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■オープニング本文 その場所は人が知らぬどこか。ただ松明の灯りだけが彼らを照らす。 「今がその時」 「我らが出し抜かれるなど……オノレ、人間風情が!」 互いに見合せ、応と相槌を打つ彼ら。仄かに火に照らされた姿は、ヒトの四肢は持てど頭部は烏そのものであった。 彼らは天狗であった。背部の漆黒の羽を羽ばたかせ、喧々囂々騒いではいるが話し合う内容はただ一つだけであった。 実は彼ら、とある一つの目的の元に集合していた。 「私ドモヲ陥れたように、あの阿尾をなぶり殺してやらねば……」 そう、彼らはかつて情報屋、阿尾(iz0071)を捕縛しようと画策したアヤカシ達。しかし、それは全て依頼した開拓者すら巻き込んだ阿尾の罠であり、彼らは惨い辛酸を飲まされたのだ。同胞を多数失ったから悲しみにくれている、なんてことはアヤカシにはない。たかだか一人のヒトに負けた、その烙印は彼らを笑い者にするには充分であった。 ……人間からしてみれば、侮った故の自業自得なのだが。 「アレはあの時に手に入れたのだ。後は時を待つ……それだけなのだ」 恐らく天狗達を統べる者の声だろう。鋭い爪に囲うそれは、不気味に光り輝いていた。 ●短い因縁 場所は東房、某魔の森。天狗達は、そこに阿尾がいると聞いて布陣した。 木々を覆わんばかりの無数の幽鬼達が、森内を無造作に徘徊している。その量は足の踏み場がない、とでも伝えれば分かりやすいだろうか。 天狗達は、今は使われていない廃寺にて今か今かと、阿尾が訪れるその時を待っていた。 さて天狗達が知れる程の情報は、その逆を言えば当然の如く阿尾も理解している。布陣した天狗達が嘗ての自分が陥れた相手であることも、それ故に自分を狙っていることも、とっくに分かりきっていた。 そして更に、阿尾は天狗達のいる廃寺には、実は隠し通路があったことを既知している。 阿尾は、とある策を開拓者達に講じた。幽鬼を此処で撃破する組と、隠し通路を用いて自分と共に天狗を撃破する組と二手に分かれるのだ。 「では、準備が整ったところで拙者が文をそちら側に送りますね」 そう何時もの笑顔で阿尾が言い残せば、廃寺に向かう組は行ってしまった…… ●紅と横線 開拓者達は各自準備をしながら、阿尾に指定された場所へと向かっていた。隠し通路付近の幽鬼の露払いをしておく、と彼らを置いて先に阿尾は指定場所に向かっていたのだ。 天狗達がそれなりに強いので、それまでの道中は安全に、と言う彼なりの気遣いだろう。阿尾と言う人物は、飄々として掴み所が先ず無い。時として味方すら手玉の取り、依頼主すらもて余す力量だ。そんな彼だが、自らがもたらす情報には人一倍誇りを持っている。隠し通路を案内するのは阿尾自身だ。だからこそ、この任務をこなそうと、あらゆる手を尽くしてくれるのだ。 「…………」 そうこうしてるうちに開拓者は、蔦が絡み付く岩壁の近くにて阿尾を見つけた。恐らくこの近くに、視覚に入らない隠し通路の入り口があるのだろう。得物である忍刀を鞘へとしまうその姿から、丁度露払いを終えたと見える。沈黙を守りつつも、大きな溜息を吐いていた。無傷で戦闘を終えたわりに、彼は何とも言えない倦怠感を全体に醸し出していた。 「声をかけても構わないですよ。済んだことですから」 視線を合わせずとも、此方の気配を察するところから、彼の実力は言わずもがなだろう。 阿尾は開拓者達を一目確認すれば、鳥を呼び出して肩に乗せた。用意していた文に、紅で何かを書き加える。 「…………いや、こうしましょうか」 手を止めて更に文に書き加え、その文を鳥に括りつけて飛ばしたのだ……そして開拓者に振り返ったのだ、合流前と変わらぬ笑顔を作って。 「お待たせ致しました。では、ケリをつけましょうか?」 やがて別れたら開拓者達に、阿尾の文が届いた。そこには元々教える予定の情報とは別に、紅で書かれている文章が二つ言葉が記されている。 何かを書こうとして、書き損じて消したと思われるいくつもの横線。そして、ただ一文こう記されていた。 【倒す時は気を付けて】 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
