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■オープニング本文 「──だからね。お父ちゃんの博打クセを何とか止めさせたいんですよ」 子供を背負った中年の女が受付からの質問に、そう答えた。 女の夫、為吉は大工である。 酒もタバコも女もしない、真面目な男であるが、たまたま仕事場で知り合った男に誘われて「一度だけなら」と博打場に足を運んだのが運のつきであった。 今ではどっぷり博打にはまり、稼ぎを賭博につぎ込んでいた。 「あの人の稼いだ金ですし、趣味の少ない人ですからね。多少は好きなように使わせてやりたいって思ったのがいけなかったんでしょうけど‥‥」 そう女は溜息を吐いた。 もしもの時用に溜め込んでいた金は使い果たし、日々の暮らしは妻の内職でなんとか食いつないでいたが、来月から上の子供が寺子屋に行く事が決まったのだという。 聞けば有名な子女が通う私塾である。 「親の欲目といっちゃあそれまでなんでしょうが、鳶が鷹を産んだというか、勉強が好きな頭がいい子で」 できれば子供の夢である医者になりたいというのを助けてやりたいのだという。 「先生方も人の資質は外見にあらずって方たちだから、古い絣でもなんでも通う時の着物は何でもいいっておっしゃってくださるのですが、教材がどうしても高くなるらしいんですよ。それに子供が本当に医者になったとしても親が博打に嵌っているなんて知ったら、子供を誰も信用してくれないでしょう?」 「なるほど‥それで旦那さんの博打くせ治すために一芝居を打ちたいって訳ですね」 「ええ、やっていただくからには『博打は怖いもんだ。もう二度と賭場になんか近寄りたくない』って思えるほど、しっかりとお願いしたいんです」 夫は芝居で必要であれば殴っても、簀巻きにしてもいい。という。 そんな女の言葉に受付は、開拓者が思いっきり殴ってしまっては普通の人である夫は死んでしまうので、程ほどにさせておくと笑っていった。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
太刀花(ia6079)
25歳・男・サ
オーウェイン(ib0265)
38歳・男・騎
木花咲耶姫(ib0831)
21歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●ピン 「何事もほどほどが大事ってことなんだろうけど‥‥ボクが言うことじゃないねー」と野乃原・那美(ia5377)。 ビギナーズラックでハマる人、多いみたいだよね、と苦笑いをする。 「子供も生まれたばかりだと言うのに怪しからん」とオーウェイン(ib0265)。 「ふーん、ったく、良い嫁さん貰いやがって‥‥羨ましいぜ」と荒屋敷(ia3801)。 「金を失うだけなやら易い。問題なのは家族の存在を忘れてのめりこむ事だ」 家族を如何に蔑ろにしてきた事を骨の髄まで判らせる、と巴 渓(ia1334)。 「博打なぁ‥‥‥まあ、男やったら一攫千金夢見るゆうんも分からんこたないけど、その辺は大概にしとかんと」 賭け事は余裕と節度を守って楽しむんが一番、と琴月・志乃(ia3253)。 「その辺りが家計を預かるものとそうではないものとの差なのやもかも知れぬ」 もっともそこまで気が回る男であればここまで家庭を顧みないことはないだろう。 「爪に火を灯し、蓄えを切り崩して奥さんが苦労している事実。旦那が知っていようが居まいが、家族に負担をかけているのは分かるはずだ。甘え‥‥その思い違い、俺たちが断ち切る」 「何れにせよ、良人殿には手痛い仕置きをせねばのぅ」 「ちょっくら絞ってやるか♪」 「内職して尚、借金までしなくては保たれなかった家庭‥‥それが判明した時、旦那はどう思いますかね‥‥」 クイッと眼鏡を直す太刀花(ia6079)が何かを思いついたようである。 「安心されよ。必ず貴殿の良人を博打から身を引かせ申す」 オーウェインが、依頼人である妻に力強くいう。 斯くして依頼人家族協力の下、為吉を改心させるべく一芝居が打たれるのであった──。 ●ニゾウ ドンドンと戸を叩く者がいた。 「誰でぇ、こんな朝早く」 為吉が戸を開けると姿がない。 