紅い真実
マスター名:月宵
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/01 14:27



■オープニング本文

 とある屋敷の一室にて、会話はしめやかに行われていた。

「あの時は、誠に申し訳がありません」
「なるほど……それが真相ってワケだね。見謝ったかね…このアタシが」
「いえ、拙者の不手際です。よもや彼が斯様な行動に出るとは……」
「いいさ。で、この後はどうすんだい?特に彼らは」
「流石にいくら拙者とて、放置して逃走は致しません。それに、アヤカシが出現するのは事実です」
 それで、僅かでもあの時の償いになれば……シノビ兼情報屋の阿尾(iz0071)は、いつもの笑顔でそうその人に告げた。
「アンタなりの、義、かい?」
「いいえ。ただの情報屋としての、微小な矜持です」

●罠
 開拓者達はとある森へ向かっていた。今回その土地の領主である少女に依頼されたアヤカシ退治だ。
 そのアヤカシのせいで交通が滞り、村々が往き来出来ず困っている、と言うことだ。
 特に女性を好むらしく、その囮として阿尾が女性に変装し散策をして、出現地域にアヤカシが来れば、後は従者に化けた開拓者達で掃討する。
 と言う、作戦になっていた。そこで開拓者は一つの文を思い出す。

『今回のアヤカシに関する、事細かな情報を書面に致しました』
 先程、すっかり袿(うちぎ)を着衣し、窄笠を被って女性になりきった阿尾より、渡されていた。
 そして、紅を薄く引いた口角を上げて小さく開拓者に囁いた。
『なるべく、他人に見られぬ所でご確認下さい』
 何はともあれ、開拓者は文を確認した。そこには、確かにこれから相手をするであろうアヤカシの情報が、事細かに載せられていた。
 だが、開拓者が気にしたのはそこではない。それよりも先にある文章に目が行っていた。その文章だけは、黒墨ではなく赤い文字。そう、それは紅で書かれていた。

【拙者は先代あたる当主より、ある依頼を請け負いました。ですが、その際に失敗し、現当主の兄を死に至らしめました。それが原因でここの当主は、拙者の命を狙っておりまして、先程から、背後にシノビがついてきており、恐らくアヤカシ討伐後に、拙者共々彼らが、貴殿らも証拠隠滅を兼ねて、皆殺しにすることでしょう。相打ち、という形にて……】

 開拓者が経験したのは、唐突な文字による疑問符であった。
 更に、開拓者は文を読み進める。そこには、このまま皆死んでしまうのは避けたいので、共にシノビを倒し、もとい殺してくれないか、と言うものであった。
 御丁寧に彼らの得物や、人数、術技までしっかり網羅されていた。
 他に、自分はこの格好のせいか、あまり動けず、大した得物も持ち合わせていない、と告げた。
 つまり、開拓者達はアヤカシを退治したその足で、更に待ち構えるシノビを撃破しなければならない、と言ったところだ。そして、最後に付け加えられた言葉があった。

【以上が情報になります。互いに武運を祈りましょう。それでは、参りましょうか?】

 そこまで読んでから、開拓者は文から顔を上げた。周りを見れば、同じくその文に表情を変える他の開拓者達。目的地は目の前だ。今更、後戻りなんて出来ない。

「さて……休憩もおわりました。皆さん、早に村へ参りましょう?」
 柔らかに耳に響く声で、開拓者達に声をかけたのは阿尾であった。


■参加者一覧
朱華(ib1944
19歳・男・志
巳(ib6432
18歳・男・シ
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ
イデア・シュウ(ib9551
20歳・女・騎
白葵(ic0085
22歳・女・シ
徐 昴明(ic1173
44歳・男・サ


■リプレイ本文

「お断りします」
「何故だ!依頼主は僕だ!!」
「拙者は情報屋。暗殺は他の方にどうぞ」
「そうかお前は秘密を知った……なら、死ねぇ!」

 手短な阿尾の回想から、彼を帰したのは視線の先の手裏剣やクナイ、渡して来たのは巳(ib6432)だ。
「お前さんに割ける人数なんざほぼいねぇんだ。命が惜しけりゃ得物は持つこったな」
「これはご丁寧に、感謝致しますわ」
 それと同時に、巳は超越聴覚にて気配を探っていた。自分達以外に唸り声が三つ、そして草むらにまた三つの声があった。

