委閑
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/31 23:34



■オープニング本文


「おお、これは素晴らしいですな! どうです、絵描きさん。うちの娘の肖像画をお願いできませんか」
 陽天の一画に店を構える画商へ絵を持ち込んだ絵師は、そこに居合わせた客の男にそう声を掛けられた。
 絵師は承諾し、明日からその男の家へ行くことになった。
 陽天は安雲とは違い、街に不慣れな、幼い子供が一人で歩くにはいささか危険が多すぎる。かといって客の男の家へ同行するわけにはいかず、絵師は少し思案した。
「……おじちゃん、おれ一人でも大丈夫だよ? こないだみたいに掏摸追っかけたりしないから」
 そう言って彼を見上げてくる緋獅に、小さく首を振った。
「それ以前の問題だ。この街では、そういうわけにはいかないね」 
 さて、どうしようか……



 金髪さんこと、ジークリード・アモンは小さな葉茶屋に入り、紅茶やハーブティーを見ていた。
 さすが陽天は各国・各儀からの輸入品が集まる都だけあって、品揃えは豊富である。ただ、彼の祖国でもそうであるように、市場に出回る茶葉は二級品以下――なぜなら、一級品は数が少ないうえ、これといった茶農園の特級品・一級品はすべて大貴族や富豪が買い占めてしまうからである――ゆえに、飛空船で運ばれてくるそれらはさらにほとんどが格下で、おまけに輸送中に劣化してしまうという、どうしても避けられない事情がある。
 二級品の茶葉を買い付けたとしても、目玉が飛び出るような売値がつけられることだろう。
(やはり、茶葉はその儀で育てなければ……)
 店の主がジルベリアの紅茶だと言って出してくれたものは、彼が知る『紅茶』とはあまりにも違い……彼は涙をこぼしそうになった。
 ジークリードは決然として顔を起こし、茶葉の入った革鞄を開けた。
「……店主。紅茶の本当の香りと味をお教えいたします」

 彼が淹れた紅茶を飲んだ時の、店主の驚いたような、納得したような顔と言ったら――。
 ジークリードは一仕事終えたような気分でその店を出てきた。
 天儀に来て随分たった。持って来ていた茶葉はどれももう数杯分しか残っていない。
「…………」
 溜息とともに、『友』のような存在の茶葉が入った鞄を持ち替えた時だった。
 どん、と後ろからぶつかってきた何者かが、彼の手から鞄を掠め取った。
「あっ……! 泥棒っ!」
 人ごみを掻き分け、ジークリードは逃げる男を追い駆ける。
 財布ならあきらめがついた。
 けれど、あれは――
 あれだけはどうあっても取り戻さなくてはならない。
「かえ……してく……ださい……!」
 ごったがえす人いきれの中、彼はぜえぜえと肩で息をしながら走っていたが、何かに蹴つまづいて倒れそうになった。
「おっと……」
 自分の腕を掴み、ぐいと引き戻した手――ジークリードは目をしばたいてその相手を見た。
「大丈夫ですか?」
 黒い裁着けの細身の男が低く静かな声で問いかけてくる。その傍には緋色の髪の子供。そして、屋台の主らしき老人がどうしたことか、というようにジークリードを見つめていた。
「あ……ありがとうございます。あの……このあたりで、茶色い革鞄を抱えた……男が走ってきませんでしたか?」



