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■オープニング本文 安州にて、奇妙な遊戯が流行っているという。 元々は金持ちの道楽。 けれど、だんだんそれも安州の市内に浸透してきている。 もふらさまをめいいっぱい着飾らせ、そしてその美醜を批評しあう――その名も、『もふらさまきせかえ』なる楽しみである。 ● 「年明けにもふらさまを着せ替える依頼、ありましたよね?」 安州の開拓者ギルドでは、時折そんなことを聞かれる職員がいる。 「こっそり面白そうだと思ってたんですけど。もしまた次があれば、いいな、って、そう思っているんです。またあるんでしょうか?」 あの依頼がそもそも金持ちの道楽だからとはじめこそなあなあに扱ってきた質問だが、その問を受けることが断続的に起きるとなると、そう捨て置けるわけもない。 (……こんど、あの連絡役の女中頭に聞いてみようか) もふらさまきせかえの主催人物は決して顔を出さぬことで有名な、変わり者の好事家だ。いや、好事家なんてものはたいていどこか変わっているのだけど、この人物の場合は一癖も二癖もある。 開拓者支援のために様々な催しをしたりもするが、いかにも楽しんでもらうことを大事にしている、そういう人だ。実際のところ、男性か女性かすらも危ういくらいなのだけれども。 『愛犬茶房』なる店が、その人物の拠点のようなものだ。 そこから持ち込まれる依頼は、難しくはないものの独創性に富んでいることが多かった。――微妙に、奇妙な方向に。 そもそももふらさまきせかえの件を持ち込んだのは、件の茶房の女中頭である。もちろん、支配人の名代ということであったが。 そこで、女中頭が何かの用事のついでにギルドへやってきた日、職員は『こういう声があるのだが』ともふらさまきせかえについて話した。すると女中頭は嬉しそうに頷いて、懐にしまいこんでいた手紙を渡す。 そこには流麗な筆蹟で、 『もふらさまきせかえ 春の陣』 と書かれていた。 「支配人は、折角なので今回の結果次第であれを数ヶ月に一度の定例行事にしようかとおっしゃっておりまして」 まさかの先手を打ったつもりが更に先手を打たれていたらしい。 「前回、それなりに好評を博しましたようでして。それならばということらしいです。幸い場所もありますし……ああ、でも今回からお題を決めて、やれば面白いかなと思いますね。これは支配人も同じ意見のようです」 「ふむふむ」 と、女中頭は得意の笑顔を浮かべた。 「あとの詳細は、そこにまとめてあります。では、よろしくお願い致しますね」 そう言うと隙のない所作で立ち上がり、そそくさとギルドを後にしていった。 あとに残された職員は、一つため息をつく。 「……さて……依頼文書かなきゃなぁ」 ● 〜もふらさまきせかえ 春の陣〜 お題は『春』。 春らしい装いのもふらさまを、大募集します。 『愛犬茶房』そばの屋敷にて、**日に開催。 そんな張り紙は、どうやらギルドの中でも随分と目立っていたらしい…… |
■参加者一覧
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
アン・ヌール(ib6883)
10歳・女・ジ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武 |
