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■オープニング本文 ● 石鏡は比較的穏やかな気候で知られる国である。 冬でもあまり雪は降らない。 そんな冬のある日、もふら牧場に巨大なモミの木が持ち込まれた。 何でも牧場主と誼を通じたジルベリアから移住してきた友人が、『くりすます』なる精霊の祭りに使ってほしいと言って土を抱いたままのものを寄越したのであるが…… 「くりすますというのは何なのだ……?」 牧場主は首を傾げる。 まだ天儀では『くりすます』というものは浸透していない。 そこで、牧場主は磊々さまに聞いてみたのだが…… 『くりすますとな……。ジルベリアの精霊の祭りで、さんたくろうすなる老人が子供らに贈り物を届けるのだと聞いたことがあるがのう』 「三択炉臼という老人が……???」 ますます首を傾げる牧場主だったが、持ち込まれたモミの木をそのままにもしておけず、処分するには立派な樹なので牧場のど真ん中にそれを植えることにした。 そしてこれをどのようにして『くりすます』なる祭りに活用するべきか…… 悶々と悩む牧場主に磊々さまが言った。 『一人で悩んでおっても仕方があるまい。開拓者ギルドへ行けばなんぞ知恵を借りられよう』 「なるほど」 牧場主はぽんと手を打ち、さっそく瓜介をギルドへ行かせた。 一方、磊々さまは精霊の道を通り、こっそりと九霄瀑泉のカワウソの元へ訪れていた。 どうどうと流れ落ちる大瀑布と清らな湖は、冬の清冽な空気と相まってまことに美しい。 九霄瀑泉の竜神に挨拶をしたあと、磊々さまは牧場であったことを話す。 『……というわけでのう、さんたくろうすなるものが何なのか、教えて欲しいのじゃ。ジルベリアの精霊の祭りに関わる者のよう故、只人ではあるまい』 『さんたくろうす……ふうむ……分かり申した。ちと調べてまいります故、しばらく時をくだされませ。分かり次第、私がお知らせに参りましょう』 『左様か。手間をかけてすまぬが、よろしゅう頼むぞえ、カワウソ殿。……あ、そうそう。牧場の真ん中に巨木が立った故、その周りで祭りをするであろうからの、貴殿も参られよ。月の祭りに呼んでもろうたしの、此度はわらわからのお誘いじゃ』 そう言って『ほほ』と笑う磊々さまに、カワウソは嬉しそうに応じた。 『なんと! それは楽しみな! 是非に伺わせていただきます』 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 村雨 紫狼(ia9073) / アグネス・ユーリ(ib0058) / デニム・ベルマン(ib0113) / 十野間 月与(ib0343) / 燕 一華(ib0718) / ノルティア(ib0983) / 玖雀(ib6816) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ジョハル(ib9784) / 衝甲(ic0216) |
■リプレイ本文 ●ギルドにて 「くりすますにさんたくろうすか、楽しそうだな」 羅喉丸(ia0347)は呟く。が、自分も『くりすます』なるものがよくわからなかったため、図書館へ行き、絵本を手に取ってみた。 「星形の飾りがいるんだったな」 そして彼は万商店へと足を運んだ。 「牧場でクリスマス。楽しそ♪」 磊々さまや瓜介とは面識のあるアグネス・ユーリ(ib0058)は、くすくす笑いながら参加手続きを取った。 「……三択さんは富豪か何かなのかな」 ふむ、と呟いたのはジョハル(ib9784)。彼もまた依頼主とは既知である。 「クリスマスか……あまり詳しくないが、月餅もケーキとかいうものの分類に入ると聞いたことがある。祖国風に月餅のレシピをレクチャーしよう」 泰国出身の衝甲(ic0216)は、よし、と頷いた。 一方、依頼を見たラグナ・グラウシード(ib8459)はにやりと笑う。 