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■オープニング本文 「今年ももう御終いかぁ‥」 ほぅ‥と冷たい悴んだ手に息を吹く。 夏ならばとうに空が白ける時間だが、日の出の時間は、まだ遠い。 開拓者用ギルドに程近い茶屋「萌き屋」。 美形兄弟姉妹が営んでいるのと、給仕が動物コスプレをしている為にコスプレ萌え茶(飯)屋として認識している者も少なからずいるのも事実である。 「御節の予約分を配り終わったら少しは暇になるのかな?」 少し時間が出来たら初詣に行きたいと思う双葉。 (「以前は、皆で行っていたんだよね‥」) 「それは、ちょっとむずかしいと思うわよ?」 手がおろそかになっている、と若葉が双葉の雑巾を奪うと店入り口の戸板を磨く。 「うちのお客さんは、半分が開拓者。残りがご近所さんとギルドに来るついでに立ち寄ってくださる方だもの」 昔気質の盗賊ならば年末から正月に掛けて仕事をしなかったが、今の盗賊達はアヤカシ並みにマメである。 不況、といったらお仕舞いないのかもしれないが、溜め込んでいるだろう庄屋や商人宅に出没するのに日は関係ない以上、つまり依頼を頼みに来る人がいるかぎり萌き屋は休業しないのである。 「でも皆で頑張れば初詣に向かう少しの時間位は、あるかもしれませんね」 そう店の奥から青葉が声を掛けた。 |
■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077)
18歳・男・巫
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
蓮見 椿(ia0512)
32歳・女・陰
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
隠神(ia5645)
19歳・男・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
濃愛(ia8505)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●12月31日 朝 開拓者が萌き屋に到着したときは既に、店内は戦場と化していた。 「こっちお銚子一本追加!」 「あの〜、予約してた御節取りに来たんですけど」 「注文まだ?」 朝っぱらというのに満席の上、御節を予約していたお客がわざわざ取りに来るわ、さらに追加で予約に来るわ、立ち食いでいいから紅葉ちゃんを見たいと言って聞かない厄介なお客がいるわで、本来調理場担当のはずの若葉まで給仕をするという、まさにてんてこ舞いの状態だった。 (「合戦のあとだからというわけではないが、‥‥いや、こちらも戦争の様相ではあるようだ」) 戸を開き、入り口をくぐった隠神(ia5645)は苦笑した。 (「拙者の絶対的サービスの見せ所か」) 普段は大旅館を営んでいる濃愛(ia8505)が、むしろその繁盛ぶりに燃えている。 「いらっしゃいませ わあ! ひさしぶりっ」 開拓者達の到着に気がついた紅葉が、両手を広げて朝比奈 空(ia0086)に飛びついた。 「げんきだった?」 目をきらきらさせて朝比奈を見上げる。朝比奈はにっこりと微笑んで、慈しむように紅葉をぎゅっと抱きしめた。頭をなでなで。 「とても元気な様子で安心しました」 「うう〜〜〜♪」 朝比奈に頭を撫でられて和んだ紅葉は、朝比奈の胸に甘える。 「きょうもよろしくねっ」 朝比奈の頬に、軽くキスをして、紅葉は給仕に戻っていく。 「いいいいいいなー」 その様子を、紅葉のファン達は興奮した様子で見つめていた。 「ご注文はッ?」 少し威圧する感じで、双葉の声が店内に響いた。 (「うちの紅葉を、変な目でみるんじゃねー」) と、ファン達に睨みを利かせる。 「ああっ、こっちおでん追加ね!」 「こっちも!」 双葉の視線を感じたファン達が、そそくさと注文を始めた。こんな感じで、店内はさらに忙しく熱を帯びていく。 (「客ながら、仕方ないやつらじゃのぉ」) 以前から萌き屋に縁のあるバロン(ia6062)は簡単に挨拶を済ませると、神凪 蒼司(ia0122)、櫻庭 貴臣(ia0077)、隠神と連れ立って調理場の方へ向かう。 「やっぱり、二人とも何を着ていても可愛いわね」 まだ寅年には早いということで、双葉と紅葉は牛耳をつけ、小さなベルを首に下げている。 「あら?」 ふと、蓮見 椿(ia0512)は双葉と紅葉と同じように、牛耳とベルをつけた若葉を見つけた。 「こっ、これは好きでつけてるんじゃありませんよ?」 お会計をしていた若葉が、顔を赤く染めた。 (「ふふふ‥‥年明けカウントダウンのあとは、これなのですよ――!!」) 剣桜花(ia1851)がこっそり準備してきた衣装のことを思い、内心くすくすとほくそ笑む。 ●買出しは突然に 「いやー、助かります」 開拓者が来る前まで一人で調理場をきりもりしていた青葉が、額に汗しながら微笑んだ。調理場に助けに入った蒼司、貴臣、バロンはそれぞれ御節料理に造詣が深く、てきぱきと料理を仕上げていく。さらに煮しめの仕込みは隠神が担当し、すぱすぱ乱切りにしてくれている。 「この際、どーんとお任せしちゃいますね。御節の入れ物はこれを使ってください」 お店の注文だけでも普段より忙しい青葉が、蒼司に調理場の壁を案内する。真っ黒な壁。よく見ると‥‥。 「これ全部、重箱か」 蒼司が眉を上げ、バロンが、ほほう、と髭を撫でる。 「大丈夫ですよ、任せてください」 貴臣の言葉に続いて、蒼司とバロンは力強くうなずいた。 そのとき。 「ちゅーもん ふえたよっ!!」 紅葉が調理場へやってきた。紅葉の持ってきた注文表を確認して、青葉がピキッとひきつる。 「いらっしゃいませぃ!」 濃愛のはつらつとした声が店の方から聞こえてくる。 「もみじ いかなくちゃー」 「あ、紅葉!」 青葉の呼び声むなしく、紅葉はとてとてと店内に戻っていった。どうしたのかと首をかしげる御節三人組と隠神。青葉が振り返った。 「御節追加です、たくさん」 『たくさん』がただのたくさんでないことを、青葉の表情から察した四人であった。 しばらくして、朝比奈、椿が調理場に呼ばれた。 「じゃあ、いまから買出しの説明をします」 手元の覚書を見ながら、青葉が順に買出しの材料を読み上げていく。黒豆にきんとん用の栗に卵に‥‥。 全て読み上げるのに、なかなかの時間を要した。 「以上です。それと、追加で重箱を。こちらは注文書を書いてありますので‥‥」 青葉は注文書を隠神に渡した。 「少しかさばりますが、万商店さんで仕入れてきてください」 隠神は力強くうなずいた。 「では、急ぎ取りかかりましょう」 朝比奈の言葉に応じ、開拓者達は動き始めた。 「蒼ちゃんも行くんだね?」 栗きんとんの仕込みだけ終わらせ、買出し班に加わろうとした蒼司に、貴臣が声をかける。 「ああ。重いものも多いし、手が幾らあっても良いと思うからな」 「そっか、いってらっしゃい!」 貴臣はにっこりと蒼司を見送った。 ●れっつ くっきんぐ あんど ごー 「さて、今日もはりきっていこうかのぅ」 「バロンさん、よろしくお願いしますね」 調理場。 バロンと貴臣が調理を進めながら、出来上がったものをさくさくと重箱に詰めている。 「いい艶じゃのぉ」 紅白なますを作っていたバロンが、きらきら光る黒豆に目をとめた。 「母上に色々教えてもらったので‥‥実は昨晩から、水に浸していたんですよ」 こだわりの伊達巻を仕上げていた貴臣が、ふっと微笑む。伊達巻も上出来だ。 「早く年が明けてほしいのですよ‥‥」 給仕をしているはずの桜花がちょくちょく調理場に来ては、なにやら待ち遠しい様子でぼんやりしてから店に帰っていく。桜花が店内に戻る度に、わぁっと一部の男達が盛り上がっている様子。いつの間にか、ファンができていた。桜花は既に、普段着がコスプレっぽい。 「ただいま」 蒼司達が帰ってきた。大量の重箱と食材が、調理場を所狭しと埋め尽くす。 