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■オープニング本文 人の欲の一つに食欲と言うのがある。 人には108の雑念と7つの大罪があるというが、解脱者と言われる聖職者とてその欲望を完全に抑えることは出来ない。食欲と言うのは生物として生きるための根幹を担うからである。 だが、それ故なのか、 時として人は異常なまでのこだわりを見せる。 (「またか‥‥」) 開拓者ギルドの受付は、依頼主の顔を見る。 「‥‥‥‥あんぱんについて開拓者達の意見が聞きたいという訳ですね」 そうだ、と主は言う。 どうやら先日依頼者たちが解決した納豆長屋((旧)狸長屋)の一件を耳にしたのだろう。平和と言えば平和な依頼である。──が、依頼主は真剣である。 「あの野郎、あんぱんは漉し餡がいいと抜かしやがって。あんぱんといえば粒だってぇのに」 どうやら3時のおやつに出たあんぱんが原因で喧嘩になったのだと言う。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうですか」 人の好みは、それぞれである。 こだわりが過ぎて、嫌いになるものや道を究めようとするものもいるが、とりあえず依頼主の親父は、道を究めあんぱんを自ら作りたいわけではない。 「高いあんぱんは美味いのは判るぜ。でも俺はあの味が好きなんだ」 ジルベリア風のパン酵母で種を膨らまし、小豆の粒餡が好きで、1晩置いたくらいのカサカサ状況を牛乳で食べるのが好きらしい。 「ウチが貧乏でね。その安あんぱんと牛乳ってのは、月に一度。お袋が内職した金で親父に内緒で買ってくれた思い出があってね」 どうも思い入れが強いのだと言う。 (「家族にそう言えばいいのに‥‥」)と思ってはいけない。 親父は家族には、安あんぱんへの思い入れは話し済みで家族も安いあんぱんがある時は必ず勝って帰るのだが、安いあんぱんは人気ですぐに売り切れる。 店側も高級品でも安売り品でも手間はほぼ変わらないので収益率が高い高級品に力を入れている為、安いあんぱんと言うのはそれほど出回っていないのだ。 家族としても親父が満足しないのは百も承知だが、代わりとして手軽な120文とか100文とか、もっと和菓子っぽい酒酵母やら桜餡、鶯餡。 色々なあんぱんを買って来るのだと言う。 ──つまりラブラブな家庭円満である。 「で。まあ、なんちゅうか‥‥俺がつまんねぇ意地を張っていないで、家族に買ってきてくれてありがとうって素直に思えるようなあんぱんの話が聞きたいってところだな」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
桐(ia1102)
14歳・男・巫
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
カリク・レグゼカ(ib0554)
19歳・男・魔
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟 |
■リプレイ本文 「アンパンで家庭円満か‥‥そらまたおもろい一家やなあ」 余りの微笑ましさに依頼を受けることにした天津疾也(ia0019)や、 「うーん‥‥この間の納豆といい、こういうの流行ってんのかな?」 興味から依頼を受けることにしたルオウ(ia2445)、 「黒と白餡どっちも捨て難し、アンパンは甘くて美味しい一品やの」という斉藤晃(ia3071)、 「帝国の諜報員である私にはアンパンと牛乳は必需品ですよ‥‥任せて下さい‥‥べ、別に胸を大きくするためじゃないんだからね‥‥?」 謎の言葉を残した水津(ia2177)らが、親父の家に向う。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー」 元気の良いルオウの挨拶に「今日はよろしく頼むぜ!」と親父も元気良く返す。 だが、採点方法は厳しい。 親父の前にはちゃぶ台が置かれ、上にはアンパンが乗った皿と牛乳が入った湯のみが置かれている。 開拓者らの話しに親父が納得しなかった場合、ちゃぶ台がひっくり返るらしい。 ●一個のアンパン まずは俺からや。と疾也が話を披露する事になった。 「これは商売の知り合いから聞いた話なんやがな。