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■オープニング本文 ● 伊堂の警邏番、惟雪(iz0283)が詰所で数人と茶を飲んでいると、仲間の一人がばたばたと駈け込んできた。 「おい、召集かかったぜ! 炎龍の子を連れて来いってよ!」 「は?」 ● 大きな荷車には子龍を入れるための檻が設置されており、数人がかりで引いている。 「……つか、何で俺らが行くんだよ?」 「知らねえ。どっかの貴族が欲しがったんじゃねえか?」 「開拓者ギルドに任せりゃ調教も世話もしてもらえて、相棒として可愛がってもらえんのにな……貴族の手になんて渡った日にゃ、せっかくの炎龍も愛玩用になっちまわぁ」 警邏番たちは山路を登りながら、荷車の音にまぎらせてぼそぼそ話す。 惟雪はそれを耳にしながら、黙々と歩みを進めた。 炎龍は他の龍に比べて数が少ない。それも、野生となれば尚更である。かつまた、生態などはよくわかっていない。 子龍を捕まえてこいということは、親からはぐれたものか……? まさか、親龍を斃してこいということではあるまい。 道は更に険しくなり、到着した一行の足元には荒々しい岩の崖が真下へ落ちていた。 「おいおい……」 誰かが辟易したように呟く。 上役も、その高さに目が眩んだように顔を蒼ざめさせた。ここまで案内してきたのは龍を見つけた行商人であるが、怖気づく役人に不安そうな顔をする。 「……小せぇのがいるな……」 崖下をじっと見ていた惟雪が呟く。つられて仲間が覗き込み、『あ、ほんとだ』と声をあげた。 しかし…… 「上役殿……あんなとこにいるのをどうやって上げます? 子龍ったって気の荒ぇ炎龍ですぜ。網縄かけるのも一苦労ですが」 「む……」 「……ですから、龍が何頭か居たほうがいいと……」 警邏番と上役の会話に行商人が口をはさむ。 どうやら手柄欲しさに上役が突っ走ったらしい――いつものことではあるのだが。 「今更どうこう言ったって始まらねえ。ちっと降りてみる……おい。肉くれ」 彼らのやりとりを面倒臭そうに遮った惟雪は、さっさと縄を自分の体に括り付ける。そして餌用の大きな肉の塊が入った包みを背負った。 「行けるか、惟さん?」 「ま、何とかなんだろ」 仲間の一人が縄をもう一本継ぎ足して解けぬよう結ぶと、もう一方の端を太い樹に撒きつけ、しっかりと結んだ。 惟雪は縄をもう一度確認し、岩壁を伝い降りていく。 心配そうに見守る警邏番たちの上にふっと影が落ち、見上げた一人が驚愕して声をあげた。 「なんだ、あのでけぇ鴉は……!?」 羽を広げて六尺ほどはあろうかという真っ黒い鳥が次々と現れ、崖下に向かって下降する。 「まずい! 惟雪を狙うつもりか!?」 「惟さん、気ィつけろ! でけぇ鳥が行ったぞ!」 別の者が下に向かって大声をあげた。 「鳥を散らせ!」 一人が声をあげ、素早く矢を番えると鳥めがけて射る。 警邏番たちは弓を構え、下降する鳥を崖から追い払おうと矢の雨を降らせた。 上から届いた声と急降下してくる黒い鳥影に思わず舌打ちを洩らし、惟雪は降りる速度を幾分早めた。 巨大な鳥はぎゃあぎゃあ鳴きながら彼を掠めて飛びすさる。 「……ただの鳥じゃねえな……」 すれすれに飛んでいく鳥を注視し、呟く。鴉に似ているが大きさが尋常ではない。そして、上空で射られた鳥が霧散するのを見てアヤカシであることを確認した。 「面倒な……」 谷底まであと五間ほど、惟雪は軽く二度ほど跳躍して降り立った。 シャーッと威嚇するような声に振り向くと、体長六尺ほどの子龍が巨大な龍の傍で翼を広げていた。 「……こりゃあ……」 惟雪は子龍の傍で倒れている龍を見て眉をひそめる。 見事に鱗が発現した巨大な炎龍だったが、子を守るためか、いたるところに創があった。あたりの岩壁には焼け焦げたあとが見える。 襲い掛かってきたのは相当な数だったのだろう。 子はあまりに幼く、親龍は文字通り死守したと思われる。 それにしては創がひどすぎるようだが、あの鴉アヤカシだけでここまで……? 