二律背反
マスター名:月宵
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/24 15:28



■オープニング本文

 東房にあるお屋敷に、自分達開拓者は依頼を受け呼ばれていた。目の前には依頼主となる二十歳半ばの艶やかな紅衣を着こなす、細身の女性が一人。
 女性の話では、先祖代々より受け継ぐ山があり、その山にアヤカシが出没しているので退治をと彼女は彼らに願うのだ。
「どうか、どうかあの山林を、お救い下さいませぬか?!」
 頭を下げて再び上げた。女性の頬には涙が幾つも伝っていて、開拓者達は表情の意味を真摯に受け止める。聞けばこの地方では、強い空っ風が吹くらしい。一度山林の様子を近場の警邏に見せたところ、何匹もの火を扱うアヤカシを見たという。もし条件が重なれば山火事の危険すらある。
「あの木々達は、我が一族の誇りなのです。どうか……どうか守って……う、う、っ」

 こんな話を聞いてしまえば、開拓者達だって急ぐしかない。屋敷を出て戦闘用の準備を始める……つもりであった。
 しかし暫く村の中を歩いていると、沢山の人々が自分達開拓者を囲いだした。その瞳に殺意とも畏怖とも取れるものが混じっている、しかしどう見たとしても、志体をもった存在、もっと言ってしまえば戦いに慣れた人々には見えない。つまり村民だ。
 その内一人の中年男性が、開拓者の前へと姿を見せて……
「おねーげーだべ!どうかあの、山の樹を燃やしておくんなまし!」
 土下座だ。それも彼だけではない。集まる人々がそれこそ祈るように開拓者へと土下座し始めたのだ。
 こちらの詳しい話を聞けばこう言うことであった。依頼を受けたあの山林の植物は、実は莫大な量の花粉を生み出す。そして春になると花粉が大発生して、風にのって彼らのいる村まで降ってきて迷惑しているのだ、と言う……
「洗濯物もまともに干せないのよ!」
「花粉が目に入って、まともに目が開けられないのよ」
「花粉が口の中に入って咳が……うー思い出しただけで、ウエ」
「地主様と言えば、あの木は我が誇りだとかで減らす何てとんでもない!って、話しすら聞いてくれないのよっ」
 出てくる、出てくる数多の不満。それこそ、元より動けない植物が、花粉をあちこちに散布させるかの如く 。全ての言葉が開拓者の耳に入ることは無かったが、色々彼らに溜まっていることは理解出来る。
「おわかりいただけたべ?どうかあの山の樹を、それこそ全て燃やし尽くして欲しいべ!」
 報酬はしっかりとお払い致しますのでと、聞けば先程の依頼主が提示した額とそう変わらない。どちらの願いを聞いても、開拓者達に損は無い。


 無いのだ、だからこそ困る。開拓者達は互いに顔を見合わせるのであった……



■参加者一覧
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
ゼクティ・クロウ(ib7958
18歳・女・魔
多由羅(ic0271
20歳・女・サ
錘(ic0801
16歳・女・サ
神樂坂 璃々蝶(ic0802
17歳・女・シ


■リプレイ本文

 全ての話を聞き終わり、戦闘の準備を完了させた開拓者達は一度三組に別れることにした。一つは山の中へ前以て入り、アヤカシの調査を行う 黒木 桜(ib6086)と羽紫 稚空(ib6914)の組。次に村人達と話し合う、ゼクティ・クロウ(ib7958)と神樂坂 璃々蝶(ic0802)の組。そして依頼主と話し合う、 多由羅(ic0271)と錘(ic0801)に一度別れたのであった。

 様々な意見を飛び交わせながらも、一つの結果に到達した。やはり森を全焼させるワケにはいかないと………

●三者三様
 ゼクティと璃々蝶は、先程の村人村人達に事情を話すことにした、全ての山を燃やすことは出来ない。ああ、やはりかそんな空気が村人を支配する。ゼクティはその様子を眺め、自分達の願いが無理難題であったことを村人達が理解していたことに無表情ながら少し安堵した。
と……ここまではまだ、良かった。
「 さて、花粉の方じゃが、これはもう各自で予防してもらうしかないかもしれぬな・・・ 」
 そう何とも気楽に、璃々蝶がいい放つ。他にもマスクをすれば、とか一時の我慢じゃないか等々。
「 本人は辛いかもしれぬが・・・我慢することも大事じゃぞ」
 その台詞には、それこそ村人は面食らった。誰もが声を出せない、言葉を紡ぎ出したのはゼクティであった。
「ごめんなさいね。私も彼女も実際花粉がどの程度なのか知らないのよ」
「そ……そりゃ今は季節じゃ、ねーし……だべな!」
 一人の村人の言葉を、肯定するように次々に応とした。何故彼ら村人が、わざわざ開拓者達に反対するように談判してきたか……その覚悟の度合いを考えれば、璃々蝶の失態がいかなるものか理解出来るだろう。
「それでも恐らく多少だけど、木は燃えるね。どれほど燃えたか、後で教えてあげるわ」
「は………はぁ」
 何とか威圧するような言葉で、この場を押しきったゼクティ。こんなことなら、桜や稚空と先に行けばと頭を過ったが……
(「やっぱ却下ね」)
 あのバカップルと一緒に行ったら戦う前から色々磨り減る、と彼女は確信していたのだった……

