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■オープニング本文 天高く馬肥ゆる秋、そんな謳い文句は本を読む人には良く知られた台詞だ。神社の境内はイチョウの葉にて、天地は金色に彩られ、土を踏む都度葉音が軽やかに奏でられる。そして同時にこの時期、鼻腔をくすぐる‥‥と言うより突き刺さる程の臭いに人々は手で鼻口を覆う。その名は銀杏、秋の頃イチョウの葉と同時に、雌の樹だけが実らせる澄色の果実。 疎ましさの象徴とも言える物、肌で直接触れるとかぶれる実。常人ではとてもじゃないが、素手で割ることの出来ない殻。しかしその奥にある光輝く実は非常に美味で、その手間への見返りには妥当と言える。 「どうも、此度はご依頼をお受けいただきありがとう御座います」 至極丁寧に頭を下げ出迎えた彼が、依頼人で間違いは無いだろう。商人と言う職業柄か、此方の出方を伺ってるとも言えるが。作業には慣れてしまっているのだろう、隙間無く着込まれた革製の手袋と長靴が妙にしっくりくる。 「どうも、数人作業の者が休んでしまいまして。このままでは料亭への出荷に間に合わないのです」 そこでギルドに白羽の矢がたった、と言ったところか行程はとりあえず三つと依頼人は指を立て簡易的に説明した。 一つは、銀杏の実の採集、樹になるものを取るも地に落ちたのを取るも自由とのこと。 二つ目、銀杏の皮を剥き、天日に晒し乾かす。柔らかいので簡単に剥けるが勿論素手では触れないこと。手袋を貸し出すと付け加えた。 三つ目に、前もって作業員が天日干しした銀杏の選定。傷や腐敗は勿論、規格の大きさが設定されていて其れより小さければ取り除くこと。 その三点を述べたところで彼は手をおろした、如何様な質問にも答えますよと付け加えるもその場で口を開く者はなかった。 「選定目標が、今日分にて三百個ほど。その時小さく弾かれたものは、後ほどこの場で食べても構いません」 目の前には木が格子に編み込まれた背丈ほどの籠。その中に干した実が沢山入れられていて、動かす度にからりと音を鳴らす。恐らくこの中から三百を選ぶ事が予想出来る。中々骨が折れる仕事になるかも知れない‥‥ 「ああ、但しあまり食べ過ぎない様に体調管理は此方ではしませんので」 笑み携えて口から発せられた依頼人の一言に、一同は互いに見合わせてこう思った。 (‥‥‥‥もしや、休んだ従業員って銀杏の食べ過ぎ?) |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
狸寝入りの平五郎(ib6026)
42歳・男・志
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 秋。朝の境内と言うものは、冷たく近い冬の到来を教える物悲しさを覚える人もいるだろう。だがそんな事を知る筈もなく、はしゃぐのは幼いながらも立派な開拓者の二人、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)とリィムナ・ピサレット(ib5201)だ。キレーとクサイを連呼するのは、最早イチョウの木々のある所ではお決まりな台詞とも言う。 特にリィムナはにおいが気になるのか、くんくんと何度も鼻を寄せる。その様子を微笑ましいと眺めていたのは柊沢 霞澄(ia0067)。銀杏の実を踏まない様避けつつ、空を見上げた。あまよみで見た通りの秋晴れに、皆へ振り向いて今日は一日この天気が続くそうですよ、と告げた。その言葉に良かったと口々に呟く、折角の味覚もこの様々な形の雲が彩る空が無くては、魅力は完璧に引き出せない。 今は未だ、人々を遠退かせてやまないにおいを放つ、実に想いを馳せつつそれぞれの居場所へと赴いたのであった‥‥ ●拾え、黄色い実 サクサク、地面に横たえた落ち葉はそう鳴く。