柳の下
マスター名:有天
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/02 01:59



■オープニング本文

 あいしている あいしている あいしている

  こんなに貴方を愛しているのに──

 男は足元に倒れた女を見た。

 朱に染まった胸元は、すでに動きを止めている。
 女の名は、お染といった。
 金次第で体を男に身を任す客引き女であった。

 男とてお染の言葉は枕詞の類で誰にでも言う──そう判っていたはずなのに男はお染の「お前様だけを愛する」という言葉を信じた。
 お染は男に枕代以外の金を無心したこともなかったし、妻にして欲しいと言う言葉もなかったのに──



「んな訳でここから七町ばかり先、土蔵が並んでいる橋の袂。お染が殺された場所に昼夜問わず幽霊が出るっちゅう訳さ」
 駕篭かきの男達が、現地調査に来たギルド職員に言う。
「貴方の見かけた幽霊は、1体? それとも2体ですか?」
「今ん所、2体だな」
「今の所?」
 駕篭かきの男曰く初めはお染らしいの幽霊1体だけだったが、今ではもう1体女の幽霊が出ると言う。

「お染という女は元々花街の上女郎だったが、肺の病に掛かった為に花街から叩き出された女だってぇ話だ」
「二人ともうっかりアヤカシと判っていてもフラフラと近寄ってしまいたくなる程の美女だぜ」と男達。

「で、あれかい? 土蔵の持ち主がついに幽霊退治を決めたわけかい?」
 駕篭かきの男は、興味深げに言った。
「そんなところです」
「まあ、自分を殺した男が捕まらないってぇ恨むのはいいが、あの辺りは結構上客引きが多くてな」
 商売にならなくってこちとら困っていたところだ。と駕篭かきの男達は笑った。


■参加者一覧
金津(ia5115
17歳・男・陰
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
忠義(ia5430
29歳・男・サ
樹咲 未久(ia5571
25歳・男・陰
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
谷 松之助(ia7271
10歳・男・志
一心(ia8409
20歳・男・弓
乱堂(ia8622
22歳・男・陰


■リプレイ本文

●乖離する世界の狭間で
 女が絡む刃傷沙汰の大半は、痴情の縺れだとか何とか。
 殺された女の魂が無念を引きずったまま成仏できずに化けて出るのも、巷で人気の戯作などでは割とよくある。‥‥よくある話ではあるのだが、盛り上がるのは安全なところから面白可笑しく俯瞰する傍観者だけだ。実際に関わりになるのは、できれば御免蒙りたい。

「年の初めから化けて出るとは‥‥少しはボクへの迷惑も考えて欲しいですねっ」
「全くでさ。これで被害を受けた奴が居たらとんだとばっちりになる所ですぜや」

 正月とはいえ楽して金が手に入るほど世間は甘くなかったというということで、ひとつ。憤懣やるかたなしといったおかんむりの様子で土蔵の並ぶ通りを少しばかり前のめりに闊歩する金津(ia5115)と忠義(ia5430)。同じく、あまり乗り気ではなさそうな一心(ia8409)の隣で、谷松之助(ia7271)は呑み込めぬ想いを抱えた困惑を年齢より遥かに幼く見える顔に表し首をかしげた。

「我には分からぬ‥‥。何故、愛する者の命を自らの手で奪わなければならないのだ?」

 大切な存在を亡くすのは辛い。
 愛しい者を失った虚無と悲しみ――それが、今ある谷の原点でもあるのだから――判らない‥と、呟く生真面目そうな童顔に、色恋の酸い甘いには聊か自信のある詐欺マン(ia6851)は、「愛と正義と真実の使者」を自称する者としてふふりと口許にやわらかな笑みを刷く。

「愛していたからこそ、絶望もまた大きかったのであろ。始まりが偽りであるが故、想う相手を心より信頼することができなかったのでおじゃるよ」

 真実の愛は、売買の利かぬもの。故に、貴いものなのだから。その、儘ならぬ「愛」をあたかも金で購えるかのような夢を見せてくれるのが、上女郎であった頃のお染が暮らした遊里の世界だ。

 嘘を誠意に、一夜限りの夢を見る。
 粋に、綺麗に、後腐れなく。それが、廓遊びに於ける絶対非情の不文律――

 本気になったら身の破滅とは言うけれど。
 無粋な男に殺されたものだ、と。追われた身とはいえ元・上女郎の矜持に障りでもしたのだろうか。その朴念仁が未だに捕まっていないというのだから、無情に過ぎる刻と共に行き場のない無念と恨みも大きく膨れ上がってしまったのかもしれない。――とはいえ、その理屈が通るのはあくまでも遊里での話。
 深窓の箱入り娘が通り魔に刺されるのとは勝手が違う。「殺されたこと」に同情はしても、世間の反応はどちらかと言えば遊び女に冷ややかだ。

