鬼儺
マスター名：昴響
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| ■オープニング本文 ● 三位湖を右手に、道はゆるやかに蛇行しながら安雲まで伸びている。 食欲をそそる香ばしい匂いとともに子供の甲高い声が聞こえてきた。 「どろぼー！ 誰か、食い逃げ捕まえてーっ！」 絵師は前から走ってきた火の玉のような塊をひょいと掴みあげる。 「うわーん、離せよーっ」 「おやおや……」 絵師は少し驚いたように呟いた。子猫のように襟首を掴まれた子供はじたばたと宙で暴れている。 彼が驚いたのは子供の『髪』にだった。紅蓮の炎を思わせる見事な紅が鬣のように広がり、額と頭頂の間に一本の青みを帯びた角がある。どうやら修羅族の子供らしい。 「……あっ、おじさん、ありがとう！ 食い逃げめ！」 更に、前方から走ってきた子供が絵師に礼を言うや、ぶら下げられている赤髪の子供に掴みかかろうとする。 「ごめんなさい！」 襟首を掴まれた子供は手に何か持ったまま、きゅっと身を縮こまらせた。 「ちょっとお待ちなさい。……お代というのは、この子が持っている食べ物の？」 絵師はやんわりと子供の拳を受け止め、縮こまった子供の方を見る。擦り傷だらけの小さな手にあったのはもふらの形をした平たいものだった。 子供はうん、と頷く。 「もふら形焼きだよ！ じいちゃんが焼いて売ってるんだ」 「ふむ……香ばしい匂いはこれでしたか。私もいただいてみましょうか……この子の分も一緒に払いましょう」 二人の子供はきょとんとして絵師を見上げた。 ● 「多歌良！ ……おや」 屋台にいた老人がやっと戻ってきた孫を見て声をあげる。 「じいちゃん、絵描きさんがこいつの分のお代をくれるって！」 「それと、私にも一つ焼いてください」 絵師は二つ分の代金を差し出しながら微笑んだ。 痩せこけた修羅の子供は七つか八つに見える。着物はぼろぼろであちこち擦り傷だの切り傷がついている。 「坊や、名前は？」 絵師が問えば、もふら形焼きに齧りついていた子供が金茶色の目を向けた。 「ひし」 反芻して聞き返すと、子供はたどたどしく『緋獅』と地面に書く――この子供によく似合う名だ、と絵師は微笑む。 「ご両親は？」 緋獅は首を振った。 難を逃れ石鏡に来たらしいが、長い旅の疲労がもとで立て続けに亡くなったのだという。 「……絵描きのおじちゃん、もふら焼きありがとね。おれ、あそこに戻ってあいつをやっつけなきゃ」 寝そべっていたもふらのかがりが、『もふら焼き』に反応してぱちりと目をあける。 緋獅は幼い顔に決意を浮かべて立ち上がった。 「あいつ？」 「……村の人が死んだのはおれのせいだっていうけど、おれ、人なんか食べないし……見たもん。でっかい影みたいの……」 絵師と老人は顔を見合わせ、もう一度子供を座らせた。 緋獅は、両親が亡くなってしばらくは隠れ住んでいた洞窟の周辺で食べ物を取っていた。ある日、遠出して歩き回っていると子供たちの声がする。そっと覗いてみると小さな村があり、数人の子供たちが楽しそうに遊んでいた。 赤い髪の緋獅を珍しそうに見た子供たちだったがすぐにうち解け、一緒に遊ぶようになった。 しばらくして、一緒に遊んでいた一人の子供の影が急にむくむくと立ち上がり、子供に襲い掛かろうとした。 緋獅が咄嗟に影に体当たりを食らわせると、『影』は大きな塊となって子供の影から飛び出した。子供たちは悲鳴を上げて逃げ出す。 緋獅は持っていた木切れを渾身の力で『影』に突き立てた。途端、眩しい閃光が弾けて煙幕がたちこめ、目を開いたときには『影』はどこかへ消えていたのである。 