 そんな風に思われてるとも知らず、山の散策を行う桜と稚空。桜が瘴索結界「念」を使い大量にいるアヤカシを調べていた。
「先ずはここからですね……」
「 桜!いいか!いつも言うが俺のそばにいろよ!目のいるところにいてくれよな!お前はいつも無茶しようとするからな! 」
 いきなり集中力をかき乱す様な、稚空の警告が傍らで聴こえた。彼の目的はあくまでも依頼をこなす恋人桜、の護衛であるためだが、過保護にも程がある。
「アヤカシがいるんだ気を付けろよ!何かあったら大声を出して俺を呼べ?後ここは以外と斜面が急だ」
「心配しすぎです!」
 心配して貰うのは恋仲として、嬉しいことだけどと桜は小声で呟く。
「当たり前だ、何があっても桜を守る。俺がそう決めたんだ!」
「ち……稚空っ」
 狙ったワケでもないのに、全うな一撃は見事に桜の心の臓を撃ち抜く!頬を密かに桃色にさせ、弛く口元をつり上げか細く、はい、と応えたのだ。
 それに今更ながら、自分の言った台詞で耳を紅に染める稚空。なるほど、どこぞの氷のクイーンがぬるま湯になりうるほどの惚気である。
 …………一応アヤカシ捜索はしっかり出来ていたので、このまま時間まで放っておいても問題無いだろう。

 残る多由羅と錘は屋敷に戻り、依頼主である女性の話を聞いていた。とは言うもののその殆どは、先祖代々のあの山の美しき歴史なワケだ。多由羅はこの話をどう言う方向に、持っていくべきかを思案する。
 その隣、無言ながらも身を乗り出すようにして、錘は真剣に美辞麗句を心に噛み締めていた。
「…山も木々も、大切だと思います」
 無口な彼女が放ったその一言は、依頼主を信頼させるにはとても大きく、瞳に涙を貯めながら頷いた。斧を使い、幼い頃より山地で育った彼女は最初から山焼きに反対していた。やはり、こちら側で彼女と組むのは正解であった。裏表の無い彼女の言葉は、心に響く。
「それで地主様、お願いが御座います」
「は……はい」
 多由羅はここぞとばかりに、それでいて穏やかに話を切り出した。枝打ちや伐採を許可して貰えないだろうか、と驚く彼女に多由羅は理由をしっかりと付けた。葉が生い茂り過ぎているため、燃え移る危険性が高い。少しで良いので木を伐らせてほしい、と。
「お願いします地主さん……私たくさんの木を守りたいの……」
 被害を抑えるため、あれほどに熱心に話を聞いて木々の大切さを訴えた錘が言う言葉に鋭い何かを依頼主は感じ、口を開いた。
「わかりましたえ。開拓者と言えどあの数のアヤカシは大変でしょう」
「ありがとう御座います。私達が必ず、アヤカシを殲滅致します」

 かくして、それぞれの準備を終わらせた開拓者一行はアヤカシのもとへ進んでゆくのであった。

●駆ける赤
 璃々蝶は木葉隠を施しながら、他の開拓者とともに茂みの中アヤカシを眺めていた。桜が言った通りに、火兎と鬼火がいる。まだこちらには気付いていない。だが数が多い、これは先手を取り早々に場を支配した方が良さそうだ。
 先鋒は稚空。そう遠くない位置から、一気に火兎と距離を詰める。アヤカシは巨体を動かし、首を捻るがそこを、お得意のフェイントが炸裂する。頭上寸是の所で刃を停止、手首を捻り踏み込み突く。そのまま風を味方につけ、刃を生み出し矢と変わらぬ動きで複数の火兎を切り裂き、四散させた。しかし、数に大して当たりは少ない。 思ってた以上に動きが素早いのだ。
 稚空に続く様に、続々とアヤカシへと攻撃体勢に入る開拓者。だが伏兵は思わぬ所からやってきていた……
「うぐっ!」
 声をあげたのは璃々蝶。良く見るとその二の腕には火傷の後が残っていた。やられたようじゃ、そう彼女の語る視線の先に一匹の鼠がいた。
 瞬間その鼠が炎と雷か、順に多由羅とゼクティに襲いかかる。
「キャ!そんな、わたくしは確かに……」
 多由羅とゼクティは無事術を避けたものの、動揺は桜に広がっていた。目の前の大嫌いな雷、そして結界には反応の無かった、暗殺鼠の出現だ。