「くりすます……ふふん、知っている。知っているぞ!」 彼の脳裏に浮かんだのは今は亡き女師匠――彼女から訊いた『くりすます』だった。 ●もふら牧場にて 「あー、クリスマスなあ。紅白の不法侵入ジジイが『いい子はいねえがー!』って目を血走らせながら赤鼻の魔獣『屠那怪』にまたがって十二月に来襲するアレだ!」 村雨紫狼(ia9073)の法螺に牧童たちは不安そうな顔をする――が、村雨は『冗談冗談』と笑いながら手をひらひらさせた。 「皆でパーティーをして楽しく過ごすのです。良い子にはサンタさんがプレゼントをくれるのですよ〜」 そう言っておっとりと笑ったアーニャ・ベルマン(ia5465)は、たくさんのお菓子を抱えながら『ね?』と、傍らにいたデニム(ib0113)を見上げる。 デニムは柔らかく微笑み、牧童たちに目を向けた。 「アーニャさんに誘われてきました。僕は飾りつけをお手伝いしましょう」 牧童は彼らをモミの木まで案内した。 「よう、磊々」 玖雀(ib6816)は磊々さまを見て軽く手をあげる。 『おお。玖雀殿』 磊々さまは見知った顔を見つけ、目を細めた。 瓜介はモミの木のほうでテーブルや焚火の準備に走りまわっている。 牧舎の台所では、割烹着姿の礼野真夢紀(ia1144)が、玉子と香草を詰め込んだ鳥の丸焼きや、南瓜とミルクのジルベリア風スープを。 そして、十野間月与(ib0343)はサンタ衣装でブッシュドノエル、七面鳥の丸焼きなどクリスマスに因んだ料理に腕を振るっていた。 「こんにちは、磊々さま!」 柚乃(ia0638)が嬉しそうに駆け寄ると、磊々さまに抱きついた。 『これはまた愛らしい装いじゃの。雪の精のようではないかえ』 磊々さまは『ほほ』と笑いながら、柚乃のふわりとしたドレス姿を楽しげに見る。そこへ、到着したジョハルが長身を屈めて磊々さまを抱き締めた。 「やあ、磊々さま。この間は怖い思いをしたね。もう大丈夫かい? 玖雀が旨い料理をたくさん作ってくれるから堪能するといい」 「おまえ……藪から棒に現れてそれかよ」 玖雀が半ば唖然として言えば、 「なんだい、玖雀? ところで俺が依頼したジンジャーマンクッキーは焼いてくれたのかな? ……ありがとう。はい、磊々さま。これ『俺から』だよ」 ジョハルはとぼけたように言って、玖雀から受け取ったクッキーを磊々さまに差し出す。横から玖雀が『ちょっとまて』と口を挟んだ。 そのやりとりを面白そうに見ていた柚乃が、ぽんと手を打った。 「こういうのって、誰もが羨むナントカ……?」 「「違う!」」 すかさず息の合った反応が、玖雀とジョハルから返ってきた。 「わあ……すごい大きなモミの木! 飾りがいがありますね♪ キャンディを飾ったら綺麗に見えないでしょうか? た、高いところはどなたか……」 春風たんぽぽ(ib6888)は、牧場の真ん中に立つモミを見上げ楽しげな声をあげる。そして、持ってきたキャンディをつまんで枝に寄せてみたものの上の方には届かない。 「たんぽぽさん、張り切りすぎて怪我をしないでくださいね」 闇野ハヤテ(ib6970)は微笑みながら彼女に言った。そして、器用に板を削り、三日月のオーナメントを作り上げていく。 「……上手ね、ハヤテさん」 彼の手元を覗き込んで感心したように呟く。ハヤテは柔らかく笑った。 「煌びやかな中に素朴な物があってもいいでしょう……?」 サンタ服の燕一華(ib0718)は持ってきた紅茶やお菓子などを瓜介に託しながら、ノルティア(ib0983)を振り返る。 「これ、皆さんにも! ……ノルティアは何か好きなものはありますか?」 声を掛けられ、モミの一番下の枝に手を伸ばしかけていたノルティアが振り向く。羽毛のようなコートにジルベリア風のドレス姿は人形のように愛らしい。 「……ううん、今は。……ずいぶんおっきい……ツリー。だね……ちょっと、楽しみ」 ノルティアが駆け戻ってきた一華に微笑むと、彼もまた嬉しそうに笑った。 