伝説の貝
マスター名:月宵
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/06 10:54



■オープニング本文

 ここは神楽の都。夏も後少しで終わり、涼風が青空に吹きはじめた頃であった。
 縁側で一人、若者が汗で濡らした手拭いを肩にかけて休憩していた。彼の名は臣野 佐吉(おみの さきち)。一人の大工だ。
 今とある家の改築を行い中、今はその休憩と行ったところだ。
 一仕事した汗を涼風が乾かし、ついでに熱を奪い調度心地よい。
 そんな時だった。彼の視線に、一人の少年が目に入った。歳にして九歳頃、その表情には天気に似合わない曇天に覆われている。
 大きな雲を口から吐き出す様子に、佐吉は心配した。
「ん、確か亜衣だよな。どした、悩みでもあんのか?」
 くたけた佐吉の口調に、肩を震わせるも何かを決心したように近付き縁側に腰掛け口を開いた。
 しどろもどろながら、佐吉には理解して貰おうと必死になっていると言う彼の意思を感じた。

 話は要約すれば、こう言うことであった。亜衣の父親と母親の仲が悪い。ことあるごとに、喧嘩をしていて、今では同じ家にいるというのに、殆ど口も聞かないらしい。
 このままでは、離縁するんじゃないか……幼いながらに亜衣はその危険を感じていた。
 亜衣が何より困っていたのは、喧嘩の原因である。
 簡単な話、大きな原因はないのだ。所謂意見の擦れ違い、それが膨らんだ結果のようなものだ。

「僕死んだじいちゃんからきいた、伝説の貝をさがしてんの」
「貝……あの砂浜に落ちてるやつ、だよな」
「前にね、父さんと母さんはその貝を見つけて微笑んだ。それから、もっと仲良くなったんだ!」
 けどみつからない、そう呟いて眉を悲しげに下げる。
「本を見ても載ってないし。母さんも父さんも旅行が趣味だったから、もしかしたら凄く遠くにあるのかも……」
 佐吉は亜衣の悲しげな表情を見てから、今自分が担当している増築中の家を眺めた。折角広くなる家なのに、完成した家の中に溢れるものが少年の涙では、それこそ家が報われない。何より子供が好きな、佐吉にとって何よりも耐え難かった……
「開拓者……頼んでみるか」
「え?」
「色んな所を回る開拓者だ。その貝を知っていても、おかしくはない」
 待っていろ、そうと決まればと直ぐ様神楽の都の開拓者ギルドへと、佐吉は走ったのであった……

●早とちり
 さて佐吉の依頼は直ぐ様ギルドに貼られ、それを見た開拓者達は二人の待つ砂浜にやってきていた。報酬は少なめだが、依頼内容が子供のお願いと言うことなら、妥当かも知れない。

 しかしどうも様子がおかしい。何がと言えば、具体的に佐吉の様子だ。先程までの自信道溢れた様子はどこへやら、今は何かの気まずさを覚え視線を斜め右に落としている。
 それとは知らず、亜衣はもう貝が見付かるのもおかしくないと、興奮気味に瞳を輝かせていた。そして、諸事情を詳しく話した後に伝説の貝について彼はこう話した。
「その貝はね、『カス貝』って言うんだ。けど、どこの図鑑にも載ってなかった……」
「………すまねぇ」
 けど開拓者のにいちゃんたちなら、わかるよね!というそんな希望に満ちた、亜衣の声に聞き耳をたてて漸く聴こえる佐吉の謝罪が混じっていた。

 カスガイ【鎹】
  建築に用いる。コの字型の金属の道具。主に、木材同士を固定する道具だ。

 つまり、大工である佐吉が知らないわけはない。ギルドに依頼を貼り出した後に、貝の名前を聞いて気付いてしまったのだ。しかし今更言えるわけがない、佐吉は何よりカス貝があると信じきっている亜衣の瞳の光を奪いたくなかったのだ。