星芒(ib9755)
17歳・女・武 |
■リプレイ本文 阿尾の依頼は彼、ルオウ(ia2445)にとっては二回目になる。また狙われたのか、そんな風に半ば呆れる中、手際良く阿尾は隠し通路を開いていた。 「へーこんなとこに隠し通路かー」 「元は、僧達の逢い引き用の抜け穴であったと聞いてます。僧もやはり人間ですよね」 それを聞いたルオウは、嘘か真かわからぬ発言をのらりくらりと言ってのける阿尾に「相変わらずか」と肩を竦めた。やがて、人が複数通れてもおかしくない洞穴が、そこにあった。 「さて行くか。もしかすりゃ、あっちの奴等が、早く終わればこっちに来るだろうしな!」 情報で聞いたところ、幽鬼は駆け出し開拓者でも倒せるほど弱いという話だ。いくら群れとはいえ、短時間で終わらせられる。少なくともルオウはそう考えていた。まぁ、その前に自分が天狗を倒しきるのが早いが、と心の中だけに添えて。 「……それはどうでしょう」 「へ?」 振り返りもせず短く言葉を告げて、隠し通路を進む阿尾。その後を得物に手をかけながら、ルオウも追った。 ●紅の真相 戦闘を直前にして菊池 志郎(ia5584)は、阿尾からの文にもう一度目を通していた。塗り潰された箇所からはやはり何も読み取れなかった。同じく星芒(ib9755)も阿尾の情報を気にしていた。少なくとも文字の書き方は正常さを保っている。ならば、阿尾は何かをされかけていたかもしれない……若いながらに推察していた。 そこで、彼女は正気を保つ意味も付け加え、合言葉を互いに言い合うことを提案した。 「合言葉はもふもふ?・ななんか!だよ」 二人は彼女の意見に同意した。幽鬼に幻覚等を見せられ、もしもの時に仲間を攻撃しない為だ。力が抜ける合言葉ながら、少しは道標になる。 敵はもう、目の前まで進攻していた。弓をつがえて笑みを浮かべ、不破 颯(ib0495)は幽鬼の群れを見据えた。 「さ、お仕事お仕事っとぉ!!」 まるで口火を切るように、志郎はビューグルを吹き鳴らした。 櫛比。まさに半透明で浮遊する幽鬼達はそれその物である。星芒は雨絲煙柳を自らに施した。気丈な精神。今回において、恐らくそれは重要になる項目だ。 三人はなるべく離れずまとまり、先陣を切ったのは志郎であった。 目の前に接近する幽鬼に、刃を振り切る。 『ギュアルァリヤ!!』 その一撃にて幽鬼は淡い光を放ちながら、瘴気に虚しく還った。 「………あっ」 『よせ、金なら払う! だから、私を』 『……愚かですよ。なれば最初から行わなければよろしいのでしょ』 『たすけ、タスケ―――』 聴こえた声は良く知った男の声。手には剥き出しの得物。泣き叫ぶ相手に刃が一薙ぎ。赤い飛沫は手に当たり、生きた証である温もりを志郎は感じた。 それはアヤカシなら有り得ぬもの。血が、掌で冷えていく…… (殺した……人を……お、れが?) 刃に反射した自分の顔に、志郎は声を失う。嗅ぎ慣れない臭いに、胃酸が逆流しかけた。 「いい感じにまとまってくれるじゃないのぉ。お礼に一発くらっていきなぁ」 次の瞬間、志郎は戦場にいた。その時間は恐らく一秒にも満たないだろう。気付くと、傍らで弓を引く颯が立っていた。 「幻覚が、見えて……俺が、阿尾なんです……」 人を殺す衝撃に狼狽え、志郎はどうにか教えようと言葉を紡ぐ。訝しげにその言葉を聴く颯。それと同時に、無数の幽鬼にバーストアローは放たれた。 次々に破裂して光を放ち撃破される幽鬼達。同時に颯は瞳とは異なる場所で、幾つも視るのだ。 『う、裏切者め!』 『何を仰るか。最初から依頼はされてましたので』 『死ね死ね死ね死ねェェ!』 『残念でした』 『……………』 『申し訳ありませんが、死にませんから拙者』 白々しさすら含む笑顔を阿尾は浮かべ、颯の喉元に向けて切っ先で突き抉る。痛みはない。だが、倒れ伏す自分に最早生気はない。ただ恨みがましげに、阿尾を見据えるのだ。 (あー……こう言うのなんだねぇ) 颯は他人事のように理解する。その後も見せ付けられる光景は、阿尾に関するもので、自分はその刃の餌食になるのものだった。それを瞬く間になんべんも見たのだ。心身を揺さぶられる感覚に脂汗が肌を伝うも、彼は何とか正気を保った。 