■リプレイ本文 ● ――おい、聞いたか。 ――なにをだよ? ――ああ、あの噂か? 俺は聞いたぞ。 ――だから何をだよ? ――またあの好事家が、なにか企んでいるらしい、ってさ―― ● 「そう言えば前回はお題、とかはなかったなあ……」 そうひとりごちているのは、以前にも『もふらさまきせかえ』の経験がある黒曜 焔(ib9754)だ。相棒のもふら・おまんじゅうを連れて笑顔を浮かべているが、それはこの『もふらさまを着飾らせて楽しむ』という遊戯で自分の相棒が可愛らしくなるのを楽しんでいるからだ。 それに加えて、ほかの参加者たちがどういう感覚でそれぞれの可愛らしいもふらさまをどう可愛らしく飾り立てるか、それも楽しみの一つであり――結局、彼のようなもふら好きにとってはとても楽しい催しということになるのだった。 春風にのって、花の香りがする。 「春といえばお花見……そして……」 ――うん、また素敵な一日になりそうだね。 そう思っておまんじゅうの方を見ると、小さくあくびをしてうとうと。 「……相棒、なにか言ったもふ……?」 真っ白い小柄な相棒は、夢見心地な声で尋ねるのであった。 いっぽうこちらは―― 「も゛ふー!! いやもふ、いやもふーッ!」 そんなことをわめきたてているもふらが一体。エルレーン(ib7455)の相棒、もふもふの絶叫である。そんなもふもふを引っ張りながら――いや、どちらがどちらを引っ張っているのか、もはやわからないくらいなのだけれど――エルレーンもしつけるかのように叫ぶ。 「もうっ、もふもふ、なんでそんなにごうじょーなの?!」 実はもふもふ、「服を着る」という行為をよしとしておらず、それゆえに『きせかえ』と言う言葉を聞いて逃げ出そうとしているのだが…… 「なんでそんなにいやがるの?!」 そう尋ねてみても、もふもふはことばにならない言葉を発しながら、何故かエビのようにビチビチと跳ねまわって逃げている。 しかし、こういう場所ではなんて言うか、エルレーンのほうが一枚も二枚も上手で。 「もふもふ、じゃああとでおいしいおかしおごってあげるからッ!」 その言葉にぴくりと身体を震わすもふもふ。 「おだんごだけじゃなくて、ジルベリアやアル=カマルのおいしいものもおごってあげる! それに、ふくをきたかっこいいもふもふ、みてみたいなッ」 いばりんぼなところのあるもふもふをおだてて、おだてて、おだて上げて―― 「し、しかたないもふね」 もふもふも渋々ながら、頷いたのだった。 (着せ替え……これは桃珊瑚ともっと仲良くなる、絶好の機会なのだよ!) アン・ヌール(ib6883)は、まだ知り合って間もないもふら・桃珊瑚と顔を見合わせながら笑った。 「せっかくだからこういう機会には思いっきり楽しむのが筋ってものなのだ」 アンが言うと、桃珊瑚はほわーっと微笑んで、 「そういうものもふ? それなら嬉しいもふ♪」 人間で言うと、ちょうど癒し系というものに近いのだろうか。女の子らしい少しおっとりとした雰囲気を持つ桃珊瑚は、行動的なアンの言葉に無邪気に喜んだ。 「きっと他の参加者が連れてきたもふらさまもいるだろうから、そういうのを見るのも楽しみなのだよ」 アンも無邪気に笑う。 まだ出会ったばかりの開拓者とそれを支える相棒――ちょっと心配で見に来ていたほかの相棒も、二人が打ち解けていくさまを確認できて安心しているように見えた。 「さ、そうと決まれば善は急げなのだよ!」 アンが言うと、桃珊瑚もほてほてと会場に足を運んだ。 「もふらさま……ですか。そう言われてみれば、天儀ではよく見かける精霊ですが、今まであまり関わる機会がありませんでしたね……」 そうよく通るテノールでひとりごちながら土偶ゴーレムの†Za≠ZiE†――これで「ザジ」と読むのだそうだ――とともに現れたのは、ジルベリア人のKyrie(ib5916)。 黒を貴重とした服装に身を包み、端正な顔立ちも白く塗った上に黒を基調とした化粧を施している。いわゆるゴシック――どこか耽美で頽廃的な香りのする青年だ。 彼自身は先ほどつぶやいたとおり、もふらを相棒としていない。