キミに贖う
マスター名:月宵
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/07 00:22



■オープニング本文

 拙者は長谷部 敦盛(はせべ あつもり)。しがないただの浪人……と言うことに、しておいて欲しい。
 拙者はある人へ物を渡しに、北面近くにある村の、長屋の一つに訪れていた。引き戸を引いたところで、その方に出会した。どうやら、出立までに間に合ったようだな。
「まぁ、御兄様。こんばんは、主人なら中におりますよ」
「そうか。貴女は、斯様な時間に仕事か?」
 彼女、お漆(おしち)さんは怪訝そうに顔をしかめる拙者に、いつのもの様に言う。開拓者に夜も、昼も関係は無い、神に祈るものあれば救う。巫女である、彼女の信条であった。それだけに、未だ部屋の奥で、酒を煽るだけの弟が、俺には酷く忌々しくてならない。
「お漆さん、何にもならないが……拙者の造った御守りだ」
 それは価値も無い、ただの屑石。しかし手頃な大きさだったので、丹念に磨いて、削り、赤い寄り紐を通し、首飾りに仕上げた。彼女はそれを受け取ると、本当に嬉しそうに微笑み。細く白い首に、通して拙者に似合う、と聞いてきた。
「と……とても」
 拙者の力の限りの、褒め言葉だ。綺麗だ、と言いたいのに其れより先の言葉が、拙者から出てこない。
 大切にするわ、ありがとう御兄様。そう笑う彼女の目元には、ぼんやりと隈が浮かんでいた。
 お漆さんの瞳を見るたびに、昔の拙者を思い出す。
 ……自分の行いには、何も間違ってはいない。そう思っていた、拙者と……
 彼女は仕事場へと走り去り、拙者は部屋へと上がった。
 その瞬間から、お漆の笑顔で忘れていた怒りが、また拙者を支配し始める。
「よう、兄き……」
「貴様、どういうつもりだ!!今日の寺社裏で」
 それは今日の昼の刻のことだ。偶然通りかかった寺社で、拙者はお漆さんとは別の女と、睦み会う貴様を見たと話した。その言葉に、少しでも顔が青ざめるかと思っていたが、弟は眼を細めるだけ。
「しかも貴様を相手は、既婚者とは知らないだろう!何を考えている……」
 弟は笑う。それも、嘲りにも似た声を殺す笑み。
「ぐっ……」
「聞いているのか!?何ゆえ、お漆さんを裏切った!!」
 拙者は既に酒気にまみれた、着流しの襟首を掴み顔を近付ける。一瞬弟は呻くも、先の笑みを携えたまま、拙者にだから、と告げた。
「漆に言うか?言えるのか兄貴に」

 オイラが気付かないとでも、思ったか……弟の囁きに心の臓に痺れが走り、ワケもわからず咥内が乾いていた……
「その方が都合が良いのは、兄貴の方だ」
 肯定を求める、実の弟の言葉に拙者は、言葉を失っていた。思ってはいけない事だ、そう自らを律していたはず。しかし、その想いはこの堕落しきった弟には筒抜けだったのだ。
「それに、兄貴には無理だ。神楽の都で自分が何をしたか、忘れられないだろ?」

●沈黙は罪
 その後は弟に心の内を、見透かされた衝撃に言葉も出ず立ち去り、暫くこの長屋を拙者は去った……
 その日はそれで終わった。が、本当の禍津は直ぐに訪れた。
 弟の浮気が、最悪の形でお漆さんに露呈した。拙者は聞いただけだか、長屋に弟が女を連れ込み、久しぶりに早々帰路に着いた、お漆に見付かったとの話だ。
 ……何を見たかは、知らないが……恐らくお漆さんには最悪の光景だった…と、拙者にも想像が出来た。
 お漆さんは叫び、そのまま村を離れて、人気のない山へと駆けていった、と様子を知った長屋の主人から聞いたのだと、拙者は詳細を聞いた。
 そして、お漆さんは別のとある村で発見された。その時の彼女は……もうヒトでは無かった。彼女は老若男女分け隔て無く、食い殺し、家屋を悉く燃やし尽くした。
 巫女であったお漆さんは、獣の様なアヤカシへと変貌して、今も夜な夜な、村々へ恐怖を振り撒いていると言うのだ……
 弟の村の近くの居酒屋に立ち寄った、拙者はその話を聞いて愕然とした。
「そんな……」
 後悔が募る。拙者がもし、あの時お漆さんに真実を告げていれば、少なくともこんな、災厄は訪れなかった筈だっ。
 
