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■オープニング本文 ● ぐるるるるー。 誰かのお腹がなった。 「……あ」 続いて小さな声が上がる。その音の主――安州開拓者ギルドの新人職員・上総(男性)だ。決して狭くないギルドの中に、その腹の音が響き渡る。 時刻はちょうど昼餉時。確かに腹も減ってくるだろうが、大勢の人の前でその音はあまりいただけない。 「そう言えば、ハラ減ったなあ……」 「そろそろ昼餉を食うか」 そんなことを言いながら、ばらばらとギルドを後にする開拓者たち。 もちろん昼餉のあとに戻ってくるだろうが、その時までに用事が終わっている可能性も否定出来ない。あるいは、これ以降の混み具合にもよるが、予想以上に受付時間などが遅くなって、他の用事などに間に合わない可能性も。 依頼との出会いは一期一会、それを逃してしまう可能性だってある。 つまり。 そういう些末事で相手の気をそらせては、いけないのだ。 ● 「お前……これで何度目だ?」 先輩職員が呆れた声を出す。 「あ、いえ……これでちょうど、十回目……?」 「多い!」 上総はビクッと身体を縮こませた。 「お前、どんな生活してるんだ一体……。ギルドで働き出してから、それで仕事がはかどったことなんてないだろう?」 上総がこのギルドに職を求めたのは約ひと月前。 それから採用されてこの状態なのだから、かなりの頻度で腹がなっていることになる。 そうなれば、心配してしかるべきとも言えるだろう。 「いや……それが、最近ろくに食べてなくて」 「は?」 上総の言葉に一瞬唖然とする先輩。 「いや、ちょうど時期的に色々重なって物入りだったんですよお。それと、最近気に入った店に可愛い子がいて」 「貢いでいるのか!?」 「あ、犬ですけど」 そこまで聞いて、先輩職員は頭を抱えた。 「犬に貢ぐって、『あの』愛犬茶房か! お前も物好きだな」 愛犬茶房とは、とある金持ち好事家の経営している、犬とたわむれることのできる茶店である。安州ギルドに依頼を持ち込む情報提供者のひとつでもあった。 すると、上総はほんのすこし笑った。 「開店当時、開拓者だった知人と行きまして。それから時折行ってはいたんですが、先日新しく加わった犬がえらく可愛らしくて……」 宵越しの金は持たない家系なのだろうか、つい浪費してしまうのだということだった。 「……よしわかった。それならあの店で何か催事を提案してこい。それが依頼として持ち込まれたら、こっちで斡旋する。情報提供者として、礼金くらいは受け取れるかもしれんぞ」 「……! 了解です!」 ニヤリ笑った先輩職員の言葉に、ぱっと顔を明るくする青年。 「では、ちょっと行ってきます!」 「おい、ちょっと待て……って、行っちまった」 上総は先輩の言葉も聞かずに走り去っていった。 ● 「そんな訳で依頼、もぎ取ってきました」 小半時もかからぬ間に、上総は戻ってきた。 「相棒と二人一組で、大食い大会です」 詳しいことは紙にまとめてあるらしい。いかにも食い物に飢えている青年らしい発想だった。 「……ん、なんか面倒くさそうな気もしなくはないが。採用だな」 先輩の言葉に自信を持ったのだろうか、上総はキラキラした瞳をさせて頷いたのだった。 「はい! これで飯と愛犬茶房入り浸りの両立が可能です!」 ……そういう問題では無い気もするが……。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
九条 炮(ib5409)
12歳・女・砲
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
スチール(ic0202)
16歳・女・騎
アルフィリウム(ic0400)
15歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●控え室 ――これは仕事だ。 その日、大食い大会に集まった開拓者とその相棒たちは、己にそれを何度も言い聞かせていた。 繰り返していう、これは仕事だ。 大事なことなので復唱する。 しかし、そんな言葉はあくまで気休めにすぎないのは、誰もが内心わかっていた。 『依頼という名目で腹いっぱい食べ物が食える』―― 嗚呼、なんて甘美なる響き。 しかもこの季節にピッタリの甘味、柏餅をたんと食べられるとあって、そのために数日前から食事量を調節したりする強者もかなりいた。 とは言え対面するのはこの会場がはじめて。ほかの開拓者たちがどんな相棒とともに戦いに挑むのか、それは本番になってみないとわからない――。 というわけで、胸を高鳴らせながらやってきたのは、霊騎の白蘭と共に挑戦する皇 りょう(ia1673)。 (結婚前の女が公衆の面前で大飯を食らっても、これは依頼。仕事を懸命に遂げんとする想いの結果にほかならないのだ、うん) かなり無理やり自分に言い聞かせている。百蘭の方はといえば、最初こそ状況を飲み込めていないようだったが、今はのんびりと草を食み―― 「仕事の前に食べるものじゃないぞ」 そう言い聞かせると、渋々ながら食べるのをやめる……程度には、どうやら大食らいらしい。 (全く、この性格は誰に似たのだか……) とりあえず参加者控え室で相棒とともにぼんやりしていたが、そこで可愛らしく誰かの腹の虫がきゅるる、と鳴った。 「あ、すみませんっ、何しろご飯を抜いてきたものですからっ」 そう言って顔を赤らめているのは此花 咲(ia9853)の羽妖精・スフィーダである。 「もうすっかりいい迷惑ですわ」 そんな呆れ顔のスフィーダに、 「何を言うのスフィーダ。こうやってしっかりお腹を減らしておけば隙なんてないのです! 腕が鳴るのですよ!」 いやその前にこのぐうぐうなるお腹を何とかして、とスフィーダは思う。切実に思う。 しかし実際、開拓者なんて職業の割に金欠生活をしているものは少なくなく―― (おまんじゅうちゃんをここに連れてくれば、食費が浮く……!) なんとも涙の溢れる事情で参加しているのは黒曜 焔(ib9754)ともふらのおまんじゅう。なにしろもふらは大食漢が多いとよく言われるが、このおまんじゅうも例外ではなく。 (本当、この小柄な体のどこにあれだけのものが入るのだろうね……) 近頃は相棒のために毎朝の食事はめざし一匹と、壮年の男性の食事とは思えない量しか食べていない焔。そんな焔を見ておまんじゅうは、 「最近相棒は朝ごはんが粗食すぎるもふ……行き過ぎた少食はいただけないもふ!」 と、なにやら頷いていた。 (でも、ここで行われるのは大食い……おまんじゅうちゃんならやってくれる……!) あわよくば優勝も狙えるのではないかというが……生来の食の細さはいかんともしがたいので、さてどうなることか。 同じもふらでも、こちらはちょっとばかり趣が違うのはエルレーン(ib7455)・もふもふ組だ。 「もふもふ、出番だよぉ♪」 そう言って相棒をみるものの、 「我輩、グルメもふから……量よりも、質がほしいもふ……」 贅沢もふらっぽい発言である。こちらも開拓者側はあまり大食らいではないらしく、相棒に望みをつないでいる。 「勝負のゆくえは、もふもふにかかってるんだよっ?」 鼻面を抑えられてそう説得されても、 「そ、そんなこと言われても、もふ……」 そしてふと思い浮かんだのだろう、もふもふは明らかに余計な一言を付け加えた。 「……そんなふうにすききらいするから、ちーっともふくらまないんだもふ。胸とか胸とか、胸とかっ」 「……もふもふ?」 途端、エルレーンの笑顔がピシっと凍りつく。そして、もふもふのこめかみ付近に両拳を当て、ぐりぐりぐりっと回した。本気の力で。 「やだなあ。いけないことを言う子は……こうだぞっ?」 もふもふの口から断末魔の叫びがこぼれたのは言うまでもない。 そんなもふら組のやりとりを眺めていた九条 炮(ib5409)は、相棒の鷲獅鳥・レイダーの頭を軽く撫でながら笑う。 「仲がいいんですね、相棒と」 「仲がいいっていうのかなぁ……よくわかんないけど、もふもふは大事な仲間だよ」 それを仲がいいって言うんですよ、炮は改めてくすりと微笑む。それにしてもこの少女、年齢よりも早熟な肢体の持ち主である。つまり、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。凹凸の少ない代わりに全体的に引き締まった雰囲気のあるエルレーンとはかなり対照的で、エルレーンはちょっぴりその体つきを羨ましいと思ってしまいもする。 「たまには暴食にふける日があってもいいなと思って」 のんびりとした参戦理由だ。切実な理由を持ったものもいるので、余計にそう思えてしまう気がする。 「まあ、甘い物は別腹って言うしね〜」 こちらは細身の割にはかなり食べそうな雰囲気の少女、フィン・ファルスト(ib0979)。