しかし、今回のもふらさまきせかえにおいて『もふらさまを所持していない人にはごく一般的なもふらをいっときお貸しします』という注意書きをみつけ、それならば折角の機会なのだしと、ザジとともにやってきたというわけだ。 ちなみにザジの方も、道化服を纏った細身の青年といった風体で、キリエの化粧とよく似通った顔立ちと絵付けのせいか、パッと見ただけだと本当に人間の道化師のように見える。 そのザジが、手を大きく動かして、キリエに何やら尋ねた。――ザジはあまりしゃべるということを行わないこともあって、いっそう道化師めいて見えるのだが―― 「ああ、どんなもふらさまにするか、ですね? こちらはもふらさまに関しては素人のようなもの、おとなしくてこちらの行動をちゃんと理解してくれる、そんなお嬢さんを考えていますよ」 キリエはくすり、と微笑する。普段の彼が作る歌はどちらかと言うと陰鬱かつ耽美的な――そんな題材が多かったものだから、ザジとしてはキリエなりの、もふらさまを装い上げるその感覚がまだピンとこないらしい。 「大丈夫ですよ、ザジ」 キリエが頷くと、ザジはやれやれというふうに首をすくめた。 ● 「――というわけで、今回も主催者は不在でございますが、皆様の素敵な『もふらさまの春の粧』を、楽しみにしております」 『愛犬茶房』の女中頭にして支配人の有能な右腕でもあろう女性が、そう挨拶を終えて一礼し、そしてそっと後ろへ下がる。 「このおみせはいつもおもしろいねえ、もふもふ」 開店前の『愛犬茶房』にも訪れたことのあるエルレーン、もふもふをこれ以上不快にさせぬよう――それに気をつけながら、もふもふのもふもふなもふ毛をそっと撫でた。触り心地はやっぱりもっふもふだ。 『愛犬茶房』に縁があるのはエルレーンだけではない。焔もまた、開店前から何かと面白そうな催しがあると聞いてはやってくるひとりだ。 「おまんじゅうちゃん、今回も頑張ろうね」 そう言ってみせる焔だったが、当のおまんじゅうはふあ〜ぁとひとつ大きなあくび。相変わらず、良くも悪くももふららしいもふらだ。……若干怠けグセが強い、のかもしれないが。 「でも、桃珊瑚。すごい、もふらさまがいっぱいなのだよ……!」 何しろ参加者だけでなく、観客――言葉を変えればやじうまとも言える――にも、もふらの姿がそこここにある。中にはいわゆる野良もふらも混じっているようで、彼らはどうやら相棒である開拓者たちが彼らのもふらたちにどのような服装をさせるか、そんなことが気になるようだった。 「もふ」 「もふ」 ……っていうか、もふらたちの噂の情報網でもこの『もふらさまきせかえ』が話題になっているのかと思うとなんだかくすぐったくて、知らず知らずのうちに笑顔が浮かんでくる。 しかも更に良く見ると……いやよく見なくても見えるけれど、それぞれの相棒たちも興味津々にのぞいていたりして、会場となっている屋敷の周りはすっかり人だかりができてしまっている。 「でももふらさまって、いろいろな個性があるのだな……」 まだもふらさまとの付き合いが浅いアンは、それも驚きの一つらしい。 例えば焔のおまんじゅうは二尺もない上、もふ毛もすべて雪のように真っ白だし、エルレーンのところのもふもふは体格的には三尺近くある。 見物に来ているもふらだって大きさも毛並みもさまざま、主催側が用意していたキリエのような参加者用のもふらだって体格はいろいろだ。もちろん性格もかなり異なるのだろう。 そんなもふらさまいっぱいの空間で、アンは楽しそうに笑った。桃珊瑚はこの会場に来る前に、薔薇の石鹸を使って丁寧に洗われていたばかり。もふ毛からふわりと漂うのは、清潔感のある、そして同時に華やかな香りだ。 まだ慣れない相棒同士、こうやって少しずつ歩み寄るのも大事。 