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■オープニング本文 陰陽師の流韻は最深部に存在する地底湖に水を注ぐ瀑布を、小鬼を倒す片手間で眺めていた。依頼内容は至って在り来たりで村に小鬼が集団で降りて来て困る為に、その巣である洞窟に赴き、退治すると言うものだった。 自分以外は誰も彼も、駆け出しの開拓者だと流韻は前持って聞いていたので、今回彼は殆ど回復役としてこの依頼に挑んだ。此処に来るまでの暗い細道には、見張りと思われる小鬼が僅かに散らばっていたのを討伐しただけの為か、殆ど無傷で最奥部まで到着出来たのだ。 初々しくも自分より年上の開拓者達は、狭い場所から広い場所へ出た解放感からか颯爽と小鬼を消滅させていた。 だが、流韻だけはこの依頼を聞いた時から蟠りを心に抱えていた。小鬼は確かに成り立ての開拓者にすら倒せる雑魚。だが、どうもその襲撃方法はおかしかった。 村への襲撃後の引き際が良すぎる…… 頭がそう良いとは言えない小鬼が、小鬼だけで早々と行動を取れるものだろうか…… ロクニン……ジョウジョウカ。 「あん?……何か言ったか」 一人の志士が声を聞いた。響く声が誰の口から出たものか、他の開拓者を見回すが主は無い。 そして何事も無いと彼が確認し視線を戻した時、目の前に小鬼ではない、それより数倍近い高さの異形が居た。 あにじゃ、もういいのか? その様子を見た小鬼が又一人、肉を骨を、軋ませる様な生々しい音をたてて姿を変えた。志士の青年は事態が理解出来ず、刀すらその本来の意味を失い動かせ無くなっていた。 それは他の開拓者達も同じ、ただ一つ志士との彼らが違えたのはその距離だ。次の瞬間、志士の肩を熱が灼く。血が出る、同時に鎧は砕ける。その場に男は崩れ落ちる…… 「ひっ…………あ、ガ」 刻むのは激痛から来る悶絶か、はたまた謎の存在から自尊心を叩きのめされた屈辱や恐怖だろうか。呻きも叫びも喉からは出て来なかった…… 「いいねぇ、このかお。そそる」 小鬼の姿を取っていた一人のアヤカシが、志士へと近付く。恐らく目的は殺すためではないだろう、今は…… 「マダキヅカナイカ?」 人語を用いるそのアヤカシは笑む。何故小鬼が別のアヤカシに変わったのか、その意味がまだ噛み砕けていない。 感じていた違和感の意味を漸く理解し、後ろ手に符を掴む流韻以外は…… 「にんげんもやるだろう?きにむしろをまいて、なかにようちゅうをおびきよせ……いっきにやきころす」 あれだよあれ、と愉しげに語るアヤカシの言葉に若き開拓者達は、漸く意味を知り全身の血が一気に降りる。語る間も負傷した志士は足で踏みにじられ情け無い声が洞内に響く。 そうだ。ここは筵で、幼虫はきっと自分達なのだ…… 「聞いてない!こんなの知らない!」 「ああああああ」 「っ……ウソだ!」 恐らくこの依頼が、開拓者としての初仕事なものさえ居ただろう。だが揚々と鎧が砕かれた仲間の様子に、自らとアヤカシの実力が雲泥であると気付かされた。 「逃げっ……オレを置いて」 彼らを恐慌から覚めやらせたのは、地べたに這う志士の言葉だった。戦った所で殆ど犬死になる、だが逃亡をすれば開拓者を一人見捨てる結果になる。 それ故か、肯定も、否定も声に出ない。ただ時を無駄に削り、頭蓋の中に滝の鳴動だけが響く。その間にも無数の小鬼達との距離が詰まり始める。 命の終わりの予感を、潰えた後の自ら遺体を、若き開拓者達は頭に描いた。 「な……汝、対応せよ!」 