 術を巧みに操り、元より術の抵抗が高い暗殺鼠が巫女の網を掻い潜ることもある。何故ならその名の通り、得意とするのは『暗殺』なのだから…
 そして誰も、鼠が一匹などとは言っていない。それを次は桜が身をもって味わう。
 戦闘態勢に入る火兎。その毛皮から飛び出る一匹の鼠。桜がそれを確認したときには、頬に浅く僅かなかすり傷が頬に残ったのを、確認した後だった。
「……来る」
 暗殺鼠の次なる目標は錘。幻覚を見せる怪音を響かせるも、彼女の眉を僅かにしかめさせるだけの結界に終わったのが幸いだ。
「てめぇ……桜に何しやがんだぁぁぁぁ!」

ギィイ

 その並々ならぬ稚空の様子、アヤカシなれどその気迫に生命の危機を覚えたのか、鼠の癖に兎の様に逃走をはかる。だが勿論、稚空が見逃す筈もない。
「くらええぇ、月鳴刀!!」
 一撃を見舞うと、素早く回避を行うように暗殺鼠は跳ねる。しかし、その片手剣の切っ先は確かに僅かながら小さな体をとらえ、そして絶命させた。
「ハァ!」
 時変わらずして、多由羅の太刀から放たれた鎌鼬が火兎の体躯を刻み重傷を残す。
 臨戦態勢の火兎はそれだけで火種。今も炎を纏う体躯が、木々や枯葉を燻らせている。枝打ちや、桜が前以て木々に放って置いた水が、幹に染み込みなんとか燃えひろがずには済んでいた。愛する人に負けじと、稚空も火兎に向かって水をぶちまけた。身体に纏う火の勢いは若干弱まるも、このままでは直ぐに戻りそうだ。だが、火兎の毛皮や足元を濡らす、と言う目的は既に達成していた。
「いまだ、桜!」
「行きます!」
 桜の声に応えた精霊が力を貸し、水を結晶化していく。その結果時間をゆっくりとかけながらも、火兎に氷と言う足枷をもたらした。
「やったな、桜!大丈夫か?」
「稚空、だ…大事ありません。すり傷です」
 鈍くなった火兎を凪ぎ払いながら、桜へと近付く稚空。二人は互いを見つめ恍惚とする。やがてその距離は近く、近く……二人の世界が出来上がりかけた頃、それは起きた。
 二人の頭上、スレスレを通りすぎる猛吹雪。
 轟く央人と首筋を刺す冷気に、稚空は振り返る。そこにはフロストクイーンを掲げ、上空の鬼火を蹴散らすゼクティ。
「みんな気をつけて頂戴」
 と、笑みを浮かべて警告する。もっとも口の両端を吊り上げるだけ、が笑顔と言えるのならばだが。
「大丈夫、桜さん?ち・あ・き・さん?」
「「は、はいっ」」
 無論戦闘はまだ終わっていない。火兎の無数に出現させる火の粉。鬼火の木々への接触。しっかり回避をしているのだが、木々への燃え移りが先程より激しくなっている。
 攻撃が激しくなってきたから当たり前なのだが、錘はそれでも何か違和感……否忘却しているのでは、と斧を振りかぶりながら考えた。
 彼女の頬を見えない、何か強く撫でその瞬間に気付く。
「……風…!ここ風下です!」
 そう彼女が気付いたのは風だ。しかも時折に吹く強風。考えてみれば、村人達は風で花粉が運ばれてくるため、難儀していると言っていた。つまり、それほどにこの山には強風が吹くと言うことだ。
 無論その場合、火も風の助けで勢い良く燃える。
「今更、押し切るしかなかろうて!」
 璃々蝶は燃えている木を見つけ、素早く術式を唱え水遁を行う。渦を巻き成長する水柱は見るまに火兎を飲み込み、鎮火した。
「若殿とどめを刺すのじゃ!」
とは言ったものの、稚空は手一杯なので代わりに多由羅が決めた。
 こうして、何とかこの場のアヤカシはゼクティのブリザーストームで一掃し、その後消火と回復を行い。残りのアヤカシも退治することになった……