惟雪が首を傾げた時。 子龍がひと際高い威嚇音をあげた。 振り返った惟雪の視線の先――数頭の巨狼が赤く目を光らせ、こちらを窺っていた。おそらくはこれもアヤカシ。 「おいおい、こっちもかよ……」 惟雪は辟易したように呟くと、素早く背の肉塊を下し、子龍に放ってやる。 「チビ、食っとけ。援軍くるまでもちっとかかるぜ」 子龍は少し警戒したように、大きな肉の塊と惟雪を交互に眺める。だが、安心させてやれるほどの時間がない。 惟雪は子龍に背を向け、愛用の大苦無を握ると、巨狼アヤカシに戦闘の構えを示す。 子龍が今まで無事だったのは、この龍が持つ火炎のおかげだろう。それともただ運がよかっただけなのか……いずれにしても、この幼さでは体力も気力も限界にきているかもしれない。 惟雪は緊急を要することを伝える独特の吹き方で、呼子笛を鳴らした。 甲高い音が谷間に、空に響き渡る。 「……頼むぜ……」 呟いたと同時、一頭が牙を剥きだし飛び掛かってきたのを鋭く切り払う。キャンと声をあげた狼は飛び退ると、様子を窺うようにうろうろ歩き始めた。 巨狼アヤカシは十数頭――彼の抵抗も、時間の問題かと思われる。 |
■参加者一覧
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
巳(ib6432)
18歳・男・シ
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂
楠木(ib9224)
22歳・女・シ
桜森 煉次(ic0044)
23歳・男・志
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 「行くぞ、苑梨」 由他郎(ia5334)はギルドで子龍救出の依頼を受け、すぐさま炎龍『苑梨』に乗って石鏡国境へと向かった。 「子龍一頭に群れた狼に鴉たぁ、いただけねぇなぁ……? たまにゃぁ、龍の物語を垣間見るのも悪くないかね」 巳(ib6432)はくつりと喉で笑うと、炎龍『暁丸』に騎乗したのだった。 一方、龍の調教師を連れて行けないかと相談を持ちかけた桜森煉次(ic0044)に、正式なやり取りがなければ難しいとギルドの受付担当者は言った。 ● 真っ先に駆け付けた佐藤仁八(ic0168)は、警邏隊には目もくれず、炎龍『熊』を駆って崖下へ急降下した。襲いくる大鴉を容赦なく跳ね飛ばす。 大苦無と手を固定した布はすでに真っ赤に染まり、満身創痍、肩で息をしつつも惟雪はまだ立っていた。 うろうろしていた巨狼が三頭、飛び掛かろうと身を屈めた――そのとき。 パーンという銃声に、狼たちが仰天して飛び退る。追い打ちをかけるように更に二度、銃声が響き渡った。 惟雪の前に巨大な影が舞い降りた。 「縄一本で崖下りて上下敵に囲まれて、チビ助守って大立ち回り。男伊達に決めるじゃねえか、助太刀してやらあ」 炎龍からひょいと飛び降りた佐藤はにやりと笑う。 一人かと訊いた惟雪に、佐藤は長巻をぞろりと抜きながら、『あとから来る』と応えた。どうやら彼は、まっすぐここに来たらしい。 「……にいさんもたいがい豪気だな!」 思わず吹き出した惟雪に佐藤はふん、と笑い返し、相棒へ声をかけた。 「熊公、無理すんなよ? いやその、おめえが怪我すっとチビ助が吊り上げられねえんだ」 視線を外した佐藤に巨狼が跳び掛かる。が、彼に届く前に狼の頭は胴と切り離されていた。 「近寄る奴ぁ、叩っ切る。長巻の間合いは遠いぜ、犬っコロ」 大上段に構えた長大な刀身が陽の光を鈍く弾いた。 先程、単騎で崖下に急降下していったのを感心するやら呆気にとられるやらで見送った警邏隊の面々だったが、続々と空から舞い降りてくる開拓者たちの龍に歓声をあげた。 「急を要しますので取り急ぎ、ご挨拶まで……私はサマンと申します」 走龍『アイヤーシュ』に跨ったまま、シリーン=サマン(ib8529)は警邏隊と上役に軽く一礼する。 「苑梨、子龍を守れ。心細いだろうからな。頼んだぞ、お前なら大丈夫だ」 由他郎は、そう相棒に言って軽く首を叩いた。