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■オープニング本文 「‥‥‥‥‥‥そう、想えばこの会を開こうと思い至ったのは三年ほど前のこと。私は順風満帆な生活が出来て、息子に無事後を継がせ四十にして隠居した頃だった」 男性は語りだした、それは瞳を閉じ自らの歩んだ棋譜を読むが如く。 「さてこれから何を致そう、そう考えた時だ。志体が無いことで諦めていた一つのガキの頃の夢を思い出したんだ。其れが陰陽師と言うものだった‥‥」 此処からが佳境と言いたげに、小袖から出したすおう色の扇子を打ち鳴らす。とある一人が、相槌にて返しチラリと湯飲みの茶を一瞥、それはすっかり冷め切っていた。 「畏怖の対象であるアヤカシを操る姿は、子供心には魅力的だった‥‥私は直ぐに行動した、きっと私の様にあの姿に憧れる者達はいると、そこで私はこの屋敷を貸して人を呼んだ。最初は数人であった仲間は、今や数十と増え。中には開拓者の方まで来てもらい‥‥いやはや私は良縁に恵まれている」 屋敷の主である依頼人は、そこで口を閉じると目頭を押さえて首を左右する。 「そんな屋敷だが、もう構えてからかなり時が経つ。しかも明日には台風が近付くとも聞いた。生憎他の皆は自分の家のことで忙しい。そこで開拓者の皆さんに、この屋敷を台風対策の為補強していただきたいと言う次第、ああ道具は此方で揃えてあるよ」 今はまだ遠くにある雲の塊から彼は視線を移し、外に置かれた材木と工具へと扇子で示した。 「終われば共に囲炉裏にて、台風が過ぎるまで湯豆腐でもご馳走しようと思う。どうかお願い出来ますかな」 依頼人は三つ指を揃えて、恭しく集った開拓者へ下げた。礼を重んじる態度から彼のこの屋敷への慈しみは充分に伝わる。 ‥‥伝わるのだが、一人の開拓者が話が終わって早々に挙手し、こう告げたのだ。 「いい加減足崩しても良いですか?」 その懇願は今いるほぼ全員の、開拓者の願いでもあった‥‥ |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
志姫(ib1520)
15歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
サガラ・ディヤーナ(ib6644)
14歳・女・ジ
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ |
■リプレイ本文 「‥‥と、そろそろ風が強くなってきたかな。さて始めようか」 そう言い終われば依頼主は何事も無かった様に、正座から立ち上がる、流石喋り慣れていると言ったご様子。結局あの後も、まだまだ話が残っていたのか彼の舌の根は乾くことは無かった。 やっと作業に入れる、開拓者達も腰を上げるが。その中リィムナ・ピサレット(ib5201)は足を崩す機会を逃したのか、痺れに暫し四つん這いになって。だが、頑張るぞと威勢だけはそのままにしていた。 「今回はよろしくお願いします」 依頼主だけでなく、作業を共にする。サガラ・ディヤーナ(ib6644)と日依朶 美織(ib8043)に恭しく挨拶をしたのは、袖無しの着物を纏った志姫(ib1520)。その礼儀に感化されるよう、二人もぺこぺこと頭を下げた。 先ずは各自、必要な道具類を借り。おのおのの思う場所へと歩を進めるのであった‥‥ ● 厄介事が起きる世の中なのに、変わらずやって来るのが天災。否、この場合泣きっ面を刺すのが蜂の勤めとも言うのかも知れない。外にかかる木製の雨樋に目を向けながら、葛切 カズラ(ia0725)は考えた。 とりあえず嵐を凌げるくらいまでに、しなくてはと符を取り出し人魂を唱えるため、呪を紡ぐ。手のひらに乗る程の大きさの顔の無い一つ目の蛸の様な式を呼び出し、布切れと一緒に雨樋に放る。 カズラは眼を閉じ、式と視覚を共有した。這うように少しずつ式が動き、周りを見渡す。思っていたより丈夫そうだ、腐っていたり穴の様子を見当たらない。 少々埃が溝に溜まってはいるが、其れくらいか。その場所を布で擦ればすぐ綺麗になった。後は自らが外側から調べれば、大丈夫か。そう思い。排水口から式を脱出させようと、顔を覗かせた時だった…… 「ほほう、これはもしや人魂かな?」 「うわ!?」 そこで出会ったのは、初老を迎えた。大きな男性の顔面であったことに思わず声を出した。声の方へカズラが瞳を向ければ、依頼主が式を興味津々に穴が開きかね無いほどに見ていた。そう言えば、この屋敷は陰陽術の同好会に使われていたのだ。