 話は、此処で終わらない。弟のいた村にも、お漆さんの話が聞こえて彼等は恐怖した。そして、元凶が弟とその愛人にある事を知って、村の離れの古い蔵に放り込んだと、それがつい早朝の話。
 イケニエだと、拙者はその言葉を聞いて、直ぐ様その蔵へと向かった。

 拙者が漸くその場所に着いた時は、日の入りまで数刻も無くなっていた。蔵の戸口は漆喰で塗り固められて、石の箱と代わり無い。掌で触ると、既に漆喰は固まっている、そこで拙者は頬が冷えるのも気にせず、中の音に耳を澄ませる。

 ………ハァ、みずを…
 っ……ぐっ…ぅ

 微かに聴こえたのは、男女の嗄れてささくれた声だ。間違いない、弟はこの中にいる。実の兄である、拙者は確信した。
 だが拙者には、何も出来ない。この蔵に大穴を空ける力が、拙者には元より無い。それに何より……拙者がら弟達の命運を担うべき、ヒトでは無い。
 何より自ら願望を優先した為に、今回の出来事は起きたのだから……
 拙者はその場を立ち去った。中の者達に、声すらかけず、兄とすら言わず、拙者は立ち去った……
 だがこのまま、お漆さんを捨て置くワケにはいかない。
 拙者を含めた、全ての運命を開拓者へと預けに、ギルドへと走った。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
デニム・ベルマン(ib0113
19歳・男・騎
シルフィール(ib1886
20歳・女・サ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
加賀 硯(ic0205
29歳・女・陰


■リプレイ本文

 日が沈むその頃に、辺り一体には堅いもの同士がぶつかる、そんな音が響いていた。
 発生源は、羅喉丸(ia0347)蔵の壁を壊そうとありったけの力で、拳を叩きつける。彼は蔵に辿り着いてから、気付いた。漆喰で新たに塗り固められた為に、蔵から扉は失せていたのだ。どうにか、元扉の部分を見つけ、今行動に至る。
 辺りは暗く、既に互いの顔も見えないほど、そこでエルレーン(ib7455)と加賀 硯(ic0205)が現在光源を確保していた。
「何か事情がおありのようだが……妙な真似はするでないぞ」
 敦盛へと、 バロン(ia6062)の声が羅喉丸が、蔵を壊し続ける中で聞く。応えは無いものの、一瞬跳ねた肩が、彼の腹にイチモツある事を物語らせていた。
「ふん、よりによって下種の尻拭いをさせられるとはね」
 呟く声が聞こえる中、羅喉丸が蔵に風穴を開けた。
「よしっ」
「えっと……良くないかもね」
 そう言ってエルレーンは、炎の着いたままの松明を投げ捨て剣に手をかけた。見据えるのは先の闇。聞こえる足音、人影がそこにあった。
 巫女。何も知らないものは、たぶん彼女のことをそう称する。だが三角の特徴ある耳、更に長髪が重力に負ける事なく縦横に蠢いている。
 その一方で、蔵に開いた穴を大きくし、人が入れるくらいにすれば、硯が夜光虫で中を照らし。羅喉丸と硯、そして敦盛と デニム(ib0113)に シルフィール(ib1886)の順に入っていった。
「御仁、御無事か?」
 直ぐ様、簀巻きにされ酷く憔悴し転がされた男女がいた。急ぎ、シルフィールが布団と聖符水を差し出した。下種などと言いつつも、見捨てはしないのは、彼女自身の開拓者としての、自尊心からだろうか。
「オイラは平気だ。彼女を先に……みず」
「そうね」
 その男の言葉に少し意外で、一瞬シルフィールは戸惑うも女に毛布を掛けて聖符水を飲ませた。水ならば、後で井戸水でも良いと考えた結果だ。女は泣き過ぎたためだろうか、声が掠れてまともな言葉を紡げていない。それでも、何度も頷いて、感謝を自分に述べている様であった。
 二人の縄を羅喉丸とデニムが解く、動ける事を確認すれば、羅喉丸は松明を数本持って火を着けていた。
「二人とも動けるなら、問題ないか。先に行く」
 そう羅喉丸は蔵から、駈けていく。弱い者から先に狙うお漆。蔵の中の彼らに被害が出ないよう、早々に終わらせなくては、その想いを自ら胸に納めて。

