理穴からの手紙
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/25 21:48



■オープニング本文


「おや、来風さん。今日はどうしたんですか?」
 神楽の都、開拓者ギルドにて。
 よく見かける犬耳の神威人――来風(iz0284)の姿を見て、職員が声をかけた。
「え、ああ。こんにちは」
 どこかそわそわした様子の来風である。
「何かあったんですか? また依頼の相談でしょうか」
「あ、ええと――確かに、そうなんですけれど」
 来風は椅子をすすめられるままに座り、懐から手紙を取り出した。
「理穴に住む、遠縁からの手紙です。何やら面白い話があるということで」
 理穴といえば、来風の出身地でもある。
「では、久々に里帰り……の割には、少し難しそうな顔をしていますね」
 彼女の眉間に浮かんだシワを見て、職員はその手紙を見ていいかと聞く。来風は小さく頷いた。


 ――来風へ。
 貴方が開拓者として都へ行って半年近くになると聞きました。
 随分と頑張っているのでしょうね。
 都にはさまざまな物語もあるし、貴方にとってはきっと天国のような場所でしょう。

 ところで。
 私が住んでいる里の近くに最近怪しい老人が現れるようになりました。
 何があるというわけでもないのですが、何やらおかしな昔話のような話を色々と知っているらしいのです。
 私たちからすればただの怪しい人ですが、来風からすればちがうのかもしれないと思い、手紙をしたためています。
 折角なので、一度会いに来てくれると嬉しいです。
 地元の山菜や筍の料理を振舞いますよ。
 ただ、最近は近くで怪しい影を見ることも多く、里の民も不安がっているので、開拓者として来てくれるとなお嬉しいです。

 では、楽しみにしています。



「ということで、久しぶりに理穴に戻ろうとは思うのですが」
 来風はそこでわずかに言葉を濁した。
「何か、心配事でも?」
「あ、その……この手紙を書いてくれたのは大叔母なのですが、そちらの住まいは、わたしが住んでいた里よりもだいぶ魔の森に近いところなのです。もしかしたら、アヤカシが近くにいる可能性もあるのですが……」
 開拓者とはいえ、実戦経験に乏しい来風にとってはたとえ雑魚でも危なっかしいのではと不安なのだそうだ。
「折角食べ物も用意してくれるというし、万が一に備えて、複数人で行くほうが安全かな、と思いまして」
 美味しい食べ物とあやしい昔話、そしてアヤカシの存在の可能性。
 どれがどうなるかわからないが、たしかに単独行動は危険そうだ。
「わかりました。……良い思い出になると、いいですね」
 開拓者となってからの理穴への里帰りははじめての来風。
 一体どういうことが待ち受けているのだろう――?



