【黎明】大空に描いて
マスター名:月宵
シナリオ形態: イベント
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/12/24 05:44



■オープニング本文

 それは開拓者が先の護大討伐を終えた後のお話。
 護大派と正式な和平締結準備が着々と行われ、古代人・唐鍼(iz0322)が地上世界から再び天儀にやって来た所から始まる。

●大望・天
「捕虜の皆と宴を、それをフネ(飛空艇)の上で、だと?」
「うん! それがパパのアイデアだって」
 唐鍼にたいして、念話を終えた二つ結びの少女が笑う。彼女の名は季珠果(きすか)、唐鍼と同じく古代人だ。
「何でワザワザ飛空艇で?」
 そう答えたのは、唐鍼の目附役であった修羅の少年、流韻(iz0258)だ。とある事件で怪我をして大事を取っていたが、ようやく完治し唐鍼から経緯を聞いた……そんな所である。
 季珠果は、本来護大派の部隊で念話による連絡係に着いていた。だが、とある理由により季珠果とその隊長・ジンは、他の護大派達を裏切る形でギルドと協力関係を持った。
 その捕虜達と言うのも、都に潜んでいた護大派達であり、その情報をギルドに教えたのはジンである。
「えーっと。パパが言うには、空なら邪魔が入らないのと、空を間近で見てほしいから、だって」
 護大派の捕虜の殆どは、潜入・陽動を目的とした部下だ。いずれも作戦は未遂でほぼ実害は無く、捕虜達は早々に釈放され、地上世界への帰還を許された。

 ……のは良いのだが、護大消失の事実を聞いた頃より捕虜達の戦意は喪失。更に言えば、反抗の意志もなく、生気を失っている。
 猿轡を外しても、捕虜達から反応が何もないのが何よりの証拠だ。
「少しでも元気になると良いね……」
「友好的な姿勢を、他の古代人に見せる機会にもなるな」
 和平といっても、実際は先の戦いで死んだ護大派が多く、残ったのは数百人ほど。そんな彼らを討伐することは天儀側に利がない為、護大派と利害が一致し、和平へと至った。
「エヘヘ、頑張って盛り上げたら、パパ喜んでくれるかな」
 三人それぞれの考えも一致し、早速ギルドへと提案することになった。同時に、宴の準備をする為の開拓者達も手配しなければならない。

「まがいもの、早速三尺玉の手配だ」
「……(花火)上げたいんだね」
 唐鍼にとってそれは、夏限定のものではないらしい。まるで独り言のように、彼は流韻に問うた。
「少しでも、彼の者達に感じ入るのもが在れば良い……それを想うのは俺の我欲か?」

●大望・地
「へい、山菜そばお待ち!」
「……どういう風の吹き回しですか?」
 手製の蕎麦を持ってきたジンにたいして、情報屋の阿尾(iz0071)は片手で丼ぶりを持ち、何も入っていないことを確認して聞くのだ。
「もちろん、牢から出してもらったお礼だよ……あ、紅逅津(ぐぐつ)はとろろ蕎麦ね」
「待ってました〜。隊長の蕎麦久しぶりだぁ」
 同じく古代人の優男、紅逅津は嬉々として蕎麦を食し始めていた。
 ギルド室内にて、古代人二人とシノビ一人が蕎麦を啜る、と言うなかなかに不条理な光景だ。
「そうでなく、どちらつかずのジン殿が、今になって何故、拙者達に協力的な姿勢を見せたのかと」
「状況が変わったから……では、キミは納得しないかな」
 捕らえられた後もジンは座敷牢で無言を貫いていた。しかしそれも、とある事件により状況が一変。更に、護大の消滅、状況は二転三転と姿を変えたのだ。
「我々は、全てを護大に委ねていた……と言うのは、わかるよね。なら、その護大がいなくなったと言うことが、彼らにとってどう意味を持つのか……」
「……成程」
 ジンは他の護大派とは思想が少し異なる。自らは滅ぶべきと言いながらも、自ら命を断つ行為を認めない男だ。だからこそ彼は憂いているのだ。『護大と言う絶対の導き』を喪った護大派達を。
「船頭を喪った彼らに、導く『何か』を与えたいんだ」
 今のままでは、捕虜達が衰弱していくばかり、それは地上世界であっても恐らく変わらないだろう。
「余計な輩に煽られて、彼らを捨てゴマのように扱われるのはたまった物じゃない」
 だからこそ弱った今のうちに、と冷笑を口元に浮かべつつ、ジンは洗い物へ向かった。
「隊長、相変わらずゲスだよね」
「そう言う貴殿は、紅逅津殿?」
 若者は、大音たてながら、蕎麦を腹に片付けてから満面の笑みで一言。
「そんなの、決まってるじゃん★」
「矢鱈滅多は許可しないよ」
「頼むのは、見張りですよ」
「危険そうなら良いんだよね?」
 これが、この男を都に拘留している最大の理由だ。
 紅逅津には飛空艇にて、一応の見張りを頼んでいる。先も言ったが、捕虜達はほぼ戦意喪失している。あくまでも『一応』だ。
「私としても、被害の少ないやり方を選んだつもりだよ」
(それ……まだ他にもやり方がある、と暗に告げてますよね)