だとすればその主が陰陽道に興味があるのは当然であった。 「いや、すまないな。こう言うのを見てるとつい……」 カズラは思わず苦笑しつつ、気を取り直し雨樋の補強に使う留め具を手にするのであった。 ● おっとと、梯子を伝い屋根へと登ったリィムナはそんな言葉が似合う状況だった。一緒に屋根へ登り、手探りに屋根瓦を調べていた、美織も同じ状況だった。屋根は所々がヒビが入り、部位によっては瓦が剥がれて丸裸。これでは嵐さん此方ですと言っているよなものだと思った。 「リィムナたぁん、漆喰出来たよ〜!」 声を張り上げ、梯子を登り下から顔を出したのは村雨 紫狼(ia9073)。桶を両手に持ち、腰のもふら帯袋には借りた道具がこれでもかと音を鳴らし、ぶら下がる。今回自分は色々な所への補助を中心としていた。男手が大事なのは無論だが、それ以上に各種揃った美女幼女の堪能である。今ですら、リィムナのおみ足に目線は一直線。漆喰を入れた桶とヘラを渡せば、溌剌とした声で‥‥ 「いいか、無理はしねーこと!」 じゃあ次に回るなと梯子を颯爽と降りる、紫狼。しかしその思惑は弛みっぱなしの顔でとっくにバレていたりする。 美織とリィムナは、二人で白い漆喰をヘラに乗せ、屋根に塗りたくった。その中でも美織は修羅ゆえの、手先の不器用さを補填すべく、ゆっくり念入りに施した。粘着の強い漆喰は直ぐに貼り付き、乾いてくる。後は網を取り出し、左右の端で互いに持って。一歩、一歩と後ろ向きに慎重に移動する。一つ踏み外せば、きっと痛い目見るのは確実だろうなと美織は思いリィムナに話した。 彼女もウンウンと同意する様に頷いては見るも、視線を今は別の作業に向かう紫狼を見て。 「落ちたら落ちたで、ものすっごいイケメンがすっ飛んできてくれそうだけど」 嬉しそうに跳ね気味な、リィムナの言葉に美織は、落ちたいのですかと何げなく問う。と返ってきたのは、首を横に勢いよく振る答え。そして美織も紫狼を見て、女性としか思えない柔らかな微笑みで呟く。 「気持ちわからなくも、ないですけど」 その言葉にリィムナは不思議そうに首を傾げ、何故か紫狼はこの時悪寒を覚えたとか、覚えてないとか‥‥ ● 依頼主が外側へ回ると、そこでは板を揃え。雨戸に交差させ打ち付ける志姫の姿が目に入った。その立ち居振る舞いは、とても少女のものには見えず銀色の髪も相まって、異様さを醸し出していた。 強くなって来た風に、いよいよ近いなと思いつつ手で風圧を遮る様に覆い、彼女へ近付く。志姫の方も足音のする方へ、顔を向け会釈をした。 「君の年齢にしては、随分と手慣れているじゃないか」 恐らく誉めたつもりで依頼主は一言を放ったのだろう、だが彼女はぎこちない笑みで、慣れてますからと応えてきた。 あの時は大変だった‥‥、なにしろ一人で補強して回っていたんだから。 そう回想する彼女に、それ以上は聞かず後少しだと元気付ける様に依頼主は言う。その隣で紫狼は縁側へと、植木鉢を移動していた。数は少ないが、大きさはある程度あってこの面子では、自分くらいだろうと率先して運んでいた。 最後の植木鉢を置いて、外に出れば終わったよとサガラに教える様叫んだ。かぜ鳴りが耳に貼り付き、木に登り茣蓙を幹にかける彼女にはやっと声が届いた様だ。だがそれでも紫狼は良かった、嵐の恩恵によりはためくサガラのドレスからチラリと見えるものだけで、彼は満足であった。 其処へ手伝いに来た、カズラに例えどれだけな目線をぶつけられ、臨戦態勢に入ろうと‥‥彼は幸せだった。 そんな事を露ほども知らず、木から降りてきたサガラは依頼主に声をかけた。 「えっとお買い物があるなら、ボク行って来ますけど?」 「いや、買い出しは無いよ。ご苦労だったね。」 部屋に入って良いよと、彼女から残った縄や茣蓙を受け取ると、頷く。 そして屋敷全体を見回す。雨樋、窓、屋根、植木に雨戸。手分けしたおかげか、割りと早々と殆どの作業を終了させることが出来た事成功した様だ。梯子を持って来た、リィムナと美織が一緒に運び。仕上げと釘の刺さり具合を志姫が確かめ、全ての行程を終わらせた。 「さて、後は玄関から入って‥‥っと」 確認を終えた依頼主の手には、湯豆腐に使うだろう井戸水が桶の中揺らめいている。その危なっかしさを見かねてか、水を運ぶのを代わる志姫。 「ありがとう、いやはや昔ならこれくらいの量、余裕だったのに」 「あのお料理手伝って良いですか?」 歳は取りたくない、なんて愚痴る依頼主に彼女はそう応えた。その申し出にありがたいと応えれば、其れに美織も乗ってきた。