「そいつは難儀だったなあ……けど、財布じゃなくて良かったじゃねえかい?」
 屋台の老人はジークリードの話を聞くと、そう言った。だが、彼はとんでもない、というように首を振った。
「お金なら……! あれは、あの茶葉は祖国から持ってきた、僕の親友が育てた茶葉なのです! お世話になった人や、本当の味を知ってほしい方にふるまうなら、彼だって喜んでくれるでしょう。だけど、あんな形で失くすなんて……僕はどうあっても取り返さなければならないんです。僕の財布と交換してでも!」
 黒い裁着けの男――絵師と屋台の老人は顔を見合わせた。
「……にーちゃんのお茶ってそんなにおいしいの?」
 緋色の頭を傾けて、緋獅が不思議そうに尋ねるのへ、
「ええ! とても美味しいですよ」
 ジークリードは神々しいまでの微笑みで頷いた。
 何を思ったのか、くすりと笑った絵師は手帳を開くとジークリードに言った。
「……その男の人相風体など、覚えてらっしゃいますか? こんな街です。どれだけ手がかりになるかわかりませんが……」
 ジークリードは目に涙を浮かべて礼を言うと、覚えている限りのことを話す。
 顔は見てないが、全体的に細身で小柄、髪は茶色、生成りのシャツに黒いベスト……
「ふむ……このごったがえすような人波の中をするする行くくらいですから、街に慣れている者でしょうね。志体持ち……シノビ崩れかもしれませんね……」
 絵師は描きながら独りごちる。
 彼らの会話を黙って聞いていた屋台の老人が、こんなことを言った。
「この街は、人が多いせいで警邏隊のとこまで話がいかねえのがほとんどだ。そうだな……ここんとこあちこちでコソ泥騒ぎが起きてんだが、そいつらの仲間かもしれねえな……」
「本当ですか!? すぐ警邏隊に……」
 勢い込んで走り出そうとしたジークリードの手を老人ががっちりと掴む。
「無駄だよ。大勢でばたばたしてる間に連中は逃げるだろう」
 何に驚いたのか、絵師は瞠目して老人を見た。が、老人はそれへにんまり笑っただけで何も応えず、更に声を低めてこう言った。
「開拓者を頼みな。盗人集団の根城を教えてやる。叩けりゃ、開拓者への報酬は警邏隊から出るだろう。ついでにそのうちの一人にそこの坊主の面倒見てもらやぁ、絵描きさんも助かる。一石二鳥だろ?」
唖然としたような顔のジークリードの後ろで、絵師が面白そうな表情を覗かせた。
「根城までご存じとは……なかなか油断ならない方ですね」
「馬鹿言っちゃいけないよ。俺ぁ只の屋台の爺だよ。……ま、こんな商売してるからな。情報は色んなとっから入って来るさ。それに、いつまでもコソ泥集団にのさばられてたんじゃ、こっちも安心して商売できねえのさ。……なに、油断ならねえのは、絵描きさん、あんたもだろう」
 転びそうになったジークリードの腕を掴んだ絵師の動きを見ていたらしい――老人はくつくつと笑う。
 絵師は微笑み、応えた。
「とんでもありません。私は只の旅の絵描きですよ」


■参加者一覧
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
天野 灯瑠女(ib9678
26歳・女・陰
葵 左門(ib9682
24歳・男・泰
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志
桜森 煉次(ic0044
23歳・男・志
麗空(ic0129
12歳・男・志


■リプレイ本文


「あ! 葵のにーちゃんと桜森のにーちゃんがいる!」
 緋獅は見知った顔があるのを見て、嬉しそうに声をあげる。
 絵師は子供へ微笑み、頷いてみせた。知己が居てくれれば安心感が増す。
 桜森煉次(ic0044)は、二人を見つけて軽く手をあげた。
「また会ったな。元気にやってるか?」
「うん!」
 緋獅は彼を見上げ、頷く。
 宮坂玄人(ib9942)は絵師と並んだ小さな子供を見て、ふと、自分と師を思い出してしまう。
 不思議そうに首を傾げた絵師に、彼女は笑った。
「あ、いや……。絵師殿とはあの桜騒動以来だが、子連れになったんだなぁ……って、呑気な事を思ってる場合じゃないな」
 『子連れ』には、さすがに絵師も微苦笑を浮かべる。
「いろいろありまして、私が一時預かることになったんですよ」
「へえ……」
 玄人は呟き、緋色の髪の子供を見つめる。
「ちっちゃい子〜」
「りっくんだ!」
 彼らの後ろからひょっこり顔を覗かせた麗空(ic0129)を見た緋獅は、更に嬉しそうな声をあげ――何故か二人の間で追いかけっこが始まった。
(面白い噂を聞いて石鏡を巡ってみれば珍しい縁もあるものだなぁ? 旅絵師に修羅の子。それに花草茶の男か)
 足元を小さいのが走っていくのを見るともなく見た葵左門(ib9682)は、くつりと喉を鳴らして笑う。
「誰も彼も面倒事に好かれると見える」
 彼だけは絵師とジークリードともに面識があった。
「葵さん、でしたね。お久しぶりです……ひょっとして絵描きさんともお知り合いでしたか」
 ジークリードが葵と絵師を見比べると、絵師は笑って頷いた。
「ええ。何度も依頼でお世話になっております。それに、いま緋獅の棍を教えていただいてます。……そういえば、今日、緋獅といてくださるのは……麗空さんですか?」
「ちっちゃい子は、いっしょ!」
 尋ねた絵師へ、麗空がしっかり頷く。緋獅はちょっと考えて、麗空に訊いた。
「でも、りっくんも泥棒捕まえに行くんじゃないの?」
「一緒に来るかい? 勿論、麗空と一緒に待ってても良いんだぜ?」
 煉次が逆に尋ねると、緋獅は順繰りに彼らの顔を見つめた。
「行きたい〜? あぶないんだよ〜?」
 小さくとも開拓者として活動している麗空だ。橙色の瞳が真っ直ぐ緋獅の目を見据え、意志を確認してくる。
 絵師は何も言わず彼らの様子をじっと見つめていた。
「……行きたい」
 緋獅の言葉に、麗空は無邪気な笑顔をみせ、頷いた。
「じゃ、いっしょに行くっ!」
 緋獅を彼らに預け、仕事へ向かう絵師に、煉次がこっそりと口添えした。
「緋獅のことは俺と麗空で守る。心配しないでくれ」
 絵師は微笑んで小さく頷き、手を振って見送る緋獅に片手をあげた。