「我が師匠が言っていた……飾りがもっといるらしいぞ!」 ラグナがぐるりとモミを見上げて言う。 「かざりつけ? 俺の国ではたしかめでたい時期には魔除けとしてトウガラシなど赤いものをぶらさげていたような……クリスマスカラーは赤と緑だと……? うーむ。トウガラシ、トマト、キュウリ、カボチャとかぶら下げて、あとで食えばいいんじゃないか?」 衝甲はモミを見上げ、頭を悩ませる――いかに大きなモミの木とはいえ、南瓜などをぶら下げれば枝が折れるだろう。そんな悩める青年の後ろから、ラグナが細長い短冊にこよりをつけたものを持ってきた。 「このように、言葉を書いた札をつけるのだ」 言いつつ、『せかいへいわ』『りあじゅうめっさつ』『じゅわいゆのえる』『めりーくりすます』と墨痕鮮やかに書きつける――中に、とてつもない彼の気力を感じるものもあったが――衝甲は『なるほど』と呟き、自分も真似てみた。 「……クリスマスツリーに短冊つける地域があったかしら? ……ん?」 二人の青年がせっせと短冊を作るのを横目に、何か混じっているような気もすると首を傾げたアグネスだったが、 「光を当てると反射してキラキラ輝いて見える物とかは……?」 柚乃が呟きながら『宝珠のかけら』で作った飾りをツリーに合わせているのを見て声を掛けた。 「ナディエで高い所まで上るから任せて♪」 アグネスは飾りを受け取ると軽やかに跳躍する。 一旦、調理場を離れて飾りつけの手伝いに来た真夢紀は、『桜ひと枝』や『銀の手鏡』を抱え玖雀を見上げた。 「綿で雪を表すこともあるそうですが、代わりにこれを……玖雀さん、シノビですよね? お願いできませんか?」 「ああ。貸してみな」 玖雀は飾りを受け取り、『三角跳』で木の上に登ると、適度な間隔をあけて花の枝を挿していく。 モミの先端につけるための星のオーナメントを手作りした紫狼は玖雀と交代し、木によじ登った。 「……一番上に、パイルダーオーン!」 てっぺんに黄色い星のオーナメントが取り付けられた。紫狼が降りていく振動でちょっと傾いたのはご愛嬌である。 羅喉丸は手が届く範囲でせっせと飾りをつけていく。そして、焚火を用意する瓜介に声をかけた。 「手伝おう」 「あ。ありがとうございます」 開拓者たちがわいわい楽しげにしているのを見て――テーブルに並べられていく料理やお菓子の数々にもつられ――牧場のもふらさまたちが集まってくる。 アーニャはもふらさまたちから梳った毛をもらい、雪にみたててモミの木に飾っていく。カンテラを木に括りつけながら、楽しげな様子の彼女に自然と惹きつけられて、慌てて目を反らすを繰り返すデニム――彼女と彼は今日が初逢瀬(でーと)らしかった。 そんな初々しいカップルの向こう側では…… 何か飾れと言われ、悩んだ玖雀は『精霊のおたま』を吊るした。 小さいもふらさまを二頭抱きかかえたジョハルが問うような視線を投げてくる。 「いや、一応宝珠ついてて光るし……駄目だったか?」 「いいけど……クリスマスツリーにおたま吊るす人って、あんまりいないと思うよ?」 『木の飾りつけはよう判らぬが、そのおたまは玖雀殿の三種の神器の一つであろ? 仕舞っておいたがよいと、わらわも思うがの』 そこへぬっと顔を出したのは磊々さまである。 「ちょっと確認しようか。これだけ大きいと遠くから見た時に綺麗な方がいいだろう」 飾られた木を見上げて言ったジョハルは、相棒に乗って牧場の端まで来ると『バダドサイト』を発動させた――てっぺんには傾いた星、月や星のオーナメント、お菓子やぬいぐるみ、揺れる灯はカンテラか。ところどころ雪に見立てた花や、もふらさまの毛が散らされた中にトウガラシ、きらきら光るものにまじって何故か短冊がひらめいている。 「…………」 彼は何も言わず、戻った。 『さてさて。宴会をはじめようぞ!』 「待ってましたー!」 磊々さまの一声に、紫狼が片手をあげた。 