アメちゃんと翡翠
マスター名:月宵
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/16 07:03



■オープニング本文

 太陽が東房の或る町に光を閉ざしてから、一刻程の屋敷内にて、若き主の永瀬 新八はある事件に遭遇した。顔から血の気を失い、無い無いと、念仏唱えと自ら私物の箪笥の引き出しを引っこ抜いていた。
 散乱する引き出しの中身である筆や書類に、眼鏡入れと、無造作に彼の私物が畳へとばら撒かれていた。それ程にひっくり返しても、目的の物の輝きは見当たらないのだが。
 新八が探していたのは明日、日帰り旅行の最後に愛妻への贈り物に、と考えて特注した翡翠の胸飾りであった。
 明日は自分と妻の結納三年目の記念日。舶来物の本翡翠の胸飾りを贈ろうと、大事にこの箪笥の引き出しにしまって置いたのだ。
 だが、ない。忽然と消えてしまった。
 頭を抱える新八は最後に見た記憶を、頭からしっかりと掘り返す。

(「確か昨日の寝る前に確認した時はあった。それから動かして無い……」)

 この箪笥は妻にもいじらせてはいない。使用人にも手を触れさせない……そう言えば、昼頃此処を見た時引き出しが動いていた。確か今朝には、全ての引き出し閉めて仕事に向かった。ふと、箪笥の引き出しを開ける犯人を一人思い至った。隣の部屋からその犯人と思わしき、彼女の笑い声が聞こえる。新八は手鞠遊びに夢中の彼女に近付き、優しく声をかけた。

「なぁ、ゆあよ。……この位のぴかぴかのやつ、引き出しの中に見なかったか?」

「緑のアメちゃん!ど〜こだ?」

 新八の手振りで幼いながらも、彼女は意味を理解したのだろう。溌剌とした小鳥の様な快活な少女の発言。だが新八はその意味を知り、畳の床から墜落した気分を味わった。
 彼女は新八の実子、名前が永瀬 ゆあ。最近ようやっと意味の解る言葉を喋り初めた二歳児だ。
 そして愛娘の最近の彼女の中の流行は、宝探し。宝探しをする、ではなく、させる。つまり適当な物を隠し、そしてそれを皆に探させるのだ。しかも困った事に、隠す場所が屋内とは限らない。

「ゆあ……その飴はどうした?」

「バイバイして、ガランガランしたの!」
「まんまと、お買い物なのそれでパクパクさんがゴーンなの!」

 そう言って愉快そうに手を叩いたゆあに、新八には思わず目眩が発生する。まんま、とは自分の妻の事だろう。だがその後の言葉が全く予想出来ない。
 本翡翠は実に高価だ。何とか貯金を貯めて買ったのだ。消失が妻にバレたら……と、新八の脳裏には三年前の彼女と婚約を決めたその日が、怖々と想い描けた。

「……新八様、簪はどうなさいましたか?」
「鼈甲のだよ……ね、何処かに落としたみたい。すみません!」
「……贈り物を落とした、ですって?最・低です!!」

 バキィァァァッッッ

「ヒギャァァ゛ァァァ」


 …………思い出すのは妻の一言と共に繰り出された、顎下からの打ち上げられた拳だ。意識が暗転しなかったものの、春の砂浜にその身体を埋めることになった。幸いあの後簪は見つかったものの、あの件は危うく婚約が破談になりかけたのだ……

「旦那様?どうなされたので御座いますか」

 その慈愛に満ちた声に新八の肩が跳ね上がる。顔を向ければ、しゃなりとした様子の彼の愛妻、永瀬くるみの姿がこちらを眺めていた。

「いや、明日の準備を……」

「私も楽しみですわ。ですが、御無理の無い程度に留めて下さいよ」

 御辞儀一つ、台所に向かうくるみ。だがその表情は何よりも嬉しげであった。理由は新八にあり、彼は二十五歳になる博打も煙管もしない好青年なのだが。ただ唯一は嘘が表情にでてしまううっかりやなのだ。そのおかげか、内緒の予定の今回の贈り物ももう渡される事を知り尽くしていのだ。渡す場所として砂浜を選んでいることも、お見通しかも知れない。
 だが、肝心の本翡翠の胸飾りはないのだ。何としてでも、胸飾りを見つけださなければならない。しかし夫婦旅行で一緒にと、観光を計画したのだ。くるみと一緒にいないと怪しまれる。彼女は本当に勘が鋭いのだから……