「……りっくん。いつも七輪もってるの?」
「ん〜……ぬくいよ〜?」
「いまは冷たいね……落としたら痛そうだねえ」
「うん。ちょっと、いたい〜」
 緋獅と麗空の会話を耳にした年長組は、何も突っ込まずそのまま放っておいた。 

「あ。そっちの金色のが金子じゃなくて茶? を取り戻して欲しいって?」
 煉次の問いに、ジークリードは深く頷く。
「はい。私の親友の紅茶とハーブティーが入った鞄です」
「紅茶? 赤いのか? 茶は緑だろ?」
 不思議そうに首を傾げる煉次の後ろから、リディエール(ib0241)が控えめながら説明をくれた。
「発酵させているかどうかで緑茶と紅茶の違いがでるのです。……私も、お茶に携わるものですから……彼のお気持ちも少しわかる気がします。お金に替えられない『大切な一杯』のために、頑張りましょう」
 『茶』への情熱を理解してもらえる人物がいたことに、ジークリードはいたく感動したようだった。そしていま一人。
「私の密かな楽しみ、それを奪うなんて許されないわ……」
 相手が誰であろうと関係ない。私が許さない――
 天野灯瑠女(ib9678)はあまり表情の変わらない相貌の下で、密かな怒りを燃やしているようだ。
「灯瑠女さんも来て下さったのですね……ありがとうございます」
 ジークリードの礼に、灯瑠女は微かに頷きつつ、ふと気が付いたように言った。
「そういえば貴方の名前を知らないわ……じーくりーど? 言い難いわ。栗金団でいいかしら?」
「……クリキントンというのは何ですか、灯瑠女さん? 私のことはジークと呼んでくだされば」
 どこかずれたような会話を交わす二人だったが、ジークリードが捕り物に参加する灯瑠女を気遣うと、彼女はぴしりと言いつけた。
「貴方は黙って待っていればいいの。取り戻せた時にジルベリアのお茶を最高の状態で淹れられるように準備しておいて」


 根城へ踏み込む夕刻までの間、煉次は地図を懐に街へ探索に出て行った。
 一方、捕り物に参加することになった緋獅に、左門は狭所での棍の扱い方を教えることにした。
「棍は振り回すだけでない。突き出す事で相手の間合いに踏み込ませない事も、先で払う事で動きを制限する事もできる」
 それだけで今回は十分だろう。
 まずは型を、おおよそ掴めてきたら相対して、実際の間合いと棍を突く位置、体重移動など繰り返し体に覚えさせる。
(それにしても教えるというのも随分と面白いものだ。生きる為に闇に染まった技をどう使うか……ククッ、見物だなぁ?)
 左門は心中でわらう――己を『鬼』だという彼の技を身に着けた緋獅が今後どのような成長を遂げるのか、黒と出るか白と出るか……。
 あるいは彼自身もまた――



 雀型の『人魂』を根城とその周囲に放った灯瑠女は、事細かに情報を仲間に伝える。
「裏口は一つ。見張りはいないわ。二階は四室。そのうちの一つに女が一人居たわ。下は居酒屋とその奥に一室ね。男が一人。ジークの鞄は……、かぶせ蓋が開いて、小さな布袋が散乱してるわ……」
 鞄のあたりで声が途切れ、彼女の耳が少し震えた――それはとりもなおさず、彼女の怒りを表している。
 おそらく、鞄をひっくり返してみたものの、金目のものがなかったために打ち捨てられたのだろう。

