龍骼
マスター名:昴響
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/18 07:20



■オープニング本文


 魔の森の影響なのか、暗くじめじめした場所は獣さえ近寄らず、時折、屍を食い荒らす烏がぎゃあぎゃあと喚きながら降り立つのみ――。
 巨大な骸はすでに食い荒らされて骨だけになっている。頭蓋から尾の先まで一丈はゆうにある。無論、獣ではない。
 『龍』だ。
 開拓者たちが朋友と呼ぶ類の龍だろう。彼らの相棒は人の手によって訓練されているが、野で生きているものも居る。この骸もそうなのか、あるいは人の手から離れたものかはわからない。
 そして、驚くべきことに、あちこちに見える巨大な骨はすべて龍のものであるらしい。
 龍の墓場――そんなふうに見えた。

 月光さえなにものかによって遮られているのか、瘴気はより濃く、闇は全き闇になる。
 ――と。
 龍の骸骨が横たわる下の『土』が、むくむくと首をもたげ飛び跳ね、てんでに移動しはじめる。それが合図ででもあるかのように、龍の骸骨がぎしぎしと耳障りな音を立てて動きだした。



 石鏡・伊堂からは数日のところ、木々に囲まれた山道を淡々と歩く者が一人。
 三十前後のすっきりとした相貌の男で、網代笠に黒の裁着け、後付行李。首から帳面をぶらさげている。
 深い山の道を進んでいくと、森が切れて右手に草原が広がった。囲ってあるところみると牧場だろうか……遠くに丸く白っぽいものが点々と見える。どうやらもふら牧場らしい。
 柵はもふらさまが出ないように、ではなく、外から来たものが中へ入らないようにという意味合いが強いのだろう。
 絵師はまったりと過ごしているもふらさまを帳面に描きはじめた。しばらくして、牧童らしい男が絵師に気付く。
「こんにちは。旅の方ですか」
 牧童は人懐こい笑顔で声をかけてくる。絵師も穏やかに微笑み一礼した。
「こんにちは。絵描きです。もふら牧場を見たのは初めてですので」
「そうでしたか……絵描きさん、これからどちらへ?」
 牧童の問いに、絵師は首を傾げながら決まっていないと返答する。と、牧童は顔を曇らせ、東の方へ行かぬようにと言った。
 ここから東といえば、奥深い山々の連なりだけが見えるのだが――。
「……また、なぜ……?」
「噂なんですけどね……山間の村に龍の亡霊が出るんだそうです」
「龍の、亡霊……?」

 牧童が聞いたところでは、夜な夜な『龍の亡霊』が人里へ降りてきては、人間に襲い掛かるのだという。それが来るときは必ず、びちゃびちゃという泥が跳ねるような音がするらしい。
 近隣に村があるわけでもなく、逃げ出してきた人の口伝によって広まった噂らしいのだが……。

 「嘘か本当かはわかりませんけど、恐ろしいことです……」
 牧童は何を想像したものやら、ぶるぶると身を震わせた。
「……そうですか……。ご親切に、ありがとうございます」
 絵師はそう言って一礼した。


 龍の亡霊――あちこち旅をしてきた絵師も、そんなものに出会ったことはない。
 こうして行くなといわれた方へ向かっているのは、淡白な相貌に似合わない強い好奇心の持ち主であるが故。
 急勾配の山道を登っていくと、獣道のように見える場所も人が踏んで行ったあとが残っている。絵師はそれを辿って更に上へと歩いていった。
 それは森から『道』へ出るための道だったらしい。
 日の位置を確認して歩みを進めていくと、甲高い悲鳴が聞こえた。
 絵師は声の方へ駆け出した。
「あっち行って!」
 若い娘が半泣きで叫びながら草刈籠を振り回している。よく見ると娘の足元の『泥』が生き物のように飛び跳ねている。
 じわじわと娘を追い詰める『泥』の一つが、勢いよく飛び上がった。少女に飛びつくかに見えたそれは、飛んできた苦無によって弾かれた。
 少女が理解する間もなく、ものすごい速さで駆けて来た影が『泥』を切り裂きつつ、娘の手を掴んで走り始めた。
「耳を塞いで!」
 絵師はいいざま、小さな焙烙玉を投げつける。
 ボン! という爆発音とともに、追ってきていた『泥』が弾け飛んだ。

