【もふら】花の宴
マスター名:昴響
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/30 23:48



■オープニング本文


 石鏡南方にあるもふら牧場。
 ここにはたくさんのもふらさまが居るが、中でもひときわ目を引くのが淡藤色の巨大なもふらさまである。
 アヤカシ騒動が一段落し、うららかな春の陽光のもと、磊々さまのお世話係である牧童・瓜介は定期検診(体重・身長測定)をしていたのだが。
「……ええと、磊々さま、体長五……あれっ?」
『なんじゃ?』
 素っ頓狂な声をあげた青年を磊々さまが振り返る。
「磊々さま、少し大きくなられましたね。五尺四寸。尻尾まで入れると……八尺七寸、と。あー。尻尾も長くなっておりますね! おめでとうございます」
 嬉しそうに笑って瓜介は手元の手帳に書きこんでゆく。
『左様か』
 身体が大きくなろうが磊々さまにとってはどうでもいいことらしく、気のない返事をするとくわーっと大あくびをした。
『はあ……春じゃのう……。そういえば、桃桜苑はそろそろ花が咲いておるのではないかのう?』
 桃桜苑とは牧場の西にある庭園で、その名の通り桃と桜が植えられている。無論、桃桜のみならず、季節ごとにさまざまな花が咲き、庭園を華やかに彩るのだ。
 磊々さまお気に入りの場所の一つである。
『そうじゃ。季節も良い。花見に行こうぞ!』
「ああ、いいですね。お弁当を持って皆で行きましょうか」
『うむ。じゃが、今回はちと趣向を変えるぞえ』
 磊々さまの言葉に、瓜介は首を傾げた。
 曰く。
 ここのところ不穏な空気が流れ、開拓者らもあちこちへ飛んでいる。その供には龍など戦闘に参加できる者たちも活躍をしていることだろう。
『……じゃがのう、わらわはともかく、もふらというものは戦闘には不向きじゃ』
「まあ、そうですよね」
 嘆かわしげに言う磊々さまへ瓜介が頷く。
『そこでじゃ! 此度はいつも家で留守番をしておらねばならぬ『もふら』どもを招待するのじゃ!』
「あー。なるほどー。それはいいかもしれません。じゃあ早速ギルドヘ行ってきます」
 瓜介はほっこり笑って同意すると、検診道具を仕舞った。
『わらわも行くぞ! 帰りに蜜餡饅頭を買うてたも』
「はいはい」
 そして二人は馬車に乗って開拓者ギルドへ赴いたのだった。


■参加者一覧
/ 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454) / 柚乃(ia0638) / エルディン・バウアー(ib0066) / 燕 一華(ib0718) / エルレーン(ib7455) / フタバ(ib9419) / 音羽屋 烏水(ib9423) / 黒曜 焔(ib9754) / ジョハル(ib9784) / 厳島あずさ(ic0244


■リプレイ本文


『僕、お留守番ばかりじゃないでふ。充分強いもふらでふよ』
「うんうん、そうですね」
 エルディン・バウアー(ib0066)は頷きながら【パウロ】の頭を撫でる。
 パウロは教会の前で倒れていたところをエルディンに拾われた。教会では他のもふらさまと戯れることが少ないため、今日はもふら同士で遊びたいようだ。

「木陽には色んな所でお手伝いして貰っていますからねっ。今日はその労いも兼ねて、お花見を楽しみましょうかっ」
 燕一華(ib0718)は笑って、【木陽】のふわふわの毛並みを撫でる。首には一華お手製のてるてるぼうず。大きな体で、以前、安雲で起きたもふら誘拐事件でもかれは活躍したのだ。
 のんびりと口数の少ない、薄緑の鬣を持つもふらさまは一華に頷きつつ『……もふぁ』とあくびを洩らした。

(桃も桜も初めて見る。楽しみだな)
 アル=カマル出身のジョハル(ib9784)はまだ見ぬ花に思いを馳せる。
『ぼくは、らいさん(磊々さま)にごあいさつにいくです』
 そう言ったのは薄い緑の体毛に薄い桃色の鬣を持つ【ちびりぃ】である。
 ちびりぃはもふら誘拐事件に巻き込まれたもふらさまのうちの一頭で、安雲警邏隊で預かられていたのをジョハルが引き取った。なかなかの女好き、かつ横柄で面倒臭がりときて時折、可愛いもの好きのジョハルでさえ『イラッ』とくるらしい。

