傲赫
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/23 14:25



■開拓者活動絵巻
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■オープニング本文


「お婆ちゃん、ヒカゲカズラとヤブガラシが無くなっちゃったから採ってくるね……ええと、これは白猪の主様のお山じゃないんだっけ……」
 斗季は祖母に言いながら、薬草帳をめくる。この薬草帳は祖母が長年に渡り歩き回った集大成であり、今は斗季が譲り受けて随時編集をおこなっている。いわばこの薬屋の虎の巻だ。
「ああ、それは銀剱山じゃ」
「ぎんけんやま……」
「……ふむ、あのお山は……」
 老婆は呟き、奥の部屋へ入るとしばらくして古ぼけた首飾りを持ってきた。
「これを身に着けておおき……今も役立つかはわからんがの。それと、あのお山は足場が悪い。草鞋の替えも持ってお行き」
「はい」
 斗季は頷きながら渡された首飾りをかけた。紐に通されているのは黄ばんだ角……否、何かの牙のように見える。
「お婆ちゃん、これ、牙?」
「そうじゃ。……ふふっ。儂も若かったということじゃの」
「……?」
 老婆は何を思い出したのか、可笑しそうに笑うと孫娘を送り出したのだった。



 銀剱山は巨岩の多い山だった。道らしい道はなく、ここはあまり人が踏み込むことのない山なのだろうと思われる。
 山の麓に寂れた小さな祠がぽつんと立っていた。
 斗季はそこで入山する許しを請い、山の中へ足を踏み入れた。
 薬草帳から書き写してきた山の地図を見ながら、また、帰り道の目印に赤い紐を木の枝に結びながら登って行く。
「ワンコ、離れないで。迷子になっちゃうよ」
 斗季は子犬に声を掛けながら、じっくりと山に生えている植物を観察する。木々の間から日光が降り注ぐ場所に木苺の白い花が見える。
 蔓草や巨岩に進路を阻まれながら、薬草が生えているであろう場所にたどり着いた。
「……あった!」
 葉の形をよくよく確認して、根を切らないよう丁寧に抜く。ヒカゲカズラもヤブガラシも若いものはそのままに、よく成長したものだけを慎重に選ぶ。
 ウゥ〜
 ワンコが唸り声を上げたのと、ふっと日が陰ったのとが同時だった。
「え?!」
 はっとして顔を上げたとき、木々の上を巨大な赤い影が過っていったのが見えた。
(……なに、いまの……?)
 鳥にしては大きすぎる。
 斗季はもっとよく見える場所を探して移動した。
 眩しい陽光に目が眩む――そして、彼女は旋回する巨大な赤い鳥を見た。
「……なに、あれ……」
 呟いて一歩踏み出そうとしたとき、横合いから灰色の塊が斗季を森の中へ突き飛ばした。
 小さく悲鳴をあげて転がった斗季を庇うようにワンコが抗議する。
『喚くなちび。アレの前に迂闊に出るでない!』
 重々しい声がそれから発せられた。
 斗季の前に居たのは傷だらけの巨大な狼だった。
「……あなたは……この山の主様?」
 そのあまりの大きさに呆然としたように呟く。
 巨狼はそれには応えず、しばらく斗季を見つめていたが、やがてふいと向きを変えた。
『……使いをやったが、入れ違うたか……。去ね。草は採ったろう』
「……あの……ありがとうございました。でも、ちょっと待って。すぐ済むから!」
 先程から鮮血が流れている巨狼の後ろ足が気になって仕方なかった斗季は手早く行李から止血と殺菌、鎮静効果のある練薬を取り出し、清潔な布にたっぷりと塗る。そして傷を水筒の水で洗い流すと、体毛が白銀に輝いた。
『触るな!』
「じっとしてて!」
 牙を剥いて唸り声をあげた巨狼に怒鳴り返し、しがみついて抑え込む。
 巨狼は仕方なさそうに動きを止めた。斗季は黙々と治療をし、包帯を巻きつけた。
