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■オープニング本文 時は如月、調度節分の頃。鴨弥 忠禅は、久しぶりに神楽の都を訪れていた。息子に譲った屋敷へと、赴くためであった。理由など特にない、ただ共に自らの屋敷で住まう、開拓者の少年は家を空けてしまい、大きな屋敷に一人ではどうも物寂しい。 神楽の都は、節分のためか何時もより子どもらがはしゃいでいる様にも見える。鬼のお面に、大豆、そして始まるおいかけっこ。賑やかなその、情景の一つに忠禅は顔をくしゃりとし、笑みを浮かべた。 「ど……どいて!誰か、お医者様を!」 前方から、急く声が聞こえた。その辺りに人だかりが出来ていて、何事かと忠禅もまた、その場所へ駆け寄った。数人の開拓者達が、それこそ疲労困憊でその場に留まっていた。しかも、その内の一人は背負われて、意識もなく生傷も絶えない。帽子が外れて、背負われている少年の黒髪から角が見える。 「流韻!?一体彼に何が、あったのですか」 「あなたは、どちら様?」 「この子の保護者ですよ、先ずはこの近くの屋敷がありますから、そちらまで運んで下さいますか?」 それから、その場いた、何人か他の開拓者達にも手を貸して貰い、息子の屋敷へと忠禅は急ぐのであった。 道中話を聞けば、斯様なことがあったと言う…… ●幕開け 神楽の都のその近く、彼らはギルドより依頼を受けアヤカシを退治していた。敵は残り一匹、だが開拓者達もそのアヤカシと変わらず長時間の戦闘に、疲弊していた。 後一撃あれば、恐らくこの戦いを終わらせられる。それが油断に繋がったのだろう、一人の開拓者に迫る一撃…… 今の彼女に当たれば、致命傷は避けられない程、それは威力を放っていた。それが、彼女の眼前にあったのだ。 「お姉ちゃん、危ない!」 足に力が入らず、立ち尽くす彼女を、流韻が突き飛ばした。 「ぐぁぁ゛ぁぁぁああ!」 紫が少年を突き抜けて、拡散し、彼にまとわりつく。そして身代わりになった少年は、その場にて卒倒した。 「流韻くん!」 「バカな奴が、自分から飛び込んできたわ」 「このぉ!」 高笑いをあげるアヤカシ。その隙を狙い開拓者の一人が刃で瘴気という体を薙ぐ。 ゲッゲッゲ、精々アクムヲだのジミナァァ その格好悪い捨て台詞を遺して、アヤカシは消滅した。かくして、無事依頼はこなしたものの、流韻は負傷。この場所から一番近い、神楽の都を目指したと言うことであった…… 忠禅達は急ぎ、流韻を人の少ない二階に運び、布団に寝かせた。幸い息はしている様で、少なくとも絶望的……と言った状況では無かったが、それでも、傷の手当が必要な状態であった。共に依頼をこなしていた、開拓者から事情を聞いて忠禅は静かに頷いた。 「流韻がそんな事を……」 「アタシの……せいで、流韻くんが」 「良いのですよ、貴女は気になさらずに」 流韻に庇われた女性の開拓者は、油断したばかりに、と謝罪をするも、忠禅は頭を下げる彼女へと微笑を浮かべる。一先ず今は、医者の到着を待つしかない。自分達では、ただばらついた呼吸を繰り返す、少年を見ているだけしか出来ない。 誰もが、そう思った瞬間に予兆も何もなく流韻が目を覚まし、上半身を素早く起こした。その一連の動きに、不自然さを覚えながらも、流韻が目を覚ました。この事実に、忠禅達は胸を撫で下ろした。 「…………」 「流韻くん良かったあ、大丈夫?!怪我は無い?」 先程、流韻に助けて貰った開拓者が、流韻に近寄る。その様子を皆と同様に、忠禅も眺めていた。長く彼といたからこそ、忠禅は気付けたのだ。流韻の色彩が薄い瞳に、かつての彼から感じた色……恐怖と殺意見えた。 「危ない!!」 