 もふら牧場の前で、牧童の瓜介が手を振り、その傍らに淡藤色のもふらさまが座っているのが見えてきた。



「は、はじめまして。今日は、よろしく」
 どこかおどおどしたようなエルレーン(ib7455)は、【もふもふ】と一緒に磊々さまに挨拶する。
『よう参られた。今日はゆるりと楽しんでいかれよ』
「どうぞ。皆さんがお揃いになるまで中でお待ちください」
 瓜介はエルレーンたちを牧舎の中へ案内していく。
「磊々さま、お久しぶりなのです!」
『おう、柚乃殿。お久しぶりじゃ』
 駆けてきて磊々さまにぎゅっと抱きついたのは柚乃(ia0638)である。その傍らには磊々さまとよく似た藤色の小さな【八曜丸】がちょこんと。
『花見もふー、ご馳走食べるもふー』
「磊々さまとは毛色とか似てて……なんだか親子みたい……。あ、磊々さまこれ、お土産です」
 見比べてくすりと笑った柚乃は、思い出したようにお菓子を取り出した。
『オリーブオイルチョコとな。これは珍しい! かたじけない。……しかし、ほんにわらわの色とよう似ておるの』
 磊々さまは喜んで受け取ると、小さな八曜丸を楽しげに眺めた。
 続々と集まってきた開拓者たちのもふらさまに、挨拶周りと駆け出した八曜丸だったが勢い余ってつるりと滑り、ちょうどやってきた音羽屋烏水(ib9423)の足にぶつかった。
「おお? 元気が良いのう」
『……鼻見じゃないもふ、花見もふっ』
 笑った烏水に、八曜丸が頭をぶるんと振るわせる。
 元気のよい八曜丸を、烏水の傍に居た【いろは丸】がやれやれといったふうに見遣る。
 体長三尺、白い体毛に璃寛茶の鬣のいろは丸は、風情や風流といった静けさを好み、思いつきに一句読み上げる事もあるとか――そもそも、烏水の相棒になったのは、彼が三味線を持っていたからだという話もある。
 烏水と一緒に入ってきたのは一華と木陽だ。
「磊々さまっ、こんにちは!」
『おう、一華殿。ようこそ、じゃ。木陽も息災そうで何よりじゃの』
『うん……げんき……もふぁ……』
 木曜は頷きつつ、大きなあくびをした。
 そこへ、ジョハルと到着したちびりぃが駆けてきた。
『やっほー、らいさん。おひさしぶりですよ。あのときは、ごくろーさんでした』
 ぺこん、とお辞儀したもふらさまを見て、磊々さまは『ホホ』と笑う。
『いつぞやのチビかや。ジョハル殿に引き取ってもろうたか』
『いまは、じょはるくんのメンドーみてあげてるですよ。さみしんぼうなので、ぼくがそばにいてあげてるです』
 ふんぞりかえったちびりぃだったが、後半部分は周囲に憚るようにぼそぼそと声を低める。
 ジョハルは腰に手をあてて、諦めに似た溜息をついていた。



 桃桜苑は数百本の桜と桃が満開となっていた。その根元には碧くふっくらとした苔と、瑠璃唐草の青い小さな花が絨毯のように広がる。
 桜の花の白に近い桜色、桃の花の目にも鮮やかな桃色が、訪れた人々(と、もふらさま)の眼前に広がった。
 庭園の中ほどにある瓢箪池のほとりには、白や黄色の水仙が咲いている。
「こりゃ見事な庭園じゃなぁ。創作意欲も湧くというものじゃっ」
 楽しそうに言った烏水は三味線をぺぺんと弾く。
『風情ある庭園もふね』
 彼に応えるように、いろは丸が頷いた。
「ゆきちゃん、一緒にお花見や!」
 咲き乱れる一面の花に歓声をあげたフタバ(ib9419)が、真っ白なもふらさまに声を掛ける。
『ゆきは眠いもふ〜でもお花見も好きもふ』
 そう言ってほっこり笑うように目を細めた【ゆき】だったが、視界に入った磊々さまを見てぽおっと……
『でもでも、ゆきの相棒はふたばもふ!』
 ふるると頭を振って思い直したようだった。

 風が吹いて花弁がひらひらと舞い落ちる。
 彼らは思い思いに過した――茣蓙を弾いて寝転んでみたり、庭園を散策してみたり――
「皆でお花見、とても楽しいね。幸せだねえ、おまんじゅうちゃん。……おやおや、花びらまみれ。まるでお花の着物だね」
 黒曜焔(ib9754)は、全身真っ白なもふらさまに留まった桃色の花弁の一枚を指先でつまんで笑う。
『ゆきちゃんとパウロちゃんと遊ぶもふ〜』
 【おまんじゅう】は丸く黒い目をきらきらさせて、ゆきとパウロのほうへ走っていく。体長二尺弱の真っ白い毛玉は……まるで綿菓子が転がっているよう……
『ころころ転がるもふ〜』
 もふらさまたちが楽しげにころころしている様子は、綿菓子が三つに増えたように見えた。