 「……こんなところに『粘泥』がいるとは……」
 しばらく行ってから絵師は足を止め、振り返って眉根をひそめる。
「あの……ありが、とう……ございました……。あなたは……?」
 全速力で走ってまだ息を切らしている娘が尋ねた。これだけ走って息も乱れていない男を不思議そうに見つめていた。
「旅の絵描きです。龍の亡霊が出ると聞いて、来てみたのですが……先に泥の妖怪に会うとは思ってませんでしたね」
 男の人を食った物言いに、娘は唖然としていたが、やがてぷっと吹き出した。
「物好きな絵描きさん! ……村の人たちは逃げていくばかりなのに……」
 少し哀しげに呟き、村に案内するといって歩き始めた。

 娘は村長の孫で、両親はつい先日、件の龍の亡霊に食われたのだという。
 ぽつりぽつり、その時のことを話してくれた。
「……この前、正体を確かめるために、他の村人は別の場所にいて両親だけ残っていたの……何故って、村長の息子夫婦だから、ですって……。魔よけのお札を持って、亡霊が入ってこれないように結界を張ってるから大丈夫だって……。でも朝になっても帰ってこなかった……」
 彼らが居た小屋は突き崩されており、瓦礫のあちこちに血痕が残っていたのだという。
 その中から、くしゃくしゃになった『骸骨の絵』が出てきた。両親のどちらかが描いたものらしい。
 押し付けられた故のない『責任』のために、少女の両親は犠牲になったのだ。
 絵師は痛ましげに少女を見やり、ぽつりと言った。
「お札や結界が効かないなら、それは亡霊ではなくアヤカシだと思いますよ」
「……アヤカシ……?」
 少女は目を開き、首を傾げた。
「さっきの泥の妖怪もアヤカシです。龍の亡霊も、ひょっとしたら骸にアヤカシがと憑いたものかもしれませんが……いずれにせよ、これは開拓者ギルドに依頼したほうがいいと思いますね」
 絵師の言葉に少女はさらに不思議そうな顔をする。彼は淡々と言った。
「アヤカシ退治をね、専門とする人々がいるんです」


■参加者一覧
羽紫 アラタ(ib7297
17歳・男・陰
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
ゼクティ・クロウ(ib7958
18歳・女・魔
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲
陽葉 裕一(ib9865
17歳・男・陰
闇夜 紅魔(ib9879
17歳・男・泰
シオン・ライボルト(ib9885
17歳・男・砂
大谷儀兵衛(ib9895
30歳・男・志


