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■オープニング本文 ●薄っすらと雪化粧の施された街路を、浪志組の隊士らが進む。 穂邑の暗殺未遂に端を発する衝突の緊張は、開拓者たちの素早い動きにより、現場レベルでの手打ちが早々に取りまとめられた。 現場での衝突を抑え、方々を駆け回り、その中から五行を根城とする大アヤカシ「生成姫」の影に気付き、あるいは、一部の開拓者は大胆にも御所に忍び込み、武帝の真意を問いただしもした。 穂邑は今、長屋で静かに傷が癒えるのを待っている。 ● 御所から戻って事の顛末をゼロ(iz0003)に話した朱真(iz0004)は、知り得た情報――『皇后の徴』はでっち上げであること、穂邑に現れた文様は『神代』ではないかということ――を、穂邑に伝えるのは彼に託した。勿論、 「穂邑が、あの生きてんのか死んでのかわかんないような奴の嫁になるのは、俺は反対だ」 という朱真個人の意見も添えることは忘れなかった。 そして。 朱真は『武帝の書状』を前に、数人の仲間たちと話し込んでいた。 御所へ侵入した者たちがもたらした情報によって、朝廷の「勅」は破棄されたのではないかという噂まで囁かれはじめたが、 「……それはありえない」 朱真はきっぱりと言う。 武帝でさえ『勅』を出すには手続きが必要だと言ったのだ。取り下げるにも七面倒な手順を踏むことは想像に難くない。 では、その『勅』を許可する者は誰なのか――上がってきた名は外大臣・藤原保家。 先日、藤原保家の元へ赴いた浪志組局長と隊士らは、いくつかの真実を掴んでいたにも関わらず、のらくらと躱されたという。 赴いた者たちに訊いてみると、保家の様子がおかしかった場面もあったらしい。だが、さすがに外交を一手に引き受け、冷酷な策謀家と言われているだけあって、口を滑らせるようなことはなかった。 「……感情に訴えてみたところで、あの狐には通用しないね」 開拓者の一人が言えば、もう一人が頷く。 「この書状を持って藤原卿の屋敷へ乗り込んで『この嘘つきめ』とか言ったところで、眉ひとつ動かすことなく、適当にあしらわれて放り出されるのがオチだ」 自分たちの目的は、穂邑を開放する事――つまり、『【武帝の后となる】【穂邑を護送せよ】』という『勅』を取り下げさせることだ。 「……何か、交渉材料になるものが要るな……勅を取り下げさせるための交換条件が……」 誰かが唸るように呟く。 手元にあるのは武帝の書状のみ。これに加えて何か、もう一つ必要なのだ。 保家を納得させるには、彼にとって……否、朝廷にとっても納得のいくものでなければならないのである。 「……事件をもう一度さらって、何か交渉材料になりそうなものを探すか……」 朱真は大きな溜息とともに呟いた。 「よし。じゃあ、ちょっとまとめてみようか」 一人が身をのり出し、手帳を開く。 「発端は……八咫烏での「神降ろしの儀」の調査っと……」 それは朝廷側の時間稼ぎだったと現時点では判明している。だが、そのとき八咫烏の内部で穂邑に『徴』が発現したことで事は急展開を見せた。 朝廷から『皇后の徴』を持つ者を護送せよという『勅』が浪志組に下され、穂邑のいる長屋に赴く。 勅使の中に刺客が混じっており、穂邑暗殺未遂事件となったのだが、その刺客がどうやら大アヤカシの手先だったらしいことも後の調査でわかった。 「……つかさ、なんで大アヤカシの手先が穂邑嬢を狙うんだよ?」 「そりゃ『神代』が出たからだろ?」 「そこがわかんねえんだって。『神代』って大アヤカシが嫌がるもんなのか?」 確かに、『神代』を持つ帝にはアヤカシが襲い掛かることはないと言われている。だからといって一人の娘がそれを発現させたからと命を狙ってくるのも妙な話だ。 それとも、単にアヤカシが事件に乗じただけなのか……? 現にこの騒ぎの中で五行国にアヤカシの大群が現れており、連中はあろうことか神楽の都にある開拓者ギルドから、其処に保管されていた護大の欠片を盗んでいったというが……。 「まあ、『神代』については後だ。今は朝廷との交渉材料を探すのが先決だ……。あ……」 仲間たちの会話に苦笑しながら割って入った朱真だったが、何を思いついたのかにやりと笑った。 「この交渉の出来具合によっては、ひょっとしたら、外大臣からそれについても何か聞き出せるかもしれないな?」 |