横にいる人妖のロガエスは 「大食いっていうんなら、食費もだいぶ浮くんじゃね?」 と、のんきそうなことを言っている。いや、ロガエスも食べるのだよと説明はしてあるのだろうが、どうにも主人のほうがやる気まんまんという感じなのだろう。とはいえ、この人妖はどうやら随分と「ツンデレ」とやららしく、その言葉の裏には「べ、別に、食べてやってもいいんだからなっ」という意思がどことなく見て取れた。 「――お腹が空きました。なんか下さい、なんでもいいので」 そうさらりと言ってのけたのはまだまだ駆け出し冒険者のアルフィリウム(ic0400)だ。しかしその胸のうちはかなりのもので、 「順位? そんなものはどうでもいいからとにかくご飯をいっぱい食べたい」 という歩く胃袋。しかも本人曰く味覚はちゃんとあるらしいが、名状しがたきものまでペロリという経歴があるらしい。……って言うか、名状しがたきもの、って、何。 今ものんびりと近くで買ってきたらしい団子を食べ……え? 団子? (大食い大会直前にあれだけ食べるなんて……侮れないもふ……ッ) 手巾をくわえてギリィするのは……もふらである…… (おまんじゅうちゃん……あれも食べたいのかな……) その主である焔はそんなことをぼんやりと考え。 「そう言えば龍もエントリー可能と聞いているが、ほんとうに大丈夫なのか……?」 そう尋ねたのは、普段こそ甲冑の重武装で依頼に赴いているものの、その中身はまだ二十歳にも満たぬ女性のスチール(ic0202)。さすがに普段から鍛えてあるだけあって、その体つきは男性にも引けを取らぬものである。 そしてスチールがそんなことを尋ねたのは、アルフィリウムは甲龍のクレムフィアーチェを、スチールも同じく甲龍のモットアンドベリーを連れての参加だからだ。今は外で待機してもらっているが、たしかに会場にはとてもじゃないが入れそうにない。 「大丈夫ですよ。庭に向かって大きく縁が伸びている広間での開催となります」 そこへちょうど現れた女性がにっこりと笑って挨拶をした。ジルベリア風の女中服――いわゆるメイド服――と天儀の服の折衷のような独特の装束は、安州の名物店舗『愛犬茶房』のお仕着せだ。 「お揃いのようですので、改めましてご挨拶を。私、こちらの『愛犬茶房』にて女中頭を務めさせていただいております、トキワと申します。大食い大会への参加、ありがとうございます……今回はいつもお世話になっております開拓者の方々も楽しんでもらえますよう、私どもも頑張る所存です」 裏を返せば、胃袋が異次元でも構わないらしい。 「この大会に負けたからといって罰則などはありませんので、ご安心を。では、そろそろ舞台へと参りましょうか――」 ピシリとした佇まいの女中頭・トキワに促され、開拓者とその相棒たちは観客と――そして大量の柏餅のまつ、大広間へと向かった。 ● 『――というわけで、愛犬茶房の催事としては第一回となります大食い大会。出場者に拍手――!』 声を大にして、ギルド職員の上総が叫ぶ。 ……が、観客たちは出てきた開拓者達を見て、明らかにざわついた。 何しろうら若き乙女がほとんどで、男性は焔のみ。しかもその焔も、身長の割に細身で、大食いとは縁が遠そうな体型をしている。 「あんなお嬢ちゃんたちにあれだけの柏餅が食えるのかねえ?」 机の上にはてんこ盛りになった柏餅。椅子に腰掛けてしまえば、誰が座っているかもわからなくなってしまいそうなほどだ。 一方の相棒たちの方も準備は万端。 それぞれの標準的な食事一食分ほどををさらに小分けにしている。ただここで、 「……あれ、もふもふも柏餅?」 エルレーンが申請の際にちょっと混同してしまっていたらしく、もふもふの前にも柏餅。ちなみにおまんじゅうの前にも柏餅だが、これは本人の希望なので間違いない、と、互いに面識のあるもふらの主二人は確認したりなぞもする。 『では――大食い大会、ようい、始めっ!』 喉が枯れんばかりの大声で、上総が宣言すると同時に、銅鑼の音が開始を告げた。 ● それぞれがそれぞれのペースで、目の前の柏餅を、あるいは餌を、を平らげていく。 あるものは目を輝かせ、あるものは零れ落ちそうになるよだれを拭いながら、そしてまたあるものは早速喉をつまらせて。 その中でも無尽蔵といえる食欲を見せたのは、下準備としてはらぺこ状態にしてから大食いにいどむ咲とスフィーダのコンビ。頭一つ前に出ている、そんな感じだ。 