 そして、夕刻。
 一人、二人と居酒屋へ入っていく男たち――全員が揃ったものと思われた時、リディエールは微かに魔法を詠唱し、居酒屋の裏口に石壁を築く。また逃走に使われそうな窓の前にも壁を作った。
 灯瑠女は蜘蛛の『人魂』を二度放って、『突撃』の合図を仲間に送った。
 玄人は小太刀と盾を手に、居酒屋の表口から入ると、一卓に集まって戦利品を前に騒いでいる男の一人に素早く駆け寄り、痛烈な一撃を喰らわせた。卓と椅子が派手な音をたててひっくり返る。
「てめえ!」
「さて、覚悟してもらおうか」
 その言葉で察したらしい、一人が裏口へ向かって逃げる。だが、扉は何かにぶつかって開かない。
「ちくしょう!」
 罵声をあげ、男は二階へと向かった。
 一人が卓上にあった小皿を素早く掴み、手裏剣のように投げつけた。玄人は咄嗟に盾で払い上げるように弾き飛ばす。
「……その腕、別の所に活かせないのかねぇ……」
 慨嘆と感心を半々に呟く玄人の背後から切り掛かろうとした男へ、リディエールが『アイヴィーバインド』を放つ。床から伸びた蔦は男の動きを封じ、消える寸前、玄人が振り向きざまに男を蹴り飛ばした。
「こいつ!」
 リディエールに飛び掛かった男は、彼女に手が届く直前に凄まじい眠気に襲われた。
「な、なんだ急に……」
 自分の身に起こった現象に動揺しつつ、よろよろと外へ出て行った。

 居酒屋の隣家の屋根に居た左門は、灯瑠女の合図と同時にこちらへ飛び移り、窓から侵入した。
 その下には撒菱を撒いてある。
 惰眠を貪っていた女は侵入者に飛び起きたものの、誰何の声をあげる前に八尺棍で鳩尾を突かれ昏倒させられていた。
 左門は女の部屋を出ると、無造作に手近な戸を開いた――途端、怒声とともに男が短刀を斬り付けてくる。
 するりとそれを躱し、鮮やかに棍で男の動きを封じると、くつりと嗤った。
「俺も外道だが、その俺より容赦のない者が開拓者には居るようだからなぁ? 抵抗せずに捕まってはくれんかねぇ」
「知るか、そんな……」
「残念だねぇ」
 左門は『骨法起承拳』に『破軍』を上乗せし、男の急所を鋭く突いた――ぐうの音も出さず、男は階段を転がり落ちて行き、階下から上がりかけていた男に激突した。

 左門が称するところの「容赦のない開拓者」とは――。
 玄人とリディエールが入って行った扉から少し離れた場所で、麗空が緋獅を庇うように立ってた。
「ちっちゃい子は、よわいから離れちゃダメだよ? 棒、しっかり持ってて、だいじだよ〜」
 彼は言いながら、身長の倍以上もある多節棍を軽く振って周囲を確認した。
「うん……!」
 どきどきと緊張気味に頷いた緋獅は、棍をしっかりと握る。
 居酒屋の中が騒然となる。
 ほどなく、一人の男が吹っ飛ばされたように飛び出てきた。
「ここにいて!」
 麗空は緋獅に言い、跳ねるように駆けながら絶妙の距離で大きく飛ぶ。
「悪いひとには、てんばつ! でも、いっぱいたたくとババに怒られるから、一回しか、たたかないねっ!」
 心なしか残念そうに宣言し、発動させた『巌流』は凄まじい勢いと威力を発揮し、緋獅が首を竦めるような音とともに男を殴り倒した。
「んと〜……痛かった〜?」
 麗空は口から泡を吹いて倒れこんだ男の傍にしゃがみ込み、ちょいちょいと突いてみた。恐る恐る近寄ってきた緋獅が覗き込む。
「……白目になってるね」
「ん〜」

 一方、『炎魂縛武』の炎を野太刀に纏わせ待機していた煉次は、裏口にいる灯瑠女の方と緋獅の双方に配慮していた。
 リディエールの『アムルリープ』でよろよろと出てきた男は、魔法が解け、はっと顔をあげると外にいるを幸い、走り出そうとする。
 その横合いから激しい殺気と共に、炎を纏う刃が繰り出された。
 男は咄嗟に飛び退り、懐から短刀を取り出すや否や反撃に移る。
 煉次はそれを軽く受け流し、ふと、赤い髪の子供を呼んだ。麗空とともに駆けてきた緋獅へ、『フェイント』で男を翻弄しながらにやりと笑ってこう訊いた。
「今日、何を習ったんだ?」
「……っ!」
 緋獅は彼の意を読みとり、棍を構えて機会を窺った。
「バカにしやがって!」
 怒声を発した男は方向転換し、緋獅へと刃を向ける。
 緋獅は反射的に男の攻撃をかいくぐり、足首に棍を突き込んだ。
 ぎゃっと喚いて体勢を崩した男の脚に棍を取られ、引きずられた緋獅を麗空が引き戻し、回り込んだ煉次が峰打ちで『流し斬り』を男の胴に叩き込む。
 カエルがつぶれたような声をあげ、男はばったりと地に倒れた。
「遅い。突いたらすぐさま引け」
 戸口から見ていたらしい左門のダメ出しを受け、緋獅は『はい』と首を竦める。
「練習練習」
 煉次は微苦笑とともに緋獅の頭をくしゃりと撫でて、中へ入っていった。
 麗空は緋獅の周りをちょこまか動きながら、頭を撫でる。
「ちっちゃい子、こわかった? にげなかったね〜。ババは、いい子はいっぱいほめてあげなさいって」
「ちょっと怖かった、けど……へへ」
 よしよしと撫でられるままに、きょとんとしていた緋獅は、やがて嬉しそうに笑った。