■参加者一覧
海月弥生(ia5351)
27歳・女・弓
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
天青院 愛生(ib9800)
20歳・女・武
ラサース(ic0406)
24歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 外大臣・藤原保家への目通りの日が決まった。その前に、天青院愛生(ib9800)の提案によって、開拓者たちは過去の報告書に目を通す。 「いやぁ、足突っ込んだ以上最後までとは思ったが、エライ依頼受けてしまったもんだ。まあ穂邑さんのためにも頑張るかねぇ」 苦笑しつつぼやいたのは不破颯(ib0495)。 「偽の勅を下してまで、一介の少女を人形の如く連れ去らんとする……それだけの理由と焦りがあるのだろう」 ラサース(ic0406)が報告書を繰りながら呟いた。 ディディエ ベルトラン(ib3404)が、頬杖ついて苦笑を洩らす。 「今現在起こっている諸々の事柄を鑑みて、現実的な対応がなされるよう要求するしかありませんですねぇ」 「どこも情勢が切羽詰まってきた処だしね」 肩を竦めた海月弥生(ia5351)が応え、勅の取り下げは難しいだろうとは思うが、現状、どうしても保留して欲しいところだと吐息する。そして、ふと首を傾げた。 「もしかして……『徴』はアヤカシの趨勢を理解する為のものかしら? だとすると今の帝はそれが読めてないのかしらね?」 無論、それに確たる答えを出せる者はない。 そして、彼らは一つの可能性に行きつく。 朝廷が隠したいのは『滅び』――それはつまり、武帝には『神代』がないということなのでは……? (この世には大小様々の命で満ちている。生きる意味、生かされる意味……それぞれが何かを背負って生まれてくるのだろう。……では、徴の現れた少女の生きる意味は……) ラサースの胸中に去来した言葉が洩らされることはなかった。 ● 藤原保家の逗留する貴族屋敷において、彼らは対面した。 噂通りの狐顔であり、そして見事なまでの無表情である。 朱真は衣服こそ改めはしたものの、ぶっきらぼうな口調はそのままに、単刀直入に切り出した。 「穂邑に出した勅を取り下げてもらいたい。……俺達はこないだ武帝に会って真相を聞いてきた。『皇后の徴』なんてものは存在しないそうだ」 そうして、武帝の書状を手元で広げ、相手にも見えるように突き出した。 保家の相貌に一瞬だけ、苦々しい表情が浮かぶ。 だが、彼は口を開かなかった。彼なればこそ、その書状が帝の手だと分かりもし、私印が帝のものだと知っている――それゆえの無言だった。 本来なら御所に侵入した賊として極刑に処されてもおかしくはないものが、のうのうとここに存在するということが、帝からの咎めはなかったことを物語っている。 静かに吐き出された溜息は、何に対してのものだったのか……。 颯が一つ咳払いし、改めて現状を説明する。 「朝廷の副使の中にいた刺客が穂邑さんを暗殺しようとしたことはご存じですね? 現在、開拓者と浪志組間のもめ事とその結果、互いの不穏要素解明・排除を行い、改めて話し合いをということになっています。刺客は大アヤカシ・生成姫などの暗躍によるものだったということですが……だからこそ、現時点で穂邑さんを移動させるのは難しい……。生成姫の『子供』が朝廷内に全くないとも言い切れません」 弥生が付け加えるように言った。 「穂邑さんの参内の前に、そのアヤカシ勢の浸透具合をご確認いただき、藤原様のほうでも勅に遣わした使者はじめ、朝廷内にアヤカシの手先が存在していないかご確認いただきたいのです」 「……その件については調査中だ」 そう言って口を閉じた保家に、ディディエが独特のゆったりした口調で尋ねた。 