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■オープニング本文 吹き上げる風が桜の枝を強く左右に揺さぶる。巨木の周囲を見回す何者かの姿がそこに在った。 彼女は色素の薄い透けた身体をひねり、視線を花に向けた。 大地を侵すその花は、蔦は、蕾は、着々とケモノを糧に成長していた。 まだ時は満ちない…… 彼女は両手を掲げ、夜の中で宣言する。 「……人間共の叫喚を聞けば、貴方様はまたワタクシに微笑んでくれる……」 彼女の目蓋の裏に映る灰色の四肢。三日月に引かれた鮮血の如き唇。紅玉の様な円らな瞳。 現でただ一度だけ、だがそのただ一度の出来事が今の彼女の総てを構成したと言ってもおかしくない。 (「最期の御姿を見ることは出来なかった。けどそれでも、今再び、その御姿を……ああ……アア」) 禍輪様ァァァァァァァァァ!! ヒトと異なる和音の哄笑が空にかかる。 同時に突風が舞う事で、桜の花弁が彼女の眼下に広がる東房の村々へと、静かに導かれ舞い降りた…… ●花 依頼を受けた開拓者達は、村の中で詳しい話を村長から聞き終えたところ。とある老人と出会い、出発の準備も兼ねて宿で話を聞いていた。 「その依頼を終わらせた後で良い、一句詠んではくれんか?」 とある山の中に在る村から、一つの依頼が東房のギルドにもたらされた。高台にある桜の名所を占拠した、植物型のアヤカシを退治して欲しい、と言うものであった。 この村は山中深くにある為かそうそう人は訪れない。殆どの人が交通の利便性の良い麓の村へと行ってしまう。 しかし、この近辺には知る人ぞ知る、絶景の桜の名所が件の場所であり。春だけ普段は閑散としたこの村に観光客を集めるのだ。 この一行事が村人の生活の糧と言っても過言ではない。 この老人も隠れた名所にて、花見を楽しもうと画策していたそんな一人だ。 だが彼が頼み事は先の依頼内容とは別件だった。 歳にして五十歳程の老人だが、未だに隠居はしていない。 彼はアヤカシについての本を執筆する事を生業としているのだが。今時誰も、やたらと文字ばかり羅列が目立つ本を手に取るものは限られてくる。 そこで彼が選んだものが川柳であった。 彼はアヤカシ退治を頼まれた開拓者達に会いに行っては、色紙を渡し一句を頼むのだ。 今回もまた石楠花の花弁が和紙の間に挟み込まれた、長方形の色紙を怪我をしていない手で渡していたのだ。 開拓者達の不安げな視線を気にしたのか、包帯を巻いて添え木が施された上腕を苦笑い零して見せた。 「ぬしらが心配せんことよ、実は……」 この山の特に桜近辺の森林には、大型のケモノが多く、アヤカシを見ることが滅多にない。この好条件に探究心が勝った老人は、遠くからでも植物型のアヤカシを確認しようと森林の樹を登ったらしい…… そして確認は出来たものの、樹から墜落し左腕関節を骨折をしたのだと語った。 「我ながら…無茶をしたね」 老人はまだ村から近かい場所に居たから良かったものの、運が悪ければケモノの歯牙にかかって居ただろう。 そう叱られおかげで未だ村から出して貰えないのだと呟き、包帯の腕をさすった。 「けどしっかり双眼鏡から見えたのだよ。桜の周りを囲うアヤカシをね」 だがしかし老人のその皺を深く刻む眉間には、納得の色が示されておらず。乾いた舌の根を潤す為茶を含み、開拓者達に次の言葉を告げた。 「恐らくは夜叉カズラの一種、けどの、あのアヤカシがあんな高い所に自生する筈は書物でも見た事が無いのだよ。あれではまるで……」 誰かが手を加えている様な、老人は開拓者へ悩ましげに呟いてから改めて依頼を願い出て頭を下げた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 「巫女の嶽御前と申します。よろしくお願いします」 老人が頭を下げた後に続き嶽御前(ib7951)が挨拶を一同へと送った。老人から改めて桜の樹の側で見かけたものを聞いて、開拓者一同は頭の中で各自情報を整理していく。 一体何故桜の名所を占領したのだろう、リィムナ・ピサレット(ib5201)がそう考えていた所、老人が声をかけてきた。 