緋獅の災難は、その後に起こった。 逃げ帰った子供たちは、怪物が出たと大人を連れて来たものの怪物は消えており、居たのは真っ赤な髪に角を持った子供―― 「……で、怪物と間違われて村人に追われたのですね」 絵師が言えば、緋獅は頷く。 「鬼だって……」 「鬼じゃなくて、修羅っていうんじゃないの？ こないだ助けてくれた開拓者のねーちゃんが修羅族だったよね、じーちゃん？」 多歌良が首を傾げながら老人を見上げてくるのへ頷き返すと、呟いた。 「いまだに偏見が残ってるのか……？」 「というより、そもそも修羅族を知らないのかもしれませんね」 絵師が言い、少し考えこんだ。 その傍で『かいたくしゃって何？』と聞く緋獅へ、『すげえ綺麗で強い人たち』と多歌良が大雑把な説明をしている。 「ふむ……ちょっとその村へ行ってみますか……」 「ええっ！？」 絵師の呟きを耳にした子供二人が、それぞれ色合いの違う声を同時にあげた。 ● 街道をはずれ、細い山道をひたすら登っていく――修羅の子とはいえさすがに絵師の足にはついていけず、途中から背負われていった。 その村は十数軒ばかりの、すべて近親者で構成された小さな集落だった。 絵師が赤髪の子供を連れて行ったときには、村は異様な雰囲気に包まれていた。既に被害が広がっているのだろう。 小さな手が絵師の手を強く握ってくる。 「大丈夫ですよ」 絵師が低く囁くように言ったとき、 「ひしちゃん！」 高い声がし、家の一つから小さな女の子が出てくる。それを慌てて引き留めるように母親が、次いで父親が飛び出し、農具を振りかざして二人に襲い掛かった。 「鬼子め！」 「……私は絵描きです。この子は鬼子ではなく修羅族の子ですよ」 絵師は訂正を入れながらするりとかわし、振り下ろされた鋤を掴んだ。 「うっ……ぐ……」 男は鋤をぐいぐい引っ張ろうとするがびくともしない。 家の中で、女の子の『ひしちゃんはちがうもん』と叫ぶ声がする。 「く、くそ、離せ！」 絵師はぱっと手を離す――男は思い切り後ろへひっくり返った。 「……アヤカシは待ってはくれませんよ。長老はどちらです？」 緋獅を追い出したあとも、村には奇怪な事件が立て続けに起こった。 木陰で休んでいた村人がいきなり絶叫を放って黒い影に飲み込まれたのである。次には二人……彼らは納屋の傍で『影』に襲われた。 絵師は確信したように頷いた。 「おそらく『影鬼』といわれるアヤカシでしょう。影に潜み、影から影へと移動する厄介なものです。確か、自分の影に潜んだそれを自分で攻撃することができないとか」 「そ、その鬼子が連れて来たんじゃないのか？」 壮年の男が怒鳴るように言う。絵師の隣で子供がびくりと肩を震わせた。 「違いますよ。修羅は修羅です。アヤカシではありません。今日この子に来てもらったのは、この子の見たモノとあなた方が見たモノが同じかどうか確かめたかったからです」 絵師は低く透る声できっぱりと否定する。 長老や村の主だった男たちが不安げに顔を見合わせた。 「何か防ぐ方法はあるんですかの……？」 問うてくる長老へ絵師は首を振り、静かに言った。 「アヤカシは開拓者に討伐してもらうしか手はありません。放っておけば被害は広がるばかりです――なぜなら、アヤカシは人の恐怖心というものにも引き寄せられてきますから」 |
■参加者一覧
柚乃（ia0638）17歳・女・巫 
一之瀬 戦（ib8291）27歳・男・サ 
乾 炉火（ib9579）44歳・男・シ 
葵 左門（ib9682）24歳・男・泰 
永久（ib9783）32歳・男・武 
桜森 煉次（ic0044）23歳・男・志 |
