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■オープニング本文 「鶏を捕まえて欲しいんですーっ!」 ここは武天の都、此隅(こすみ)の開拓者ギルド支部。 入ってきた質素な身なりの女性は、その外見に似合わず、甲高い声でギルド担当者に向かって叫んだ。 「わ!‥‥あ、はい、にわとり‥‥ですか?詳しい話を聞かせてください」 一瞬たじろいだギルド係員だったが、すぐに真顔に戻り、ゆっくりと女性に話しかける。依頼人が取り乱しているときには、係員が冷静に対応することで、依頼人が安心して、落ち着きを取り戻すことが多いからだ。 だが、 「お願いしますっ、私たちの可愛い鶏たちが、逃げ出してしまったんですーっ!」 表情は落ち着いたものの、女性の声は変わらなかった。これが地声なのかも知れない、と係員は思った。 話を聞くと、女性はここ此隅から山道を越えた辺りの、小さな農村から来たらしい。 基本的に菜食中心であるその村では、鳥の肉はたまに野生のものを捕らえ、食するぐらいである。そんな中この女性夫婦は、捕まえてきた鶏を飼育することに成功し、産んだ卵を村人に売って生計を立てていた。 山に囲まれたこの村では、外部から大量の卵を運搬するのは、割れやすいため難しい。それに、自分たちが食べるので精一杯なこのご時世、鶏に与える餌がそれほど十分とは言えないため、毎日沢山の卵が産まれるわけではない。 それ故、村では卵は貴重なもので、滋養強壮疲労回復栄養補給、はては万能薬として、村人に重宝されているらしい。 その卵を産んでいた鶏が、飼っていた庭から逃げ出したのだ。 「元々二十一羽いたんですっ、でもっ、朝起きたら庭には二羽しかいない有様でっ!」 鶏が飛び越えられない程度の高さに作られた、木の柵の一部が弱っていたのか、根本からばきりと折れ、なぎ倒されていたらしい。 「アヤカシに襲われた可能性はありますか?」 「アヤカシっ!?うちの鶏たちに限ってそんなことありえませんっ!」 女性が一瞬取り乱した表情になったが、すぐ真面目な顔に戻る。だが、声は相変わらず。まるでニワトリのような声に、耳をふさぎたくなるのを係員は堪える。 「誘拐されたのかとも思ったんですけどっ、近所で鶏を見たって話を聞きましたからっ、ただ逃げ出しただけだと思うんですっ!」 この夫婦は卵売りで生計を立てていたため、このまま鶏が帰って来ないのは、非常に困るという。話を聞く限り、鶏を愛玩動物としても可愛がっていたようなので、そう言う意味でも困っているのだろうが。 「村人たちに捕まえてくれるよう頼んだんですが、鶏は狂暴だって言って近づいてもくれないんですよっ!うちの鶏たちはいい子だから、絶対そんなことないのにっ!!勝手に捕まえられて食べられてしまうよりはいいんですけれどもっ」 「‥‥では、開拓者たちに、鶏の捜索と保護を依頼する、ということですね」 「はいっ!私たちも捜すつもりですが、二人では限界がありますからっ!動物にも慣れた開拓者さんたちなら、必ず鶏を捕まえてくれると思ってっ!お金ならありますからよろしくお願いしますーっ!」 「わかりました。手配しておきますね」 開拓者は動物って言うより、アヤカシに慣れているというべきかも…という言葉を引っ込めて、係員は頷いた。 |
■参加者一覧
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
縁(ia3208)
19歳・女・陰
幻斗(ia3320)
16歳・男・志
土岐 静真(ia3659)
24歳・男・志
荒井一徹(ia4274)
21歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●村到着 開拓者たちが村に辿り着いたのは、昼前のことだった。 「夕方には終わらせたいですね。早速、借りる物借りて行動しましょうか」 明智珠輝(ia0649)が貰った地図を見ながら言った。 道中、依頼人である卵屋の奥さんから、大体の情報は聞いていた。一同はそれを頼りに、二人一組四班に分かれ、東西南北を捜索することにしたのだ。 「十九羽全部見付かるといいですね」 乃木亜(ia1245)が祈るように呟いた。 ●西 縁(ia3208)と幻斗(ia3320)は、村の西へ向かう。幻斗の心眼を頼りに、二人は川の上流まで坂道を登ることにした。 縁はその美しい黒髪を一つに束ね、着物は襷掛けにしていた。 「動きやすそうですね」 幻斗が感心したように言った。縁ははにかんで微笑む。 「ええ。できるだけ鶏を沢山保護してあげたいって思って‥‥」 「そうですね。喜んで下さって、卵沢山貰えたらいいですよね。頑張りましょう!」 気合いを新たに、二人はさらに登っていく。 「あ、あそこに一羽」 縁が、前方に佇む雌鶏を見つけた。 「まずは拙者に任せてください。縁殿は、もし逃げたとき、足止めをお願いします」 幻斗はできるだけ鶏を刺激しないよう大回りに坂道を上り、縁と挟み撃ちにする形で、鶏に対峙する。 「投降して下さい!包囲されていますよ!」 そのまま鶏に駆け寄る‥‥が、鶏はじっとしている。 「覚悟して下さい!」 幻斗が素早く鶏を捕まえる!‥‥が、鶏は抵抗するでもなく、きょとんとしていた。 「‥‥意外とおとなしいですね。とりあえず、鶏捕獲完了です♪」 幻斗はご機嫌に鶏を麻袋の中に入れた。それでも鶏は暴れない。 「これなら順調に保護できそう‥‥。油断は禁物ですけど」 縁もほっとしたようだ。二人はさらに、上へ進んでいく。 坂を登り切って、川が視界に入る。そこには火の見櫓なのか、小さな背の高い小屋が建っていた。屋根の上に、見慣れない金属性の飾り物が見える。鶏を象っているようだが‥‥ 「あれ、ジルベリアの『風見鶏』だと思います。街で見たんですけど、風向きがわかるらしいです」 縁が言うように、その鶏の飾りは、風が吹く方にくるくる向きを変えていく。 「珍しいですね、こんな所にジルベリア製の‥‥って、あ、あれ!」 「え?」 縁が目を凝らすと、どこから登ったのか一羽の鶏が屋根の上にいて、風見鶏が向きを変える度、その視線の先にてくてく移動しているのが見えた。 「恋でもしてるのかしら‥‥可愛いですね」 縁が微笑んだ。が、幻斗の視線は縁と少しずれていた。 「に、鶏もですけど、あれ!」 鶏のさらに横にいたのは、ふっくらした鶏をじっと伺っている‥‥三毛猫! 「大変、鶏が猫に食べられてしまったら‥‥」 縁がおろおろして幻斗に目を遣る。だが、幻斗は考え込む。 「鶏と猫‥‥ああ、拙者は一体どちらを保護すれば‥‥」 「鶏です!ひとまず私、上まで行ってきます」 縁は走って小屋に入り、中の梯子を登っていく。どうやら屋根の上まで登れそうだ。 ひょい、と屋根の上に顔を出す縁。驚いたのは風見鶏に夢中の鶏ではなく、猫の方だった。にゃぁ!と声を上げ、逃げようとする猫。だがその先に地面は無かった。 「危ないっ!」 下にいた幻斗が、猫に向かって走る!見事滑り込み、両腕で猫を受け止めた! ふぎゃ!ばりっ!驚いた猫にちょっと腕を引っかかれたものの、 「ふぅ、無事で良かったです♪」 嬉しそうな、猫好きの幻斗であった。 ●南 乃木亜と剣桜花(ia1851)は南担当である。村の入り口は南にあり、卵屋や住居も南側に偏っている。二人はまず、村人に聞き込みを始めた。 