「あれ? ずいぶんたくさんありますね」 椿からお釣りを受け取った青葉が目を丸くした。 「不思議と、みなさん景気が良くって」 椿がにっこりと微笑む。椿が「おめでたい日に、けちけちしない! ここは景気良くいきましょう」と、半ば強引に値切っていたことを隠神は思い出しつつ、「この忙しい中、主に言うことではないな」と、だまって差し入れのお饅頭を配り始める。 「わああ! ありがと!!」 お饅頭を食べながら、「おいしー!」と喜ぶ紅葉を見て、隠神は素直に嬉しかった。 太陽が傾き始めた。 若葉が隠神のお饅頭をいただきながら、調理場でほっと一息ついている。 「お願いしてなかったら、とてもまわってなかったわね」 いま店内は椿、桜花、濃愛の助力で滞りなくまわっている。朝比奈が洗い場に入り、調理場もますます順調だ。 「さつまいもは皮をむいて水にさらしておく。たっぷりの水と梔子と共に、鍋に入れて柔らかく茹でる。熱いうちにしっかりと裏漉しをして‥‥」 蒼司の解説を聞きながら、青葉はふむふむとメモを取っている。 「最後に栗の甘露煮を入れて、混ぜ合わせて出来上がり、だ。ほら」 いつの間に混じっていたのか、紅葉が蒼司からひとつ栗きんとんをもらい、パクリ。ぱあああと笑顔になって店に戻っていった。 「蒼ちゃんが甘党になる理由、わかる気がするよ。伯母さんの作る栗きんとん、美味しかったよね」 貴臣の言葉に、蒼司は「ああ」と嬉しそうだ。 「叔母さんの作るみたらし団子も、なかなか美味かったが」 急に食べたくなったのか、少しだけ蒼司は苦笑した。 「‥‥さて、と」 お茶を飲んでいた若葉が立ち上がった。 「出来上がったものから、順次配ってきてくださいね。今日中に配り終えましょう!」 いよいよ、予約されていた御節を配る時がきた。 「お忙しい時期ですし、少しでも負担を減らせれば‥‥」 と、配る係に名乗り出た朝比奈を中心に、手分けして重箱を予約客のもとへ配っていく。 いつの間にか日は沈み、カウントダウンの時がやってきた。 ●初詣の間に 「間に合いましたね!」 調理場では、青葉が年越しそばを作りながら、嬉しそうに微笑んでいた。 「おかげでひと山越えることができました。ありがとうございます」 既に御節は配り終えており、店内もだいぶ落ち着いてきている。萌き屋で年越しを迎えるいくつかのグループが、カウントダウンを始めた。 そして―― 「あけましておめでとう。今年もよろしくね」 ついに年越し。椿がふにふにと紅葉の頬を摘み、遊んでいる。 「うみゅみゅみゅ」 「もうそろそろ大丈夫じゃろう。初詣に行って来たらどうじゃ」 店内の様子を見に来ていたバロンが、双葉にそう言った。同じく、隠神がうなずく。 「行っていいかなっ」 双葉が目を輝かせた。しかし。 「その前に――」 桜花が黙っていなかった。 「今年の接客はこれですっ」 十数分後。 店内はどよめきと興奮で満ちていた。桜花が持ってきたそれは既にコスプレの域を越えていた。「俺は嫌だぞ!? 俺はっ」とじたばた抵抗していた双葉も、長兄・青葉の一瞥の前には大人しくするしかなかった。いよいよ、着替えた面々が登場する。 「い、いやだっ。俺、今日はもう給仕はしない!」 「男の娘だから大丈夫ですよー。ちゃんと前は隠してますし」 「そういう問題じゃないっ」 なんていうかギリギリな会話をしながら、着替えた面々は調理場から店内へと躍り出た。 「――!!」 店内で待たされていた蒼司が貴臣に「見ちゃダメだ!」と目隠しをした。 「今日は特大・大・小とよりどりみどりですよ〜。ただし御さわりは禁止しております〜」 桜花をはじめとする、女性陣(プラス一名)は皆、面積の小さい布っきれで胸と腰まわりを隠していた。虎縞柄の薄い布地がぺと、と肌に吸い付くよう。さらに虎縞のネコミミを着用している。それはほとんど裸と言ってもよく、白い肌が魅惑的に浮かび上がる。 「あああっ!」 たまらず紅葉に飛びつこうとしたお客に双葉が食ってかかる。その双葉に、さらに飛び掛ろうとする別のお客。 