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■オープニング本文 ● それはある日の開拓者ギルドのこと―― 「おねがいします!」 必死の表情を浮かべる若い男女が、ギルド職員に向かって頭をこすりつけていた。よく見ればふたりともお似合いの美男美女である。しかし突然ギルドに来て一発目に土下座をかますとは、一体どういうことなのか。 さすがにその異様な風体に驚いてしまったのか、はじめは呆然と見ていた野次馬たちも、何だなんだと周囲がざわめいてくる。 「あ、いや、その、……とにかくこちらへ!」 対応に困った職員が、別室へ男女を連れて行った。 ● 「私は今度、婚礼を挙げるのですが……」 切り出したのは女性の方だった。泣きぼくろが愛らしい、やや幼い顔立ちの女性である。 「おやそれはおめでとうございます……と祝うわけにはいかないようですね、どうやら」 立ち会う職員は男性と女性、ひとりずつ。 「そうなんです。実はこの婚姻、母に無理やりすすめられてしまったものでして……私は、心に決めたお方がいるのに」 そう言うと女性はちらりと傍らの男性を見た。その相手がどうやらそうらしい。 「相手の方にも、言われているのです。浮気は甲斐性、もとよりお前との婚姻はお家のためだ――と」 聞くとお互いサムライの家系なのだが、新郎の家は身分は高いが金があるわけでなく、新婦の家はその反対といえるらしい。 「それで、そんな結婚ならいっそ破談にしてしまおうかと思ったのですが……うまくいかず、ここまで来てしまいました」 ここで改めて二人の名を聞く。男は長太郎、女ははつと名乗った。 「最初から幸せが望めない婚姻なんて、ほんとうに意味があると思えなくて……それならいっそ、婚礼の儀の時に盛大にハチャメチャにして婚姻をなかったものにしてもらおうと思ったんです」 その発想にたどり着くのも凄いが、まあ恋は盲目なんて単語もあるからしかたがない。 「それなら、お手伝いさせてもらいますけれど……開拓者に頼むってことは、よっぽどしっちゃかめっちゃかになりますよ?」 「「かまいません」」 ギルド職員が念を押したが、二人の覚悟は決まっているようだった。 ● そんなわけで。 その日のうちに、ギルドに張り紙が出された。 「結婚式をめちゃくちゃにしてください」――と。 |
■参加者一覧
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
ワイズ・ナルター(ib0991)
30歳・女・魔
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
闇野 ジュン(ib9248)
25歳・男・魔
平野 等(ic0012)
20歳・男・泰
十朱 宗一朗(ic0166)
25歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● 「はつねーちゃん、長太郎にーちゃん! えっと、今度の結婚式を潰せばいいんだじぇ?」 結婚式数日前。自分たちの計画をざっと紹介すべく、開拓者たちは依頼人であるはつと長太郎の前に集まっていた。 そんな状況下で、若い二人を目の前にして、リエット・ネーヴ(ia8814)は開口一番こう尋ねたのである。さすがに二人は目を白黒させていたが、ややあってあいまいに頷く。 「あ、ああ。基本的には余程のことがない限り、どんなことをしても構わない、とは思っている、が……」 長太郎はゆっくりそう述べると、リエットが安心したかのように大きく頷いた。 「じゃあじゃあ、二人の娘だって名乗らせてもらうのじぇ?」 そう、彼女が言った瞬間、空間が凍った。ちなみにリエットは身長は低いが一応十三歳だったりする。二人の隠し子と言っても、かなり無理のある年齢と身長には違いない。 「ちょ、え、え……!?」 一瞬唖然としてしまったのは他の開拓者たちも同様で、にこにこ笑っているのはリエット一人。おそらく母親の影響なのだろう。 ただ、転んでもただでは起きないのが開拓者というやつである。 「ああ、そういう確認は俺もしときたかったんだー」 そう言いながら簡単に長太郎の耳元でぼそぼそと計画の説明をするのは羽喰 琥珀(ib3263)。快活そうな琥珀色の瞳が、悪戯っぽくくるくると光る。