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■オープニング本文 ● 青年は困っていた。 非常に困っていた。 何がって、先月のあのバレンタインとやらで起きた出来事のことである。 彼は決してもてるほうとはいえなかった。 寺子屋にはいる頃にはすでに 「純くんはいい子だけど、旦那様にするにはちょっとね」 なんて、幼なじみの女の子からも言われていた。 気配りのきくまめな性格。 容姿は……まあ、十人並。 運動も学問も、それなりにそこそこ出来る。 でも、それだけ。 純と言う名のその青年の周りには友人は多かったが、恋人になりたいと言い出す女性はいなかった。――これまでは。 ● それが――である。 事の起こりは二十歳を間近に控えたことしのバレンタイン。 純はいま、昔なじみの蕎麦屋で働かせてもらっているのだが。 「あの……これ、いただいてもらえますか?」 店にあしげしく通ってくれていた女の子が一人、純に可愛らしい包みに入ったチョコレートをくれたのだ。 その少女はふだんからおとなしい雰囲気の真面目そうな少女で、いかにも良家の子女という感じがするのであるが…… その子が。 純に。 チョコレートをくれたのだ。 しかもどう見ても手作りで、食べたところ味もなかなかの出来だった。 当然一緒に働いている仲間たちからは冷やかされるし、だいたい自分がいちばん驚いていた。 「よっ、色男!」 そんなふうに冷やかされもしたのだが――三月になってはたと思った。 そういえば、お礼をしなければなるまい。 世間一般では男性は三倍返しなんて言われるけれど、実際何を送ればいいのやら、いままで「良い人」止まりだった純には見当もつかない。 どうしたものか…… そこで浮かんだのは、 『困った時の開拓者ギルド』 という言葉だった。 ● 「……というわけで。もし良ければ皆さんにお知恵を拝借したいんです」 純は顔を赤らめていった。 名前のとおり、純朴そうな青年である。 「ふむふむ……そうすると、相手がどんな子なのか、それからどんなものを贈りたいか。その辺をもう少し詳しく教えてくれるとうれしいのですが」 ギルド職員は爪をかみながら尋ねる。 尚このギルド職員、バレンタインデーに振られたばかりだがそれは別の話である。 「そうですね。名前は佐奈さんとおっしゃる方で、近くの学問所で勉強中というところまでは色々調べてわかりました。ちなみに十七歳だそうです」 彼女も彼女で今まで学問に夢中で色恋沙汰と縁がなかったようだが、純を見てどうやら一目惚れをしたらしい。こういうことにばかり鼻のきく知り合いというものも困りものだけれども。 「でも今まで本命だなんて初めてだから……ああ、もとより断るつもりはないですけど、照れくさいというか恥ずかしいというか。どうしたら良いか、困ってしまって。お願いします、彼女の気持ちに答えられるような妙案を一緒に考えてくれませんか」 青年は困り果てた顔で、そう懇願した。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ビシュタ・ベリー(ic0289)
19歳・女・ジ
白鳥(ic0386)
18歳・女・武
リーシェル・ボーマン(ic0407)
16歳・女・志
ヴァレス(ic0410)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ● 青年が働いている蕎麦屋から少し離れた店で、七人の開拓者と依頼人は顔を合わせていた。万が一この光景を件の佐奈嬢に見られないようにという配慮である。――ちなみにヴァレス(ic0410)はこの場にいない。顔だけとりあえず確認出来ればいいということで、既に調査などの行動に移っているらしい。 「皆さん、今日はほんとうにありがとうございます」 純と言う名のその青年は、丁寧に頭を下げた。礼儀作法をきちんと知っている、初々しさをも清々しさをも感じられる青年である。 ただ、どうしても――何かどこかが物足りない。