「この辺で鶏さん、見ませんでした?」 「向こうの畑で数羽見たけど、一羽、狂暴なのがいてねぇ」 「狂暴、ですか」 乃木亜は身震いしたが、 「今夜のおまんまが掛かってるんです、行きますよ!」 桜花は構わず乃木亜の腕を掴み、進んでいく。 「あー、心の準備がー」 「大丈夫です。‥‥ところで乃木亜さん、綺麗な手してますね」 歩きながら、桜花がじーっと乃木亜を見つめた。ちょっと口説きモードで。 「え?あ、まだ実践を積めてないからかも‥‥」 それに気づかず乃木亜はうぅ、と唸ったが、桜花は怯まない。 「折角素敵な身体をお持ちなんですから、胸をもっと強調していいと思いますよ。女の子の揺れる胸って素敵だと思いません?」 「え?‥‥胸っ?!ちょ、剣さんっ」 乃木亜は顔を真っ赤にして狼狽える。 「今度でぇとなど致しません?‥‥あ」 桜花がはっと我に返る。どうやら口説いているうちに、件の畑にたどり着いたようだ。柵に囲われた畑の入り口に、雄鶏が一羽。 「見つけました、今夜のおまんま!」 桜花は構えた。鶏も桜花に気づいて、鋭い嘴を向ける。 「今は亡きまいける師匠直伝の技、見せて差し上げますっ!」 刹那、鶏が飛びかかる!しかし、桜花はまるで前進するような動きで後退し、鶏の攻撃を華麗に回避した!『月歩』だ! 「素早い、しかも優美な動き!この早さで鶏さんを捕まえれば無敵です!」 乃木亜が目を丸くする。桜花は両手を挙げ、ポーズを決めた‥‥が、すぐに乃木亜に向き直る。 「あ、これ避けるだけの技ですので、あとはよろしくお願いします」 「え‥‥ええっ?!」 鶏の嘴は、結局近くの乃木亜に向くのであった。 「きゃっ、痛っ、す、すみません〜」 乃木亜はしゃがみ込み頭を抱えて涙目だ。 それを見て満足したのか、鶏は再び桜花の方を振り向く。 「う、あんこーるですか?」 桜花は月歩の構えを取る。その隙に乃木亜が立ち上がった。 「し、しっかりしないとですっ、やられっぱなしってわけには!」 桜花に気を取られた鶏の後ろから乃木亜は近づき、翼を抱えるように、はっしと捕まえた。だが鶏は逃れようとばたばた暴れ、乃木亜は取り乱す。 「わわ、落ち着いて鶏さん!」 そのとき、 「こけこっこー!!」 桜花の後ろから声がした。一瞬鶏の声かと思ったが、数秒後ぎょっとして振り返る。そこにいたのは‥‥卵屋の奥さんだった。 その声で、暴れていた鶏の動きが、ぴたりと止まった。 「卵屋のおばちゃん、鶏と一緒に暮らしてるうちに、鶏の親分みたいになっちゃったんだよね」 「声も鶏っぽいしね」 その辺で遊んでいた村の子供たちが、説明的台詞で教えてくれた。 「すごい‥‥鶏さんへの愛が為せる技ですね」 「そうなんですか?」 乃木亜と桜花は茫然と奥さんを見つめた。 ●東 東班の珠輝は片手に投網、片手に白い布袋、腰には鶏の餌袋を下げ、おまけに服は軽さを考えた褌にブーツ!そんな真夏サンタ的格好を臆することなく披露しつつ、心眼を使う。 「あちらの方向に気配を確認いたしました。ロウザさん、向かいましょう‥‥!ふふ」 「ろうざ にぁとり たくさん さがす!」 珠輝の言葉を合図に、ロウザ(ia1065)は両手を地面に付けて四足獣のように駆け出した! 「にぁとり おいしい におい!たまき こっち!」 くんかくんか、と地面の匂いを嗅いだロウザ、さらに向こうへ駆けていく。 「流石ロウザさん、優秀な猟犬振りです。でも鶏は食べちゃ駄目ですよ‥‥」 そう言う珠輝も身軽にスタコラとロウザに付いていく。 間もなくロウザの行く手に、三羽の鶏が歩いているのが見えてきた。 「いた!」 ロウザの声に、 「逃がしませんよ、ふ、ふふ‥‥」 トリャア!と投網を投げる珠輝。