|
■オープニング本文 ● 大アヤカシ斃れる――そんな噂が街道を行く旅の絵師の耳にも入ってきた。 とはいえ、いまだ大戦の余波は残っており、アヤカシの襲撃はそこかしこで発生していたのである。 両脇を山林に挟まれた街道を、旅の絵師と修羅の子供の二人連れが歩いていた。 そろそろ国境――石鏡を出る頃だ。 「おじちゃん、大アヤカシって強いの?」 緋獅が問う。 「そうだね……強いといえば強いけれど、単純に腕力が強いというのとは違うね」 「……ふうん……?」 絵師の応えに子供は首を傾げる。 大アヤカシともなれば、永きを生き、知力、妖力ともに強大であろう。そういったモノを相手に、力技だけで対抗できようはずもなく、此度の合戦も大勢の開拓者らが知力死力を尽くして勝ち取ったものと思われる。 ――ふと、絵師が立ち止まった。 「……?」 「緋獅、ここにいなさい」 不思議そうに見上げてくる緋獅に言い置いて、絵師は森の中へ足を踏み入れた。 下生えの中、倒れ伏せている人を見つけ、駆け寄る。 「――! もし! 大丈夫ですか!?」 抱え起こすと、まだ少年らしき相貌が仰向けになった。 衣服は泥だらけで、あちこちに擦り傷や切傷がある。荷物など見当たらないところを見ると、どこかから逃げ出してきたのか……。 頬を軽く叩かれ薄目を開けた少年は、掠れた声で水が欲しいと言った。 「あり、がと、う……」 絵師が竹水筒の水を飲ませてやると、少し正気付いたらしい。 「そうだ、応援を呼んでこないと、カマキリの化物が……! ……ぃっつ!」 慌てたように身を起こして、走った痛みに背を丸める。 「……応援?」 怪訝そうに首を傾げた絵師に、少年は呼吸を整えながら簡単に説明した。 この先に小さな村があるが、そこに巨大な蟷螂の群れが襲いかかったのだという。 まるで鎧をつけたように頑丈な装甲は、鉄の農具で叩いたところでびくともしない。巨大な両の鎌は鋭く、凄まじい速さで襲い掛かってくるのだ。また、その鎌には毒があるのか、少しでも斬りつけられると赤黒く腫れ上がる。 そうして村人がアヤカシに立ち向かっている折も折、開拓者たちが討伐に来てくれたのだが、アヤカシの数が多い上に村人が避難する経路が塞がれており、彼らはアヤカシ討伐と村人の保護で二手に分かれねばならず苦戦しているのだと。 村人は二十数名、彼らを護る開拓者は三人。そして多数のアヤカシと対峙しているのは六名ほど。 状況は開拓者らに厳しく、戦力が一人でも欠ければ仲間に大きな負荷がかかる。 ほど近い場所に飛空船があるのに、と……。 そこで少年が応援を呼びに行くことを立候補したのだった。 何とか村を出たまではよかったが、蟷螂に見つかり死にもの狂いで逃げ回っているうちに転んでそのまま気を失ってしまったのだと思われる。 「何人かは……あのカマキリの化物にやられて……。毒のせいで死にかけた人は、開拓者が治してくれて、なんとか……」 恐ろしい光景を思い出したものか、少年はぶるっと身を振るわせた。 話を聞き、少し考えこんだ絵師は言った。 「……なるほど……。では私が代わりに行って来よう。その間、あの子と一緒にいてやってくれないか」 「ほんと、おじさん!? ……あの赤い髪の子? わかった。おじさんが帰って来るまであそこで待ってるよ」 少年は疲れた顔にほっとした色を浮かべて頷いた。 森を抜けた台地に彼らの飛空船があり、開拓者たちの帰りを待っているという。 そこへ状況を連絡できれば、乗組員の誰かが開拓者ギルドへ繋いでくれるはずだと、村人を保護している開拓者は言ったそうだ。 絵師は早駆し、開拓者たちが乗ってきたらしい中型飛空船を見つけた。 ほどなく、彼の接近に気づいたのか飛空船から男が顔を覗かせた。 「あんたは?」 尋ねた男へ絵師は言った。 「旅の絵描きです。