「下種……そんな風に、考えてんだろ?」
 無言で、布団を渡すシルフィールに男が告げた。せいぜい生き地獄を味わえ、そう淡々と応える彼女から視線を男は移す。その視線の先には敦盛。彼は視線がぶつかるのに、気付くと急ぎ顔を背けた。
「あの、弟さん」
「知ってたのか、紀李(きり)だ」
 デニムの言葉に、動揺を見せた敦盛と裏腹に平然と立ち上がりながら紀李は応える。
「紀李さん、お願いがあるんです……」

●真実
 エルレーンの目の前には、人姿のアヤカシが歩いていた。炯々とする瞳は蔵だけに向き、エルレーンは視線にすら入らず悠然と蔵へ歩く。
 生前と変わらぬ姿、異形と言うにはまだ辛いその姿に躊躇はするも剣に手をかけると、深紅の光が鞘に帯びる。
「いっくよ!」
 神速、その名に相応しい幾つもの刃の軌跡が、お漆の腕をきりつけ、炎揺らめく中で桜の花弁の様に、はらりと燐光が落ちる。
 敵意は一時的にだが、エルレーンへと向く。も、束の間お漆の胸元を淡い緑が掠る。頭部の耳の毛を逆立てるお漆。彼女の背後には、後退を続けながら、再び弓矢を素早く構える、バロンの姿があった。
「おい、そこの間抜け。戦場で弓使いから目を離すとどうなるか、開拓者だった頃に教わらなかったのか?」
 放った一撃は、致命傷とはいかなかったが、効いてはいる。どうやらお漆の肉質は、かなり柔らかい様だ……元が巫女であったため、なのだろうかと、バロンは一人心地る。
「ハァ!動け、一瞬でも、速く! 」
 遠方より、羅喉丸が火が灯された松明をバラけさせて投げる。これにより、辺りは更に明るさを増した。

「漆なのかよ……あれが」
「……」
 蔵から出てきた、紀李と敦盛は変貌を遂げたお漆へと視線を向けた。心配そうに、硯もまた二人を見つめた。何を考えているか、わからず傍らにいて貰って、女の手当てをしている敦盛もそうなのだが、それよりも……
「漆、聞こえてはいないだろうが、話すぜ」
 デニムの願い。もう救うことは出来ない、アヤカシに堕ちれば後は死を待つのみの身、だからこそ心だけでも救ってあげたいと、彼は思った。だからこそ、呼び掛けてくれ、言い訳でも良い。紀李にだってまだ、機会を作るべきだ。反対する、シルフィールを押しきって、デニムは紀李にお漆へと話し掛けさせた。
「親同士に、決められた契り。なのにあんたは、文句すら言わず俺に嫁いだ。そして、オイラと生活してからも、変わりなく家を支えた」
 声量は大きく、はっきりとしているが何処か冷静でしかし、確かに本心から彼は語っていた……だからこそ質が悪かった。
「愛してもないオイラに対して、それこそ不満の一つも無く。まるで、自分の運命はこれだと言いたげに振る舞う。大嫌いだったよ、愚かなあんたが」
「なっ、紀李さん……何を言ってるんだ」
「オイラが気付かないとでも、思ったか?兄貴ぐらいなものだ、あんたの山門芝居に気付かない奴」

 最初から、最期まで愛したことが無かった。その言葉を言い終わる前に、シルフィールの拳が紀李の頬骨にぶち当たっていた。
 同時に、硯は目を敦盛へと向けていた。あれだけの言葉、彼が紀李を手打ちにしないとは言い切れないためだ。
 が、敦盛が動く気配は無い。それどころか、口元を震わせ笑みすら浮かべていた、またか……そう小さく口を動かして。
「このっ、下種がっ」
「グ……ゥ」
「止めてください、シルフィールさん!」
「っ……!!」
 激情し、更に地に伏す紀李を蹴りつけようとするシルフィールを必死に止めた。今はこんな争いをしている、場合では無いと……そう言えば、シルフィールは無言のまま、お漆の方へ向かった。実のところ、危うかったのはデニムの方で、もしあのままシルフィールが、動かなければ、魔剣は瞬く間に赤く染まっていた、かも知れない……