言うが早いか否か、彼女の手首をひっ掴み無理矢理床へ捩じ伏せた。だが忠禅の行動を批難するものは、その場に一人としていなかった。何故なら、もし、彼女をその場から離さなければ、恐らくその一閃で腕は床に墜落していたのだから…… 「ッア゛アァ、来るな来るな来るな来るなァァァァ!!」 流韻は布団の傍らに、置いておいた自らの精霊刀の刃を、全員へと向けた。流韻の、現在の様子を表現するのに、適した言葉は恐らく手負いの獣だろうか。しかも今すぐ、殺され身を剥がされる様な立場……大方今の流韻にとって、忠禅達は狩人にでも見えることだろう。 「流韻、私だ一体どうした…」 「ウァァァァ、イヤダイヤダ、死にたくない!!ヤダヤダアァァァ」 傷口が開くのも構わず、大振りに刀を振りかざしたと思えば、流韻は符を取りだし自らと、彼らの間に白い壁を召喚した。忠禅達の視界から、流韻は消えるもまだ見えない何かを、威嚇する様に暴れていた。 悪夢、そう流韻は意識を覚醒させながらも、まだ夢の中にいたのだ。このままでは、流韻自身が、自傷してしまう可能性が高い。そして二階であるこの部屋には、窓がある。何かの拍子で、流韻に外に出てしまえば、それこそ無差別に人を傷付けかねない。 「どうか、流韻を助けてくれないでしょうか?虫のよい話とは、思いますが御願い致します」 「あの子が、あんな風になったのもアタシのせいなの、おねがい流韻くんを助けて!」 忠禅と原因を作った、女開拓者は開拓者達に頭を垂れる。 節分に出現した鬼、だがその鬼は同時に仲間でもあったのだ……如何にする、開拓者 |
■参加者一覧
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
藜(ib9749)
17歳・女・武
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 開拓者達は、各自分担を決めてそれぞれに散った。作業は違えど、志は同じ。暴走する仲間、流韻の無事である。 「おっちゃん達は、屋敷内の人を避難させて、後登れそうな屋根の場所」 忠禅は羽喰 琥珀(ib3263)の指示に頷き、それから屋根の場所を説明した。 流韻の出した壁側にて身構えるのは、中書令(ib9408)、藜(ib9749)、宮坂 玄人(ib9942)。一度、屋敷の外に出て、窓から突入するのが琥珀、 長谷部 円秀(ib4529)、多由羅(ic0271)となる。 「では流韻さんを『落ち着かせる』事からはじめます」 窓組が、階段からいなくなるのを中書令は見送ると、冷たさが残る白壁に耳をあて、最初の一弦を弾いた。 ●刹那的な旋律 緩やかな音楽の中で、それは始まった。流韻の姿は、全く見えない。しかし、それでも未だに、絶えることのない叫喚と何かが壊れる音で、その様子を理解出来た。 やだ、来るなっぁ……ガァ゛。 三人は、今まで聞こえなかった音を耳にする。少年の先程と違う呻吟。そして、ほんの蚊の鳴く程の、小さな水音。その意味をいち早く察した、藜は臓腑が冷える気がして、急ぎ、不動明王剣を高く掲げた。 「大人しくなってから、と思いましたがやむを得ません」 藜の頭上に、焔が灯る。 「御仏に希います。迷い怯える魂と心を救う為、我が剣に道を切り開く力を与え給え!」 それが形を成して、白壁へとぶつかった。その隣、玄人もまた、突入に備えて苦心石灰を、自らに仕掛けた。 その間も、中書令の演奏は続く。睡眠を誘うその曲、だが流韻は自らに与えた激痛。そして、術者特有の抵抗力が仇となり、いまいち効き目が薄い。もう、窓突入組は、屋根に待機しているのでは、と彼女を焦らせる。