(「期限は明日の巳の刻」)

 逢魔が時と言う時刻だ。今の新八には洒落にならない言葉だと、自分独りで思う。今は味方が一人でも多い方が良い。

「少し出て来るね」

「どちらへお出掛けに?」

「東房のギルドさ、あ……明日のゆあの子守役が必要だろ?」

 明日と言う日は使用人が皆して出払ってしまい、元々開拓者達に子守を依頼する予定であった。その為今から外に出ても怪しくは無い。

「行ってくるね」

「とーと、いってらっちゃ」

 愛しい元凶に見守られつつ、新八は急ぎギルドに駆け込むのであった……


■参加者一覧
雲母(ia6295
20歳・女・陰
薔薇冠(ib0828
24歳・女・弓
呂宇子(ib9059
18歳・女・陰
朱宇子(ib9060
18歳・女・巫
金剛寺 亞厳(ib9464
26歳・男・シ


■リプレイ本文

 翌日、永瀬新八の屋敷内では足音が慌ただしく床に鳴り響いていた。あれはどこやら、これはどこだ、準備の遅い新八にくるみは指示を送る。そして、くるみは娘ゆあの世話をする開拓者達へと語り掛けた。

「だんな様が頼んだ御方がたでしょうか、子守にしては随分と大所帯な気が……」
 その言葉に肝を冷やしたのは、雲母(ia6295)だ。表情には出さぬものの、しまったと呟く。娘一人の世話なら二人いれば充分な筈、それが五人となれば不穏に思うくるみの発言は、ある意味必然だった。いきなり五人で押し掛けるべきではない、この後昨日何処へ行くか聞こうと考えていたが、それでは不信感が積もるばかりだろう。

「ああ、それは依頼人殿に、屋敷の家事全般も頼まれた為でしてのぅ」

 くるみの疑問を仮の形で解決したのは、予め皆の昼間用にと買った食材を手に携えた薔薇冠(ib0828)であった。使用人も出払っているとなれば、この話には信憑性はあるだろうと踏んだ。

「あ、あの今日は昨日お出掛けしていない所にゆあちゃんをお出掛けさせたいのですが、どこがよろしいでしょうか?」

 続けざまに言い放ったのは、朱宇子(ib9060)だ。その言葉にくるみは思考を閉ざし、ゆあをあやしながら応える。

「それなら川原が良いのでは無いでしょうか。今日は日差しも強いですし、浅瀬で水遊びをするには最適でしょうね」

 その言葉にお礼を朱宇子は述べるが、皆の頭の中には『川原はペケ』と言う言葉が、書き綴られたことだろう。
 それから、引き続きゆあの苦手なものや寝る時の注意点など、各自で聞き終えた頃にはくるみの不信感は消えていたのだった……

「じゃあ行くね、よろしく……頼むよ」
「ゆあ、よい子で待っているのですよ」

 緩やかな笑みと慈しみを保って、ゆあへ手を振るくるみと対照的に、新八は瞳を揺らさ開拓者達に訴えかけて来た。
 贈り物を見つけて下さい……と。

「いってらっちゃー!」

 ゆあはそんな思惑など知らず、玄関で徐々に遠退く母と父をいなくなるまで見送るのであった。

 夫妻が去った後、開拓者達は自ら行動を互いに話し合った。
 結果、雲母はゆあと共に市場へ、薔薇冠は屋敷内で家事を、 呂宇子(ib9059)と朱宇子は各寺社へ、金剛寺 亞厳(ib9464)は空き地に出向くことに決まった。

「大事なお人との結納の記念日…
 これは男として、助太刀するのが道理でござる!」

 張り切る亞厳は一足先にとばかりに、玄関を出た。その後から、掃除と洗濯等を行う薔薇冠に見送られ、残り三人とゆあが屋敷から外へ出たのだった。

●おそとでさがす
 亞厳は空き地を眺めた。この場所には隠し場所になる様な所は、本当に見当たらないその名通りの空き地である。材木置き場では朝早くにも関わらず、子供達の笑い声が聞こえ彼はそちらへ歩いた。

「楽しそうで御座るな?」
 亞厳は弾む声で彼等に喋りかける、がいきなり六尺強に近い大人が話し掛けてくれば、やはり怖い。だが亞厳は苦笑いを浮かべながらも、シノビの技を施行した。
「見よ、これが【木葉隠の術】でござる!」