「よし、できたわ! 血が止まったらここを噛み千切って取ればいいから」
 そう言って包帯の結び目を指した斗季に、巨狼はいくぶん呆れたような声をあげた。
『……まったく……血筋というものは争えぬらしい……』
「え……?」
『……そなた、滝ゑの縁者であろう』
「滝ゑはお婆ちゃんの名前よ? ……どうしてあなたが……あ!」
 斗季はそこまで言って、首に掛かっている『牙』をつまんだ。
『我と身体を張って喧嘩をした人間はあやつしかおらん』
「……けんか……?」
 巨狼が笑い含みに言う。
 行きがけに祖母は何と言ったか――
(おば……お婆ちゃん、一体この狼とどんな喧嘩したのよーっ?!)
『まあ、よい。手当てはありがたく受けておく……とにかく、早う去ね。あれが消えるまではここへ来てはならん』
 巨狼はふいに厳しい声音で告げる。その目が深い憂いとともに上空へ向けられた。
 鴉の群れがアヤカシ鳥へ向かって襲い掛かる。途端、アヤカシから光線が放たれ、ばらばらと落ちていく。その恐ろしい攻撃から免れた一群が果敢に迫る。だが突如として巻き起こった渦が、まるで風の刃のようになって群れを巻き込んだ。
 斗季は蒼白になって息を呑んだ。
 間一髪で逃れたのはほんの数羽――そして斬撃に翼を傷つけられた鷹が斗季と巨狼の傍へ落ちてきた。
「……っ! 待って、殺さないで!」
 ゆっくりとそれへ歩み寄る巨狼を呼び止め、斗季は鷹の元へ駆け寄る。
 威嚇してばたつく鷹に声をかけながら、傷の様子を診た。
「お願い、じっとして。……大丈夫。これなら薬ですぐ治るわ。……ああ、もう。主様、この子にすこし大人しくするように言って!」
 斗季が言うと、巨狼はじっと鷹を見た。途端、鷹はしぶしぶといった態で大人しくなる。
 この鷹だけではない、まだ助けられる鳥も動物もこの森に散らばっているはずだ。
 だが――
 手早く鷹の手当てを終え、斗季は決然として顔をあげた。
「あのね、主様。あのアヤカシ、開拓者に頼んだほうがいいと思うんです」
『開拓者?』
 斗季はこれまでのことをかいつまんで話す。
 この巨狼の耳にも白猪のことは届いていたようだった。
 しばらく考えていたような巨狼だったが、森の者の多くが傷つき、あれに対抗できる鳥獣はほとんどない。かといってアヤカシの進出を許してしまえば森そのものが穢されてしまう。
 それは山のケモノにとっても、人間にとっても何一つ益とはならないのだ。
『……わかった。そなたを信じよう』
「……! ありがとうございます!」
 巨狼の言葉に斗季は深々と頭を下げた。
 かれは山の麓にある村人も数人アヤカシに襲われたと言った。ならば開拓者を頼むことも協力してもらえるだろう。
「開拓者ギルドへ行ったら、その村にも行ってみます……なるべく山の皆も手当てしたいんだけど……」
 鳥たちが落ちていった方を見ながらそう言った斗季に、巨狼は『手当ては無用』と応えた。
 その厳しさに胸を詰まらせた彼女だったが、山には山の決まりごとがあると思い出す。それは人間が立ち入るべきものではないのだ。
「……じゃあ、せめてこの子だけは羽が治るまで預からせてください」
 斗季の嘆願に、しばらく無言だった巨狼はやがて溜息と共に承諾してくれた。
 斗季はアヤカシについて事細かに聞くと急ぎ山を下りたのだった。


■参加者一覧
一心(ia8409
20歳・男・弓
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
テト・シュタイナー(ib7902
18歳・女・泰
秋葉 輝郷(ib9674
20歳・男・志
葵 左門(ib9682
24歳・男・泰
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文