開拓者ギルドへ、至急に応援をお願いしたいのですが」 「応援……? まさか、苦戦してるのか?!」 飛空船の乗組員は血相を変えて声を張り上げた。 「そのようです。アヤカシの数が多く、手が足りません。村の少年がこちらに来る予定でしたが、私が代わりに」 「わ、わかった。アヤカシについて詳しく教えてくれ!」 絵師は少年から聞いた様子を細かく伝える。 ほどなく、飛空船から一騎の滑空艇が飛び出して行った。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
喜屋武(ia2651)
21歳・男・サ
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
朱宇子(ib9060)
18歳・女・巫
葵 左門(ib9682)
24歳・男・泰
桜森 煉次(ic0044)
23歳・男・志
麗空(ic0129)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「大変! 早くアヤカシをやっつけなきゃ!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は張り出された依頼書を見て声をあげた。 「同じ開拓者の仲間が苦戦しているのを、黙って見過ごすわけにはいきません。すぐに参ります!」 そう言って、朱宇子(ib9060)も参加手続きを取り、準備に入った。 絵師は、到着した開拓者たちに軽く一礼する。 「よう」 軽く手をあげたのは桜森煉次(ic0044)。 葵左門(ib9682)は絵師を見て、くつりと喉の奥で嗤った。 (人の悪意でも嗅ぎ付ければと思ったが、辿り着いたのはお人好しだったとはなぁ……) 「俺もあんたも、つくづく縁があると見える」 「……そのようですね」 微笑した絵師に、葵は片頬で笑う。 「まぁいいさ。アヤカシも狩る側から狩られる側にも成り得ることを教えに行くとでもするかねぇ」 「ん〜? あれ〜? ちっさい子は〜?」 後ろからぴょこぴょこと駆けて来た麗空(ic0129)が、絵師の周りを見回して尋ねる。 「麗空さんも来てくれたのですね……緋獅は向こうの街道で村の少年と居りますよ。後で会ってやって下さい」 絵師が言うと、麗空は『うん』と応えた。 ● 「娘が、うち(小隊)の若いのと夫婦になるとか言い出してな……」 村へ向かう道すがら、黎乃壬弥(ia3249)がどこか上の空で呟くのへ、喜屋武(ia2651)は生真面目に一度頷いてみせる。 木々を縫って村が見える場所まで来たときだった。 「おっと……!」 巨大なアヤカシに対峙する開拓者たちの姿が見え、彼らは速度をあげて走っていく。 「先ずは消耗した開拓者を下げるのが良いか……狩り慣れた者は血の臭いと弱った者には敏感だからなぁ?」 葵の相貌に小昏い笑みが浮かぶ。 「かまきり〜……おっきー! ……おじさん、かまきりとおともだち?」 「いいえ、初対面です」 麗空が自分の三倍もあるアヤカシを目にして声をあげる。 彼の真意は分からないが、絵師は至極真面目な顔で否定した。 巨大な翅が広がり鎌を持ち上げた鎧蟷螂が、剣を構える開拓者に飛び掛かろうとしたところへ桜森が割り込み、炎を纏った野太刀を薙ぎ払う。 鎧蟷螂は思わぬ敵の出現に、威嚇するように両鎌を振り上げた。 「待たせたな。後は任せて下がりな」 桜森が背中越しに開拓者へ声を掛けると、『助かったよ』と礼を言って戦線から離れていく。 「……シンプルに滅殺鎧蟷螂」 喜屋武は呟き、『咆哮』を放った――今しも開拓者へ飛び掛からんとしていた鎧蟷螂の注意がこちらに向けられる。そして、敵意を剥き出して凄まじい速さで迫ってきた。 「どんどん打ちこんでこい。こちらも打ちこんでやるから……」 喜屋武は戦斧を構え、薄く笑みを刷いた。 