 あたたかな陽の光の中で、ひらひらと風に乗る花弁を見つめていた厳島あずさ(ic0244)が、傍らの【居眠毛玉護比売命】――通称ヒメに語りかける。
「美しく舞い散る桜吹雪、ヒメ様もそれ以上に美しいと感じますわ」
 神職にある厳島家では神の使いであるもふらさまを敬い、大切に育て、着飾らせて祭祀も欠かさない――よって、ふてぶてしいままのもふらさまを、口八丁手八丁で持ち上げながら言う事を聞かせているのが現状のようだ。
『……ぐぐー、すぴぴー』
 そのヒメは、気持ちよさそうに寝ていた。
「お休みになられているということは体を使わせて頂けるお心遣いなのでしょう。ありがたき幸せ」
 とかなんとか言いながら、あずさはヒメの上に寝そべった。



 エルレーンは茣蓙の上に座り、もふもふの前に手作り弁当を差し出した。
「朝早起きして頑張ったんだからねっ☆」
 食にうるさいもふもふのためのごちそうである――もふもふはまず、卵焼きから食べた。
『も”……』
 顔色が変わる。
 エルレーンはどきどきしながら、もふもふを見つめた。
『も、もふ〜、これは奇跡もふ……えるれんの料理がうまいなんて』
「も、もおっ! 何だよそれっ! ほ、ほら、もっと食べて!」
 エルレーンは照れ隠しに怒ったように言いつつ、弁当箱を押し出す。もふもふは旨そうに弁当を食べた――彼女の料理は旨いかまずいか、確率は五分の掛けのようなものらしい。
 と。
『も”……』
「え?」
『ブーッッ!!』
 もふもふは盛大に吹き出した。
「?! ひ、ひどいのっ! そこまですることないでしょっ」
 エルレーンは叫ぶと、もふもふの頭をぐわしと掴む。
『もふううううっ?!』
 ――さて、何がはずれだったのか、それはもふもふにしか判らない。

 一方。
 エルディン、フタバ、焔の三人は籤引きで弁当交換をする。無論、人間用と、もふら用が別々にある。
 エルディンは白ごはんに桜でんぶと黒豆でもふらの顔を描いたもの。もふら用には巨大おにぎりで、梅干しやオカカ、鮭などいろんな種類が用意されていた。
「受け取った人が笑顔になりますように」
 金髪の神父は神々しい微笑みで呟いた。
「うちはオカカの爆弾おにぎり……うちぶきっちょなんやもん、しゃーないやん……。ゆきちゃんのは果物中心。甘いもん好きやからね。ついでに近所で買ってきた桜餅」
 と、自身の拳よりも大きなおにぎりを出したのはフタバ。
 そして模範的な弁当を出したのは焔で、どうやら指南書片手に調合実験よろしく作ったというが……
 握り飯、甘い卵焼き、栗甘露煮、胡瓜浅漬、大根金平、芋煮、鰤照り焼き……と大半がおまんじゅうの好物のようである。
『パウロちゃんちのお弁当すごいもふー! ゆきちゃんちのおにぎりとっても大きいもふ!』
 おまんじゅうの目がきらきら輝く。
「さあさあ、籤引きいきますよ」
 エルディンはにっこり笑って握った三本のこよりを差し出した。

「わしゃ自作の弁当なんぞ作れんし、花見弁当買ってきたぞぃ。……お裾分けして貰えりゃ良いんじゃが……」
 烏水はじぃっと、一華が持ってきた重箱を見つめる。一華の重箱には海苔で表情を描いたおむすび、卵焼きが詰めらている。ほか、甘味処で買ってきた団子や饅頭が大量に用意されていた。
「大丈夫ですよっ、たくさんありますから! ちょっとエルディン先生と皆さんにお裾分けしてきますっ」
 一華はにこっと笑うと、重箱の一段を持って駆けて行った。
 そよそよと吹く風と舞う花弁を見つめていたいろは丸が一句を読む。
『東風吹きて 届く花香に……桜餅。烏水殿、もう一つ食べたいもふ』