■参加者一覧
墨雪(ic0031
25歳・男・騎
江守 梅(ic0353
92歳・女・シ
ユエン(ic0531
11歳・女・砲
錘(ic0801
16歳・女・サ


■リプレイ本文


「こ、今回は、よろしくお願いします……!」
 来風(iz0284)は、集まってくれた開拓者たちに深く礼をする。少し緊張しているようにみえるのは、彼女自身が開拓者として行動するのがはじめてだから――だろう。
「緊張せんでも大丈夫。……それよりも、おいしい山菜料理などは楽しみどすなぁ」
 そう言って微笑んでくれるのは、江守 梅(ic0353)。孫娘のユエン(ic0531)を伴っての、ちょっとした小旅行である。
「ユエンと言います、どうぞよろしくお願いしますっ」
 孫娘はそう挨拶しながら、ぺこっと礼をする。まだ幼い少女らしい、素直さがかいま見えて、集まっていた開拓者たちは思わず口元を緩めた。
「魔の森に近い地域……と聞きました。私たち開拓者の出番ですね」
 錘(ic0801)もまだ開拓者になってそれほど時間は経っていない。緑色の瞳に僅かな緊張を宿しつつ、それでもその緊張をほんのりと心地よく感じているのはやはり開拓者としての本分をきちんとわきまえているが故であろう。
「そんなに緊張しないで下さい。まだ魔の森に飲み込まれたとか、そういうわけではないですから……ちょっとした羽伸ばしも兼ねた感じで、いきましょう?」
 さっきまで硬くなっていたはずの来風もだいぶほぐれてきたのか、ほんのりと笑う。彼女としてはアヤカシも気になるが、それと同じくらい怪しげな伝承とやらに興味津々なのだ。これも作家を目指すからとも言えるだろうが、つまりが夢見がちな少女が素直にそのまま育った――そう言えばみな理解が早いだろうか。澄んだ瞳は疑うということを知らぬ、そんな眼差し。
「まあ、たしかにそうだな。旬の食材などの料理を味わえるというなら、それは素直に楽しみたいところだ」
 墨雪(ic0031)は、淡々とした口調で言う。しかしその言葉の何処かにはやはりどこか楽しそうな雰囲気が紛れていて、皆がなんだかんだで料理などを楽しみにしているのは間違いなさそうだった。
「ええ。実はわたしも、大叔母の家に行くのは随分と久々なんです。……楽しみですね」
 その無邪気そうな笑顔は、開拓者たちの心を解きほぐすのに十分なものであった。
「ああ、そうだ」
 梅はぽん、と手を叩く。
「せっかくご馳走になるんやから、村に着く前に何か手土産を用意したいところどすな」
「そうですね、おばあさま。みんなで何か用意したいのです」
 そんな訳で、精霊門をくぐる前にかんたんな手土産を都で調達することと相成ったのである。定番とも言える干し肉や茶葉などもだが、大叔母の住むのは海から離れている場所ということで、海産物やその干物もそれなりに加えることにした。また、アル=カマルの香辛料など、小さな村では手に入りにくいものなども含まれている。
 梅とユエンのおばあちゃんと孫コンビがいきいきと動き、随分と値切ってもらっての入手となったのは、また別の話である。


 理穴の首都、奏生までは精霊門を使った。
 時間の短縮ともなるし、何よりも安全だからだ。依頼の内容が緊急を要するものではないが、早く挨拶に行きたいのは誰もが同じこと。
「せっかく手に入れた土産物をだめにしてもあきませんからなぁ」
 梅が微笑みながら眺めているのは随分と立派な魚の干物。干物とはいえ、食料であるからして、時間の経過とともに傷みやすくなってしまう。
「来風さん、ここからはどう行くのでしょう? 東のほうなのでしょう?」
 弱いながらもアヤカシがいるらしい、その目的地。ユエンがそわそわしながら尋ねると、来風はちょっと苦笑して懐の地図を出した。
「そうですね……奏生からなら、開拓者なら2日ほどかな。理穴というのがなにぶん魔の森が多い場所なので……大叔母の村は確か以前、村ごと少し移動してその場所に落ち着いたみたいですね」
 緑茂の戦いから随分と時間が経ったようにも思えるが、実際はまだ数年なのだ。
 いまもそんな風に魔の森に怯え、移動する人々、あるいは村は他にも存在するのだろう……きっと。
「……すみません、なんだか付きあわせてしまった感じで」
 来風がちょっと肩を落としている。
「わたしも開拓者なのに、まだ自信がなくて、みなさんと一緒にこないと、なんだか怖くて……理穴はわたしのふるさとなのに」
 そう自嘲めいた笑いを浮かべると、そんなことはないとばかりに墨雪が口を開いた。
「いや、今までにいろいろ、魔の森や何やらで怖い思いをしたこともあるだろうし……それに、何よリ、うまいものはみんなで分けるほうがよりうまい」
 その言葉に、誰もがふっと笑みを浮かべる。どことなく近寄りがたい、真面目そうな雰囲気を持った墨雪が、そうやって励ますさまが、ひどく優しいものに思えて。普段の雰囲気との差異が、一層そう見せているのかもしれないけれど。
「……なぜ、皆は笑っているんだ?」
 わからぬは本人ばかり、しかしその和やかな雰囲気に墨雪自身もついふっと笑顔を浮かべるのだった。

