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■オープニング本文 ● 相棒。 それは開拓者に欠かせない存在の一つである。 時には癒しを分けてもらい、時には共に戦う。 無くてはならない、文字通りの相棒だ。 ただ、相棒に対する愛情というのも、人それぞれのようで…… ● 「うーん……」 安州、開拓者ギルド。 青年はひとり、唸り声をあげていた。 「どうしたんですか?」 ギルド職員が、不思議そうに声をかける。 「ああ、いえ。……実はこのたび、新しく相棒を迎えることになりましてね」 「おや。それはおめでとうございます」 相棒を数多く持つことで、時と場所に応じて連れ歩く相棒を帰ることができ、その時時にふさわしい行動ができる。 「ええ、以前からの念願だったものですから、嬉しくて……ただ、名前をどうしようかと悩んでいるんです」 「名前……ですか」 相棒というのはある意味唯一無二の存在だ。それにつける名前はたしかに大きな意味を持つ。なるほど、青年が悩むのも無理は無いだろう。 「はい。せっかくだし、誰もつけていないような綺羅綺羅しい名前を相棒につけてやりたいんです。これが僕の相棒なんだ――そう、一発でわかるようなものを」 「き、綺羅綺羅……しい?」 それはあれか。 天儀の言葉と異国の言葉を混ぜてしまうような、アレのことだろうか。 真面目そうな青年だけに、その発言にわずかに絶句する職員。 「もしかしたらそれは、開拓者仲間に相談したほうが面白いかもしれませんよ? 場所なら、こちらが提供します」 ――こういうことを好みそうな店を、職員は一ヶ所知っている。 おそらく二つ返事で了解してくれるだろう。 「で、せっかくなのでその相棒の特徴を教えてくれませんか? 人を集めるにもそういうのがわからないことには」 「ああ、これは失礼しました。相棒は猫又で、黒い毛並みに足先だけが白い、いわゆる靴下猫というやつです。きかん気の強い性格ですね」 それでは、よろしくお願い出来ますでしょうか。 青年はそう言うと、一つ礼をしたのだった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
黒曜 焔(ib9754)
30歳・男・武
音野寄 朔(ib9892)
19歳・女・巫
紫ノ眼 恋(ic0281)
20歳・女・サ
江守 梅(ic0353)
92歳・女・シ
棚瀬 真貴(ic0443)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 安州の一角、人通りのやや少ない街の片隅にある、近頃話題の名物店舗。 その名を『愛犬茶房』。 その店の支配人の預かりとなっている犬達が、店に行けば尻尾を振って出迎えてくれ、そんな犬達を愛でながら共に茶を飲んだりしてくつろげるという、憩いとやすらぎの場。 ――しかし、店にはもうひとつ、奇妙な顔があった。 なんでも支配人が開拓者によく世話になっている縁だとかで、何かと開拓者の支援をし、地域を活性化したりする面白い催しをしばしば行うのだ。 それが何かと好評なものだから、一般の客も最近は随分と増えているのだと女中頭は笑顔で開拓者たちを迎え入れた。 「今回会場となりますのは、先だってバレンタインの折にパイ投げを行った広間となります。ただ、入口が狭いものですから、体格のいい相棒さんはあちらに回ってもらうことになりますが……」 体格が良い、というのはこの場合おそらく、江守 梅(ic0353)や棚瀬 真貴(ic0443)の連れてきている駿龍を指すのだろう。確かに広間への入り口は人間サイズ。小柄な相棒なら通ることもできるが、龍ではちと厳しい。 そして女中頭が示した『あちら』とは、バレンタインの時は気づかなかった、庭へつながる大きな窓。庭よりに座れば、彼らとも触れ合うことができるだろう。一足先に庭に通されていたミセリコルディアと四髭が、首をわずかにかがめて恐る恐る主の姿を求め覗き込んでいる。 「おやおや、そっちにおったんやねぇ……かけがえない名前、一緒に考えましょうなぁ」 あらかじめ辞書を借りて携えていた梅は、相棒の姿を認めるとふんわりと微笑んだ。真貴はその一方で吟遊詩人という職業らしく、仰々しくミセリコルディアの傍で宣言する。 