「かまきりなら、ばーんしてもババにおこられないね〜! わるい子はめっ! かまきりも、めっするよ〜!」 さて、世話になっている『ババ』に叱られたのか、麗空はそんなことを言いながら『炎魂縛武』を発動させ、手始めに蟷螂の足関節を狙って攻撃を繰り出した。 黎乃は、多少無理してでも押し込まねば犠牲が増えると判断し、手薄なほうへ移動する――そこでは開拓者二人が背中合わせに二匹の鎧蟷螂と対峙していた。見ればどちらも少年である。 「……三匹以上でなきゃ捌けるさ……おーい、交代だ!」 黎乃は二人に叫び、まず彼らから引き離すため、ごく単純に石礫を蟷螂に投げつける。 猛突進してくる鎧蟷螂を見て呟いた。 「結局、おつむは虫程度、な……」 アヤカシは仲間に任せ、葵と絵師は消耗の激しい開拓者たちを連れ、村へと急いでいた。 ざざ…… 「行け」 地を蹴立ててこちらへ向かってくる巨影に、葵が向き直る。 絵師は彼に頷き、開拓者たちを先へ促した。 一方。 リィムナは『超越聴覚』でアヤカシを避けながら、朱宇子とともに村に入った。 村で一番大きく頑丈な建物に村人と護衛の開拓者はいるだろうとの見立て通り、二人の開拓者が建物の外で警戒に当たっていた。 「交代だよ! 仲間が討伐に向かってるからもう少しの辛抱だよ!」 リィムナの声に、二人が喜色を浮かべる。 「開拓者ギルドから加勢に参りました! もう少しの辛抱です。頑張りましょう」 朱宇子は建物の中に入り、怯えたふうの人々に声を掛けた。 村人の顔にほっとした色が浮かび上がる。そしてまた、ひっきりなしにスキルを発動していた開拓者も安堵したように礼を言った。 「逃げ遅れた方や、動けない方はいませんか? 怪我をされている方は?」 朱宇子はそう声を掛け、重篤な怪我を負った者から治療を行った。 リィムナは外に居た開拓者に鎧蟷螂の動作の特徴などを聞く。そして、手近なところから梯子を借り、するすると屋根に上って全方位に耳を澄ませ、フルートを構える。 『黒猫白猫』の軽やかな音楽が響き渡っていった。 ● どこかから聞こえてくるフルートの音色は仲間たちの俊敏さを底上げする。 喜屋武の巨大な斧が、それより大きい蟷螂の鎌を受け止める。更に片方の鎌が襲い来るのを、得物を反転させるように弾きき返した。 彼の鎧を裂いて掠めていった鎌の毒が、肌を赤黒く変色させ、鈍い痛みが徐々に強くなってくるのを耐える。 左右の鎌を連続して繰り出すが、巨大な斧がことごとく受け止め、弾くのだ。鎧蟷螂は警戒し、鎌を振り上げ威嚇体勢をとる――喜屋武は神経を集中させて隙を窺った。 じりじりとした睨み合いが続く中、喜屋武はアヤカシの肢が均衡を崩した瞬間を捉えた。 「――っ!」 『払い抜け』を発動させ、一気に蟷螂の懐まで間合いを詰めて擦れ違いざまに戦斧をアヤカシの胴に叩き込んだ。 防御態勢を取るまもなく、鎧蟷螂の巨体は紫の瘴気となって飛び散った。 「大人しく共食いでもしてりゃあ良いものを、随分と好き勝手やってくれたみたいだな。蟷螂だろうが落とし前はキッチリつけてもらうぜ」 桜森の言葉を理解したわけではなかったろうが、鎧蟷螂は巨大な鎌を振り上げ、凄まじい勢いで振り下ろした。 ざくりと地を抉ったそれを避けた桜森は、少し思案する。 (腹や首の付け根なんかは柔らかそうだが……) 炎を纏う野太刀を構えて『フェイント』を放つと、鎧蟷螂は反射的に上体を仰け反らせた。その隙を攫うように回り込み、一本目の足を切り飛ばす。 体勢を崩した鎧蟷螂は桜森の攻撃から逃げるように、翅を広げた。 その瞬間を待っていた彼は『流し斬り』を発動させ、一気に間合いを詰めるや薄い翅もろとも胴部を深く切り裂く。動きの止まったアヤカシへ更に一刀を叩き込み、霧散させた。 『瞬脚』で鎧蟷螂まで間合いを詰めた葵の棍が、振り下ろされた鎌を弾き返す。 