エルレーン(ib7455)は葉を踏みしめ、借りた籠を置いた。その度にふわりと浮く刺激臭に手袋をはめながら、眉を寄せ。 「‥‥だからこれも一応、きせつかん?って奴なんだよねぇ」 ばさりばさり、葉が舞う中地に落ちた実をいくつも拾いつつ、そう呟く。 そのすぐ近くにて、イチョウの木の幹の窪みに足をかけ、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は直ぐ近くの銀杏の実に手を伸ばす。鈴生りの実一房丸ごと取り、手でまとめる。その中で頭上にを瞳に向ければ、枝にしがみつくイチョウの葉が揺れた。リーゼロッテは時の移ろいをざわめく葉音に覚えるのであった‥‥ 別のイチョウの木に、依頼人から借りた梯子をかけ足袋で軽快に登っていたのは、狸寝入りの平五郎(ib6026)だ。最近血生臭い依頼が、多かった為久しぶりののほほんと出来る依頼に笑む。なるべく大きめの、それでいて熟れている実を選びながら、下の籠へそっと落とす。そんな時見つけたまだ緑の若い実に、平五郎の手が止まった。まだ小ぶりで固い、それこそ眼下に見える女子供の様だと、それならば俺が率先して仕事をしねぇとなと、その実をそっとし、作業を再会した。 ●剥け、悪臭の源 利穏(ia9760)は運ばれてくる実を待ち構えていた。年上な自分がルゥミを手伝う様にしてやらなければ。実を一つ取り早速手袋を使い気合いを入れて、剥き始めた。 ‥‥‥‥のは良かったのだが、利穏が思っていたより皮は柔らかい。剥いても楕円形の端に細かな実が残ったりと、更に間近に感じる臭味もある。そのため予想より手間がかかるり、やっと数個剥けたものを机に広げて一息つくと。 「ぴかぴか〜」 そのとき隣でルゥミの声が聞こえ、チラリと眼を向ける。其処には確かに剥かれた銀杏の種があって、しかも水で洗い済み、何より倍の数が其処に鎮座していた。更に更にルゥミはにおい避けに鼻に耳栓詰めて、あたいったら頭良いーなどと言われれば、利穏の心は儚く玉砕していたワケだ。だがそれでも二人協力して、気を取り直し皮を取り除いて、いくのであった。 ●選べ、大きな種 残る此方は、前もって天日干しした銀杏を選定する組。そして依頼人である商人は親指よりやや小さめな銀杏を、二人に渡した。 「其れが基準になります、大きくても構いませんが其れより小さいものは弾いて下さい」 其れを聞いて二人は頷く、いくらにおいは大分無くなったといえ、念には念を入れる霞澄。袖が実にかからないよう、たすきで袖を縛り幾つかの実を掴んだ。先ず明らかに小さいもの、傷やヒビのあるものは除く。とは言っても前もって作業員が集めたものだ、そう小さいものは混じっていない。ある程度分けた所で、後は見本用の実と見比べるワケだが‥‥眼が痛くなるかもと瞼を揉む。 そんな時に隣でのリィムナの行動に霞澄は覗きこむ様に見た。切った枝や棒を紐で固定し、何かを作ってはいる。上と下の棒で、見本になる銀杏を挟み、その棒の動いた位置に傷を付ける。そう、それはリィムナお手製の測量に使うノギスだった。 「リィムナさん、小さいのにすごいですね‥‥」 「いやぁ、考えもつかなかったですよ私も」 その道具に驚いたのは、霞澄だけではなく、依頼人も圧倒されていた。確かにこれなら選定の手間を短縮出来る、ほうほうと新たな技術に依頼人は思案をしていた。リィムナと言えば少し得意気になりながらも、早く食べたいなぁとコロコロと、銀杏を選びつつ転がし分けているのであった‥‥ ●こっからが本番! かつり、かつり、木枠に一つ一つ銀杏が詰められていく。作業が終わった全員はその様子を見守る。 「‥‥二百九拾八、二百九拾九、三百。はい、確かに三百個終わりました」 依頼人がにこやかなに顔を上げて告げた、先程採った銀杏もすっかり皮が剥かれ、今は燦々と日光を浴びている。 「本当に皆様方には助かりました、此方が約束通りのものになります。