流韻の声が沈黙を破裂させた。術を紡ぎアヤカシ達の背後にある瀑布に向け、粘泥の式を符から放出させたのだ。 半透明な式は滝側の岩壁にぶつかり、多大な衝撃を窟内に与えた。 「逃げて!戻って!」 出来得る限りの声を張り裂ければ、流韻は符を握り帽子を手で押さえ、元来た出入り口へ踵を返す。 変化はすぐ起きた。粘泥によって壁が崩れ、鉄砲水の様に鬼と負傷した志士の間に急激に割って入る。やがて、その水は入り口まで迫ってきていた。 その様子を見た他の開拓者達は流韻に縄で引かれるように続いた。 「オエ、コオニドモ!」 「あまりていこうするなら、そのばでくっていいからなぁ?」 数にして三十匹程の小鬼がアヤカシ達の命令通りに、開拓者達を追い細道に入った。 ●脱落者 直線に考えれば十八丈強の道。だが妙にぬかるんだ地面は中々前へと進ませてくれない。その体感距離はこの洞窟に侵入し、未だ見ぬアヤカシの警戒を行っていた最初の時以上に長く感じる。 「いっ!」 魔術師の開拓者がぬかるみに足を取られて躓く。泥にまみれた長衣が、重く彼の足を引きずる。彼の後ろから、異形の甲高い声が幾つも反響し、それは徐々に大きくなっていく…… 残り四人は足を一瞬止めるが、首を横に振り切る様に前を向き駈けていく。止まるワケには行かない。今はいち早くこの罠を脱出し、ギルドに救援を頼むのが先決だ。最後に開拓者達が確認したものは、来るべきものを避ける為へ洞窟内の高低差のある窪みに避難する魔術師の姿と唸る水音であった…… 日光の明かりが細道を照らす辺り、もう出口に近いのだろう。ぬかるみは無くなり、四人の乾いた足音が響く。この近く先ほどは二つの分かれ道があり、来た方角の壁に目印を刻んだ脇道が…… 「待って、そっちじゃない!」 女性シノビの制止の声がかかる。流韻が振り向くと後ろにいた筈の、秦拳師と志士の二人がいなくなっていた。彼らの足音は遠退き、次いで此方に近付く小鬼の声も減った。向こう側の開拓者を追い、二手に別れたのだろう。 「戻ってる時間、ないよ!」 後数歩で出口なのだ、それを急かす様に流韻は彼女の手を引っ張る。そして真昼の青空見える空へ押し出した。 「ぼ、……ぼくが残った小鬼をやっつける!だから、は……早くこの事をギルドに伝えて!」 小刀を構える流韻は、シノビの彼女に言葉を返させる事なく背を向けた。 やがて一人の女性がギルド受付に息を切らして駆け込み、机に縋りながら助けてと叫ぶのはそれから直ぐであった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
ミーファ(ib0355)
20歳・女・吟
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
御鏡 雫(ib3793)
25歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ギルドを出た開拓者達はシノビに説明された場所に急ぎ向かうと、そこには流韻が洞窟の入口付近の小鬼掃除を終え待ち構えていた。 ● 「巣にある地底湖が、ここと繋がってる。だからここの流れからなら、入れる……かな」 「それだけ分かれば充分だ。そちらが到着次第、先程の合図を頼む」 「う……うん」 「大丈夫だ、若き開拓者の命。そう易々と散らさない」 流韻は地面に鞘で簡易的な図を描きたどたどしくも説明をすると、一人別の道を行く羅喉丸(ia0347)は一足早くその場を去った。急いだ方が良い。