「きっとカス貝が見つかれば、父さんも母さんも仲直りしてくれるよね!」


■参加者一覧
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
薔薇冠(ib0828
24歳・女・弓


■リプレイ本文

 亜衣の貝の説明を聴いて、本来のその意味を鈴木 透子(ia5664)、デニム(ib0113)、そして明王院 未楡(ib0349)は理解し、佐吉へと近寄り話しかけた。
「オレの早とちりに、迷惑をかけちまったな……」
「気を落とさないで下さいませ、佐吉さん。もしかすると、鎹に由来する貝があるかも……」
 未楡の言葉に、力無く佐吉は首を振る。依頼を出した後、色々書物や巷説を調べたが、少なくともこの神楽の都周辺ではそんな貝は無かったという。
「僕は貝探し協力しますよ。探すという行為に、意味があるのかも知れませんし」
 佐吉にそう言ってから、チラリとデニムは亜衣を入れた残り四人組……実際は、好い人であるアーニャ・ベルマン(ia5465)に視線は向いていた。
「そんな伝説の貝があるなんて、天儀はスゴイのですね〜」
 そんなアーニャは絶賛勘違い中なのだが、デニムは彼女の愛くるさから、気にする様子はない。
「ふむ、そうやすやすと見つかるものではなかろうが、精一杯、捜して見せるぞぇ」
 そう意気込むのは薔薇冠(ib0828)だ。子供にとって、夫婦の不仲は地獄に等しいはず、今回亜衣の為にという理由で、貝探しに熱心なのは恐らくは彼女であろう。
 一方で一人上の空は、フラウ・ノート(ib0009)。
「ふむ。夫婦仲が良くなる伝説の貝……ね」
 彼女の頭の中には会話など上の空、目の前には傍らで寄り添うあの人の御姿。
「フラウねえちゃん、いー人がいるんだー」
 首から上の、秋の涼風に晒されてるとは思えぬ紅潮を亜衣は茶化す。思った以上にマセガキかもしれない。
「なんでもないわよ。ちょ、少し妙な事考えてただけだしねッ!!」
 誤魔化すように、「見つかるといいね?」と聞き返すと亜衣は素直に頷いた。
 何はともあれ、先ず海で貝拾いをするため灰奈夫妻を訪ねることにした。
「佐吉さん。あの、出来ればこの辺りの海岸で、祠がある場所ありません?」
 透子の質問に、不思議に思いながらも思い当たる場所を教えた。

●お話
 いくら何でもこう大人数で押しかけては、向こうも警戒することは予測出来る。追い出されはせずとも、話を聞いて貰えなければ意味はない。
 そこで代表の数名が行くことになった。夫、玄斗に話すのはデニムと透子。
「仕方ないか、私達は街で道具調達してくるね〜」
 亜衣と道中にて、その間に色々話を聞くと愛しの人と離れて、ちょっぴり寂しいアーニャが言った。
「あのう、寧亜さんの方は私に任せてもらえませんか……少し、思う所がありまして」
 未楡の提案に、同じ主婦同士ならばこれが一番適任だろうと開拓者達は同意した。
「えっと……」
「行きましょう、亜衣くん。それでカス貝何ですけどね、それは何時の話とか…」
 薔薇冠とフラウ、アーニャと佐吉は街で潮干狩や海水浴その他もろもろの、買い出しへと出掛けたのであった……

 灰奈家への出向きは、佐吉の手伝いもあり簡単であった。夫婦には、別れて話を聞くことも意外なほど早々と了承された。しかし、玄関で夫婦は開拓者達を迎えてはくれたものの、二人の間に会話は無い。今、亜衣がいなくて安堵した。其れほどに二人の中に、険悪の一歩手前の空気が流れているのだ。

 デニムと透子は玄斗へと、亜衣の依頼内容を話す。資料が雑多に平積みされた部屋で玄斗は、頭を忙しなくかきながら溜め息をついて。
「やっぱりか、亜衣にまで気付かれていたなんて」
 玄斗は直ぐに口を開いた。最近寧亜はピリピリしていて、だらしなさを何度となく注意されていた。
「何というか、今までも言われてたけど……最近はそれ以上で、出来りゃあ俺もアイツと仲直りしたいよ」
「ああ、けど解決の糸口が見つからなくて今に至る、と言うところですか」
 途中からほぼ泣き言にすら聞こえる彼の声に、デニムはいつかは自分らにも訪れるかもしれない出来事だ、と至極共感を覚えて頷いた。
「あ、あの、それでですね。亜衣くんが貝探しに行くので一緒に、来て欲しいんです」
 透子は加えて、その場所には祠があり自分は良いおまじないを、知っていると言うと玄斗は……
「行きます! 最近家族で外出も無かったし、気分転換にはピッタリでしょ!」
 とかなり乗り気で、玄斗は賛成をした。彼の思考を思うに、最悪の結果は無さそうだ。

