船の護……え?
マスター名:月宵
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/20 22:32



■オープニング本文

 流韻は空を仰いだ。今彼は甲板にて、物思いに耽る。数年ぶりになる飛空船に乗り、今に至る日々を振り返る。
「仕方ないだろ……苦手なんだ」
 何故彼が、飛空船に乗ることになったのか。まず話はそこから始めるとしよう……

 神楽の都のすぐ外れ、その屋敷はある。主の名は鴨弥忠禅。今は隠居の身なれど商売人としては、昔はなかなかのやり手であったらしい。
 彼は志体も持たぬ一般人であったが、幼少より陰陽道に並ならぬ興味を持ち、ついに、屋敷にて同好会まで発足させてしまった。流韻は、この陰陽術同好会の講師を、開拓者を担う一方で兼ねていた。
 とは言うものの、元よりここは陰陽道の機関では無い。なので、同好会の同志達が気の向くままに、持ち寄った書物を読み耽ったりと、もしかすると寺子屋よりもしまりが無い場所、かも知れない。
「なぁ、流韻。俺達もさぁ、アヤカシを召喚出来たりとかって無理?」
「おじさん、結構勘違いする人いるけど、ボクたちアヤカシを操ってるワケじゃないから」
 ごろ寝をしながら、本を読む一人の男性が縁側の流韻に、話し掛けた。
「瘴気を使役出来る形に、練ってるだけだから。それをアヤカシの形に模して、小動物の場合もあるよ……だけど、普通のヒトには先ず無理だよ。瘴気に飲み込まれて、死んだり、アヤカシになったり」
「そりゃ、おっかねえな」
 ポリポリ
「ほー、確かにOKKANAI話だな」
 ポリポリ
「……なんで、まだいるのさ」
 流韻の視線の先で、縁側で座って一匹のカブお化けが、暢気に沢庵をかじっていた。
 とある時期に、沢山屋敷に押し掛けた、カブお化けの大群。その時はそれで話は終わったのだが、何故かこの一匹、時々屋敷にやって来る。しかも、本人の都合も気にせず、流韻になついていると来たもんだ。
「良いじゃぁん、おやっさんはOKしてくれているし」
「会長」
「一緒に同じ釜の飯を、食った仲じゃねぇか、AIVO〜」
「味噌汁だし、相棒じゃないから」
 流韻にとりつく島無し。
 後にわかったことだが、彼らはジャックオランタンと言う精霊らしく、本来はカボチャだが、彼はその亜種らしい。それを知った忠禅は、このカブの出入りを許してしまったのだ。
「るいんー、会長が呼んでたよ」
「今行く。取り敢えず、あなたは帰れ」
 そのままピシャンと、カブに告げてから流韻は部屋を出た。

「………と言うわけだよ。その新たな開拓地に於いて、我が鴨屋でも視察を、とあの馬鹿が使いの者を出せと、私は言ったのだよ。いやはやこの無鉄砲さは誰に似たやら……」
「会長だよ。……要するに、希儀行きの船に会長の息子が乗るから、ボクに護衛をしてくれってこと?」
 希儀。それは本当に最近のこと、開拓者達が新たに天儀に見つけた、一つの未開の地。以前はアヤカシが跋扈していたが、それも開拓者により退治され、今では一般人も、最近ではその土地に足を踏み入れている。中には、その地に入植する為に飛空船も、出ているという。
「その通りだよ。頼まれてくれるかね?恐らく他の開拓者の方々も、乗り込んでいるだろう、その時は彼らと協力して欲しい」
「うん、わかった」

 こうして、流韻は希儀行きの大型飛空船に乗ることになったのだ。

●耽る間は無く……
 ため息を溢す流韻。それは最近自分につきまとうあの、ジャックオランタンのこと。実のところ、嫌いなワケではない。ただ、流韻は相棒と言う存在が苦手なのだ。相棒を扱うより、式の使役が先であった彼には、形が存在し、意思があるのに自分の命を聞く、彼らが異様なものに見えて仕方がなかった。それ故に今でもまだ、龍に騎乗したことすら無いのだ。
「おい。少しいいか」
 その声に流韻は、振り向く。仏頂面で寡黙。これが本当にあの忠禅の息子だろうか、とその若旦那を見て思う。
「船尾で奇妙な光を、放つ奴等を見た。声をかけようとしたら、船内に入って行った」
「それって、まさか……」
 流韻の嫌な予感は、時を移さず警笛として現実になる。雲海を走る幾つもの、グライダーが瞬く間に飛空船に着陸して甲板に、空賊が降り立った。
「明お兄さんは、下がって。あれ倒すから!」
「…………」
 他の開拓者達も、得物を構えて戦闘準備に入る。グライダーは続々と増える。どうやら、遥か後ろに控える飛空船から出ているらしい。
「甲板、誰か応答できますか!」
 伝声管から、声が発せられ流韻に話しかけた先程の男が応えた。何があったか、今の混乱した甲板の状況を手短に伝えた。
「そちらの開拓者達に伝えろ、妙な男女の二人組が、船内にいるはずだ。先程そいつらが、船尾で閃光を放っていた。特徴は、その内一人が楽器を持っている」
 そいつらを探せ、そう言い終わる前に向こうの伝声管より悲鳴が聴こえた。まさか、もう船内に空賊が潜入したのだろうかと、甲板の皆に戦慄が走る。