●依頼遂行
 程無くして、開拓者達は目的地へと到着した。阿尾が歩いていれば、三体の巨体が出現した。依頼対象である、螺旋牛鬼だ。下衆い笑顔で阿尾を美女と思って囲い出す。
「きゃあ……拙者もまだまだ、通じるものですわね」
 最初にアヤカシに名乗りを上げたのは、正木 雪茂(ib9495)であった。愛馬いかづちに跨がり、得物を自在に振るう。
「正木大膳亮雪茂、推参なり!」
 螺旋牛鬼が棍棒を振り上げる隙を狙い、槍構えからのひと突き。愛馬で駆ければ、一匹のアヤカシを上手く引き離す。
 今回の作戦は、二人ずつ三組に別れての各個撃破だ。雪茂は同じく前衛の イデア・シュウ(ib9551)と組み、巳は徐 昴明(ic1173)と組んだ。残る組み合わせは、負傷している朱華(ib1944)とその友人白葵(ic0085)であった。
「はいなーおーにさーんこーちらー♪」
 防御の体勢をとりながら、朱華は体力を温存し、白葵は遠距離攻撃に徹する。
 イデアはオーラシールドを施した盾で、螺旋牛鬼の棍棒を受ければ懐に入る。そして理解するか否かわからないが、こう、彼は呟いた。
「利用されているとも知らずに」
 その一言に、ただの一時。アヤカシは身体を止めた。
 その隙をイデアは突けば、剣を細腕で持ち上げ流し切りを決めた。続く斬撃にて、遂に一匹の螺旋牛鬼は轟音をたてて地に伏し、瘴気へと還った……
 そのまま白葵達の助太刀へとイデアと雪茂が向かい、二匹目の螺旋牛鬼を倒す。時同じくして、昂明の斧が地響きと共にアヤカシを一刀両断していた。
 同時に、朱華は草臥れた身体を酷使しつつも心眼「集」を使用した。この場で直ぐ様、シノビが襲ってきた場合に備える為だ。
「……いないな」

●不穏
 朱華はじめ、白葵や巳がそれぞれの術技で周辺を探知するものの、やはりシノビの影は無く。開拓者達は回復がてら休憩を行うことにした。
「やー……一服出来る時間があって良かったな」
「水ならぬ、煙とならないことを祈りますよ」
「阿尾、そりゃ冗談きついってー」
 煙管と多量の豆を片手に、ケラリと笑いかける巳。
 その奥では、白葵と朱華が軽い口論になっていた。
「朱華さん守るのは、白や。だから下がっててや」
「白葵さんを守るのは……俺だ……」
 先の闘いにて、アヤカシの強打が白葵に向かったものを、朱華が庇って受けたのだ。聖符水で体力を補う朱華にたいし、白葵は耳を逆立ててその事に唸る。互いが互いに護衛では、もしもの時に対応が難しくなる。
「兎に角、朱華さん守るのは白やからな!」
 そう言えば白葵は、傷口を洗いたいと一人で奥までかけていってしまった。一応探知は続けているから、安全ではあるだろう。
「(声、聴こえてるんだけどね)」
 超越聴覚を行使していた巳には、泣き声になりつつも自らに決心を唱える白葵の声を聴いていた。
「雪茂殿?先程より、静かですがどうなされましたか?」
「にょぴっ!い、いや何でもない」
 そうは言いつつも、彼女は未だ思い詰めていた。自らを高める目的で武芸を磨く彼女には、人殺しと言う単語は亀裂にすら思えた。今回とて、アヤカシ退治だけで終わると思っていた彼女には、予想外の出来事であった。
 戦闘の手を休めることはない。だが……その時、自分に出来るのだろうか?
(「それでも私は……」)

 そんな、各自の心の葛藤など露知らず、昂明、阿尾とイデアは自らこれからに関する意見を述べていた。
「シノビ達は待ち伏せ、でしょうか?」
「同感です。とすれば、やはりあの橋でしょうね」
 阿尾はイデアの意見に頷く。今この場にシノビがいないと言うことは、何処かで待ち伏せと言う確率は高いであろう。
「水を絶(こ)えて来たらば之を水内に迎うる勿かれ 半ば済(わた)らしめて之を撃てば利あり」
 昂明曰く。川(今回は橋だが)を渡れば、隊列は乱れるも同じ。もし、襲撃をかけるとすれば其は橋の半ばを通った時であろう、と。
「そこを挟み撃ちも、充分に考えられます」
 イデアが可能性を示唆すれば、話を静かに聴いていた朱華が「一つ気になる」と、橋の破壊の可能性、続いて命綱の提案を行った。阿尾は命綱は兎も角……と、こう言葉を続けた。
「橋の破壊は、恐らくは皆無かと」
 今回の依頼。例え餌であったと言えど、アヤカシが通り道を塞いだのは事実。その橋を落としては、アヤカシを退かせた意味がないのだ。
 だが、用心に越したことはない。彼らはこれから、橋に到着するまでに幾つかの作戦を立てておいた。