桃珊瑚は名前の通りの淡い桃色に包まれて、 「ん〜……アンは、すごーくいいご主人様もふ〜」 そう身体を揺らして喜んだ。おっとりとした性格の桃珊瑚と、ハキハキした性格のアンとでずいぶん異なるが、むしろ異なっているからこそ仲良く慣れるのかもしれない。 「でもこれだけのもふらさまは、さすがに圧倒されますね……」 ひとり、もふらを連れていないキリエが意味ありげに微笑む。横でそれを見ていたザジ――キリエはもふらを連れていなかったぶん、相棒の入場を許されている――が、大仰に首を傾げてみせる。 近くにいるのは、キリエの願いどおり、おとなしくて物分かりのよさそうな、可愛らしいところのあるもふら。体長や毛並みはごく普通だが、それでもくすみの少ない個体を選んだつもりだ。 「私なりのやり方で、貴方を綺麗にしてみせましょうね」 キリエは薄く笑いを見せた。 ● もふらさまきせかえでは、必要最低限の支度金と道具は貸与してくれる。 これもあくまで催しの一つという色を強く押し出すための対応だ。こうすることで、興味をもつ人や、あるいはさらなる参加者を呼び込むための素材が生まれていくわけなのだから。 もちろん持ち込みだって構わない。 「こんなのは、桃珊瑚に似合うと思うのだよ!」 アンが差し出したのは、桃色の鬣をいっそう引き立てるような、薄紅色の宝石。 「今のままでも十分にかわいいけど、宝石を散りばめちゃうぞっと♪」 にっこり笑うアンに、桃珊瑚もほんわり笑って頷く。 「わたしも、かわいくなりたい、もふ」 さっき洗ったばかりの毛並みはふわふわのツヤツヤだ。もっふり感がいつも以上に強調され、それをもふもふしていると幸せな気分になれる。 「……うん。皆がもふらさまを好きな理由も、わかる気がするのだ」 と、そこに焔がやってきた。 「まだ相棒にして間もないと聞いたけれど……ずいぶんと仲良しなのだね」 「うん、仲良しなのだ」 焔に言われて、笑顔で頷き返すアン。あ、まだ幼さが残るとはいえ将来有望そうなアンには、焔、イケボ気味です。 「それにしても良い香りだね。……随分と綺麗な瞳だし」 「そこが桃珊瑚のかわいいところなのだ」 一目見た時から気に入っていた、まるで桃色の水晶を思わせる澄んだ瞳。それをほめられて、嫌な気分になるはずもない。 「うちのおまんじゅうちゃんはこのとおり、真っ白でね。まるでお饅頭か何かのようだなと、だからおまんじゅうちゃん」 焔はフワフワした桜色の布を扱いながら目を細めて、うとうとしかけている純白のもふらをそっと撫でた。わかりやすく、そして可愛らしい名前だと、アンは思う。 「桃珊瑚は、この薄桃色が綺麗で、まるで水晶か珊瑚のようだから、桃珊瑚なのだよ!」 アンも嬉しそうに頷いた。 「もふもふは……もふもふだから、だねえ」 いつの間にか近くにいたエルレーンも笑う。もふもふの方はといえば、さきほどエルレーンにしこたま怒られたらしく、もうあきらめ気味の表情でため息をついていた。キリエはもふらを持っているわけではないので、話に加わるのは少しばかりためらわれていたが、 「キリエさんも、もしもふらをかうなら、どんななまえにするのかな?」 エルレーンに問われて、しばし考えこむ。 「あまりピンとこないですが……その子らしい名前にすると思いますよ」 紗の布地を丁寧に扱いながら、キリエは小さく頷いた。 ● 「それでは、皆さんのもふらの準備も整ったようです。ではどうぞ――」 司会進行の声とともにわあっという歓声。 それだけ皆の期待も高いのだろう。何しろ主催者である支配人とやらは顔を出すことはしないくせに、ここ半年ほどの催しなどの影響で、この安州でも指折りの好事家のひとりとしてすっかり名高くなっているのだ。 