|
■オープニング本文 修羅の陰陽師、流韻(るいん)が戸を開くと彼の目の前は真っ白であった。 今の自分の状況を彼は分析しようとした。確か開拓者として依頼を終え、くたくたに疲れて寝食の恩恵をほぼ無償で受けてさせてくれている、その人の屋敷に帰ってきた筈だ。恐らく疲労のために幻覚でも見ているのかと、流韻は目を瞑り呼吸を一時整え、また目を開ける。 ……光景は変わることが無い。目の前にはひたすらに浮遊するカブ、カブ、カブの群れが広がっていた。 「お帰り流韻。いやはや大変なことになったものだ」 声をかけたのはこの屋敷の主であり、陰陽術同好会会長の鴨弥 忠禅(かもや ちゅうぜん)。 『着物』の袖をたすき掛けした状態で、流韻を出迎えたのだ。 「か……会長これ何ぃ!?」 「実はね今宵は同志達と酒盛りをしていたんだが……」 ●人はそれを混沌と呼ぶ 先ずこの同好会の事からお話しよう。アヤカシの使役と言う特殊な術は、一部志体が無い一般人にも興味ももつ者もいる。その技術や知識だけでも学びたいと通う、物好きの集まりが陰陽術同好会だ。 中には職業の異なる開拓者や、流韻のように事情持ちの陰陽師もいたりと中々個性的な集まりだろう。 そんな彼らが大広間で酒盛りをしていた時に彼らは、ふらりと訪れ、見る見るうちに数は増えて言ったと言う……そして、流韻は大広間の現況を目の当たりにした…… 「ヒャハハハハ!」 「はー……もっと喰えよ、遠慮すんなや」 「トリックオアTUMAMI!」 「ダレカ、ソノクラのバショをオシエテヨー!!」 「なぁなぁオマエ喰えないのかぁ?」 「んにゃんにゃ……」 流韻が眩暈すら起きる程の光景だった。カブ達が部屋に侵入した頃には、もう既に彼らは酔っ払って昂揚して、その得体の知れないものとも酒盛りを楽しんでいた。……で、そのカブ達も満更では無い様で酒の肴を美味しそうに食べている。 「よぉーセンセェ、何か出し物に式出してよ。小遣いやるよぉ〜」 「やだよ、疲れてるのに」 同志(別名酔っぱらい)を去なしてから、既に泥酔した畳や床の死屍累々に肩を大きく落として溜息を零す。 (「…………大人ってなんだろう」) 「一応瘴策結界かな?アレを使って貰ったけど、反応は無いからアヤカシじゃないと思うよ」 その前にアヤカシだったら、とっくにこの屋敷の人間は根絶やしだろうな、と忠禅の台詞に流韻は心で呟く。 恐らく神楽の都を賑わせ、お騒がせしている奴らの知り合いだろう。ただ、今目の前の彼らと違い、南瓜の姿で菓子が好きらしいが…… 「流韻すまないが、ひとっ走りギルドへ行って人員を募ってくれないかい?いやはや、料理が私一人で追い付かないんだ」 何故かこの同好会は、調理が苦手もとい非道い同志が多く、台所には常に忠禅が立っている。 「会長……このまま彼奴らを置いておくの?」 「幸いな事に肴の材料は豊富だからね。それに楽しそうな彼らを、私には蔑ろに出来ないよ」 まだ歳相応の浅い皺を刻んだ忠禅の微笑み。そう、この人はこう言う人だったと流韻は思い出した。まだ修羅と言う存在が世間に知れ渡って無い頃から、得体も知れず、身寄りも無い自分に居場所をくれた。 そして募ったわけでも無いのに、同好会の同志は増えそして現在、この屋敷で賑やかに騒ぐ面白い彼等が訪れたのだ…… 流韻は何とも不思議な感情を覚えながら、今もドンチャン騒ぎが続く大広間へ視線を置いた。悪い気はしない、そんな心持ちを覚えた。 「それにアヤカシでは無いと言うなら、もしや人妖のようなものかとも私は思うんだが……いやしかし、主のいない人妖は………と言われるし…それに大きさと……やはり興味はつきないのだよ。彼らは塩辛い物を皆して好む傾向があるらしいのだが、いやはや流韻はどう思うかい?」 まるで童子に近い様子で、目を輝かせる忠禅(四十五才) (「そうだ、こういう人だった」) にこにこ忠禅に背を向けて、ギルドへと流韻は走った。睡魔にやられそうになりながら、長い夜になりそうだと想いつつ…… |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