ワイズ・ナルター(ib0991)は、そんな様子をじっと見守っていたが、その心のうちにあるのは、 (相思相愛の二人には祝福を、そして不届き者には人誅を) などという、今回の依頼には持って来いだが、なんだか不穏な発想である。何をするかは、当日になってからのお楽しみ。 一方、この場において複雑な気持ちでいる男が一人。背中に背負った大きな兎のぬいぐるみが特徴の、ラグナ・グラウシード(ib8459)十九歳、人呼んで非モテ騎士。 「堂々とりあじゅうどもを滅殺できる世の中になったとは……派手に騒ぎ立てる事ができるぞ!」 と、はじめこそ喜んでいたラグナであったが、よくよく思えば依頼主もりあじゅうであることに気づいた。気づいてしまった。幸せそうな長太郎とはつの微笑み。りあじゅうは撲滅すべき敵だが、依頼を全うするためには彼らを祝福しなければならない。 「ど、どうしよう……うさみたん……俺はどうすればいいんだ……」 とうとう背中のぬいぐるみ(=うさみたん)に問いかけてしまう始末。 「そういえば、そちらの皆さんはどうなさるんですか?」 長太郎は闇野 ジュン(ib9248)、平野 等(ic0012)、そして十朱 宗一朗(ic0166)の男三人に声をかけると、なにやらぼそぼそと話し合っていたのを一瞬やめて、長太郎に向き直ってにいっと意味ありげに笑う。 「言わぬが花、ということもあるやろ?」 宗一朗がそう告げると、他の二人も笑顔のままだ。 「当日までのお楽しみ。ってことですね」 等もキラリと歯を光らせた。 ● さて、婚礼の当日になってしまった。 ここまでに表立った行動を起こすわけでもなく、開拓者たちは準備を続けている。そのせいか、まだこの企みに気づいている関係者はいないはずだ。 それでも不安は隠せないので、はつもそわそわとしながら当日を迎えていた。そして彼女は腹心の侍女に、長太郎への伝言を託す。 「私はあなたを信じています」 そんな、陳腐だけれど間違いようのない約束の言葉を。そうして、式場となっている料亭へと向かった。 式場となる料亭は、周囲でも歴史ある老舗の人気店。そこで婚姻の儀を挙げることができるのも、ひとえに双方の両親の見栄や出世欲などの仄かな顕れなのだろう。 (私は別に、こんなものを望んでいるわけではないのに) はつはため息をつきながら白無垢を着せ付けられる。一人出来るのも大変なその豪華な装束も、全部お家のため、見栄のため。 と、料亭の中で気ぜわしく動いている中に、先日集まってくれた開拓者の姿を発見した。 ナルターだ。以前あった時よりも地味な格好をしているために、はじめは気づかなかったが。彼はそっと慎之介の――新郎の控え室に近寄ると、静かにその中に入っていった。 「新郎様」 ナルターはそっと声をかけながら、慎之介に何やら差し出す。 「何だ、お前は」 初めて目の当たりにする新郎の慎之介は確かに色男の部類だが、その分どこか軽く感じられた。典型的な遊び人のにおいがする。しかしそれに対する微妙な嫌悪感のようなものを顔に出すことはせず、 「新婦のお母様から、このようなものを預かっております」 と、小さな小瓶を手渡した。 「……なんだ、これは?」 「新婦様の気を一層ひくためのもの……としか」 あえてやや口ごもり、それらしく振る舞うと、新郎は下卑た笑いを浮かべた。恐らく媚薬か何かと勘違いをしたのだろう、慎之介はニヤニヤ笑いを浮かべたままそれをぐいっと一飲みする。 しかしその小瓶の中身は、ナルターの準備した痺れ薬。飲み干せばたちまちその効果を発揮して、体がわずかに痺れ出す。 「な、なんか力が入らない気がするけど、まあなんとかなるだろ」 そう言いながら、婚姻の儀が整った旨を伝えられ、慎之介は式場へと案内されていった。 ところで琥珀は、女性物の服装に身を包んでいた。どちらかと言うと子供っぽい容姿の少年だから、そんな異性装もさほどの違和感なく受け入れられてしまう。というか、まるっきり子どもとして参列していたのだが。 「あら見かけない顔ね、どちらから?」 参列者の一人に尋ねられて、琥珀は無邪気に笑った。 「慎之介さんに昔良く遊んでもらったんだ。おめでたい席って言うから」 「まあ、慎之介さんとは何を遊んでいたの?」 恐らく慎之介の妹分として扱われているのだろう。その反応に内心頷くと、琥珀は「ええと」とちょっと考えるようにしてから無邪気に言った。 