本当にありがとうございます」 布の袋に詰め込まれた銀杏はジャラジャラと音を鳴らし、依頼人はエルレーンに渡し、依頼人は揃った銀杏を木箱に納めると。荷台に乗せ私はこれでと、丁寧な会釈と度々の感謝を交えてくる。 一緒に食べないの?とルゥミが残念そうに聞いてみると。依頼人は一度頭を上げ、眼を閉じて苦笑いを浮かべた。 「折角のお誘いですが、これを納めなくてはなりませんから、それに‥‥」 私まで倒れるワケにはいきませんから、と言えばまた頭を下げ石畳を歩いて遠退いていく。 (やっぱり食べ過ぎが原因なのか!) 今度こそ一同は確証を持って、依頼人を見送るのであった‥‥ ●作れ、秋の味覚 あれから数刻が過ぎた。借りた台所では、調理器具達がその役目を教えるように湯気を上げ、金属音を打ち鳴らす。まな板の上に殻付きの銀杏を置く利穏。神社で借りた金槌で、ヒビを入れ殻を剥がしていく。 その内に前もって鍋に蓋をして炒めた、銀杏が乾いた音を鳴らし始めた事を知り笑みを深める。 ぱちぱち泡が弾ける鍋の側、霞澄は菜箸を手に待っていた。銀杏は、渋皮のまま油に沈めたためか、中身の色は緑を保ち皮は照りを生み。渋皮は焦げ、香ばしい香を送り届け。刺した串ごと箸で優しくつまみ鍋から出し、紙を引いた上へ油を吸わせる。我ながら見事と柄にも無く、霞澄は自分を心の中でほめた。 鉄釜の木蓋を開けるエルレーン、もうもう立ちこめる湯気の中。白米の煌めきに負けず劣らず、銀杏と名を変えた宝石が彼女の眼を楽しませる。後は杓文字で崩さないよう、混ぜる。恐らく塩味だけだけど、それでこそ銀杏が活きる。茶碗にご飯を盛りながら、そんな事を考えていたのであった。 ●食べよう、努力の結晶 リィムナが、赤い落ち葉を拾って集めてた頃。出来たよと声がかかり、急ぎ服に葉をしまい声の方向へ駆けて行く。イチョウの木から少し離れた、楓の木の下に萌黄色の敷物が敷かれ。その上に銀杏料理は所狭しと置かれていた。 「早く食べよっ、けど食べ過ぎないように、しようね!」 初めての銀杏に、うずうずとするルゥミの一言に思わず苦笑を覚えざるを得ない。が、今となりこう目の前に銀杏をしてみれば。食べ過ぎない様にと言われるのもわかる。ルゥミは焼き銀杏に手を出した、は良いがまだ熱かったのか手の上で跳ねさせる、やっと冷めたようで、渋皮を剥く。皿に盛られた塩を付けて、口に入れると独特の食感と味をもごもごと楽しむ。 平五郎はと言えば、持参した天儀酒を敷物に置き、揚げ銀杏の串片手に、早速飲んでいた。一枚の紅葉が偶然、漆塗りの黒い彼の杯に、滑り込む。平五郎は、紅葉が浮かぶ波紋を眺めつつ、銀杏にかぶりついた。 「ん〜♪銀杏に天儀酒ってのもいい組み合わせよね」 其れを見ていたリーゼロッテは、焼き銀杏を咀嚼してから銘酒 桜火を飲み下す。銀杏の余韻に、絡みつく酒の辛みが喉を刺激し、気持ちよく息をつく。 ほらっとリーゼロッテに酌をされている霞澄、少しだけ酒に口を付ければ。箸を使い、手を添え銀杏ご飯をいただく。噛むほどにしょっぱさが甘味を引き立て、銀杏の弾力が口内で楽しませてくれる。頬に手を移動し、落ちそうな頬を包み込むように霞澄は笑った。 「苦労した甲斐があったねぇ」 エルレーンは一通りの銀杏料理を口にしながら、身に染みる様に呟く。何のために臭い中手伝ったのか、それは無論この一時の為である。そこへお茶を手に、利穏が隣へ座り、まだ銀杏残ってたら貰えますかと聞いてきた。恐らく持ち帰るつもりだろうと、袋に入った銀杏を頷き見せた。 「その‥‥良かったらですが、料理の勉強を教えて、ください」 その言葉にエルレーンは、快く承諾すれば二人は互いに微笑みを向けた。 秋は人恋しいと言う季節なれど、だからこそ皆で集まり秋の味覚を楽しむ機会が増えるのでは無かろうか‥‥そんな風に思える、一同の声が届く薄い白雲張る空だった。 |