網に引っかかり、ばたばたと暴れ回る鶏たち。そのうち端のほうにいた一羽が、網から逃げ出した! 「ロウザさん、回り込んでください」 そう言いながら珠輝は網から鶏を外し、白い袋へひょいポイ、と投げ込んだ。 「わはは!まてまて〜!」 ロウザは楽しそうに鶏の行く手に回り込み、突進する。慌てて回れ右する鶏だが、間もなくロウザの手に捕まった。 「やた!いけどり たのしい!もっと さがす!」 狩猟本能に火が付いたのか、目がキラキラ輝くロウザ。捕まえた鶏の足を手近な木の高いところに括り付けると、そのまま上から辺りを見渡す。 「あ!そっち いた!」 ロウザが見つけたのは、ちょうど珠輝の後ろ側。 「おっと、背後を取られるとは、不覚ですね、ふふ‥‥おや」 振り向いた珠輝は、その鶏の他とは違う鋭い眼光に気づく。 「いいですね、その眼!受けて立ちますよ、ふふ、ふふふ‥‥」 そう不敵に笑った瞬間、鶏は珠輝に飛びかかった!その動きが思ったよりも素早く、珠輝はタックルをまともに受ける! 「くふぅ」 両手が塞がっており、手をつくこともできず褌姿で尻餅を付く珠輝に、さらに鶏は腰の餌めがけて嘴を繰り出す!当然時々腰にも攻撃は当たるから痛い。 「にぁとり たまき たのしそう なかいい!」 ロウザはそれを見て、じゃれ合っていると勝手に解釈したようだ。 「ろうざ たまき まけない!」 追いかけっこしたいロウザは、珠輝を置いて、ぴゅーんと走って行ってしまった。 「あ‥‥。ふ、ふふ、ぅ、このくらいじゃあ痛いなんて言いませんよ‥‥ロウザさんに放置されたからって泣きませんよ‥‥ふ‥‥くふふ、ふはははは!!」 急にスイッチが入ったように(意図的だが)狂ったように笑い出す珠輝に、鶏が一瞬怯んだ。その瞬間、 「ただでは餌はあげません、私とも追いかけっこで遊んで貰いましょう‥‥ふふ、ふはははは!」 突然飛び上がるように身体を起こす珠輝に、流石に鶏が危険を感じたのか逃げ出し、楽しい鬼ごっこは幕を開けたのだった。 ●北 土岐静真(ia3659)と荒井一徹(ia4274)は、村の北へ向かった。 静真が瞳を閉じ、心眼を使う。 「‥‥上の方に気配を感じる」 「了解だぁ、土岐さん」 二人は歩を進める。辺りには棚田が広がっており、そこで雑草を取っていた男に静真は声を掛けた。 「この辺りで鶏を見かけませんでしたか」 「卵屋の鶏?さっき、あっちで数羽見かけたが、怖くて近寄れなかったよ」 「そんなに狂暴なのかよ?」 一徹が顔を顰めた。 「いや‥‥昔卵屋の雄鶏が一羽逃げ出した時、村人はケガするし、畑は荒らされるしで、大変だったんだよ」 「なるほど、前例があったのか」 静真は納得したように頷いた。 「あ、でも、あそこの卵は本当に旨いよ」 「そうなのか!そりゃ絶対に依頼成功させねぇとな」 一徹は嬉しそうに頷くと、教えて貰った方向へ歩き出す。静真も村人に礼を言い、後を追った。 果たして、棚田の上の方に、雄鶏が見えた。 「一羽しかいないようだが」 小声で静真が呟く。 「近くにいるんじゃねぇ?とりあえず、こいつを捕まえちまおう。俺が近づくから、土岐さんは逃げたときの埋め合わせを頼むぜ」 一徹に静真は頷き、鶏の様子を伺うことにする。一徹は、鶏の視線とは逆からそっと近づく‥‥だが、後数歩で手が届く所で、鶏が急に方向転換した。 「うぉ!」 思わず声を上げてしまう。鶏は逃げるかと思いきや、羽をばたばたと広げ、威嚇している。睨み付ける鋭い目。一徹は一瞬たじろいだが、にやりと笑う。 「おもしれぇじゃねえか!受けて立ってやるぜ!」 「荒井殿、大切な鶏だ、傷付けず頼む!」 静真も、一徹と逆側から鶏に近づきつつ、叫ぶ。 「わかってらぁ!」 