アヤカシ川柳 夏の陣
マスター名：月宵
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| ■オープニング本文 そこは何処にでも有りそうな漁村。夏も終わりに近いと言うのに、未だ陽に熱された辺り一面の砂浜には絶えず波が満ち引きを繰り返している。 しかし漁村であるならば本来は聞こえる、威勢良い漁師達の声も独特の唄もさっして聴こえては来ない。 「このままでは、村は破滅だ！」 「何とかアヤカシを対処しないと」 「だがやはり我々だけでは無理だな、よし！依頼に出そう」 村長の家で深刻そうに漁師達は会議を重ねる。 アヤカシ。人とは違う世に存在し、人間の肉や恐怖を糧とするために一生人と相容れぬ敵。 偶然に話を聞いていたその老人にとってもそれは変わらぬ事実だ。 だが、彼にとってこの偶然は待ってもない好機であった…… 「お困りのようだ、ぬしらの手伝いをさせてもらえぬか？」 「え………じいさん、が？」 ●てつだい？ やがてその依頼は近場のギルドへと届き、そして受理した開拓者達は砂浜へと赴いた… 今回の依頼と言うのは、網に混じって魚と共に引っ掛かる、アヤカシを退治して欲しいと言ったものだ。この漁村は海の幸がそう遠くに行かずとも、豊富に取れる為か地曳網漁が盛んなのだが。 折角かかった魚が殆ど食いちぎられていたり、水揚げした際にアヤカシに人が襲われたりと深刻な問題が起きている。今回は漁師達の護衛も兼ねて、魚に入り混じるアヤカシ退治と調査と言ったところか…… 地曳網と言うこともあり、海岸には数十を数える屈強な漁師達が集まっていた。ただその中で身長と変わらぬ長さの杖を片手に、開拓者達に長細い色紙を渡すその人は目立つ。 これに一筆良ければ書いてくれと、程良い笑みと台詞で老人から渡されたそれは、浜あざみの花弁が混ぜ込まれものであった。 「じいさん、本当に手伝う気かよ……」 「歳はいっても、ぬしらには負けんよ」 飄々と良いのけては、袖めくり力こぶを作る老人。 ……程良く焼けた二の腕はひどくまっ平らなワケだが…… それもその筈だ。彼は元より漁師ではない。自らでアヤカシに関する本を執筆する為に、各地を渡り歩いてはその要素の一つである、アヤカシに関する川柳を開拓者に頼む。ちょっと変わり者の老人なのだ…… 「そうそう、最近漁に使われた網を見たのだけれどね。何かで染まっていたよ」 その際に気になる情報を付け加えてくるのだから、放ってもおけないのだが…… 「あのじいさんの事も頼む。確かに人手は欲しいが何かあったら夢見悪過ぎんだろ……」 ただぽむりと馴れ馴れしげに肩に置かれた漁師の大きな手は、開拓者達は何とも言えなかった…… |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット（ib5201）10歳・女・魔 
ファムニス・ピサレット（ib5896）10歳・女・巫 
フランヴェル・ギーベリ（ib5897）20歳・女・サ 
緋乃宮 白月（ib9855）15歳・男・泰 
三条 忠義（ib9899）30歳・男・弓 |
| ■リプレイ本文 アヤカシがいようといまいと、砂浜ではただ変わることなく波が押して引いてを繰り返す。屈強な漁師達が船に乗り、網を準備する中ではこの老人と見た目が止ん事無き姿の三条 忠義（ib9899）のやり取りは特に異様に見えた。 「麿の雅な川柳を‥‥アヤカシ川柳？ それは何でおじゃる？」 「そのままだね。アヤカシに関する川柳をの、ぬしなれば幾つもの浮かびそうよ」 当然でおじゃと忠義は語る。その前方にいるのは、緋乃宮 白月（ib9855）とフランヴェル・ギーベリ（ib5897）だ。二人は地曳網の最前列に位置するため、人数の調整や漁師達の避難経路を話し合っていた。 「謎のアヤカシも気になりますけど、まずは漁師の皆さんのためにもアヤカシ退治を頑張ります」 「前衛はボクら二人だ。お互いにベストを尽くそう」 二人は波打ち際で、互いの拳を強く男らしく打ち交わしたのだ……余談だが、フランヴェルは女性である。 ● 時は過ぎていよいよ地曳網漁が施行された。本来の地曳網漁と行われる様と変わらず、網の両端にある縄を海中から砂浜まで引き揚げることは変わらない。ただ違うのはアヤカシを捕らえても良いようにと質を強化した網と、その網目の細かさであった。 漁師達は思う。最初の引きが常より重い。恐らく漁獲量（アヤカシを含む）はあまり変わらずとも、水の抵抗力が網目の変化で増した為に起きたのだろう。 それでも常日頃から行う仕事のなんのそのと言った具合で、漁師達は魚達とのある意味命懸けの綱引きに勤しんでいた。 「エンヤー・エンヤー」 「姉さんも、皆も頑張って下さい！」 掛け声に合わせて綱を引くのはリィムナ・ピサレット（ib5201）で、その傍らではその双子の妹ファムニス・ピサレット（ib5896）が応援をしていた。 「ふえー、ちょっと水飲まして」 「了解じゃあ嬢さんと交代な」 待機していた漁師と綱を持って貰い、リィムナは携えていた石清水で喉を潤した。 「ぷはぁ〜こんなお日様の下で作業してたら、きっとこんがり焼けちゃうよね♪」 「姉さんはあまり変わらないと思う……」 「真っ黒なリィムナちゃんも良いよ、服の跡のあの境目とかさぁー」 「フランはいきなり入って来ないでよ」 と、時間を過ごすこと半刻隔てれば開拓者それぞれが疲弊した中で、それは海面に出現した。網の塊だ。つまり一回目の漁の終了と、恐らくの戦闘開始を教えた。 「数は思ってたより多いです動いて無いのも……いる？」 いち早く動いたのはファムニスだ。瘴策結界を施し網を裂く前にその影を確認した。同時に漁師達に海面から遠ざかる様にと、丁寧に願い出た。ファムニスと言う少女を信頼したのか、老人共々後退してくれた。 「じゃあ行くね」 漁師達から借りた短刀で、フランヴェルは丸く纏まった網を横に思いっ切り裂いた。なるべく魚を傷つけない様に、その甲斐あってか網と言う皮一枚を斬れたが、同時に貪魚が跳ねて白月へと牙を向け…… 「先制攻撃でおじゃぁ」 ほぼ同時に後方に控えていた忠義の即射で、弓矢が今にも白月に襲いかからんとする貪魚の居る空間を精確に、素通りした。 「失敗おじゃか！？」 「ぐっ……このっ」 逃した貪魚の鋭い牙が白月の腕に刺すも、直ぐに払い落とし一撃をその身に加えた。 「ホーリーアロー！」 次いでリィムナは魔術を紡ぐ、聖なる矢を炉縁魚へと発動した。アヤカシを狙えば、ほぼ命中……のはずが一撃は綺麗に狙った獲物を外して海面を飛んで行ってしまった…… 「姉さん擬態中のアヤカシには効かないよ？」 「………あ、あれ」 「前に姉さんが自慢げに話してたよね」 言い返す言葉も無く、半ば八つ当たり気味リィムナは網の中の貪魚は死滅して行くのであった…… 「ウォォォォ！こっちだこっち」 フランヴェルは本日二回目と言える咆哮を、漁師が逃げて行くのと真逆の方向であげていた……… 声に吊られたアヤカシ達は一斉に彼女へと、目標を定めついて来たのだ。歩行可能な海草人形、飛行可能な炉縁魚とその数は引き揚げた数の大半にのぼる。 「くっ」 背を見せぬ様にと、後退を続けていたフランヴェルにしびれを切らした様に、炉縁魚の群がいっぺんに彼女を襲った。 「うりゃぁ！！」 露出した肌が鋭い痛みが走るも、首に掛けていたフレイムビートを取り出して素早く円を描く。空気を裂く音そして紅に幾つものアヤカシが打ち据え、その鞭の速さ故に切り裂かれた。 鞭の音が止む頃には虫の息ならず、魚の息にもならず殆どが瘴気に還っていた。 「フラン残しちゃダメ！」 言うが早いか否か、リィムナは手を振りかざしフランヴェルの周りに吹雪を作り上げた。フランヴェルは慌てて腕で遮る様に体勢を取るも、パキパキと凍り音を立て崩れる海草人形が足元にいた事に気付いたのであった。 「あはは……ありがとう」 海草人形は滅し残した場合、そこから増殖する厄介者だ。決して強くは無いが、増やしたくも無いだろう。 「姉さんも！網の中にまだ居たよ」 ファムニスの声に網へと再び視線を向けると、一匹……いや一枚、の海草人形がゆらゆらと踊っていた。 