眼の前に置かれた食べ物を見た途端、その目はケモノの、いや修羅の輝きを宿し、 「「ご、ご飯! これをもしゃらずにはいられないっ!」」 朝食を抜いたかいもあったというものだ。よっぽどな腹ペコっぷりに、観客たちの歓声もひときわ大きくなる。とは言えスフィーダはやややけっぱちな感じも否めないが。 しかしそれを追い上げるのは、――意外や意外、どう見ても新人開拓者のアルフィリウム――! 事前に本人が言っていた、胃袋は宇宙という謎の発言の意味が、誰の目にも理解できた。 そう、その胃袋にどれだけ詰め込んでもまるで堪えているようには見えないのだ。アルフィリウムはけろりと平然な顔をしたまま、黙々と柏餅を頬張っている。 そのくせあっという間に目の前の皿が空っぽになり、 「おかわりください」 さらりとそう言ってのけてしまうのだ。 相棒のクレムフィアーチェはそんなアルフィリウムを知ってはいるが当然呆れもするわけで。こちらも空腹なので、食べるものはしっかり食べるわけなのだけれど、それでもアルフィリウムの食欲には到底かなわないのである。呆れたようにため息を付けば、 「クレムは食が細すぎるんです。もっとしっかり食べないと」 と言われてしまう有様。まあ、仲がいい証拠とも言えるのだろうが。 同じ甲龍でも、モットアンドベリーはそれなりに食欲旺盛だ。栄養を考えて様々な食材を混ぜ合わせたスチール特製の餌は体を丈夫にするだけの材料がてんこ盛りなのである。 「む……騎士は満腹をよしとせず、なのだがな」 また、スチールの方はといえば、いわゆる騎士道に則った、正々堂々とした心意気ではあるのだが、彼女も肉体が資本の開拓者、いわゆる『安かろう悪かろうが腹にたまる、量が最優先の食料』をなんだかんだで食べてしまうので、目の前にでんと置かれた柏餅の山をみて思うのはもちろん (これだけの量があれば、今日一日の食事には十分だな) なんていう発想。開拓者、予想以上に貧乏が多いのだろうかと見ている観客たちのほうがむしろ心配になってくる。 「開拓者さん、苦労してるんだな……」 観客の誰かがそんなことをボソリとつぶやいた。 『さて、こちらは唯一の男性、黒曜選手だが――おおっと?』 上総が見てみれば、焔は元来食が細い方なのが見ただけでわかってしまう勢いの無さだった。つまり、柏餅がほとんど減っていない。 (いつもひもじいのと、甘いモノなら食べられると思ったんだけどな……) 緑茶や水を時折使って流し込むが、それでもなかなか目の前の柏餅の山は減らない。 実はこの男もギルド職員の上総に負けず劣らずのかわいいもの好き。以前依頼で出会った『愛犬茶房』の子犬――今はだいぶ成長しているが――に、できることならば通いつめて戯れたいなどとも考えていて。おそらく今回の司会進行を務める上総とは、話が合うはずだ。 それはともかく、普段から倹約を心がけていたい上に無尽蔵の胃袋なもふら・おまんじゅうである。財布の紐をいくらかたくしようとしても無理な話だ。 (それにしても……予想以上にこれはきつい……まずいな、限界も近い……?) と―― 「相棒、何やってるもふ」 自分の食べるぶんをぺろりと平らげておかわり待ちになっているおまんじゅうが、ひょいとやってきて、 「おいしいのに、食べないもふ? せっかくの楽園で、それはもったいないもふ……もふが相棒のぶんも食べてやるもふ!」 口を大きく開いて、もぐもぐむしゃあ。 ほんのわずか目を離している隙に、おまんじゅうが皿の上の柏餅を――ぺろり。 ドヤ顔のおまんじゅう、瞳をうるませる焔。 「おまんじゅうちゃん……今日ばかりは君がとても頼もしく見えるよ……!」 焔は女中に「大丈夫ですか?」と尋ねられたが、もう少しはね、ときっぱり言って微笑んだ。こういう時でもイケボになってしまうのは、仕様であった。 「我輩、グルメもふ……」 一方もう一体のもふら・もふもふはうなだれ気味。 お腹が空いてはいるのだが、こしあんの柏餅――それが舌に合うかというとそれはまた別問題。 とりあえずひとつ、口に運んでみる。と、 「む、これは思っていたよりもうまいもふ……!」 そのままモゴモゴと手と口を動かして、順調に平らげていく。 そんなもふもふの主・エルレーンはといえば、 「ちょ、こら、えるれん! おまえ、ずるいもふ〜!」 ……まさかまさかの三つでギブアップ。こしあんの菓子は嫌いではないのだが、彼女にはやや甘みが強すぎたらしい。