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■オープニング本文 月も無く、野犬の遠吠えだけが響く夜に一人の青年が橋の欄干側で膝を曲げうずくまっていた。神楽の都の大工、名を神流 佐吉(かんるさきち)と言う。息を荒く吐き吸う事を忘れた様に、面を蒼白としているが、別に彼は酔いに負けて身を丸めたワケでは無かった。何故彼が斯様な状態に陥ったのか、先ずはそこから話を始めよう…… ●裏切りと計画 佐吉が眠りから覚めたのは、初夏にしては指すような寒気が身に触れた為であった。久しぶりの休日近所の童子や連れと、隠れんぼに勤しんでいた。その時佐吉は、草臥れた寺の縁の下に身を潜ませた。だが中々見付けては貰えず、佐吉はその陽気に居眠りをしてしまった。目が覚めた時には日はとうに暮れ、猫の様に四つん這いで、長いこと眠っていた佐吉の身体は動かした痛みで軋む。 (「三好のあんちくしょうめ、置いてけぼりにしやがったな!」) 毒気付く佐吉だが、直ぐとある違和感に気づいた。人の声が廃寺内に響き、そして明かりが頭上に存在するのだ。 「東堂様の決起が露呈した……計画は実行出来ねぇとよ」 「糞!全て水の泡かよ」 佐吉は息を潜めた。人の往来しない忘れさられた廃寺に集まる輩だ、恐らくまともな人間ではない。数にして一人、二人何てこざっぱりした数字で無いことは、素人の佐吉でも察せた。 「ああ……だが他の阿呆な浪志どもが、他の奴らを逃がす為に都で小火騒ぎを起こすと聞いた」 「流石焔暗しのケンの頭ァ、どさくさ紛れにお務めって事っスか!」 頭と呼ばれた男が自棄酒を全て胃に沈め、空の猪口を放った。この男は本名を薪津 兼一(まきつけんいち)と言い。一時期都に火付け盗賊団の親玉として名を馳せた。ある時軽犯罪でしょっ引かれるも自分が焔暗しのケンと知られず、その後浪志隊士になることで放免となり、今に至るというわけだ。 「ああ……邪魔なら、その浪志どもも消して構わねぇ。計画露呈はあの阿呆どもの責……だろ?」 「全くだな」 縁の下は冷たい筈なのに、着物の中に不気味な汗が伝うのがわかる。 頭の中に突如叩き付けられた言葉を無理やりに整理すると、明日何処かで小火騒ぎがあり、それには浪志隊が関わっていて更に今の奴らが動くという状況だ。佐吉をこの場に硬直させるには、充分な情報だった。 やがて時は過ぎる。寺から階段を降りて、集団が去ることが軋む音でわかった。帰り際予定を指示する一人の顔が、提灯に照らされ明瞭に佐吉の目の前に写し出された。 三白眼と言う特徴以外は至って一般的な顔立ちで、とても他の奴らが頭と呼ぶ程の実力を備えている様には見えない。他に探すとすれば、艶やかな濡烏色の羽織りと裾に刺繍された曼珠沙華だろうか…… 「じゃ、俺は見廻に戻るぜ。あまり長居すると、浪志どもに勘ぐられ……?」 (「っ!?」) 怪訝そうな瞳が佐吉のいる階段に視線を向ける。心音が破裂したかの様に、全身が冷える。 「頭ァ?」 「あ、ああ何でもねぇや。それよりテメェら、落ち合う場所忘れてねぇよな?」 「え……どちらの」 溜め息、そしてその目的地までの道順を苛立ちながらもケンと呼ばれた男は教えた。 「まぁ、何があろうと罪被んのはあの無駄に命を散らす浪志どもだからな……クキキキキ」 下卑な男の笑いが辺りに響く、自分はどうやらとんでもない事を聞いただけでは無い、更に沼地深くまで眺めてしまったのかも知れない。佐吉は脳裏にそう描いた。 ●よいと接近 その後佐吉は、辺りから人が居なくなったことを確認して縁の下を脱出し、漸くこの橋へと辿り着いた。この計画を誰かに告げるべき、それは確かだ。だが誰に告げるべきか、警邏に告げたとしても何より証拠が無い。ならば浪志隊はと言うと、浪志が今回の件に組み込まれたこの状況に於いて、浪志がどこまでそれに関わっているか、全くの不明で無闇に口を開けることも出来ない。 他にこの様な困りごとを解決するには、彼処しか無いと佐吉の考えが纏まりかけた、その時であった…… 「おや?