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■オープニング本文 とある屋敷の一室にて、会話はしめやかに行われていた。 「あの時は、誠に申し訳がありません」 「なるほど……それが真相ってワケだね。見謝ったかね…このアタシが」 「いえ、拙者の不手際です。よもや彼が斯様な行動に出るとは……」 「いいさ。で、この後はどうすんだい?特に彼らは」 「流石にいくら拙者とて、放置して逃走は致しません。それに、アヤカシが出現するのは事実です」 それで、僅かでもあの時の償いになれば……シノビ兼情報屋の阿尾(iz0071)は、いつもの笑顔でそうその人に告げた。 「アンタなりの、義、かい?」 「いいえ。ただの情報屋としての、微小な矜持です」 ●罠 開拓者達はとある森へ向かっていた。今回その土地の領主である少女に依頼されたアヤカシ退治だ。 そのアヤカシのせいで交通が滞り、村々が往き来出来ず困っている、と言うことだ。 特に女性を好むらしく、その囮として阿尾が女性に変装し散策をして、出現地域にアヤカシが来れば、後は従者に化けた開拓者達で掃討する。 と言う、作戦になっていた。そこで開拓者は一つの文を思い出す。 『今回のアヤカシに関する、事細かな情報を書面に致しました』 先程、すっかり袿(うちぎ)を着衣し、窄笠を被って女性になりきった阿尾より、渡されていた。 そして、紅を薄く引いた口角を上げて小さく開拓者に囁いた。 『なるべく、他人に見られぬ所でご確認下さい』 何はともあれ、開拓者は文を確認した。そこには、確かにこれから相手をするであろうアヤカシの情報が、事細かに載せられていた。 だが、開拓者が気にしたのはそこではない。それよりも先にある文章に目が行っていた。その文章だけは、黒墨ではなく赤い文字。そう、それは紅で書かれていた。 【拙者は先代あたる当主より、ある依頼を請け負いました。ですが、その際に失敗し、現当主の兄を死に至らしめました。それが原因でここの当主は、拙者の命を狙っておりまして、先程から、背後にシノビがついてきており、恐らくアヤカシ討伐後に、拙者共々彼らが、貴殿らも証拠隠滅を兼ねて、皆殺しにすることでしょう。相打ち、という形にて……】 開拓者が経験したのは、唐突な文字による疑問符であった。 更に、開拓者は文を読み進める。そこには、このまま皆死んでしまうのは避けたいので、共にシノビを倒し、もとい殺してくれないか、と言うものであった。 御丁寧に彼らの得物や、人数、術技までしっかり網羅されていた。 他に、自分はこの格好のせいか、あまり動けず、大した得物も持ち合わせていない、と告げた。 つまり、開拓者達はアヤカシを退治したその足で、更に待ち構えるシノビを撃破しなければならない、と言ったところだ。そして、最後に付け加えられた言葉があった。 【以上が情報になります。互いに武運を祈りましょう。それでは、参りましょうか?】 そこまで読んでから、開拓者は文から顔を上げた。周りを見れば、同じくその文に表情を変える他の開拓者達。目的地は目の前だ。今更、後戻りなんて出来ない。 「さて……休憩もおわりました。皆さん、早に村へ参りましょう?」 柔らかに耳に響く声で、開拓者達に声をかけたのは阿尾であった。 |
■参加者一覧
朱華(ib1944)
19歳・男・志
巳(ib6432)
18歳・男・シ
正木 雪茂(ib9495)
19歳・女・サ
イデア・シュウ(ib9551)
20歳・女・騎
白葵(ic0085)
22歳・女・シ
徐 昴明(ic1173)
44歳・男・サ |