「朝っぱらからイタズラか、ついていないねぇ‥‥」 ──チャリン。 ふと見れば足元に文が落ちていた。 文を拾おうとした所ジャラジャラと金が零れ落ちてきた。 「一体こいつは何事だ?」 ●サンタ ご丁寧に金までも入った文を胡散臭いと思いつつ、覗くだけならとやって来た留吉。 文に書かれた場所は、荒れた小屋であった。 「こんなところに賭場‥‥?」 どちらかといえばアヤカシが出てきそうであるが、奥に明かりが見えた気がしたのでどうするか? と躊躇する。 そんな為吉を木陰から見ているのは那美である。 きちんと為吉が、やってくるか見張っていたのだ。 「えっと為吉は‥‥あの人かな?」 「やっほ、あなたも賭け事好きでここに?」と那美が為吉に声を掛けた。 そうだ。と答える為吉に一緒に入ろう、と誘う。 「差出人不明の招待状、目茶目茶怪しいからってボクは調べに来たけど今じゃ常連だよ」 那美が戸を叩くと戸が開いた。 ●ヨツヤ 案内された奥に男女が円になって座っていた。 奥には用心棒らしい男達が座り、酒を飲み、女(木花咲耶姫(ib0831))がオカリナを吹いていた。 為吉が賭場の中を見回す。 どうやらこの賭場は、花札で遊ぶらしい。 為吉の目が、博打打ちの女(渓)の手元に吸いつけられる。 「ここは直接金が動くのか‥‥」 ごくりとツバを飲み込む為吉の喉が鳴る。 モノは花札だ。自分がいけ(勝て)ると思えば幾らでも金を掛けられ、駄目だと思えば途中で止められる。一度の勝負で高額を手にする事が出来るのだ。 「おじさん、そんな難しい顔をしていないで賭け事♪ 賭け事♪ 楽しもう〜♪」 (「どこのおせっかいが投げ込んだか知れないが、この金は返せって書いてねぇしな」) それにご丁寧にこの賭場は「闇博打を開催し候」とまで書いてある。 恐れながらとお上に訴えれば、ヤバい金でもなんとでも誤魔化せるだろう。 それにこの金を元手に勝てばいいのだ。 勝てば借金も返せるし、金を投げ込んだ相手が返せと言われるのならば返せばいい。 そう考えて為吉は座に着いた──。 ●ゴケ 為吉は、試し打ちだと始めは小さい金額で打っていた。だが、段々オカリナの音(偶像の歌)を聞いているうちに、段々と気が大きくなり、隣に座った渓に釣れられて大きく賭けるようになっていた。 気がつけば家に投げ込まれて金は、全て使い果たしていた。 「少し回したろか?」と志乃が言った。 初めての賭場で貸付をしてくれる事は殆どない。 どうやら運は、まだ見放していない、と為吉は思った。 証文を書き、金を受け取った為吉はこういった。 「さあ、こいつでもう一勝負だ」 ふと気がつけば為吉は、那美とサシで勝負をしていた。 為吉はギラギラとした目で那美の手元を見る。 ここで勝てば元手と回してもらった金、借金を返済してもたっぷり土産を買って帰れる。 「さあ、この勝負。乗るか反るか!」 「勿論、勝負だ!」 ●ロッポウ 「あー、負けちゃった。あなたはすごいね♪ 大勝じゃない♪ うらやましいなー」 「いや、俺も途中でヤバかったが、おじょうちゃんと勝負出来てよかったよ」 帰りの駄賃にしてくれと少しばかりの金を那美に渡し、幸運のお裾分けだと賭場にいる奴等に酒を振舞う為吉。 ──そして、ほくほく顔で帰り道を急ぐ為吉だった。 少し遅くなったが、まだ店は開いているはずである。 勝手知ったる近道と言えども夜は人通りの少なくなる為に余り使わぬ道をうっかり曲がる。 「ふふ、静かにするんだ」 為吉の首筋に小太刀の冷たい刃が当たる。 (変装をした那美である) 「今日はなかなか儲かったみたいじゃない。その懐のもの‥‥全て置いて行ってもらおうか」 「な、な、な‥‥なんのこった?」 「こっちはあんたを殺してからゆっくり貰ってもいいんだよ」 チクリと首が痛んだ。 賭場から着けられた、と知った為吉は諦めて膨らんだ財布を渡す。 「ふん、それでいいんだよ。これに懲りたら賭け事もほどほどにするんだな」 後ろから賊の気配が消える──。 ヘナヘナとその場に座り込む為吉。 「た、助かった‥‥」 「さて、これはどうするかな?」 ずっしりと重い財布を玩ぶ那美。 「これは元々為吉のものだし‥‥奥さんに渡しておこうかな?」 ●ナキ 「帰ぇッたぜ‥‥ってなんでぇ暗いな?」 