雛遊びをしよう
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: イベント
EX :危険
難易度: やや易
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/07 22:40



■オープニング本文

 バレンタインから半月も過ぎてチョコレートの甘い匂いが街からなくなってくると、今度は賑やかなお囃子がどこからともなく聞こえてくるようになる。
 華やかな衣装をまとった人形が飾られる。
 女の子のお祭り――ひな祭りだ。


「……え?」
 ギルド職員は少し目を丸くした。
「ひな祭りの宴、ですか?」
 暦を見る限り、ひな祭りにはまだ少し早い。そう思いながらの問いかけに頷いたのは、ジルベリア風の女中衣装――つまりメイド服である――に身を包んだ女性である。
「天儀で商いをしている泰国人の旦那様と一緒に、お嬢様もこちらにいらしておりまして。ただなにぶんまだ天儀へやってきて間もないものですから友だちらしい友だちもおらず……」
 話によると、少女の名前は蓮花(れんげ)。十歳の明るい、少しやんちゃな少女だという。
 ただ、天儀へやってきてからはなかなか友達作りなどにも苦労しているということだった。
 黒髪金眼の美少女(メイド談)という蓮花の容姿は、天儀ではいささか目立つのだろう。また、同じ年頃の子供が集まる寺子屋に通っているわけでないらしいので、仕方ないといえるかもしれない。
「で、もしよろしければ、開拓者の皆さんにお手伝いしていただきたく。蓮花お嬢様は天儀のひな祭りの経験がございませんので、それを口実にささやかな宴を催すことが出来れば、本人も楽しむことができるのではないかと。……なんでも大物アヤカシも出ていると伺いましたし、ちょっとした息抜きを兼ねて、開拓者の皆様にも喜んんでいただけましたら幸いかと思います」
 なるほど、と職員は唸る。
 五行で起きている事案には、じっさい開拓者たちも疲弊してしまっているようなのはわかっていた。気晴らしにはいい機会だし、ひな祭りという古式ゆかしい行事を異国の人に体験してもらうのも、悪いことではない。
「会場は当方の屋敷にて行いたく思うのですが……折角ですので人数も多めに、楽しんでいただけたらというのが旦那様の意向でもありまして。いかがでしょうか」
 メイド服の女性の言葉に、ギルド職員は笑う。
「大丈夫ですよ。……お嬢さんにもご友人、出来るといいですね」


 <ひな祭りの宴ご案内>の紙が他の様々な依頼とともに貼られたのは、それから間もなくの事だった。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / リエット・ネーヴ(ia8814) / リア・コーンウォール(ib2667) / 杉野 九寿重(ib3226) / 黒曜 焔(ib9754) / ルース・エリコット(ic0005) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 綾花(ic0488


■リプレイ本文


「ひなあそび? なに、それ?」
 可愛らしい、まだ幼さの残る少女の声。
 それが、泰国風建築の立派な屋敷の中から聞こえてくる。
「蓮花お嬢様、こちらでは女の子を三月に祝うしきたりがあるのです。健やかな成長を祈って、人形を飾ったりするのですよ。……以前もお教えいたしましたけど」
 ジルベリア風メイド服に身を包んだメイドが、そう言ってたしなめる。
「今日は開拓者の皆さんにお願いして、天儀流の雛遊びを教えてくださるそうですから……楽しみにしておりましょう。開拓者なれば様々な知識も豊富でしょうから、ね?」
 メイドはそう言って微笑むと、
「それでは、開拓者の皆さんをお迎えする支度をいたしましょう」
 他のメイドたちと、そう言いながらてきぱきと動き始めた。


「ここが……蓮花さんの住んでいるお屋敷ですか」
 なかなか出入りする機会もない、いわゆる裕福な旅泰の住まいということもあって、誰もが少し緊張気味である。
 その中でも特に幼さの残る礼野 真夢紀(ia1144)は、屋敷の大きさにほうとため息をつく。
 旅泰というものに出会ったことは勿論これまでも少なからずある。開拓者でなく、商売をしている泰国の人間は、たいてい旅泰であるからして、商売上手な泰国人に関わることも少なくなかった。
 しかし、これほどまでとは。
 地元では裕福な家庭に育ったとはいえ、上には上があるものなのだと真夢紀も改めて感じざるをえない。
 一方同じ年頃の少女でも、ルース・エリコット(ic0005)は、それをぼんやりと見つめていて。
 屋敷の華やかな雰囲気の中、改めて自分の服装などを確認する。口下手なところのある少女は、
「私、も……この、催し……は、初めてです……」
 そう、ぽつりぽつりとつぶやくと、そっと口元を緩めた。
 女の子のためのお祭りを、嫌がる女の子はそうそういない。
「せっかくだから一緒に楽しみましょうね?」
 真夢紀にそう言われ、ルースもこくりとうなずいた。