| ■リプレイ本文 ● 陽州解放――人と修羅を仲違いさせようと暗躍した者があったことを思い出しながら、柚乃（ia0638）は山道を黙々と進んでいた。 「偏見はいまだ、なのですね……」 ぽつりと漏らされた彼女の呟きを聞き取ったのか、乾炉火（ib9579）は、微苦笑に口を歪めた。 「まぁ、人間てのは『自分が知らない・理解できないもの』に対して一番恐怖感じたりすっからな……修羅族については後からゆっくり知ってもらうとして、アヤカシをどうにかしねぇとな」 今回の依頼は、彼らの他に四人――すべてが修羅である。故に、それぞれが大なり小なり『傷』を抱えていた。 その一人、一之瀬戦（ib8291）は、ギルドで依頼の詳細を見たとき、 「鬼子、ねえ？ 自分の子供の言葉すら信用しねぇで、無知をひけらかして、他人を蔑にして。こいつらのがよっぽど立派な鬼なんじゃねぇの？」 そう、皮肉気に吐き捨てた。 「やれやれ……鬼とは、穏やかじゃないね……」 永久（ib9783）もまた、それを見て溜息を落とす。 「お仲間か……」 桜森煉次（ic0044）は、小さな同胞がアヤカシに立ち向かおうとしたことに心意気を感じたらしい。 また、一方。 （ありふれた話に何を悲しみ何を怒り、何を哀れむというのだ。異形を恐れ、穢れを忌み、咎とする……宿世の業を受け生まれ出でた化け物と蔑む性根がヒトというものだろう？ それを嫌う者も同じさ……） 「自らを受け入れられぬモノには惆悵慷慨憂戚と向ける……」 葵左門（ib9682）は小昏い笑みを浮かべ、ごく小さく口の中で呟いた。 それぞれに、思いを抱きながら―― ● 細い山道が突然開けた。 陽光の下で待っていたのは、旅の絵師と炎のような髪色の修羅の子供。 絵師とは面識のある永久が唇に笑みを刷く。 「元気そうで何よりだ。……本当に縁があるというか、何というか……」 「お久しぶりです。永久さんもお元気そうで何よりです……このたびは助力を感謝します」 思わぬ再会に驚きつつ絵師も微笑み、それから開拓者たちを見回して軽く一礼する。 その彼の手を握っている緋獅は、長大な得物を手に居並ぶ偉丈夫と美丈夫たちを見上げ、口をあんぐり開けていた。 桜森が笑って子供に声を掛ける。 「一人でやっつけようとしてたんだって？ ちっこいのになかなか根性あるじゃないか。一緒にお前さんの友達を守ろうぜ」 緋獅は話しかけられて驚いたように彼を見上げ、はにかみつつもこくりと頷く。そして少し離れた位置に立っていた柚乃に気づいた。 彼女はくす、と笑いながら自分の青い髪を一房つまんでみせる。 「なんだか、柚乃の髪と対照的みたい……よろしくね」 言われて緋獅も自分の髪をつまんで見比べてみる。そして、くふっと笑い声を洩らした。 「……なんで離れて立ってるの？」 不思議そうに尋ねた子供に、彼女はちょっと困ったように笑う。 「え、あ……皆さん、背が高いので……」 緋獅は瞬いて柚乃、絵師、そして長身の開拓者たちを順に見つめ、言った。 「でも、この中ではおれが一番チビだ」 ぷっと吹き出した乾が緋獅の頭をくしゃりと撫でた。 柚乃は村へ入ってから『瘴索結界』を発動させ、瘴気の動きを探っている。無論、屋内に入る前にも互いの影を確認して入った。動きがないところを見ると、別の場所にまだ潜んでいるということだろう。 長老の家に集まっていた数人の男たちも、居並んだ開拓者たちに度肝を抜かれたらしい。 「修羅という一族はご存じかな？」 永久は穏やかにそう切り出し、ごく簡単に説明すると村人全員をここに集めるように言った。 血縁者ばかりの小さな村だ。集まっても三十人にも満たない。