化け鬼の攻撃を受けた志士を流韻は確かに見ていた。あの出血量だと急いがないと命が危険だと、羅喉丸を急かす様に見送って…… 「流韻ちゃん、はいっ」 「むぎゅ!?」 振り向き様に流韻の咥内に何かを押し込んだのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)一緒に洞窟についてくる流韻を元気付けようと、梅干しを渡した、もとい食べさせた。 確かに精気は養えた様だが、いきなりの舌を刺激する酸っぱさに流韻がうずくまったのもまた当たり前であった…… 「はい、どうぞ」 流韻の視線の先にはリィムナ・ピサレット(ib5201)がいて、両手に渡されたのは松明と古銭だった。 「ボ……ボクこれ使ったことないよ」 「適当にアヤカシに投げれば大丈夫だよ♪」 イマイチその手の平に乗る金属の効果に不安を覚えつつも、満面の笑みで語る幼い少女リィムナに押され気味に流韻は頷いた。 「さぁ、みんな急ぐのだぁ!」 同じく松明を片手に掲げ、至極緩やかに玄間 北斗(ib0342)が皆に掛け声を放つ。そのもったりした喋り方に似合わぬ程ののっぽで、流韻は圧倒と同時にちょっと男性ながらの複雑さを覚えた。 ●水路侵入 一方羅喉丸は既に水の中であった。潜水用にミズチの水着を纏い、口にはギルドで借り受けた水中呼吸器を、残りの装備は水に濡れぬ様にと油紙で包み縄で身体に括りつけていた。 湖から水路に侵入し、数分が経過した。水流の抵抗もさしてはなく周りは暗くとも、一本道でなのは救いであった。やがて一筋の明かりが羅喉丸も頭上にあたり、そこで行き止まりとわかるとゆっくり浮上した。 「まぁだいきてるよ、あにじゃ。くわねぇの」 最初に耳にしたのは、何とも気怠げな声。視線を追えば体躯の細い異形、恐らく話に聞いた化け鬼だろう。羅喉丸は水音を立てぬ様に岩陰に身を寄せた。 「マダツカイヨウハアル」 「ひとじちとか?ま、しんだらこいつにかわればいい」 油断して助けに駆け寄った開拓者をザクリ、と言ったところだろうか。うつ伏せに転がる志士は、息はまだあるが苦しげな声と装備に染み込み固まった赤黒が、危険性を羅喉丸に教える。 動くべきか否か、今は兎に角装備を整える方が先決か……縄を身体から解き最低限の準備を始めた。そしてそれが結果焦りに繋がる。油紙の包んだ装備品が岩に当たる。水音を巣窟に教える。 聞こえたのは人にとっては滝音に紛れた微かな音、だが化け鬼にとっては意味は大きかった。 「ダレダ」 「でてきやがれ!」 志士に化け鬼が近付く、次いで周りを囲む小鬼達も、迷いなく羅喉丸の足は化け鬼の身体を駿脚によりとらえていた。 「ぐっぁぁ!」 着地の足音がして視線を上げた志士は羅喉丸の背を見た。 「あ゛……た」 「もう大丈夫だ」 優しさを滲ませた言葉と表情で一度だけ羅喉丸は後ろへ振り向く。 「ヒトリデトビコムカ、オロカナ」 あにじゃと呼ばれた化け鬼が、体内の瘴気を自らに収束させる。手を翳すと同時に小鬼が羅喉丸に襲いかかる。 鳴くと叩く。全てを羅喉丸の身体が受け止めきると、一発一発と確実に拳を打ち込む。あっと言う間に瘴気に変える小鬼、だが数が多く焼け石に水。周囲攻撃を使う事は出来るだがあの攻撃は無差別で、志士を巻き込みかねない。 「フン」 「いけいけいけぇ!」 先程の化け鬼がその拳を前へ突きだし、先ほど羅喉丸の一撃を受けた化け鬼も持ち直し、紫の極光を一直線に放った。 その全てを羅喉丸は拳で受け止めた。痛みが無いワケではない、それを証拠に眉を顰める。