「来るっ、前だ!」
 敦盛が呼び掛けると、デニムと紀李に黒い長髪が迫っていて転がる紀李を持ち上げ、かわした。
「少し離れましょう、また何時来るか」
 硯の言葉に、一同は頷きデニムを先頭に、歩き始めた。その途中、こんな呟きが紀李から聴こえた。
「んだよ、兄貴。結局『拙者のせい』かよ……」
お漆は生命反応の、弱いものが自らより離れて行くのを察知していた。だが、エルレーンや羅喉丸達に手痛い足止めをくらって、身動きが取れずにいた。
 音の刃で攻撃するも、さしたる効果は無い。遠く硯の式の呪う声が、頭に響く。痛みもないが、煩わしい。既にお漆の心や感情は皆無、それでも獣の様な本能が、彼女を沸き立たせる。
 その時向こうから生命反応が走って近付く、アヤカシであるお漆がしめたと思ったかは、知らないが素早くそちらへ髪を伸ばした。
「避けて!うあっ」
 お漆へ向かうシルフィールに、注意を呼び掛けるエルレーン。が、その彼女の足元にも、瘴気を纏った鋭角な髪の毛が襲う。間一髪で飛び退くも、柔らかい太ももに掠り、鋭い痛みが走る。
「くっ、離せ」
 回避を行うも、執拗に絡み付く髪の毛に身体を拘束されるシルフィール。唯一現在の使える聞き手で、得物を大振りして、髪を切って抗う。しかし、それを振り切るように、地面に叩き付けた。
「シルフィール殿!」
 羅喉丸は泰練気法・弐を行う、一瞬の集中、そしてお漆に対峙しその鳩尾に何発もの衝撃を与える。骨格とは、あり得ぬ方向に歪曲するアヤカシの身体、シルフィールから外れる髪の毛。明らかな有利、だがお漆に何か、異変が起きている。それに気付き羅喉丸は、一度拳を下げて、叫びながら後退する。
「来たか、皆来るぞ!」
 目の前の人型が黒ずみ、燃焼し高く火柱が上がる………

「……お漆、さん?」
「…………」

 ルォ゛ォォォォ

 純白の猫、綺麗に言うならそれ。先程の数倍に膨らんだ巨体をお漆が動かし唸る。その瞳は人のそれとも、猫特有の縦に裂けた眼孔でもなく、雲が中では、くゆんだような硝子玉が嵌め込まれていた。
「それが、本来……と言うところかね」
 お漆の視界から外れた所で、バロンは再び月涙を放つ。先と変わらず、弓矢は一直線でお漆に向かう。が、肉を穿つより早く、四肢を伸ばし、横に飛ぶと矢尻は地面に突き刺さる。
「見かけによらず、素早い奴め」
 お漆は再び、羅喉丸達に対峙する。口角が引き裂ける程に、開閉すると喉の奥から轟音を漏らす。うねる火炎が、前衛三人を巻き込む様に発射され辺りの草木は黒焦げになる。彼らの背後にあった、蔵にも火は回っていた。もし未だ中にいれば、逃げ道は無かっただろう。
「い゛ぁぁぁぁ!」
 羅喉丸は前以て危険を察知して、身体を飛び込む様に動かし、横に回避。シルフィールも軽い火傷で済む。しかしエルレーンはそれこそまともに、火を身体に受けて、焼かれる全身を何とか鎮めんと、地に身体を転がす。
「娘、受けとれ!」
 バロンは懐から、符水を出せばエルレーンの手元へと投げ落とす。彼女は瓶をひっつかめば、蓋を外して中身を煽る。焼けた咥内に、冷たさが染みるも傷は微かながら癒えていく。
「ありが……向こうが、きになっちゃて」
「まだ喋るな」
 先程より、エルレーンは敦盛を心配し何度も後ろを振り返っていた。少なくとも、先程から鯉口に彼は手をかけていない。それを確認していたためか、一瞬の判断が遅れたのだ。
「……おぬしも、信じてやるが良い。仲間をな……」
 場面はまた、お漆に戻る。
 シルフィールが、本来なら両手で持つ大刀を精神を研ぎ澄まし、二太刀を片手一つずつで構える、俗に言う二天の構えだ。先の話から想うに、この女は弱かったのだ。紀李に嫁いでも、彼女自身の道を自ら選ぶべきであった。お漆はそれを怠ったのだ……
 どうして、紀李を殺さず世を怨んだ!何故逃げた!その台詞は言葉に、ならずとも、斬りつける彼女の刃が語った。そこに、エルレーンも駆けつけ再び、静かに刃がお漆の足元を走る。
 球の様な目玉は、遠く硯達へと向いた。
「させません」
 硯は、呪縛符を唱え。お漆の拘束にかかる、がそれこそ一蹴で式は踏み潰された。やがて、お漆の身体が瘴気を纏い輝き出す。大きな力、それが今すぐにでも、発散される。その時だった……
「ハアァァ!」
 限界まで気力を、足に込めて。羅喉丸が動く。それこそ、打撃を与える本人以外、その動きは見えない。わかるのは恐らく、お漆の身体の減少と、その断末魔に近付く声……