一人一人の影を、開拓者たちは武器で確認しつつ屋内へ入れていく。 「あんまり気持ちの良いもんじゃないだろうが、我慢してくれ」 緋獅より少し大きい子供の影を苦無で攻撃しながら、桜森が微苦笑を浮かべた――が、子供の方は好奇心が先に立っているのか、目をきらきらさせて地に突き立った苦無を見ている。 村人の護衛に残るのは桜森。緊急時には絵師も対応することにし、五人は二班に分かれて事件のあった場所を中心に『影鬼』の捜索から入る。 「……あ。念のためにこれを」 「お。すまねぇ。じゃ、ちっと借りるぜ」 乾は柚乃から瘴気を計測できるという時計『ド・マリニー』を受け取った。 一之瀬は深紅の槍を肩に、外へ行きかけてつと村人に目をやった。 「……先に忠告しとくか。……俺ら修羅は、確かにお前ぇら人間とは違うかもしれねぇ。けどな。俺らもヒトだ。修羅としての矜持を持って、其れでもお前ぇらと同じ様に精一杯生きてる、普通のヒトだよ。……だから――『鬼』なんかに惑わされんな」 そう言わしめたのは彼の経験からか……村人の反応を待たず、一之瀬はくるりと踵を返した。 葵は、緋獅の目の前に三尺強の棍『彗星』を突きつけた。子供は戸惑いながらそれを握る。 「……くれてやる。木の枝では心許なかろう？」 くつりと笑ってさっさと背を向ける青年に、緋獅は嬉しさに顔を輝かせて叫ぶように言った。 「……っ、にーちゃん、ありがとう！」 柚乃は『瘴索結界』を発動させ、瘴気の動きを探る。そして、一之瀬、永久は村人が襲われた木陰を中心に物の影を突いて回る。無論、自分たちの影がそれと交わることのないよう、細心の注意を払いつつの作業だった。 「怖いか？ いいさ、俺も修羅の全部が良い奴だなんて事は言わない。多分、人間だってそうじゃねえかな。ただ俺は、どこの生まれだって、どんな種族にだって良い奴が居るって知ってる。どこの誰とも分からない俺を拾って育ててくれたのは、そういう人たちだったからな……」 長老の家の一番大きな座敷に詰め込まれ、互いに身を寄せ合うようにして恐々と桜森を見つめる村人に目をやり、軽く笑う。そして、母親の手を振り切って緋獅の傍に座った小さな女の子を見た。 「緋獅は良い奴だろう？ それに良い男だ。これからも仲良くしてやってくれな」 女の子は桜森を見、緋獅をちらっと見上げてから、こくりと頷く。 そのとき、甲高い呼子笛の音が響き渡った。 桜森は素早く立ち上がり、絵師を見る。男は頷き返した。 「緋獅、ここは頼むぜ。友達守ってやりな！」 「……うん！」 緋獅が葵から譲られた棍を握って頷いたのへ、桜森はにやりと笑い返し、野太刀を握って外へ飛び出した。 それよりほんの少し前―― 葵と乾は納屋近辺の影を捜索していた。 互いと建物の影が重なることのないよう、注意を払いながら影を突いて回る。 「……話じゃ、この納屋で二人やられたんだっけな」 乾が呟き、『ド・マリニー』にちら、と目をやる。 葵が棍を突き立てたときだった。 くぐもった唸り声とともに黒い塊が飛び出し、葵に襲い掛かる。 乾は呼子笛を吹き鳴らし、『暗視』を発動させた。 葵は泰剣に持ち替え、『影鬼』を納屋から引き離しながら追い立て、 「ヒトにも鬼にも紛れぬ紛い物とは仲良く出来んか。残念なことだ」 その相貌に皮肉気な嘲笑を浮かべる。 影鬼は葵の斬撃から跳び退り、手を振り払うような仕草で『瘴気斬』を放った。 「――っ！」 葵と乾は咄嗟に、横跳びにそれを躱す。隙をついて別の影へと移ろうとしたところへ、駆けつけた一之瀬が『咆哮』を放った。 影鬼が引き付けられたように一之瀬の影に飛び込む――彼は薄い笑みを浮かべ、目を閉じて静止した。 