それは例えば凡庸な容姿であったり、やや低めの身長であったり、ちょっと気の弱そうな雰囲気だったり。 周囲の人間が『いいひと』止まりで見るのもなんとなくわかる、そういう雰囲気。十人並みの部分が揃いすぎていて、逆に上にも下にも突出したものがないといえるのだろう。 人間は凡庸であり過ぎると個性が失われてしまうがゆえに、純もおそらくそうであろうことは容易に想像がついた。それでも、いや、それだからこそ、それを好いてくれる人はいる。その、佐奈という少女のように。 ――それはともかく、開拓者たちも自分たちの名を述べていく。 「俺はサムライのルオウ(ia2445)! よろしくな、純」 いかにも年齢相応のワルガキめいた表情を持つ少年が、ぱっと手を伸ばして握手を求める。純はこういう人懐っこい性格ではないのだろう、一瞬戸惑いつつも 「うん、よろしく」 そう言って小さく笑顔を浮かべた。 「初恋なんて、すてきな響きね……」 ほんわりと相好を崩しているのはフェンリエッタ(ib0018)だ。戦いに赴く時とは全く異なる、やさしく幸せそうな笑み。騎士の家柄という出自と聞いていたため、もっとキリッとしているかとおもいきや、その瞳は優しさにあふれている。 「嬉しいなら、その気持ちを込めて、応えてあげなくてはね」 そう、すっと細められる双眸は慈愛に満ちていて。 「そうだな……俺たちも手伝うから、絶対いい思い出にしてやろうぜ!」 大きな虎耳をぴくぴくと動かしながら、羽喰 琥珀(ib3263)もにかっと笑う。いかにもやんちゃそうな男の子だ。純の持つものとは異なる、あっけらかんとした明朗快活さを持っているという感じ。 「とりあえずは、何を差し上げるか。そしてどう告白をするか。その辺りを考えるべきかな? 未熟ではあるが、出来るだけのことは私も手伝おう」 「そうだな、話を聞く限りほとんど相思相愛だし、あとは勇気を持って行動するだけだね」 リーシェル・ボーマン(ic0407)と、ビシュタ・ベリー(ic0289)が、にこやかに笑いあう。年齢自体は純とそう変わらなかったり、あるいは年下だったりするのだが、開拓者という事もあっての重ねてきた経験の違いだろうか、妙に楽しそうに微笑んでいる。あるいは、これがホワイトデーでプレゼントをもらう側――女性だからこその立場なのかもしれない。 「私達も応援いたしますから、手の足りない部分があれば遠慮なくお声をかけてくださいね」 白鳥(ic0386)がおっとりと微笑んで、青年をはげました。 ● とはいえ何をするか。 佐奈という少女についてももっときちんと調べなければならないだろうし、そこから更に贈り物、そして出会いの段取りなど、やるべきことは結構多く抱えているような気がする。 それでも、こういう時は悩んでいても始まらない。とりあえず動いて、調べること、それからだ。 (……ちょっと羨ましいな……) そういうことを思いながら笑みを小さく浮かべるのは、紅咬 幽矢(ia9197)。 女性と見まごうほどの華奢な体格と容姿の持ち主だが、中身はしっかり男性で、色恋沙汰だってわからないわけではない。ただ、強気な外面が災いしてか、そういう感情を持つ相手がいないわけではないが、どうにも誤解を産んでしまいやすい――らしい。本人もはっきりと言い切れるわけではないのだけれど。 「手紙とかが、誘い出すには一番効果あると思うんだ」 そう切り出すと、他の仲間達もそれに反対はしなかった。 「いいんじゃないか? ものが動向よりもまずは気持ちだよな」 ルオウも頷いて笑う。実はホワイトデーを今まで知らなかったなんて、彼女(未満)がいるのに二年連続でお返しをしていなかったなんて、それで実は焦っているだなんて、そんなことは胸の奥の奥に閉じ込めておいて。背中は既に冷や汗でダラダラだが、平然を保つようにはしているけれど。 「手紙でまずは呼び出して、渡すのがいいかな」 「渡すとしたら何かな。お返しをあげるっていうのは無理なく自然に渡せる口実になるけど」 「逢引の誘いもかいておくか?」 