また頼むね、思い出し笑いをかみ殺した声で彼は呟いた。リィムナは大きく頷いて、任せてと笑い色紙を扇の様にあおいで見せた。 一方で羅喉丸(ia0347)は花見が出来るようにとその一心で受けた依頼だが、関わってくるアヤカシに一抹の不安を覚えていた。だがこれは恐らくいらぬ心配だろう。何せ彼はその眼でしっかり見たのだ、黒いその少女の型が崩れていくのを…… 「まさかな、いや、事前に気づけたのは僥倖か。ご老人、情報感謝する」 こうして開拓者達は村を出て、桜の名所への道にある森林を目指したのだった。 ●糧の森 春の陽気はとても心地良く、木々に茂った葉は幾重にも風に揺れ重なり合う。そこから生み出された音は開拓者達を癒やしてくれる、が。この森林がこれだけの歓迎を彼らにしてくれていても、ケモノ達は違った。 今は未だその姿を見せない。だが神経質な視線が所々から刺さる。空耳にでも呻り声が聞こえて来そうな森林を、開拓者達はなるべく足音をたてず姿勢を低くして歩いた。目指すは老人から聞いた、彼が足を滑らせて墜落したと言う樹だ。 「そろそろ……だよね」 リィムナが二人に密かに囁く、この意味は二つ有る。もう直ぐ桜を確認出来る場所へ到着すること。……同時にケモノ達の警戒心が我慢の天井を越えそうだ、と言うこと。良く老人はこの視線の海を泳ぎきったものだ。 樹が見えた。 大きさは周りの木々とそう変わらないが、その高さは頭一つ抜けている。羅喉丸が幹に手をかけて登って行く。 幹は適度に皮がかさついていて、足を掛けるのには丁度良い。そして枝はしなる割に、折れにくく太いことを触れて実感した。あっと言う間に枝を伝い彼はてっぺんまで登った…… (「教えてくれた二人には、本当に感謝だ」) 実の所村長と老人二人に聞いた場所は一致していた。誰にも情報を仕入れず森に入って、この樹を見つけた老人に恐れいるものだと羅喉丸は別に思った。 懐に入れて置いた望遠鏡を取り出し、レンズを覗き桜の樹へ視線を合わせた。 一方で二人はその頃、ケモノに囲まれていた。今度は空耳では無い呻り声と、殺気にも似た視線が二人にまとわりつく。 ギュグォォォォ やがて熊が一頭草むらからリィムナへ飛びかかってきた。彼女は杖を自らの二倍ほどある体躯に得物を向けてこう唱えた。 「アムルリープ!」 薔薇を模した石の飾りより熊の方へ光が刺さる。頭部を貫通すると、やがて熊の瞳には瞼と言う幕が降り。地響きをと共に体を横たえいびきをかいた。 その隙を突いたか、猪がリィムナに突進をかけようとする。この状況動くのが早かったのは嶽御前だ。 霊刀「カミナギ」を手に猛進する猪を彼女は迎え撃つ。身を低く、狙う。 腹に軽く打ち込んだ力を弱めた霊刀は棒切れに近かったが、それでも突進するケモノ自体の力も借り、猪を気絶させた。 そこへ羅喉丸が木立から飛び降り、猪の前へ着地しどうやら戦闘は終わってしまった様だ……と、熊のいびきを聞いて察知する。女性二人に畏れおののいたのか、ケモノ達の気配が無いことをを眺めて今し方、彼は再確認した。 その後三人はケモノ達と無駄な争いを行うことなく、岩肌を登って目的地まで後一間の所まで来ていた。羅喉丸の望遠鏡から映し出された情報を彼女達に教えつつ、各自装備を整えていた。 「桜の樹、その上空を旋回していた影があった。恐らく以津真天だろう」 ゴーグルを掛けながら、見てきた様子を土の上に簡易に記した。嶽御前は頷きながら、布にヴォトカを湿らせ、嶽御前は全員に配布した。 少しでも毒を防げればと言う、彼女の思いだ。 そして彼女は羅喉丸の情報を更に詳しくする為、瘴索結界「念」を行った。 「ねえ嶽御前、何があった?」 仄かに身体を光らせる嶽御前に、リィムナは貰ったヴォトカ付きの布を口元に巻きつつ聞く。時折、噎せたように、うえっ。と彼女の声が聞こえるのは酒の香の影響だろう。 嶽御前は指折りアヤカシの数を数える。上空の五匹、一匹見あたらないが以津真天だろう。 「……なんなのじゃ、これは?」 嶽御前が感じるのは不確かな何か、恐らくアヤカシなのだろう、だが。実体が妙にぼやける。