 かと思えば、緊張の欠片もない少女もいるわけで。
 リエット・ネーヴ(ia8814)は楽しそうに鼻歌を歌いながら、従伯母であるリア・コーンウォール(ib2667)とともに、旅泰屋敷へと登場。
「ねえねえ〜、すっごく楽しそうだよね〜、リア!」
 リエットがそう言ってリアを振り返ると、お目付け役も兼ねたリアはくすりと笑いをこぼした。
「そうね……こういう家でなら、少し珍しい品を拝見できるかもしれないし、何より人形自体もきちんとしたものである可能性が高いわね。リエットも、少しは落ち着いているのよ?」
「わかってるって〜♪」
 リアのちょっと厳しい言葉にも、リエットはけらけらと笑顔で応じる。こういうノリの良さは、彼女だからこそのものなのだろう。
「でも、おっきいねぇ〜。ワクワクする!」
「――そうですね。もう三月、桃の節句なのですね……」
 近くにいる落ち着いた佇まいの少女は、ポツリと呟いた。
 杉野 九寿重(ib3226)。四人の弟妹を持つ彼女にとって、節句というのはひときわ感慨深いものがある。
(そういえば、いつもこの時節になると、妹達と一緒に祝うために雛壇を飾りつけて、道場の皆さんと一緒にお祝いの宴会をしていたものですね……)
 実家が道場であるぶん、礼儀礼節を重んじる彼女。それでも、春の香りをそっと嗅げば、しばらく帰っていなかった実家の喧騒を懐かしく思い出す。
「ん。今回はよろしくねぇ〜?」
 リエットがそう笑いながら手を差し出すと、九寿重も頷いて握手を交わした。

「……それにしてもいい天気に恵まれたねぇ……おまんじゅうちゃん」
 もふらのおまんじゅうを連れて今回の雛祭りに参加しているのは黒曜 焔(ib9754)。文字通りの黒一点である。
 ようやく春めいてきた中で、梅の花などもちらほらと咲いている。桃の節句なのに桃がないというのもある意味ご愛嬌というものだ。
「相棒、また手が針で穴だらけもふ……?」
 おまんじゅうは心配そうな、でもどこか楽しそうな声を上げる。それもそのはずだ。
 今回、おまんじゅうは焔が手ずから作った、男雛のような衣装を身に着けているのである。
「相棒が不器用なのは知ってるもふ〜、でも無理するの良くないもふ〜」
 おまんじゅうは包帯だらけになっている焔の手のひらをちらっと見て、そしてまたぷいとソッポを向く。それでも相棒同士の心のつながりのようなものは感じられて、焔もなんだか嬉しくなった。
「さあ、お嬢さんに喜んでもらえるといいねえ」
「そうもふね〜」
 のんきに語り合う、男一人ともふら一匹。
 このやさしい二人の思いも、通じると良いのだけれど。
「と、おや……それは……?」
 焔がふっと目にしたのは、見知った顔の、眼帯をつけた獣人――紫ノ眼 恋(ic0281)。手にしているのは早生だろうか、蕾の膨らんだ桃の花。
「こういう女子らしい遊戯など、思い返すと触れたこともなかったのでな。今回はともに学ぶような心づもりでいるのだ」
 少し照れたように頬をポリポリと掻く。
「ふむ。で、桃の花を持っている理由にはまだ至っておらぬようだが?」
 綾花(ic0488)がほんのすこし意地悪そうな声で言う。大胆に着崩した朱の色の着物を羽織り、胸には晒しを巻いている程度。こちらも獣人ではあるが、恋に比べれば多少は雛祭りの作法を知っているようだ。
「いや、桃の節句というからには、せっかくならばこのくらいあっても華やかで良いだろうと」
「それは素敵な妙案ですね」
 真夢紀が二人の会話におっとり混じって微笑む。
「桃には邪気を払うといういわれもございます。蓮花さんの運を引き寄せてくれるいい材料になればいいのですが」
 そういう真夢紀の手にも、早咲きの桜が。こういうものは、みるものの心をほんわりと和ませてくれる。
「そうさのう。一年に一度の宴じゃ、思う存分に戯れようじゃないか」
 綾花は妖艶な笑みを浮かべ、赤く色のついた爪でツンと風呂敷包みをつついた。