「きゃぁ!貨物室から、アヤカシが!」
「カブの化けもんじゃあ!」
「ち、違っオレはアヤカシじゃなっ、アタタ、アタタ!野菜は痛いから、助けて!助けてAIVO〜!」
 すぐ隣を見れば、静かにキレ気味な流韻の姿。
「ほっとこう」
「…………」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
菫(ia5258
20歳・女・サ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
田中俊介(ib9374
16歳・男・シ
多由羅(ic0271
20歳・女・サ
リック・オルコット(ic0594
15歳・男・砲
メリエル(ic0709
14歳・女・吟


■リプレイ本文


 雲海に浮かぶ飛空挺、船内の開拓者達は、それぞれ動き始めた。
「船員聞こえるか?出来れば閃光弾か、投げられそうな瓶とかないか?」
  ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は乗客を避難させながら、伝声管を使い船内の船員に声をかける。
「それなら、貨物室にあります」
 船内はそんなに広くは無い。貨物室まで走れば、一分もあれば戻ってこれる。
「貨物室行ってくる。その間船尾を頼めるかい」
 今はまだ、船尾には空賊はいない。だが必ず船尾にも来るのだ。
「はい、ヘスティア様、まだまだ若輩者ですが、宜しくお願い致します」
 笑みを浮かべる、多由羅(ic0271
「流韻、久しぶり……でもないですか」
 治癒符を使いながら、手当てをする流韻は多由羅に対して、あからさまに表情を変えた。理由はわかっていたのだがここまでとは、と多由羅は苦笑いを浮かべた。
「け……怪我もう大丈夫?」
「なんのことですか?」
 逢えて、良かった。それではまた後で、そう言って多由羅は太刀に手をかけて船尾へと向かった。
「皆さんこちらへ!落ち着いて、固まって下さい」
 中央、 菊池 志郎(ia5584)は怪我をした乗客を集め、閃癒をかけた。感謝を述べる声が、周囲から立ち上る。
その一方で………

「どこを見ている!頭数をそろえても女一人相手するのがそんなに恐ろしいか!」
 先陣を切ったのは、 菫(ia5258)空賊を挑発そして隆気激。大きく縦に降り下ろしたバトルアックスが空賊のダガーを粉砕。甲板の板も砕く。
「菫さん、やりすぎですよ!!」
「あら?すみませんね、私としたことが」
「流韻さん、居てくださるのは心強いのですが鴨弥さんの護衛をした方が……」
 流韻は戦力としては申し分ない。それは、治癒符での能力を見ていた志郎には良くわかっていた。だが、彼の任務はあくまで明扇の護衛なのだ。
「それなら、ぼくいなくても心配ないよ……ホラ」
 治癒を行うまま、視線を少し遠くに向けた。
「……報酬上乗せしてほしいよ」
 伝声管の前で会話をする、明扇そして リック・オルコット(ic0594)だ。何かの交渉みたいだ。明扇は一呼吸を置き、視線をリックに戻す。
「……良いだろう」
 即座、響く騎兵銃の銃声と墜ちる滑空艇。何とも言えない気持ちに陥った、志郎と流韻だった。

●混乱中
「上へは行かないで下さい!」
「空賊がいるなんて、嫌よ降ろして!」
貨物室へ行きたいヘスティアは眉間に皺を寄せる。乗客を凪ぎ払う訳にはいかない。
「私にお任せ下さいませ」
 耳に心地よく響いた、高い音。それは吟遊詩人であるメリエル(ic0709)の口笛だ。
「何、今の音?」
 和やかになった、というよりは音に反応して正気を取り戻したと言ったところ。
彼女を慰めた後に貨物室へ向かい。メリエルも、カブお化けを探しに客室の方へと向かったのであった。