 念の為に奏生の開拓者ギルドに村の位置が間違っていないか、もう一度確認してもらうことにした。付近からは依頼などが特にあったわけではないが、おおよそ位置は間違っていないということで――たしかにその付近には集落があるという情報をもらったのだ――明け方を待って、奏生の街を出立した。
 初夏を迎えた天儀、もちろん道中もあたたかく、時に涼しい風が吹くのが身体に心地よい。年齢を重ねている梅がいることから急ぎすぎずではあったが、同時にそれは出現の可能性が否定出来ないアヤカシに対しての警戒の意味も含まれていた。
 ギルドで聞いた情報にも、たしかに下級アヤカシの影が垣間見えることが示唆されていたのである。
 道は決して平坦ではない。里とは言っても人の出入りが多くない場所であれば、道というものはわかりにくくなってしまう。
 それでも彼らは彼らなりに、道を見つけ、ゆっくりと歩いて行くのだった。

「……そういえば墨雪さんは、伝承って信じますか?」
 二日目の昼、村まではもう目と鼻の先という場所までやってきた。ここまで何もなかったことでちょっと鼻歌なぞも歌いつつ、ユエンが歩きながら尋ねる。彼はわずかに眉根を寄せたあと、
「そうだな……鵜呑みにするということはないが、今回聞こうとしているのはあくまで理穴の話。俺はこの付近の歴史や風土に明るいわけじゃないからな、真偽については来風や村人に確認するほうがいいだろう」
 どちらかと言うと彼も、旬の味覚に惹かれて今回の依頼を引き受けた口であった。隠れ里というわけではないが、こういう場所はもともと人の交流もそう多くない事が多い。自分たちの語る物語も平穏な生活をしている村人たちにとってはきっとさぞかし刺激になるだろう――そう思っていた矢先、だった。


「……っ!」
 一番最初に立ち止まったのは、錘だった。
 湿度の高い、ごく普通の森に近い一本道。
 しかし――確かに感じられる、瘴気。
 そして、何かがうごめくような気配。
「錘さん?」
 来風がそう尋ねると、錘は己の口元に指を当てた。静かに、という合図である。そういえば錘は来風から常に付かず離れずの距離を保ちながら移動をしていた。幼いユエンはよく道に迷わないなあ、などと思っていたが、今からその動きを思えば、納得もいく。
 その動きは、典型的な護衛の動き方そのものだったからだ。
「……あっ……やっぱり、出ちゃいました、か……っ!」
 そして息を押し殺しながら、ユエンが指をさす。
 そこにいたのは、白羽根玉と呼ばれる下級アヤカシである。それが数体、確かに存在していた。
「現れたか」
 墨雪が大きな斧をぶんと振りかざす。
「まだ村には到着しておらんけれど……なるほど、これではこの辺りの村の人も難儀しはるやろのぉ」
 梅も忍刀を取り出して、静かに構えた。
 敵は決して強くはない。数も少ない。しかし、普段から使うであろう道に現れるのは好ましいことではない。むしろ、その反対だ。
「ユエン、ぬちゃっとしたのは苦手ですけど、これなら……」
 そう言って、自らの武器を取り出す。
「そう、ユエンは絶対に引かないのですっ」
 それは決意。
 物心付く前にアヤカシに両親を殺され、梅のもとで育った彼女の誓いのようなもの。
 引いてしまえば、それは負けを認めることになる。
 そして、高齢の祖母とともに開拓者として活動している現在、そんな祖母を心配させたくない、そのためには己が強くならなくては――それが、ユエンの行動理由のようなもの。
「いきます!」
 まだ幼い身体には大ぶりなフリントロック銃を構え、そして彼女は叫んだ。
「やらせません、絶対に……!」
 それはまた錘も似たような思いであり。小ぶりな戦斧を構え、飛び道具使いであるユエンと来風を後ろに下がらせると、たん、と一歩踏み出して斧を振るう。斧頭が重い戦斧は流れるように白羽根玉を捉え、その一部を切り離す。それにやや遅れるようにして、ユエンの銃弾と来風の矢が順に飛んでいく。
 梅も、墨雪も、各々のできることを――つまり手にしていた得物を振るう。
 幸か不幸か、白羽根玉が思う以上に少数での行動であり、墨雪が足止めをしている間に皆が二度三度と攻撃を繰り返せばやがて彼らは地に落ちていった。
「……びっくりしました。さすがに、こんな昼日中から、人も少なからず通るだろう場所に、アヤカシだなんて――」
 はじめての戦闘を終え、来風も小さく息をつく。むろん知識としては知っていた。しかし、実践と知識では雲泥の差があるのだと、しみじみ実感したのである。
「……戦闘って、やはりすごいんですね」
 来風が耳をぺたりと伏せると、
「怖気づいたのか?」
 墨雪がたずね、そして錘も心配そうに顔を覗き込む。
「だいじょうぶ、です。わたしだって……開拓者、ですから」
 来風は顔を上げて微笑む。まだ少し無理をしているのか額に汗が浮いているけれども、それでも瞳の奥にはそれまでになかった強い輝きが、確かに宿るようになっていた。
「さあ、もうすぐ村のはずです。行きましょう」
 尾をぶるんとふるって、来風はまた頷いた。
 自分にも、みんなにも、言い聞かせるようにして。