ルース・エリコット(ic0005)
11歳・女・吟 |
■リプレイ本文 開拓者達が屋敷を訪ね、玄関の引き戸を開けた瞬間から彼等がいた。依頼受諾した際の話に聞いていた通り、カボチャじゃなくてカブがいた。沢山いた。その中を紛れこむ様に、屋敷の本来の主である鴨弥 忠禅と流韻の姿を漸く見掛ける事柄出来た。 「助かりますよ。今宵はよろしくお願いします」 「き…今日はよ、よろしく……」 「初めまして柚乃と言います。それではお邪魔しますねっ」 最初の一声を発したのは柚乃(ia0638)で、何とも軽快な口調の雁久良 霧依(ib9706)の言葉が後に続く。 「はーい鴨弥さん♪四阿は役にたってるかしら?」 「おかげさまで、好評ですよ」 人混みならぬカブ混みに他の開拓者らが圧倒され言葉が少なな中でも、霧依だけは長葱とフライパンを手に自分の調子を変えることは無かった。挨拶を互いに終えて霧依は忠禅と共に台所へ、残りの面子は流韻と共に問題の大広間へ向かっていくのであった…… ●やっぱりこんとん 大広間へと続く襖を、開けた先は更にひどかった。開けた途端に鼻腔をつんざく、酒精の香りに密集する騒ぐ声。ただそんな中でも、皆が楽しそうな事に変わりなかったのは救いか。中に入ったエルレーン(ib7455)最初は恐る恐る触っていたカブお化けの頭を物珍しさかは、ペタペタと何時の間にか手垢だらけにしていた。 「これ、どういう仕組みで動いてるのかな?」 「いーつまで、さわってるのかな?」 「おしゃべりもできるの?すごいねえ、すごいねえ」 とエルレーンがカブお化けと、柚乃お手製の果実酒で一杯やっているのとは対照的に、未だルース・エリコット(ic0005)は大広間で立ち竦んでいた。極度の人見知りでもある彼女には、この喧騒の中に立ち入るのは試練にも近い。今も彼女の顔は蒼白く、やがて無理と頭の中で結論付ければそっと流韻に話し掛けた。 「あ……あのっ」 「え、ぼ…ボクな、なに?」 「あ、の…寝室、は…どう行け、ばいいでしょう?」 急に話し掛けられ視線を泳がしながらも、流韻は出来うる限り指で道を指し示し教えた。おぼつかぬな台詞ながら、わかり易い語句を並べ一生懸命な彼の真摯な行動に、何となく親近感を覚えてルースは口元を柔らか芸術に微笑んだ。 「あ、ありがとう、です。あ、あの…本を、借りた、いのです…が、いいでしょう…か?」 「それなら離れにある、蔵へ行かないと今は無い……かな」 「ではエリコット殿、私と共に参りませんか?」 ルースが声に振り向くと、そこにはアレーナ・オレアリス(ib0405)がカブを一匹引き連れ佇んでいた。間近でカブお化けの顔を見て、ルースは硬直する。アレーナはカブが急かす話を聞いて、予め忠禅に事情を話した。その時を快く快諾され蔵の鍵を借りれたとのだ、と話すアレーナのあらすじは、放心気味なルースの耳を通り抜けていた。 斯くして流韻は一先ず布団を敷きに寝室へ、ルースとアレーナはそれぞれの目的の為に蔵へと向かった。 「では柚乃が一つ、御披露させていただきます」 大広間では柚乃が横笛を手に、開け放たれた縁側で一芸をこなすところであった。酔っていても見目麗しいものには、目が行く連中の様だ。一時待望を孕む静寂が、部屋を支配した。やがて奏でられる笛の音はこの場に違わず、雰囲気を鼓舞させるもの。 やがて縁側の外、つまり庭でいくつもの花が咲き乱れる。梅、桜、向日葵に萩……季節感を壊すかの風景は、不思議な出逢いをしたこの夜にこそ相応しいだろう。 「いいぞぉ〜柚乃!」 微酔いにて、いい気分のエルレーンが囃し立てる。しゃらんしゃらん……笛が止むと同時に、涼やかな鈴の音と共に柚乃が舞う。カブもその他集まった老若男女達に絶賛の拍手と賛美で迎えられ、それはやがて柚乃のお辞儀と同時に沢山のおひねりになって空を飛んだのだ。 「キレイだったわよ、さぁ飲んで飲んで」 「は……はい、それではいただきますっ」 「そらそら姉さん!こっちもだ、飲め飲め!」 