■リプレイ本文 「お断りします」 「何故だ!依頼主は僕だ!!」 「拙者は情報屋。暗殺は他の方にどうぞ」 「そうかお前は秘密を知った……なら、死ねぇ!」 手短な阿尾の回想から、彼を帰したのは視線の先の手裏剣やクナイ、渡して来たのは巳(ib6432)だ。 「お前さんに割ける人数なんざほぼいねぇんだ。命が惜しけりゃ得物は持つこったな」 「これはご丁寧に、感謝致しますわ」 それと同時に、巳は超越聴覚にて気配を探っていた。自分達以外に唸り声が三つ、そして草むらにまた三つの声があった。 ●依頼遂行 程無くして、開拓者達は目的地へと到着した。阿尾が歩いていれば、三体の巨体が出現した。依頼対象である、螺旋牛鬼だ。下衆い笑顔で阿尾を美女と思って囲い出す。 「きゃあ……拙者もまだまだ、通じるものですわね」 最初にアヤカシに名乗りを上げたのは、正木 雪茂(ib9495)であった。愛馬いかづちに跨がり、得物を自在に振るう。 「正木大膳亮雪茂、推参なり!」 螺旋牛鬼が棍棒を振り上げる隙を狙い、槍構えからのひと突き。愛馬で駆ければ、一匹のアヤカシを上手く引き離す。 今回の作戦は、二人ずつ三組に別れての各個撃破だ。雪茂は同じく前衛の イデア・シュウ(ib9551)と組み、巳は徐 昴明(ic1173)と組んだ。残る組み合わせは、負傷している朱華(ib1944)とその友人白葵(ic0085)であった。 「はいなーおーにさーんこーちらー♪」 防御の体勢をとりながら、朱華は体力を温存し、白葵は遠距離攻撃に徹する。 イデアはオーラシールドを施した盾で、螺旋牛鬼の棍棒を受ければ懐に入る。そして理解するか否かわからないが、こう、彼は呟いた。 「利用されているとも知らずに」 その一言に、ただの一時。アヤカシは身体を止めた。 その隙をイデアは突けば、剣を細腕で持ち上げ流し切りを決めた。続く斬撃にて、遂に一匹の螺旋牛鬼は轟音をたてて地に伏し、瘴気へと還った…… そのまま白葵達の助太刀へとイデアと雪茂が向かい、二匹目の螺旋牛鬼を倒す。時同じくして、昂明の斧が地響きと共にアヤカシを一刀両断していた。 同時に、朱華は草臥れた身体を酷使しつつも心眼「集」を使用した。この場で直ぐ様、シノビが襲ってきた場合に備える為だ。 「……いないな」 ●不穏 朱華はじめ、白葵や巳がそれぞれの術技で周辺を探知するものの、やはりシノビの影は無く。開拓者達は回復がてら休憩を行うことにした。 「やー……一服出来る時間があって良かったな」 「水ならぬ、煙とならないことを祈りますよ」 「阿尾、そりゃ冗談きついってー」 煙管と多量の豆を片手に、ケラリと笑いかける巳。 その奥では、白葵と朱華が軽い口論になっていた。 「朱華さん守るのは、白や。だから下がっててや」 「白葵さんを守るのは……俺だ……」 先の闘いにて、アヤカシの強打が白葵に向かったものを、朱華が庇って受けたのだ。聖符水で体力を補う朱華にたいし、白葵は耳を逆立ててその事に唸る。互いが互いに護衛では、もしもの時に対応が難しくなる。 「兎に角、朱華さん守るのは白やからな!」 そう言えば白葵は、傷口を洗いたいと一人で奥までかけていってしまった。一応探知は続けているから、安全ではあるだろう。 「(声、聴こえてるんだけどね)」 超越聴覚を行使していた巳には、泣き声になりつつも自らに決心を唱える白葵の声を聴いていた。 「雪茂殿?先程より、静かですがどうなされましたか?」 「にょぴっ!い、いや何でもない」 そうは言いつつも、彼女は未だ思い詰めていた。自らを高める目的で武芸を磨く彼女には、人殺しと言う単語は亀裂にすら思えた。今回とて、アヤカシ退治だけで終わると思っていた彼女には、予想外の出来事であった。 戦闘の手を休めることはない。だが……その時、自分に出来るのだろうか? (「それでも私は……」) そんな、各自の心の葛藤など露知らず、昂明、阿尾とイデアは自らこれからに関する意見を述べていた。 「シノビ達は待ち伏せ、でしょうか?」 「同感です。とすれば、やはりあの橋でしょうね」 阿尾はイデアの意見に頷く。