 それから小半時ほどで森を抜けると、ようやく来風の大叔母の住むという里にたどり着いた。
「おばさま!」
 来風は大叔母という人物を目ざとく見つけて走りだす。
「おやまあ来風ちゃん、来てくれたんだねえ! 道中大変じゃなかったかい?」
 そう言った来風の大叔母――穂垂という名前らしいが、来風に似た雰囲気の女性だった。つまりがぴんとたった犬耳の神威人なのである。髪の色はやや白いものが混じっているようだが、快活そうな瞳は色こそ違えど来風のそれに似た光を持っている。
「それが――」
 来風はゆっくりと、先ほどの出来事を語り出した。

「……そんなところにまでアヤカシがいたのかい……」
「ええ、まだ弱いものやったけれど、それは開拓者にとってどすからなあ」
 開拓者たちは村人たちにも自己紹介を済ませてから、ざっと説明をしたのだった。
「ああ、これはみんなからのおみやげなのです」
 ユエンと梅が、持ち込んできた香辛料や干物、干し肉などを差し出す。
「おやおや、これは腕を振るわなくっちゃあね」
 穂垂は愉快そうに笑った。
「あ、あと、今回ここに来たのは……この間の手紙にあった、あやしい言い伝えか何かを話すおじいさんのことを」
「だな。俺達も料理だけじゃなく、そちらにも興味が無いわけではない」
 来風の言葉を受けて、墨雪もこくりと頷く。
「ああ、あの爺さんか……随分酔狂な人だけど、本当に会いたいのかい? あんなことを手紙に書いておいて、こう言うのも何だけれど」
「はい!」
 来風が大きく頷く。
「もともと来風の一番の目的はそれで、その護衛としても雇われている感じだからな、私たちも」
 錘も付け加える。穂垂は小さく息をついて、それから頷いた。
「その人は里近くにすんでるよ。ちょっと離れたところだから、子どもはもちろん大人もめったに近寄らない」
 食料などはその人物が直接買いに来るのだという。
「最近アヤカシの気配がある割にその人は平気そうだから、あるいは元開拓者なのかもしれないけどねえ……。とりあえず、行くとしても明日にした方がいい。今日は流石に疲れているだろう? せっかくのおみやげと一緒に、ご馳走を振る舞うよ」
「おお、それならこのばぁばでもお手伝いできると思いますぞぇ」
 梅が笑うと、ユエンも頷いた。
「みんなで美味しいごちそう、楽しみなのです!」