あと、本人の予想以上のボリュームだったとも言える。 「もうおなかいっぱ〜い……」 パタリ、とそのままエルレーンは意識を手放した……。 ● とうとう現れた脱落者。 しかしまだまだもぐもぐと食べている開拓者とその相棒たち。 「さすが開拓者さんだな、やるときはやるっていう感じだ」 志体もちでない一般の民衆からすれば、その勢いは常人はずれなのだろう。ただ大食漢というだけでなく、やはり身体が第一の職業であるから、食べることは健康を保つための一つの手段と捉えているものは少なからずいるようにも思えた。 と、炮がはっとした声で叫んだ。 「レイダー!またあんこだけ残すような食べ方をしているの?!」 どうやら鷲獅鳥のレイダーはあんこが苦手らしい。それにしても綺麗に皮の部分だけ食べきっているというのはある意味とても器用な芸当なのだが……しかもあんこを残しているとはいえ、もうかなりの量を平らげている。 そんなことを言いながらも、炮はしっかりたっぷりモグモグモグモグ。ほっぺたをふくらませて柏餅を頬張る姿はまるで栗鼠か何かのようだ。この二人組も、油断ならない。 「最初は自分に見合う調子で食べたらいいよね」 そんなことを笑いながら言っていたフィンだが、脱落者がここに来てもそういないことに気づくと一気に量を平らげ始めた。 もともと甘い物は別腹、彼女も御多分にもれず、普通の人から見ればかなりの量をすでに平らげてはいる。そうは思うものの周囲の量と見比べると、なんとなく見劣りしているような気がして怖いらしい。 相棒のロガエスは白米と佃煮で、これまたかなりの量を平らげてはいるのだが。 お互い緑茶で時折流し込みながら、食べて食べて食べまくる。 「ところでフィンよぉ。お前、そんなに食って腹、大丈夫か?」 ロガエスが食べる合間に近づいてきて問いかける。 「ん? まだ痛いとか、そういうことはないけど」 フィンが明るく応じると、 「いや、そうじゃなくて、下っ腹が――」 ロガエスはそこまで言ったところで肘鉄を食らわされた。哀れ。 咲とスフィーダも随分食べている。稽古をしてはたらふく食べるという生活に慣れ親しんでしまったため、すでに腹ペコっぷりが伝染してしまっているのだ。 しかもスフィーダ、咲へ対する鬱憤ばらしにやけ食いするということをいつの間にか覚えてしまっている。つまり、今も山ほど食べているというわけだ。 それを横で眺めていたのは、ここまで静かだったりょう。 「これも開拓者のつとめ、開拓者のつとめ……」 と、自分に言い聞かせるようにして、無心になって食べている。霊騎の白蘭はといえばこちらも無心になって飼い葉をもさもさと食んでいた。 「柏餅はつぶあんの素朴さもいいが、それでもこしあんの滑らかさが自分の舌好みだな」 「飲み物はやはり暑い緑茶だろう。菖蒲としては多少不利になるかもしれないが、せっかくいただくのなら美味しく食べねばバチが当たるというものだ」 などなど、そんなふうに批評めいたことを言いながら、それでもしっかり食べ進めていたのだが――さすがにやや喉に詰まってきたようだ。ちなみに白蘭の方はまだ黙々と食べ続けている。ある意味大物だろう。 「ぐ……白蘭、あとは任せ、けふッ」 りょうはさすがにもういらないという意思表示をした。 他の挑戦者たちも、ほとんどがすでに倒れ伏している。 この瞬間―― 咲とスフィーダの、優勝が決まった。 ちなみに二人で平らげた量はまさかの一七六。咲の柏餅と、スフィーダの小さめおむすび、このふたつの合計である。 ●終幕 「それにしても良い食べっぷりだった」 開拓者たちはお互い腹ごなしに軽く体を動かしてから、それぞれ『愛犬茶房』にてくつろいでいる。 犬とたわむれるもの、さすがに食べ過ぎて体が重いとうなっているもの、それぞれ存在しているが、咲はまだけろりとしていた。恐ろしい。 「スフィーダさんはまだ修行不足なのです」 いや、あれだけ食べてその発言はどうだろう。と誰かが思ったが、胸のうちに秘めておく。 かわいい犬達と戯れることができて、りょうや焔、フィンなどは満足気。ついでにギルド職員の上総も加わって随分と賑やかに、愛犬茶房での騒がしい一日は過ぎていくのだった。 「またいらしてくださいね」 そんな声を後ろに、開拓者たちは店を去る。 今日の出来事は、なんだかんだで楽しい一日だったといえるだろう。 またこういう平和な一日が迎えられますように―― そんな祈りが、それぞれの胸をよぎっていった。 |