彼ら天狗達は元より、阿尾を狙っていた。ならば、幻覚もまた阿尾に関することでも何らおかしくはないのだ。 颯は、素早く幽鬼から狩射で距離を取り、二人へ話し掛けた。 「幽鬼が死んじゃうと幻覚を見るの!? ひっどいな〜」 「……あれは、ただの幻覚なんですかね?」 志郎には信じられなかった。臭いや、衝撃、温もりと全てを感じた。ただの幻覚とは、志郎には思えなかった。 「二人ともこっち来て!」 星芒は二人に手招きし、六尺棍を振りかざす。その間にも幽鬼は彼等に迫る。 「喝っっ」 張り裂けんばかりの星芒の一喝にて幽鬼を吹き飛ばし、恐れ慄く彼らは接近を停めた。 「このまま、天狗達に突撃しない?」 「いいえ、途中で効果が切れたら囲まれてしまいます」 志郎が忍刀から、時計に取り換えながら星芒な提案に首を横に振った。今は何よりこの幽鬼達を屠ること、それだけに集中をしよう……例え、この先何を見ようとも。そう、今は…… 「ホーリーアロー!!」 三人の周囲を離れた幽鬼。だが、彼らの呪声は幾重にも苛む。一体ではその意味は微々たるものだが、数が集まり、長期に渡れば致命傷にもなりかねない。 「もふもふ?」 「「ななんか!」」 幽鬼を倒す内にわかったことがもうひとつあった。幻覚の他に状態を来す可能性があり、それは至近距離で幽鬼を撃破時のみに発動するらしい。 志郎と颯はなるべく遠くから、幽鬼を撃破していく。だが、その度に幻覚を見ることになるのだ。体調に異常は無いとはいえ、その幻覚は人死が関わる辛いものだ。 星芒はひたすら一喝を唱えていた。彼女の武器では、近接しか狙えない。歯痒いが、彼等の状態異常を来した場合に、回復するには彼女に正気でいてもらわないと困るのだ。 遥か上空で羽ばたきが聴こえる。 「何……阿尾がいない!? 皆に……し、知らせなければ」 「あ、あれ! 天狗!」 星芒は、その影を視認し指で示した。そこに居たのは弓矢を背に抱えた異形の姿。何かを察知したのか、そいつは背を向け遠ざかっていく。 「させません!!」 「グァァ……」 志郎は番天印を投擲した。彼は最初から、この為にラッパを吹いていたのだ。音に気づいて、天狗が様子を見に来る。それを狙っていたのだ。だが、致命傷を負いながらも天狗は離脱した。 「まずいです。こっちの様子が奴等に……」 「今はこっちが先だよ〜!」 そして、徐々にだが幽鬼は各個撃破されて、総数を減らしていった。颯は回復に濁り酒をかっくらいながら、六節を行い矢をつがえる。最近何だか豆と酒しか食して無い気がするな、栄養価大丈夫だろうか、と現況に似合わないことを考えていた。 矢が射止め幽鬼を撃破すると、何度と受けたはずなのに慣れない幻覚が襲ってきた。 こことは違う場所。寝所に横たわる自分、それに青年が突き刺すのだ。 『フフフ……これで自由だ! ハ……ハ』 もうとっくに事切れた颯に、何度も何度も刃を突き立てた。 (なんだか〜、違う?) 今までと違う彼の表情。別人では無いのだろうか、そう思えるほどにその顔には色があった…… 「やったー! 撤退してるよ☆」 星芒の声に、颯は幽鬼に目を向けた。散り散りに逃げていく亡霊に、開拓者達は自分達の勝ちを理解した。 急ぎ寺へ向かおうと走る星芒。しかし、志郎と颯の足取りは酷く重かった。まるで、これからが依頼の本番を迎えるのか……そう思えるほどに。 ●禍根覚えたり 話は少し戻る。天狗達に奇襲を仕掛けんとしていたルオウと阿尾は、隠し通路の出口と思わしき場所にいた。 そこは本堂の仏像の裏側という、何とも罰当たりな場所だ。突入の機会を見図ろうとし、二人は天狗達を見張り耳をすませる。 「な……何ぞ、何があった!?」 「いない……阿尾が、いな……い」 それは先程志郎が撃退させた天狗であった。腐って穴の空いた屋根から顔を出して仲間に伝えてると、戻って来た天狗に天狗が回復を行っていた。 阿尾は思わず舌打ちをした。元よりあの場所で阿尾を迎え撃つ予定だったのだ。彼がいなければ、作戦は天狗達にとって意味をなさない。 天狗達が警戒を強めることを、ルオウは経験と肌で感じ取っていた。元より、阿尾の性格を知れば、その行動になんらかの意図を読み取れてしまう。