龍は翼を広げ、崖下へ降りていく。その進路を邪魔する鴉アヤカシを狙い、彼は弓を構えた。 霧咲水奏(ia9145)は甲龍『崑崙』を警邏隊の守りにつかせ、警邏隊隊長、上役の方へ向き直る。 ざっと状況を確認するが、事態の進展は見られず、警邏隊の何人かは崖下へ降りようとしたが大鴉の襲撃と味方の矢で断念せざるを得なかった。また、警邏隊の弓は射程が短すぎた。 「狼は頼む。空は、俺達に任せて貰おう」 由他郎は崖下へ降りる仲間へ声を掛ける。 「親が自分を犠牲にしてまで守った子龍ちゃん……その想い、無駄になんかしないよ。……そぉれいっ!」 楠木(ib9224)は駿龍『こっこ』に乗ると、威勢の良い声とともに舞い降りる。 それへ駿龍『温羅』に騎乗した桜森が続き、玖雀(ib6816)もまた炎龍『梓珀』で崖下へ急行した。 シリーンは巧みに走龍を操り、崖を滑空していく。次々と着陸する仲間の龍を眼下に捉えつつ、巨狼が死角を狙うように移動するのを見た。 「アイヤーシュ、気にしないのよ? クッションにしてお上げなさいな」 シリーンは優しく相棒に言う。走龍の強健な足が岩壁を蹴り、主人の言葉のまま、今にも飛び掛かろうとしていた巨狼を豪快に踏み潰した。 玖雀は斃れた親龍を見て微かに顔を曇らせたが何も言わず、子龍の守りを相棒に託す。 「よーし、こっこは其処で子龍ちゃんを他の子たちと守ってあげてね! ……ま、こっこ達まで狼を行かせないようにするのが私のお仕事なんだけど」 楠木は眼鏡をくい、とあげて小太刀をすらりと抜きはらう。 「遅くなって悪いな。まだ生きてるかい?」 桜森の問いに、惟雪は『なんとかね』と返す。傷だらけの男に小さく笑んだ桜森は、相棒の首をぽんぽんと叩いた。 「頼んだぞ、温羅。仲良くな」 「惟雪様、手当ていたします。……アイヤーシュ! いいこと? 手当てが済むまでの少しの間、散らして頂戴。頼むわね」 シリーンが手早く応急治療の準備をしながら、相棒に声を掛ける。走龍は心得たようにくるりと向きを変えた。 「さぁて、声掛け合っていこうか!」 玖雀がパシッと拳を掌に打ち付ける。 子龍を守るように居並んだ龍と開拓者たち――防戦一方だった崖下の戦いはこのとき攻勢に転じた。 「無闇に矢雨を降らせませぬよう」 そう、警邏隊に注意を促した霧咲は、崖下へ降りていく仲間の進路を守るように、『バーストアロー』を放つ。衝撃波を伴ったそれは大鴉を射抜き、その周囲に居た数羽を薙ぎ払った。さらに一矢――。 大鴉はぎゃあぎゃあと喚きながら、敵意をこちらに向ける。 「多いな……よくもまあ、ここまで集まったものだ」 由他郎は『鷲の目』を発動させ、大鴉の目を狙い確実に霧消させていく。 そして、数羽がこちらへと連携して襲い掛かったのを霧咲が『バーストアロー』で払い、『即射』で立て続けに矢を放つ。 数羽があっという間に霧散していくさまを、警邏隊の男たちは呆然と見つめた。 由他郎もまた、弓の射程が長いことを活かし『鷲の目』でアヤカシを確実に捉え、瘴気に変えていく。突然、目前に大鴉が飛び上がった。 「――っ!」 彼は咄嗟に『山猟撃』で剣に持ち替え、身を捻って大鴉の嘴を躱し、大鴉の目に深々と剣を突き込む。そして刀身を引き抜いた勢いをのせ、その首を掻き切った。 炎龍に騎乗した巳は、崖下の仲間を狙う大鴉へ『電火手裏剣』を放つ――鴉が上空からの攻撃に体勢を崩し、翼をばたつかせる。 「蛇が鴉を食むが如く……ってな。ちぃとおいたが過ぎたな。……消えてもらうぜ?」 にたりと笑った彼の手から雷の手裏剣が走る。大鴉の頭部を直撃し、巨大な鳥影は落下の途中で霧散した。 上空の大鴉はほどなく姿を消すだろう――そう判断した巳は、龍を駆って崖下へと舞い降りた。 上空から大きく旋回して襲い掛かる大鴉へ、シリーンが短筒の射程ぎりぎりまで引き付け、撃ち放つ――轟音とともに頭部を吹き飛ばされた大鴉はそのまま瘴気となって消えた。 桜森は子龍にほど近い位置を取り、龍に襲い掛かろうとする狼を相手取る。