 斗季は銀剱山麓の村で、龍に乗って舞い降りてくる開拓者たちを迎えた。
 武装した巨大な龍が居並ぶ様子は壮観である。同じ駿龍でも個性があり、種が違えば様相がまた異なる。村の子供などは好奇心に目を輝かせて戸口から覗いていた。
「通りすがりに手負いの主に会うのは何度目だ……? 兎も角、怪我がなくて良かったとは思うが」
 炎龍・小戸から降り、呆れながらそう言ったのは秋葉輝郷(ib9674)である。
「はい……」
 言われてみれば全くその通りなのだが、斗季自身もこればかりは答えようがない。
「薬屋の娘はどうにも主に縁あるようだなぁ。山森に近しければ頷けもする……それでも人が住む場所とは異なるもの。せいぜい境界踏み越えすぎんようにはすることだ」
 くつくつ笑いながら鋭いことを言ったのは葵左門(ib9682)。
 斗季は、はっとしたように頷く。それは常々祖母に言われているが、忘れてしまいそうになることもしばしばだ――肝に銘じなければ、と改めて思う。
「普通であれば、会話する事すらままならないでしょうに。どのようないきさつがあるのかは知りませんが、依頼人殿は変わった縁をお持ちのようだ」
 穏やかに声を掛けてきた一心(ia8409)に、斗季は慌てて首を振る。
「いえ、私の縁というより、お婆ちゃんの縁です」
 ケイウス=アルカーム(ib7387)は、仲間たちの声を聴きながら山の上をじっと見つめていた。
(鳥が全然飛んでいない……アヤカシを警戒してるのか、怪我をして飛べないのか……)
「……迷惑なアヤカシには退場してもらわないと、ね」
 誰に言うともなく呟いた声に、駿龍・ヴァーユが金色の鋭い目を主に向ける。左側の角には手作りのお守りの紐が結ばれ、外套のような『風切りの羽飾』の白と鱗の淡い空色が【風】を連想させる。その足には『疾風の脚絆』が装着されていた。

 村の長から状況を聞いてきたらしい羽喰琥珀(ib3263)が戻ってくる。怪我を負った村人は山に入っている時に襲われたもので、村への襲撃はなかったようだ。
 開拓者たちは狼煙銃で連絡をとることにし、三班に分かれて討伐することになった。
 アヤカシの咆哮対策に耳栓をした琥珀と一心が、いくつか合図を取り決める。
「凶光鳥であればそのままにはできませんね。速い相手です。……珂珀も気合が入るでしょう。では、まいりましょうか」
 一心の言葉に駿龍・珂珀は琥珀の瞳を輝かせ、早く飛ぼうと『御速靴』の足を軽く踏み鳴らす。その動きに合わせて『風切りの羽飾』が柔らかく揺れた。
「よし。行くぞ、菫青」
 琥珀もまた相棒に飛び乗る。その名の如く、美しい色合いの龍はまだ若い。『獣の皮鎧』と、足には『爪鉄鋼』――主と共に最接近で戦うための兵装である。
「いいねぇ、いっちょ派手にいこうか!」
 テト・シュタイナー(ib7902)は景気よく言って駿龍・ベンヌに跨った。龍の巨体を覆えるほどの『大猪の毛皮』に、足には鋭い棘『棘蹄鉄』が装着されている。
 宮坂玄人(ib9942)は駿龍・義助の首筋を軽く叩いた。
「義助、久しぶりの戦闘だ。油断せずにいくぞ」
 主に応えて低く喉を鳴らした龍は、銀の目を瞬く。鴬色に桜が散る『獣羽織』が紅い鱗に映えて美しい。『爪骨』が爪を補助している。
 輝郷が小戸の上から斗季に声を掛けた。
「……主に目通りできるかは確約出来ぬが、もし出来たらば何か伝える事はあるか? ……ああ、これも討伐後の話にはなるが、久方ぶりにお婆殿にもご挨拶申し上げたい。大丈夫だろうか?」
「主様には何も……でも、お婆ちゃんに会っていただけるなら、喜ぶと思います」
 斗季がそう言うと彼は頷き、龍に合図した――羽根飾りのついた黄金の『神爪』が地を蹴り、羽音とともに舞い上がる。金と銀に塗り分けられた前掛に重ねた『飯綱前掛』の刺繍が陽光に煌めいた。



