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■オープニング本文 ● 誰かが言った、皇女を乗せた船が一隻では集中的に狙われて万が一の事も有り得ると。 また別の誰かが言う。 ならば囮船を用意するか? しかし囮船を用意したところで反乱軍の手の者が潜んでいないとは限らない。用意した囮船は結局無意味に終わる可能性も充分にある。 すると、また別の誰かが言った。 どの船に皇女が乗るかは本人に任せれば良い。本人と、彼女が信頼を置く付人以外にその所在を知る者が無ければ外部に知られる危険性は限りなく抑えられ、そうする事で警護を任される開拓者達も自分の船に本物の皇女が居るかもしれないという緊張感を持たざるを得ないだろう、と。 そうなれば実力以上の力を出してくれるのではないか? ――それはつまり、ジルベリアから皇女の警護を依頼に来た彼らは、本当の意味で開拓者達を信用していないという事だった。 ● 「ジルベリアの皇女様が、このどれかに乗っているから護れって?」 十七歳の泰拳士、佐保朱音が眉根を寄せて口を尖らせる。 「せめてー、どれに本物の皇女様が乗ってるかくらい教えてくれてもいいよねー」 朱音の妹で十四才の泰拳士、雪花が続けば、ギルドの受付職員・高村伊織も苦い表情。 「結局、私達の中の誰かが敵方に情報を漏らすかもしれないって、そこまで危惧しているのね、あちらさんは」 そうして三人が見遣る広場には皇女を乗せるという船が数隻、ズラリと並んでいた。見た目にはどれも大きな違いはなく、小型船には主に弓術師と銃士(砲術士)が、大型船には龍騎乗の騎士とアーマー使いの騎士が乗船、更に各船には見張り専門の船員も居り相互連絡が複数手段によって取られる事になっている。 それは先に出発した船団とほぼ同様。 当初はそちらこそがレナ皇女を乗せる船だったが、時間を追うごとに皇女を乗せるという船が増えて、一体実際にはどれだけの船が飛ぶ事になったのか。 皇女警護の依頼を受けた開拓者達は任意でどの船を警護するか選び、ジルベリアへの旅路を行く事になるのだ。 と、不意に雪花が素っ頓狂な声を上げた。 「どうしたの!?」と慌てて聞き返した朱音に、本人は目を瞬かせて「あれー?」と微妙な音域の応答。 「‥‥でもあの人‥‥レナ皇女っぽくない?」 「はっ?」 少女の視線の先を追えば、確かに今まさに船に乗り込もうとしている凛とした佇まい、長く美しい白銀の髪。 「えー‥‥? ‥‥イオちゃん、あの皇女様、本物?」 「さぁ、どうかしら‥‥」 さすがの伊織も困惑した表情で、既に視界から消えてしまった皇女らしき人物の残像を思う。 どの船に皇女が乗っているのかなど誰も判らない今回の警護は、非常に困難かつ神経を磨り減らす任務となるだろう――‥‥。 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 無月 幻十郎(ia0102) / 神凪 蒼司(ia0122) / 井伊 貴政(ia0213) / 犬神・彼方(ia0218) / 羅喉丸(ia0347) / 真亡・雫(ia0432) / 奈々月纏(ia0456) / 橘 琉璃(ia0472) / 柚乃(ia0638) / 雲母坂 優羽華(ia0792) / 雲母坂 芽依華(ia0879) / 奈々月琉央(ia1012) / 氷(ia1083) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 輝夜(ia1150) / 巴 渓(ia1334) / 八十神 蔵人(ia1422) / 喪越(ia1670) / ルオウ(ia2445) / 斉藤晃(ia3071) / 赤マント(ia3521) / 橘 楓子(ia4243) / 各務原 義視(ia4917) / 倉城 紬(ia5229) / 神凪瑞姫(ia5328) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 