●身命賭ス
 真昼という時間。当たり前の話だが、この場所に自分達以外に人影はない。開拓者達は橋へ到着し、話し合った結果一組ずつ橋を渡ることにした。
 一組目。巳と昂明は、白葵から麻縄を貰い、渡った際に木々にくくりつけ、命綱を作った。今はまだ、巳の耳に足音は聴こえない。
 二組目は、朱華と白葵だ。橋に張った縄を掴みながら、二人は橋を渡る。
 橋を渡り、中ほどに来た所で朱華は再び術技で調査に乗り出す。
 反応は……
「来る……両方からだ!」「速い、足音来るで!」「目の前だな」
 ほぼ同時、こう表現しても良いほどに、巳と昂明の前に一人出現。橋の手前の阿尾とイデア、雪茂の背後に二人シノビが現れた。
「阿尾殿、シュウ殿、此方だ!」
 いかづちに乗ったまま、雪茂は今抜けた森へと駆け、その後を阿尾、イデア、そして敵のシノビと追い、一人の分断を成功させた。

 挟み撃ちを免れた開拓者は、各組一人のシノビと戦闘となった。
 最初に動いたのは巳。眼前のシノビの鈎手甲と忍刀に気付いたその瞬間、腕目掛けて雷火手裏剣を投げていた。だが当たりはするものの、軽い火傷に終わる。
(「強い」)
 無言のまま昂明に近付き、鉤爪がその剛腕を裂く。傷は浅くも視界に突如、歪みを覚える。彼は、得物である地面に斧を置いた。刃が昂明の肌を滑る。その軌跡の瞬間、昂明の手には鉄貫が握られていた。
「忍びの者ほど器用ではないが、武器の扱いには心得がある」

 橋の上。シノビと対峙する白葵と朱華。なるべく後ろへ行き距離を取りたいが、あまり後退すれば、巳と昂明をシノビの術中に巻き込みかねない。
「くっ」
 片手で韻を結ぶシノビ。風神の風が幾重も二人を苛む。橋から落とされないようにと縄を掴む手をそのままに、白葵は打剣で礫を投げる。
 しかし、相手もシノビ。それも殺しにかかって来ている。身を低く回避し、その後またもや韻を結び、今度は影が白葵へ……
「来るぞ、避けろ」
「うわぁ!」

 森の中では幾つもの刃物が飛び交い、木々を抉り葉を散らしてゆく。愛馬の上で、その光景を得物を様子を見る雪茂。シノビと阿尾のクナイと手裏剣が、宙を交差する。
「こっちも忘れるな!」
 イデアはアヘッドブレイクを発動させ、シールドを正面に飛び交う得物を弾きながら、懐に飛び込む。
「ハァッ」
 遥か後方では、雪茂が衝撃波を放ち、それは素早くシノビを包む。全身から等しく飛ぶ血飛沫、顔はわからぬが苦悶に歪んでいるだろう。

 当たり前だ。相手は人間なのだから……

「正木先に行って!白葵達を助けて!」
 イデアが声をかける。その声に意識を先程駆けた道へと向け、応とも言わず走り出した。
 去ったと同時に、イデアは剣を、シノビの腰から肩へと薙いだ。声も許さず、ただ倒れ布が擦れる音だけが辺りに響いた。
「さて、彼方ですね。追い掛けましょう」
 阿尾は袖のねじれを正しながら、イデアへと話しかけた。優しいですね、と誰かに向かって呟く。その誰かは、応答せず。先程雪茂の駆けた方向へと目をやり、口を開く。
「彼ら橋の上だけど、霊騎で走ったりしなだろうな」
「まさか、気を付けないと橋が破損致しますし」
「「…………」」
 そう言えば、彼女は橋を愛馬で渡ろうとしていた様な。嫌な予感と共にこれを思い出していた。