 琥龍蒼羅(ib0214)は、駿龍・陽淵の背からアヤカシを探しながら思案する。
(……敵の遠距離攻撃の範囲は恐らく正面のみ……的を絞らせぬよう、直線的な軌道は避けなければ)
 そこは高い機動性を誇る陽淵の能力に頼るしかない――透き通る藍色の体躯に黒曜石を鱗のようにつなげた『黒鱗の鎧』を纏う陽淵は、小柄な割に長大な翼を持っていた。それゆえに小回りが利く。
 輝郷は緑深い山を見下ろしながら心中呟いた。
(アヤカシも清浄なる地を好むのだろうか? しかし弱き者を蹂躙せんとするならば阻止せねばならぬ。山主の牙が届かぬならば、この一矢を以て止めてみせよう……)
 一方、左門も山を見つめ、くつりと哂った。
(天儀も泰も、山は変わらんものだ。その掟もヌシも……。瘴気は地を穢し、主を喰らう。何もかも膿み腐されれば黙っていても更なる瘴気が這いずり出でる……ハハハッ、まったく上手くできているものだ。熟しすぎる前に刈り取るとするかねぇ)
 駿龍・饕餮の、左門を振り落すかのような動きにも動じることなく、彼は鐙を上手く使って均衡を取る。怪物の名をつけられたこの龍は闇のような黒い鱗と深紅の目、曲がりくねった角を持ち、首に『念数珠』、『骨牙』といった装備で異様な雰囲気を放っていた。
 息を潜めているかのように山は静まり返っている。
 龍を駆る開拓者たちを、巨狼はどこかで見ているのだろう。

 ――そして、山の向こうから三体の巨大な鳥影が現れ、開拓者たちは三方に展開していった。

「来た! 一心、牽制よろしくー」
 琥珀が一心に声を掛ける。
 一心は、『カザークショット』を発動させ、『雷上動』の弦を引き絞る――矢はその名の通り、雷のようにアヤカシに襲い掛かった。凶光鳥は幾枚かの羽根を散らしながらバタつき、凄まじい咆哮をあげた。
 接近戦を挑む琥珀が耳栓を用意したのも頷ける。
「んじゃ、全力全速でかっ飛ばせ、菫青!」
 琥珀が相棒に元気よく声を掛ける。菫青は大きく羽ばたき、『高速飛行』で凶鳥鳥へ迫った。

 テトは自分たちに一番近い凶光鳥にロングマスケットの照準を合わせた――無論、怪光線の射程外からである。
「そーら、離れてると狙撃しちまうぞ!」
 空気を震わすような発砲音とともに、弾丸が凶光鳥を掠めた。攻撃に怒りの声を発したアヤカシが猛然とこちらへ向かって来る。
「よし、気は引けたな。このまま引き付けて囲むか」 
 そして彼女はロングマスケットから魔槍砲へと持ち替え、仲間を振り返る。玄人と左門が了解を伝えてきた。