今この場にシノビがいないと言うことは、何処かで待ち伏せと言う確率は高いであろう。 「水を絶(こ)えて来たらば之を水内に迎うる勿かれ 半ば済(わた)らしめて之を撃てば利あり」 昂明曰く。川(今回は橋だが)を渡れば、隊列は乱れるも同じ。もし、襲撃をかけるとすれば其は橋の半ばを通った時であろう、と。 「そこを挟み撃ちも、充分に考えられます」 イデアが可能性を示唆すれば、話を静かに聴いていた朱華が「一つ気になる」と、橋の破壊の可能性、続いて命綱の提案を行った。阿尾は命綱は兎も角……と、こう言葉を続けた。 「橋の破壊は、恐らくは皆無かと」 今回の依頼。例え餌であったと言えど、アヤカシが通り道を塞いだのは事実。その橋を落としては、アヤカシを退かせた意味がないのだ。 だが、用心に越したことはない。彼らはこれから、橋に到着するまでに幾つかの作戦を立てておいた。 ●身命賭ス 真昼という時間。当たり前の話だが、この場所に自分達以外に人影はない。開拓者達は橋へ到着し、話し合った結果一組ずつ橋を渡ることにした。 一組目。巳と昂明は、白葵から麻縄を貰い、渡った際に木々にくくりつけ、命綱を作った。今はまだ、巳の耳に足音は聴こえない。 二組目は、朱華と白葵だ。橋に張った縄を掴みながら、二人は橋を渡る。 橋を渡り、中ほどに来た所で朱華は再び術技で調査に乗り出す。 反応は…… 「来る……両方からだ!」「速い、足音来るで!」「目の前だな」 ほぼ同時、こう表現しても良いほどに、巳と昂明の前に一人出現。橋の手前の阿尾とイデア、雪茂の背後に二人シノビが現れた。 「阿尾殿、シュウ殿、此方だ!」 いかづちに乗ったまま、雪茂は今抜けた森へと駆け、その後を阿尾、イデア、そして敵のシノビと追い、一人の分断を成功させた。 挟み撃ちを免れた開拓者は、各組一人のシノビと戦闘となった。 最初に動いたのは巳。眼前のシノビの鈎手甲と忍刀に気付いたその瞬間、腕目掛けて雷火手裏剣を投げていた。だが当たりはするものの、軽い火傷に終わる。 (「強い」) 無言のまま昂明に近付き、鉤爪がその剛腕を裂く。傷は浅くも視界に突如、歪みを覚える。彼は、得物である地面に斧を置いた。刃が昂明の肌を滑る。その軌跡の瞬間、昂明の手には鉄貫が握られていた。 「忍びの者ほど器用ではないが、武器の扱いには心得がある」 橋の上。シノビと対峙する白葵と朱華。なるべく後ろへ行き距離を取りたいが、あまり後退すれば、巳と昂明をシノビの術中に巻き込みかねない。 「くっ」 片手で韻を結ぶシノビ。風神の風が幾重も二人を苛む。橋から落とされないようにと縄を掴む手をそのままに、白葵は打剣で礫を投げる。 しかし、相手もシノビ。それも殺しにかかって来ている。身を低く回避し、その後またもや韻を結び、今度は影が白葵へ…… 「来るぞ、避けろ」 「うわぁ!」 森の中では幾つもの刃物が飛び交い、木々を抉り葉を散らしてゆく。愛馬の上で、その光景を得物を様子を見る雪茂。シノビと阿尾のクナイと手裏剣が、宙を交差する。 「こっちも忘れるな!」 イデアはアヘッドブレイクを発動させ、シールドを正面に飛び交う得物を弾きながら、懐に飛び込む。 「ハァッ」 遥か後方では、雪茂が衝撃波を放ち、それは素早くシノビを包む。全身から等しく飛ぶ血飛沫、顔はわからぬが苦悶に歪んでいるだろう。 当たり前だ。相手は人間なのだから…… 「正木先に行って!白葵達を助けて!」 イデアが声をかける。その声に意識を先程駆けた道へと向け、応とも言わず走り出した。 去ったと同時に、イデアは剣を、シノビの腰から肩へと薙いだ。声も許さず、ただ倒れ布が擦れる音だけが辺りに響いた。 「さて、彼方ですね。追い掛けましょう」 阿尾は袖のねじれを正しながら、イデアへと話しかけた。優しいですね、と誰かに向かって呟く。その誰かは、応答せず。先程雪茂の駆けた方向へと目をやり、口を開く。 