|
■オープニング本文 ● 石鏡南方に位置するもふら牧場は、点在する泉に山からのきんと冷たい雪解け水が流れ込んでいるが春真っ盛りである。 『あったこうなったのう……おう、蝶々も嬉しげじゃの』 鼻先をひらひらと飛んでいく蝶を目で追いながら、淡い藤色の毛並みを陽光にきらきらさせた体長五尺の巨大なもふら様――磊々さま――は、のんびりと大あくびをした。 「そうですねえ……ここのとこ何事も無くて良かったです」 お世話係の瓜介は麦わら帽の下からほっこり笑う。 『……今のところ……表面的には、のう……』 瓜介をちらりと見遣った磊々さまは、ごくごく小さな声で呟いた。無論、お世話係には届いていない。 そんなところへ牧舎から牧童の一人が「おーい」とふたりを呼ぶ。 「……? なんだろう?」 瓜介が首を傾げていると、牧童が声を張り上げた。 「磊々さまにお客だよー」 『わらわに客とな?』 ● その客は五行との国境に近い場所にある小さな村から来たという。 「恐ろしいものを退治してくれる大きなもふら様がいると聞きまして……」 客はそう言って磊々さまを見つめる。 『ほほほ。わらわも有名になったものじゃのう。じゃが、わらわはアヤカシ退治なぞしておらぬぞえ』 気分よく笑った磊々さまを客は驚いたように見つめ返し、やがて悄然とうなだれた。 「……やっぱり、違うのですか……じゃあ、村を助けてくれるひとは誰も……」 『待て待て、はやまるでない。わらわはアヤカシ退治なぞできぬが、開拓者なら何とかしてくれるやもしれぬぞ。まずは何があったのか話してみやれ』 ※ ――それは奇妙な雪だった。 あたりの雪はすっかりとけ、黒い土からは草木の芽がのぞいているというのに、そこだけは灰色がかった雪が厚く残っているのだ。 直射日光が当たらないとはいえ、昼の陽気にも解ける様子はなく、かえって雪は膨らんでいるように見える。 それと並行して、あたりの植物が枯れ始めた。紫色に変色し、やがて黒くぼろぼろと崩れ落ちてゆく。よく見ると土もどす黒く変色していた。 その奇妙な雪に、小さな羽虫の群れがつくようになった。 羽虫に着かれた雪は徐々に小さくなっていくのだが、羽虫の数はどんどん増え、森の動物に襲い掛かるようになったのだという。 ※ 「……熊までもが虫の大群に喰われるようになって、とにかく何とかしようと飛んでいる羽虫に松明を投げてみたのですが、あんまり効果がなくて……それで、雪なら解けるかもしれないとやってみたのですが、まったくだめでした……」 そして、客はいく分蒼ざめた顔で、とうとう人が襲われ始めたのだと言った。 「お願いです! 何とかあの怪しいものを退治する方法を教えてください! このままでは、村が全滅してしまいます……!」 縋りつくような勢いで頭を下げた客を心配そうに見た瓜介は、磊々さまへと視線を転じる。 何事か考えていた様子の磊々さまは、金色の瞳をくるりと動かし、呟いた。 『……雪残りと灰雪蟲……』 「え……?」 『アヤカシじゃの。【雪残り】という雪に似た泥アヤカシの仲間じゃ。それらが植物の命を吸い、瘴気を膨らませたところへ【灰雪蟲】という小さな羽虫が大群で群がる……【雪残り】の瘴気を吸いつくし、やがて動物を襲いはじめるアヤカシじゃ』 羽虫のアヤカシ一匹一匹は何という事もないアヤカシだが、【雪残り】を吸収して膨れ上がった【灰雪蟲】は集団で襲い掛かり、客が言ったように多少、火への耐性を持つらしい。 『【雪残り】はまだあるのかえ? ……さようか……。小さな群れなら人の手でも何とかできようが、話しからすると無理そうじゃのう……。どれ。ちと開拓者ギルドへ行ってみるかえ』 「……! はいっ! お願いします!」 豊かな長い尾を振って立ち上がった磊々さまに、客は深々と頭を下げた。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
サエ サフラワーユ(ib9923)
15歳・女・陰
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
三郷 幸久(ic1442)
21歳・男・弓