「なお、主催者の発案により、優勝者の考案した衣装は、しばらく『愛犬茶房』にて展示されるとのことです。皆さん、よろしいでしょうか?」 そこでまた、どっと歓声が沸き上がる。 前回の開拓者によるもふらさまきせかえが噂に噂を呼んで、今回の運びとなったくらいなのだ。開拓者の発想力を期待しないほうがおかしい。舞台もちゃんと誂えてあって、簡単な自己表現も可能だ。 「では、まず一人目から、どうぞ――」 もう、反対することを諦めてしまったのだろう。 にこにこ笑って現れるエルレーンの横で、疲れきっているのであろうもふもふが少しばかりしょんぼりと歩いてくる。 しかしその姿はいかにも春らしい、薄桃色に包まれた衣装を身にまとっており――これがひどく愛らしい。 ジルベリアなどでよく用いられるレース編みやオーガンジーといった柔らかくフワフワした布をたっぷりと身につけ、その姿はまるで春の妖精であるかのように可憐。 「うわあ、かぁいい! にあうよぅ、もふもふ!」 エルレーンはそう言ってもふもふのもふ毛に頬ずりする。 「……えるれん、自分が着ても似合わないからって……我輩に着せてもどうしようもないのにもふ……」 冷めた声で、小さなつぶやき。しかしエルレーンの地獄耳は聞き逃さなかった! こぶりなもふもふの耳を軽くつまみ上げ、そのままきゅっとひねる。さすがにそれは痛いのだろう、もふもふは 「もぶぅ〜!」 と一つ大きく叫んで、そのまま言うなりになる。もちろんどこで盛り上げるべきかとかは十分承知の上。 「もうこうなったらやぶれかぶれもふ……」 そう言ってドヤァ。キメ顔に決めポーズ、ゆっくりと歩いてみせてから、 「我輩のかっこいいところを見るもふ〜」 そう言って再びドヤァ。もふらのドヤ顔というのは意外と様になるもので、その様子を見た観客たちも喜んでいる。 「もふもふ、だ〜いすき!」 エルレーンは笑みを浮かべたまま、ぎゅっともふもふの首に抱きついた。彼女なりの愛情表現……なのだろう。 「次は私達ですね。ザジ、手伝いを頼みます」 キリエがそう、ふぅっと微笑むと、いつもとは違って真っ白い装束を身にまとったキリエとその相棒の土偶ゴーレムはもふらの手を取り――ということはうまくはできないけれど、そばで並んで舞台の上を歩き始める。 「私なりに考えた、春らしい出で立ち。春の花園に舞う令嬢もふらです」 キリエは頷くと、もふらはしずしずと前に出て、その衣装を皆に見せる。 使われているのは白と淡い紅色のみ。こちらもフリルやレースたっぷりのロングドレスで、まるで春のお嬢さんという感じで、清楚かつ可憐。 頭部には白いボンネットをかぶっており、特徴的な鬣の一部などを隠している。……と言っても、ドレスもボンネットも、もともと天儀のものにはあまり馴染みの薄い衣装である。それでも土地柄のせいか、そんな服装もやんややんやの大歓声で迎え入れられているが。 衣装には色とりどりの春の花が絶妙な配分で飾り付けられており、更に首元の赤いもふ毛はどうやったのか、まるで薔薇の襟巻きをつけているかのような繊細な細工を施されていた。 もふらが行う最大級の礼を尽くした挨拶に、会場のもふらたちの目が輝く。 (あんな可憐なお嬢様風の衣装、自分も着てみたいもふ) 目は口ほどに物を言い。 そこでひとりと二体はくるりくるりと舞い踊る。男性陣の白い外套と、もふらのふわふわのドレスがひらりと広がり、空間が更に華やいだ。 もちろん拍手喝采は言うまでもない。 「春といえばお花見……お花見と言えば桜」 焔がそう呟くと、後ろから可愛らしい衣装をまとったおまんじゅうが飛び出してきた。 これまた淡い桜色のもふもふな衣装を着ているが、それまでの二人と決定的に違うのは、背中から着ている羽織のような服。 