何時もならば下の子供を寝かしつけながら女房が針仕事をしている時刻であるが、今日に限っては真っ暗である。 明かりをつけた為吉は、部屋の中を見てギョッとする。 畳には靴の跡が残り、破れた障子や襖。箪笥が引っ掻き回されている。 「な、なんでぇこの有様は‥‥ご、強盗か?」 状況が飲み込めない為吉を他所にペタペタと残った家財に『差し押さえ』の赤札を貼っていく男(太刀花)がいた。 ハッ── 「手前ぇ、人の家で何してんだっ!」 「何って見た通り赤札を貼っているんですよ」 「女房と子供は、どうした?!」 「ああ、さっき仲間が借金のカタに連れて行きましたよ」 「なっ!」 家に金がないのは知っていたが、女房が借金をしていたのを知らなかった為吉が事情を説明しろ、と太刀花に詰め寄る。 「奥さん毎回地面に頭擦り付けてたよ‥‥『旦那はきっと分かってくれる、きっと目を覚ましてくれる、私は信じてる』って泣きながらね‥‥」 まあ、気持ちは判りますが、返せなければ借金は借金ですから回収させていただかないと、と太刀花は赤札を貼っていく。 「手前ぇ、女房と子供を返せっ!」 飛び掛ってきた為吉を足を引っ掛け転ばせる太刀花。 ずいっと為吉の目の前に証文の束を押し付ける。 「貴方にこの額が払えますか? 博打に狂い家族を省みなかった貴方に」 ●オイチョ 呆然として部屋に立ち尽くす為吉に更なる追い討ちが襲い掛かる。 「ご免仕る」 男の声に振り返る為吉。 先程の賭場で見かけた用心棒達(オーウェインと荒屋敷)である。 「先程用立てた金を返しに貰いに来た」 「?」 「賭場で貸付から借りただろう? アレだよ」 それならば先程賭場で大勝した際に払ったはずだ。 「あれは元金だろ。あんたは金利を払っていかなかったじゃないか」 新屋敷に言われて益々混乱する為吉。 「うちは金を返す時に同額の金利を返済してもらう決まりだ」 「なっ、何を馬鹿な‥‥」 「他は兎も角、うちはそうなんだよ」 当日返却でも同額の金利が取られ、1日遅れる毎に1割の金利が追加されると言う。 「さあ、きっちり払ってもらおうか!」 「て、てやんでぇ! そんな暴利が許されるか!」 証文にそんな事は書いていなかった、と反論する為吉に証文を見せる荒屋敷。 為吉がサインをした証文は実は2重になっていたのであった。 大きく取られた紙の余白に為吉本人の返済適わぬ場合は、家財を。足らぬ場合は保証人(この場合は妻)等が返済する、と書かれていた。 「チッ。すでに家財は別ンとこが差し押さえ済みか‥‥」 部屋をぐるりと見回した新屋敷。 逃げようとする為吉がオーウェインに取り押さえられる。 足らない分を返せと、身包み剥がされた為吉。 今は、荒縄で縛られ褌一丁である。 「さて、どうするか‥‥」とオーウェインに睨まれ竦む為吉。 このままでは胴元も納得行かないだろう。 「足らない分、命で返してもらうか」 「まあまあまあ、ここは穏便に行こうじゃんか」と荒屋敷がオーウェインを制す。 「おい、聞くとこによっと、おめえ、近頃大層ご活躍みてえじゃねえか」 「滅相も無い俺なんかは‥‥」 荒屋敷に肩を組まれ、冷や汗をかく為吉。 「良い嫁さん貰いーの、賭場で楽しみーの、世の中、そんな甘くないんだぜ」 「ここで一つ俺と賭けないか?」 「賭け?」 「そうだよ。このままいけばあんたはこうだ」 首の付け根の位置で横に人差し指を横に動かす荒屋敷。 そうならないように賭けをしようという。 「何をすればいい‥」 力なく為吉が言う。このままで行けば死体である。 「そうだなあ、丁が『標的遊戯』半が『水遊び』なんてどうだ?」 聞いた事がないという為吉に「壁に大の字に貼り付けダーツの的」になるのが標的遊戯、この寒空の下、「川に漬けたまま、どこまで持つか試す」のが川遊びだ、という。どちらも死ぬよりはマシだろう、という。 「おめえが負けたら素っ裸、勝ったら褌だけは勘弁してやるよ」 さあ、賭けろ、と迫る新屋敷。 「ちょ、ちょっと待ってくださいな」 どちらを選んでも死んでしまう、という為吉。 「あんたの好きな賭け事だ。死ぬのも賭けでいいじゃないか」 「そんな、あんた。人の人生を簡単に‥‥」 「だったらあんたはどうなんだ? 嫁さんや子供の人生を勝手に掛けただろう。 