「テメッ、嬢ちゃんに酌すんのは俺だぜ」 …………結果あれよあれよと、勧められるがまま美酒を煽る柚乃であった…… ●かみあるところにヤツらあり 場所は移って屋敷の外。蔵を始終気にしていた一匹のカブと共に、アレーナとルースは四阿のある古い蔵の前へと立っていた。この場所は最近改修したばかりらしく、その時に四阿を建てた一人が実は霧依であったりする。 「なぁっな……なん、です」 「ヤギ……ヤッパリキテルヨ。コノバショにホンがアルとキイタカライルトオモッタヨー」 呆れた声でキョドるルースに、隣で冷静に応えるカブお化け。 夜闇に何かが蠢く、そして蔵の前の花壇の土をを掘り起こしていた。 「ここから沢山の紙の匂いがするやぎぃ〜何としても中に入るやぎぃ!」 「「「やぎぃ!!」」」 どうやら一時期都を騒がせた、あのヤギ達なのだろう。どこから持ち出したかスコップで、えっちらおっちら穴を掘っていた。どうやら錠前のかかる蔵へ地面からの侵入を試みているらしい……いつまでかかるやら。 「どど、どうします!?このままじゃ」 珍客に慌てるルースとは様子が明らかに違うのはアレーナ。任せてとばかりにヤギ達にズンズンと近付いて行く。まるでそれが正解だと言うばかりのように…… 「夜遅くにこんばんわ、お菓子はいかがです?」 その凛としつつ優しげな彼女の声にヤギ達は振り向く。目の前にはバスケット、中には甘く彩り豊かなキャンディーが詰まっていた。ヤギ達は眼を輝かせて、バスケットの周りに群がった。次々とキャンディーを手に取り、ニコニコなヤギ達。 「おいしいやぎぃ〜〜」 きっとそんなアレーナの慈しむ様な出で立ちは、ヤギ達には女神にすら映ったかも知れない。 「オーマーエーターチー」 ビビクッ 声の方向にカラクリの様に首をギギと向けるヤギ達。四阿の屋根にいつの間にか登ったカブお化け。幾つもの灯火が真っ暗の中で浮かんでカブの周りを照らし、ヤギの前に立ちはだかっていた。 「ヤメロとアレダケイッタダロウガァァァァ!!」 「「「お化けやぎぃぃぃぃ!!」」」 どたんばたん、スコップを放り出しヤギ達は正に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった……バスケットの中身は空、後には掘り起こされた荒れた花壇が残るだけであった。 「す……凄いです。アレーナさ、んヤギを追っ払ってしまいました」 「いえ、私ではなく殆どあちらだと」 憧れます。と少々興奮ぎみなルースをどうにか諭してから、花壇の手直しを行い本来の目的である蔵の中へ書物を取りに行った。一応ヤギがいないか確認も含めて。 「コレデスコシはオレイデキタカナ」 ●はなしはきけたが…… 「俺たちは実はアヤカシと不死の契約をした元人間なんだぞぁ」 「なんかさー罰だとかって追い出されてさー」 「我らが来た目的ぃ、其処にTSUMAMIがあるからさ!」 「賑やかキライじゃないからかにゃん」 ところ変わって此方は寝室。大広間にいたエルレーンが泥酔者を運んでから、未だ部屋を浮遊するカブに色々質問をぶつけた。君達は何者か、目的は何か……それが先程の言葉だった。ただカブ達も酒を飲んで酔っ払っているのか、内容は支離滅裂でしかなく真偽が実に疑わしい。 尤もこの異形達に、酔いと言う状態異常があるか定かでは無いが。 (「これじゃだめね、拉致があかないわぁ」) 「すきな食べ物はなあに?よかったら、つくってあげよっか?お味噌汁とかどう?」 コクコクと一斉に頷くカブお化け。では一緒に台所に行こうか、とエルレーンが誘うと面白そうだとついていく。 「エルレーンお姉ちゃん、台所までの道教えるよ」 「流韻くんは休んでも良いんだよ?」 「いいよ…どうせ。また大広間で回収しなくちゃならないから一緒」 ため息をつきながら応える流韻、今更回収するのは何がとは言うまでも無いだろう。 エルレーンが台所を訪ねると、 みずみずしいネギを歯切れよい音で包丁で千切りにする霧依の姿があった。 「いやはや様子を見に来たのかね?」 「あ、はい。寝室の子達連れてきました」 エルレーンの言葉に蒸籠の前にいた忠禅は、楽しげな視線を送りながらカブ達の見学を許可した。