一徹は鶏に真正面から掴みかかった!同時に鶏も飛びかかる!一徹は鶏を両手で掴んだが、傷つけないように力を加減したからか鶏がすっぽ抜け、一徹に激突!倒れた一徹の上に鶏は飛び乗り、嘴で攻撃しようとしたが、 「そうはいくか!」 今度は嘴側と背中を挟むように捕まえた。そこに背後から静真が麻袋を被せる!まだ鶏は暴れていたが、一徹が袋から手を抜いて、口を縛り、一件落着。 「大丈夫か、荒井殿」 「へっ、鶏ながら、いい喧嘩相手だったぜっ」 一徹は満足げに、麻袋を見て笑った。 さらに棚田を登りきると、そこには。 「もふらさまと、鶏?」 おそらく収穫の時、荷物運びに使われるであろうもふらさまが数匹。そのふわふわした背中の上で、なんと鶏がもふらさまと一体となる勢いで、座り込んで日向ぼっこしていた。 「のどかだ‥‥」 安心した静真はふと、振り返る。大分登ってきたので、村中見渡せる。田畑、川、緑‥‥そして、鶏ともふらさま。 「やはり自然はいいな。静かで、心休まる」 風の音が心地よく耳に届く‥‥。 「あ ばぁちゃん コニチハ!ここ にぁとり いない?じゃ サァナラ!」 「ふはははは!待ちなさい、くふふ、くははは!」 コケーッ、コケコケ、どたどた‥‥!! 「今日は‥‥少々、騒がしいな‥‥」 村人に詫びを入れるべきか、本気で考える静真であった。 ●卵の宴 「合わせて二十四羽ぁ?!」 一徹が叫んだ。 「最初に二羽いたことを考えても、増えてますよね‥‥」 縁は苦笑した。どうやら誰かが野生の鶏まで捕まえて来たらしい。 野生だった鶏も含め、鶏たちは修理された庭の中で元気に歩き回っていた。卵屋に不満があったわけではなく、ただ外の世界を見てみたかっただけなのだろう。 「ろうざ にぁとり ともだち なた!わはは!」 追いかけっこで友情が芽生えたのか、ロウザの両肩には二羽の鶏が乗っかっていた。 「思ってた以上に頑張ってくださって、本当にありがとうございますーっ!」 奥さんは高らかに喜びの声を上げた。 「もし全部見付からなかったら、朝になってもう一度探そうって思ってたんですけど‥‥良かった」 乃木亜が独り言のように呟いた。 「優しいな、ありがとう」 料理を準備していた卵屋の主人が、それを聞いて目を細めた。乃木亜が顔を赤らめいえいえいえ、とかぶりを振った。 「ああ‥‥おいしそうですね、ふふ‥‥」 うっとりと、珠輝が卵料理に見とれる。つやつや生卵にほかほか御飯、ふわふわの卵焼き、と質素ではあるが、素材が引き立つ料理。一日中走り回った開拓者たちは、お腹もぺこぺこだ。 「さぁ皆さん、好きなだけ召し上がれ」 主人の声を合図に、一同は卵料理に舌鼓。 「あぁ、一ヶ月ぶりの白いご飯と卵‥‥幸せ‥‥」 桜花はとろける卵と白御飯に、恍惚とした表情を浮かべている。 「村の人たちが褒めるだけあるな」 静真は目を閉じ、好物の卵焼きをじっくりと味わう。 「街の卵とはひと味違いますね」 縁も静真に同意した。オカァリ!と、ロウザの声が聞こえた。 台所では、道具を借りて幻斗が卵を混ぜていた。 「‥‥甘い具無し茶碗蒸しーっ?」 「みたいなものです。ぷりんって言う異国のお菓子で、この卵で作れば絶品ですよ!」 不思議そうな奥さんに、幻斗は得意気にそう解説した。 一方、一徹は食卓に、生卵ではない殻付きの卵を見つけた。 「ご主人、これはゆで卵かい?」 そう言いながら殻を剥くと、いきなり黄身が現れた。 「えっ、これ全部黄身なのか?」 「いや、中に白身が入ってるんだよ。『黄身返し卵』って言って、黄身と白身が入れ替わったゆで卵さ」 「すげぇ!作り方、教えてくれねぇか?!」 各々の腹と好奇心を満たしながら、夜は更けていくのであった。 |