だが攻撃は受け止めざるを得ないのだ。回避すれば背後にいる重傷の彼に当たっては、自分がここに来た意味が無い。 そしてそれは化け鬼達も理解している。 攻撃は思ったよりは軽いだが、回数が重なれば自分とて危うい。それでも自分は守らなくてはならない。この後やってくる彼等の為にも、と拳の布を握り締め顔の前で構えた。 「どちらが死地に飛び込んだか教えてやろう」 ● ジャブリジャブリ 道中は踝から太腿辺りの水に皆が晒された。特にミーファ(ib0355)は吟遊詩人である彼女の得物はバイオリン。他に懐に横笛を携えているとは言え、主要武器であるバイオリンは湿気には特に弱く、今も尚腰上に抱え道を走り抜いていた。洞窟内を進む途中小鬼と遭遇し、こちらへ対峙するものは御鏡 雫(ib3793)が斬り伏せると実力の差を思い知ったのか、殆どが逃げる。だが逃がして化け鬼に連絡を取られては事と、流韻が古銭を投げつけ地に伏してからアルムが忍刀で片付ける。 やがて北斗と流韻が持つ松明が別れ道を橙色が照らした。 「では行ってくるのだぁ、鉄砲水のせいで地盤が変化してるから、くれぐれも注意して欲しいのだぁ」 「ん……もっと良い方法あっただろうね」 「流韻さんを責めてるワケじゃないのだぁ〜!君は頑張ってるのだぁ」 「う……うん」 鉄砲水の元凶である流韻の落ち込みに、思わず慌てる北斗は人の良い笑みで少年の背を軽く叩いた。 「開拓者の皆さん大丈夫でしょうか?」 不安そうに呟くミーファ、彼等はきっと今とても心細い筈早く側へ行ってあげたいと俯き気味に呟く。 「おいらたちでみんな助けるのだ!」 「そうよ、あたい達が頑張らないとね」 やがて北斗は別れ道を入って行き、一つになった松明の光が揺らめいて残りの全員を照らし出した。 「行こう、この先滝も近くなるから水も深くなるかも……」 「その前に横穴だと思います。アヤカシらしき声が聞こえます」 超越聴覚を使い手を耳の裏にあてて、ミーファは聞き分けた音を正確に伝えた。と、ここでにこやかな笑みで流韻の服を引っ張るのはリィムナで、その引きの強さに流韻も顔を下げて応えざるを得ない。 「ねぇー流韻さぁん、溺れたら困るから深い所はおんぶお願い♪」 「え……なんでボクなの」「お・ね・が・いー」 リィムナの二度に渡るおねだり(と言う名の脅し?)に なすすべも無く首を縦に振る流韻であった…… 別れ道を松明を手にひたすら北斗は進む。何か開拓者達が痕跡を残してないかと、側面に暗視を施した目線を送るが水が這った後の為か、綺麗に洗い流されていた。 なるべく後をたてぬ様にゆっくりと足を地に落とし、道なりに進むと声が聞こえた。異様に裏返った男性の叫び声が、壁を反響して北斗まで伝わった。この先に居る。そう確信して北斗が進んだ直ぐ先その光景は目に入った。 見えるのは沢山の小鬼に、足を負傷しつつ得物で応戦する姿が一人あった。だが助けを呼ぶ声は彼の口からではない。北斗はその意味を理解し同時に臨戦態勢に入った。 「たぁ!」 幾つもの鎌鼬が小鬼を背後から切り裂く、全ての小鬼が一斉に瘴気に帰ると急ぎ開拓者の一人に近付いた。 「そそそこだ!」 志士が指さすのは彼の真後ろに位置する場所。其処は暗いとわからないが、崖になっていて屈んでのぞき込むと、離れた所の岩壁にしがみつく、泰拳士の姿を北斗は認めた。 「も……もう手が持たない!」 「今助けるのだぁ!!」 用意しておいた麻縄を取り出し、岩壁を手で弄った。少しすればナイフが刺さりそうな壁を見つけ、縄を刃に通してから壁に固定した。 