 一方こちらは、怪しい二人組を追う羅喉丸(ia0347)と田中俊介(ib9374)メリエルとは逆方向に向かっていた。
「んじゃ、探そうか」
 明扇から聞いた、閃光の出現時間。その後に襲来した空賊達を関係が無いとは考えにくい。
 羅喉丸は走り始めた。それを俊介は早駆で後を追う。そして船内を進み初めて気付く、倒れた船員の姿。
「大丈夫、眠っているだけのようだ」
 表情から俊介の不安を察したのか、羅喉丸が声をかける。そして通路で眠る船員と言う図の不自然さに、予想は確信になる。急がなければならない。
 やがて彼らは見えた。至って普通の格好、両方とも少し育ちの良い貴族にも見えなくはない。だが、今という異常な場所に普通が存在するのは、それこそ異常なのだ。
「ダーリンバレたぁ」
 目を潤ませる彼女と、如何にも紳士ななバイオリン弾きが通路を駆ける。羅喉丸が確認したのは部屋に入る男の姿、羅喉は一気にその場所目掛けて体を屈めて。
 部屋へと飛び込み相手の吟遊詩人の肩を攻撃。まだ羅喉丸の手番は終わらない、着地後拳を突きだし骨法起承拳だ。男は吹き飛ぶ。
だいぶ手傷は負わせた筈だ。このまま行けば、捕まえるのは容易い。
 ……筈だった。
 羅喉丸は何よりも急ぎ、彼らを捕まえる事を重視した。だからこそ、もう一人がこの部屋にいないこと、部屋が宝珠の制御室であることに今気付く。
 重い音が、羅喉丸の後ろで聞こえた。耳に音が入り、一瞬だけ視線を男からはずした。その機会を男は見逃さなかった。音楽で羅喉丸に膝を着かせる。
「しまった」

 反対側で鍵の閉められた扉に、マジックロックが施される。これで簡単には扉は開けられない。通路側扉を閉めた先程の女性が、小さな精霊武器を片手に笑みを浮かべた。
「無駄なんだよ!」
 魔術師であった女は、身を旋回させ武器を向ける。先程の甘えたな女はそこにおらず、俊介が確認したのは残忍な鋭い瞳。
 俊介は焦る。連携は取れない。懐からどうにか十字手裏剣を取りだし、狙いをつけて素早く投擲。だが、受けた攻撃はアイヴィーバインド。当たり前だがそんな状態で投げた手裏剣など、見切るのは彼女には造作も無かった。
「実力が違うんだよ、雑魚が」
 魔術師は手を空に翳し、鋭く矢の形を成して刺す。
「くっ……ぐ!」
 皮膚を刺された痛みに苛まれるのも束の間、氷は破裂して衝撃波にて肉に大きな痛手を負う。魔術師は手を休めない。容赦ない二発目が、俊介に襲い来る。
「イイザマねぇ。雑魚が、まだ殺してあげないから」
 と言いつつ不遜な笑みを浮かべて、足を振る。そして俊介は察した。女魔術師は攻撃したくとも撃てないのではないか?
 羅喉丸の入った部屋の扉は鉄製で壊すには自分の武器では難しい。何よりも彼女が近寄らせはしないだろう。
「きみ強いねー、勿体無いよ悪党なんて」
 飄々とした口振りで、俊介は話し掛ける。
 残念ながら、このままでは自分は刃がたたない。ならばせめて、他の誰かが来るまで足止めを行おう。
 そう、命懸けの決意をした。

●我が名は
 時は少し戻り、客室1に追い詰められたカブお化けが一人?
「だから、オレはアヤカシじゃねぇんだよー!」
「キャァ!浮いてる、光ってるぅぅ」
 しかし乗客の勢いはもう、とどまりそうにない。ちょびっと燃やすかな、カブお化けがそんなことを考え始めたころ、軽やかなフルートの音色が聴こえてきて、乗客は振り向いた。
 そこに居たのはメリエル。フルートを奏でながら、動きの弱まった人混みを抜けて遂にカブお化けの元に辿り着いたのだ。
「この飛空挺への到来を、私は誠に感謝いたします」
 そして彼女は詩にのせて、カブお化けについてこう乗客に、こう語った。

 希う儀より使わされし、伝説の精霊――

 唄い終わり、御辞儀をした。
 勿論先程のメリエルの詩は、全くの嘘八百だ。
 しかしその前に聴かされた、偶像の歌ですっかり信じきってしまい。やがて乗客の波は去って行った……
 メリエルより事情を聞いたカブお化けは、大変だなぁと頷いた。
「私は羅喉丸さん達を追います」
「あ、ならオレもいくぜぇ!」
 