どうやら魚型のアヤカシを気にし過ぎて、討ち漏らしていたらしい。 「今一度！三条家、一子相伝の麿の弓使いをとくと見るでおじゃる！」 名誉挽回と威勢良く忠義が声を張り上げて、鷹の目を施した眼光を光らせて海草人形目掛け矢を放つ。 「駄目っ、三条さん」 網の側にいた白月の制止も虚しく、確実に矢の先端鋭い鏃は海草人形を四散させた。 ……すぐさまその欠片が他の海草に乗り移り、新たな海草人形へと増殖してしまうのだが…… 「…………」 「…………おじゃ」 「…………」 「斬る度に 殖える海草の 虚しさよ……字余りでおじゃる」 「片付け、ましょうか」 ● アヤカシを全滅させた事を確認すると、漁師達は浜に戻り残った魚を取り出し始めた。やはりアヤカシの被害は大きいのか、殆ど肉がこそげていたり鱗が剥がれていたりと食物にはなれど、やはり売り物にならないものも多くあった。 「アヤカシも 一網打尽な 地曳網」 その様子を尻尾を揺らし、自らを治癒しながら白月は羨望の眼差しを向けていた。アヤカシが入れど、大量の魚を引き上げる漁師を素直に凄いと思った。何せ彼らはこれが毎日なのだから、更に驚く。 ファムニスは休憩の間に、アヤカシの種類やその名前を後にギルドへ提出出来るようしっかりと紙に記していた。 「アヤカシは 食べられなくて つまんない……と」 「死ぬと瘴気になってしまうからね」 リィムナが一人川柳を考えていると、もう何度目になるかわからない、見知った老人の声が聞こえた。 「あ、おじいさん。何か休んでなかったけど大丈夫？」 「フフフ……我の力など、この歳じゃたいしては出せないからかの、まだ体力は余裕だね」 本当に常と変わらぬ笑みも携えつつ、老人は呟くのであった…… 「美味でおじゃるぅー」 「余程月餅が美味しいんだね♪」 夢中で白月から貰った月餅を頬張る忠義の様子を、楽しげにフランヴェルは眺めていた。先程の戦闘に於いての二回の失敗で顔面更に蒼白の彼が立ち直り、少々ホッとしたのもある。 ● 開拓者達が休憩を終わらせたのは、網を送る船が砂浜に帰ってきてすぐであった。漁師達を含め全員が綱を引いて、先程と同じく砂浜に纏めた網を波打ち際まで上陸させ、ファムニスが結界を唱える。 「海藻人形はいないみたい……けど」 息を切れ切れとさせた漁に参加していた彼らは、肉眼と縄を引いた時の手応えでそれを実感していた。網の上からでも子供程の大きさの、丸く赤いその異形な三匹を理解した。 漁師達も何時も海にいるそれと似通いつつ、この海域ではあり得ない大きさのそれに早々と海から離れる。 その正体に気付き、先頭で縄を引いていた二人はそれぞれの装備品を顔にあてがった。 そしてフランヴェルは近付き網を裂こうと刃を滑らせた、次の瞬間丸い異形つまりはタコ型アヤカシの一匹が煙幕を吹き出し、彼女の視界を一瞬黒に染める。 「くっ、しまった！」 瞳を保護するゴーグルを取り外すし、急ぎ視界を幾ばくか回復するもフランヴェルの頭上をタコのアヤカシは悠々と浮遊し、陸を目指した。 「ファム、其奴は任せたから！」 「僕もそっちへ行くよ！」 リィムナは拳にホーリーコートを施し、白月は飛んだタコアヤカシを追跡した。 「皆の者逃げるのじゃ！」 砂浜を浮くタコアヤカシは、その軟体に似合わずあっと言う間に縄の後尾である忠義を通り過ぎ、逃げ遅れた漁師達へ迫った。 「早く逃げて下さい！」 「あ……足が、うごかね」 ファムニスが新たに声を張り上げ急かすが、漁師二人は足をもつれさせて裸足を砂上で踊らせた。漁師は眼前に迫るアヤカシに、恐怖と言う風船を膨らせ、今にも弾けそうな様子だ。 弓矢をアヤカシへと構える忠義だが、弓の軌道上に漁師達が存在するため、射ることを戸惑い、矢羽根を摘む手を震わすばかりであった…… 「此方よ」 嗄れた声が空間に響く、いつの間にか砂浜に川柳を頼んだあの老人がタコアヤカシと漁師の間に割って入り、漁師の襟首と腕をそれぞれ掴み…… 「その小さな大入道はぬしらに任せたよ」 老人は曲がった背を更に屈め低くし台詞放った次の瞬間、ふわりと漁師達を持ち上げ、走ってその場から逃げた。 