「それに掴まって。今引っ張り上げるのだぁ」 泰拳士の合図と同時に、手伝ってもらいながら縄を引いて行く。そして上半身が見えた所で、北斗が手を握り締めてついに窮地を脱したのだ。 「ハァハァ……ありがと、もう死ぬかと」 小鬼に際まで追い込まれ、足を滑らせたと言う。もし後少しでも遅れれば、暗視ですら底が見えない崖だ彼の命は無かっただろう。泰拳士の男性は目に涙すら貯めて、その場にへたり込む。 「とにかく、みんなで一回外に出るのだ」 足を負傷に引き摺る志士に、完全な戦意喪失をしている泰拳士。二人を連れて奥に進むのは幾ら何でも酷だ。 奥に向かえない悔しさを内に抑え込み、北斗は志士の肩を持ち上げて支え、別れ道を戻るのであった…… 北斗が二人を助け洞窟の脱出に向かうその頃、アルマは他四人を先に行かせ横穴へと歩を進めた。 「あちゃー」 そして松明の光が遠退いてから気付く、光がなにも無い。しまったと思いつつも進む意外に道が取れぬ為、そのまま手探り状態で進むと炎の光が目的地に灯っていた。 溝の一つに足をすくわれながらも、ずぶ濡れながら片手に松明を持ち、傍らの小鬼を杖で攻撃する魔術師の姿を見た。まだアルマにはアヤカシも魔術師も気付いていない。横笛を取り出し、足下の水音をなるべく出さぬ様に歩いて近付き、範囲内に魔術師が来れば唇を笛にあてがい、精霊の唄を奏でた。 「な……なんだ?」 研ぎ澄まされた音が辺りに響き渡り、呼応した精霊が魔術師に活力を与えた。 音の正体に気付いた小鬼は、其れを敵と感知し一斉に振り向き、アルマに殴りかかる。 「イタタ」 笛から口を離して、アルマはそう言うものの、殆どの打撃は避けてしまった為当たってはいない。かすり傷と言った具合だ。そしてそこに復活を果たした魔術師が杖を大きく振り上げ、そしてあっと言う間に片は付いたのだ。 「大丈夫?」 「ああ……」 「僕この後アヤカシの巣に行くんだ、魔術師ちゃんどうする?」 幸い瘴気感染などは無く、傷も先程の唄のおかげか塞がった。それに、狐の神威人の少年だけを行かせるのは、年上としての面目も立たない。 「着いて行こう、多少力になれば」 すっかり濡れた衣の裾を絞りながら、魔術師は確かに頷いたのだ。 ●時は満ちた…… アヤカシの巣では、羅喉丸が攻撃を防ぎ続けていた。経験の無い開拓者が力を合わせてアヤカシを退ける様に、雑魚と言われるアヤカシであっても沢山居れば、経験豊富な開拓者をよろけさせる事も出来る。 今がまさにその状況だ。 大分時間が経った気がすると思い、ふと羅喉丸が天井を見上げると天井に貼り付く一つ目の半透明な水色の粘泥が、目に飛び込んできた。 その瞬間まるで敵に怖じ気づいた様に羅喉丸は数歩足を退き、首を数度動かした…… 「確認出来た。羅喉丸兄ちゃん、アヤカシに見付かった。けど人質に取られてないみたい……けど早く行った方が良さそう、結構危ない」 アヤカシの巣すぐ近くの場所で、流韻は呟き。ゆっくり目を開けた。 「確かに戦闘している様な音が、滝の音に紛れて聞こえてきます」 後に耳を澄ますミーファの言葉が続いた。先程の粘泥は流韻の放った人魂で、羅喉丸はそれに応えたのだ。 「志士はどこにいたのかしら?様子は?」 「羅喉丸お兄ちゃんの後ろ。けどお兄ちゃんの様子は遠くて詳しく見えなかった……」 雫は何よりも人命を優先したいという一心で、流韻に問うと自信なさげな様子に未だ生命の息吹がある様にと望んだ。医師として先ず彼を何としても救いたかった…… 「じゃあみんないっくよー!」 