「堅牢剽悍とは厄介なものだなぁ。ではこれは見切り、防ぐことができるかねぇ?」 葵は『破軍』に『百虎箭疾歩』を重ね合わせ、アヤカシの鎧ごと貫けるかを試す。一点に集中された攻撃力は凄まじい破壊力を見せ、蟷螂の頑丈な装甲を突き破った。間髪入れず、腹に拳を叩き込む。 葵の初撃が致命傷となったか、蟷螂の巨体がよろめいた。その隙を見逃すことなく、再び攻撃力を上昇させた『百虎箭疾歩』が防御の薄い腹部を深々と突き、拳の一撃とともにアヤカシは瘴気と化した。 麗空の小さな影が躍り上がり、赤い炎を纏った棍が『巌流』とともにアヤカシの頭部に叩き込まれる。 硬い装甲に覆われた頭部とはいえ、その衝撃は蟷螂を朦朧とさせたらしく、ゆらゆらと揺れた。だが、斃れることはなかった。 「あたま、かた〜い……」 麗空は呟きつつ、空を切って襲い掛かる鎌をひょいと避ける。いつもは胴に巻きついている尻尾が愉しげに宙を泳いだ。 鎧蟷螂は小さな天敵に威嚇しつつ、じりじりと移動する。 「……んっとね〜、そっちはだめっ! こっちこっち!」 小首を傾げた麗空は、アヤカシの注意を引くように跳ねた。 鎌を振り上げ、四本の肢で高速移動する蟷螂。毒鎌の攻撃を躱しながら間合いを詰めた麗空は『巌流』を発動させ、頭部と胸部の関節に思い切り棍を叩き込んだ。 一抱えはありそうな蟷螂の頭部が重い音をたてて地に落ちる――瞬間、巨大なアヤカシは瘴気の塊となって消えた。 木や岩などを巧みに利用しながら二匹を相手取っていた黎乃は、鎧蟷螂の動きを見ながらぼそりと呟く。 「……やっと醒めてきたぜ……」 一匹は破られた薄翅がはみ出し、一匹は単眼を潰されている。 鎧蟷螂は連携する習性がないためか、同時に攻撃を仕掛けてくるが、何故か仲間同士で威嚇するのだ。 無論その隙を逃す手はなく、太刀を水平に構え、『平突』を繰り出してアヤカシの関節部に斬撃を加える。 蟷螂は激しい動きで攻撃者へと向き直り、地を蹴って跳躍した。 黎乃は毒鎌がかかる寸前に避ける――蟷螂は岩に抱きつくようにぶつかった――瞬間、彼は太刀を横腹から突き込んだ。 「急で悪いが幕引きだ」 消えていく瘴気の向こうから、もう一匹が襲いかかる。 黎乃は待ち受けるように間合いを捉えた瞬間、一歩踏み出し片手抜き打ちで『秋水』を発動、蟷螂の顔面を叩き切った。 頭部を破壊され、動きを止めたアヤカシは徐々に形崩れていき、大量の瘴気と化して霧散した。 「鎧蟷螂……本当に蟷螂をそのまま大きくした感じ、ですね。昆虫の苦手な人は、悲鳴をあげるどころじゃないんじゃないかな……」 村へ入る前に見たアヤカシの姿を思い出し、朱宇子が言う。 「そうですね……大丈夫ですか?」 怪我の手当てを手伝っていた絵師が尋ねるのへ、彼女は笑った。 「あ、私はひとまず、虫は大丈夫です。家の中で虫が出ても、外に追い出すのは私の役目ですから」 なるほど、と絵師は小さく笑った。 屋根から降りてきたリィムナが、潜んでいた鎧蟷螂を発見したと朱宇子に伝える。 戦線から戻ってきた開拓者たちに村人を頼み、二人は表へ出た。 「……立派な鎧だけどあたしの魔曲には無意味だよ! 食らえ鏖殺交響曲!」 蟷螂が射程に入った途端、リィムナが『魂よ原初に還れ』を叩きつける。【鏖殺交響曲】と名付けられたこれは、十秒間に『魂よ原初に還れ』を二連続して発動させる彼女の必殺技なのだ。 猛速でこちらへ向かっていた鎧蟷螂が突然、悶絶するように激しくのたうちまわる。アヤカシに襲い掛かるリィムナの演奏は途切れることなく、確実に生命力を奪っていく。 駆けつけた朱宇子は杖の鈴をシャラと鳴らし、『神楽舞「縛」』を唄いつつ舞った。 「祝詞もて 天地御霊に 舞奉る 見えざる鎖 彼の足元へ 十重に二十重に 戒めとならん……!」 のたうちまわっていた鎧蟷螂の動きが鈍る。 