明かりも点けず夜道は危険ですよ」 声をかけてきたのは、中肉中背で齢にして三十半ばの男性であった。 「この辺りは破落戸も多くて、結構物騒ですしね」 「まぁ、私達浪志隊がこうやって見回りを行っていますから多少は、……あの顔青白いですが、兄さん大丈夫ですか?」 至極不安げに、提灯を片手に佐吉の顔を男性は覗き込む。その提灯の緩やかな光に照らされ、男性の着ていた『濡烏色の羽織』が艶やかに輝く。 「や……飲み過ぎたようで」 佐吉は咄嗟に口元を覆った。か細く気重な声音を演じて、男は顔と提灯を退かせた。 「気を付けて下さいよ、兄さん。祭が近いからと羽目を外し過ぎですよ」 「では私はまだ見回りがありますので……明日は晴れると良いですね」 言葉には嫌なねっとりとしたものが含まれる様な錯覚を佐吉は覚えた。 しかしそんな事を佐吉が考えたのを、男性は知る由も無く、会釈をしてそのまま橋を渡り終えた。 (「間違いない!……あの野郎だ」) 先程の浪志の男性……通称焔暗しのケンの足音が聞こえなくなったと同時に佐吉は走り出した。ギルドに伝えなければ、彼は今までの心の疲弊が嘘の様に、ただ伝える為だけに足を動かしたのであった…… |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
炎鷲(ia6468)
18歳・男・志
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
黒霧 刻斗(ib4335)
21歳・男・サ
千鶴 庚(ib5544)
21歳・女・砲
春日原 千歳(ib9612)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 その場所に特徴は、と問えば誰もが無いと恐らくは答えるだろう。人気が無い以外には、ありがちな川や林そして洞窟が在るだけ。しかし、そのありがちな風景の中の一つ。あからさまにおかしい、それこそ如何にも人相の悪い二人が洞窟の側に居た。 「あ? ……なんだ失せっ」 その内の一人の声は途絶え、その様子に気付いたもう一人は台詞すら許されない内に地に伏した。恐らくここが目的のアジトなのだろう、今しがた気絶させた二人を見ながら雪切・透夜(ib0135)は思った。隣では同じく共に行動した黒霧 刻斗(ib4335)が二人を荒縄で縛りあげ、猿ぐつわを噛ませ、転がして、その辺りの小屋へと引き摺って行く。 その様子を確認し、草葉から佐吉と春日原 千歳(ib9612)が顔を出した。彼女は今回が初依頼で、何と物騒なものになったのだろうと心で呟く。 「巫女が人に危害を与えても……でも、これってお仕事だから。あの人もたどったかもしれない道……」 自分は今その道を辿っているのだ、覚悟は出来ていたはずなのにと今一度決心を改めた。 「佐吉さん、間違いないですか?」 「ああ……確かに、あの時見掛けた顔だな」 佐吉が気絶した見張りの顔を軽く一瞥して、透夜に頷いた。どうやらこの洞窟こそが、盗賊達のアジトに間違いない様だ。 「此処までの案内ご苦労さまでした。あ、帰りは違う道を大回りで帰って下さいね」 「早めに都に帰って鎮火に参加したいが……鉢合わせは御免こうむるしな」 佐吉は透夜が言わんとしている事を察し、ゆっくりと頷いた。一般人の自分がこれ以上居ても、足手纏い以外の何者にもならない。それ以上に、都の火事が心配だと早足で三人から離れていった。 「行くか、もう他にいないと良いが……」 刻斗は慣れない普段より小振りな刀で、素振りをしながら背に生えた銀色の飛膜を揺らした。 「待たせてもらいましょう……ゆっくりと」 松明を手に、三人は洞窟へと足を踏み入れるのであった…… ● 時は同じく、所変わって神楽の都の町の中。職人達は忙しそうに駆け回り、女性達は常日頃と変わりなく井戸端会議に四方山話。そんな至って平和な光景の中、火消しにとって物騒な台詞を吐く影が一つ。 