 足りない食材は村外れに自生しているということで、護衛も兼ねて墨雪がその手伝いに向かう。その間にそれとなくアヤカシについて聞いてみたところ、やはり以前よりも目撃頻度は上がっているのだという。
「それでも今はまだなんとか襲われずにすんでるから、ありがたいことだよ」
 村人の一人はそういって笑った。
 一方来風はといえば、これまでに聞いてきた開拓者たちのさまざまな経験談を適度に膨らませるなどして子どもたちに話して聞かせている。
「らいかおねえちゃんのおはなし、すごいねえ」
 村の子どもたちは目をキラキラ輝かせていた。開拓者の話というもの自体がやはり珍しいのだろう。しかも彼女は作家志望ということもあって取材もしょっちゅうしており、おかげさまで話題は山のように揃っている。
「……でも、ほんとうにすごいのはその開拓者さんたち。わたしは、まだまだ未熟者だもの」
 来風は先程の戦闘を思い出したのだろう、ほんのちょっと寂しそうな目をして微笑んだ。すると、
「恥じることはないです」
 錘が近くで来風を励ました。抑揚の少ない声だが、それでも気持ちは十分に伝わってくる。
「誰だってはじめてのことが怖かったりするのは当然ですから」
「ありがとうございます」
 来風は目をそっと細めた。

 梅とユエンは穂垂の手伝いをしながら、やはり様々な話をしていた。
 とはいえ、こちらはどちらかと言うとなごやかな雰囲気での会話だ。
「こちらのたけのこは……」
「ああ、それかい。この辺りでとれるいいものだよ。アク取りしなきゃいけないね」
「ああ、それなら自分も手伝えまずぞぇ」
「あ、ユエンも手伝うのです」
 梅とユエンが楽しそうに台所を一緒に使う。
 わらび、タラの芽、それに村の畑でとれた玉ねぎや人参。更に、さっき墨雪らが摘んできた山菜も加えられる。
 綺麗に洗い、山菜はアクを抜き、そして衣をつけてたっぷりの油に入れればあっという間に天ぷらが出来上がる。
 牛蒡と人参を細く切ったものをまとめてかき揚げにしたり、アク抜きのできた筍と土産に持ってきた干しわかめを煮て若竹煮にしたり。みつばは同じように作られた若竹汁の上にそっと添えられた。。
 同じように土産物として持ち込んだ干物などは、七輪を使って丁寧に焼き上げられる。
 村の中で良い香りがふわりと漂うなと思えば、すでに空は薄暗くなってきていた。
「おねえちゃん、またお話きかせてね」
 来風は子どもたちと一緒に話していてあっという間に時間が過ぎてしまっていた。どうもどこか不器用なところのある少女なのである。子どもたちもそろそろ帰宅の時間、手を振って別れを告げていると、
「さあ、ごはんができたよぉ!」
 穂垂がにっこり笑って、夕食の支度ができたことを伝えた。


(これは……どれも美味そうだ、目移りしすぎて目が回りそうだが)
 大きな机にどんと置かれているのは山の幸たっぷりの天ぷら。それにたけのこを使った若竹汁に若竹煮、ご飯もぜんまいなどの山菜をたくさん炊きまぜた炊き込みご飯。
 自分たちが持ってきた肉や魚もふんだんに使われていて、どこからどう見てもご馳走という感じだった。
 思わず墨雪が喉を鳴らすのも仕方がない。きちんといただきますの礼をしてから、まずは一口、つみたての山菜を使った天ぷらを口に含む。素朴だが懐かしい味わいが口の中に広がった。
(うん、この味だ。さわやかな山の香り、それからほんの少しのアクと苦味……理穴の初夏の薫風といったところだな)
「やっぱり採れたて、つみたてを調理するのはちがうのですね」
 ユエンが楽しそうに頷けば、祖母である梅も応じるように微笑む。
「ほんに。改めてお招きには感謝しますぞぇ」
 そうして、うたうように言葉を紡ぐ。
「蕨、ぜんまい、ふきのとう……山菜は、ほんに良い食材どすなぁ」
 来風も、つい昨年の今頃は同じように山菜をとったり食べたり、そんな生活をしていたのだ。
 少女の胸に訪れるのは、何気ない生活を懐かしく思う心。もちろん彼女自身が変わったというわけではないのだけれど。
「なんだか、こういう食卓を囲むのが久しぶりな気がします」
 来風はちょっと笑った。