完璧に知覚出来ない何かが…… 「先程に木を登った時、その場所に水溜まりを見たな」 羅喉丸がそう口にした、あんなところに何故。しかもこんな物があったとは、老人から聞いていない。彼はアイスソードを確認しながら、考えていた。今のこの装備、それはあの時に飛鳥原で死闘を繰り広げたあの装備と同一のものだった。 似たような予感はリィムナも感じていた。植物系アヤカシと飛行系アヤカシの組み合わせは、あの彼女が良く行っていたものと似ていた。 裏には何かがいる。 「行きましょう。まだ此方には気付いておりません」 市女笠を手にし嶽御前は二人に話しかけ、いち早く歩を進めた。 ●最後の狂信者 一行は目的地に辿り着いた。桜の大木が中央に堂々と待ち構え、快晴の空も相まって絶景と言うに確かに相応しいものだった。 ただ数ヶ所違うのは、大地は紫の夜叉カズラの蔓に覆われ、水溜まりが存在し、上空を以津真天が飛び交うことだろう。 そして桜に近付くにつれ、更なる異変に気付く、水溜まりだ。正確には水溜まりだったもの、が正しい。 1.5丈強の大きさにもなるそれが突如浮き上がり、丸く透明な幾つもの触手を持つ。何とも場違いな水母がそこにいた。そして頭の上部には姫とすら思える愛らしくふくよかな女性の姿があった。無論肌の色は半透明で、向こう側の桜が透けて見えるが。 「人間共、卑怯だ! ワタクシはまだ花粉を撒いてないのにィィ!!」 アヤカシが手を花園に向けて見せる。そこには四肢に絡みつかれ食されるケモノの姿があった。リィムナはある事に気付く、そのケモノは先程自分が眠らせた先程の熊であった。 迂闊だった。恐らく先程いなくなっていた以津真天が恰好の餌だ、と持って来たのだろう。 「一体ここで何をするの?」 リィムナの問いに彼女は何でも無いように応え抜く。 「ココから花粉をバラまく、上手く風に乗せれば下の村に届くのよ……この花の花粉には人間共を狂乱させる効果があるの」 「何で、そんなことを?」 「だって、沢山の人間共を恐怖に陥らせれば禍輪様はまた微笑んでくれるの!あの御方の笑みをまた見れるなら、何だってする」 アヤカシの彼女の瞳はとても澄んでいた。本当に信じているのだ沢山の人間を苦しませればまた、禍輪公主が復活するのだと…… 「禍輪公主の配下か、ならば俺も名乗ろう」 「この場所を渡しはしない。ワタクシは黎燕、ただ禍輪様を慕う一人の配下!!」 その声に意志を羅喉丸は感じとった。いつか感じたあの時と似たものを、だからこそ矢尻を黎燕に向けて。彼は言い放った。 「飛鳥義士が一人、拳星、参る」 「全力で行くよ!」 二人が黎燕に応える中、嶽御前は神楽舞「護」を施す。彼女の舞は精霊の加護をより強く二人に与え、鼓舞し過ぎた気持ちを和らげる。 『のろえのろえのろえ』 「くっ……」 黎燕が何かを紡ぐ、それは人の音域では聞き取れない。だが其れは確実に羅喉丸に呪を刻んだ。 次いで黎燕は以津真天達に合図を送る、空駆けるアヤカシは一斉に開拓者三人の前に滑空してくる。 羅喉丸は真正面に向かう一匹に弓の狙いを定める。 何よりも奴らの瘴気汚染が脅威と考えた結果だ。 指を矢から外すと、当たり前に真っ正面の以津真天へと飛んでゆく。 ギャ。 短い以津真天の嘶きに鱗を抉る一撃が決まる。そこにリィムナのアークブラストがアヤカシの頭上に、決まる。先ずは一匹を瘴気に帰した…… 嶽御前は狼の小楯を手に以津真天の鋭い爪から、防御を固めていた。耳元から聞こえる幾つかの嘶きに、口を噤む。 「邪魔をしないで、禍輪様に明日を……、明日をあげてェェェ」 黎燕は台詞と共に宙に指を撫で上げる。その瞬間、詠唱を終えたリィムナへと向かう半透明な刃。小さな身体をそらして、何とか回避した。リィムナは目の前を通り過ぎた一撃を見て考える。……当たれば致命傷な程威力がある、と。 ギィィ…… また一匹、一匹と羅喉丸は以津真天を的確に矢で撃墜していく、嶽御前を背に彼女を守るを取りながら、着実に。 キイ゛ェェ。 「来ますよ!」 以津真天が毒の風を生み出し、矢を補充していた羅喉丸へと吹きかけた。直撃に近いそれは、先程の呪いを受けた躯に激痛を加える。思わず顔をしかめるが弓矢の番は変えず、飛び交う以津真天を撃つ。 