■リプレイ本文


 村人たちは集まった開拓者たちを物珍しそうに遠巻きに見ていた。逃げ出した者もいたが、それでも半数以上は行くあてもなく村に残っていたのである。
 彼らが到着する前に簡単な地図を描いていた絵師は、砲術士のゼス=M=ヘロージオ(ib8732)へ差し出す。
(この絵描き……以前見かけたことがあったか。龍の亡霊か……。不思議ではあるが命を危険に晒してまで見にいくものでもないと思うが……)
 アクセサリーとジルベリアの菓子にしか今のところ興味のないゼスは、そんなことを思っていたのだったが……
「龍の亡霊、龍骨か。どんなアヤカシなんだろうねぇ」
 そう言って、興味津々で地図を覗き込む友人、吟遊詩人のケイウス=アルカーム(ib7387)を見て『はた』と思い当たる。
(この好奇心……誰かに似ていると思えば……ケイウス、お前か)
 そして彼女は『やれやれ』とこっそり嘆息した。
 一方、詳細を聞いて気難しげな顔をしているのは志士・大谷儀兵衛(ib9895)。
(亡霊やお札などという迷信で人の命を散らせるとは、やれやれ、度し難い)
 そして村長の隣に静かに座っている娘を見る。
(この娘の両親の死を無駄にしては、俺達はもっと度し難いという事になるだろうかな。まあ、これだけ頼もしい仲間もいる。一つ頑張ってみるか……剣の腕はからきしだがな)
 娘が粘泥に襲われた場所を起点にして、山林や地形の詳細が書かれた地図を眺めながら、魔術師のゼクティ・クロウ(ib7958)が藍色に輝く杖を爪で軽く弾いた。
「まずはアヤカシ達を探索するとこから始めなきゃね」
 それに同意して頷く陰陽師の羽紫アラタ(ib7297)は、陽葉裕一(ib9865)へ目を向けた。
「……人魂が効率よさそうだな。裕一、お前も力を貸してくれ。連絡も人魂で可能だから、なんにしろ頼むぜ」
「了解」
「粘泥の方は、日の当たらない洞窟や湿気の多い場所とある……その辺も重視して捜索してみたほうがよさそうだな」
 そうして二人は『人魂』を飛ばす方向を大まかに決めていった。


 陰陽師の二人が『人魂』を、ケイウスは『超越聴覚』で探りつつ山中へと分け入る。日差しは強いのに鬱蒼と茂った木々で薄暗いほどだ。
「しっかし、龍の骨……硬そうというか、丈夫そうだなぁ〜……ちょっとでも物理攻撃くらったら痛そうどころじゃなさそうだ。あ、紅魔。俺が龍の骨の注意を引き付けるから」
 砂迅騎のシオン・ライボルト(ib9885)が苦笑して、傍らの闇夜紅魔(ib9879)へ声をかける。
「おう。とにかく攻めてくぜ! 攻撃あるのみ!!」
 泰拳士の闇夜はそう言って、鋭い爪の生えた篭手をポンと叩いてみせた。
 そんな会話を耳にしながら、大谷は付近の下生えや低木にところどころ腐食があるのを確認する。
「……腐食が目立ってきたな……そろそろだろうかな……」
 そう呟いたときだった。
「いた」
「粘泥が予想以上に多いな」
 羽紫と陽葉が呟き、急いで位置の確認をする。
「龍骨と引き離せそうか?」
 ゼスの問いに、二人は『なんとか』と頷いた。
「同時に遭遇するならストーンウォールで隔離してみましょうか? その方が分担して戦いやすいでしょうから」
 ゼクティの提案に賛同した一同は、さらに歩みを進めた。

 「気をつけて。この先からあちこちに粘泥がいる」
 陽葉が注意を促す。
 耳を澄ませると、なるほど泥の跳ねる音が聞こえている。そして、林立する木立の向こうは見えないが、約半町先に龍骨が眠っていた。
 粘泥が多ければ焙烙玉の使用も考えていたケイウスだったが、ここまで木が密集していると危なくて使えない。ならばと、竪琴を掻き鳴らし『夜の子守唄』を奏でる。
 びちゃびちゃと聞こえていた泥の跳ねる音が静まってゆく。
「地縛霊、招来」
 陽葉の低い呟き――式はずるずると地中に飲み込まれていった。
「ここから南東に空間がある。龍骨はそこへ誘き寄せよう」
 羽紫が言い、龍骨を担当する面々は少しずつ移動を開始した。
 木立の中にぽっかりと空いた空間からは眠る龍骨がよく見えた。距離にして十間強。
 龍の太い骨組が全体を丸めるようにして地に伏している。かつては大空を羽ばたいていたであろう翼も、骨だけでは風を受けることもできない。
 どこか作り物めいた姿は不思議な感覚を覚える。
「あれが龍の亡霊かぁ! 骨だけだと別物みたいだけど、これも生きた龍だったんだよな」
 ケイウスが感慨を込めて呟いた――彼はそもそも、絵師と同じ興味を持って今回の依頼に臨んだのだから――。
 最接近で戦う闇夜とシオンは、じっとそれを見つめている。
 ケイウスの『子守唄』の効果が消滅し、目覚めた粘泥が陽葉が仕掛けた地縛霊に捕らわれはじめる。
 そして――
 羽紫の『呪声』と、ケイウスの『重力の爆音』が眠る龍骨に向かって放たれた。