「そう言えば、村ごとの引越したりもしたと聞いたが?」
 夕食後、草餅までご馳走になりながら墨雪が静かに問う。ご飯をしっかりおかわりまでして甘味も食べられるのだから、やはり美味しく食べているのだろう。表情も、いくらか穏やかな感じだ。
「ああ、以前はもっと魔の森が近くてね……緑茂の戦いでいくらか安心感みたいなのは生まれはしたけれど、それでも不安感なんてものはすぐに取れるものじゃないからね」
 そんな墨雪の問に、穂垂は笑って応じた。しかしそれまで住んでいた場所を離れたわけだから、やはり辛くないわけではないだろう。
「けれどこのへんでもまた、アヤカシがチラチラ動いてるみたいだからね。……ちょっと嫌な予感はするね」
「そう言えば例のおじいさんは元開拓者と仮定しても、一人で暮らしていて大丈夫なのでしょうか?」
 錘が首を傾げる。
「まあ、まだここいらで見るアヤカシは可愛いもんだ。ただ、確かにもっと村の近くに住んでいる方があの爺さんも安心だろうにねえ」
「じゃあ、明日にでも訪れてみましょうか」
 来風は嬉しそうに笑った。彼女は物語を聞けるという嬉しさで頬をほんのりと紅潮させている。あるいは、夕食の席でわずかに含んだ酒精の影響かもしれないが。
「それなら早く寝ないといけないね。うちは狭いけど、このくらいの人数なら十分大丈夫だからおいで」
 そうして穂垂の好意に、開拓者たちは甘えさせてもらうことになった。


 翌日。
 この日も天気は良い。開拓者たちは昨日の残りで握り飯を作ってもらい、村を出発した。村人はあまり近づかないが、少し歩けばその老人の住んでいるという小さな家があるらしい。
「……なるほど、たしかに遠くない距離だな」
 墨雪は頷く。小半時もかからぬ場所に、少し立派な掘っ立て小屋――としか言いようのないものがあった。
「すみませんですのぉ」
 梅が声をかければ、ユエンもそれに続く。
「おじいさーん、お話きかせてくれませんかー?」
 と、ガタリと音を立てて、小柄な老人が顔を出した。
「村のもんでは無さそうだな。……どこから来た?」
 一瞬答えに迷ったが、来風がきっぱりと言った。
「神楽の都から。わたしたち、開拓者なんです」
 そうして各々自己紹介をする。老人ははじめこそ訝しげに見ていたが、
「そうか……わしの話を聞きたい、と?」
 そう尋ねた。五人は頷く。すると老人はするりと外に出て手招きをした。
「こちらに来るといい」

 老人のあとをついていくと、ちょうどよい感じに開けた場所に出た。
「ここで話すかの」
 老人は座ると、腰にぶら下げていた水筒を口に当てた。おそらくは酒だろう。ユエンも、
「こう言うのも食べたら美味しいのですっ」
 と、持ってきた握り飯を差し出す。確かに何かを口に入れるにはちょうど良い塩梅の時間帯だ。それぞれ持っていた握り飯を頬張ったり、水筒から茶を飲んだりしながら、老人の話を聞く。
「わしはこう見えても以前開拓者でなあ。あの村で話したのも、そんなころに見つけたとある本からの話じゃ」
 ちなみにこの辺りのアヤカシも、生活に支障が出るものはまだほとんどいないものの、自分で対処することもあるのだという。老人はそう言うと、小さく目を伏せた。
「書物――とは言っても、その書物自体はもう現存しておらん。依頼のさなかで手違いから燃やしてしもうた。ただ――そこに書いてあったのは、天儀、特に理穴の歴史めいたことだった」
 記憶力だけはいいのだ、と老人は呵呵と笑った。
「全部暗誦できるわけではないがな。印象的だったところは、いくらかそらんじることができるがの」
「もし良かったら、教えてくれませんか」
 来風は自分が作家志望であることを告げた。これからの資料にしたいのだということを付け加えて。
「私たちは、そんな来風さんの手伝いとして、一緒に来ています。どうか、お願いします」
 錘もぺこりと頭を下げた。老人はしばらく値踏みするように見ていたが――やがて口を開いた。