「この後町で火事が起こる、だから消火の準備をしてくれ」 「つまり、アンタが放火するから消してくれ、と?」 「違う!」 キース・グレイン(ia1248)は困っていた。小火が出ることを伝えようとしたが、どうも話が通じない。当たり前と言えば当たり前。出火前に防げば良いだけの話だ、しかし何処から火の手があがるかもわからず、盗賊が人の動きに感づけば逃げてしまう。 「とりあえず人手の薄そうな場所で、じゃ急ぐんで」 「オイ!?」 火消しが待てと言うのも聞かず、キースは次の場所へと急いだ。 檄征 令琳(ia0043)は予め佐吉にアジトの場所を聞き、その近辺の屋敷や避難場所や経路を確認していた。その一方でこれからの方針を考える。 盗賊は容赦無しに斬り捨てる、だが陽動を行う浪志はどうするべきか……ここで浪志組に恩を売るのも悪くない。符を弄び、どちらに売り出すかを一思案する。 「両方ですかね」 恐らく今の自分は邪な笑顔なのだろうな、と令琳は思うのであった…… ● カンカンカンカン 急いた警鐘の音が町の中で響く、共に聞こえる『火事だ!』の声は炎鷲(ia6468)の耳にも届いた。喧騒の中に不安が混じり、避難経路でもあるこの場所に沢山の足音が生まれる。最低限の荷物を携えて逃げる中、数人が逆方向へ向かう。どうやら浪志達の誠意を蔑ろにした無粋者と見た。 「チョロいもんだ、蛻の空と来た」 「屋敷に押し入りとは、随分とご熱心なことですね」 炎鷲が睨んだ通り、追い掛けて見れば屋敷内に押し入り、まさに千両箱に手をかけるところであった。当たり前の様に動揺する盗賊達、しかし炎鷲には関係ない。鞘の儘の得物を掴みとり、近くに居た一人を喉突きで昏倒、次を鳩尾を狙い息吐かせる間もなく沈めた。 「被害は最小限に。その為には貴方達は邪魔です」 その一言に今まで困惑にしか向かなかった盗賊の視線が、怒りに染まる。此方にして見れば、狙い通りのわけだが…… 盗賊の持つ刃が幾つも無作法に炎鷲の頭上を踊る。しかし焦りもなく、抜き身となった黒龍で押さえ込めば、そのまま力の限り斬り伏せた。肩から腰まで斜めにザクリ。抉られた肉は赤を噴き出し、床一面を染めた。 「こ……こいつまさか開拓者」 盗賊の一人がその意味に気付いて、唇を震わせる。だが炎鷲はそれよりも窓の木枠の外、自らを浪志だと宣言する輩につい目を向けていた。あれも後ほど縛りあげなければ。だがそれよりも今は目の前の盗賊を……と無様に逃げようとした一人を足を引っかけ転ばせ腹を一突き。 「お気の毒ですが、逃がす気は更々ありませんよ」 千鶴 庚(ib5544)も近くで警鐘を聞いた、火の元にも近く上がる黒煙も垣間見えた。 「西に火が回るわよ」 逐一風を読みながら、逃げる町人達に声を張り上げ逃げるべく方向を指で示した。庚は先ず人命の救助をと考えて、子供や老人の逃げ遅れが無いか良く探索していた。 「物取りよ!捕まえて」 近場の問屋から聞こえた女性の声に振り向けば、そこには数人のがたいの良い男が避難経路を颯爽する背を確認した。庚も予め弾こめをした短銃を片手に、急ぎ彼らを追いかけた。 キースは自らを開拓者と前もって名乗り、バラけていた盗賊達に待ち構えた。 志体も無い彼等盗賊は、肩に腰にと一撃を喰らうと、意識途絶えさせるもの悶え動けぬもの、様は違えど拳の餌食になった。 「ウォォォォ!」 ある程度を倒せば、相手も今更になってかなわないと悟り逃げるのだが。即座に近付き、払い抜けを行い手に持つ得物を蹴り飛ばし、すかさず拳布を出して後ろ手に縛り、縄抜けを防止するため指も固く縛り。他の倒れた盗賊達にも、同様に縛り上げる。 「捕縛が五の、取り逃がし二……と」 紙に言葉記すと物陰に置き、呼子笛を道具袋から取り出し、長く、次に短く吹いた。取り逃がしを意味することを、前もって他の開拓者達には伝えてある。剣気を纏い盗賊一人の胸ぐらを掴み上げ、ドスのきいた声で脅す。内容は勿論、他の盗賊のことである。 