 どこからともなく葉っぱが現れ、亞厳を取り巻く様に舞いを見せる。その術に子供達は声を上げながら拍手をして見せ、そして地面に落ちた筈の葉っぱが消えたことに驚いていた様であった……。それから亞厳への恐れは好奇心の前に子供達から消えた。

「ゆあ殿が緑のぴかぴかしたものを
 持っておったらしいのでござるが、お主らは心当たりあるでござるか?」

 暫し子供達と隠れん坊に勤しんだ後、すっかり雰囲気に溶け込んだところで本題に入った。

「ゆあちゃんって、鳩に餌上げるのが好きなゆあちゃんかなぁ?ピカピカってコレ?」

 一人の女の子が、懐からそう呟いて亞厳に見せたものは……紙に包まれた鼈甲飴であった。聞くところによると、材木置き場で拾ったものらしい。

「残念ながら、探しているのは緑でござるよ」

 他にも聞いてみるが、後聞けた情報と言えば、ゆあが生き物が好きと言う情報くらいであった。



 寺社に訪れていた呂宇子は、隠せそうな岩影や建物の周りを探った後、住職に賽銭箱を探したいと願い出た。

「それは許可出来ませんよ。だが昨日の夕頃に此方で中を確認しましたが、装飾品の様なものはありませなんだ」

 夕頃と言えば新八が装飾品を捜索した時間帯、つまり賽銭箱には入って無かったのだろう。呂宇子は肩を落としつつ、住職に礼を言えば、社の下を屈んで探して隈無く探した。が、こちらも何時隠されたか知れない溶けた飴が出てきただけで空振りであった。
 スカであっても寺社は寺社、両手を合わせ参拝を忘れずに行い、彼女はその場を後にした

 もう一つの寺社を訪れていた朱宇子は、まず最初に予想を付けていた池へと向かった。石に囲まれた有りがちな池で、彼女の膝が沈むか否かほどの浅さしか無いなのだが………

「うーん……どうしようかな」

 思っていたより池の面積が広い。そして悠々と錦や黒の30センチほどの鯉が泳いでいる。足を入れるのに躊躇を覚える状況だった。だが探さない事にはと、履き物を脱ぎ水中に足を浸した。

バチャバチャッ

 ぬるりっ、柔肌にまとわりつく感触に肌が粟立つ。思わず悲鳴をあげそうな声を、鯉を驚かさない様に殺してみるも、水音に餌と勘違いした彼らが異様に群がってきて、底を浚うどころでは無い。
 ここにばかり時間を取られているわけにはいかない。姉さんに任せよう、暫し心の中でごめんなさいと呟く、朱宇子であった……


『ゆあはお魚が苦手なんです。お野菜は大丈夫なのですが、魚はにおいが…』

 雲母はくるみの言葉を思い出して、苦手だからこそ魚を買うため、早速市場へと訪れていた。目的は買い物と情報収集である。今も忍眼を使いながら、ゆあと手を繋ぎ、物陰にそれらしきものが隠されて無いか探っていた。偶に握り締める雲母の手を解こうと、力一杯ゆあが引っ張る。色々と興味があるのだろう、その微笑ましいさに雲母はしゃがんで、円らな二歳児の瞳を見つめる。

「おっと、悪戯っこだなー?」

「私は子供が出来ないからなぁ…ゆあみたいな子がほしくなるよ……」

「やぁ、ん?ゆあ嬢、今日はお母さんとじゃないんだね」

 眼帯に覆われてない瞳を細め、一瞥していれば、まるで此方を見知りだと言う様な、くたけた男性の声が耳に届く。雲母が声の方へと視線を素早く向ける。肩には棒を背負いその端には吊した桶があった。棒手振りの魚売りであった。

「あっちとこっち、パクパクさん!」
「ん?嬢は今日も買うのかい」

 指をさしながらはしゃぐゆあの台詞に、雲母はすぐさまオウム返しに聞き返した。すると棒手振りは頷き、背を傾けて桶の中身を見せた。

「これはあさりか?」
「あっちも、あっちもパクパクさん!」

 棒手振りの返事も待たずゆあは指を隣の桶に示した。片方にはあさりが口を開け、もう片方は生きの良い魚が口を開閉しながら、桶を泳いでいた。

「こっちは鰆よ。まっ、ゆあ嬢からすると両方パクパクさんかな」

 どうやら『パクパクさん』とは大きく口を開ける生物と言う意味らしい、雲母は次いで質問した。

「お前、ゆあが光る緑色の物を持っていたのを見てないか?」

「ああ、あれかな?」

 棒手振りが売り物を一度地に置くと、懐を探り出し拳を握って取り出した。勿体なくて、まだ食べてないと彼は告げて。拳を開くと緑色の飴玉が存在した。少々誇らしげに、ゆあから貰ったと一言添えて。