逢引とはつまりが一緒にあって甘味を食べたりおしゃべりをしたり、そういうことなのだが、言葉にもいくつか意味があるので注意が必要だ。 「勿論、普通の意味での逢引だからな。色艶めいたことじゃなくて」 幽矢が念を押しておく。 「贈り物についても考えないとな……」 自分たちの参考にもなるかもと、鈍感少年たちも悩むことになる。 「贈り物にはさ、小さいぬいぐるみとかどうだろ? 難しく考えねーで、純が贈りたい奴に一番合うって思ったもんにすりゃいいんだ。あと、花とか」 琥珀はそう言ってにかっと笑うが、本当にこれでいいのか、男性陣のみでは絶対と言えない。 こういう時に頼りになるのはやはり女性陣だ。 「あまり面識の強くない相手に高価な装飾品などはどうかと思うの。こういうことはお互いに初めてだろうし、好みや似合うものだって、付き合っていく上で見つけるという楽しみもあるでしょ?」 フェンリエッタの言葉になるほど、とうなるのは少年たちだけではないらしく。 「じゃあ、どんなものが喜ばれるでしょうか?」 白鳥が小さく首を傾げる。 「そうだな。昔聞いたことがあるのは……バレンタインのお返しに上げるお菓子という意味なら、飴は『好きです』、マシュマロは『嫌い』、そしてクッキーは『友だちでいましょう』ということかな。そこは気をつけねばならないだろう」 リシェールの言葉に、メモを取っていくのは何故か男性陣。自分たちも間違いを犯さないようにということなのだろうか。涙ぐましい努力である。 「まあ、凝り過ぎたものは印象を変えてしまう可能性がある。その辺りは考えどころだな」 ビシュタはその言葉を受けて、さらに付け加える。 「あと、もちろんだけど……助言はできるけれど、どういう想いでそれを選んだかとかそういうのは大切なことだからね。きちんと自分で選んで、買うのが一番さ。モノの真贋とか、そういうのを確認する手伝いは、できるけどね」 そして女性陣の何人かは佐奈の通うという学問所を覗いてみたいといった。 あわよくば、彼女への手紙をその下駄箱に入れることを考えているらしい。下駄箱に手紙なんて、定番といえる呼び出し方の一つである。 しかしその定番こそが、逆に好まれることだってある。特に初めての恋ならば、なおのこと。恋愛初心者はたいてい臆病な生き物なのだ。そして手紙で呼び出して、どこか――そう、例えば甘味処などで共に時間を過ごしてもらう。そうすれば、きっともう少し、距離が縮まるはずだ。 一方、そんなリーシェルの友人でもあるヴァレスは、街中を色々と巡って、逢引によさそうな場所を探していた。例えばいい風のふく河川敷、早咲きの桜がある公園やちょっと美味しい甘味を出すお店。 ひとりで行くにはためらわれるかもしれないけれど、二人ならば楽しめそうな、そんな場所を探していた。 店みせでいろいろな評判を聞いたりして、でも自分がそういうことを聞いていたことを黙っていてもらうように頼んだりもして。 (……でも、そっか。男が女の子に贈り物をあげる日か……) こちらもなにか思うところがあるらしく、いろいろと有益な情報を教えてくれた店でそっと何やら購入した。もちろんこのことも、他の仲間達には秘密で。 ● そして――当日がやってきた。 佐奈についてもそれまでに情報を集めたが、人当たりのいい少女で、浮いた話がないのが逆に不思議なくらいなのだそうだった。器量よしで、学年でも成績優秀。少しばかり頭が硬いかもしれないが、それだって言うほどの問題ではないらしい。 「手紙は私が下駄箱に入れておいておくわ。下手に女子だけの学問所に男性がはいるのも問題でしょう?」 フェンリエッタが微笑むと、純は顔を赤くしてうなずいた。 「……ん、まだおじけづいているのかい?」 ビシュタがそう尋ねる。純朴さを消さないように、でも口上を間違えないように、などという細やかな指導をしていたが、それでもまだ純はためらいがあるのだろうか。 「……いや、僕に勇気がないだけなんです。女性とお付き合いできるかもしれないなんて、初めての経験だから」 「そうか。