「絢爛豪奢たる言の葉使いは、我の最も得意とする処……持てる総ての語彙を以て、かの青年に提案申し上げよう!」 そしてぱっと手を広げる。その手が指し示す先を見れば、依頼人も既に到着していたのだった。 草太という名前だったか、その青年は膝の上にそっと猫又を乗せて、撫で続けている。真っ黒い毛並み、足先はその逆にまるで雪のように白く、そしてよく見れば尾の先もわずかに白い。青年は開拓者たちの到着に気がつくと、慌てて立ち上がった。 「あ、皆さん……今日は僕とこの子のために集まってくれてありがとうございます。この子――あ、まだ名前つけていないので、便宜上こう呼んでるんですけど、この子のためにいい名前をつけてやりたいと思います」 そう、照れくさそうに笑いながら挨拶する。 「ううん、こちらこそこういう機会に招いてくれてありがとう」 開拓者仲間でも名のしれた空賊団を率いる天河 ふしぎ(ia1037)が、相棒である人妖のひみつとともに挨拶をする。 『ふしぎ兄とお出かけなんて、久しぶりなので楽しみにしておったのじゃ♪ 妾は妹のひみつなのじゃ。一緒に考えるから、大船に乗ったつもりでいるといいのじゃ!』 ふしぎによく似た風貌の人妖――ひみつが、とんと胸を叩いてみせる。 「それにしても、綺羅綺羅しい名前、ね……随分と面白そうな案件だな」 そう言いながら頷くのは、狼耳のサムライ、紫ノ眼 恋(ic0281)だ。しかし相棒であるからくりの白銀丸は、マスクをしたまま一つため息を付いている。 『こら、この食い気狼。しっかり菓子に釣られてたの、俺は知ってるんだぜ』 何しろ菓子のたぐいは提供してくれるという依頼人たちの意向だ。それを受け取らぬ訳がなかった――恋はほっそりとした体格の割りに、よく食べるのだから。土産代わりにクッキーを焼いてきているが、それももちろん本人が食べたいという理由も含まれている。 「大丈夫ですよ、菓子は逃げませんから。とりあえずはお好きな場所にお座りください」 女中頭にそう言われ、他の皆ももそもそと座る。 「でも、確かにそうね。名前というのは一番最初に与えられて、そして最後の瞬間まで自分とともについて回る大切な贈り物。だからこそ双方の気に入る、素敵なものになるといいわね」 そう言いながら足元で御行儀よく座る忍犬の和を撫でるのは音野寄 朔(ib9892)である。とは言え見慣れぬ環境に朔も和も随分と興味津々らしかった。和は、少し離れた場所にあるはずの愛犬茶房にいる犬達の匂いも、あるいは感じ取っているのかもしれない。 「……ところでおまんじゅうちゃんの名前は綺羅綺羅しいのかな」 そんなことを言って首を傾げているのは黒曜 焔(ib9754)。問いかける相手は相棒のもふら・おまんじゅうだ。 「相棒は、もふにどうしてそんな名前をつけたもふ?」 「お饅頭のように丸っこくて可愛らしいからね」 ちなみにもふらのおまんじゅう、好物が饅頭である。ややこしいが。 「それにしても、猫又か……実に可愛らしいお嬢さんとお見受けしましたが」 女性に対するイケボは、どうやら相棒の性別だけでも発動するらしい。しかし猫又はツンとすまし顔のまま、そっぽを向いてしまった。大きな双眸は濃い琥珀の色。なるほど、気位の高そうなお嬢さんである。 「おー、随分美人な猫又だな! 俺の相棒も猫又なんだ」 ルオウ(ia2445)がにっと笑って相棒の雪を見せる。雪のように白い毛並みと深い緑の瞳が特徴的な女の子だ。 「雪っていうんだ。本当はもっと長い名前なんだけど……この方が呼びやすいしな」 ルオウいわく、もともとは父の猫又であったのだという。ジルベリアの騎士であった父がなくなった時に譲り受けた、大切な形見。父の名付けた名前は「ズィルバー・ヴィント」という、いかにもジルベリアらしい名前だったが、今は雪の方もルオウに文句をいうのは諦めている。彼女も、改めて自己紹介した。 『先代より、お目付け役を申し使っております、猫又のズィルバー・ヴィントです。雪、で良いですわ』 「ふむ、そちらもいい名だな。うちの沙門は自分で名前をつけたようだがね。縁起担ぎらしい」 そんなことを言うのは自身の本名すら不明の少女、からす(ia6525)。 『ん、商売人がお祀りする七柱の神様がおるんやけど、それにあやかってな』 ちょっと訛りのある虎柄の猫又だが、愛嬌のある笑顔を浮かべていることが多いせいか、見ていてなんだか微笑ましい。 