 はじめのうちは、子ども向けの本にもあるような、天儀のおとぎばなしめいたものだった。神話時代、天儀の朝廷ができた頃の物語。
 やがて魔の森の台頭、アヤカシの増大、冥越の滅亡――
 ここまではよくある話だ。
 そして、老人は
「ここからが面白い」
 と前置きをして、語り出した。

「『……てんのくににひらくあだばな
やみいろのひをふりまきて
もりをほむらにかえんとす

たいするはりりしきおとめ
つがえた矢をもちたいじせんと
アヤカシどもにたたかいいどむ

やがてほのおはけしとまり
されどたたかいはおわらず
あまたのちしおがちにしずむ

いずれあらわるやみのつかい
ふたたびくにをまどわせしめんと

きよらかなるもの
けがれたもの
それらふたつがせめぎあい
やみいろのもり
ちからたくわえ

やみいろのみず
やみいろのすな
やみいろのかぜ――』」

「……ちょっと待て」
 言葉を遮ったのは、手帳にそれを記していた墨雪だった。他のものも、違和感を覚えて顔を上げる。
 『やみいろのひ』……炎といえば、理穴ならばおそらく炎羅のことだろう。その顛末は開拓者ならばよく知る事実。緑茂の戦いにおいて、倒した大アヤカシ、炎羅。しかし、だ。
「やみいろのみず、すな、かぜ……?」
 少なくとも来風たちには、そんな事件の記憶はない。まさか、予言というわけでもあるまいが。ただここまでの話からすると、その書物を老人が見たのはどうやら緑茂の戦いよりも前のようで、それも不思議な話だ。
「この先は、どうなっていたんかのぅ?」
 梅が聞くと、老人は
「わしが知っている限り、ここまでしか書いておらんかったよ」
 そう応じた。


 ――この物語は、本当の歴史なのだろうか。
 ただの作り話――そう笑い捨ておくには、ちょっと不安が残る。
 『再び国を惑わせしめんと』するかのように、人里近いところでも目撃の多くなったアヤカシたち。
「わしも、そこまではさすがにわからんよ。ただ、アヤカシが多くなった気がするのは確かじゃな」
「おじいさんは、どうして村から離れたところに住んでいるのです?」
 ユエンが不思議そうに尋ねる。
「人に縛られるのが嫌いなだけじゃよ」
 生活は不便であるがな、そう言いながら老人はまた笑った。この老人はつまり、世捨て人、と呼ばれる種類の人なのだった。

「とりあえず、お爺さんも特に害を与えるつもりとかがないみたいですし、もう少し村のみなさんとも打ち解けたほうがいいかもしれませんね」
 ひと通り終えて村へ帰ると、来風は老人との会話を思い出しつつそう穂垂たちに言った。梅は万が一の時のために鳴子を村の周囲に設置することを提案する。気休め程度にしかならないかもしれないが、もしアヤカシが来ても、音ですぐに分かる、という寸法だ。
「あのご老体ももと開拓者ならば、万が一の場合の手伝いなどはできるだろう」
 墨雪も、その提案には乗り気であった。
「創作の材料にはなりそうですか?」
 錘が問うと、来風はちょっと唸った。
「ちょっと……何ていうのかな、ひっかかりがあるの。少なくともこれまでの歴史とは無関係に見える言葉の端々、とかね。もちろん、これが全部真実と信じているわけではないけれど……」
 場合によってはギルドへ念を入れた報告をする必要があるかもしれない。
「……でも、あんたたち開拓者が来てくれると、やっぱり村もなんだか活気づくね。またなにか機会あったらおいで、歓迎するからね」
「ありがとうなのです!」
 村人たちの好意に、ユエンがにっこり笑った。


 ――それにしても、先ほどの老人の言葉を誰とはなしに思い出す。
 理穴の歴史を多く含んだ逸話たち。
 奇妙な符号の一致が、どこか空恐ろしく。
「……まさか、ね」
 ぼんやりとつぶやいた言葉は、風に流れていった。