 同時刻、未楡は畳の目に揃えられた机、その上に置かれた玉露をいただきながら、寧亜へと事情を述べていた。最初に見せたのは、目を見開かせ口元について手を添えた様子。
「亜衣がそんなことを、申し訳ありません。臣野様には後で依頼料は立て替えると、そう仰って貰えますか?」
「は、はい。あのうそんなに畏まらずとも、よろしいのですよ……」
 頭を下げ真摯に謝罪する彼女の姿に未楡は、本当に誠実な方なのだなと、苦い笑みを浮かべながら心底理解した。
「しかし、確かに少しせっかちにはなっていましたが……そこまで」
 顔を上げると寧亜は困惑していた。恐らく自ら行動が、其れほどのことと思っていなかったのだろう。
「あの、ご無礼を承知で聞きますが……今回の増築、もしや奥様の御懐妊でしょうか?」
「へ? いえ、あれは屋敷も古くなり亜衣も大きくなり手狭だと思いまして」
「…………アレ?」
 増築の話。それに夫が無精気味とも聞いて、妊婦特有の精神的な苛立ちではないか、未楡は前情報からそう思っていた。暫し気まずい空気が流れ、未楡は謝罪をする。
「……そう、お気になさらず。海へ共に行くといったお話なら同行致します」
 もとより、おじの茶目っ気が原因ですから、という責任を感じてだが寧亜も玄斗同様に参加を決定した。

●海
 一同は佐吉の案内で、海へとやってきた。目的が潮干狩でもあるため、潮が引いた時間に訪れる。さざ波は優しく耳に届くも、少々秋の潮風は冷たい。
「私とデニムの将来のために〜! ふぁいと〜〜!」
 だがそれでも、気合いでどうにかとアーニャは水着姿で海に入る。貝探し序でに、BBQ用の食材を探しに海を潜るらしい。
「はぁ。アーニャ、あまり長い時間は潜らないようにな」
 色々な意味を込めた溜息をつきながら金髪をそよがせて、注意するデニム……同時にはためく毛筆字の書かれた布、それは下半身の漢の褌。そう、先のため息とは一つは初めて見る彼女の水着姿への為、そしてもう一つは今の褌一の自分にたいする溜息。
 どうやら水着が季節はずれで、運悪く手に入らず、彼は褌一丁であった。
「んー。特徴があると楽なんだけど、図鑑にも載ってないって事は、学者達も知らない地元の貝なのかしら……」
 フラウと薔薇冠は無事手には入った熊手で、亜衣と砂浜を掘っている。少年には、後ろのデニムとアーニャが見えないようにしてるのは、気遣いからであろう。何の、とは言うまい。ゴロゴロと発見する貝殻だが、お目当てのカス貝は勿論見つからない。
 薔薇冠が亜衣から特徴を聞き出そうとするも、人伝な話なワケで姿形を知ることもない。
「そうじゃ。亜衣殿、少し耳を貸してくれぬか?」
 そう言えば、薔薇冠は亜衣に囁く。
「うん! いっぱいあるもんね」
「亜衣。足元の貝の破片に、気をつけるのですよ」
 母親である、寧亜の声に亜衣は頷いた。
「あ、あーう……た、楽しそうで、ヨカタナァ」
 無理矢理に捻り出した。玄斗の台詞に寧亜は無言のまま、視線を秋空へ向けた。
 そんな夫婦の間に、透子は恐る恐るとだが提案をした。神聖な祠があるので、そこでお二人におまじないを施してもらいたい、と。願ってもない、そんな玄斗に押され気味に寧亜も賛成をした。
「では、あなたの案内。道中までお願いします」
「わかった、が一体何するつもりだ?」
「お師匠様直伝、夫婦和合の術です 」
 透子の決め顔に、佐吉は不安を覚えながらも祠へと道案内をするのであった……
「いってらっしゃいませ、こちらはお任せ下さい」

●おまじない
 案内の佐吉を、外に待たせ灰奈夫妻と透子は狭い洞窟内へと赴いていた。中央には、御神体らしき小岩。四方には透子が貼り付けたお札がある。
「……これで夫婦喧嘩の仲裁をして下さる精霊が降りられました。それぞれの言い分を大きな声で御岩に向かって言ってください」
 適度な万や縁を混ぜた呪を唱え終われば、透子は二人へとそう言い放った。しかも、一人が喋る間は、黙って後ろに下がらなければならないというルール付きでだ。最初は寧亜からなのだが、狼狽して言葉が覚束無いようだ。実際言い分も何も、本人達が原因がイマイチわかってないので難しい。漸く彼女が言えた言葉が……
「亜衣の見本になるよう、整理整頓してください」
 であった。ぎこちない笑みを浮かべつつ寧亜は下がり、お次は玄斗の番だ。どことなく緊張し、小岩の前で深呼吸そして出入り口の佐吉にまで届く大声で…
「亜衣もオマエも、愛してる!!」
「あなた様?! 人前でなんてことを」
「あ、あの奥さん。遮っちゃ駄目何ですって!」
 原因もわからないわけであるから、玄斗はそれこそ精一杯の想いを伝えたのだ。それで、事態が好転するか、否かは別だが。
「あなた様は昔から、もう少し周りを考えて下さいな」
 一拍。
「俺はオマエの悪いところないから、原因があるなら俺と思う。だから思いの丈を言った」
「それでは、言い分になりません!」
 その後も洞窟から響く、夫婦の声に中の様子を外で終止気にする佐吉であった。
「……夫婦か、オレも考えねぇとな」