「まあ、名前なんてものは案外変えることはできるけれど……本人にとってそれが本当に良いものかどうかは考えることだね。相棒となるからには、長く付き合っていくことになるわけだし」 女中頭と協力しながら茶を振る舞いつつ――茶葉はからすが持ち込んだものである――彼女は淡々と言ってのける。 ● 「さて、それでは、みなさんのご意見を伺っていいでしょうか?」 草太がおずおずと尋ねた。膝の上の猫又は耳をぴくりとそばだてているようにみえる。 すると皆はまってましたとばかりに紙と筆を取り出したり、本を懐から出したりし始めた。 つまりが皆ノリがいいのである。 口火を切ったのは、――開拓者ではなく、もふらだった。 「もふの名前はおまんじゅうもふ。お饅頭大好きだから気に入ってるもふ〜……猫又ちゃんは、どんな名前がいいもふ?」 すると猫又は、そんな呑気なおまんじゅうの言葉にそっぽを向いたまま、応じる。 『わたくしは、その……お菓子とかも、好きですわ』 きかん気の強い性格と聞いていたが、どうやらついでにいわゆるツンデレらしい。 鈴を鳴らすような可愛らしい声音で、たしかに人間ならばかなりの美人であると言えただろう。 「綺羅綺羅した、といっても、随分漠然とした感じよね。なかなか難しいわ……きかん気の強い女の子で、随分な美人さんで。うちの和は名前通りという感じで、元気ではあるのだけれど随分とまったりしているのよ」 朔はそうほほえむと、 「ああそうそう、名前でしたわね……こんなのはどうかしら」 示した紙に書かれていたのは、『流美衣(るびい)』と『魅瑠姫癒(みるふぃゆ)』。 「流美衣は同じ名前の赤く輝く宝石があるわね。石言葉は情熱や勇気。流れるような美しさを纏う……そんな意味を込めて漢字を当ててみたの。魅瑠姫癒、はジルベリアの甘味でそんな名前のがあって……魅力がその菓子のように積み重なって、愛らしい癒しの姫君に……と、そう思ってみたの」 しかしそばにいる和は、微妙そうな顔を浮かべて主のことをじっと見つめている。その名前に異議があるのかもしれない。 「……こんなのはどうだ」 いっぽう恋がサラサラとしたためたのは――【獲酢平蘭刺亜】。 誰もが読めなくて、目を丸くする。 「えすぺらんさあ、とよむ。異国の言葉で、希望という意味らしい」 真顔で頷いている。どうやら恋の美的感覚で『格好良い』というのがもとより随分と綺羅綺羅しいらしく。 (俺の名前も一歩間違ってたらああなってたのかよ、こええ) 白銀丸もわずかに震えた。 「そういう白銀丸、お前はどうなんだ?」 『……天使と書いて「アンジェラ」ちゃん、とか』 こちらは随分と可愛らしい。頬をかきながら照れくさそうに、 『呼びやすさは大事だろ?』 そう言ってそっぽを向いた。 「そう言えば汝の名は娘がつけたのう。良い名じゃ」 その娘の死がきっかけで、高齢ながらも開拓者として活動している梅が、ふと相棒に向き直って微笑んだ。四髭の名の由来は、文字通り髭が四本あるから。四髭も梅を相棒と認めており、顔を寄せて小さく喉を鳴らす。 「凛として賢そうな、意志の強い良き相棒どすな……」 靴下猫の猫又を見て、梅はまた目を細める。挨拶からこれまでもじっくりと観察してきて、思い浮かんだ名前を口に出してみる。 「漆黒のような艶やかな毛並みと靴下を履いたような白い足、それに輝く瞳。黒星白速(こくぼしはくそく)などは、いかがでっしゃろ?」 年の功の割に、名付けは下手らしい。四髭ががぁっと声を上げた。 「ん? 四髭、お前は我阿羅、という名前をつけるとな?」 鳴き声がそんなふうに聞こえたらしい。まあ、よくあることだ。 もう一人の龍連れ、真貴は誇らしげに笑う。 「我が相棒の名を考えるのも楽しかったが、こういうのも悪くないな!」 ちなみに彼の駿龍の正式名称は、『忠実なる神の使徒・究極優駿蒼龍ミセリコルディア』である。名付けられた当のミセリコルディアすらもその名前が長すぎて覚えられないという有様だが、曰くとても深遠な理由があってこの名前なのだとか。 (偉大なる救済の堕天使たるこの我が従える相棒なのだ……同じ神の道を歩む同胞として、遜色の内容授けた名だ。将来的に、十二分に吊り合わせて見せようぞ……!) ――彼、本日の仲間の中では一番突飛であると思っていいですか。 で、そんな彼が考えたという名前は、これが案外洒落ていた。 