「そうか、その……鰆貰えないか?」

●おひるごはん
 一方その頃、薔薇冠は台所に立っていた。窓の外からは先ほど干した洗濯物がそよぎ、味噌汁とご飯炊き上がりの甘い香りが台所に充満していた。味を整える為、棚から調味料を探し彼は巾着袋を発見し、一つだげ異様なその姿に中身を確認し、そして頷く。

「ただいま、帰ったぞ」

 雲母が買い物から帰ってきたことを知り、玄関まで薔薇冠は迎えに行く。手提げ片手の雲母その逆手には、ただいまと言いながら、うつらうつらしつつ、手を握り締めるゆあの姿があった。

「場所をかわろうかのぉ、さてゆあちゃん。こっちへおいで?」

 薔薇冠は雲母からゆあを受け取り抱き上げる。居間へ入るのを見送った後、雲母は台所に向かう。すぐさままな板の上に新鮮な鰆を乗せ、自前の山姥包丁を光らせたのであった……
やがて一人二人と開拓者が屋敷内に帰参し、全員が揃った頃には時刻は子の刻になり、昼食にしながら情報を整理することにしたのだ。

「つまり、ゆあ殿は動物が好きで、良く鳩の餌を空き地でやっていたので御座るよ!」
「それは良いのじゃが。おぬし、屋敷内の米を無くすつもりかの?」

 薔薇冠の呆れにも似た声にはたと亞厳は気付き、箸を止める。因みに既に三合の飯が胃袋へ消えた。すまないと謝罪をするも、作った飯が美味い為と言われれば作り手は悪い気はしないと薔薇冠は笑む。自ら作った卵焼きやほうれん草のおひたしへと自然と箸が進む。

「どうやらゆあちゃん、お魚気にいった様ですね」

 朱宇子が微笑む先には、良くほぐされ骨もばっちり抜いた鰆の煮付けがあった。それを美味しそうに口に運び、頬張る。もう少しで一切れ完食しそうだ。

「池。ちゃんと調べられなかったのね」
「う……鯉が多くて、底が殆ど見えなくて。ごめん姉さん」

 しょげる朱宇子に、構わないと呂宇子は首を振った。そして雲母からは先程のパクパクさんの意味を皆は聞いた。その時の様子を微笑ましげに喋る雲母に、周りがおっかなびっくりしていた事に本人だけは気付いていなかったが。更に、机の一つに薔薇冠が先程の巾着袋を置く。

「台所に置いてあったのじゃが、これは鯉の餌じゃ。封を開けて一日経ったか経たないかくらいの……の?」

 薔薇冠の一言で行動先が決まった。
 パクパクさんとは口を大きく開ける生き物。ゆあは動物が好きで、餌付け等も行う。封の開いた鯉の餌。 ここまで真相への分かりやすい矢印があるだろうか?
 どうやら昨日ゆあは、鯉の餌付けをしに池へ行った。亞厳と呂宇子は池のある寺社を先ず目指し、その後別の場所を探す事に決めた。


 好評であった、雲母と薔薇冠の作った昼食はあっと言う間に全ての器が空になり。その後呂宇子と亞厳が胸飾りの探索にと、再び外へ出て一刻程経った頃の事。薔薇冠にあやとりを見せて貰っていたゆあの拍手は、最初より弱まってきていた。これは勿論飽きた為では無い、睡魔による攻撃の為だろう。

「どれ、そろそろお腹が満腹で眠くなってきたのではないかぇ?」

「ねんねしなーい………………」

 言葉では否定するゆあだが、身体の方はとても良い子に薄い布団に寝転がっている。朱宇子が近付いて小さく丸まった背中に、手を添えると、一定の調子を取って軽く叩きながら、うろ覚えな記憶から子守歌を口ずさむ。
 ゆあの瞼は叩かれる微動に合わせて下がっていき、寝息がつやつやした唇から漏れるのも、それから直ぐであった。