 二丈近い巨大な龍骨が粘泥を蹴り飛ばして羽紫とケイウスめがけて突進していく。
 ゼクティは絶妙なタイミングで藍色の杖を向け、『ストーンウォール』を出現させると龍骨と粘泥を隔離した。
 粘泥が蠢き、飛び掛かろうと寄り集まる。
「そんなドロドロな姿でこのあたしに近づくなんて、触れられる前に滅却してあげるわ」
 ゼクティの冷ややかな声とともに、『フローズ』が放たれる。周囲の空気が一瞬にして凍りついたところへ『ブリザーストーム』が容赦なく襲いかかり、粘泥は瘴気となって霧散した。
「斬撃符、招来!」
 陽葉が召喚した式は、白と黒の刃となって粘泥を切り裂いていく。彼の後方から飛びつこうとした粘泥は、大谷の一閃で阻まれ、二閃目で瘴気となった。
「あまりこのあたしを怒らせないほうが身のためよ」
 あとからあとから涌いてくる粘泥に、いささか辟易したのか、ゼクティがいいざま『ブリザーストーム』を派手にぶちまける。白い吹雪の中、紫の瘴気があちこちで飛び散った。
 『地縛霊』に捕まりのたうつ粘泥を消化しつつ、ひたすら刀を振るっている大谷も、符を放つ陽葉も彼女と同じく辟易してきたところだった。
 その時、上からばさばさと枝が落ち、まぶしい陽光が差し込んだ。いきなり日光にあてられた粘泥が飛び上がるようにしてその場を離れていく。
 大谷が怪訝に見上げると、黒い裁着けの男――絵師が太い枝の上に立っていた。
「……絵師さん、いたのか」
「はい。絵を描くのに暗すぎましてね。少し光がほしいと思ったのですが……泥が嫌がりましたね」
 絵師は微笑むと、シノビのように枝へ飛び移りつつ日光を遮る枝を切り落としていく。
「それはいいかもね! じゃあ、枝はきみにまかせたよ」
 陽葉は明るい声で絵師に声をかけると、追いやられて塊になっている粘泥に向けて符を放った。