「宵明星(ゆうづつ)、新玖珠(にゅくす)、美夜穏(みゃおん)……どれも毛並みの黒を夜に見立てたりして、その美しさをあえて強調してみた」 ミセリコルディアはその後ろの方で、真貴の声を聞きながら尻尾をパタパタと動かしている。主の名付けの感覚は格好いいけど時々変だなあと言わんばかりの行動だが、真貴本人はそんなことを気にしていないらしい。 「さて、草太殿。君も我と同じ覚悟を担えるか否か――凡庸な存在についた仰々しい名称では、滑稽この上ないゆえ」 これから開拓者として大成すれば、たとえ名前が少しばかり特徴的でも、皆が覚えてくれる。誰であるかをきちんと認識してくれる。そしてその名を格好いいといってくれるかもしれない。けれど、今のままではだめだ。もっと、しっかりと、熟練の開拓者とならねば。 真貴自身も駆け出しゆえに自覚していることだから、余計に言葉に熱がこもる。 「そうだな……名前と実力が伴わないとな」 草太も小さく頷いた。 ● 「靴下のことを、異国ではそっくす、と呼ぶそうだね」 そう、茶をすすりながら焔が言う。ちなみに目の前にあったはずの彼のぶんの菓子は既にない。相棒が、焔がわずかに目を離した隙に食べてしまったのだ。 (最近は依頼に勝手についてきたり、家出したり……家でも何かといたずらばかりだし……そろそろしつけが必要ではなかろうか……) 相棒の最近の行動を思い出しながらそんなことを思っているらしく、普段よりもわずかに肩を落としている。 「……で、草太さんの名前から一文字もらって、草玖珠(そっくす)というのはどうだろう? まあ最後は、相棒さん自身が選んでもらうといいのだろうけど……気に入った名前であるのは、素敵なことだと思うんだ」 とはいえ、もふらのおまんじゅうをもふもふしながらの言葉は、自身の名前を気に入っているという相棒を持つからこそだろう。 猫又はといえば、ちょっと悩んでいるふうではあるが肯定も否定もしなかった。 『……そうかもれないですわね』 それだけつぶやいて、また喉をゴロゴロ鳴らす猫又(未命名)。それに対して、焔は苦笑するばかりだ。 『それにしても、随分気の強い性格のご様子ですわね』 そうのんびりと感想を述べるのは雪。とはいえ、彼女も結構な気位の高さであるのだけれど。そんな言葉につい笑顔になりながら、ルオウは焼き菓子を摘む。 「そうだなあ、なんか姫っぽいよなあの猫又」 『姫っぽい性格って、どういう性格ですの……ボン』 雪は菓子をご相伴に預かりながらも呆れたような声。 『とはいえ、なんとなくわからなくはないですし、名前に姫の文字がはいるのは名付けるには良いですね。もう一捻り、欲しいところですけど』 お目付け役に言われて悩むルオウ。しばらく考えていたが、ふとポンと手を打って笑う。 「名は体を表すというし、足先が白いのは、せっかくだから名前に活かしたいよな。雪を踏む……とか?」 と、彼の相棒――繰り返すが、彼女の名前は『雪』である――はちょっとそっぽを向いてふくれっ面。 『何となく引っかかるもののある名前ですが……発想としては悪うございませんね。ただ、名前ですので踏む、ではなく歩く、にして、雪歩姫――雪に咲く花に例えて『プリムラ』ではいかがでしょうか?』 雪が入れ知恵をしつつ、提案した名前はどこか可愛らしい、花のごときもの。 『……悪くありませんわ』 草太の猫又はツンとした顔のまま、そうつぶやいた。 「ふむ。やはり雌なら、きかん気が強いといっても可愛らしいほうがいいだろうね」 からすが頷きながらそう言っていくつか持ち込んだ名前は、ジルベリア風の名前にあえて天儀の文字を当てたようなもの。絵里衣(エリー)とか、姫庭(キティ)とか。でも、読みがちょっと突飛な程度で、名前自体は結構ありがちな感じである。 「まあ、最後はそちらのお嬢さんがその名前をどう気に入るかどうかだね。決めるのは自身がいいのではないかな」 からすはにんまり頷いて、そして横でニコニコ笑っている相棒に目をやる。いや、相棒の沙門は普段から笑っているような顔なので、どのくらい変化があるかはちょっとわかりづらいのだけれども。 『変に難しく考えてもどこかの笑い話みたいなことになってまうし、見たまんまでもええと思うんや。ちなみに、知り合いの猫又の名前はポチっていうんやけどな、猫又なのに』 名前は大切なものだが、同時にそれは個体に付けられる記号的なものであることを忘れてはならない。