「私はジルベリアの生まれにございまして〜、この儀の歴史には少々疎いので宜しければご教授頂きたいのですが。……一つの世代に……仮に百年としましょう……『神代』を持つ方が二人現れた事例は過去にあったのでしょうか?」 「無論。複数存在していたことは、幾度となくあった」 それは皇統……帝の一族に、ということである。 保家の返答に、ディディエは『なるほど』と頷き、続けた。 「帝と呼ばれるための資格……わが国では純粋に力でございますが……それが大精霊と心を通じる能力を有すことであったなら〜、穂邑嬢は有資格者となりませんかねぇ……既に一度成功させておられますし……」 「精霊を降ろすことができれば、皇后に相応しい者であろう」 抑揚のない保家の声に、ディディエは応えた。 「ですが、穂邑嬢は皇統ではございません。その気になりさえすれば、誰にも邪魔されず何処にでも行ける『翼』を手に入れたように思えるのですがね……精霊を降ろした状態の彼女にですね、どうのこうのと手が出せるとは思えないのですよ人の身といたしましては」 『勅』だからといったところで、穂邑が納得できなければ八咫烏を駆って逃げることもできるのだと――無論、これはディディエのはったりだったが、可能性は十分にある。 保家の返答は無い。 「彼女に出た徴が『神代』であるとそちらが考えていることは、朱真さんらが帝自身から確認しています。更に八咫烏の一件と合わせ、帝の欠ける資質とは『神代』ではないかと考える開拓者は少なくありません……現に俺達は考えていますし」 颯の言葉を継ぐように、愛生が静かに斬り込んでいく。 「『神代』を持つ者はアヤカシの脅威を退けられると――帝が帝たる者として神代をお持ちであるならば、帝の身にアヤカシの手が伸びる事はないでしょうが、もしも帝が『神代』をお持ちでなかったら? アヤカシに襲われる可能性がございますね。帝の危険、帝がアヤカシを退けられぬ事の発覚による、朝廷の権威の失墜を恐れて此度の勅をお出しに? 皇后であれば、常に帝の傍にいる事、不自然ではございませんし、『神代』を持たぬ帝であっても、皇后が『神代』を持っていればアヤカシを退けられ、帝に『神代』が無いことも隠す事が出来る……予想の範疇を出ませんが、僭越ながらその様に思いました」 「笑止な! 陛下は『神代』をお持ちだ」 これについては、保家はきっぱりと否定した。 「俺達は天儀に起こった過去の事件を追ってみた。確かに帝に『神代』が無いと言い切れる確証は無い。……だが、事実である必要が無いのは今回の『偽の勅』と同様……為政者ならば分かる筈だ。流言飛語ほど厄介なものはないということは」 淡々と、歯に衣着せぬ物言いでそう述べるのはラサース。 保家は不機嫌そうに眉根を寄せただけだったが、ラサースは一向に気にした様子もなく続ける。 「人と人は写し鏡のようなもの。不実不当な手段を用いれば、同じ形で返ってくる。誠実な相手には、同じ態度で臨むものだ。反発も少ない――偽の勅で人攫い同然と連れ去るのは外聞が悪い。それこそ、如何に焦っているのかの証拠になる」 国や儀の外交においてはそういかないことは承知している。 だが、そんなやり方は穂邑や彼女を取り巻く人々相手には反発を抱かせるだけだ。 保家の返答はない。もはや、その無言こそがすべてを肯定しているようにも見えてくる。とはいえ、動かぬ表情の裏で何を思っているのかは、誰にもわからなかった。 愛生がやんわりと口をはさむ。 「御所に入った折、私は直接お目に掛ってはないものの、見逃していただいた御恩が帝にはございます。『それ』が知れ渡る事が朝廷にとって、引いては帝にとって不利になるならば、胸に収める所存にございます。ただ、今のままでは……朱真殿やその他の、穂邑殿を助ける開拓者たちを思えば、良策とは思えません。全てを皆に伝えよとは申しません。ですが、穂邑殿には事実を述べる事を願います。その上で、まずはあの方の傷が癒えるまで、勅を取り下げていただきたく存じます」 「穂邑さんは、確かに一度はこちらに来るべきかもしれないが……しかし、生成姫の騒動が収まらないことには……」 颯が独り言の態で言う。 弥生が丁寧に頭を下げた。 