ヘイゼル(ic1547)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 ● 今日もギルドは開拓者たちでごった返している。 「村人さん達もすごく不安だと思うから、正義の空賊としては放っておけないんだぞ。アヤカシを倒して安心させてあげるんだからなっ!」 愛用のゴーグルを煌めかせ、少女然とした風貌の天河ふしぎ(ia1037)が、元気よく言った。 柚乃(ia0638)が依頼の張り出された掲示板を見上げると、蒼い宝珠と小さな鈴の飾り紐が揺れて微かな澄んだ音をたてる――発信者はよく知っているもふらさまだが、依頼内容に表情が曇った。 (放っておけば、いずれ人にまで被害が及びますね。その前に撲滅し、脅威を取り除かないと……) 「せっかくこれから新緑の良い季節になるっていうのに、かなり嬉しくない連鎖だな……」 同じ依頼を見ていたらしい三郷幸久(ic1442)も、飄々とした声音に嘆息するような響きを滲ませ、ギルド職員に参加申請を出す。 細身少女の体には不釣り合いなほど長大な槍を手にしたヘイゼル(ic1547)は、淡々と結論を下した。 「つまり元を処分すればよろしいのでしょう」 ギルドを出た篠崎早矢(ic0072)は、九尺になんなんとする強弓を引っ提げ、黒髪をなびかせて颯爽と万商店に足を踏み入れた。 (……虫と雪スライムの大群相手ということで……) そして、彼女が手に取ったのは細かい目の網とハチミツだった――何やら作戦があるらしい。 ● 一旦、もふら牧場へと集まってきた開拓者たちを、磊々さま、瓜介と客が出迎えた。 「山間部に雪に擬態するアヤカシと蟲の大群が出たそうで……」 三笠三四郎(ia0163)が依頼主らしき村人と磊々さまを見つけて声を掛けてくる。痩身でどことなく学者を思わせるが、太い柄の槍を平然と手にしているところを見れば、れっきとした武人のようだ。 彼は穏やかに続ける。 「このまま放って置くと大変な事になりそうなので、ここで確実に退治したいと思います」 「どうか、宜しくお願いいたします!」 初めて開拓者と言われる人々を目にした客は、いくぶん興奮気味に言った。 「磊々さまー! お久しぶりです!」 遠目に巨大なもふらさまの姿を見つけたらしい柚乃は大きく手を振り、駆けてくると磊々さまに飛びついた。 『おお、柚乃殿! 久しいのう……お元気そうで何よりじゃ』 磊々さまは自身の豊かな襟毛に頬をうずめる柚乃に、目を細めて楽しげに笑う。 「へえ、随分立派というか貫録のあるもふらさまが居るな……どうぞよろしく」 三郷は磊々さまにそう言うと、ご利益ありそう、と手を合わせる。 『ほほほ。面白い御仁じゃの。よろしゅうのう』 そこへ。 「あ、あの、すみません! 私、陰陽師のサエですっ! あ、陰陽師っていってもダメダメでみんなの役に立てるのかなって……むしろ足を引っ張っちゃうんじゃないかって……」 (弱気になっちゃダメ! がんばれ私っ!) 「が、がんばって足手まといになりませんからっ! ……え? 篠崎先輩?」 ――と、ずらり揃った先輩開拓者たちの前でサエ サフラワーユ(ib9923)は自身を叱咤激励しつつ自己紹介すると、はたと既知の顔を見出して口を閉ざした。 ● 客の案内で国境の村へ向かう道中、彼らはまず探索の班分けを行った。 「一匹一匹は弱くても、囲まれたら危険ですから。無茶は禁物ですっ」 柚乃が確認するように言う。 「まずは村人さんからアヤカシを見た大体の場所を教えて貰い、その近辺から捜索の手を広げる感じかな?」 天河の言に、三笠が頷き提案する。 「出来れば被害の激しい所を包囲する様に展開してはどうでしょうか」 「あの、今思いついたんですけど……【雪残り】より先に蟲と会ったら。追い払うとか、ある程度傷つけたら【雪残り】の方に戻るかも……? ……あ、あの! すみません! なんとなく思っただけです!」 サエは注目を浴びて大焦りにばたばたと手を振る。 「サエ、それはいいアイデアだね!」 天河が明るく笑い、親指を立ててみせる。 「私も賛成。では……これを全身に塗って蟲をおびき寄せてみよう」 篠崎は頷き、そして、ずいとサエにハチミツを差し出した。 「え? このハチミツを使って蟲を呼び寄せるんですか? ……それで、体に塗る……んですか?」 サエの目がハチミツと篠崎を行ったり来たりし、束の間、考え込む。 (篠崎先輩がウソとか冗談でこんなこと言うワケないのに……私、疑ったりして……!) そして、見かねた仲間たちが静止する間もなく、サエは決然と顔を上げ、言った。 「わ、わかりましたっ! 私、やります! 役に立てるなら何でもしますからっ! ちょっと……てゆーか、すっごくはずかしいけど……がんばりますっ!」 そんな後輩へ頷きながらハチミツを手渡す篠崎。 「……まあ、俺も肉の塊を持ってきたから、それで様子を見てみるよ」 三郷は彼女たちの珍問答に苦笑しつつ、傍らの包みを軽く叩いてみせた。 開拓者たちはまず、村人にアヤカシを見た場所について尋ね、簡易地図を作り探索経路を決めた。 「新たな【雪残り】は確認されてませんか?」 柚乃が村人に訊くと、数人の男たちから「無いです」との返事。 「土の変色具合を見ながら鏡弦を使うよ」 「僕は『人魂』を周辺に飛ばして索敵してみるから……あと羽音とか凄そうな気もするね」 三郷が弓の弦を確認しながら言えば、天河が頷いた。 篠崎は持ってきた網を眺めぽつりと呟く。 「眼の細かい網で虫の群れ……蚊柱みたいになっているのだろうか……」 それをぎゅっと小さい範囲に押し固められないだろうか――そのために網を持ってきたのだが、これはやってみなければわからない。 (私、まだ経験が足りてないし、先輩方の言う事をしっかり聞いて動かなきゃ) ハチミツを塗りたくって甘い匂いを発しているサエは、べたつく手をぎゅっと握りしめる。 「…………」 彼女たちと同行するのはヘイゼルだが、気概があるのだか無いのだかわからないくらいの冷静さを保っている。 「行きましょうか。今回は範囲も広いですし、効率の良い探索を心掛けたいですが、山は気紛れですからね……充分警戒はします」 三笠が仲間に声を掛け、次いで柚乃に視線を転じると、彼女は杖を握り、行きましょうと頷いた。 ● ヘイゼルは愛用の槍を手に、淡々と歩く。前を行くのは網を手にした篠崎と、普通の虫を引き寄せてしまっているサエ――これでは【灰雪蟲】を引き寄せる前に普通の虫に難儀しそうである。 三郷は土を確認しながら、持ってきた肉の塊に目をやる――が、虫は寄って来るが、アヤカシではなさそうだ。 彼は弓の弦を弾いてアヤカシを探った。そして、微かにそれらしきものを捉える。 天河がそれを受けて『人魂』の小鳥を飛ばした。更に一羽―― 「……いた! 大群だよ! 三郷君、行こう!」 天河は言うや、木の根を飛び越え駆け出した。 一方、三笠はあたりの様子を細かく確認しながら山の中を進む。 そして、徐々に、黒く枯れた植物や無残な屍をさらす動物の死骸が目につき始めた。 柚乃は『瘴索結界「念」』を発動させる。そして。 「三笠さん……!」 近づいてくるアヤカシを捉え、注意を促した。 「せめて少しは見栄えもすればよいものを、です。……蠅ですか?」 その不気味な羽蟲の大群を前にして、ヘイゼルがぼそりと呟く。 耳障りな羽音はいつまでも耳に残るようだ。 三笠は剣気を叩きつけ、一群の動きを封じるとともに槍を回転させて薙ぎ払う。固まっていた【灰雪蟲】がばらりと崩れた。更に、『咆哮』を放って引きつけたところへ再び『回転切り』を見舞った。 大半が瘴気へ戻ったものの、【灰雪蟲】はゆっくりと広がってゆく。 柚乃が唄う――魂を無に還すと言われるその『曲』は名に違わずアヤカシたちを瘴気へと変換させた。 「さあ、お前達の求めるものは、こっちなんだからなっ!」 天河は一群を引き寄せるように駆け出していく――無論、それは仲間たちを巻き込まないためでもある。 そして、すらりと妖刀を抜き放つと、追って来た【灰雪蟲】に叩きつけるように『悲恋姫』を放った。呪いの悲鳴が響き渡り、群れに直撃した。蟲はまるで一つの塊のようにどさりと地に落ち紫の瘴気となって弾けた。 その恐ろしい攻撃から逃れた群れの一部はよろよろと方向転換し、森の奥へと逃げていく。 「天河さん、離れて!」 三郷は声を掛け、一時的に視力を上げて『バーストアロー』を放った。 矢は衝撃波とともに逃げ行く【灰雪蟲】の群れを貫く。 ばらばらと落ちていく蟲は地に着く前に瘴気となって散っていった。 篠崎は網を振りかざし、【灰雪蟲】捕縛を試みた――が、いかんせん群れが大きすぎる。だが、網の中には群れの一部が収まっており、網がもっと大きければ成功していたものと思われる。 「先輩!」 