三丁目のミケさん、タマさん、そんな当たり前な名前でも本人にとってはかけがえのない大切な名前。 『でも難しゅう考えるんやのうて、かる〜く考えてみるんがいちばんや』 名前を与えられること、それが何よりも素敵なことであることに気づいてほしい。名前が付けられることで、唯一無二の存在となりえるのであるのだから。どんなに普通に感じられる名前でも、本人にとっては何よりも大切な名前なのだ。 「……ちなみに親が子どもに名付けるとき、将来どんな大人になって欲しいかを願ってつけることと、どんな子どもであって欲しいかを願ってつけること、両方あるがね……このふたつは似ているようで全く違う。前者は子どものためを思うものであるが、後者は親が子どもを可愛がるためのものだ。……さて、草太殿。あなたは一体どちらであるのかな?」 からすの鋭く射抜くような視線が、草太に向けられる。青年はわずかに悩んでいたが、 「どちらでしょうか……そう言われると、少し、自信がないですね」 そう苦笑を浮かべた。 『……で、ところでふしぎ兄。綺羅綺羅しい名前とはどんな名前なのじゃ?』 モグモグと茶請けの桜餅を頬張りながら、ひみつが兄貴分に尋ねる。 「多分、かっこいい名前のことだと思うんだぞ!」 ここまでのやり取りを聞いて、その感想の出るふしぎであるが、まあ彼の名付けの感覚はグライダーが『星界竜騎兵(スタードラグーン)』だったり、人狼が『舞雷牙(ブライガ)』だったり、しかしそれを普通だと考えているあたり微妙に恐ろしいと思うのだが、本人はいたって真面目なのだからちょっとたちが悪い。 『でもそういうかっこいい名前なら悩むことはないのじゃ。猫又の名前は「ふしぎ」なのじゃ! 世の中にこれ以上かっこいい名前はないと思うのじゃ!』 ひみつがドーンと胸を張って言う。 「ちょ、ひみつ、それはさすがに恥ずかしいよっ」 ふしぎもさすがにこれには顔を赤くせざるを得ない。 「んー……とりあえず、幾つか案を考えてみたよ」 といって挙げた名前は『白靴下院二又黒衣』なんていう何処か亡くなった人に与える名前のようなものだったり、『火我威斗想駆主(ほわいとそっくす)』あるいは『宵闇幻白姫(ホワイトライン)』なんていう名前。ふしぎ曰く、 「その子はきっと暗闇で走ったら、足先の白い部分だけが白い軌跡を描くんじゃないかなぁって思ったんだ。綺麗だと思うんだよね」 とのこと。 確かに想像すれば美しい、そしてかなり綺羅綺羅しい。 ただ、青年は――何かを考えていたようだった。 ● 夕方になって、少し空気も冷えてきた頃。 「皆さんの名前、ほんとうに参考にさせて貰いたいと思います」 草太はペコリと頭を下げた。 「いい名前が多くて、いろいろ考えさせられて……でも、そうだな、皆さんがおっしゃることも一理あるなって思ったんです」 名前は与えられることそれ自体が宝である、そのことだ。 「これからずっと付き合っていく相棒だし、彼女が気に入るものをつけてやりたい。……どうだい、気に入ったのはあった?」 『……いっぺんに聞かされすぎて、わけがわからなくなりましたわ』 猫又はまたツンとした表情。でも、顔合わせした時に比べればだいぶ気軽な気分になったのだろうか。 『でも、……考えてくださったことにはお礼申し上げますわ』 そう言って小さく礼をするくらいにはなっているようだ。 「それじゃあ、こいつも役に立つとええんやけど」 梅が手渡したのは、漢字辞典――の中から、特に名づけによさそうな文字を抜粋したものだった。 「参考にしたらええと思うんじゃ。いっぱい悩むのも、今だからこその楽しみやからなぁ」 「ありがとうございます」 草太は何度も深く礼をした。 ● ――それから数日後、開拓者たちに手紙が届いた。 『名前は結局、【はな】とすることにしました。本人が、あまり綺羅綺羅しすぎるよりもあっさりしたものを好んだ結果です。 でも、この名前に至るまでに、彼女もいっぱい意見をくれました。確かに名前は唯一無二だから、このくらいがちょうどいいのかもしれませんね。 そしていつかもっと開拓者として大成して、名前が凡庸でも印象に残るような、そんな人物になりたいと思います』 青年の純粋な思いは、いつかきっと報われるだろう。 そうすれば、名前なんてきっとささいなことに変わる。 そう信じられる、そんな手紙に、受け取った開拓者たちも微笑みを漏らしたのだった。 |