「彼ら橋の上だけど、霊騎で走ったりしなだろうな」 「まさか、気を付けないと橋が破損致しますし」 「「…………」」 そう言えば、彼女は橋を愛馬で渡ろうとしていた様な。嫌な予感と共にこれを思い出していた。 「……グッ」 得物を抜けて、脇腹や腕を切り裂く刃に不動の構えで応対する昂明であったが、流れる赤は袖を染め息を荒くする。もう鉄貫を握る拳も、液体に滑りかけている。 シノビ頭が昂明の相手にし、目を離した瞬間に巳は先程結んだ命綱へ足をかけ三角跳。シノビの背後へとつけば、雷の手裏剣を足へ。だが、それをシノビは跳躍で回避、そのまま接近し鉤爪で巳を掻く。 (「捕獲など出来そうにねぇな……」) どうにか、シノビの影縛りを避けた白葵。だが、攻撃がやむことはない。後ろの朱華へと、螺旋が放たれる。 「朱華さん!うぐぅ……っ」 風音すら唸るそれを、白葵は間に入り防ぐも傷は深く、激痛が彼女にはしる。 「俺は盾にしかならないんだから、多少は我慢してくれ」 「朱華さんも、そっから離れいや!」 そう言えば、白葵の前に朱華は出てきて得物を構える。シノビは朱華に近付き、嘲笑うように一言。 「生温い信頼だな」 小刀を振りかざした。 「正木大膳亮雪茂、助太刀致す!」 背後に響く蹄の音。揺れる橋、シノビが振り向いた時には、自ら胸に入り込む穂先に気付くことになった。更にもう一撃、雪茂は柔らかなものを突く感触に、心を掴まれつつも息を吐く。 「ハァァァァ!」 「あ……っが…」 血の海に沈む様は、最早死に体。それでも動こうとするシノビに、雪茂は得物を動かし…… シノビは事切れた。更に、雪茂の背後で投げられたクナイによって。 三人がクナイより先を見れば、橋の手前でイデアと阿尾が待っていた。 「早く渡りきって下さいよ」 「朱華は自分に任せて、先に行って下さい」 「あ、……ああ」 白葵は頷いて、雪茂の愛馬に飛び乗り、巳達の元へとなるべく橋を揺らさぬように愛馬を走らせた。 巳は、長い時間戦っているような錯覚を覚えていた。これは自らを蝕む神経毒のせいだろうか。或いは、いっこうに倒れることも、身動ぎすら無いこの敵のせいなのか、と彼は色の無い表情で思う。 勝てるのか、それすら思い続けたその時、眼前の霊騎に気付く。それはシノビ頭も同じく、だがそれが一瞬の隙を生んだ。 「あーらよっと!」 シノビ頭の腕を雷が貫き、辺りには肉の焼ける香り。刀の落ちる音が響いた。相変わらず声一つも無いが、確かに暗は封じたのだ。 「巳さーん、助けに来たで!」 白葵が霊騎から降り、投擲をこなす。だが、悠々と避けられてしまう。四人は得物を手に、シノビ頭は迫る。彼は辺りを見回し、動く手を首もとへ運ぶ。 「!?……誰か押さえつけろ!」 巳の声も虚しく、シノビ頭の行為は執行された。 ●手応え無き終焉 イデアと阿尾、そして朱華が橋を渡り終える頃には、全ての戦闘が終わっていた。他の手下がやられたと感付いたシノビ頭は、鉤爪で自ら首を掻っ切って自尽していた。 「雇い主吐かせたかったんだがなー」 残念そうに笑む巳に、阿尾は首を振る。雇い主は当主の少女だとわかっているし、何よりシノビが情報を素直に吐くとは思えなかった。 昂明が斧を拾うその傍ら、雪茂は霊騎を降りその背に触れていた。 「……………」 しかし彼女には、心配そうに嘶く愛馬の鳴き声は耳に届いてはいなかった。 「阿尾さんも難儀やな、もてもてで…」 他のシノビの死を一通り確認し、帰ってきた白葵が笑みを作りながら阿尾へと話し掛けた。 「何時ものこと、ですから」 皆様もまた狙われないとは言いませんが、と心の中だけで阿尾は呟いた。 そんな二人を眺めていた朱華であったが、白葵の傍、背を向けつつ頭を撫でて一言。その傷だらけの手の平の感触に気付くと、白葵は朱華を見上げるも、彼の後姿しか見えない。 「…よし。帰るか」 「……うん」 |