夢紀や和奏も見ていたらしく、真夢紀はしらさぎと揃いの紫陽花の簪を、和奏は光華のために牡丹の簪をあつらえてもらった。
「いい記念になりますね」
 誰もがそう、微笑み合っていた。



 この季節、昼は驚くほどに長い。
 とは言え太陽が地面に隠れてしまうほどになれば、空気も大分涼やかになってくる。
 そして世界が薄闇に包まれてしまえば、その趣もガラリと変わる。
 公園の中を流れるせせらぎからひとつ、またひとつと浮かび上がるはかない光。お互いの伴侶を決めるべく光るその仄かな光は、チラチラとそこここで見受けられ、そしてふいっと飛び回っていく。
 そんな幻想的な光景に心惹かれてしまうのは、やはりその光――蛍が、まるで命のともしびであるかのごとく見えてしまうためだろうか。
 そんな、薄闇の公園を歩いているのは、柚乃(ia0638)。からくりの天澪に蛍を見せてあげたいという柚乃の優しさがかいま見える。薄暗いなか、特に水辺は足元が滑りやすくなっているので、転んだりしないように注意を払いながら手をつないでの散策である。
「そういえば、天澪はホタルを見たことはなかったよね?」
 柚乃がそっと尋ねれば、
「ふわふわちかちか、陰陽師の夜光虫に似ているけれど……あれとは違うの?」
 きょとんとした顔で、からくりは小首を傾げた。
「そうね。夜光虫とは似ているように見えるけれど、ぜんぜん違う。ホタルは虫なの。かりそめのものではなく、ちゃんと一つの命を持っているから」
「なるほど……」
 天澪はその光を興味津々に見つめた。いのちというのは、からくりにとってはわかるようでわからない不思議なもの。興味深げにその光に手を伸ばそうとしたけれど――
「掴んだりしたら、ダメだからね? いきものだって言ったでしょう? ホタルも驚いちゃうから……」
 優しい笑みを浮かべた主にそっとたしなめられる。
「いきものは繊細だね。からくりとも、違うんだね」
 繊細な作りをしているからくりの少女は、言われてこくりと頷く。
 ひととからくり、どちらが繊細かなんて決めることはできないけれど。
「でも、一寸の虫にも五分の魂、なんて言葉があるから、きっとひとよりもうんと繊細なんだよ、ホタルは」
「なんとなくわかる気がする」
 少女とからくりはこくりと頷きあった。
 そういったやり取りが、いつしか心のなかで響き渡る旋律となるのだと、言葉を紡ぎ、風景を眺め。
「でも夜も綺麗だけれど、日中も綺麗だよね。明日はいっぱい、いろんなお花を見ようね」
 柚乃は天澪に笑いかけた。そっと指切りをして、約束する。
「だって、せっかくだもの。都に戻る前に、思い出はいっぱい作りたいから」
「うん……今度は他のみんなも一緒にこられたら、きっといいね」
 そうだね。
 二人は主従と言うよりもまるでごく当たり前の友人であるかのように、クスクスと笑いあった。

 そしてこちらには、しっとりと歩く男女。
 着流し姿でゆったりと歩く御凪 縁(ib7863)と、中性的な美貌の恋人、ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)――但し今は目深にフードをかぶっている――だ。
 ジルベリア出身のゼスにとって、天儀での出来事はまだまだ目新しいことが多い。今回も蛍を見たことがないという彼女の言葉を聞いた縁がそれならばと二人でのちょっとした旅行を提案した感じなのである。
「図鑑では見たことがあるが……夜にしか見られないのであれば、しかたがないのだろうな」
 ぶっきらぼうな言い方だが、年頃の乙女らしい一面もしっかり備えている。彼女は本当は闇夜が得意ではないのだ。
「それでも縁が隣にいるのであれば、大丈夫だ」
「ありがたいこと言ってくれるな」
 縁は笑う。彼としては石鏡の湖水祭に誘いたかったらしいが、天儀の祭りとなれば衣装に悩みそうだという事を考慮してのお誘いである。いわく、
『こういった新しいところのほうが平服で来れるし、何よりゼスの奴も気楽だろうと思ってさ』
 ……ごちそうさまです。
 それはともかく、二人は薄闇の中を歩いていく。お互いの相棒――ちなみに互いに駿龍である――はちゃんと公園に入る前に預かってもらっている。
「あいつらにもなにか土産があるといいんだけどな」
「街の方にあすにでも行ってみよう。交易の街ともいう話だったから、手頃な土産物も用意されているかもしれない」
 駿龍たちと別れて行動する直前の、大きな、そして存外つぶらな瞳を思い出しながら、二人は笑う。でもその笑いも、大きいものではない。宵闇に溶ける言葉は自分たちで思うよりも大きく響いて聞こえてしまうものだ。だからこそ、密やかに。この世界に、溶けいるように。
「にしても、曇天雨天は言わずもがなだが、今夜ばかりは月にもご遠慮いただきてぇな」
 蛍の光はかそけきもの。僅かな光でも、それが霞んでしまうかもしれない。
 そんなことを縁が言って笑ってみせると、
「……あれ、か?」
 ふわり、と漂う光の露のごときものが目の前を通り過ぎた。
「ああ。綺麗だろう?」
「うん……儚くて、夢のなかのようだな。光の一つ一つが、まるで魂のようで……なんだか、切ない、な」
 ――俺は今、うまく歩けているのだろうか……。
 ゼスの心をよぎるのは、きっと故郷のこと。けれど直ぐに気を取り直して、首をふるりと振った。
 と、縁が手をひょいと動かす。何かを包むかのようにした手は、隙間から薄い光がこぼれていた。
「こいつらは成虫になるまで一年とかかかるのに、成虫になってからは一週間かそこらしか生きられねえ。だから、命燃やして光ってるんだな。俺らの一生はこいつらに比べりゃあ長ぇもんだが、見習わないとな。……一生懸命、命燃やさねえとな」
 そうささやいて、またその手を広げ、蛍を開放してやる。
 言わずとも、きっとその思いが伝わったのだろう。縁はやさしく笑って、そっと恋人の頭を撫でてやった。わずかに頬を染めたゼスだが、小さく、小さく頷いてみせた。


 そうして一時の休暇を終え、皆が帰途についた頃。
 それぞれのもとに、一枚の手紙が届いた。

『皆様、お楽しみいただけたでしょうか。
 春夏冬の街は、こうやって人とのつながりを大事にしたい街。
 文字通り飽きることなく、過ごしてもらえたら――
 そんなささやかな願いが、込められた街。
 笑顔を絶やさない街。

 そう、この街は――貴方に幸せを届ける街だから。
 この公園を訪れた貴方に、その思いが少しでも伝われば、幸いです。』

 その優しい言葉に、また誰もが微笑みを作るのだった。