 こうして、それぞれの思惑が重なる船上の宴が開催されるのだった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 劫光(ia9510) / ユリア・ソル(ia9996) / 玖雀(ib6816) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ルース・エリコット(ic0005) / リシル・サラーブ(ic0543) / ガートルード・A・K(ic1031) / シンディア・エリコット(ic1045


■リプレイ本文

 人は当たり前の物は、あまり見ようとしない。だけど、状況が大幅に違えばそれに興味を持つ人もいる。
 何が言いたいのかと言えば……飛空挺の甲板から眺める澄みきった大空は最高だな、と言うこと。

 宴という話に訝しげだと思いつつも、古代人たちは参加した。彼らは故郷では、遥か遠かった青空を眺めている。しかし彼らの胸中には、不安とも蟠りとも言い換えられるものでいっぱいであった。
 そんな古代人に、リシル・サラーブ(ic0543)はカゴに入れたもふら飴やチョコを配る。特に飴は古代人にもそれなりに好評なのか、いくつか受け取って貰えた。
「唐鍼さんもどうですか? このもふら飴ですとかチョコレートですとか……口の中で溶けていくんですよ」
「貰おう」
 淡々と一言。三本目の手のひらで、飴を受け取る。
 残った二本の腕は忙しなく動き、花火の計画をガートルード・A・K(ic1031)と練っていた。
「ボクがここで演奏して――で、その後がいいかな」
「その演出で行こう。導火線への着火時刻はこの辺りか」
 甲板の先には、既に筒を準備している。
(それにしても……これだけご執心なら、職人にもなれそうですね)

「シン姉様、あの……ハナビ、って……なん、です?」
 ルース・エリコット(ic0005)は船上で幾度となく耳の中を跳ねる不思議な言葉を、姉のシンディア・エリコット(ic1045)に訪ねる。
「ああ、それは……うん♪ それは、後のお楽しみよ」
 悪戯心でシンディアは、その問いをはぐらかす。元々、妹には場所も告げずにここまで連れてきた。これくらいのお楽しみは大切だろう。

 一方、流韻はひじょーーに、いづらい空間にいた。
「わしは謎のご隠居さまじゃ。茶を所望いたす。はよう」
 真っ白な神仙猫が一匹、赤い羽織を羽織って、手持ちの座布団の上で寛いでいた。
「………」
 相棒の類いが苦手な流韻は、無言で湯飲みを神仙猫の側にトン、と置いた。
「……あなたさ、誰の相棒なの?」
「はて……わしは気ままに諸国を漫遊しておる身。今は特に指標は……ないのぅ」
「あっそ」
 だがしかして、その正体はラ・オブリ・アビスで変身した柚乃(ia0638)である。
 何故、彼女が彼女自身の姿を隠し、白い神仙猫の姿で居続けるのかと言えば……

 ――あ〜、ごめん柚乃ちゃん。見分けつかなかった♪

 乙女を傷付けたにっくき優男、紅逅津に一発「ギャフン」と言わせるためだ。
(待っていなさい、紅逅津!)
 柚乃は、目を光らせて(猫だけに)決心するのであった……

「……ね、暇ならちょっと付き合ってよ!」
 数人の古代人に一声をかけたのは、ケイウス=アルカーム(ib7387)だった。
「は? 何故オレが――」
「じゃあ、紅逅津。俺『達』は、船内に入るから」
「ど〜ぞ〜。いってらっしゃい」
 未だ狼狽する古代人に、深く疑問を抱かせる前にケイウスは船内へ連れ去った。