絵師は素早くアヤカシに駆け寄ると大振りの苦無を頭の付け根に突き入れ、振り上げられた鎌から逃れるように飛び退いた。 更にリィムナの演奏が弱り切った鎧蟷螂の生命力を完全に押し潰す……いちど大きく身を振るわせたアヤカシは、内側から破裂するように紫の瘴気を飛び散らせ、消えたのだった。 ● 「人間の死体は残っているのかね。散らした瘴気に憑かれて鬼に堕ちてもつまらん」 葵の言葉にぎょっとしたような顔をしたものの、開拓者の一人が『居る』と応える。 命を落とした村人の埋葬は開拓者らも手伝った。そして、それ以上に多いのは負傷した者達で、朱宇子の『解毒』『白霊癒』が大きな力を発揮した。 絵師に連れられて村へ戻った少年と緋獅は、多くの開拓者たちに目を丸くした。 「怖かったね、でもよく頑張ったね」 朱宇子が少年に微笑みかけると、少年は照れたような笑顔を見せた。そして、ふと気づいたように傍らの小さな子供と彼女を交互に見遣る。 緋獅もまた自分と似た髪色の修羅族の女性に目を丸くしていたが、あ、と声をあげた。 「まえに、似た人にあったよ……たばこ持ってる人」 同じ種族で髪色が似ていることもあり、ほんの少し親近感を感じていた朱宇子は、子供が言う「似た人」が誰の事だか分かったのだろう。小さく『ふふ』と笑った。 「ちっさい子〜」 「あ、りっくん! りっくんも来たの?! おっきいカマキリってどんなだった?!」 「かまきり〜? あたま、かたかったよ〜?」 ぴょこぴょこ跳ねながら駆けて来た麗空に激突する勢いで駆け出した緋獅は、そのまま追い駆けっこに突入していく。 「お、緋獅。少しは大きくなったか? ……おまえさんが強くなったらそのうち手合わせでもしてみるか」 駆けまわっている緋獅を見つけた桜森が声を掛け、子供の頭をくしゃくしゃかき回した。 「ほんと!? おれ、もっと練習して早く強くなるよ!」 「楽しみにしてるぜ。……今回はお前の先生も来てんだぜ?」 桜森がそう言って後ろを指すと、緋獅は驚いたように声をあげて視線を彼の背後に向けた。 「……さて、修羅の子も久しいものだなぁ? 良い機会だ。鍛錬に付き合ってやるさ」 葵がにやりと笑うと、緋獅は『やった!』と小さく声をあげ、帯に差し込んでいた棍を抜いた。 嬉しそうに顔を輝かせる子供を見て、彼は目を見開く。 (……ハハハッ、面白いと思うだけでなく、存外に成長も楽しみにしているらしいな……) 小さな子供が変化していくのと同じに、自身の心境までもが多少変わってきたことに可笑しく思ったのかもしれなかった。 去っていく開拓者らに村人たちは何度も礼を言って頭を下げた。 「家に帰ると娘がな……」 黎乃はしょぼくれたように呟き――鎧蟷螂を二匹相手取った男とは思えぬほどだ――喜屋武が生真面目に一度、相槌をうった。 「ありがとね! またねー!」 緋獅はだんだんと遠くなる背に、めいっぱい手を振って見送る。 人影がいくつか手を振りかえしてくれた。 そして、絵師と緋獅は中型飛空船に乗ってきた開拓者らと途中まで同行した。 「そういや、あんたたちはどこまで行くんだい? 神楽に行くんなら乗せてやるぜ? 今回は世話になったしな」 飛空船の操舵手が絵師に声を掛ける。 「この飛空船は神楽に行くのですか……」 絵師は断ろうとして、ふと思案する。そして、一つ頷いて操舵手に言った。 「では、お願いできますか」 「いいとも! さ、乗んな!」 船乗りらしい気風のよさで、男は二人を招き入れた。 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 絵師は丁寧に礼を言い、緋獅を促して飛空船に乗り込んだ。 開拓者たち、そして絵師と緋獅を乗せた中型飛空船は上空へ垂直に上がり、一路、神楽の都へと飛び立ったのだった。 |