後ろからサエが叫び、篠崎へ覆いかぶさってくる蟲へ【呪縛符】を放つ。 幸い群れの動きを封じることに成功したが、束の間、群れは激しい羽音をさせて反撃にうつった。 「――っ!」 声にならない悲鳴をかろうじて飲み込んだヘイゼルは、激しい勢いで槍を薙ぎ払い、衝撃波で【灰雪蟲】を弾き飛ばした。そして、符の使用が間に合わず、ばたばたと手を振って蟲を払っているサエに助勢した。 「私の代わりだったと思えばこそです」 礼を言ったサエに、そう嘯くヘイゼルだった。 その隙に素早く身を翻した篠崎は長大な弓を引き、躊躇なく『バーストアロー』を撃ち放つ。 十人張と名のつく強弓から放たれた矢は、威力も半端ない。凄まじい衝撃波で蟲を巻き込み、大半を瘴気へと変じた。 「蟲が移動してるよ!」 天河が叫び、森の奥へと飛んでいく蟲の残党を追う。 開拓者たちは【灰雪蟲】を追って、森の中を駆けていく。 鬱蒼と茂る森は日の光を遮り、足元が崩れやすくなっている。 瘴気によって枯れかけた山肌にへばりつくようにして、それはいた。 直径五間はある灰色の雪の塊――それに、蟲が覆いかぶさるように群がっていく。 「……雪残り、行き残り、心残りなく無くなるもの。春ですから」 ヘイゼルは槍を構えて真言を呟く――と、精霊が現れ、真っ直ぐアヤカシの雪へと襲い掛かった。 衝撃に【雪残り】がぐにゃりと歪む。 憑りついていた蟲の一部が舞いあがったが、また戻る。 三郷と篠崎が『バーストアロー』を放ち、蟲もろとも瘴気に変えていく。 分裂して逃げようとする【雪残り】を三笠の槍がすかさず貫き、消滅させた。 柚乃が手をかざし、口中で呪文を唱える――鋭い氷の刃が飛び出し、灰色の雪に深々と突き立った。 瞬間、炸裂し、凄まじい冷気を発して【雪残り】を真っ二つに切り裂いていく。 「もう雪の季節は終わりなんだからなっ……春の訪れと村人さん達の安らぎの為に、消え去れっ!」 天河が叫び、すらりと霊剣を抜き放つ――漆黒の刀身が瑠璃色の光を帯びた。 のたうつアヤカシに瑠璃色の斬撃が走る。 耳には聞こえぬ断末魔の絶叫を放つかのように、アヤカシは大きく伸びあがり、一瞬の停止のあと瘴気となって滝のように崩れ落ちていった。 ● 開拓者たちはアヤカシが残っていないか、森を巡回した。 どうやらもう潜んでいるアヤカシはいないらしいと判断した彼らは村へと戻った。 「ところで、変色した土は放置して問題ないだろうか?」 徐々に自然に回復してくれるのが何よりだが、そこからまた何か沸いても困る――そう、三郷が懸念を口にする。 柚乃の瘴索結界や己の鏡弦で試してみたが反応せず、放置しても問題はないようだと判断した。 何度も何度も頭を下げ礼を言う村人に、穏やかに笑う開拓者たち――。 ハチミツを洗い流し、こざっぱりと着替えたサエもまた深々とした一礼とともに礼を言われ、面映ゆそうに笑った。 (こんな私だけど、それでもやれることをがんばって誰かが幸せになれたり、喜んでもらえるなら嬉しい♪) 村人に見送られ、開拓者たちは神楽へ戻る者、もふら牧場へ赴く者とに分かれたようだ。 「お疲れ様でした」 冷静さを張り付けたようなヘイゼルの表情は、だが、その声には色濃い疲労が窺える。 心配する仲間に、大丈夫だと応える表情は冷静で、意地でも変えじとしたいようだが――その意地には、特に意味はないらしい。 依頼帰りに訪ねてくれた開拓者たちを磊々さまは歓迎した。 『おお、無事討伐してくりゃったかえ。さすがじゃのう。かたじけない』 磊々さまが目を細める。 「久しぶりですから、ゆっくりお話できればとっ」 柚乃が言えば、磊々さまは喜んで彼らを部屋へ招き入れた。 「お帰りなさい、皆さん。今お茶の用意をしますから」 瓜介が笑って台所へと入っていく。 三郷が【雪残り】によって変色した土のことを訊くと、磊々さまは束の間、思い出すかのように半眼を閉じ、言った。 『討伐のあとにアヤカシが沸くという話は聞かなんだがのう……。瘴気は自然薄れていくと思うゆえ、そう心配なさることはあるまいが……今は状況が状況ゆえ、確証はないのう……』 「そうですか……では必要であれば浄化の術を持つ人の手配を頼みます」 三郷の言葉に、磊々さまは『心に留めておこう』と頷いた。 そして、しばし彼らは歓談を楽しみ、多少の疲れを癒すと神楽へと戻って行ったのだった。 |