常に『炎魂縛武』を発動させた野太刀は紅い炎を纏い、連携してくる二頭を『流し斬り』で薙ぎ払った。一頭の首を斬撃が噛み、さらに一頭は押されるように吹っ飛ばされて別の狼に激突する。 その好機を見逃すはずもなく、佐藤の長巻が唸りとともに狼の首を跳ね飛ばした。 剥きだした狼の牙は、突きだされた鍋の蓋を空しく噛み、玖雀は巨狼の体重に己の体重を乗せるように思い切り腹を蹴り飛ばす。 ギャン、という声をあげたアヤカシに『早駆』で接近した巳が、『無刃』で攻めたて、狼の首に深々と刀を突き立てた。ちらと玖雀に目をやり、ニヤリと笑う。 小太刀を振るって狼に立ち向かっていた楠木の呼吸は既に乱れ、ずり落ちてくる眼鏡を上げる動作もどことなくキレがない。弾き飛ばした狼と対峙しつつ、ぼやく。 「しっつこいなあ……そっちがその気なら、こっちだって! 先輩っ!」 自分の後方にいる玖雀を振り返り、にこりと笑う。玖雀も彼女の意図を了解したのだろう。彼女に襲い掛かる狼を見、言った。 「楠木、そいつ寄越せ!」 楠木は狼の牙を躱し、刀を流すようにアヤカシを玖雀へ押しやる。その間合いを正確に掴んだ彼は、己が相手していた狼を楠木の方へ蹴り上げた。 飛んでくる巨狼の軌跡を捉えた瞬間、彼女は『奇闘術』を発動させ、 「くたばれこの狼ぃいい!」 叫びざま、見事な回し蹴りを叩き込んだ。 「……倒れた? みっくんと先輩が見てる前で自慢の脚技できちゃったー!」 地に落ちた狼が霧散したのを見て喜ぶも、よろりとよろめく。 「おっとと……大丈夫ですよ。まだまだ戦えます!」 そうして二人ににこりと笑ってみせる。 (……こいつ、俺のこと年下だと思ってんのか? ま、いいか。勘違いさせとけ) 巳は楠木を眺めつつ心中で呟くが、そのまま放っておくことにしたらしい。かわりに、 「……だとよ、くーちゃん」 にやにや笑いながら玖雀へ振る。 「くーちゃん言うな」 玖雀は横目で巳を睨み、憮然と言った。 ● 崖上に居た由他郎、霧咲が龍で降りてくる。 由他郎は斃れた創だらけの親龍に束の間、瞑目する。 (文字通り、死守、か……) 霧咲もまた、しん、とした表情でその亡骸を見つめた。 「あんた、立派だねえ……」 子龍の傍に倒れた巨大な炎龍の亡骸を、佐藤がそっと撫でた。 「出来れば瘴気の薄い場所に眠らせたいものです……ああ、牙だけは子龍のお守りとしましょうか。どうか力強き子に育つようにと……」 霧咲が言い、亡骸の頭部へ回る。佐藤は剥がれ落ちた鱗を見つけた。 (野生で活き、いつかアヤカシになっちまうのか、それともヒトに飼い慣らされんのを良しとすんのか……どうなるかねぇ……?) 巳は煙管をくわえながらぼんやりとそれらを眺めている。 佐藤は親龍の牙と鱗に穴をあけて紐を通し、惟雪の頭をはむはむしている子龍にかけてやろうとした。 「形見だ。大事にしろよ」 一度、ぐっと頭を反らした子龍だったが、味方と認識を改めたか、大人しくそれをかけられた。 玖雀も己の相棒との出会いを思い出しながら、そっと手を伸ばす。 「……頑張ったな」 子龍はぱちりと瞬き、小さく鳴いた。 霧咲が惟雪へ向き直って問う。 「子龍はどのような扱いになるのですかな?」 それへ便乗するように楠木が頷く。 「惟雪さん、難しいとは思うんですけど……助けてあげられたら、嬉しいな。子龍ちゃんが酷い扱いを受けるの、嫌だもん!」 「ギルドが引き受けてくれれば一番だが……何とかならないか?」 桜森も子龍から惟雪へ視線を移し、訊く。 「助けるんなら最後まで責任持ちな。ほれ」 佐藤は、飼育費だと言って財布を惟雪に押し付ける。 だが―― 惟雪はなんとも言えないような微苦笑で押し返した。 「……ここが宮仕えの辛えとこだな……あんたたちの気持ちはよくわかる――だが、実のところ事はそう簡単じゃねえ。そもそも、てめぇんとこの手駒じゃなく、俺たち伊堂の警邏番が駆り出されたってことは、一貴族の戯れとは一概に断言できねえ部分があるんだ」 伊堂の警邏隊は公儀として成り立っている。その警邏隊を動かすということは、その者はそれなりに高い地位にあり、かつまた、その『思惑』がどこにあるのかが問題なのだった。 