「肺を患った夜鷹の末路としちゃ、まだ幾らか上等な部類に思えるんだけどね」
「生きていく為にした事で殺されるとは、因果な生業だな」

 恨みを抱く理由が理解できない、と。さらに辛辣な乱堂(ia8622)の感想に、御凪祥(ia5285)は苦笑する。
 己の行いと置かれた状況を正しく天秤に掛け、因果応報の理を納得できる者は意外に少ない。自評と他評の間に生じる軋轢が大きければ大きいほど、間に刻まれる怨恨も深くなる。――なるほど、化けて出るのも頷ける気がした。
 とはいえ、害を及ぼすモノに成り下がってしまっては、もはや排除することに躊躇も湧かないのだけれど。


●魅了と言霊
 アヤカシだと理解っていて、尚――
 依頼を持ちこんだ駕籠担きは、自戒とも忠告ともつかぬ口調でそれを伝えた。
 通りがかりの只人にさえ、アヤカシだと認識される。乱堂の言葉を借りるなら、胸に真っ赤な薔薇を咲かせたままという異形を晒したその上で、自らの思惑に相手を取り込む。――即ち、お染が変じたアヤカシの《魅了》には、それだけの魔性があるということだ。
 惑わされるのは、相手が思わず手を出したくなるような美女だから。
 どういう風が吹いたのか。皆が揃ってそんな錯覚を抱いてしまったのは‥‥目撃者である男たちの《言霊》に惑わされてしまったのかもしれないし、心のどこかで噂の美女とその色香に靡かぬ自分を望んでいたのかもしれない。男ってそーゆーイキモノ?

「女性は嫌いではありませんが、私にとっての花はあの人とあの子達以外必要ありませんので悪しからず」

 自負を抱いて依頼に臨んだのは、樹咲未久(ia5571)だけではない。先を行く者のひとつ後ろを歩いていた樹咲は谷の肩越しに重厚な土蔵の向こう、荷を運ぶ水路に掛けられた橋の袂の、どこか所在なさげに佇む柳の下に、ぽつりと影を落とした女の姿に息を呑む。樹咲と行動を共にしていた金津、詐欺マン、そして、谷も‥‥女に気付いて時を止めた。
 蔵町とはいえ、人通りが多いはずの昼下がり。
 開拓者たちの他に人の姿が見当たらないのは、予め人の立ち入りを制限した詐欺マンの手回しの賜物である。昼間に人の見えない街並みは、どこか荒涼と淋しげでいっそ幽霊には似つかわしい。寒さを際立たせる冬枯れて葉を落とした柳の下に、胸を朱に染めたまま虚ろう眸で立ちつくす女――
 明らかに、異常な光景であるはずなのに。
 谷の目には、その姿がアヤカシによって引き起こされたいつかの悪夢と重なった。
 樹咲が見たのは、胸を刺されて苦しみコト切れようとするあの人。金津には神楽の都で奇跡的な再開を果たした(お金と同じくらい)大切な姉の姿が‥‥ただひとりの何処かの見知らぬ美人ではなく、其々が好ましく想う者、或いは、状況を現に映し近くへと誘う。
 無意識に力を緩めた一心の掌から滑り落ちた梓小弓が拍子に破魔の音を震わせなければ、アヤカシの牙はぽかんと棒立ちになった忠義の喉笛に突き立てられていたかもしれない。
 唐突に時を刻み始めた世界を再確認する暇もなく、視界に精気の失せた白い顔と鮮やかな朱唇が迫る。

「のおぉ、わぁ‥っ?!」

 巡らせた気を足に集め瞬時に飛び退いた鼻先を凶器と化した爪が掠めた。のし、と。弾みで誰かの足を踏みつけたような気もしたけれど、気にしている余裕はない。ジルベリアの風より冷え切ったアヤカシの気配に、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
 《早駆》の勢いを加味して踏みつけられた衝撃に、御凪もまたアヤカシの《魅了》より解き放たれた。反射的に握りなおした槍の穂が、琥珀色の陽光にきらりと白いきらめきを返す。獲物を逃したアヤカシの口惜しげな威嚇と咆哮が、人影のない蔵通りに寒々と響き渡った。
 ひとつが弾けると、次々に‥‥
 夢の終わりは、水底で生まれる泡沫にも似て――