●貝がいっぱい。
 透子達が祠から帰り、砂浜に戻ってきた頃には鉄板焼きの準備が行われていた。
 アーニャとデニムが、採ったらしき魚貝類が網の中にあった。ホタテやサザエ、アジにワカメ……そして何故か色とりどりの沢山のウミウシ。
 食べれるのかな、と潮干狩で採れたアサリを置きながら、フラウは呟いた。
「お帰りなさいませ、お弁当も用意してありますよ」
 未楡が夫妻に語りかける。その向こうでは、何やら薔薇冠と亜衣が熱心に何かをやっている。時折、亜衣を励ます声が彼女の声がこちらにも届く。
 更に向こうには、寒さに震えて少しでも体を温める努力をしようと砂に潜るデニムと、砂を埋めるアーニャの姿があった。気のせいかデニムに盛られた砂が、お城を象っているような……
 透子はその姿に慌てて、デニムの治療を行った。

 デニムが漸く砂浜から、自力で這い上がれる頃には鉄板や金網から、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが漂っていた。ホタテは口を開けて、豊満なスープを殻に染み出させサザエのつぼ焼きは沸々と泡立ちます始める。
 ウミウシは誰も食べ方がわからないため、海に帰してあげた。
「父上殿、母上殿。実は亜衣殿から贈り物があるのじゃ」
 薔薇冠が灰奈夫妻に近付いてとても楽しげに伝える。すると、そこに背に手を回したままの亜衣が近付いてくる。
「僕がんばって、作ったんだ!二人にあげるねぇ」
 砂で汚れた小さな手のひらを開くと、貝殻で作った腕輪が2つ存在していた。小さな貝は二枚貝が、多くよく見ると対の貝殻を分けて装飾に使っている。
 例えカス貝が見つからなくとも、子の手造りの贈り物を厭う親は先ずいないだろう。薔薇冠はそう思い、拾った貝殻で亜衣に装飾品を作るよう、先程持ち掛けていたのだ。
「亜衣が作ったのかい? ありがとうな、大事にする!」
「ありがとう……亜衣」
 夫婦は互いに腕輪を着け合い、似合っているか?そう息子に聞いた。その姿に、輪郭から零れんばかりの笑顔で亜衣は応えた。
 もうこれで、言葉にせずとも伝わったことだろう。灰奈家族を見守る一同は、負けじと安堵の微笑みを向けた。

 そしてお待ちかね。魚貝類によるBBQ大会が始まった。未楡の持ってきた、お重を準備して。あさりとワカメの味噌汁を椀に装い各々に食し始めた。
 デニムとアーニャは、灰奈夫婦の旅行の話を尋ねつつ、いちゃラブしている。これが、作戦なのか素なのか、このバカップル以外わからない。
「ねぇ、デニム。この貝美味しいよ。ほら、あーん」
「あーん。うん、美味しいよアーニャ」
 薔薇冠は今度こそ、カス貝を見つけると亜衣とともに意気込んでいた。この様子だと真実を教えなければ、徹夜も辞さないだろう。
「これは時間をかけてゆっくり探すほかないみたいね……ま、頑張りましょ♪」
フラウが焼き魚に、舌鼓を打ちながら亜衣にウインクを一つ。その隣、佐吉はひそりと、透子に囁く。あのまじないの効果について、だ。彼女は一言。
「なるようにしかならないけどお駄賃は貰える術」
 その言葉に半ば呆れる佐吉。だが、夫婦とはきっとそう言うものだ。独り身の佐吉には、そう思うしかなかった。
「……………」
「奥様、どうかなさいましたか?」
「へ、いいえ。何でもありませんよ」
 こうして、秋の海にての貝探しは最後まで賑やかに終わりを告げた。


 それから、数日後のこと。
「え〜、何がどうなって鎹なの!?」
 デニムが教え、漸くアーニャはカスガイが貝でないこと知った。
「子は鎹っていうけれども、楽しい思い出も鎹ですよね〜」
 それから更に数日後。
 佐吉は開拓者達にある知らせを持ってきた。灰奈家の子供部屋の増築が予定より、二倍にも増えたという。そう彼は嬉しそうに、開拓者達に教えた。