その時だ、何かが大きな音を発生させた、それは陶器や木製ではない。重く鈍い音。 な…殴らないで、もうあやまらないから、やめ……て。来ないでよ、いやだ…死にたくない。 勢いが、弱まった。それは、流韻が深手を負ったためか、中書令の唄の効果かは此処からでは、詳しくはわからない。が、突入の足掛かりは、今しかない。彼女は琵琶の弦の震えが、鎮まるのを待たず、次の曲目を奏でた。 片やその頃、窓突入組はと言えば…… 「いやはや、すまないね。梯子の場所は、私は屋敷の主ではないので」 忠禅は申し訳なさそうに、首を振った。どうやら、屋根に登る為の梯子が見当たらず、出来るだけ低い所の屋根から、伝って近付くことになった。 「もし、流韻さんが部屋から逃げ出した時は、話した合図を下さい。私が、食い止めます」 円秀は、屋根には登らず最悪の、もしもに備えていた。今も、何事か起きたかも知らず、都は賑わいを見せている。彼等を傷付けるワケにも、そして流韻の心に傷を残すワケにも、いかないのだ。 「俺がそうはさせねーから、心配すんなよ」 「行きましょう」 助走をつけて、琥珀と多由羅は屋根の瓦へと、飛び乗った。履き物に当たる凹凸、斜面をなるべく足音を立てぬ様に爪先ダチで、移動する。もし、接近を感付かれ流韻へ不用意に、窓への意識を向けさせないためだ。屋根から屋根へと、段々に移動し、漸く流韻のいる部屋の窓に近付く屋根に飛び移った時である。琥珀の縞模様の大きな耳が、音の変化を拾う。 「もう、唄変わってるじゃんか!!」 その時既に、中書令は夜の子守唄から、安らぎの子守唄に変わっていた。気付いた、琥珀と多由羅は急ぎ窓を開け、部屋へ突入した。 屋内で流韻は膝を落とし、手にする精霊刀は赤に塗られ、対の腕は赤くなっていた。まだ、壁は壊れていない。 「オラァ!」 琥珀は流韻が気付く前に、素早く接近し、背中に背負う脇差を弧を描くように、抜き、そのまま力の限り、精霊刀の棟に刃をぶちあてた。流韻は反動に耐えきれず手を離し、精霊刀は弾かれ空を舞い墜ちる。それを素早く、多由羅が回収、彼女は再び、窓の側へと身を置く。それから、然程時を移さず、白壁にヒビが無数に入り、崩れ落ち、狼の小楯で体当たりをしていた玄人を先頭に、部屋に壁組が雪崩れ込んだ。 「くっ……強い……」 玄人は背後から、両手首を掴み、流韻の取り抑えにかかる。だが予想以上に、腕力が強い。体格は此方の方が有利、しかも相手は術者、だと言うのに力任せに降りほどこうとする彼に、玄人は足を取られ翻弄される。 小柄で曲がりなりにも、流韻は修羅であると言うところか…… 動きは鈍くなったものの、流韻の相変わらずの殺意と、恐怖に濁った瞳に、変わりはない。 「っ……くっ、ウゥゥっ……っ」 「いい加減、目を冷ますんだ」 がくり、流韻が俯く。刹那、襟元に入れておいた、陰陽符に噛みつき、くわえて引き抜く。 あっという間に、胎児くらいの大きさはある、粘泥の式神を作り出し、流韻は何かに目掛け首を勢いよく、振り上げた。銀杏で、鞘に得物を納めた所で琥珀が粘泥の目標物に気付く。 「多由―――」 避けろ!叫んだが、遅かった。多由羅の全身に、粘泥が突貫する。その衝撃の凄まじさを語るなら、彼女の後ろにあった窓の木枠がひしゃげたことで、理解いただけるだろう。 「多由羅さん!」 無論、多由羅自身が内部に食らった、衝撃も甚大なものであろう。逆流する胃液を押し止める様に、胸元に手を強く押し当てた。 「このぉ!」 視覚から、琥珀が荒縄を手に飛び掛かる。血が未だに、腕から流れ落ちるのも気にせず、がむしゃらに抵抗を続ける流韻。先ずは、玄人が抑えに掛かっていた手首に縄を掛ける。 「ガッ、い……止めっ、んぐぅ、んん!」 