ある寒い日にぼろっちい格好で子供を二人連れた父親がパン屋の前を通りかかったんやと──」 貧乏そうな子供が店をじーっと見つめる。 店先には美味そうなパンが並んでいた。 「欲しいのか?」と父親が尋ねる。 「ううん」と子。 『親に金なさそうなのを、子供もわかってて残念やけど諦めたんや。でも父親もそれに気づいたようでな──』 ゴソゴソと懐を探り、薄い財布を取り出す父親。 『それこそなけなしの金やったんやろうな。転がり出たのは何とか一番安いアンパンが買える金らったらしいわ』 「親父、アンパンを1つくれ」 買ったアンパンを二つに割り、それぞれを子供たちに差し出す父親。 大喜びをする子供たち。 『でもすぐに顔を見合わせるともらった半分を、さらに半分に割って、それぞれ父親に渡したんらしいわ』 父親は子供たちに食べるように言ったが、子供たちは一緒に食べたいと言う。 「結局、三人で小さなアンパンを分け合って食べたらしいわ。で、小さなアンパンでもそうやって家族で食えたから尚更うまかったんやないやろうかな。安もんだろうが高級なのは変わりな、大事なのはそこだとおもうで。俺からは以上や」と親父を見る。 当の親父は「うーん?」と30秒ほど考えた後──ちゃぶ台をひっくり返した。 「なんやねん。その『間』は! 気持ち悪い」 「なんだか俺が聞きたいのはそいう話じゃねぇなぁ‥‥と」 実際、そこまで気遣うんならやっぱり安アンパンを買ってきてくれ。と家族に言いたい、と親父が言った。 ●アンパン怖い? 「僕は小噺を一つ披露するよ」 次に親父の前に座ったのは、琉宇(ib1119)であった。 「おじさん知っている? 泰国にはあんぱんによく似たお饅頭という名物があってね」 饅頭って言うのは、みやげ物でよく売っているあの饅頭か? と親父。 「うんうん、ここでもよく見るかな。開拓者さんの中には好きな人も多いしね。でもお饅頭は『曰く付き』の食べ物だから、ある時アンパンも怖いっていう人が現れてね‥‥」 『ねぇ、皆の怖いものって何か、打ち明けてみようよ』 『あー、僕はやっぱりアヤカシだね』 『僕もやっぱりアヤカシだよ』 『僕はアヤカシによく似ているカカシかな。薄暗い時に一本足で立っているのを見るとびっくりするよ』 別の一人がアンパンが怖い、と言うと、そいつを皆で驚かせよう、という話になった。 寝ている男の枕元にアンパンを置き、男が起きるのを待っていた。 翌朝、男が目覚めると枕元にアンパンがある。 『怖い、怖すぎる』 むしゃむしゃとアンパンを食べる男。 『あれっ、怖いって言いながらアンパンを食べているよ』 『怖いだなんて嘘だったんだね!?』 堪らず飛び出してきた友人たちがこう言った。 『ううん、今度はお茶が一杯怖いなぁ』 「‥‥と、こんな話だったんだけど、僕もアンパンが怖いかな」 あはは。と笑う琉宇。 親父は、ちゃぶ台を飛ばす代わりにアンパンを琉宇に差し出した。 むしゃむしゃとアンパンを食べる琉宇に「怖いか?」と尋ねる。 怖い、と答える琉宇。 「でも、今はお茶が怖いかな」 あはは。と笑う琉宇だった。 ●アンパン考 「アンパンはおやつか食事か甘味かそこが問題なのです」 キリリと親父を真正面から見つめた桐(ia1102)が開口一番に言った。 親父にとってのアンパンはなんだ? と問う桐に親父は「食事だ」と答えた。 「食事なら貴方のこだわりはわかります。そう、ご飯と同じなのです」 「おかずは変化しても必ずご飯がないと物足りない食事。私達の遺伝子に刻み込まれたそれは掛け替えのない物なのです」 関西系開拓者は、たこ焼きの中身がイカだった日には恐らくノイローゼに襲われるだろう。 同様に親父が「粒餡じゃないと満足できないという主張」は理解できる、と言う桐。 「で・す・が」 「奥さんや他の方にとってはおやつや甘味かもしれないのです。おやつな人にとっては小腹を美味しく埋めてくれる良質なパートナー、こだわりよりもお手軽さと美味しさが優先です。無いと口寂しいけれど絶対にこれじゃないと、ってのはあまりないものなのです」 うーむ、と親父が桐の言葉に感心する。 「甘味な人にとってはそれは追い求める物。これは美味しいというものに出会っても、まだ先を求めてしまうのです。予想を超えた味にあった時はもう陶酔ものなのです」 うっとりと空を見つめている自分に気がつき、慌てて取り繕う。 「‥‥‥‥失礼しました」 「なのでアンパンというのは、一つの味にとどまるって事はあまりないのです」 ふむふむ、と桐の話を聞く親父。 