無論、『鬼』などに呑まれるつもりなどない。 長老の家から飛び出してきた桜森が野太刀を抜く。 永久、乾、葵が一之瀬を囲み、柚乃は後方に位置を取りアヤカシの動きを注視した。 一之瀬は目を開き、己の足元へ『猿叫』を放つ。潜んでいた影が背後でむくりと身を起こすのを見逃さず、一之瀬は身を翻しざま、『隼襲』で影を貫き、くすりと笑う。 「鬼風情が俺を食えるなんて思うんじゃねぇよ……俺を食って良いのは俺が認めたイイ女だけ……ってな」 凄まじい絶叫が響き渡り、巨大な黒い影が急速に形をともないつつ、逃げ場所を探すようにゆらゆらと揺れた。 すかさず永久が『烈風撃』を放ち、衝撃波を叩きつけて強烈な一撃を加える。 「逃げ隠れされるのは好きじゃないんでね」 金の目が強い光を放ち、微かな笑みが唇に浮かんだ。 一之瀬の影から完全に切り離され、引きずり出されたのは、身のたけ一丈を超える黒い鬼の『影』だった。 乾がすかさず『風魔閃光手裏剣』を投げつける。巨大な光る手裏剣が影鬼の膝を切り裂いていく。 『ぐおっ』と獰猛な唸り声をあげてよろめいた影鬼が手をかざし、乾に『瘴気斬』を放とうとした。そこへ、『瞬脚』で一気に間合いを詰めた葵が、『骨法起承拳』で影鬼の膝へ凄まじい一撃を加えて体勢を突き崩す。 それでも怒りとともに放たれた『瘴気斬』は、開拓者たちの皮膚を切り裂いていったが、影鬼から目を離しはしない。 桜森が死角から駆けより、『炎魂縛武』、『流し斬り』で鬼の肘下を切り飛ばす。 絶叫した鬼が光りを纏ったと思った瞬間、柚乃は咄嗟に『重力の爆音』を放っていた。叩きつけられた凄まじい『音』の攻撃に、動きを押さえつけられる。 影鬼の逃亡が阻止されたその隙を逃さず、乾の巨大な手裏剣が再び襲い掛かり、片足を切り飛ばす。 地響きを立ててもんどりうった影鬼に、一之瀬の槍が鋭く突き込まれた。 残る片手を無茶苦茶に振り回す影鬼の攻撃を巧みに避けながら、永久は『覚開断』を発動させ、紅の刃を鬼の胴へ叩き込んだ。 桜森が鬼の背中から野太刀を突き、抜きざま飛び退る。 「終わりだ」 呟き、一之瀬は深紅の槍を鬼の首に深々と突き立てた。 轟きのような絶叫があたりに響き渡り、巨大な黒い影は瘴気となって霧散した。 ● 「ありがとうございました」 長老は深々と開拓者たちに頭を下げる。主だった面々も、つられるように一礼した。 彼らの複雑な心境もわからぬではない……が。 「赤い髪が珍しいなら俺の髪なんかどうすんだよ」 自分の青く染めた髪を差して、都じゃ珍しくもないと呵呵大笑した乾は、 「……緋獅はな、お前らに鬼だ何だと追い出されて、それでもアヤカシ倒そうってここに戻ろうとしてたんだ。現に緋獅がいなきゃ、今俺らはここにいねぇ。……人として何か言う事あんじゃねーか？」 口元は笑みを浮かべたままだったが、その実、目は笑っていなかった。 村人たちはばつが悪そうに俯く。 「……儂らは、あまりに外を知らな過ぎた……」 長老の自嘲するような声音が耳を打つ。 一之瀬はその様子を横目で見ながら、赤い髪の子供へ目をやった。 『瘴気斬』で怪我を負った仲間たちを『精霊の唄』で治癒したあと、柚乃は子供用の着物を緋獅に差し出した。子供のぼろぼろの着物をなんとかしてやりたくてうずうずしていたようだ。 「今着ている着物、思い入れがあるなら無理強いはしないけど」 柚乃はそう言って微笑む。緋獅は自分の着物をつまんで、 「……これ、かーちゃんが作ってくれたんだ……」 そう呟いたものの、柚乃が用意してくれた着物は着心地がよさそうで……。 絵師がくすりと笑って口添えをした。 「緋獅。