火災騒ぎから少し遠い場所で、人魂で蝙蝠を作り令琳は見回った場所を確認していた。しかし、盗賊や浪志のそれらしい影は見当たらない。 (「予想を見誤ってしまったのでしょうか」) ただ虚しく、自らの羽音だけが響く中その光景は突如彼の眼に入った。炎をちらつかせる廃寺、そして浪志らしき男が幾人かに囲まれている様子だ。 「ぐっ……止めろ、何を」 「無論燃やすんだよ、頭はでっかい炎がお好み何だよ!」 手に持つ油瓶が火の中へと……令琳もただ見ているワケもなく、現場へと駆け出した。到着して見れば、人魂を解除し背後から呪縛符を行う。 「な?! アア!?」 身体に爬虫類らしき物が絡み付き、動きを止め意識をそれに向けさせる。ゆっくり得物を抜き放ち、近付く令琳は……その直ぐ背後につく。 「いやいやいや『正義の悪党』とは程遠いですね。では、さようなら」 練力を込めた一突きで、事切れるには充分だった。 異様な存在に、盗賊達は蜘蛛の子を…… 「逃がすわけないでしょう?」 令琳が散らさせるワケもなく、符により創り出された眼突鴉が、盗賊達を追尾その柔らかな好物を文字通り突く。 以降は崩れた素人を始末することは造作もなく、わき腹に切り傷を作る浪志に視線を合わせた。 「私は貴方達と戦うつもりはありません。刀を納めていただけると助かるのですが……」 男は一度頷き、鞘へ刀を納めた。 「名前を教えてくれるか」 「檄征 令琳です」 「覚えておこう、そして忝ない」 「おやおや、まだ行かないで下さいね。これだと大火事になりかねないので……それは貴方も望んではいないでしょう?」 指で示した先には煌々と油を注された炎、浪志も良いだろうと頷いた。 破裂音が一つ、倒れる音も一つ生まれた。庚が短銃を片手に駆けながら盗賊の背を撃つ。単動作で手をかざし弾を込め、それを続けて屍を増やした。後一人、路地に入り角に相手が入ると、真正面に短銃を構えた。 「いっけぇ!」 飛び出した弾は、狙い通りに曲がり角に曲線を描き、予想外の弾道に盗賊は地べたへと口付けた。あちらこちらの煙を眺め、庚は町人を火の手の無い方へ誘導し怪我人を離れた場所で介抱した。騒ぎが起きてそれなりに経つ、他の浪志に混じり目的の男も出た頃か……どうか捕まえてくれと心で思った。 ●濡烏色 アジト内ではあれから半刻は過ぎただろう、透夜は洞窟内を探索しておいたのだが。壁掛けの松明が点々と灯っていて、明かりには困らなかった。逆に言えば、奇襲をかけるにはわざと消してしまうと不都合になる。 三人はなるべく影を作らず、壁を背に出来るところに陣取っていた。やがて足音がその部屋に響き渡る、刻斗は息を詰め、千歳は震える手を押さえ込む様に杖を握りしめた。 松明の光に煌めく黒。そして赤く、その地に咲く曼珠沙華。 「一の太刀を疑わず、雷の如く打ち下ろす……タァァァ!」 打ち掛かったった刻斗の肉弾頭にも近い一撃、濡烏色の衣をはためかせとっさに身を捻り、本来の威力を和らげた。 「……これは一体どうしたことですか?」 「三下退治というわけですよ。焔暗し? ああ、自称ですか。つまりは、ケチな盗人でしょう?」 和らいだ口調であったケンが、透夜の一言に表情を険しく眼孔を鋭くさせた。どうやら挑発された暴言以上に、自らの正体が知れたことに警戒色を濃くした、ととれる。入ってきた入り口側に進み経路を阻むと、手加減をしつつ上段の斬りを走らせる先程の挑発が効いたのか、上手くかわせず傷を残す。 「クキキキ、そうかバレてんなら仕方ねぇな!!」 ケンの身体に纏う気が変わり、見切る力を得て、同時に刀を抜き放つ。跳ねながら身を翻して、一撃を透夜に盾で受け止められるも、彼にとっては当たり前のように二撃目を刻斗に与えた。 「くっ……早ぇ」 自ら手番と神風恩寵を唱え始める千歳、そしてケンは一瞥する何を思ったか早駆を行い素早く距離を空け、懐からピストルを抜き、放つ。 乾いた音と同時に千歳の上半身に着弾、弾は身体を通り抜け血が高い胸元を伝い流された。