戦闘準備万端の威勢の良いリィムナの声が、流韻の頭上を通り抜けた。 「いいかげん降りてよ……もう、水終わったんだよ」 自分が合図を出してから、粘泥は直ぐに消失した。恐らく術を解除したのだろう、後の自分の役目は彼らの目を引き付ける。羅喉丸はそれだけを目指した。 「おいおい、まだおわらないぜぇ?」 「……くっ」 後退したことに、自分が怯んだと化け鬼は見たのか徐々に距離を詰める。 「ウォォォォォォォ!!」 「キィ?」 「はぁ?」 声が聞こえた。何だろうかと顔を見合わす小鬼……本来は雫が放った咆哮の筈だったのだが、上手く効果が引き出せず気を引く迄に留めた。 「ナンダミミザワリナ……」 やがて聞こえてきたのは、バイオリンの心地好い響き。ミーファの紡ぐ夜の子守唄だ。船を漕ぎ出す何匹もの小鬼。 「おらぁぁ!」 羅喉丸達に近付いて来た雫に、斬撃を与えんとするも十時組み手の構えにてその片手剣の解放者と言う名前通りに、受け流し開拓者へと足が向かう。 「羅喉丸お兄ちゃん、助けにきたよ!」 流韻は眠った小鬼をかいくぐり羅喉丸に近付いて、治癒符から飛び出た粘泥で彼を治療し始める。 最後に場へ飛び込んで来たのはリィムナ。彼女はミーファが唄を奏でた際に、瘴気で壁を作って防いだ小鬼を見逃さなかった。 「みっけた!アイヴィーバインド!」 灰色の岩から黄緑色の蔓が生じて、一匹の小鬼に絡みついた。 「正体発覚」 大きさは小鬼を一回りほど大きくした程度の別の鬼が、変化を解いてそこに発生していた。 「アークブラスト!」 「痛、暑、痺、痛、暑」 墜ちる閃光は雷となり、化け鬼の頭上へまともに身動き取れないこのアヤカシの身体に爆音と電流が流れる。思い通りに進んだ自分自身の行動に思わず笑みがリィムナに零れた。 雫は志士の様子を見た。出血がかなり酷い。今は何より血を止めるのが先決と止血剤を投与し、残った装備を傷に触れぬよう取り外し包帯を肩に巻いてゆく。 その一場面に出くわした彼は一度だけ軽く会釈をしとから眼を瞑った。呼吸が安定してきた、まさに紙一重と言ったところかと雫は安堵の息をこぼした。 戦いはまだ続いていた。ミーファの重力の爆音が巣の周りを反響し、耳を押さえる小鬼達が続々と倒されていく。 「グォ!?」 「あにじゃぁ!?」 またもやリィムナの雷が化け鬼を直撃。焦る弟化け鬼が周りを見渡すと何故か小鬼達が自らを刺したりと言う奇怪行動を起こしていた。 「間に合ったね!」 「加勢する」 巣の入り口には横笛を携え、小鬼達にスプラッタノイズをかけたアルマとファイヤーボールを唱える魔術師の姿があった…… 「もう一度言ってやろう」 「ナッ……キサマ」 少なからず狼狽していた化け鬼の兄の前には、立ち直った羅喉丸が待ち構えていた。 「どちらが死地に飛び込んだか、教えてやろう!」 彼が放つは秦練気法・弐。何があったなど、きっと化け鬼には見えなかっただろう。だが確かに鈍い音たてる連撃が三度自らに打ち込まれたのだ……その最期は本人すら予想出来ぬほど、一瞬であった。 「義兄消滅」 「あ……あにじゃ」 恐らく彼ら化け鬼の中でも頭目と言ったところなのだろう。 言葉を失った。そして化け鬼達は辺りを見た。あれだけいた筈の駒となる小鬼は、先ほど雫の回転切りが全てを消滅させ……十四つの瞳が全て自分達にしか向いて無いことに息すら失った。 ● 全てを終え暗がりから出てきた開拓者を迎えたのは、誰よりたおやかな笑顔だった。 「おかえりなさいなのだぁ」 |