場面の消失にも似た感覚。恐らく開拓者の目にも、老人が走っただけの光景は殆ど見えなかっただろう。 無論当事者である漁師達は、何が自分に起きたかも不明であっただろう。 「えい！」 「おじゃ！」 ファムニスの唱えた術は白く光る光弾となり、タコアヤカシの頭を確実にとらえ、悲鳴ともつかない声をあげるアヤカシ。その足には、次の瞬間に忠義の弓が刺さっていた。 「それ以上はいかせません」 タコアヤカシに追い付いた白月は片手に込めていた気を、振り下ろす様に打ち込んだ。 鎧も鱗もないその体は拳の形に凹み、砂浜に叩きつけられた。だがタコアヤカシも最後の足掻きを見せる。忠義に向き直り、口から吐いたもので彼の視界をまたもや黒に塗りつぶす。 「かっ……は」 しかし違う所もあった。先程の黒より粘着性の強い墨弾はまとわりつく様に、忠義に着弾して、お歯黒に大失敗した貴族の様な格好になった。慌てはしたものの、すぐさま近距離で即射を鋳掛け、視界不良の中で見事命中させた。 ファムニスは忠義と白月へと閃癒で素早く回復をして見せ、やがてタコアヤカシは白月の再びの気功波を眺めるのを最期に絶命した。 網の近くではリィムナがフランヴェルの咆哮での誘導後、ただ一人でタコアヤカシと対峙していた。拳に宿る白い光の曲線を描きながら、確実に拳を叩き込み隙あらば、残っていた貪魚を手数の限り屠り続けた。だがタコアヤカシの体力も未だ健在。幾つもの足を獲れたての鯵へと絡ませ…… 「うわぁ！」 真横に飛びすさるリィムナ、その頬は浅く切れていた。後ろを見れば、つい先程タコアヤカシが投げつけた鯵がその脂ののった身をぶちまけていた。 「お魚が、……許さないんだからぁぁぁ！！」 上・下からの強攻撃、そしてトドメのホーリーアロー……きっとタコアヤカシは知らなかっただろう。何故彼女の逆鱗に触れたかを…… ● 海草人形もいなかったこともあり、意外に早々とアヤカシ達は片付け終わった。犠牲になったものと言えば真っ黒になった忠義の顔ぐらいで、漁師に被害もなく依頼を終えたのであった…… 漁師達からお礼と酒場でご馳走になりながら、老人と共に各自の川柳を眺めていた。 「アヤカシの 仕業と指さす 濡れ布団」 「姉さんのここ二週間の言い訳です」 「ちょ、ファム何かアタシに恨みでもあるの！？」 常の様に川柳を一つずつ読んで確認する老人。今読み上げられた川柳に、リィムナは食したなめろうをのどに詰まらせて、涙目で妹に抗議した。 その妹こと、ファムニスが密かにリィムナが羞恥に染まることに胸踊らせているなど、きっと気付くまい。 「次は……寝苦しき 夜にサキュバスを 待ち焦がれ」 甘美な夢を見せるサキュバスという存在に一度会いたいと語り、スッとファムニスを背後から抱擁するフランヴェル。 「もっとも大人しそうなこの子猫ちゃんも、夜はまるでサキュバ……いっったー！！」 無論最後を言わせるまでも無く、真っ赤なファムニスの杖で足を小突かれた。悶絶ぶりから痛みが感じとれる。 「む……川柳の趣旨変わってるでごじゃらぬか？」 「フフ…構わん。…我も任意で頼んでいるからのう、それに楽しいしの」 じゃれ合う女性達を眺めつつ、墨を拭き取った顔に手拭いを貼り付けたままで忠義が呟く。墨を洗ったら施していた化粧まで落ちたため、素顔を見せるは公家の恥と、忠義曰く貴族の嗜みらしい。 「あのおじいさん。何故開拓者であることを、僕達に今まで隠していたのですか？」 白月が麦茶を片手に聞くと、老人は変わらぬ笑みで応えた。 「我は開拓者ではないよ。どうも争い事が昔から苦手でならなかったのでな、素質はあったみたいだけど」 だから先程の逃げ足と怪力があったのだ、と老人は語る。そして何本も皺の折り重なった目蓋を伏せて、こうも呟いた。 「隠していたワケでな無かったが、何かと都合が良くてな……だが、それも終わりだ、もう直ぐ本が完成する」 後数月……自らの入れた冷たい麦茶を手にし、波間から微かに流れる涼風に新たな季節の到来を感じる様に老人は零すのであった…… |