やや渋い感じの緑色だ。 「――というわけで、今回はおまんじゅうちゃんを桜餅にしてみちゃったよ!」 にっこりと笑う焔。相変わらず裁縫の腕前は今ひとつらしく、指先にはたくさん包帯を巻いている。しかし、満足そうな笑顔は本当にもふらが好きなのだと思わせる、そんな幸せを分け与えてくれるような顔だった。 ちなみに、おまんじゅうの現在の格好を描いてみると、こんな感じである。 『(・ω・U▽)つ』 歩く桜餅という表現は、たしかにもふらとしては小柄なおまんじゅうだからこそできる発想だろう。 おまんじゅうもふわーっと漂う香りに嬉しそうな顔を浮かべながら、ぴょこぴょこと歩く。焔が衣装の中に、春を思い起こさせる桜の香り袋を仕込んでいたからだ。 そしてこの視覚的に美味しそうなおまんじゅうの姿に、食い意地の張ったもふらたちは今度は別の意味で目を輝かせている。 (あとで桜餅食べたいもふ……) 実際おまんじゅう自身も、歩きながらこんなことを思っていた。 (こんどは桜の良い香りもふ〜……桜の塩漬けを使ったお菓子とか食べたくなっちゃったけど、相棒にあとでごほうびに食べさせてくれるように頼むもふ……ううん、仕事してるし、食べさせてくれるに決まってるもふ) 甘いお菓子とかわいいと言われることが好きなおまんじゅう、そう言ってもらえるためなら協力してやってもいいか……などと、こちらは若干ツンデレ気味。 しかし朝からの緊張ですっかり疲れていたのもあるだろう。 (だんだん……眠くなってきちゃったもふ……春だから、仕方ないもふね……) そうして、舞台の中央で、すやすやと眠り始める。ある意味大物だが、 「まあ、春眠なんとやらというし……これはこれで全力で春を表現していることに、なると思う、よ……」 最後の方は強気なんだか弱気なんだか。おまんじゅうを迎えに行ってそっと起こし、そのまま袖にはけていく焔であった。 「トリは俺様たちなのだよ!」 もふらでいっぱいの場所に慣れていないアンは、まずそう叫んで自分を鼓舞する。 桃珊瑚も同じように、 「もふ、大丈夫もふ〜」 そう可愛らしく言葉を口にして、アンのことを気にかけつつも自信がどこかかいま見られる、そんな感じだ。 ふわっと漂うのは先ほど使った石鹸の薔薇の香り。 たくさん着こむのではなく、首飾りに使われるような宝石や、りぼんなどをちりばめて、どちらかと言うともともと淡い桃色めいた桃珊瑚の素材の味を生かしました、という感じである。 「うん、かわいい」 そう言ってもふらばかの片鱗を見せていれば、会場脇にちらりと見える昔なじみの相棒の姿。 「もちろんほかの相棒も大好きなのだよ! 皆それぞれにかっこよかったり綺麗だったり、素敵だな♪」 アンは本当に楽しそうに、会場をぐるりと見回す。もふらさまという種の個性、相棒それぞれの個性……そんなものがこの一日でなんとなく理解できたような気がする。 優勝できなくても、それだけで満足だ。 ● 「さて、今回のもふらさまきせかえ。いよいよ優秀賞の発表と相成りました――」 その声に、ざわめきがピタリと止む。 「今回の優秀作品は――」 そう言うと、『愛犬茶房』所属の小柄な犬が、ちょこちょこと舞台の上を歩く。そして、優秀賞たるもふらの前で立ち止まった。それは―― 「――黒曜 焔さんと、おまんじゅうちゃんです! ……講評によりますと、天儀らしい春を伝える菓子・桜餅という発想が、皆さんの意表をついた上、五感に訴える美味しそうなおまんじゅうちゃんが印象に残ったとのこと。おめでとうございます!」 おまんじゅうはいまだ夢のなかだが、焔は嬉しそうに微笑んだ。 「お手柄だね、お疲れ様」 けれど、参加した誰もがきっと一等賞。 今日の経験がいつか、役に立つ日も来るのかもしれない。 |