 凶光鳥を取り囲むように移動しつつ、ケイウスはまず『重力の爆音』の射程に入ったと同時に『詩聖の竪琴』を掻き鳴らし、それを叩きつけた。
 脳髄を直撃する音の攻撃に、凶光鳥は喚き、羽ばたきながら頭を振る。ともすれば駿龍を上回るほどの高い回避能力を保有するとはいえ、脳をやられては動きがとれぬだろう。
「さぁ、ガンガンいくよ!」
 次いで、ケイウスは『ファナティック・ファンファーレ』を輝郷と蒼羅へ付与していった。
 輝郷は即座に『八幡』を構え、矢を放つ。空を切って飛ぶ矢弾に蔓の幻影が見え、それは凶光鳥の首筋の羽毛を散らした。
 怒りの咆哮を上げた凶光鳥が凄まじい勢いで輝郷目がけて速攻をかける。
 それを待ち受けるかのように、輝郷は赤い炎に包まれた『八幡』をぎりぎりと引き絞った。
 側面へ回り込んでいたケイウスが『重力の爆音』を叩き込む。次いで、矢を番えている輝郷へ『共鳴の力場』を付与した。
 再びの衝撃に減速した凶光鳥は、怒りの声を発しながら中空で苦悶する。そこへ過たず、輝郷の放った矢が片目を射抜いた。
 耳をつんざくほどの絶叫を放った凶光鳥は、羽毛を逆立て怒りにまかせて怪光線を放った。
 ケイウスを乗せたヴァーユは『駿龍の翼』でなんとか回避したが、一瞬遅れた小戸と輝郷を光線が掠めていく。
「……っ!」
 肌を切り裂くような鋭い痛みに小戸は短い唸り声をあげた。輝郷もまた歯を食いしばり耐えながら、相棒の首筋を叩いてやる。もとより、獰猛な性格の炎龍だ。この程度で音を上げるはずもない。
 凶光鳥が怪光線を放った直後、蒼羅は陽淵に声をかけた。
「陽淵、急襲形態……仕掛けるぞ」
 了解した陽淵の翼が大きくはためくや否や『急襲』で一気に距離を詰め、さらに『龍先』を発動させると凶光鳥に肉迫した。
 側面からの奇襲に仰天したらしいアヤカシは、咄嗟に鉤爪で陽淵に襲い掛かる――だが、それを待っていた蒼羅は『深雪』で擦り抜け、長大な刀が巨大な翼の半分を切り飛ばす。
「……斬竜刀の名は、伊達ではない……」
 間髪入れず、呟きとともに『秋水』を発動させた蒼羅は、神業のような刀捌きで『天墜』を振るうと凶光鳥の翼の根元を一刀両断した。
 けたたましい絶叫あげ、ばたつきながら高度を落とす凶光鳥を掬い上げるかのように小戸の『爪』が襲い掛かる。
 輝郷は矢を番え、『紅蓮紅葉』で至近距離からアヤカシの頭部を撃ち抜いた。
 夕日のような光が、絶叫する凶光鳥の目を眩ませた瞬間、それは紫の瘴気となって霧散した。
 蒼羅は討伐完了の合図に狼煙銃を撃ち上げた。