 突進してくる龍骨の背後に、突如、石壁が出現した。
 ロングマスケットを構えていたゼスが、足を狙って発砲する。弾丸は疾駆する龍骨の『足』をかすめていったが、動きを止めることはできなかった。
 だが、緩んだ速度を見逃さず、シオンは『ファクタ・カトラス』を仕掛け、龍骨の注意を引いた。反動をつけて鞭のように振り回してきた尾を間一髪でかわす。体を一転させて宝珠銃に持ち変えた。
「良い図体してんじゃねぇかよ、上等だ」
 闇夜はにやりと笑い、シオンの攻撃をなぞるように『空気撃』を打ち込む――だが、龍骨の態勢を崩すことはできなかった。龍骨の空洞の目がこちらに向き、頑丈な顎で闇夜を噛み砕こうとした。
「白銀の龍よ、奴の体を凍りつくせ……急々如律令『氷龍』、召喚!」
 羽紫の『氷龍』が龍骨に向かって氷の息を吐き出し、凍らせる。その束の間を利用し、闇夜が『骨法起承拳』を動きの鈍った龍骨の首に突き込む。
「くらえっ、牙狼拳! うぉぉぉ――」
 さらに連続攻撃を加えるが、横合いから巨大な龍骨の尾が襲い掛かり弾き飛ばされた。
 シオンが援護するように宝珠銃を構え『サリック』を発動させる。
「くそっ、どんだけかてぇんだ、ったくよぉ」
 受け身をとって起き上がった闇夜が、痺れる手を振りながら毒づく。
 ゼスは『フェイントショット』で龍骨の尾の先を打ち抜き、さらに『単動作』で、シオンと闇夜が攻撃を加えた足へと狙いを定め、立て続けに銃弾を放った。
 龍骨ががくりと体勢を崩す。
「すごいな、俺も負けてられないや!」
 ケイウスは呟き、演奏に力を入れた。
 『重力の爆音』が龍骨の動きを封じ、それに乗じて闇夜が拳を叩き込む。彼に向かった牙を遮るようにシオンが銃撃を浴びせた。
 羽紫は再び『氷龍』を召喚し、さらに『呪声』を放つ。
 吐き出された氷によって動きを封じられた龍骨に、赤黒い霊体が頭蓋に纏わりついて呪声を浴びせる。
 声なき絶叫を放って龍骨は暴れまわり、背後の『石壁』を突き崩した。苦悶するように身をよじりながら木立を薙ぎ倒してゆく。
 それは森の中へ日光を招き入れることになった。
 『石壁』の向こうから移動してきた粘泥は降り注ぐ光を浴び、仰天したように飛び上がると闇を求めて陰へと逃げてゆく。
 そうはさせじと、陽葉は立て続けに『斬撃符』を放って消滅させた。
 ケイウスの演奏が龍骨の動きを鈍らせる。
 闇夜は『骨法起承拳』で渾身の一撃を龍骨の足の付け根に突き込んだ。骨と骨の接続部がベキリと音をたてる。
 龍骨が首を捻じ曲げ、闇夜へ牙を向けるのを目にした大谷は、咄嗟に降魔杵を投げつける。それは過たず直撃し、龍骨の下顎を砕いた。
 ゼクティの放った『フローズ』が粘泥と龍骨を巻き込み一瞬動きを止めた。
 それを逃すはずもない。ゼスは、闇夜が攻撃した足の付け根を狙って打ち抜く。
 龍骨は地響きを立てて地に落ちた。
「最後だ」
 ゼスの呟きを聞き、ケイウスは演奏を『夜の子守唄』に切り替えた。
 竪琴の音色がゆったりとした旋律を奏で――もがいていた龍骨から力が抜けてゆく。
 無理矢理呼び覚まされた龍に、もう一度安らかな眠りを――
「今度こそ、ゆっくりお休み」
 彼の言葉に沿うように、ゼスは『弐式強弾撃』を発動させ、ロングマスケットを眠りにつこうとする龍骨の頭蓋にむけて発射した。

 ゆったりと流れる竪琴の音の中で、龍は今度こそ本当の眠りについたのだった。




 「……お疲れ様! 怪我とかしてない?」
 ケイウスは弦から指を離すと友人を振り返った。
「ああ。俺は大丈夫だ。おまえは?」
 軽く笑むゼスに、
「ゼスの援護があったからね」
 彼はそう言って屈託なく笑うと、あたりを見回して呟いた。
「……これでもう村に被害が出ないといいけど……」
「そうだな……粘泥の対処がうまくできれば、心配も少なくなるんだが」
 ゼスが考え込むように応える。
「紅魔、腕を見せてみろ」
 羽紫が薬草と包帯を取り出し、闇夜の怪我を確認する。
 拳士とはいえ、あの巨大な『骨』を己の拳で殴っていたのだから無傷ではありえない――本人はいたってへいちゃらな顔をしているが。
「治療とかできんのか」
 闇夜は、自分の腕の傷に手際よく薬草をあて包帯を巻いてくれる羽紫をぽかんと眺めている。
 羽紫は軽く笑いながら言った。
「まだ勉強中だが、医者になる身だからな」
「へえ……」
 闇夜の治療が済んだ頃、ゼクティが声をかけた。
「じゃ、戻りましょうか」