「季珠果さん、元気そうで何よりだ」
「あー、あん時はどうも」
 チョコレートを頬張り、空を仰いでいた季珠果に、羅喉丸(ia0347)が話し掛けた。
 とある事件により彼女は、憔悴状態にあった。しかし、見たところ今は元気そうだ。その時季珠果を運んだ羅喉丸は、漸く安堵した。
「だって護大さまいなくなっても、パパがいるもん」
 羅喉丸は「そうか……」と一言呟き、次いでこう語りかけた。
「世界はいまだ泰然としてある以上、その存在を感じにくくなっただけで、護大もまたあるんじゃないのか」
「そーかなー」
 ちゃんと聞いていたのか、少々不安になる答え方である。
 それに、と音色を奏でるガートルードへ顔を向け「それは姿が見えずとも、常に心の中にあるものじゃないか」と羅喉丸は語った。

●トントコ準備中
 船内へ目をむけるとジンが作務衣を着て、皆へ振る舞う料理を作っていた。その隣では玖雀(ib6816)が親友の劫光(ia9510)との酒の肴用に、つまみを造っていた。玖雀は黒い長髪を朱色の髪紐で一つ結びにして上げ、付け合わせを用意している。
「キミ手際いいね。私の店で働かないか?」
「んあ、遠慮しとく。これでも身一つじゃねぇんだ」
「それは残念だね」
 そう言って、揚げ豆腐を一つ一つ鍋から揚げていく。
 沢山の足音。そして、扉開けた先にいたのはケイウスだ。
(そらきた)
 沢山の古代人。これだけで、何となくケイウスがしたかったことをジンは察した。
「俺達も手伝うよ、任せて!」
「では、先ずは手を洗ってくれ」
 ジンは、野菜をテキパキとまるで『こんなこともあろうかと』を体現したような行為。
「隊長!? 白かった野菜が真っ赤に!」
「紅葉おろしだよ。中に鷹の爪が入ってる」
「ちょ、ちょっと。切るなら、そっちの手は丸めて」
「必要ないだろ。切れれば変わらない」
「俺が怖いの!」
 ……いくらジンがテキパキ出来ても、古代人が料理を知ってるかは別問題なわけで、結果はご覧の有り様だ。それでも彼らには、良い気晴らしになっただろう。ケイウスは、こう考えた。
 ある程度下ごしらえを終えた頃。ケイウスは、ジンから助言を受けながら、果物を使ったデザートを作っていた。

「ジンさん、いるか?」
 やってきたのは、羅喉丸。彼もまた、料理を作りに来た。如何なる料理を地上世界で食べていたのか等をを聞く。どうせなら、古代人達に見たことない料理を食して欲しかったからだ。
「基本的に、肉や魚じゃなければ問題はないよ」
 古代人は、食を生きるための手段と考えている。だからこそ、『世界を生きる等しき命』である動物を食したりしないのだ。
「そうか……」
 人間は、食事と言うものに様々なものを見出だすことが出来るものだ。それは、古代人でもきっとあり得るだろう。
「美味しいものを食べて、元気になって貰いたいな」
 羅喉丸の言葉に、ジンは少し頷いた。恐らく、少しでも食という作業を担ったためなのかもしれない。
「あのさ、ジン」
 西瓜を割りながら、ケイウスが一言。
「今、味見したのって……」
「鴨南蛮」
「……古代人は、肉食べないんじゃ」
「これは、天儀人用に作ったものだよ」
 彼はさも当たり前の如く、小皿で醤油風味のつゆを味見している。
 その時、ケイウスは思った。自分はとんでもない勘違いをしていたのではないか……?