「ですから。折角あんぱんを買ってくれてきているのですから『あれじゃないと!』とこだわるよりも『こういう考えや好みもあるんだ』と認める度量を持ってみてはどうでしょうか?」 夫婦間は良好なようですし、と桐。 気に入った。と親父は膝をポンと叩くと「まあ、一杯飲みねぇ」と桐に牛乳を勧めた。 ●アンパンと私 親父の前に座り、ぺこりと頭を下げる水津。 「甘くて美味しいアンパン‥‥確かにこれに取り付かれてしまうのは分かります‥‥でも、吸っちゃ駄目ですよ‥‥?」 謎の言葉に皆の視線が集中する。 「私もよくお世話になったものです‥‥美味しいのが食べたくてパン屋さんで働いたこともあるぐらいです‥‥」 作った時の観想を思い巡らせ、焔の魔女の異名を持つ水の巫女は微笑む。 「パン作りは神経と体力のせめぎあいですよ‥‥美味しく作ろうと思ったら湿度、温度、時間は慎重にしなければならないですから職人の技術が要求されますし‥‥」 職人の技であると語る水津。 「こねるのもかなり力が必要です‥‥それなりの時間必要ですし‥‥私の様な開拓者でもくたくたでした‥‥」 ふふっ──と笑う。 「一回パン作りを経験してみるのもいいかもですよ‥‥?」 食べる時によりありがたみが出るだろうと水津。 それに更にアンパンを好きになる事、請け合いなし、だと言った。 ●お菓子として 「アンパンは異国から伝わったパンを改良して天儀の人たちの口にあうよう考案された異文化融合の象徴の一品や」 仲良うがいい、と買って来たアンパンを口に放り込みながら牛乳を飲む晃。 「漉しも粒もあんパンは旨いが、牛乳と食べるなら漉しあんパンに限るで。それにこの上についてるごまもまた美味い!」 カリカリとした香ばしさが餡の美味さを引き立てているのだ、と晃。 普通のアンパンはご飯だが、揚げて砂糖を掛ければ立派なおやつに変身であると「こういうのも美味い」と晃が親父に揚げアンパンを差し出す。 「これはかさかさになりかけのやつをあげると美味い! 決して新品では出ないさっくりした味わいがたまらんねん」 皆で試食するが、ここまで来ると別物だ、と親父。 「ならば他にアンパンの楽しみ方だが‥‥‥‥決してアンパンは吸ってはいかんよ」 再び「吸う」という言葉に親父が「どういう事だ」と問う。 「これは、危険を伴うアンパン楽しみ方や」 そういうとおもむろにアンパンを一つ袋に放り込み、袋の開け口から鼻を近づけると一気に中の空気を吸い込む。 「あまぁ〜い」 にへらとヘブン状態の晃。 「斉藤さん何をしているんですか」と後頭部をどつく桐。 「しっかりしてください‥‥!」と晃から袋を取り上げる水津。 「はっ、いかん。もうちょっとであんパン中毒になるところやった」 鼻血を拭きながら言う晃。 「アンパンうまーです」 はぁ〜と取り上げた水津も濃縮されたアンパンの香りにメロメロである。 「水津も正気に戻れ」 「‥‥水津さんもふりょー親父の真似はしないでください」 ペシペシと水津の頬を叩く。 「ま、偽胸にしたり、吸ったりせず、アンパンは正しく食べましょうって事やな」 「誰になんと言われようが、アンパンと牛乳が胸を大きくするんです‥‥」 水津が涙を浮かべ、アンパンを胸に詰めていく。 「ビバ☆アンパン。誰でもこれで大きくなるんです」 そんな水津からアンパンを取り上げ、ちゃんと食ってやるのがアンパンの幸せだ、と説く晃。 「ちなみに牛乳を飲むと胸が〜という話があるが、あれは迷信や」 「アンパンと牛乳は、私の希望です‥‥!!」 泣きながらアンパンを食べた水津は、素早く印を結ぶと火種をガンガンと晃にぶつけるのであった。 ●一緒に作れば怖くない 巫女ご乱心という多少(?)の波乱があったが、「次は俺だ」とルオウが前に出る。 やはりガサガサと持ってきた袋からアンパンを取り出す。 「こういうのは実際食べてみないとね」 色々なアンパンを食べながらルオウが、考える。 「俺はやっぱ好きなのは、安い粒餡のあんぱんだな」 ルオウの言葉にウンウンと親父が頷く。 「他のだって美味いと思うんだよな。でもなーんか飽きるんだよな、実際。いくら食べても食べ飽きないのが魅力だと思うぜ。安心できる味っていうのかな」 モグモグモグ── 「他のあんぱんだって嫌いじゃないんだよな。漉し餡とか鶯餡のあんぱんとかさ。偶にならいいと思う。