「お医者さんごっこ」 途端、周囲の大人たちは凍りつく。一見可愛らしい女の子である琥珀(変装中)にお医者さんごっこ……誰もが何がしかを思うであろう。 「特に凄い笑顔でよく胸を触ってきたんだけど、そんなにお医者様の役が楽しかったのかなぁ?」 琥珀はまだ十代前半。まだ十分、幼女趣味と勘違いされてもおかしくない年齢だ。 そんな彼も、ナルターに準備してもらった痺れ水を用意してあったりするあたり、抜け目がないというかなんというか。 そして式が始まる前に、そっとその場を立ち去ったのだった。次の準備のために。 ● 式は滞り無く進んでいく。 しかしその助手に琥珀が紛れ込んでいること、それには先程の参列者たちも気づいていない。耳と尻尾を先程は隠していたので、当然といえば当然なのかもしれないが。 『では、新郎と新婦の入場です――』 司会進行役の厳かな声に、慎之介とはつが並んで登場する。慎之介はすでにややしびれが見られるので表情が妙にこわばっているし、はつもチラリと慎之介を見るときの眼差しがいかにも恨めしそうな思いの篭ったそれであった。 そして神棚の前で誓いの盃を交わすその時―― 「「「ちょーっと待ったー!」」」 ばーん! と、何者かが扉を開けて入ってきたのだった。 誰かって? それは、ジュン、等、宗一朗の男三人なのだった。 「待てよ慎之介!」 そう切り出してずかずかと慎之介に詰め寄ったのはジュンだ。 「俺のことほったらかしにして、女と結婚するんだって?!」 いつもよりもどことなくやる気のかいま見える言葉遣い。もちろん演技だから、なのだけれど。 そう、彼の役どころは『慎之介の今の恋人』。 一瞬『今カノ』という単語を使おうとして使えなかったのは双方が男性だからだ。 手っ取り早く新婦の母親が幻滅する方法という事ならば、慎之介の女癖の悪さを思い切り見せつけてしまうこと――そう考えた男三人は、それならいっその事いわゆる衆道の気があることにしてしまえばなおのこと――と思いついたのだ。 「慎之介さんひどい……! ボクのことを捨てて、こんな女と結婚しよう、だなんて!」 等はいわゆる『ひと夏の思い出』相手。実際女性にはそういう相手も多くいるに違いない慎之介は、心あたりがあるのかないのか、冷や汗をかきはじめてしまっている。 ……いや、男性とそういうねんごろな関係になってなくてもそう言われてしまえば周囲の冷ややかな視線が刺さるというわけで、冷や汗をかかないほうがむしろおかしいくらいなのだけれども。 そして等は注意を引いたところを見計らって一気にまくし立てる。 「あの夏の満月の下、蛍舞う川辺でのあの愛の言葉を、ボクは一時たりとも忘れたことなどなかったのに……!」 その設定はまるで、女性向けの恋愛絵巻などに有りそうな、薔薇の香り立ち上るような耽美なもので、聞いていたご婦人方が顔を赤らめたり青ざめたり、中には食い入るような視線で見つめていたり、様々な反応を見せている。 わざと着崩した浴衣から立ち上る色気も、そんなイケナイ雰囲気を演出している。 「き、きききみたちはなんだ! いきなり結婚式に……」 慎之介が弁明しようとするが、先に飲んだ痺れ薬の影響でしたが存分に回らない。 「そうやって誤魔化そうっていうんですか?! ボクはあなたをずっと見てきたのに……」 「ちょっと待った、こいつともそんな関係だったのか?」 ジュンが(ノリノリで)あることないこと聞きまくる。いや全部ないことなんだけどね。 「まあ、浮気は甲斐性、なーんていつも言うてたもんなあ……慎之介君は」 ここで言葉を発したのは宗一朗、彼の役どころはなんと『浮気相手』。わざと来ている服の袖裾をきゅっとかみ、伏し目がちにした顔からはこれまた等のそれとは異なる色気が立ち上っている。少し影のある色気、という言葉が適当だろうか。 「僕と君はもとより遊びの関係……一番にしてくれ、なんて言わん。でも僕は、君から離れることなんてできるわけがないんや……」 そう言いながら等とジュンの顔を見て、そして小さく頷く。 「邪魔しにきたわけちゃうんや。ただ、君の晴れ姿、それを見たかったんや。それくらいは許されてもええやろ? どうせ一番になることなんてできへん日陰もんやからな」 そして宗一朗はついっと新郎まで近づくと、その頬に指をすべらせる。 「……寂しい時はいつでも来てええんやで、僕がいっぱい愛したるから……」 ここに衆道を好む女性がいたら卒倒してしまいそうな、色気を含んだ影のある扇情的な微笑み。 