「まあまあ、開拓者の皆様いらっしゃいませ! 準備の方はおおよそ整っております」
 メイド服を着こなした使用人たちの出迎えに九人が丁寧に挨拶をすると、それまで物静かにしていた――いや、一見冷静で表情になかなかでないというのが正しいのだろうか――瀬崎 静乃(ia4468)が、こくりと頷く。普段の彼女からはあまり考えられないが、実は季節ごとの行事をかなり好んでいる。雛祭りも、口にこそ出さないものの本人はかなり楽しみにしていたのではなかろうか。喧騒を好む方ではないが、こういう形式ならばと参加を決めた次第である。
「……ん、よろしく、お願いする、よ」
 そう、ちょっぴりぶっきらぼうに言う。そして、他の仲間達とともに持ち込んだ桃や桜の枝や雛祭りならではのあられ、菱餅といった菓子類などを使用人に手渡すと、
「まあまあ、ありがとうございます。珍しいものは、お嬢様もきっとお喜びになられることかと」
 そう、嬉しそうに微笑んだ。
「蓮花お嬢様、開拓者の皆様にご挨拶くださいな」
 そして、使用人の中でも年かさの女性が振り返りながらそう呼びかける。と、パタパタと足取り軽く、一人の少女がやってきた。年の頃はたしかに真夢紀やルースとほとんど変わらぬほどだろう。長い髪を2つに分けて結い、うさぎの耳か何かのように長く垂らしている。服装は、いかにも泰で好まれるような絹織物の真っ赤な、体の線に沿うように作られた服だった。牡丹の花が刺繍されていて、いかにも晴れ着という感じである。
「よくきてくれて、蓮花はうれしい」
 まだちょっと舌っ足らずな口調でにこにことそういう少女。きっとこれが噂の蓮花お嬢様なのだろう。確かに身なりは立派なようだし、裕福な旅泰の娘となればこれくらい普通なのかもしれない。受け取ったこんぺいとうを口に含むと、年頃の少女らしくにっこり笑った。同じ年頃のルースが、こくりと頷いて、まず挨拶をする。
「うん……一緒、に……楽しもう、ね?」
 その顔はほんのり紅潮している。
「はじめまして、今回は招いていただきありがとう。従妹ともどもよろしくお願いするよ」
 続いてリアが礼儀正しく挨拶をすれば、その脇でリエットが満面の笑顔を浮かべている。一方で九寿重も挨拶をしてみれば、蓮花はきゃっと楽しそうにした。どうやら、獣人と戯れるのを好むらしい。もちろん耳や尻尾を突然触るのが失礼ということくらいは知っているようで、それでもウズウズとしているのは見ていて明らかだった。
 焔とおまんじゅうも挨拶をしたけれど、こちらはもふらのおまんじゅうがよほど珍しいのか、遠慮なく抱きつきにかかっている。
「そういえば、このもふらの格好は何なの? はやってるの?」
 蓮花がそう尋ねると、焔はにっこり微笑んだ。
「お雛様のお人形を模した格好をさせてみたんだよ。お嬢さんのお相手ということなら、もふらのもふもふは喜ばれるかと思ってね」
 その読みは全く正解で、蓮花はもふらにぎゅっと抱きついて離れたくなさそうだ。使用人に何とかたしなめられ、おずおずと手放す。
「それでは、厨房をお借り出来ますか? せっかくですので、雛祭りらしい料理もいくつか用意したいと思いまして」
 そういったのは、蓮花と同じ年頃の真夢紀。
 あらかじめギルドを通じてその旨を伝えていたのだろう、天儀人の使用人たちがこくりとうなずいた。
「おおよその下ごしらえはしてあります」
「それでは、いっしょに作りましょう。お願い出来ますか」
 真夢紀は楽しそうに厨房へと案内されていった。
「さて、それでは私は蓮花殿とともに祭りを楽しむか。何事も経験というしな」
 恋のその言葉に、雛祭りを知らぬリエットがリアに尋ねる。
「というか、雛祭りってなにをするんだ?」
 リアはちょっと首を傾げて、
「実は私もよくわかっていないが……雛壇という場所に人形を飾り付け、甘酒と菓子を食べる催しのようだな」
 綾花や九寿重も話題にしていたのだが、リエットから目をなるべく離さないように注意をしていたリアにはあまり耳に届いていなかったようで、改めて説明し直す。
「女子の成長を祝う祭りのようなものじゃな。雛壇に飾る人形は災厄から守るようにと、女の子の無事な成長の無事を祝うような、そんないくつかの意味合いがあるものでの」
 綾花が助け舟を出すと、
「おお、これはすまない。ふむ、なるほど……食べるばかりではないのだな」
 リアもちょっと照れくさそうに笑った。
「まあ、食べて、飲んで、ちょっと騒いで。そうすれば悪いものも追い払える――そんなふうに想像すればよいじゃろう。と、そういえば甘酒を用意してきたが、ひなあられをつまみにしながら飲むか?」
 そう言いながら、綾花が腰に吊るした水筒を示す。
 甘酒は糀から作るものと酒粕から作るもの、どちらも存在しているが、今回のはちょっと上質な糀の甘酒らしい。蓋を開ければ酒精の香りはほとんどなく、ほんのりと甘い匂いが漂った。
「まあ、蓮花が飲むとしても少しだけじゃがの」
 綾花はそう言って笑う。蓮花もちょっぴり頬をふくらませたが、しかたがないのでうなずいた。
「お主なかなか気が利くな。飲むならば、私がついでやろう」
 恋も綾花の肘をつつきながら笑う。
「それじゃあ、折角だから雛人形のところへ行こうか」
 焔がそう言うと、蓮花はぱっと顔を輝かせ、開拓者たちを呼び寄せた。