桜餡なんて春っぽくて縁起がいいしな!」 どうやらルオウの「普通に好きなのは安アンパン。他のは偶に食べるから美味い」という考え方に親父も同感だ、と言う。 「でもそれだと解決になんねえんだよなぁ‥‥」 親父とルオウ、膝を突き合わし、うーんと考える。 「んじゃさ。いっそ家族で作ってみたら?」 パン屋に材料費を負担するから、と頼めば作らせてもらえるんじゃないか? とルオウ。 「家族皆で自分の好きな種類のアンパン作って食べ比べてみるとか。あんまし意味無いかもしんないけど」とルオウ。 皆で苦労して作ったパンなら文句も出ないだろうし、素直に感謝できると思う、と言う。 ルオウの言葉に「作業場を貸してくれる程馴染みの店はないが試してみる」と親父は言った。 「あ、できたら俺にも食わせてくれよな!」 できたらギルドに届けると親父は、ルオウに約束した。 ●カスタム・ド・アンパン 「あ、アンパンは、ま、まさに異文化コミュニケーションだね」 修行時代の夜食の定番だったと話すカリク・レグゼカ(ib0554)。 「す、好きなものを買ってきてくれる人がいるって素敵だね」 カリクの言葉に頷くのは、甘味ともふらを愛する神父エルディン・バウアー(ib0066)である。 「ぼ、僕は家族がジルベリアにいるからおじさんが凄く羨ましい」 「愛する家族が自分の為に買ってきてくれるなら、なんだって美味しいじゃないですかぁぁぁーーー」 多少独身男の僻みが入っているエルディン。 「この罰当たりがーーっっ」 喝! とサンダーを落しそうな勢いに桐のチョップが後頭部に決まる。 「こんなところにもアンパンに酔った人が一人いました」 「あ、あのね。伝えたい事は、伝えられるうちに伝えた方が絶対いいよ」 これは家族と遠く離れて暮らしているカリクならではのアドバイスであったが、親父に見つめられ、「あ‥‥そ、そう。アンパンの話だったね」と焦るカリク。 「あ、アンパン愛‥‥幸せだね!」 一時期食べ過ぎて飽きてしまった時に見つけた食べ方だと紹介するカリク。 懐からアンパンを取り出し──おもむろに潰した。 これをオーブンで軽く色が付く程度に焼き、温かいうちに食べるのだ、と言う。 「『えっ?!』って思う人がいるかもしれないけど、ほ、本当に美味しいんだよ」 力説するカリク。 美味しく食べるポイントは、パンを潰しすぎない事、なるべく安アンパンで行う事。 できれば白あんでやるのが更に美味しい、と力説するカリク。 「み、皆も食べてみて」 カリクが作った焼きアンパンを全員で試食する。 美味い、という皆の反応に対して「揚げアンパンと同様に美味いが、別な食べ物だと思う」と言う親父の言葉にちょっと残念そうなカリクであった。 ●愛の説教 「先程は、思わず取り乱したりしまして‥‥失礼しました」 エルディンが、神父の顔に戻って親父の前に進み出る。 エルディンが語るのは愛だ、と言う。 「口に入れた瞬間、さっと広がる心地よい味覚。ミルクを含めば、味がミックスされとろけるような感触──」 がっしりと親父の両肩を掴むエルディン。 「これぞ至福のとき! 私には漉し餡のネットリも、粒餡のプチプチ感も捨てがたい」 アンパンの熱く語るエルディンだが、ふっ──と表情を和らげ、親父の両肩から手を放す。 「ところで、私には血の繋がった家族も親戚もいません。ある事情で後にした祖国には帰る場所がありません」 優しげに微笑むエルディン。 「しかし貴方には愛する家族がいて、愛すべき場所がある。その家族は貴方のために好物を買ってくる。好みのアンパンが売り切れであっても、他のアンパンを調達し、貴方をガッカリさせないような心遣い──なんという家族愛!」 拳を震わせ語るエルディン。 「きっと貴方の笑顔を見たくて、一緒に美味しい物を食べたかったのでしょう。 今ならまだ間に合う。 全ての餡を好きになれとは言わない。 それが漉し餡だとしても、家族の買ってきた漉し餡のみを愛するがよいのです」 熱く語るエルディンに親父もウンウンと熱い涙を流す。 「汝、隣人を愛せよ、家族を愛せよ、桜餡、鶯餡、漉し餡も愛せよ。さすれば円満になるでしょう、アーメン」 ──数日後、ギルドを通して開拓者たちの手元にいびつなアンパンが届けられることになったが、 依頼人の親父が何日家族への感謝の気持ちを継続することができるかは、神のみぞ知るであった。 これも一つの噺。 どんとはらい── |