「おっと!」 濃愛が間に入った。 「拙者が飛び込まねば、危ないところでした‥‥すみませんお客様、喧嘩両成敗、ですよ?」 がうがうと双葉がわめいてお客を威嚇している。双葉を襲ったお客は濃愛の軽い突きで目を回していた。 一方、同じく着替えていた椿と朝比奈。 「なんで私達まで着替えてるのかしら」 「さあ‥‥着る事自体には特に問題が無いので‥‥。似合っているかどうかは、流石に別ですけどね‥‥私が着ても周りの方は萌えないと思うので」 朝比奈の控えめな言葉に、そんなこと無いよ! と目をきらきらさせる男達。 「さて、それじゃあ皆さんにここはお任せして、初詣に行きましょうか。外は寒いので、着替えてから行きましょう」 青葉がにっこり微笑んだ。 「あ、双葉」 早速着替えようとしていた双葉を、青葉が呼び止めた。 「双葉は、着替えるわけないよね?」 そんなことを許す青葉では、もちろんない。声にならない叫びが、萌き屋に響き渡ったという。 「いってらっしゃーい」 桜花はにこやかに初詣に行く人々を見送ると、すっと表情を黒くして「‥‥合法的に××××るって素敵ですよね」とか、物騒なことを言いながらバトルアックスを準備した。 「盗人が出るというし‥‥おぬしはよかったのか?」 いつでも使えるように弓を手元に置き、調理場で腕を振るいながら、バロンが隠神にたずねた。 「シノビとは主に尽くすもので、依頼主は一時的なものとはいえ主‥‥主がなしたい事をなせるよう、全力で支援するがシノビの務めゆえ」 隠神の言葉に感心した様子でうなずくバロン。そのとき、どかーん、と入り口付近で物音がした。 「出おったな!」 バロン達が駆けて行くと、興奮した様子で桜花がバトルアックスを振り上げていた。その足元には、いかにも盗賊然とした風貌の男。命乞いをしている様子。桜花が可愛らしく微笑んだ。 「‥‥でも、助けてあげる気なんてないんですけどねっ」 桜花が振り下ろしたバトルアックスが、盗賊の頭――の横を通り、地面にめり込む。バロンが弓に矢をつがえた。 「ひ、ひいいい〜〜〜」 盗賊は一目散に逃げ出した。その足に、バロンの影撃がぶちこまれる。 「ごぶえっ」 倒れこんだ盗賊に、バロンと桜花が各々の武器を突きつけた。 ぎろりと睨み、あるいは可愛く微笑んで盗賊を威圧する。盗賊は大人しく、お縄についた。 初詣からの帰り道。 「ふたばちゃん なにおねがいしたの?」 前を歩いていた紅葉がくるっと振り返って、双葉の顔を覗き込む。双葉は顔を真っ赤にして横を向いた。 「お、教えられるわけ無いだろっ」 その様子をニヤニヤしながら見つめる椿。 「椿さん、それは‥‥?」 椿が持っているものを、朝比奈が指差す。 「もう、十分繁盛しているようだけど。こう言うのは縁起物だから」 ちんまりとした、可愛らしい熊手をひょいと掲げる。萌き屋によく似合いそうだ。 「今年も、いい年になるといいね。蒼ちゃんは、なにお願いしたの?」 中吉の御神籤と、家内安全のお守りを見つめながら、貴臣がにっこりと微笑んだ。 同じく中吉の御神籤を引いていた蒼司が「たぶん、貴臣と同じことだ」と応じる。 「あ! 見えてきましたよ!!」 一緒に初詣にきていた濃愛が、指をさす。萌き屋の明かりがほんのりと灯っていた。 「あああっ!」 双葉の声。紅葉が駆け出した。紅葉が持っているのは、双葉の上着。さんざん粘って、これだけは羽織ってきたのだが。 「さむい! 返せよ、ほんと、頼むから!!」 その下は例の薄布だけの双葉が、震えながら紅葉を追う。 「あっははは! ふたば さむいさむい!」 「転びますよ!!」 走り回る二人にそう言いながら、若葉はふっと微笑んだ。 「青葉兄さんは、何をお願いしたんです?」 「そうだねぇ‥‥あ――」 ちらほらと、雪が降り始めた。 「またこうして、みんなと初雪を見ることかな」 ゆっくり歩く青葉と若葉。 紅葉と双葉が萌き屋に飛び込んだ。 「おかえり!!」 暖かい光が、そんな彼らを出迎える。 (代筆 : 乃木秋一) |