サンタ姿の月与が慣れた手つきで料理の蓋をあけていく。鳥の丸焼き、スープやケーキなど、ジルベリア風の料理に人々は歓声をあげた。 美味しそうに頬張る開拓者や牧童たちを見て月与はにっこり微笑んだ――人と人の絆を深めたり、人の幸せを祈り、紡ぐ祭典なればこそ、彼女は友人の真夢紀と共に腕を振るったのである。 『おいしいもふー』 小さなもふらさまの言葉に、真夢紀と月与はにっこり笑いあう。 真夢紀のあくなき料理研究の成果は十分に示されたようで、熱い生姜湯を用意しつつ、嬉しそうに微笑んだ。 『ケーキちょーだい、もふ』 「はいはい。どうぞ」 テーブルの下からねだるもふらさまたちに瓜介がお菓子やケーキを取り分けてやる。 小料理屋兼民宿が生家だけあって、月与の給仕は絶妙の間がある。長身でありながらサンタ服の上からでも豊かな肢体は際立ち、艶やかな物腰に牧童たちの鼻の下は自然に垂れ下がってくるようだった。 空は青から藍に変わり、星が煌めきはじめる。いくつか焚火があるとはいえ、日が沈んでぐっと冷え込んできた。 「磊々さま、失礼していい?」 アグネスは磊々さまの快諾に微笑むと、ふわふわの温かい襟毛に両腕を回す。 磊々さまはふむ、と呟いた。 『その赤いドレスと薄衣はそなたによう似合うが、夜はちと寒かろう』 「そうねえ……でもこうしてればあったかいわ♪」 柚乃が小さいもふらさまたちに『ブレスレット・ベル』をつけ、演奏を始めた。 初めはばらばらだったベルが、柚乃の『幻想交響楽団』に合わせてしゃん・しゃんと鳴る――もふらさまたちも合わせて飛ぶのが楽しそうだ。 アーニャが用意したトナカイ服を着てみせたデニムを見て、 「きゃ〜、可愛い! ……はっ、ごめんなさい」 歓声をあげて思わず抱きついた彼女は、頬を赤くして身を離す。 一つの焚火の傍では赤ワインを飲む羅喉丸が、そして、ラグナと衝甲、紫狼は好みの飲み物を手に自分たちが飾り立てた巨大なツリーを満足げに見上げている。 彼らの鍛えられた体躯はもふらさまたちの何かを刺激したのか、三人の肩や頭にはもふらさまがよじ登り、同じようにツリーを見上げていた。 玖雀とジョハル、磊々さまは『辛口純米酒』で渋く……否、静かなひとときを過ごしていた。 瓜介はもともと酒に弱い性質らしく、早々にお茶に切り替え、磊々さまのお世話に徹している。 ジョハルは無論、玖雀の膝の上にころりと転がっているもふらさまが、撫でられて気持ちよさそうに目を閉じている。 ある焚火では一華とノルティアが、もふらさまたちに囲まれていた。 「あったかい、ね……」 もふらさまを撫でたノルティアがぽつりという。その小さな手を一華が握って笑った。 「ほらっ! こうして手を繋げば、もっと暖かいですよ」 ノルティアは少し驚いたようだったが小さく笑み、彼のサンタ衣装を見てふと呟いた。 「……サンタさん、ねー。ボクも信じてた頃はあったけど。ほんとにいるのかなあ。……一華さんは……サンタさんいたら。何か、欲しいもの。ある? ボクは、分からない……かな。見てみたい、気持ちはあるけど」 一華は明るい笑顔を向け、何も言わなかった――サンタがいるのなら、彼女が贈り物を受け取れるといいな、と思った。 もふらさまたちと楽しそうに戯れるたんぽぽの姿を眺めていたハヤテは、今年も終わるんだなあ、とぼんやり思う。 そして、おもむろに立ち上がった。 「もふらさま、さんたさんが来たら何をお願いするんですか? 私はですねー……」 「たんぽぽさん、少し向こうの方まで行きませんか?」 もふらさまの手を握っている彼女に声を掛け、手を差し伸べる。 「あ、ハヤテさん! 向こうに……ですか? はい、よろこ……きゃ!? ど、どうしたんで……」 ハヤテの手に乗せたとたん、手を握られてびっくりしたたんぽぽだったが、彼はやわらかに微笑んでなにか呟いた。 「……え? 何て言ったんですか?」 ハヤテは笑うばかりで応えない。 ――そうやって笑ってて、たんぽぽちゃん 小さなもふらさまを抱いて、密かにツリーに昇ったアグネスは、静かにリュートを爪弾く。膝に乗ったもふらさまにふふ、と笑った。 「いつもは踊りと歌であたしを見て貰うけど、今回はツリーが主役。歌うツリーって素敵じゃない?」 『すてきもふ』 清らかな音色が巨大なツリーから流れ始める。 談笑していた彼らはふと、口をつぐみ、ゆるやかな旋律に耳を傾けた。 しゃんしゃん…… 「ん……? なんの音……?」 リュートに交じって遠くから軽快な音が聞こえてくる。 開拓者や牧童たちは辺りを見回した。 ――と。 『……どのー。磊々どの〜』 上から、幾人かには聞き覚えのある声が降ってきた。 『やや……?!』 磊々さまは訝しげに上を見上げ、あんぐりと口を開けた。 ●さんたくろうす 『いやいやいや〜。お待たせして申し訳ございませぬ! さんたくろうす殿を探し回っておりましてな〜。口頭でご説明するよりご本人に来ていただいた方が早かろうと思いましてな』 カワウソは恐縮したように頭を掻いてみせる。 『さんたくろうす、ご本人とや……?』 『左様で!』 牧童はおろか、開拓者たちでさえ、その光景には絶句するしかなかった。 ぺらぺらと喋るこのカワウソは、空から降りてきたのである。 巨大なトナカイが曳く橇に乗って。 無論、その橇を御していたのは―― 『ほっほう! 見事なツリーですな! 遠くからでもよく見えた。それに素敵な音楽も――あの旋律で迷わず来れたようなものだが』 暖かそうな赤い服に白い縁取り、黒い長靴、そして口元を覆い隠している白く長い髭の老人が、橇から降りてくるやツリーを見上げて感嘆した。 「サンタさん……?」 目をきらきらさせて呟いたたんぽぽに、さんたくろうすはにっこり笑ってみせる。 さんたくろうす――天儀ではあまり馴染みはないが、毎年冬になると『良い子』の子供たちに贈り物をする。 さんたくろうすの正体は子供たちの親だ、というのが『常識』として通っているが、それは姿をなるべく隠しておきたいさんたくろうす側の意向のようだった。 『本来、さんたくろうす殿は姿を見せることはありませぬが、この方は天儀を任された方でございますし此度は特別に、ということでご同行を願った次第でございます』 カワウソは仕事を果たして満足そうに笑う。 本物のサンタに会える、これも開拓者の役得なのかなと思いながら、羅喉丸はふと呟いた。 「子供の頃に会えればプレゼントが貰えたのかな……」 すると、さんたくろうすが小さく笑って問いかけた。 『何かのぞみが?』 「はうっ! こ、子供ではないが、私にも贈り物をくれッ! きれいでやさしくて賢くて胸の大きい恋人を! 恋人を私にッ!」 喰いつくように身を乗り出したラグナを、傍にいた紫狼が苦笑して止める。 「おまえ、恋人は貰うもんじゃなくて、作るもんだろ」 「そうだな。あなたの気持ちもわかるが、俺なら……さらに強くなるように俺に試練を与えてくれ!」 紫狼の反対側でラグナの腕を抑えていた衝甲は、くるりとさんたくろうすに向き直り、握り拳をつくる。 「ぇー……強くなりたいなら依頼に行けばいいだろう」 「それは同感だ」 つまらなそうな顔したラグナに、今度は紫狼が同意した。 さんたくろうすの白い髭に触れてみたいのを抑え、柚乃がきちんと挨拶した。 真夢紀が挨拶し、続いて進み出た月与は、幼い頃の贈り物への感謝と、贈り物を待っている多くの子供達の代わりに感謝を伝える。 さんたくろうすの微笑みが一段と深くなり、彼は何度も頷いた。 (サンタか……欲しいもの……何でもいいのなら……) ハヤテは、さんたくろうすに『来てくださってありがとう』と嬉しそうに笑うたんぽぽを見つめ、ごくごく小さな声で呟く。 「彼女にあふれんばかりの笑顔が舞い降りますように……」 隣にいたとて聞こえないはずのその声に、さんたくろうすの穏やかな目が彼に向けられる。 「……それは、君が叶えてあげるといい……」 そう、言われたような気がした。 