……ちょっと待ちな」 そう言うと、ビシュタはそっと幸運の女神の力を借りる文言を口の中で素早く唱える。 そして、ぱちんとコインを弾いた。手の甲の上に乗せてオモテウラどちらが上になっているかを素早く隠す。 「お前が今回の恋に成功するなら、コインは表――」 そう言って手をそっと広げると、コインは見事に表を上にしていた。これは彼女の手品の技巧も利用した、ある種のイカサマにも近い行為なのだが、それでも純に『勇気』を与える役目は十分に与えたようだ。 「大丈夫、幸運の女神様も太鼓判だ。おまえさんに味方してる」 そう言うと、ビシュタはニィっと笑って目配せした。お前なら大丈夫だ――そういう意思表示だ。 「さあ、行ってこいよ! 俺たちも影で応援してるからな!」 琥珀が無邪気ににぱっと笑う。 「一度しかねー初恋って言う大舞台なんだから、な?」 悔いを残さないように。それを祈って。 純も、こくりと頷いた。そして待ち合わせのために予め調べておいた甘味処へ、足を運んだのだった。 ● ――此処から先は、主に純と佐奈の物語になる。 純の指定通りにやってきた少女は、顔を赤らめながら微笑み。 純は佐奈の作ったチョコレートに礼を言い、そしてその返事として可愛らしい飴を持ったぬいぐるみ、そして匂い袋と栞を贈った。 佐奈は驚いていたようだが、やがて笑顔になった。 そして二人はそこで長い時間――とてもとても長い時間、語り合った。 二人の距離はあっという間に想像以上に縮まって、そして―― ● 「おお……うまく行っているようでよかったなぁ」 当の二人から見えないように、潜んでそれを眺めている開拓者たち。 琥珀がニカッと笑って喜びに尾を振る。 「覗き見は趣味が良くないぞ、ルオウ」 そうルオウをたしなめつつも、幽矢も興味が有るのは否めない様子。 「だってさ、気になるじゃん。それに、感謝の気持ちって忘れちゃいけないもんだろ? そういうの見たいじゃん」 おせっかいだが、気持ちがわからないでもない。 「たしかにそうだが……」 ルオウと幽矢のやり取りは不毛だ、不毛だが聞いていて面白い。そして二人の手の中には、誰ぞかに贈るためにこっそりと用意された菓子の入った袋があったりするけれど、それはお互い秘密にしていたり。 何しろホワイトデーという存在をこの機に初めて知ったというものも多かったくらいである。 今までの埋め合わせと称して菓子や小物などの贈り物をついでに探していた男性の多かったことと言ったら! ……そんな中、ヴァレスも手元に贈り物をきっちり用意しているひとり。 純と佐奈が揃って甘味処を出た後もそっと誰からともなくうしろを追いかけ、早咲きの桜並木の中で楽しそうに語り合っている姿をリーシェルと眺めていたりしたのだが。 「あの二人、うまくいきそうだね♪」 ヴァレスが言うと、リーシェルもちょっと照れたような笑顔で返す。二人で尾行という構図がほんのりむず痒いというのもあるだろう。と、ヴァレスは笑顔を浮かべながらそっと小さな包みをリーシェルに手渡した。 「……?」 突然だったこともあって若干面食らったが、それをそっと開けて更に驚く。 「飴と……これは?」 ブルークォーツとカラーストーンの、イヤリング。 「……飴……って、ええ?」 以前自分が指摘した、お返しの菓子の意味。 それを思い出して、リーシェルはほんのり顔を赤くさせる。 ヴァレスからすると他意はない、のだが、その笑みはリーシェルを驚かせるのに十分すぎた。 そしてきっと、この先も別の話。 ● ――そして。 桜の花弁が風に舞う中、青年はたしかに口にした。 「僕は、貴方のことが好きです。……好きでいて、いいですか。また、こうして会ってもらえますか……?」 その言葉に顔を赤くして、そして頷く少女。 まるで物語の中の話のようだが、れっきとした現実だ。 そしてそれをそっと陰ながら見守る開拓者たち。 口出しをこれ以上するのは野暮というものだろう。 彼らはそっとその場を後にした。 ――二人の幸福な将来を、祈りながら。 |