広めに作られた台所を、縦横無尽に駆け回るカブ達。霧依は本来は料理で、寝室のカブ達を釣る予定であったのが省けたと内心で思っていたためか、さして気にはしなかった。 「鴨弥さん、ステーキそろそろじゃない?」 熱されたフライパンの上を、干し肉が醤油と共に焼け焦げ、この薫りに導かれる様に流韻が小さく喉を鳴らした。幼くともやはり彼も修羅なのだろう。 「これにゃあに?」 「早く食いてえ〜」 「TSUMAMI!TSUMAMI!」 糠床を珍しげにカブお化けが眺める。大好きな漬物が泥の様な場所で出来るのが、とても不思議らしい。 やがてエルレーンが手を打ち鳴らして彼らを集合させる。 「ほら、お手伝いして貰うよ!井戸から水汲んで来なくちゃ。料理あげないわよ」 カブ達はは〜いとエルレーンに振り向いて答えた。その様子はまるで引率者、もしくはお母さんみたいだ、と残りの三人には思えたとか…… ●みたびこんとん 彼らの料理は、カブ達が手伝いをしてくれた為か早々完成する。茄子・カブ・白菜の漬物に、玉子豆腐、根深汁に大根の味噌汁、干し肉の和風ステーキ、秋刀魚の塩焼き、そして唐辛子のきいたネギ焼きだ。 これらの豪華な料理は大広間に快く出迎えられ、皆が皆思い思いに手を伸ばしていった。 そこへ蔵より帰ってきたルース達が、中の様子を伺いに大広間の襖を五寸程開けた…… 「TSUMAMIうんめー!」 「あの、そんなに漬物食べたらあなた達も漬物になっちゃうんじゃ……」 「カブの漬物も美味いよな」 「共食いっ!?」 「……でだ、もし君達が精霊であると本当に仮定出来るならば、やはり各々が何か能力があるのかい?もし君達がよければだがその辺りのことも聞きたい。いやはやこれは私の予想だが、何か明かりの様なものを操ると考えているんだよ君達の小柄な形状と良い……」 「え……えーーーーーーーー……」 「ん…っ、美味しいやお肉」 「うわあ…何だかこうしてみると、…ちょっとかぁいいかも」 「なぁ兄ちゃんやぁ?そのカブのお面脱げんやろ、外せ外せー!」 「いだぁあ!頭もげちゃうたずぐで〜!」 「アムルリーープ!」 ピシャッ 襖は勢い良く音をたてて閉じられ、大広間の騒音はルースによって再び封じられた。 「「「………………」」」 何刻も経ったようで、実は数秒の沈黙はアレーナの行きましょうか、の一言で破られ、彼らは大広間を後にした………… ●しずけさや 酒盛りは深夜遅くまで続き、カブのお化けは作っていた肴の殆どを腹(あるのか?)に入れると、だいぶ満足したのか何処へでも無く帰って行った。柚乃が酒の許容範囲を超え、もふらと間違ってカブをハグぎゅとして帰れなくなりかけた以外は特に問題は無かった。 今はただ至極緩やかなルースの口笛が、静かな寝室の空気を包み込んでいた。 「可愛い寝顔。悪戯しちゃおうかしら♪」 帽子を被ったまま、布団を掛けて眠ってしまった、流韻の幼いながら端正な顔立ちを真横で霧依がガン見している。その手には何故か、白い部分が多い長ネギ…… 「流石に人目が多いから……今回は見送りね♪」 とても残念とは思っていない愉しげな声。 (「まだ起きてたけどね。このお姉ちゃん、色々コ、コワイや……」) 様々な修羅場を潜り抜けて来た流韻には、様々な気配に至極敏感であったわけだ。 「あなたはまだ眠らないのですか?」 ぎやまんの器に口づけるアレーナへと忠禅は話し掛けた。 「目が冴えてしまったみたいで」 彼女は先に眠ったエルレーンや柚乃を布団へ運んだ後に月を瞳に、虫の声を耳に寄せながら一献傾けていた。 「聞きましたよお客様に、蔵は大変だったみたいですね。いやはや助かりました。彼処には同志達が預けてくれた書物がありましたから」 「私は殆ど何もしてませんよ」 でも大事に至らず良かったです、と彼女は応えた。不思議な訪問客を迎えた夜の宴も、これでおしまい。何となく彼らがいなくなった屋敷内は寂しさを覚えるが、またどこかで会えるのでは無いか、確証のない期待が彼女にはどこかにあった。 「さてと……ではあなたが眠るまで話でもしましょうか。私が初めて出逢った幼い修羅の話でも……」 |