「さあて、饕餮。怪鳥怪物とお仲間が見えるようだなぁ。クク……ッ、ともに瘴気を喰らうとするかねぇ。……羽を潰して地に落とせば始末を付けるにも面倒だからなぁ。顔面を叩き潰してやれば狙いも付けられんようになるかね」
 左門の呟きに、饕餮は紅い目を妖しく輝かせ、鳥のような甲高い声で応える。
 猛速で迫る凶光鳥との距離を測り、絶妙な間合いで散開したテト、左門、玄人ら――今しも怪光線を浴びせんとしていたアヤカシはすぐさま急旋回して一番手近な左門へ急襲をかけた。
 玄人は『紅蓮紅葉』を発動させ、『流星墜』の弦を絞る。矢が放たれた瞬間、中空に紅葉のような燐光が舞い散り、アヤカシの羽根が数枚飛び散った。
 ぎゃあぎゃあと耳障りな声で喚きながら、凶光鳥の怒りは玄人へと向いた。その瞬間、『高速飛行』で間合いを詰めた饕餮の背から、左門が『百虎箭疾歩』の一撃を繰り出す。
 だが、その瞬速の攻撃を凶光鳥は間一髪で回避し、大きく翼を広げた。その瞬間、饕餮は火炎を吹き出し、離脱した。
 アヤカシの先を回り込むよう、また敵の上方に位置をとったテトは、高速移動で接近する左門の攻撃から追撃を加えるべく魔槍砲を構え、ベンヌに急襲を命じる。
 饕餮の高速飛行を間一髪で躱した凶光鳥の回避能力には瞠目するが、上からの攻撃には反応が遅れたか、ベンヌの『棘蹄鉄』がアヤカシの胴部を深く抉った。
「やっぱ、空戦ってのは上から攻めてなんぼだな。見下ろす方が楽な上に、上から下へ攻撃する方が勢いが乗るときたもんだ……っと、こっちに来やがったか。ベンヌ、お前は位置取りと回避に専念しろ!」
 大きく旋回するべンヌの上で彼女は舌打ちし、相棒へ命じる。
 羽毛を逆立て、カッと口を開く凶光鳥――龍たちは反射的にその直線上から回避した――まっすぐに放たれた光線が空を切って走る。
「……さすがに速いな……」
 玄人は矢を番えながら呟き、紅い炎を纏った弓を引き絞った。
 凶光鳥がベンヌに向かって速攻をかけ、背面を向けた瞬間、流星のように飛んだ矢が深々とアヤカシの胴へ突き立つ。
 凶光鳥は凄まじい咆哮を放ち、大きく旋回して猛然と玄人に向かってきた。背後と上空からそれを追うテト、左門の気配に気付いたか、急降下で二人を回避するや否や大きく羽ばたき真空刃の渦を巻き起こす。
 ベンネと饕餮はほぼ同時に旋回し、真空刃の攻撃を躱した。
「義助、くるぞ……!」
 矢を番えたままの玄人の言葉に、龍は力強く応えた。
 『高速飛行』で迫った饕餮が、凶光鳥の側面から『龍の牙』で襲い掛かり、その嘴を粉砕する。そして左門は『破軍』をのせた『百虎箭疾歩』で脳天を突いた。
「今突っ込まねーで、何時突っ込むんだってな!」 
 テトは左門と饕餮が離れた直後、ベンヌに凶光鳥を抑えさせ、『泰練気法』を発動と同時に魔槍砲を二連射した。
「おらよ、ブッ散りやがれ!!」
 巨鳥の胴を砲弾が貫き、断末魔の絶叫が怪鳥から放たれる――巨大な瘴気の塊と化したアヤカシが風に散っていった。
 玄人が狼煙銃を撃ち放ったとほぼ同時、仲間の合図が聞こえた。


 耳をつんざくような凶光鳥の咆哮が響き渡る。それへ接近する琥珀の援護のため、一心はアヤカシの注意を引きながら移動しつつ矢を放った。
 一心と珂珀に速攻を仕掛けてくる凶光鳥は、翻弄するように移動する彼らに怪光線を放った――だが、珂珀は旋回してその軌道から外れる。
 凶光鳥の意識が一心に向いている間に一気に間合いを詰めた菫青と琥珀は、目前で『スカイダイブ』を発動、急上昇から一転、急降下で攻撃を仕掛けた。
「垂直下降居合斬り、なんつってな♪」
 凶光鳥は急降下してくる龍に気付き、身を翻す。だが、速度に乗り威力を増した琥珀の殲刀が朱色の軌跡とともに走り抜け、翼の三分の一を切り飛ばした。
 絶叫を放ち、大きく羽ばたいた凶光鳥は真空刃の渦を巻き起こす。
 菫青は咄嗟に『駿風翼』で回避するが、抜ける瞬間、見えない刃が彼らを切り裂いていった。
 片翼の三分の一を失ってもなお、鋭く急襲に転じる凶光鳥の攻撃を菫青は素早く回避し、その流れに乗せて琥珀の殲刀が円を描くように走った。その瞬間、凶光鳥の片足が切り離され、宙で霧散する。
 怒りに狂乱したアヤカシが再び真空刃の渦を起こそうと翼を広げたとき、背後から珂珀の牙が胴に食い込む。一心はすかさず『即射』で至近距離から立て続けに矢を撃ちこんだ。
 珂珀が凶光鳥を蹴り飛ばすように離脱し、一心が『苦心石灰』を発動させたのと、墜落する凶光鳥から死力の怪光線が放たれたのが同時だった。
「……っ!」
 怪光線が一心に直撃した瞬間、彼を取り囲むように灰色の空間が広がった。珂珀は『ラッシュフライト』を発動させ、回避をはかる。
 その間隙を縫い、再び菫青は急上昇から急降下で凶光鳥へ襲いかかる。
 地に落とす前に確実に仕留める――琥珀は菫青の猛速の中で精神を集中させ、『紅椿』を発動させた。
 殲刀は狙い定めた凶光鳥の頭部に深く突き込まれ、瞬時に捻り抜かれる。
 すべての動きが宙で止まったかのように見えた――巨鳥は巨大な瘴気と化し、一気に崩れ散っていった。
 矢を番えていた一心が、ゆっくりと弓を降ろす。
 視線を転じると駆け付けた仲間の姿が見えた。
 琥珀はにやりと笑って、討伐完了の狼煙銃を打ち上げた。