その間に銃弾をケンは装填して言った…… 「ア……あ゛あぁ」 「チッ、一発じゃ仕留められねぇのか。巫女は面倒くさいから早めに始末しておきたかったのによ、クキキキ」 「……なんて奴、千歳さん!」 苦悶の表情を浮かべながらも、千歳は術を自ら、そして刻斗にかけ事なきを得た。透夜は思わず千歳に振り向く。その最中に刻斗は ケンに向かって駆け出す。先程の攻撃かと、見据えて身を低く構える。 「うぉりゃっっ!」 放った猿叫は洞窟の中では何倍も響いて、その風圧にケンも気圧される。駆け足で一歩二歩と、近付く透夜の流れ切りに反応が遅れ腹部に傷を増やした。 「この……っ」 刀を手放し、ケンは再びピストルを向ける。狙いは透夜の肩越しに、だがその的は三人の誰でも無かった。 一瞬で洞窟内の光が弱まった。予想外の出来事に三人の気がそちらへ向けられる。そうケンが狙ったのは壁掛けの松明の火元、可燃部を撃ち落としたのだ。 その一瞬がケンにあれば充分だった、羽織を翻し逃走を試みた。 先程調べた結果、この場所は幾つも似たような部屋が広がる。そしてここは焔暗しのケンのアジトだ。当然だが逃亡されれば彼に利がある。 他に出口が無いとも限らない。 「逃がすかよっ」 刻斗の灰色の刃が、閃光の如くケンを濡烏色の布ごと凪いだ。痛みから地面にのた打ち回るケン。手首に透夜が荒縄を掛けると、漸く目的を遂げたと大きく息を吐き出した。 「町から逃げおおせた奴等が来ていないか、見てくる。千歳と透夜はそれ見張ってろ」 刻斗はそれだけ告げれば、返事も待たず外へ出て行ってしまった。 「あの……自害されたら困るので、猿轡させて下さいね」 「ハァ?馬鹿かテメェ……命あっての物種だ。何より浪志組に元より義理なんざねぇんだよ」 千歳の言葉にそれこそせせら笑う様に告げるケン。 「クキキ……計画の邪魔されたんだ、せいぜいお役所に情報を……イダダダ!」 その言葉は止血を行っていた透夜に遮られた。傷口に指が引っ掛かったのは、誰が見ても故意であったのだろう。 ●予期せぬ裏切り アジトの件が終わった頃、町中の盗賊達は殆どが狩られたたか、或いは役人に引きずられていた。火事の方もキースの言葉を気にした火消しのおかげか、大事になる前に消火を行えた。 一通りの盗賊を片付け終えた炎鷲は、水龍刀を手に先程の浪志を探していた。 「同志よ!後は頼む!」 水音と悲鳴が橋の側から聞こえて、駆けつけると恐々とした町人が一斉に欄干の下を指さした。川堀に浮く人間、その首筋には自らで脇差しの刃をあてた痕跡があり、血は水に溶けていた…… 「決死の覚悟、ですか。その心意気は素晴らしいですが、そういう人間の相手は厄介な事この上ないですね……」 別の場所では令琳が、鍔迫り合いを若い浪志と行っていた。先程と同じ様に接するも、応えはこの通り。 「我らは始めから死ぬ覚悟、オマエも道連れだァァァァ」 「チッ、死を覚悟した目をしている人と死合えないのは面倒ですね」 「ウォォォォッッ!」 同時に囲んでいたキースの咆哮が地を揺らし、思わず浪志は振り向いてしまった。 「離れてっ」 令琳はここぞとばかりに、浪志を押し返し真後ろに飛んだ。ほぼ同時に庚の撃った宝珠銃の一撃が浪志の腕に埋め込まれ、得物を取り落とした。 「ぐ………ふぐっ、んん」 すかさずキースが拳布で口を塞ぎ、抗うかの様に刃へと彷徨う手を掴みあげ縛り上げた。それでも振り解こうと躍起になる若者を、三人がかりで完全に戒めた。 「ありがとう助かりました」 警羅と思わしき人が、開拓者達と浪志を見つけ三人に礼を述べた。 「よもやこんなことを仕出かすとは……だが残念だったな、東堂様は自ら投降なさったぞ」 「!?」 今までどれだけ戒めても、動きを止めなかった浪志が停止した。 言われた筈だった。時を待て、とその為ならばと命を散らすことの覚悟も出来た。だが無駄であったのだ、志は疾うに潰えていた…… 「お気の毒……ですね」 「っっ…………」 しとどと頬を涙が濡らし膝をつく、声に鳴らない慟哭が安堵に包まれた神楽の都に響き渡った気がした…… |