 護大派が奇妙なのではない。この男、ジンが奇妙なのだろうと。

「そこ、つまみ食いしない」

 何事もなく日は暮れて、紅逅津は船内を気儘に練り歩く。
「はぁい。また会ったわね」
 そこに現れたのは、ユリア・ソル(ia9996)だった。手にはお銚子。そして、御猪口が二つである。
「ユリアちゃん、まーだ夜じゃないよ?」
「固いこと言わないの」
 既に猪口を受け取る紅逅津の手が、今の台詞が建前だと教える。注がれた冷酒を一気に煽る紅逅津。その様子を眺めた後、ユリアも猪口の縁に口づけた。
「抗争が治まって、がっかりしてるんじゃないの?」
 元は暗殺者として行動していた紅逅津。今までは、争いが護大派と天儀にあったからこそやっていけたとも言える。だが、紅逅津は否定の意味で首を横に振った。
「ぜんぜーん。だって、ボクたちがいるんだから、争いはなくならないじゃない」
 愉快そうに言うが、なかなかに物騒な話である。その話を静かに聞いていたユリアに「殺す? 危険だから殺す?」と目を輝かせる紅逅津だが、彼女はその言葉を否定した。
「しないわよ、血なまぐさくしたくないし……私も退屈は嫌いなの」
 軽く口元を上げて笑う。そのユリアの手に握られたのは錫杖とレイピアだ。
「向こうが騒がしいわね」
 二人の気配の先には、追っ手を華麗にナディエにてかわして跳ね回る、神仙猫姿の柚乃だ。
「ふぉふぉ、わしに勝とうなど千年早いのじゃ」
 次の瞬間アムルリープで、また一人眠り床へ伏せた。
「あれってさ、人じゃないし……いいよね♪」
「ダーメ、けど私も捕縛ぐらいなら手伝うわ」
 柚乃は予想してた。こうやって、紅逅津が来ることは、だからこそ猫パンチの一つでもお見舞いするつもりだった。清々しいほどに紅逅津は喜びを顔で表現し、空には釘ほどの杭がびっしり浮かぶ。
(え……ま、待って下さ――)

「さぁ、猫ちゃん。おいたが過ぎたわね♪」
 そして、柚乃は錫杖片手に突進するユリアと浮遊する紅逅津の杭の集中砲火を受けるのであった。

「ウニャァァァァ!」


●夜も更けて
 雲は、朝から未だ一つもなく。古代人達の仰ぐ黒い空には、目映く光る星だけが見えていた。
 甲板の舞台でルースは、かなり緊張していた。何せ、何も知らずにこんな大舞台に立たされるなど、思っても居なかったからだ。更に、彼女の性格も相まって、ガチガチに固まっている。だがそこは流石の姉、シンディア。強く後ろからルースを抱き締めてから、そっと優しく囁くのだ。
「大丈夫、ルースちゃんならできるわ♪ だって、私が居なくても今までお仕事できたでしょう?」
 こく、一つ頷くと姉妹は舞台へと登った。
 琴線に触れる涼やかな琴の響き。妹の傍らで、シンディアは演奏を開始した。その歌声にのせられて、ハミングを紡ぎ出すルース。
 歌詞が存在せずとも、その音色と声色に、古代人も言葉も無く聴いていた。歌という言葉は、本当に種を越えた何かなのだろうか。
 そんな歌を肴に、劫光と玖雀に男二人久しぶりの酒盛りをしていた。そこを訪れたのは、季珠果。ジンに頼まれ、給仕係をしていた。
「おかわりいるー?」
「いや、こいつの酒があるからいい」
 劫光は、極辛純米酒のビンを振りながら彼女に応える。
「んー、ならお酌するね」
 瓶を渡せば小さい体格なれども、意外と手慣れた手つきで酒を注ぐ季珠果である。
「話を誤魔化すな。お前。これからどうすんだよ? その腕前なら引く手数多だろうけども……」
 誤魔化したつもりは無いんだがと思いつつも、親友の用意した香の物をかじりながら応える。
「旅にでも出るかとも思ったがやめた。いままで通りさ。気の向くまま仕事して、たまにこうして気のいいダチと酒を酌み交わすさ。そういう当たり前を守るのが、俺のしたい事だしな」
 とある置き土産である手の痣を、つまらないものを貰ったからな、と呟く劫光。痣に首を傾げて眺める季珠果に、その痣は護大からのある種の贈り物だと言うのだ。
「えっと……護大サマに見初められた?」
「いや、そうじゃねぇと思うが」
 驚き声が上擦る季珠果に、訂正を苦笑いで入れてれば、そんな様子に何かを思い浮かべたのかクツクツと笑みを残す。
「そう言うあんたはどうなんだ?」
 じと目で話かける劫光に、玖雀は手のひらを揺らしながら一言返す。
「んあ、俺か? 俺は今まで通りだ。あの家に住み続けるさ、一人ではなくなったがな」
「あー、そうだな」
「遠慮なんかせずに、いつでも顔出せよ」
 ご馳走さま。そう言いたげに劫光は平淡な生返事をする。
(アタシもいつか……パパと……)
 そんな特有の余裕を表す微笑みを見せる玖雀に、自分の想いを重ね合わせて一人笑顔な季珠果であった。
 ご馳走は次々と机に運ばれていく。湯気だけでも、生唾を飲むことになる料理。その中には、ケイウスが作った柑橘類のシャーベットもある。
 意外に古代人達は好評で、平らげてくれている。今まで捕虜であった身だ。そして、空腹でもあった為だろう。
「酒が飲めりゃ十分さ。細かく考えてんなよ」
 しかし、やはり古代人の中にも迷うものはいる。何よりも、飲みなれないものなのか、劫光に勧められたものの一口で止めた者も多いが、それでも、この試飲は大きな一歩かもしれない。