新屋敷に言われて初めて気がつく為吉。 軽い気持ち出始めた賭博が、家財だけではなく、嫁や子供、自分の命まで危うくしている事実。 「俺は、なんて事をしちまったんだ‥‥」 頭を抱える為吉。 「存分に反省するがよい。己の過ちを後悔し、改心して賭博から身を洗い真人間になれ」 「おしま、為蔵‥‥おしず‥‥」 ガリガリと頭を掻き毟り己の過ちを後悔する為吉。 「軽々しく快楽を求め、二度と博打をしないという証拠を見せるがいい」 オーウェインが為吉に証文を書かせる。 ●カブ 「さて、これから先は俺達の出る幕じゃないな──」 為吉の女房と子供らが連れられてきた。 「あんた‥‥」 女房と子供の無事な姿を見ると同時に頭が冷える。 投げ込み銭や怪しげな賭場──都合の良すぎる盗賊と高利貸し。 女房の性格は良く知っている。 借金をこさえたのであれば、なからず俺に相談するはずである。 「畜生、手前ぇら全員ぐるだったんだな!」 放せ、と暴れ喚く縄で縛り上げる渓。 「大事な旦那様に対してどういうつもりだ! 手前ぇなんざぁ離縁だ! さっさと出て行きやがれ!」 逆ギレした為吉の怒りは、女房に向けられる。 「手前ぇらも覚えて置け! こいつに乗せられて人を騙しやがって、お上に訴えてやる!」 「何、勝手な事を‥‥依頼まで出して、他人の俺たちに恥まで晒した奥さんの気持ちを‥‥」 博打と家族どっちが大事だと思ってんだ。と詰め寄る。 「真実を知ってなお、博打がしたいなんて言うのなら‥‥覚悟を、決めろ! 」 大人達の話は子供達と関係ないと少し離れた所で遊んでいた鈴木 透子(ia5664)が地面に寺子屋で習ったばかりの図を書いていた上の子供(為蔵)に声を掛ける。 「為蔵くんって頭が良いんだね」 「そんな事ないよ、勉強が好きなだけで‥‥」 「遊ぶ時も勉強?」 「これは墨がないから‥‥」 両親を気にし乍らも「勉強道具がないから地面で復習をするのだ」という。 「凄いね」 「僕、お医者様になりたいんだ」 「けど残念だよね。お金がないんだもん」 「うん‥‥」 「お医者になる勉強をするにはお金がかかるから‥‥だけど、おご両親を恨むのは良くないよ。お母さんだって夢が見たいし、お父さんにだって自分の人生の楽しみは大切なんだから」 わざと為吉に聞こえるように大きな声で言う透子。 ぐうの音も出ない為吉。 為吉とて一番最初に博打を始めたきっかけは、たまには家族に美味い物を食べさせてやりたい。ただそれだけだったはずであった。 だがいつの間にか博打を打つ時の緊張感や勝った時の開放感から深くは待っていったのだった。 孤児である透子には師になる人や母親代わりになる人はいたが、父親という存在は物の本でしか知らない。 ただ普通、両親というのは子供の事を大切に思っており、子供は自分の事で両親が喧嘩するのは見たくないものだろうと思っていた。 「うん、僕は寺子屋に通わせて貰っているから」 それだけでありがたい、と為蔵がいう。 「お医者様になるのは僕の夢だけど、今は早く働きに出たいんだ」 今、近所の医者に相談して住み込みで働ける薬問屋がないか探してもらっているという。 「1人食いぶちが減れば楽だし、お給料が出れば家にお金を入れられるしね」 どうやら一番のしっかりものがここにいたようである。 今度こそ本当に頭の冷えた為吉が、もう二度と博打をしない、と約束した。 「それじゃあボクはまた楽しんでこようかな♪ 賭け事♪ 賭け事、と♪」 と那美がウキウキしながら家を出る。 「ったく、嫁サンに今度迷惑かけったら‥‥まあ、そしたらまた俺が懲らしめてやるよ。また遊ぼうぜ♪」と荒屋敷が為吉の肩を叩く。 ●ブタ ──さて、この後、大工の為吉はどうなったか? 開拓者達と女房の気持ちが通じたらしく、今の所、賭場通いは止めているようである。 そう、今の所である。 悪い虫というのは、しっかり駆除したつもりでも気がつけば再び湧いて出て来ることもある。 そして為吉は怪しげな投げ文や二重証文に簡単に引っ掛かるような男であった。 「幸せって奴は、いつも砂のように簡単に零れ落ちるもんだ。大事なものほど、そうと気がつかんもんさ‥‥」 長い人生落とし穴は幾らでもあろうが、二度と落ちては欲しくはないと思う開拓者達であった。 |