「……彼氏が欲しいな……」 アーニャは憚るように小さな声で言う。すると、さんたくろうすは不思議そうな顔で彼女を見つめ、つと、後ろに居るトナカイ服を着た青年に目を移す。 「? えと、子供たちへ夢の配達をお疲れ様です。今後とも頑張って下さい!」 デニムはごく真面目な顔でさんたくろうすを激励した。 さんたくろうすは白い髭の中で小さく笑った。 『ありがとう』 「よかったですね、ノルティア。サンタさんに会えて!」 「うん……」 一華の言葉にノルティアが頷く。 小さな一組に微笑みを送ったさんたくろうすは、ふと、リュートを抱えた赤いドレスの女性に目を留める。 アグネスはにっこり笑った。 「いつも渡す側だろうから、今日はあたしからプレゼント♪」 そう言って、さんたくろうすの頬に軽いキスをした。 『……! ありがとう、お嬢さん! そして、素敵な音楽を、ありがとう』 さんたくろうすは嬉しそうに言うと、アグネスにキスのお返しをする。彼女はくすぐったそうに笑った。 ジョハルはわいわいと楽しげな風景を眺めながら、黒い小さな影を見つけて声をかける。 「やぁカワウソくん。……意外によく会うね。暇なのかい?」 『暇ではありませんぞ! いつも大忙しです……と、ジョハル殿はさんたくろうす殿にお願いはないのですかな?』 カワウソはジョハルを見上げ鼻息も荒く抗議してみせたが、ふと首を傾げる。 「ん……贈り物はいらないよ。……本当に欲しいものは二度と手に入らないんだ……。ま、楽しんで。この間の月の祭りは楽しかったけれど、くりすます、もなかなかだろう?」 ジョハルの相貌に微かな苦みを含んだ微笑が浮かぶ――が、それは一瞬にして消え、柔らかな微笑みに替えられる。 カワウソはじっとそれを見つめていたが、にんまり笑うと大きく頷いてみせた。 『左様でございますな! ジルベリアの祭りもなかなかでございまする。……おお、磊々殿! 一献一献! ささ、おひとつ!』 『おうおう、かたじけない、カワウソ殿』 カワウソが杯に注いだ酒を磊々さまがぺろりと飲んでしまうのを、瓜介が諦め半分、心配そうに見つめていた。 トナカイがさんたくろうすを促す――彼の仕事はこれからが本番なのだ。 『みなさん、今宵は楽しいひとときをありがとう! あなた方と、この世界に幸あれ! メリークリスマス!』 さんたくろうすが一礼し、片手を大きく振り上げたとき―― 白く、冷たいものがふわりと舞い降りてきた。 「え……雪……?」 「結晶だ……!」 いくつもの小さな雪花が、雲一つない星空から舞い降りてくる。 それは手にとると、惜しげもなく消え失せる奇跡のような花だった。 しゃん! 橇の鈴が軽やかな音をたてた。 トナカイの橇に乗ったさんたくろうすは風のように空に舞い上がる。そして、地上から手を振る人々へ片手をあげると、高らかな掛け声とともに夜空へ消えて行った。 彼らの手元には、白い星の形をした砂糖菓子の小袋があった。 ●星空の下 アーニャとデニムは月明かりの元、食器を牧舎へと運んで歩く。 「……デニムさん。また、一緒に遊んでくれますか?」 アーニャがちらりと目を向けてくるのへ、彼は『喜んで』と笑った。 「……! じゃあ、おやすみのチューして下さい」 嬉しそうに顔を輝かせたアーニャは、言って目を閉じる。 デニムは一瞬、戸惑ったような顔をしたものの小さく微笑み、彼女の唇に軽く自分のそれを落とした。 「ぬおおおおおっ! りあじゅうめっさつぅぅぅッ」 「落ち着け」 「あっちへ行こう、あっちへ」 不幸にもそれを目撃してしまったラグナの絶叫が響き渡る。 紫狼や衝甲、羅喉丸らに宥められ、抑えられ、ずりずりと連れて行かれた。 「こらー。そこの野郎ども、片付け手伝え」 忍箒を手に、素晴らしい手際で掃除していた玖雀が男四人に箒の先端を差し向けた。 ――それぞれのクリスマスが舞い降りる。 この世界とすべてのものに幸あれ メリークリスマス! |