 アヤカシ討伐を終えて戻ってきた開拓者たちを、村人は驚きつつも喜びで出迎えた。
「ありがとうございました。これで犠牲になった者も、私の息子夫婦も、安心して眠れるでしょう……」
 村長は深々と一礼した。孫娘もほっとしたような表情で礼を言うと頭を下げる。
 そこへ大谷が進み出て、両親は酒と茶とどちらが好きだったか、と娘に尋ねた。
「え……えと。お茶です……」
 娘は不思議そうにしながら応える。
「そうか。ではこちらをご両親の墓前に供えたいのだが、いいだろうかな」
 大谷は持ってきていた『緑茶』を娘に差し出した。彼女はそれを捧げ持つようにして受け取り、深々と一礼すると震える声で礼を言った。
 大谷は小柄な割にはよく通る声で村長に――というより村人にである――こう言った。
「『お札』もいいが、今後は『お礼』一つで何でも引き受ける開拓者を使ってみてはどうだろうかな。俺とは違い、頼りになる連中もわんさといる。安くしておくぞ。……俺以外の奴が」
 何故か最後に株を下げるようなことをしゃらっと嘯いて締めくくる。
 辺境ではまだ開拓者の存在を知らない者が多い。
 現に、絵師が村長に開拓者ギルドを持ち出したとき、村人も村長も大半が半信半疑だったのだ。仕方ないこととはいえ、もし、もっと早く知っていたら、娘の両親も、犠牲になった村人も、無駄に命を落とすことはなかったかもしれないのだ。
「……絵描きさんも、同じようなことを言ってましたよ。アヤカシを専門とする人たちがいるって」
 娘は大谷の言いようがおかしかったのか、くすくす笑いながらそう言った。
「そういえば、絵師さんはどんな絵を描いたんだろう?」
 はた、と気づいたようにケイウスが呟き、きょろきょろと見回す。だが、あの黒い裁着け姿はどこにも見当たらなかった。
「あ……絵描きさんは、とてもいいものが描けたと……皆さんによろしくと言ってました」
 絵師は彼らが戻る少し前に村へ戻り、アヤカシが退治されたことを告げると旅立ったのだと娘は言った。
 そして、粘泥が広がらないようにする方法も、暫定的ではあるが、一案として残していったらしい。
「ああ、枝を切り落とすんだね」
 思い出したように陽葉が頷く。
「村人だけでは難しい山奥は、開拓者ギルドに頼めばよい」
 うんうん、と大谷が同意した。

 そうして、今後のことも含め村長と村の主だった人々は、開拓者たちにあれこれと相談にのってもらいながら今後の対策をたてていったようだった。





 一枚の絵がある。
 恐怖におののきながら、生死の狭間で筆を走らせたのは夫だったのか妻だったのか――
 命がけで描かれたそれは、龍の骸骨の絵。
 彼は、村から出るときにお礼をしたいと言われてその絵を所望した。
 村長の孫娘にとっては忌まわしい記憶となる絵かもしれない。だが、絵描きの彼にとっては、己の生業のなんたるかを思い知らせてくれる宝となる。
「……私にとって、最高傑作などというものはあり得ませんからね……」
 腕を磨き、技を磨き、『描く』ことを己の人生と定めたならば――。
「この絵を超えることができるのは、私が死ぬ時かもしれませんね……それでも超えることはできないかもしれません」
 絵師は呟き、大切に絵をたたんで行李に仕舞うと、既に深い木々に覆われて見えなくなった山間の村へ顔を向け、深々と一礼する。
 そうして踵を返し、再び歩き始めた。