「あとは、首飾りを見つけてくれるのを祈るばかりじゃて」

 薔薇冠がゆあの額に掛かる前髪を払って、小さな額を撫でながらそう呟いた。



寺社に踏み入れると、鐘の音が深く亞厳と呂宇子の耳の中に刻み、迎え入れた。池の側まで寄り、呂宇子は岩場と水面を交互に見やる。沢山の鯉、一ヶ所に集めた方が賢明だろう。

「では、行くで御座るぞ?」

 亞厳が先程の昼食に出た白飯をここまで持ってきて、池へと飯粒を数度放った。波紋が生まれるか否かの時間で、鯉は集まってきた。 数匹、何てものではない。 幾重にも積み重なる鯉は、まるで色とりどりの鱗にも見える。亞厳が鯉の気を引いてる内に朱宇子が、狩衣の裾を捲って履き物はそのまましゃがんで水中を手探りで探し始めた。
 鯉の居なくなった池の底は澄んだ水で、はっきりと鯉と負けないほど様々な小石が並んでいた。

ジャラジャラジャラ

 呂宇子は一つ一つを指先で確かめる。だが触れる感触はざらざらで、とても宝石と思えるものは無い。場所を変えて、更に深く手を底に突っ込む。隠したのは昨日ならばここに在れば、そう深くには沈んでない筈だろう、と彼女は読んでいた。

「呂宇子殿、そろそろ餌が無くなるで御座るぞ!?」
 亞厳の声が聞こえる。彼の手元を眺める余裕は呂宇子には無いが、此方へ興味を示し始めた鯉が視線に入ることで理解できる。水が呂宇子の体温を奪い、感覚が無くなりかけた時だった。真正面、澄んだ水の中でも煌めきが鈍らない緑が見えた。其処に手を潜らせて、小石ごと掴み持ち上げた。

「あった!これだよきっと」

 呂宇子の掌の中に小石と混ざり、本翡翠が姿を見せていた。確かに一見して見ると味見をしたくなる程に、飴の光沢と似ている。
「呂宇子殿、拙者が新八殿に届けるで御座るよ」

 亞厳は巨漢ではあるが一応シノビ、呂宇子は快諾すれば、適当な布に胸飾りを包んで亞厳に渡した。

「では確かに届けるで御座るよ」

 走り去る亞厳を見送れば、呂宇子は漸く依頼に一段落ついたと、煙管で一服した後屋敷に戻ったのであった……


 呂宇子玄関の戸に手をかけた時、庭で声がした。彼女はそのまま庭へ向かうと、片手に薔薇の砂糖漬けを持って兎型の式を追いかける、ゆあの姿があった。呂宇子の姿を確認すると、開拓者三人は結果を聞く様に視線を向ける。大丈夫あったよ、その言葉に安堵の色が庭に回った。

「姉さんもゆあちゃん、抱っこしてみない?」

 朱宇子が言葉を放つと、ひょいとゆあを腕に抱いて姉の元へと向かう。その様子に呂宇子は焦る、自分の様な粗忽者が柔らかな童子を扱って良いものだろうか……、だが結局色々なものに負けてそっとゆあを受け取った。
 がくん、その重みに呂宇子は何よりも驚いた、危うく取り落としかけるゆあを胸元に抱く。

「ふふ、可愛い」

 新八は宿の玄関の前で腕を組み、最愛の妻以外を待っていた。後少しで思い出の海外へと歩を進めてしまう、それまでに何とか……
「新八殿!」

 大きな声が新八の頭上に響き、後ろを向くがあるのは開いた扉と植え込みばかり。やがてぬっと大きな手が植え込みから出て来ると、その手から布で包んだ何かを渡された。吃驚して声を失っていた新八だが、中身を確認するまでも無く、笑顔が戻る。

「ありがとう、本当に助かった」

 植え込みに密かに礼を告げると、軽い会釈をして。
「だんな様、何かありましたか?」

 くるみが声をかけると、亞厳は腕を引っ込めて様子を伺う。

「いや?何でもない」
「ならば行きましょうか……新八様?」

 ゆっくりと手を繋げる様にくるみは指先を新八の指と絡め、握り締めれば二人は植え込みの亞厳とすれ違い、宿屋の外へ向かった。

(「夫婦円満が一番でござるよ!」)

 揺れる琥珀の簪を眺めながら、一人植え込みの中、亞厳はこう想ったのであった……