●柳の下
「惑わされぬよう心していたつもりだったのだが‥‥」
「まだまだ修行が足りないようです」
「というか、あれはズルいですっ!」

 白鞘と呼ばれる合口の薄く白々とした刃の色に心を鎮め、谷は小さな吐息をひとつ。
 いけませんねぇ、と。にこやかに自嘲を零した樹咲の隣で、憤慨する金津は地団太を踏まんばかりだ。そんな仲間たちを鷹揚に見回して、詐欺マンは優雅な手つきでどこからか1輪の薔薇の花を取り出す。

「ともあれ大事に至らなかったのは何よりでおじゃる。すっきりしたところで、改めて仕事にかかるでおじゃるよ」
「そうですよねっ! 反撃ですよっ!! もう、絶対に許しませんからっ!!!」

 一旦、口にくわえた薔薇をぴりしとお染の幽霊に投げつけた詐欺マンに負けじと、金津も取り出した斬撃符を突き付けて高らかに宣言する。
 惑わされさえしなければ、いかにアヤカシとはいえ、女がふたり。
 戦い慣れた開拓者たちの敵ではない。

「絡み付きなさい、『呪縛』」
「極楽になんて逝かせてあげませんっ! あなたが逝くのは地獄です、地獄っ!!」

 ふたり分の念を込めた式が虚空より姿を現し、お染のアヤカシに襲いかかった。その呼吸に併せ、朱槍を振り上げ踏み込んだ詐欺マンが力任せに薙ぎに払う。広範囲を刈り取る槍の攻撃にたじろぐように態勢を崩したお染の隙を見逃さず、抜刀した白鞘を構えた谷が全身を使って大きく踏み込んだ。
 冬の陽射しに閃いた銀刃が中空に弧を描く。
 悲鳴にも似た絶叫が、柳に戯れる木枯らしを揺さぶった。

「あんたに抗する力も運も無かったのが悪いわけさ、結局ね」

 そう。あの夜も、今も。乱堂が具象化した半ば嫌がらせも兼ねた――相手だけでなく、味方の士気まで下がりそうな――ちょっと感じの悪い呪縛符の式も、もう1体の幽霊を絡め取る。
 式に絡まれ動きの止まったアヤカシにここがチャンんスと忠義は即座に印を結び、とっておきの技を繰り出した。水遁と雷火手裏剣の併せ技。しっかり名前もつけてある。

「水招雷蛇――ッ!!」

 噴き上がった水柱の中で閃いた雷撃の刃が、乱堂の式諸共アヤカシを貫いた。悲鳴とも咆哮ともつかぬ絶叫が、寒気に冴えた大気をびりびりと震わせる。

(決まった、俺様カッコイ――☆ 御館様、見てマスか? 俺様、しっかりやってマス‥‥)

 台詞程には感動を現さない棒読みとVサインの前で、それでも何とか崩れ落ちずに姿を留めて踏みとどまったアヤカシはゆらりと後退さる。

「逃がさない!」

 すばやく踏み出した御凪が繰り出した《巻き打ち》の一撃と同時に、一心も拾い上げた梓小弓の弦を絞った。――この瞬間の為に、破魔の願いを込めて選んだ武器である。
 今度こそ崩折れたアヤカシは、木枯らしに散らされ消えていった。


●弔い
 瞬く間に炎に呑まれた短冊は、白く細い煙を燻らせて燃え尽きる。
 鎮魂の詞は、せめてもの弔いにと樹咲が供したものだ。傍らに手向けられた花と酒は、詐欺マンと御凪、一心がそれぞれ弔いにと用意した。

「せめて安らかに眠るでおじゃる」

 詐欺マンの言葉に、一心もただ無言で手を合わせる。
 お染を殺めた男が未だに捕まっていないというのが少しばかり気がかりではあるけれど。ゆっくりと揺れながら立ち上る幽き煙を目で追いながら谷は思う。
 愛する者を亡くすのは辛い。
 のみならず自らの手で殺めてしまった男の境地はいかなるものか――自分であれば、生きていられぬ――或いは、彼もまた、良心ある人であったならば。

 お染の墓標にも見える柳を少し離れたところから眺めやり、忠義はきょろきょろと周囲を見回す。
 幸い、ふたりの幽霊の他にアヤカシらしい気配はない。

「こーゆー所って変に念がこもってたりして引き寄せたりしたら嫌じゃね?‥ですよ」

 水辺には、妙な物が集まりやすいとも言うし。
 念の為、塩でも撒いておこうか、と。できた執事は、考えた。

(代筆:津田茜)