●白兵戦
 船内の出来事など、つゆも知らず。開拓者達は空賊と戦闘を甲板で続けていた。
 銃声は先程より激しいが、乗客たちが先よりだいぶ一ヶ所にとどまったおかげか被害は減っている。それでも全員は手が回りきらないが……
 多由羅が咆哮を放つ、反応した空賊は続々と彼女を囲むがこれは想定内。鞘付きの太刀を構えての回転斬りだ。もし鞘が無ければそれこそ、四人全員事切れていただろう。多由羅がそこまでしなかったのが救いだろう。
 あばら骨四、五、六本はご愛敬。
 滑空艇の影が見えた。入り口に立ちはだかる多由羅、だが彼女の得物では滑空艇には届かない。
「俺に任せろ!!」
 声は入り口の階段から迫る、ヘスティアのものだった。
 目を眩まし、そこに追い打ちとばかりに、先程貨物室で見つけた空瓶をグライダー目掛け投げる。そのまま滑空艇ごと落下空賊は落下してきた。
「悪いね、こっちも仕事で、ね」
 落ちた空賊に魔刀を使用、だが死なない程度に手加減をして気絶させた。もう一機滑空艇が迫る。
「わりぃ、流韻。滑空艇狙いで霊魂砲頼むわ!」
 着地失敗、それくらいの気持ちで流韻にヘスティアは頼む。
「え……わ、わかった」
 弱冠狼狽するも、目的通りに符を使う流韻。ヘスティアは思った。何を戸惑う必要があるのか。滑空艇を落とすだけだ、

「ヒッ、アッ!アアアアアアアアァァァァ……」
 ヘスティアは直ぐに流韻の戸惑いの意味を理解した。流韻の霊魂砲は見事グライダーだけを貫いた。木端微塵である。当然ヒトは真っ逆さまに落ちる……
 微妙な空気が、暫し場を支配した。
 だが、その空気は直ぐに切り裂かれる。空賊の一人が、乗客を人質にして甲板の中央を陣取ったのだ
淡々とした、敬語で交渉を行う菫。彼女の剣気に押されて、弱気になっているのが伺える。
「う、五月蝿い!コイツのい……命がおしけりゃ」 
 リックが今度は、人質に話し掛ける。
「なぁ、助けたらいくら貰える?」
「オイ!勝手に話すな、こ……殺してやるぞ!」
 しかし、リックは完璧に空賊を無視だ。
「聞け!話を!やるぞ、本当にヤるからな!」
 そろそろか、リックは視線をそらし合図を送る。
「クソ、このアマァァァ    」
 三
 志郎が感覚を研ぎ、夜を使った。今一度空賊に目線を置く。ダガーを持つ手は震えて、額には脂汗。その事に志郎は表情を暗くさせる。
 二
 停まった時の中で人質の手を引いて空賊の手から逃がし、正面を見せないように彼女を抱えた。
 一
 単動作で弾を込めた、リックのカービン銃が空賊の額を捕捉する。
 零
 破裂音が甲板に響いた。 
「殺して、しまいましたか……」
「 この空賊たちも、覚悟して事に及んでいる訳でしょ?殺して、殺される覚悟が 」

 その人質を救出したのが、効いたのか。はたまた、ここで向こうも弾切れだったのか、甲板の戦いは一先ず終幕を告げた。ヘスティアは空賊達を全て縛り終えて、床を修復していた。
「しかしよ、ダガーやピストルでこんなに傷がつくのか?」
 首をかしげながらも、トンカチを使いつつ愚痴る。
 船尾では羽音がする。墜落防止にと、多由羅が持ち込んだ相棒、甲龍の風巻その背には気絶した、空賊がのびていた。
 どうやら、風巻が助けていたらしい。
 流韻は甲龍から離れた所にいることで、龍が苦手ですかと聞く多由羅に彼は首を横に振る。
「あなたも愉快な相棒を、連れていたではありませんか?」
 視線を反らし、違うと流韻は呟いた。そして多由羅に聞いてきたのだ、何故相棒は自分の命令に従うの?気持ち悪くない?等
 今までの流韻とは思えないほどの、思いの丈をぶつけた。言いきれば、また口を噤んでしまう。多由羅は気絶した空賊を降ろしながら、彼に告げた。
「 彼らは私達とは違います、無理に理解しようとするのも良くないですが…それでも彼が相棒と呼ぶのは、貴方を慕っている証拠ですよ 」
「慕うって……ぼく何もしてないのに、どうすれば良いのさ」
 口を固く閉じて、手で帽子を掴む流韻に多由羅はこう続けた。
「 …無理にとは言いません。流韻はこれからなのですから」
 それから悪戯な笑みを残し、この言葉を多由羅は残した。
「ちなみに、一切風巻に命令していないのです」
「え……」
「相棒はそう言うもなのですよ」