 先行したのは、脚に早駆を行った璃々蝶。その後ろにはアヤカシを多数引き連れていく。何度もの攻撃を避けては、とても楽しげに牽制する。
「ほら、こっちじゃ。そっちじゃないのー」
 それははたからみれば、どうやっても囮役のそれでしかないが。火兎や暗殺鼠は気付かない。
 やがて、しびれを切らしたアヤカシが総員で突撃をした。しかし、璃々蝶はそれを避けることもなく止まる。迫る鼠と兎の大群、そして激しい音とともに彼らは何かに激突した。
「あら、残念、行き止まりになっちゃったわね♪」
『っ!!』
 背後から聴こえる、ゼクティの声。ストーンウォールの出現と共に、錘が斧を用いての示現。あわれ、火兎はまな板にあがる、西瓜のようにまっぷたつであった。

 こうして無事に、アヤカシの一掃を済ませたのである。が、これで事は終わりはしない。さてどれだけ山は燃えてしまったのであろうか……それは?

●村と地主
 ゼクティは村人達の元へ戻り、アヤカシを全滅させたことを報告した。そして、どれほど山を焼いたかも説明を始めた。
「四割り……ですかぁ……」
 最初の風向きを計算に入れず、戦った為に消火に手間取ったのが手痛く、かなりの木々を犠牲にしてしまった。
 残りの場所は途中から、風向きを組み込んだ為にそうそう被害は出なかった。今は虫食いの様に、山の所々が黒くなっている。
 村人達からは落胆の声があがる、少なくはなったがこれでは少なすぎるのだ。恐らく彼らからは、報酬は出ないだろう。
「落ち込む必要はないわ、悪いようにはならないと思うわ……きっと」
 淡々と語るゼクティ。だがその言葉には、村人を押し黙らせる力強さを秘めたもの。

(「後は任せるわよ、多由羅さん」)


 依頼主は全てを見ていた。遠くとも先祖代々の山から、煙が上がり赤く染まり、そして黒ずんで行くのを……
「四割……そうですか、四割も」
 屋敷を一人訪ねた多由羅が見たのは、庭の外から山を眺め続けていた依頼主の女性の姿であった。
「いえ、すみませぬ。それよりも先に言うことがありましたね……あの山を救ってくださり、ありがとう御座います」
 依頼主は詫びを述べた後に、みつゆびを立てて多由羅へと礼を尽くした。報酬は確かに渡します。その言葉を聞いた後、多由羅はこれから行うことを心に決め言葉を発した。
「ありがとう御座います。その地主様、実は風の噂で聞いたのですが――」
 多由羅は花粉により、村人に不平不満が出ていることを話した。流石に山を燃やせと言われたことは伏せてはおいたが。
「だからと言って、全ての木々を伐採せよなぞ……正気の沙汰では御座いませぬ!」
 高音を一つ上げた声で、多由羅に答える依頼主。よっぽど、あの山が大切なのだろうことが気迫から伺え知れる。
 ならば、そこを突かないワケにはいかない。
 多由羅の金色の瞳に、理知の光が輝く。 
「今回はそれこそ全焼は免れました。しかし、村人達との遺恨をこのまま残しておくべきでしょうか?」
「それは……」
「私達は森を焼けと依頼されても、恐らくは実行致しません。ですが、心ない開拓者に村人が依頼しないとも限らない。私はそう思うのです」
 その言葉に目を丸くした。表情は青白く、それこそ予想すらしなかったが、有り得る事象。そう言いたげに沈黙する。
「おそれながら、私に考えがあります。この際あの山の管理を村人達に任せては如何でしょう?」
 報酬を払い、交代に管理をさせればと多由羅は依頼主に進言をした。依頼主は目を細める。その表情は助けを求めた時の、か弱さ見える女性のそれでは無かった。
「確かに先代が亡くなった後、管理が整わなかったのは認めまする。しかしながら、実際如何様に行えば良いのでしょうか……」
「それは後からこちらへ来る、錘さんに話を聞くのがよろしいかと思います。彼女の方が少女と言えど私や依頼主様より詳しいでしょう」
 錘、桜、璃々蝶そして稚空は未だ山の中で燃えた木々の片付けや、アヤカシの残りがいないかと確認をしていた。
 と言うより、交渉ごとには向かないと判断したゼクティと多由羅が頼んだのだが……
「……相談してみましょう」
「ありがとう御座います」
 依頼主のその一言で、その日はそれで話は終わることになった。

 それから数日後の話。山の中には未だ一人居残り、村人達と共に作業を行う、斧を担ぐ錘の姿があった。花粉の原因となる木の枝を剪定していた。
「一緒に、頑張りましょう」
 小さくも勇ましいその声が、村人達を励ましたとか……