 玄人がジークリードの鞄とその傍に散乱する茶葉の入った小袋を拾い上げる。
「……お茶は、無事かしら」
 灯瑠女は警邏隊に連行されていく盗人たちには目もくれず、鞄を覗き込んだ。



 茶葉の小袋がいくつか無くなったが、ほとんどの紅茶とハーブティーは無事だった。
「ありがとうございます!」
 鞄を抱きかかえて深々と礼を言ったジークリードは、さっそくお茶を淹れる――人数分のお茶を淹れた時、その袋は空となった。けれども、このお茶の為に戦ってくれた人々に飲んでもらえるなら、親友はきっと喜んでくれるだろう。
「どうぞ」
 ジークリードは茶碗へ紅茶を注ぎ、開拓者たちにすすめる。
「彼が淹れる茶を飲むのが私の楽しみだもの……でも、そう……僅かしか堪能できないのは悲しいわ……」
 茶碗の中で揺れる美しい色を見つめ、灯瑠女はぽつりとこぼす。
「ありがとうございます。灯瑠女さん」
「美味しいお茶は、心を解かしてくれますね。……ご興味がおありなら、緑茶に蜜柑の皮を混ぜた自作のハーブティーも……金髪さんのお茶には、きっと敵いませんけれど」
「いいえ! 素敵です。是非!」
 微苦笑を浮かべたリディエールへ、ジークリードは嬉しそうに笑った。
 リディエールの淹れた自作のお茶は、緑茶の甘みと蜜柑の爽やかな風味が混じりあい、紅茶とはまた違った趣を伝えてくる。
 灯瑠女の耳が微かに震えたところを見ると、リディエールのお茶も彼女のお気に召したらしい。
「美味しいわ……」
「ふふ。嬉しいです」
 ぽつりと言った灯瑠女にリディエールは微笑んだ。
 彼らはそうして、茶を堪能して疲れを癒した。


「おなか、すいた〜」
「おれも……おじさん、いつ帰ってくるのかな……」
 食べ盛り伸び盛りの年少組二人はお腹を押さえて空腹を訴える。
「飯食いに行くか? 酒は……まだ早いか」
 煉次が緋獅へ問いかけ、呵呵と笑う。
「ご飯っ! じゃ、リクも行く!」
「……じゃあ俺も行こうかな」
 玄人が乗ってくる。
「陽天はどんなお店があるんでしょう? 金髪さんもどうですか?」
 リディエールが興味を示し、ジークリードに声をかける。
 ――結局、彼らは総出で街へ繰り出し、賑やかな晩餐の時を過ごしたのだった。




 人と物が集まれば、それに付随する欲もまた集まるもの――
 屋台や飲食店が立ち並ぶ界隈は夜が更けてもあかあかと灯がつき、人が減る様子もない。聞こえてくるのは女の嬌声や、男たちの笑い声。喚き声……。
 その、不夜城のごとき喧噪から一歩先は深い闇が口をあけている。
 人々は故意か無意識か、その闇を見ようともしない。

 老人の手に、羽虫が一匹とまり、ふっと掻き消えた。
「……やれやれ目障りな雑魚は捕縛された、と……」
 呟いた老人は、何を思ったものか、くつくつと嗤い始めた。
「この、儂が……人助け、の片棒を担ぐとは……かつてない珍事だなっ……! くくくっ……」
 老人――傀殃は畳んだ屋台に縋ってひとしきり笑いこける。
 彼の調子を狂わせたのは、金髪の青年にほかならない。
「……やれやれ……ああいう人種は調子が狂うていかんな……。早々に出て行ってもらわねば、仕事に差し支える……」
 絵描きの方は仕事が終われば出ていくだろう。どこか厭人的な匂いを持っている男だ。こんな泥沼のような場所に長居はできまい。
「……どれ。明日にでも、あの金髪さんにゃ陽天から出てもらうかね……」
 老人の声はそれきり、闇の中に埋もれ――気配と共に消えた。