「これは見事な……」
 思わずほう、とため息をつくのは恋。この手の行事に縁のない生活をしていた彼女でも、それの素晴らしさはわかる。
 大したものではないと聞いていたが、どうしてどうして。
 通された部屋に飾られていたのは、七段飾りの見事な雛人形だった。さすが裕福な家なだけある。
 骨董などにひと通りの興味をもつリアも、雛人形の価値を知らないなりに素晴らしいものと認識したようだった。
「素敵、な……お人形、様……です、ね♪」
 ルースもそう言ってふわっと微笑んだ。ここまで静かにしていたが、見るもの聞くもの初めてのことばかりなルースにとって、逆にくちばしを挟むのは良くないと思ったからである。
「こちらはなるほど、雛人形を真似た装束だね」
 雛壇の傍に用意してあるつづらの中身をリアが見ると、九寿重も楽しそうにうなずいた。
「これは面白くなりそうです。ちょうど男雛役はおまんじゅうさんがいるから、他の衣装を着てみたりするのはどうでしょう?」
 そう言いながら、女雛をそっと手に取る。
「この人形が女雛。雛祭りの主役ですね。せっかくですし、人形の意味合いをすこしずつお教えします」
「めびな……このこが一番えらいの?」
 蓮花が尋ねると、九寿重は微笑んだ。
「そうですね。男雛と女雛は帝とその奥様のようなものでして、一番偉いといえるでしょう」
 すると蓮花は笑っていった。
「じゃあ、蓮花もめびなになる」
 つまりその装束を着たいということなのだろうが……
「大丈夫、こちらにひと通りあるのは確認した」
 その言葉に、恋と綾花が頷き合う。ちゃんと横には着替えのための小部屋も用意されていて、そこで着つけることになった。せっかくなので、そこにいるみんなも何かしらそれらしい格好をということになる。
「姫君のようになれるよ、きっと」
 恋がそう言ってぽんと蓮花の肩を叩き、みんなで更衣室へと入っていく。
 男性向けの装束があまりなく、焔だけはおまんじゅうで我慢ということになったけれど。

「にあってる?」
 着替えを終えた蓮花は、すっかり天儀の貴族の女性などが身につける装束(を模したもの)に身を包んでいた。髪もおろし、よく装束に似合っている。
「うん、似合っているよ。ねえおまんじゅうちゃん」
 焔が褒めれば、おまんじゅうも
「かわいいもふ! 相棒、もふも褒めるもふ〜」
 ……ついでに自分を褒めさせようとしていた。
「こういうのは華やかだな」
 恋と綾花、こちらも華やかな装束――ただし、随分と蓮花のそれとは趣が異なる。
 蓮花を麗らかな春とするならば、綾花のそれは燃え盛る夏。そして恋は冷ややかながらも美しい冬という感じの装いになっているのだ。ついでにいえば、恋の着ているそれは男性の装束であり、綾花の着ているのは官女の装束であるはずなのだが。更にいうと、綾花は持ち前の愛嬌で恋に抱きついていたりもしたけれど。
「これは綺麗だねえ……改めて挨拶をするべきかな」
 少女たちの艶姿に三割増しイケボと化した焔がそう言うと、横でおまんじゅうが(また悪い癖が始まったもふ)と言わんばかりに小さくため息。
 でもこういった女性ばかりの空間は、肩身が狭いような、でも同時に過去を思い出して落ち着くようなフシギな気分になっているらしい焔である。
 リアとリエット、それからルースは三人官女の装いだ。色合いは派手ではないが、これまた緋色の袴と白い単の姿がよく似合っている。
 着替え終えた仲間たちを見ながら、九寿重は持ち合わせている知識を総動員して人形と見比べ、そして蓮花にやさしく解説している。天儀流の祝い事をまだあまり知らない少女に、楽しんでもらいたいために。