「女と結婚っていうのも納得いかないけどさー、他にも男がいたのかよ……どういうこと? ちょっと説明してもらおーじゃねーの」 「ひどい……ボクの他にもこんな男までいたの? しかも二人も……慎之介さん、ひどい!」 ジュンが意地の悪そうな口調で吐き出せば、等も悲痛な叫びを上げる。あ、もちろん演技だけど。等の狙いとしては、『新郎は節操なしでだらしのない男色趣味』というダメ男の印象を刷り込むことだ。そしてそれはどうやら効果を発揮しているようで、 「慎之介さん、どういうことですの……?」 闖入者三人の言葉を真に受けてしまったのか、はつの母親が引きつった笑いを浮かべつつ額に青筋を立てながら新郎に尋ねる。どうもこの母親もある程度は慎之介の女癖の悪さに気づいてはいたようだが、ここにやってくるとも思っていなかったらしい。しかも男ばかりなのだから、驚くと同時にドン引きして当然である。 「そういえばさっきいた女の子が、慎之介殿にお医者さんごっこをされていた、なんてコトも聞きましたわねえ……」 琥珀が言いふらしたことも適度に効果を出している。慎之介も流石に冷や汗を流しっぱなしだ。あるいは幼女趣味の方は本当に心あたりがあるのかもしれない。 「こ、これは何かの陰謀だ! 俺はそんな男じゃないッ」 慎之介が必死に反論しようとしても、この状況ではさすがに分が悪い。更に『りあじゅう滅殺』の紙袋をかぶったラグナが乱入して、 「フハハハ、貴様のような腑抜けに花嫁など勿体無いっ」 などと暴れる始末。 「とりあえずこれでも飲んで落ち着いて下さい」 だいぶ疲れていたのだろう、そう言われて慎之介は差し出された水を疑いもせずに一息に飲む。と、パタリと男は倒れた。 差し出された水はナルターが作ったセイド水、手渡したのは琥珀なのだからまあ当然なのだけれど。 「わー、慎之介さんが倒れたー」 誰かが棒読みなセリフを言う。そのまま男三人は決着を付けたいから、と慎之介を抱えたまま退場していった。 「……と、ここまでは慎之介の体を張った余興でした。ここからが本当の結婚式だ、なっ、長太郎さん!」 そう琥珀が叫んで手を振ると――そちらには頬を赤く染めてはつのことを見つめている長太郎がいた。服装も、誰かが用意したのだろう、新郎らしいパリっとした黒の紋付である。さすがにこの流れははつも想像外だったらしく、嬉しそうに頬を染めた。 「では、本当の新郎である長太郎さんに拍手を――!」 琥珀の言葉に、皆もつい釣られて拍手をするのだった。 ● (りあじゅうは撲滅すべし。けれど今回の二人は……) ラグナは逡巡していた。一番の目的である慎之介を退場させることができたのは、ひとえにみんなの力のおかげ。 『りあじゅう滅殺』を信条としている上は、長太郎をも叩きのめしたい。しかし、本当に好き合っている二人が並んでいる時の、本当に幸せそうな微笑みを見た瞬間、息が詰まった。 ――なんと美しく、そして幸せそうなのだろう。 ラグナの頬に、つっと熱いものが流れ落ちた。 (私にも……こんな風に、心から、愛してくれる女性がいてくれたら……) 相棒のぬいぐるみ・うさみたんをぎゅっと抱きしめて、子どものように泣きじゃくる。周囲はさすがに驚くが、しかしこれも結婚を祝福しているのだといい意味に勘違いした参列者たちが、優しく手巾を差し出したりしてくれて、一層人の優しさに涙するラグナであった。 「パパもママも嬉しそうでよかったのじぇ。うん、満足満足」 そう言いながらリエットは宴の席でもちゃっかりご飯を食べている。 「そう言えば、あなたはどちらから?」 リエットは婚礼の儀から実はいたのだが、何者かを聞く機会を逃していたらしい男性が問いかける。 「あ、僕は玉緒って言って、あの二人の娘だじぇ!」 あほ毛を揺らして笑う。決して娘に見えない彼女だが、それでもなんとなく察したのだろう。男性はちょっと笑った。 「いや、いい出し物を見せてもらえたよ。ありがとう」 「でも改めて二人ともおめでとう。絶対幸せになってくださいね」 ナルターが末席で微笑む。様々な手をつくしての大逆転勝利――慎之介もこれには懲りただろう。人の恋路を邪魔するとなんとやら、である。はつの母親も、娘の幸せを考え始めたらしい。 「どうか、二人の道に祝福の有りますことを」 誰もがそう思って、そして微笑んだ。 |