背中に手を引けば、そのまま玄人が体重をかけて前のめりに押し倒す。痛みに口を開けた、流韻の口に、琥珀は包帯押し込み猿轡の代わりにした。玄人は後方に回した手首と足首を、一纏めにして流韻を縛り上げた。 それを確認して、藜が流韻に近付く。 「うう!んんっ」 「コラ、暴れんな!取って食やしねーって!」 藜は解呪の為、印を結び流韻の額に深紅の切っ先を近付け、そして眉を潜めて首を横に振る。 「駄目です。これは、呪いの類いではありません。時間が経ち、落ち着くのを待たなければ、どうにもなりません」 そうして、流韻から彼女は離れ、多由羅へと近付いた。未だに暴れる流韻。縄で縛っているとはいえ、彼は開拓者。何時縄を引きちぎるか、わからないため、自然治癒経過まで玄人と琥珀は、流韻を抑え付けなくてはならない。殺される、本来は存在しない命の危険を感じる流韻。怪我ながらもその傷を庇いもせず、衣の赤い染みは増えていく。 そんな様子を間近で見る二人は、苦痛と同時に、早く時が経てと願った。 「貴方は誇りある開拓者でしょう!アヤカシなどに負げなっ、…っが」 「多由羅さん、動かないで!あなたが無事で、無ければそれこそ流韻が……」 浄境を施す藜を押し退けて、流韻へと力の限り畳を這いながらも、多由羅は声かけを止めない。 どれだけ、場が動いても中書令は唄を弾くのを止めない。せめて、少しでも、彼が平静になってくれる様にと…… 暫く続く呻き声と、怒号や懇願に反する程柔らかく心地好い琵琶の旋律が、響き続けた…… ●節分の洗礼 体の節々の痛み、それが流韻が流韻として目を覚まし、最初に感じたものであった。すっかり日が落ち、火鉢は焚いてあるものの、少し肌寒い。 「起きたようですね。きみ、具合は如何です?」 「…………お兄ちゃん誰?」 「私は、長谷部 円秀と言います」 円秀は、流韻に詳しく説明した。今までに、何があったか、気絶した流韻を別の部屋に運び、自分が看病にあたっていたことを話した。 …因みに、忠禅他、何人も部屋に集まり過ぎた為に彼に他の騒がしい、と追い払ったのは、内緒だ。 話を聞いて、静かに頷く流韻。その表情から察するに、暴走状態に意識があったのだろう事が、窺える。包帯を巻いた手が、帽子を掴み震えた。 「ボク……が、やったんだよ…ね」 「気に病む必要は、ありませんよ」 「だって……お姉ちゃん……ぼくが」 自ら行いを、責めようとする流韻。先の瞳と違う、涼やかなそれでいて憂いを帯びる銀色に、彼の心情を見た気がした。 「恐怖を覚えるのは、ヒトである証拠。恥ずことでも、悲しむことでもない、当たり前のことなのですから」 沈黙を守り続ける、流韻に手を円秀は差し出す。 「きみが、ここにいる。それがきみを思ってくれた人がいるってことですよ……さて降りましょうか、みなさん待ってますよ?」 促されるままに、円秀の手を取り、流韻は皆の待つ一階へと降りた。 「で?何故オレが帰ったら、窓が壊されている。先代、この騒ぎは貴方か?」 「まぁ、まぁ、明扇。これには退っ引きならない事情が……流韻、起きたのかね!!」 階段を降り、居間にたどり着いた流韻達を、皆が迎えた。若干何者かの、苦情も聴こえたが、安堵の声に綺麗にかき消された。 囲まれた、緊張からか、不安からか視線を反らす流韻。そこに琥珀が、近付く……それこそ待ってましたと言いたげに…… 「んじゃ、ちょーど節分だし鬼役やれ。それでぜーんぶチャラ」 といきなり、鬼のお面を流韻に問答無用で被せ、耳元で密かに話し掛ける。 「……落ち込むなっていわねーけど、落ち込んだままだと、辛れーのは庇って貰った仲間のほーだぞ?」 「……う、うん」 頷きそして顔を上げて、改めて周りを見る。