「お願いいたします。勅がおいそれと出せるものではないことは、陛下より伺いました。ですが、アヤカシが跋扈する不安定な状況が落ち着き、穂邑さんの傷が癒えるまでお待ちいただきたいのです」 ディディエがさらに提案する。 「私も時期尚早と感じます。時期をみて穂邑嬢には開拓者ギルドが参内を説得することもできましょう」 「そちは先程、娘が逃げると申したが?」 保家の感情のこもらない声にも、ディディエはへいちゃらな顔をして頷いた。 「はい。可能性を申し上げました。尤も〜、帝の后となるかはご本人の意思を尊重するよう、帝よりお墨付きをいただいてもおります。その際は適当な職を設けて朝廷に協力、もしくは保護下に置くという方法もございますでしょうし〜」 保家はしばらく何事かを考えているように黙り込んだ。 そして、一つ溜息を洩らすと、紙と筆を持ってこさせた。 「よかろう。アヤカシ騒動が収まり、娘の傷が癒えるまで此度の勅はいったん取り下げる」 「――ありがとうございます」 弥生をはじめ、開拓者たちはほっとしたように一礼する。 保家はしたためた書状をこちらへ向けて確認させると、人を呼び、御所の帝に御璽をいただくように、と渡した。 完全な撤回ではないし、今後どんな勅を出してくるかはわからない――わからないが、当面は穂邑自身もじっくりと考え、開拓者たちもまずは大アヤカシとの戦いに専念できるだろう。 礼を言って立ち上がった開拓者たちの最後尾にいた朱真に、保家はその書状を渡せ、と言った。 「……これは、俺が、武帝に言って書いてもらったものだ。外大臣に渡せと、預かったものじゃない」 彼女の応えに、保家は憮然と黙り込む。 この書状は穂邑に持たせようと思っている。今後、どんな経緯があるにしろ、もし参内することになったらこの書状が、穂邑の自由を守る一つの印となるかもしれない……朱真はそう考えていた。 そして、彼女は言おうか言うまいか迷ったが、もう朝廷を動かす人間と話すこともあるまいと、無礼を承知で言った。 「勅を取り下げてくれたことには感謝する。ただ……。武帝が押し入った俺達の問いに答えてくれたり、書状を書いてくれと言ったら、さらさら書いてくれたり……正直驚いたけどな……。俺には、あの男が生きてるようには見えなかった。あんたは、武帝が俺達に余計なことをしたと腹が立つかもしれないけど、あの男をあんなふうにしたのはあんたらの責任でもあると、俺は思うよ……」 無論、保家の応えはなく、朱真も応えなど期待していない。 彼女は小さく目礼してさっさと身を翻した。 ● 藤原保家から『勅』を取り下げさせたことは、瞬く間に開拓者の間に広まった。 「やるじゃねぇか」 ゼロ(iz0003)が朱真の肩をばしりと叩く。 「……った! 俺は何も喋ってない。話を進めたのは皆で、俺は外大臣に文句言ってきただけだ……」 叩かれた肩をさすりながら朱真が言い、やれやれと一息ついている仲間に目を遣る。 結局、帝に『神代』があるのか無いのかは分からず仕舞いとなったが、保家の態度から、穂邑の紋様が『神代』であることはもう疑う余地はないだろう。 仲間が過去の報告書から至った考えや、保家との対面の様子を話した後、朱真は懐から武帝の書状を出した。 「……ゼロ、これ穂邑に渡してやってくれないか。ひょっとしたら、この先、必要になるかもしれない」 すると、ゼロはにやりと笑って言った。 「それはてめぇで渡すんだな。俺はしばらく神楽を動かねえ」 「……どういう意味だよ……?」 怪訝そうにした朱真に、ゼロは穂邑が八咫烏を動かし、五行国、渡鳥山脈へ向かうと言った。 「はあ?!」 素っ頓狂な声をあげる朱真に、ゼロは笑いをおさめ、少し声を落とした。 「『声』が聞こえるんだと……大アヤカシの動きと符号してるってのが気に入らねえんだけどな……ってことで、今回の『勅』取り下げの経緯は、ちゃんとてめぇの口から説明して、そいつを穂邑に渡してやれ。大泣きして狛犬ぶつけられても、俺は知らねえけどな!」 後半、可笑しそうにからから笑った青年を、疑わしそうに見た朱真だったが…… 翌日、八咫烏で穂邑と合流したのだった。 |