 ウォルルルルーン……

 緑深い山のどこかから、空気を震わすような、力強い狼の遠吠えが開拓者たちの耳に届く。
 姿は見えずともこれが銀剱山の主・巨狼であることは明らかだった。



 斗季は戻ってきた開拓者たちが傷だらけなのを見てさすがに仰天する。手持ちの薬草で傷の深い輝郷と琥珀の応急治療だけはしたが、他の者も大なり小なり傷を作っていた。
 少し距離があるが家まで来てもらった方がいいだろう。薬湯などで多少は元気が戻るはずだ……彼女の提案に開拓者たちは頷く。
 銀剱山麓の村人たちは大喜びで、開拓者たちに何度も礼を言った。アヤカシに襲われ怪我を負った者達も、心底ほっとしたような笑顔を見せた。
 ケイウスは仲間たちの怪我を気にかけつつ、ふと山を見上げる。
 未だ鳥の姿もないが……
(……鳥たちも、また自由に飛べるようになるといいな)
 ヴァーユが気遣うように喉を鳴らす。
 ケイウスは笑うと、労わるように相棒の首を撫でた。
「ヴァーユも、お疲れさま」

 伊堂の薬屋婆は、なだれ込んできた多数の怪我人(開拓者たち)に驚くこともなく、迎え入れた。
 斗季は薬湯や軟膏など、治療道具の準備に忙しく動き回る。さすがに龍の手当てまでは門外なので、これはもう開拓者たちに任せるしかないが、ただ、深い傷を負った龍には、その主に殺菌と止血作用のある薬草を手渡した。斗季が手当てすることを龍が承認しないだろうから。
「お婆殿も御息災で何よりだ」
 手当てを受けながらそう言った輝郷に、薬屋婆は皺深い顔に笑みを浮かべ、礼を返す。
 主に会うことはできなかったと彼が言うと、薬屋婆は笑った。
「ほほ。銀狼殿は滅多な事では出て来ぬ方じゃ。斗季と会おうたは、それほどにお山が危うかったということじゃろうて……銀狼殿に代わり、この婆も御礼申し上げますぞ」
「あ、いや……」
 深々と頭を下げる老婆に、輝郷は慌てたように手をあげる。
 山の主もそれぞれに個性があるようだ。
 部屋の中に取り付けられた枝に包帯を巻かれた鷹が留まり、薬屋婆の後ろから開拓者たちを警戒するように見つめていた。
 琥珀が興味深そうに近づくと、鷹は目を爛々とさせて威嚇の声をあげる。
「その子もね、もう少ししたら飛べるようになると思う。そしたらお山へ帰れるわ。……はい、薬湯。ちょっと苦いけど我慢してね」
 斗季は鷹と琥珀を見て笑うと、一人一人に薬湯の茶碗を渡していく。
 テト、ケイウス、琥珀はその不気味な色合いの液体を眺め、意を決したように口に含むや、珍妙な表情をした。
「美味しくないけど、体のためと思って全部飲んでね」
 斗季はどこか面白がるように言う。
 恐ろしいアヤカシと対峙している方がまだマシ――と思ったかどうかは分からなかったが――。

 束の間の休憩のあと、開拓者たちは龍とともに神楽の都へと戻って行ったのだった。