自分以外を、怖がらせない様に率先して鬼役に徹しよう、そう察することは流韻にも出来る。……だが、明らかに…… 「(多いよ……鬼が)」 自分を除き、藜、多由羅、玄人、中書令、それから庇った女開拓者と、楽しげに鬼お面を着ける光景に、半ば呆れる流韻。 「さて、豆まきを始めるとしようか」 幾つも用意された、一升枡の豆が机にドン。 「先代……まだオレの話は終わって――」 「鬼役の方、御覚悟下さいね?」 目を細めへらりと、笑う円秀。 「厄とか瘴気残ってても豆ぶつければ落ちるっていうし。さっきやられた分思いっきりぶつけてやっから、覚悟しろよ?」 カラカラ乾いた音で、握り締めた豆を弄ぶ、琥珀の愉しげな笑み。 おかしい、鬼役の方が圧倒的に多数なのに、纏う空気からして勝てる気がしない。 ……まぁ、鬼の負けは前提なのだが。 「「「鬼はー外ぉぉー!」」」 大豆の雨が、世界を支配した。 ●誠心誠意 夜の神楽の都、外で寒い筈なのに、汗を垂らして、息を切らせている鬼役達がいた。 確かに、豆まきなのだから、当然大豆でしか攻撃はされていない。 しかし、一人の鬼を挟み撃ちにして、集中攻撃を受けたり。足元に大豆を転がされて、足を滑らせ横転させられたり。大豆には違いないと、きな粉で目潰し食らったり。底無し味噌に足を、突っ込んだり……えとせとら、えとせとら。 「うう…これでは、どちらが災厄かわかりませんよ」 「ふふふふ、後で覚えていて下さいね。枕元で延々と、歌い続けてあげますよ」 眼に入った、きな粉を落としながらよよよと訴える藜と、笑顔で恨み節を呟く中書令。 ……今回の出来事は、水に流すのではなかったのか?因みにその多量の豆の、提供者は主に藜である。 「恐るべし、天儀の節分……」 「アタシだって天儀に住んでて初めてよ、こんなの」 げんなりと、ぐったりな女開拓者と玄人。少しひと休み、と皆で庭の芝生に座り込んでいた。 そこから、少し離れた塀の外側で、煌々と明るい屋敷を、流韻はお面を外して眺めていた。温かな、火の光。しかし今の、彼には眩しすぎた。そして、考えてしまう……ここに居て、良いのか……と。悪夢とは言え、流韻が聞いていた見ていたものは、実際の過去。一度思い出せば、中々拭えるものではない。 「ああ、疲れましたね。流韻はどう、腕の方は」 「多由羅お姉ちゃん……」 お面を内輪がわりに扇ぎ、隣に座る多由羅。 「まだ、落ち込んでいるのですか?アヤカシに打ち勝った、それで良しと思いますけど」 そんな簡単に割り切れない、むず痒く動く流韻の唇からは、ただ沈黙しか生まれない。何か、言わなければならない、息が詰まり、激しく脈拍を打つ。 「大丈夫ですよ」 褐色の彼女の腕は、流韻を背中側から回し、胸元へ引き寄せて頭を庇う様に抱き締めた。一瞬の停止、そこから塞き止めたものが二つ、流韻から溢れた。 「ごめっ………ごめんなさい」 そして、泣き出した。表情は隠れて見えない、流韻へ多由羅は言葉を贈る代わりに、背を撫でた。 それから、後で皆さんにも、謝ろう。と彼女は言葉を返す。 暫くして、流韻の目元の滴が、乾いた頃、屋敷の玄関口に戻った。鬼役達はとっくに屋敷へ戻り、流韻と多由羅が最後であった。 「寒かったかね、玉子豆腐出来てるよ」 「部屋の片付けも、しませんと……豆が……」 「うわー……」 「豆まきは、琥珀さんの提案ですよ?最後まで責任持ちましょう」 わいわい、がやがや。先程の凶事がそれこそ、豆まきで吹っ飛んだと言うが如く、皆は笑う。 「会長……ボクまだ、……ここに居て良、……い?」 喧騒に紛れるほど、小さな声が聴こえた。が、その声にその場の全員が気付き、彼を見る。その時、返答の代わりに、こう忠禅は言った。 「おかえり、流韻」 |