 エルコット姉妹の演奏も佳境に入り、先程とは違い、小刻みなリズムでダンスを踊るには丁度良いものだ。
 リシルもこんな場では踊り慣れてはないと言えど、布を片手に舞を踊る。その舞いは、あの護大に届けた心の舞であった。リシルは思う、あの時と同じように……新たな歩みを願って、迎える為に。共に生き、交わる道……もう、遠い理想ではないのだろう。
 否、理想で済ませてはならない、と。

「さぁ、一緒に踊りましょう」
「いいえ、形式などわかりませぬわ」
「気にしない、気にしない」
 ユリアは古代人をダンスに誘う。無論、古代人の彼に拒否権なんぞ無い。その隣では、『何故か』息切れをしている『今まで姿の見えなかった』柚乃が机にもたれ掛かっていた。
「大丈夫、柚乃お姉ちゃん? 何か食べる?」
 言葉を途切れ途切れに、大丈夫と柚乃は手で制す。視線の先には紅逅津。机の下を覗きながら、未だ猫を探しているようだ。
 エルコット姉妹の演奏が終わると、ガートルードのバイオリンによる心の旋律が奏でられる。何の効果も発揮しない、ただの曲なのだが。古代人達は、何かに引き寄せられるように聞き入っていた。
「これは、愛の詩なんだよ。ふふ、良い詩でしょ?」
 護大の教え、それは滅びでもあるが、また愛でもあるのだ。これもまた、愛なのだろうか……と無言で古代人達はガートルードを見つめた。
 続いて彼女が演奏したのは、華彩歌である。甲板には、彼女が弦を震わせる度に色とりどりの片手のひら大の花々が咲き乱れる。夜風に吹かれて、花弁が空を舞っている。
 しかし、その時間もあっという間に終わってしまう。同時に効果も切れ甲板上の花々も散って、霧のように消え去った……

 その瞬間。ガートルードが夜空に指を指して、高々と宣言する。
「ほらっ! 大きく咲いた!」
 空に咲く花火。轟く轟音が後に開き、場を飲み込んだ。地上から天空に昇った花に、皆が圧倒された。
 ルースもまた、心音に共鳴する程の音に、空気を吸うことも忘れて興奮。
「ふ、わあ……ぁ! こ、これが……ハ、ナビ……♪」
「ふふふ♪ どう?」
 シンディアは抱き締めているルースの瞳が、宝石のように煌いている。姉としては、とても満足だ。実をいうと、彼女も名前を聞いただけで、実物を見るのは始めてなのだが。
 連発される花火。それは花火に着火した唐鍼も同じ。漸く見れた打ち上げ花火に、無言ながら彼は高揚を隠せていない。隣で流韻は、爆音に肩を竦めている。そこにやってくるユリア。
「お久しぶり」
「………」
「そ、そうだ……ね」
「二人とも花火ばかりじゃなくて身近な幸せに目を向けてみたら? 隣の人とか」
 合い間に割って入り小さく笑ってそう告げるユリアに、唐鍼は首を傾げてハッキリと応える。
「まがいものは、同じ性別だぞ」
「そう言う意味じゃないと思う」
 二人のやり取りに、言うまでも無かったかも、とクスクスとユリアは笑った。
「けど……ぼくは、……を……と思っているから!」
 流韻の言いたかったことは、本人が狙ったかのように花火の音に打ち消された。

 こうして、ゆっくりとだが言葉が絶えず飛空艇は雲海を浮遊し、目的地へと向かって行く……

(この花火を見て、皆も綺麗だと感じてくれているかな……そうならいいな)