●船内の転機
 菫は甲板中央の階段を降りて、二人組を探すため客室を探していた。だが二人組は愚か先に探していた筈の、羅喉丸達の姿も無かった。
 船内には上の空賊が片付いたと連絡があり、安堵し自ら居場所に戻る乗客でごった返す。ここにいないならば、前方の操舵室の方だろうか菫がそう考えた瞬間だった。
 喧騒の中で僅かに耳に届いた、何かが壊れる音と爆発音。菫に緊張が走る。直ぐ様目的地へ向けて走り出した。
「何も無ければ、は都合が良すぎますよね……きゃっ」
「はわぁ、いたぁーぃ……」
「すみません!急いでいるので!」

 時は爆発音が聴こえた数分前に戻る。
「ハァ……ハァッ……ハ」
 羅喉丸と吟遊詩人は膠着状態にあった。体力的には羅喉丸が遥かに有利。しかし、場所が悪かった。吟遊詩人は背中にピッタリと、宝珠の制御機関にくっつく形をとっていた。これでは万が一回避されれば、装置を自らで壊してしまう。迂闊に相手を攻撃も出来ない。そして後ろの状況もわからずじまいで、俊介の安否が羅喉丸には心配であった。
 傷は深くはない、だが度々の重音に頭が麻痺しかけている。
「フィナーレだ、せめて安らかに」
 吟遊詩人がバイオリンを肩に乗せ、弓が弦に触れたその時だった……
 激しい爆撃が、羅喉丸の後ろから聴こえて鍵の掛かっていた部屋の鍵のついた扉が彼の前に転がった。駆けてくる足音は一つ、だが目の前には二人の姿があった。
 フルートを手に携えたメリエル。爆弾で扉を吹っ飛ばしたカブお化けだ。
「ありがとう、メリエル殿」
「ごめんなさいませ、ただもう一人には逃げられてしまいました」
「な……なんだ、コイツ!?」
 動揺に吟遊詩人の演奏が一瞬止まる、それが反撃の合図だった。メリエルが霊鎧の歌を奏でると、吟遊詩人に近付く。慌てて、演奏を続行したがもう遅い。弓を持つ手を背中の後ろで捻り上げられ、床に顔をつける結果になった。
 
 霊鎧の歌の演奏が終わった頃。菫は通路で、ぼろぼろに破けた服を纏う俊介を見た。直ぐに治療が必要だ、そう感じた菫は俊介をおぶった。
「へへ……役得だ、な」
「大丈夫ですか!賊はどうなりましたか?」
 そして、詳しい話を聞いた。
 詳しい話は聞きたい、だがそれより先に俊介の治療が先だ。一先ずは甲板へと、全員で向かうことにした。

●その名
 結局女魔術師は逃がしてしまった。恐らく、甲板に落ちた滑空艇を一つ持ち去ったのだろう。
 棒読みな迄の明扇のお礼。そしてマントを引っ付かんでカブお化けを流韻の目の前に突き付けた。 
「…はぁ、ぼく関係ないのに」
 元気を出せと、カブお化けはふよふよと漂う。そのまま、早歩きで流韻はその場を離れた。
「お疲れさまだぜ、しかしこの蕪食えんのかな?」
 ヘスティアが、カブお化けに近付き頭を触りだす。艶々で真っ白で、食欲がそそるらしい。
「食えねぇーよ」
 そんな皆の様子を、後ろから羅喉丸と多由羅を見守っていた。
「ハロウィン以外にも現れるのか…不思議なやつだ」
「邪魔になるから行くよ、…ラディ」
 戻ってきた流韻の言葉に、聞き慣れない単語にカブお化けは首を回転させる。
「名前。無いと呼びにくい、から」
「あ、あ、AIVO〜!!」
 カブお化け、もといラディの顔が華やいだ様に思える。浮遊しながら、流韻に近付き飛び掛かる。それを、流韻は全力で拒否った。
「 意外とお似合いですよ、貴方達」
 生暖かく微笑みで、見守る多由羅に相棒みたいだ、と同意するよう羅喉丸は頷いた。
 報酬を受け取ったリックだけは首を傾げていた。


「ラディッシュって、二十日大根だよな……」