『キャァァァァァァアアアアアアア』

 アヤカシである筈の、お漆から人の絹を裂く様な悲鳴が響き渡る。無論アヤカシとなった、ヒトに戻るワケも心を取り戻すワケも無い。今のは、最期の悪足掻き。
 但し、一般人がそんな常識を、知るはずもない。
「……お漆さん」
 離れていた筈の、敦盛がお漆の元へと、全速力で、駆け寄ろうとする。
「兄貴やめろ!」
「敦盛さん、止まって!」
 しかし、その声に敦盛は従うことは無い。今ただ目の前にいる、おもいびとへ足を進めるだけ。
「お漆さん、拙者を…ともに…連れていってくれ」
 彼の願いは、その一言に全て込められていた。が、叶うことはない。直ぐ様、硯が二枚目の符で敦盛を拘束した。ただのヒトに、脱け出せる筈がない、それでも彼は暴れる。
「やめ、頼む!行かせてくれ!」
「敦盛様!彼女に罪を犯させぬでくれ、そう仰られたのは貴方様です」
 また罪を生むのですか、硯が放った言葉に敦盛はお漆へ、伸ばしていた手を下へ降ろした。

「せっ、拙者は、拙者だけは…貴女を心より…」

 そして今、最期の一撃がお漆の額を貫いた。

●生きる
 明くる日、開拓者達は紀李達の村を尋ね、もうお漆がこの世にいない事を伝えた。それだけではない。バロンとデニムはこの村で、生け贄になった二人を、再び暮らせる様に出来ないか、村長に掛け合っていた。
「……特に、彼女は男が、何も知らず付き合っていたのですよ?」
「はい、それは聞きましたが。知らなければ、わからなければ良いと、そう言う問題で御座いましょうか?」
 デニムは言葉に、詰まってしまう。女には時間は、いくらでもあった……それなのに、何も知らずに過ごした。女は子供ではない、罪が無いとは言い切れない。隣で沙汰を待つ、敦盛も頬を摩るだけであった。
「ほう、では無理矢理蔵に押し込めた。おぬしらには、罪は無いとお思いと、受け取っても?」
「そ……それは私どもも、やり過ぎたと」
 結局、バロンに押し切られ。村長は首を縦に振った。これ以上、イケニエについて問われたくないため、早めにある程度の所で、落とした……と言ったところか、無論バロンはその辺り、折り込み住みである。
「どうして、オイラみたいな野郎を真剣に……いだだだっ」
「軟弱者が!根性叩き直して貰え!」

 童達が、もうお漆様はいないの?と聞くと大人達は渋い顔で、そうよ。とだけ応える。そんな光景に、エルレーンは気持ち悪さを覚えた。墓参りに訪れた、羅喉丸と硯も、エルレーンの言葉を聞き視線を落とした。

「みんな、間違ってない……」

●人知れぬ罪
 戦闘が終わり、お漆は抹消。ただ地面には、加工された妙な石が一つ。それを敦盛が拾った。
「話してくれとは言わないが、話を聞くぐらいはできるが、どうする」
 鬱屈する様な、表情を携えた敦盛に、羅喉丸は近付き、そう助け船を寄越した。
 敦盛は、静かに語り始めた。自分は元々浪志組に属し、ある人の教えに感応を覚え付き従った。そしてある時、同志を逃がすために、敦盛は小火騒ぎを起こすことになった。
「それがただしいのだ、そう……信じていた」
 その情報が漏れ、危うく神楽の都は大火事になるところだった。幸い駆けつけた、開拓者達が解決し、自らもとある陰陽師に助けられ、都を脱出したのだ。
「が、そんな拙者達など知らずか……東堂様は自ら投降なされた」
「大神の変か!?」
「拙者は、逃げるのに必死で……その事実を知ったのは大分後であった……」
 繰り返してしまった……敦盛はそう嘆いて、先程の石を胸に膝を落とした。 そこにエルレーンが近寄り、先払いであった依頼料の入った袋を突っ返した。
「私、…今回のいらいのお金、いらない」
 考えもしなかった言葉に、彼女を見上げ敦盛は目を見開く。
「そのお金で、もうちょっとましなことしたらいいよ…敦盛さん」
 そう言って、エルレーンは場を後にした。後ろからこんな声が、聴こえた。

 なれば、人知れぬ罪は、どう償えば良いのか……と


「けど、ちょっとずつずるい…」