「……グッ」
 得物を抜けて、脇腹や腕を切り裂く刃に不動の構えで応対する昂明であったが、流れる赤は袖を染め息を荒くする。もう鉄貫を握る拳も、液体に滑りかけている。
 シノビ頭が昂明の相手にし、目を離した瞬間に巳は先程結んだ命綱へ足をかけ三角跳。シノビの背後へとつけば、雷の手裏剣を足へ。だが、それをシノビは跳躍で回避、そのまま接近し鉤爪で巳を掻く。
(「捕獲など出来そうにねぇな……」)

 どうにか、シノビの影縛りを避けた白葵。だが、攻撃がやむことはない。後ろの朱華へと、螺旋が放たれる。
「朱華さん!うぐぅ……っ」
 風音すら唸るそれを、白葵は間に入り防ぐも傷は深く、激痛が彼女にはしる。
「俺は盾にしかならないんだから、多少は我慢してくれ」
「朱華さんも、そっから離れいや!」
 そう言えば、白葵の前に朱華は出てきて得物を構える。シノビは朱華に近付き、嘲笑うように一言。
「生温い信頼だな」
 小刀を振りかざした。

「正木大膳亮雪茂、助太刀致す!」
 背後に響く蹄の音。揺れる橋、シノビが振り向いた時には、自ら胸に入り込む穂先に気付くことになった。更にもう一撃、雪茂は柔らかなものを突く感触に、心を掴まれつつも息を吐く。
「ハァァァァ!」
「あ……っが…」
 血の海に沈む様は、最早死に体。それでも動こうとするシノビに、雪茂は得物を動かし……
 シノビは事切れた。更に、雪茂の背後で投げられたクナイによって。
 三人がクナイより先を見れば、橋の手前でイデアと阿尾が待っていた。
「早く渡りきって下さいよ」
「朱華は自分に任せて、先に行って下さい」
「あ、……ああ」
 白葵は頷いて、雪茂の愛馬に飛び乗り、巳達の元へとなるべく橋を揺らさぬように愛馬を走らせた。

 巳は、長い時間戦っているような錯覚を覚えていた。これは自らを蝕む神経毒のせいだろうか。或いは、いっこうに倒れることも、身動ぎすら無いこの敵のせいなのか、と彼は色の無い表情で思う。
 勝てるのか、それすら思い続けたその時、眼前の霊騎に気付く。それはシノビ頭も同じく、だがそれが一瞬の隙を生んだ。
「あーらよっと!」
 シノビ頭の腕を雷が貫き、辺りには肉の焼ける香り。刀の落ちる音が響いた。相変わらず声一つも無いが、確かに暗は封じたのだ。
「巳さーん、助けに来たで!」
 白葵が霊騎から降り、投擲をこなす。だが、悠々と避けられてしまう。四人は得物を手に、シノビ頭は迫る。彼は辺りを見回し、動く手を首もとへ運ぶ。
「!?……誰か押さえつけろ!」
 巳の声も虚しく、シノビ頭の行為は執行された。

●手応え無き終焉
 イデアと阿尾、そして朱華が橋を渡り終える頃には、全ての戦闘が終わっていた。他の手下がやられたと感付いたシノビ頭は、鉤爪で自ら首を掻っ切って自尽していた。
「雇い主吐かせたかったんだがなー」
 残念そうに笑む巳に、阿尾は首を振る。雇い主は当主の少女だとわかっているし、何よりシノビが情報を素直に吐くとは思えなかった。
 昂明が斧を拾うその傍ら、雪茂は霊騎を降りその背に触れていた。
「……………」
 しかし彼女には、心配そうに嘶く愛馬の鳴き声は耳に届いてはいなかった。
「阿尾さんも難儀やな、もてもてで…」
 他のシノビの死を一通り確認し、帰ってきた白葵が笑みを作りながら阿尾へと話し掛けた。
「何時ものこと、ですから」
 皆様もまた狙われないとは言いませんが、と心の中だけで阿尾は呟いた。
 そんな二人を眺めていた朱華であったが、白葵の傍、背を向けつつ頭を撫でて一言。その傷だらけの手の平の感触に気付くと、白葵は朱華を見上げるも、彼の後姿しか見えない。

「…よし。帰るか」
「……うん」