開拓者たちは惟雪を見、そしてちらりと崖上を……こちらを覗き込んでいるだろう者たちを透かすように見る。 惟雪は、最近の落ち着かない、何者かが暗躍する石鏡の状況を鑑み、今ギルドと溝を作るわけにはいかないのだと言う。その上で、彼らに約束した。 「俺も、なんとかギルド預かりにならねえか伝手を使って動いてみる。……親龍やあんたたちに守ってもらった命だ、粗末にするわけにはいかねえさ。相棒として可愛がってもらいてえし……なあチビ」 惟雪は肩先にあった子龍の頭をぽんと叩いた。 そのとき、集合の呼子笛が鳴らされた。 親龍の巨体に縄がかけられ、開拓者たちの龍が崖上へ運んでいく。 子龍は檻に入れるべきか悩んだが、余計な重量が掛かるのを良しとしなかった惟雪は、網縄で上げることにした。その際、網縄の中に彼も入る。 「……俺もいろいろ経験してきたつもりだが、龍と一緒に網縄で空ぁ飛ぶたあ、思ってなかったぜ……」 そして、親龍の亡骸は崖から少し離れた小高い丘の上に、開拓者や警邏番たち総出で土を掘り、埋葬された。 楠木が付近の花を摘んで供える。 (こいつのことは何とかしてやる。だからゆっくり休みな) そう語りかけ、桜森は静かに手を合わせる。 彼らは静かに黙祷を捧げた。 上役は開拓者たちへの礼もそこそこに、大人しく惟雪の傍に居る子龍を見て与し易しと思ったか、檻に入れろと居丈高に命令する。 途端、子龍の口から凄まじい威嚇の声と共に火炎が噴出した。 「ぅわぁっ!」 警邏番たちは一斉に後退り、上役は盛大に絶叫して飛び退いた拍子に無様にも後ろへひっくり返った。 「……へえ。いい火炎を出すじゃねぇか……」 けらけらと巳が笑う。 霧咲が上役と案内の行商人、そして警邏番たちにも聞こえるよう、よく透る声で進言する。 「親龍を亡くし、それも気性の荒い炎龍に御座いまする。優れた調教師でなければ飼育も難しいかと。きちんと調教がなされるまではそれなりの者へ預けるのがよろしいかと存じまする。……怪我人出ては、責任は引き渡した者へと降り懸るでしょうからなあ……」 最後のはどう聞いても脅しだ――案の定、上役はさっと蒼ざめ、開拓者たちと子龍を交互に視線を泳がせた。 子龍は結局、檻の中ではなく、荷車の上に乗せられることになった。 霧咲がてきぱきと警邏番たちに提案する。 「さーて、どうだ? 何か上手くいったことはあったか?」 それを横目に、さっさと戻ってきた巳が相棒へ訊く。 由他郎もまた、子龍へ母のように接したであろう相棒を労ってやった。 「よくやってくれた」 龍たちの間で交わされた『言葉』はヒトにはわからない。だが、子龍を守るために戦った開拓者や惟雪に対して、幼い龍が警戒を解いたのは龍たちのおかげだろう。 彼らはそれぞれに自分の相棒の働きを称え、子龍へ心を残したまま、神楽の都へと戻って行ったのだった。 ● 惟雪は以前の借りを返せと、高官役人の嶌田のもとへ乗り込み、子龍をギルドへ預けるよう手を打った。 ある日。 「惟雪さん、いるかい」 小柄な男が詰所をひょいと覗いた。 今回の件は貴族が法を曲げて警邏隊を動かしたことが判明し、嶌田は惟雪の希望通りに子龍をギルドへ預けようとしたのだったが―― 「アホな貴族もあったもんだが……。しかし、とてもじゃないけど、あれぁ手に負えないぜ。暴れるわ、火ぃ噴くわ……調教師は匙ぃ投げちまったよ。お前さん、よくもまあ、荷台の上に仲良く座ってたねえ」 嶌田は心なしか楽しそうに笑う。惟雪はなんとなく不安を覚え始める。 案の定―― 「てわけでね、責任もって育ててやっておくんな。警邏隊に炎龍がいてもいいと思うぜ、おれは」 嶌田はぺしりと惟雪の肩を叩き、からから笑いながら帰っていった。 様子を窺っていた警邏番たちから大歓声があがる。 惟雪はやれやれ、と嘆息した。 開拓者ギルドへ八名に宛てて、伊堂の警邏番・惟雪から書簡が届いた。 件の子龍は結局、惟雪預かりとなったこと。 そして、 その炎龍を『光麟』と名付けたと――素っ気ないほど短い文面で綴られていた。 |