辛酸を余すことなく舐めさせられた天狗達だ。それはもう、言わずもがな。 「やむ終えません、突入致しますよ」 「任せとけ!」 画してルオウは、隠し通路から飛び出し、その後を阿尾が続いた。 「このぉ!」 隼人で素早く場を支配すれば、一匹の黒鋼天狗に納刀からの蹴りつけ袈裟斬りで身に纏う甲冑ごとぶった斬った。 「うぐぐぐ、が!!」 やはり奇襲とはいかなかったが、ルオウの連撃で一匹の黒鋼天狗は、攻撃の間も無く倒すに至った。 「り……離脱する」 「朋! く……行け! 先ずは阿尾を囲むのだ!」 同時に天狗達も動く。偵察の妖天狗は素早く離脱。残る一匹の黒鋼天狗は錫杖を携え手下達に指示を送る。 未だ得物に手すらつけない阿尾に、大振りの薙刀が向けられる。 「待て、早まるな!」 「……おや? 浅かったですか」 かすり傷に手を当てる阿尾。その傍らには激痛に耳障りな悲鳴をあげる天狗であった。 手遊びしている煙管から、見えずとも何かあったことは察せる。 「このぉ!」 もう一匹の妖天狗が翼で風を吹き付けた。ルオウは、飛んできた木片に肌を浅く切るも臆することなく咆哮をあげた。目標は先程の黒鋼天狗である。 「ウォォォ!!」 暗器と刀。二つの煌めきは幾度となく、天狗達を襲う。だが予想以上に彼等は荒れた木床に伏してはくれなかった。ほとんどの攻撃が微かな傷を残すものに留まってしまうという不運に見舞われたのが原因だ。 このせいで、予想よりも一体倒すのに時間をかけてしまった。生傷はほぼ無いものの、阿尾の精神を疲弊させるに至る。天狗が一匹が倒れたことで黒鋼天狗は、撤退の命を下す。頷く天狗は後退しながら、幻覚の術を放った。 同時に、黒鋼天狗もルオウに向かって術を唱え始める。 だが、それは黒い何かが四肢と翼を絡めとり、拒まれてしまう。 「なっ……んだと」 「これで最後になります。頼みましたよ、ルオウ殿」 黒鋼天狗の翼をルオウの刀が削ぐ。斬激の傷が増える度に黒鋼天狗は、狂ったように笑って吠える。そして最期にこう言い放ったのだ。 「貴様は……生まれる種族を間違えたようぞ…阿……お……」 「アヤカシが似合いだと……言ってくれますよ」 影縛りの印をそのままに、笑みを浮かべて彼は応えた。 黒鋼天狗の声は瘴気に消えた。同時に頭上を羽音が聴こえ、生き残った天狗が屋根から逃走する。 「逃がさねぇ!」 ルオウの銃声が、上空へと響いた。 ●違和感 「幻覚は阿尾さんの過去……ですね」 開拓者達が合流を果たした後、志郎は阿尾に小声で言った。 結局最後の天狗は空に逃してしまい、仕方なしに二人は廃寺から出た。そこでばったり星芒達と合流したのだ。互いの戦闘結果を話した所で、先程の志郎の台詞だ。彼はその純粋故に、幻覚が原因で阿尾に不信感を抱いたかのように見えた。 何があったのかと、不思議そうに志郎に向き直る星芒とルオウ。颯は若干阿尾から距離を取りつつ、苦笑いを浮かべていた。彼もまた幻覚を見た。が、志郎よりは影響は少なかったらしい。 「恐らくそうかと……」 面倒な、と大きな溜め息を吐いて阿尾は応えた。 今回の天狗達の策は、阿尾があの場所にいることが前提だったのだ。 「拙者を疑わせ、あわよくばその場で仲違い……まで狙っていたのでしょう」 「えげつねぇ……」 何事も無かったかの如く応えた阿尾に、志郎はそれきり口を噤んでしまった。しかし、数は減らしたと言えど、天狗は生き残っているし、散り散りになったとは言え幽鬼もまだいる。 「ありがとう御座います。また何かありますので、その時は依頼させていただきますから」 「前提……なんだぁ〜」 最後に颯は一つ阿尾に質問した。見た幻覚は、全て阿尾の記憶にあったことなのか、と。 少し煙管で一服構えてから、阿尾はこう応えた。 「拙者が見たものは、幾つか虚実が混ざってました」 だからこそ、幻覚の正体を阿尾は伝えきれなかったのだ、と加えて彼は伝えた。 「対象が拙者だけ、とは限りませんでしたので……断定出来ない情報は、貴殿らにも混乱を来しますから」 「そうか〜」 それも、そうだ。そうで無ければ、あの一つだけ異なる阿尾の殺され方がおかし過ぎる。 若き阿尾の今では有り得ない程に人間らしい笑い声は、きっと天狗の造り出した虚実なのだろう。颯はそう結論付けた。 |