「さて、そろそろ料理の方も準備ができましたよ」
 真夢紀が数人の使用人とともに、微笑みながらたくさんの料理を持ち込む。
「蛤のお吸い物とちらし寿司は雛祭りの定番の縁起物です。せっかくなので、みなさんどうぞ」
 すでに幾人かは菱餅やひなあられを口にしていたが、そういうものと食事はまた別腹である。しかも縁起物とくれば、断ろうはずもない。
 見ればその二品の他に、雛人形を模したような可愛らしいサラダなどもある。海鮮が苦手な人のためには、薄焼き卵で包んだ茶巾蒸しのような寿司まで。
 真夢紀が主に考えて、使用人とともに作ったということだから、随分な力の入れようだ。
 静乃が指をくわえながら、それをじぃっと見つめている。雛祭りは眺めているだけでも楽しいが、もちろん食も楽しめる行事だからだ。ふと思い出して懐をあさり、
「……つまらないものだけど、これも一緒に」
 そう言って取り出したのはこちらもやはり雛人形を模したような、可愛らしい生菓子。
「かわいい……」
 蓮花も嬉しそうにそれを受け取って、でもまずはぱくりと寿司を口にする。口の中にほのかな酸味とうま味が広がっていった。
「おいしい、ねっ」
 にっこり笑って周囲を見る。おまんじゅうの白いもふ毛についた食べこぼしを拭っている焔、甘酒を飲み交わしながらひな祭りの風習を楽しむあやかとそれに酌をする恋、酒精のかぐわしさに心奪われたリエットの手をひいて何とか止めようとするリア……
 それぞれがそれぞれの楽しみ方をしている。
「そういえば、雛遊びにはこんなわらべうたもありますね」
 九寿重がふと思い出して、小さな声で口ずさむ。
「あ、それなら私も教えてもらったんだじぇ! 意味はしらないけどな!」
 リエットも合わせて冒頭だけ歌い出した。と、ルースはそれにぴくりと反応し、
「こ、の……曲……祭り……を、楽しむ……こども、の心情……そんなもの、を、歌って……?」
 九寿重たちに頼んでそれを教えてもらい、ゆっくりとだがルース自身も合わせるようにして口ずさんでみる。そこにそっと呪力を重ねて歌ってみれば、窓の外には小鳥たちが数多く近づいていた。
「わあ……!」
 蓮花は窓に近づく。窓を開ければ、ルースの歌声に引き寄せられた小鳥たちが数羽、部屋に飛び込んできた。優しい声でさえずり、心を和ませる。
「すごいなあ、ひなまつりってすごく楽しいね!」
 蓮花は目をきらきらと輝かせている。
「……うん、楽しい……蓮花も喜んでるしね」
 静乃が淡々と、そう言って微笑む。表情に乏しい彼女の微笑みは、ひどく綺麗だった。


 時間が経つのはあっという間で。
「今日はどうもありがとう」
 蓮花はそう言うと、ニコッと笑った。服装はまたもとの赤い泰国風のものに戻っている。
「いや、私達も楽しかった。また会えるといいな」
 恋がそう言えば、
「うん、ありがとーね、楽しかったじょ!」
 リエットもそう挨拶する。口調をちょっぴりリアにたしなめられるけれど、これが彼女らしさとも言えるのだからしかたがない。
「もふもたのしかったもふ。また遊びたいもふね」
 もふらのおまんじゅうは男雛役だったこともあって疲れているだろうが、それよりも楽しさを口にした。
「うん、また何かあったら、いっしょに遊ぼうね」
 蓮花も友達に飢えていたのだろう、今日一日楽しめて実に楽しそうな顔を浮かべていた。

 ふっと、強い風が吹いた。
「あ、梅の香り……」
 誰かがそうつぶやく。
 泰では梅を尊ぶのだという。
 その香りは芳しく、春の訪れを告げるもの。

 ――もう、春は目の前。