思い出の着物は洗って仕舞っておけばいい」 子供はぱっと笑顔をみせ、頷いた。 柚乃は笑い、『創の手当てもしなくちゃ』と言って、着替えのために緋獅と部屋を移る。 「……色々と世話を焼きたがる者は多いようだが、修羅の子の扱いはどうするのかねぇ？ ヒトに紛れて住むのも、隠れ住むのも自由……自分が何者かを知るのなら、生き方を選ぶことも出来るのだからなぁ」 少し離れた場所で傍観していた葵がくつりと喉で笑う。 絵師は彼を見、『そうですね……』と呟くと、しばらく思案した。 ――どうしたいのかは、緋獅にゆだねることにした。 「……ここに住みたいのなら、私から長老に話そう。緋獅は、どうしたい？」 絵師は静かな声で子供に尋ねる。 棍を握りしめ、緋獅は遠巻きに見ている村人へ――小さな女の子へ目を向け、そして反対側に立つ開拓者たちへ目を移す。 「おれ、おっきくなったら『かいたくしゃ』になりたい。……でもここで暮らすのは、やだ……」 絵師は小さく頷いた。 す、と近づいた永久が緋獅の頭に手を置く。 「ひとは、怖いか？ でも、憎くは思わないでくれ……。憎しみは、己を濁らせる」 静かな彼の声はゆっくりと染みいるようで――緋獅は永久を見上げ、『憎くないよ……』と呟いた。 「開拓者にはお前ぇくらいの小せぇものいるぜ？ まあ、仕事できんのは十歳くれぇからだけどな」 一之瀬が軽い調子で言えば、 「ほんとう！？」 緋獅は驚いたように目を開き、何を思ったか絵師を見た。 「……絵描きのおじちゃんは？」 「私は絵描きだからね。あちこちふらふら歩き回って絵を描くのが『仕事』だ」 子供の小さな頭の中でなにがめぐったのか……緋獅は決然として顔をあげた。 「おれ、おじちゃんとふらふらしたい。それからかいたくしゃになりたい」 絵師は一瞬ぽかんとした。永久が小さく吹き出す。 「ま。それもいいんじゃねえか？」 乾が呵呵と笑いながら身を翻す。仲間たちがそれに続いた。 山道を下っていく開拓者たちの背を見つめ、ふと振り返った緋獅は、一緒に遊んだ子供たちに手を振った。 「あ！ 来たーっ！」 街道に出たところで子供の声がした。 「おや」 絵師が驚いたように『もふら形焼き』の老人と孫を見る。 どうやら心配して様子を見ていたらしく、緋獅の顔を見て安堵したようだった。 子供二人は楽しそうに笑って何やら報告しあっている。 「何にせよ、よかった。今日はおごりだ」 老人は緋獅に笑いながら『もふら形焼き』を一つ手渡してやった。 「ありがとう！」 「あ。柚乃も。一つください」 もふら型の焼き菓子を興味津々に覗き込んでいた柚乃が、一口食べ―― 「おみやげに買って帰りたいな……百個くらい」 「ありがたいけど、ちょっと無理だよ」 ぽつりと呟かれた『数』に、多歌良がびっくりして応える。 「これは熱いうちに食べてもらわないとな」 老人も嬉しいような困ったような表情で笑う。 外側はさっくりと、中はふわっとした生地に熱々の餡が詰められている。風が冷たくなってきた空の下で食べる『もふら形焼き』は、何だか心までも暖かくなるようだ。 ものは試しと、桜森や乾もそれに齧りついた。 開拓者たちは神楽の都へ、もふら形焼きの老人と孫は伊堂へ―― 小さな子供を連れての旅は、決して安全とはいえない。しかも、興味をそそられれば危険な場所へも足を運んでしまうことも自覚している。故に、全く不安がないといえば嘘になる。 だが…… 絵師はこっそりと嘆息し、微苦笑を浮かべた。 （……これも縁というものだろう……） 「さて、私達も行こうか」 絵師は修羅の子供に手を差し伸べる。 「うん！」 緋獅は嬉しそうに笑い、小さな手で彼の手をしっかりと握った。 |