その後ろで嶽御前が羅喉丸の異変に気付き、霊刀で応戦しつつ傍らに行き。解毒を行った。身体を巡っていた嫌なものが取り除かれるのが、羅喉丸の和らいだ眼力を見れば明らかだろう。嶽御前に礼を述べると自らを回復する為、生命波動を行い傷口を塞いでいく。そして、こう呟いた。 「毒の風 備えなければ 危うきかな、……だ」 全くだ、と嶽御前は頷きつつ、再び舞を彼に施した。 「うぐっ……これで終わり!」 リィムナは以津真天の鉤爪を回避し続けたが、最後の最後に脇腹に嘴を突っ込まれ。そしてほぼ同時に雷を撃ち放ち、以津真天の絶命を確認してから膝から崩れ落ちた。上空のアヤカシの姿は抹消された。だが傷の深いリィムナに夜叉カズラの蔓が這い寄る。このままだと花粉の餌食になるのも、時間の問題だ。 「ハァッ!」 武器の入れ替えに初動の遅れた羅喉丸を余所に、嶽御前の刃が蔓を断ち切った。 「花に触らないで!!」 黎燕は巨体を移動させて嶽御前に接触する。幾百とも見える触手が彼女の身体に触れ、黎燕本人は首に手をかけていた。 「禍輪様は水底で瀕死だったワタクシに、水面に微笑みかけてくれたの……」 「……うっ……か」 「それがワタクシの総てになった」 喉を締める透明な腕の力はそう強くない。しかし徐々に嶽御前の身体は力を失いつつある、視認出来ない力。俗に言う練力が触れる触手により奪われて来ているのだ。 「りぃ……む、な」 符水入りの瓶をリィムナに投げ渡す、小さな彼女の手に渡ると急いで使用した。 動きに気を取られた黎燕の隙を狙い、嶽御前は胸元を切りつけその勢いで、首から手を外させた。悲鳴に近い声をあげて仰け反る黎燕。そこに羅喉丸の鈍い一撃が、腹に入る。 「ホーリィ……アロー!」 完璧に体勢を崩した黎燕へと光が追尾し、気力が込められたらリィムナの魔法は彼女を抉る。 「もういっかい!」 二発目は彼女の背へぶち当たる、殺気立ち目を鋭くさせ先程の一撃の刃をリィムナに与えようと手を翳し…… 「氷雪よ舞え、乱れ剣舞六連」 「ッ!?!!」 羅喉丸の乱剣舞が、斜めに次いで真横一閃に冷気を放つ剣が黎燕を刻んだ。巨体が倒れ、凍り付き始めた所はやがて崩れる……だが彼女はそれでも敬愛したその名を口にしていた。 禍輪様……禍リンサマ………ホホエミ…… 開拓者達に一切眼を向けることなく、彼女は文字通り桜吹雪の中溶ける様に散った。無事怪我を治療したリィムナは、後片付けかと呟いて。残った植物アヤカシにホーリアローを撃ち込む。 人語ではない断末魔があがる様子を羅喉丸は遠くで眺め、また一句呟いた。 「毒花や 動けぬ姿は 哀れか、な」 ●桜の下で 「尻叩き 禍輪公主も 泣いちゃうよ」 全ての作業を終えた開拓者達は植物アヤカシ型の居た土壌を、ギルドに羅喉丸が頼み調査と浄化をして貰っていた。禍輪公主が地中に瘴気を残し魔の森を構築すると言う、アヤカシを用いていた為だ。 今の所その形跡は無いので、少々離れた場所でアヤカシがいなくなったことを確認し川柳を依頼した老人が登ってきた。 彼の携えた玉露を貰い、各自が書いた川柳を発表していたのだ。 そして今老人が受け取って呼んだ句はリィムナのものであった。 「未確認情報だけど、禍輪公主も先輩アヤカシから尻叩かれたんだって」 「それは中々面白い情報だね。われも本当か確認したいものだよ」 からからとした笑いを醸し出す負傷気味の老人と少女だが、実に楽しげであった。 「どう思います?先程の話……」 大岩の一つに座り嶽御前が、向かい側の羅喉丸へ問う。黎燕が禍輪公主について述べたものだ。手配書で彼女の情報を流し見たことはあるが、とても他人へ微笑みかける。などと言うことがあるのだろうか、と疑問に思った。 「水面の花を見ていた、と言うなら分からなくもないが。……何にしろ、これで本当に終わったんだな」 玉露の苦味を舌から喉へ転がし、羅喉丸が大きく息を吐いて伝える。 飛鳥原を求めた少女。その少女に総てを捧げ、最期は変わらぬ狂愛を持ったまま散った姫。 ただ数人の開拓者だけが知った一幕が今漸く降りる。 それを知らせる様に高台に吹き上げたられた。春に似合わない冷たい風が皆の頬を撫でた…… |