二人の若者の言葉を有り難く快諾すれば、全員で屋敷内へと入った。勿論玄関の戸締まりに抜かりはない。 ● 時刻は酉の刻、本来ならまだ陽が出ていても可笑しくは無い。だが台風の厚い雲に日光隠され、更に雨戸を閉め切っているため屋内は真っ暗だ。囲炉裏を囲んで一同かいしたその場所は、幾つもの燭台と囲炉裏の火で光源は保たれていた。 鍋の中、調度豆腐は昆布出汁をたゆたい白菜は透明になって来た。美織は薬味である、もみじおろしを作ろうと大根と唐辛子を、下ろし金で円を描く。赤に染まった雪の様な大根おろしが見る見ると山を作ることに、美織は楽しんだ。 依頼主は、自ら匙で豆腐を掬い各小鉢に入れていく。湯気が立ちゆく様に、上から醤油や、柚子をかけるとその雫が白い面を伝う。リィムナ足を崩した格好では小鉢を受け。すぐさま箸で豆腐の欠片をつまみ口に投げ込む。余程熱かったのだろう、口元を押さえて声も出ていない。 志姫はそんなリィムナを気遣いつつ、鍋と一緒に暖めた熱燗のお銚子を布あてて持ち、カズラに酌をした。 「この屋敷はもうだいぶ古い、と言うのは先程も話したね」 どうやら始まりそうだなと、依頼主が口を開き天井を仰ぎ見たのを見て。カズラは燗にした酒で温まった猪口を傾け、口元に運んだ。 「この屋敷はね、私が若い頃オヤジから受け継いだものでね。そのオヤジにはガキの頃、私が陰陽師になると言えばこっぴどく叱られ、殴られたものだ。まぁ、今となっては良い思い出だ」 この歳だ、親はとっくに他界している。そんな事に気付くのはやはりいなくなってからなんだなと、依頼主は呟く。台風が本格的になってきたのか、木々が強風に軋み出す。だが、悲鳴を上げるほど建造物の木々も柔ではなかった。 「その屋敷で私は娶った妻と、暮らしを共にした。まぁ、それは息子が産まれる数年のことさ。此処は街の外れ、水は井戸だけ、何より交通には不便。それから直ぐ街の中に家を構えた。その後は‥‥何事も無かったさ、至って順風満帆。始めた商売の軌道に乗り、借金も無く息子も娘も授かった。‥‥聞いていても、つまらない話だろね?」 一度口を閉じて見せる、依頼主。しかし興味深く聞き耳立てていたサガラは、首を振って応えた。 「面白いです。年上の人のお話は価値があるのよ、って母さんも言ってました」 暫し年上の、と言う言葉に引っかかりは覚えたものの新たに、豆腐を掬いまた彼は話を続けた。 「それから数十年と経ってね、妻が私より先に旅立ってしまったのだよ。あの時はあまりのいきなりで、肩の力が抜けるだけ。悲しみすら湧かず葬儀を行った‥‥。それからだ、何故だろうか私にもわからないが。この屋敷に足を向けていた」 窓へ目を向ける、その姿は今ではない何時かを眺める様だとカズラは思えた。 「誰もいないこの場所は、本来なら手入れもされず廃墟と変わらないだろうと。私はそう思って近付けば、屋敷を離れた時と変わらず此処は在った。そこで気付いた、妻がこの場所をずっと、あの時と変わらない状態を保っていてくれたのだと」 周囲を見た、全員が言葉無くこの依頼主の言葉に引き込まれていた。 「妻はそんなこと一言も言わずでね、屋敷に入れば当時の記憶と妻の顔が蘇ってよ。調度この部屋でかな、‥‥‥‥泣いたよ良い歳してね。もうこの場所を大切にしてくれていた、彼女はいなくなってしまったんだ‥‥と。開拓者でも無い私にはそれだけの事でも、おおごとだったらしい。それ以来か、息子に元の家を渡してこの屋敷に私は住んだのだよ」 部屋を見渡す。今は彼らが居るため賑わうこの部屋も、彼一人ではそれこそ身に余る。 「実を言うとね、キミ達に今回のことを頼んだのは台風の補強以外に理由があったんだよ。いつもなら皆で賑わう屋敷が、寂しく思いそうでね」 そして彼は言葉の締めにありがとう、そう彼らを慈しむ様な微笑を会釈ぬ添えた。 「アイタタ‥‥、まだ止みそうも無いですね雨」 その感慨深さに浸ってるなか、その糸を切るように足を痺れさせた志姫が声をあげた。 「キミ達が良いなら泊まっても良いよ。布団なら人数分はある」 それなら泊まると言うのはリィムナ、だがそうすると水分を控えなければ。明日の朝布団が被害を被りそうだと思い、手前のお茶の手を止める。 「ねぇ、カズラお姉さまー?陰陽師ならさー、萌え萌え美幼女式神とか出せね?」 ‥‥‥‥その余興の一環くらいにしか考えて無い。紫狼の言葉は地雷であった。その言葉にカズラだけでなく、依頼主まで反応して、陰陽術の成り立ちや意味、そして何故人型が禁忌とされているか、それこそ台風が過ぎるまで聞かされる事に相成った‥‥ 狼狽える彼の言葉に無論届く耳は無し。 |