 そして、一息ついたところで烏水が三味線をぺんと鳴らした。
「せっかくの縁じゃしの。――さあさ、開拓衆『飛燕』が演舞、これより開幕じゃっ!」
 おにぎりを頬ばっていた面々は、お、と声をあげる。
 一華は五尺六寸の薙刀をくるりと回し、丁寧に一礼した。
「それでは開拓衆『飛燕』の演奏演舞、どうぞお楽しみくださいっ」
 烏水の三味線が緩やかな旋律からだんだんと早く、重厚なものに変わる。
 音色に合わせ、一華は大きくゆったりとした動きで薙刀を振るっていたが、上段から振り下ろして一転、握る柄の支点を軸に縦横無尽に刃を走らせる。
 花弁はその風に散らされるように、不規則に散り舞った。
 その光景と三味線の音が、見る者を絵巻の世界に誘い込む――そんな錯覚にとらわれそうだった。
 べべんっ べん
 〆の音とともに、ぴたりと静止し――二人は一礼した。
「おおおーっ!」
「お見事!」
 やんやの喝采が庭園に響き渡る。

 次いで、進み出てきたのは柚乃と八曜丸。
 柚乃の衣装は薄い衣を幾重にも重ね、さながら妖精を思わせる。
 彼女は華やかな鈴の音とともにステップを踏む――『プレセンティ・トラシャンテ』によりうっすらと輝く柚乃の軽快な動きに合わせ、八曜丸もくるくると回り、とんとん足踏みする。
 烏水が鈴に合わせて即興で三味線を鳴らしはじめた。
 楽しくなってきたのか、見ていたゆき、パウロ、おまんじゅうたちも八曜丸と一緒にくるくる踊り始め、絵巻の世界からおとぎの世界へ移ったよう―― 
 ぺん ぺぺん!
 三味線の音とともに、踊り子たちが一礼する。
 賑やかな歓声と拍手にもふらさまたちもいい気分になったようだ。

 舞を見ながら天儀酒でも、と荷物を開けたジョハルは、入れたはずの酒が甘味に変わっていることに衝撃を受けた。
「……ちび、お前入れ替えただろ……」
 ふるふると拳を握るジョハルの鞄から、ちびりぃはお菓子の袋を引っ張り出すとぴゅうっと走っていく。
「まったくもう……」
 仕方なく、彼は団子一本銜えてぼんやり桜を見上げる
(……綺麗だねぇ。まるで蜃気楼みたいだ……)
 陽光に花弁が透け、花天井の隙間から落ちてくる光がゆらゆらと揺れた。
『……らいさん、あまいものすきですから、じょはるくんちにあった、あるかまるのおかし、どぞー』
 お菓子色のちびもふらが、お菓子の袋を引きずって磊々さまの前に差し出す。
『これはかたじけない。お返しにそなたにはこれをやろう。して、ジョハル殿にはこれを……いや。お世話係に持って行かせよう』
 磊々さまは笑って、蜜餡饅頭をちびりぃに、ジョハルには極辛純米酒を瓜介に持って行かせた。
 そこへエルディンが来て、目線をあわせるように磊々さまの前に片膝をつく。
「磊々さま。今日はお招きありがとうございました。……あの、ですね……もふってもいいですか?」
 そう言って見上げてくるエルディンに、磊々さまはきょとんとしたものの、鷹揚に頷いてみせた。
 途端、六尺もある長身の青年が飛び込むように抱きついてきたのだ。
『ぐえ』
 さすがの磊々さまも思わずカエルがつぶれたような声を出したが、何とか体勢を維持する――襟毛にもふもふしている青年を見て……磊々さまにとってはいつものことなので、気のすむまで好きにさせておいたのだった。

『もふぁ……』
 木陽の大きなあくびが洩れる。ふと見ると、一華は木陽を枕にして昼寝をしていた……ので、かれもまた目を閉じた。
 こちらの茣蓙では……
「花の下におると気持ちよくて眠くなるー。あったかくてええ風も吹いてる……」
 もふ毛も揺れて……
 フタバはふよふよするゆきの鬣をぼんやりと眺めた。
 おまんじゅうとお弁当争奪戦を繰り広げた焔も、今は茣蓙の上に転がってうとうとしている。
 うららかな春の日差しの下、あちこちの茣蓙でお昼寝の時間となったようだ。
 重なるように伸びた枝にたくさんの花がつき、大きな天蓋のように広がっている。
 ひらひらと舞い落ちてくる花弁を見上げながら、あずさが呟いた。
「これだけ美しい桜も、咲いた花なら散るのが定め……見事散ります国の為、戦争で大勢の人間とアヤカシが死ぬるのも、新陳代謝なのでしょうか……」
 眠っているかと思っていたヒメが、お告げのように応えた。
『無理に理屈で納得する必要はないのですよ。自然に悲しい時に泣く、それも心である四魂の作用であると天儀神道は説いています』
 しばらくのあと、あずさはぽつりと言った。
「…………美しい景色……この景色を、守りたいです」


 満開の花の下、開拓者ともふらさまたちは日が暮れるまで、それぞれの春を満喫したようだった。