痕離(ia6954) / 浅井 灰音(ia7439) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / 煌夜(ia9065) / 西中島 導仁(ia9595) / 観月 静馬(ia9754) / 八神 静馬(ia9904) / ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962) / フェンリエッタ(ib0018) / アレン・シュタイナー(ib0038) / イェンス・エステベス(ib0065) / ルシール・フルフラット(ib0072) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / レートフェティ(ib0123) / リーザ・ブランディス(ib0236) / ライオーネ・ハイアット(ib0245) / 御形 なずな(ib0371) |
■リプレイ本文 ● 天儀からジルベリアへ渡る四隻の船。 「こんな大船団は興志王の赤光以来だな、おっ、あれが噂のアーマーか?」 「ジルベリアの皇女かー、どんなだろうなー」 八神 静馬やルオウらをはじめ目に映る珍しい物品に多少なりとも心弾ませる開拓者達が顔を揃えた中で、その船上から響く旋律に最初に気付いたのは大型船に乗り込んでいたフェンリエッタだった。 「まぁ‥‥懐かしい音」 フェンリエッタが呟くと、その傍から順に周囲の音に注意を向け始めた開拓者達。大半の者が小首を傾げる中で、その音楽に表情を崩す者達には一つの共通点があった。 「ああ、これは‥‥」 「確かに懐かしいですね」 リーザ・ブランディスが続き、ルシール・フルフラットが微笑めばその傍らで嬉しそうにナイピリカ・ゼッペロン。 「帝国の応援歌じゃの!」 荘厳に、恭しく。 吟遊詩人達に語られるはジルベリア皇帝アレクサンドル・ガラドルフ。十四歳という幼き日、戦場にて父親を失った少年は戦装束のまま頭上に王の証を戴いた。その日からおよそ四十年。国は彼の下で躍進を続けて来た。 王に精霊達の加護あれ。 王のために力を揮う騎士達を導き給え。 我らはジルベリアの民、大帝ガラドルフの子――。 「ふふ」 聞こえる詩に意味深な笑みを零したのは煌夜。 「詩の内容はともかくジルベリアの皇女様の護衛に少しでも関与出来るなんて光栄な事ね」 天儀で過ごした時間の方が長くとも故郷は故郷だと微笑む彼女は胸の前に落ちた白銀の神を手櫛で背へ流す。 そんな彼女の言葉にナイピリカは些か不満気。 「ふむう‥‥本物の皇女殿下ならば、いかにも守らねばなるまいがのぅ」 「何処に本物の皇女がいるかを教えてもらえない事が気に障って‥‥?」 ルシールの問い掛けに「否」とナイピリカ。 「家を飛び出したばかりだと言うに、こんなに早く帝国へ戻る事になったのが面白くないだけじゃ」 はっきりと言い切る少女に「あんたって娘は‥‥」とリーザが失笑。ルシールは困ったように言葉を探す。 そんな彼女達とそれほど遠くない位置で剣を携えていたのは、彼女達と同じ騎士であり同郷のアレン・シュタイナー。 「皇女の護衛ねえ」と此方が見せる笑みも意味深だ。 本物が乗っていれば更に良いが、皇女がおらずともこの護衛依頼が戦に塗れる事は明らか。それならばそれで良いと言うのがアレンの本音。 控える炎龍のアッシュも静かな視線で空を見据えるのみだ。 吟遊詩人達の詩は続く。 先の見えない空路に立つ仲間を励ますように楽を奏でる。 (レナ皇女が乗っていようといまいと、船団の乗務員の皆さんの命や、物資の無事がかかっているもの) ラフォーレリュートを爪弾きながら胸中に呟くレートフェティは傍に控える相棒、甲龍のイアリを見つめて微笑む。 (気合を入れていくよ、イアリ☆) それに、たまにはこの子の背に乗って故郷に帰るのも良い。 そう思うと自然、感情が楽の音に乗る。 (わっ‥‥) レートフェティと同じ楽器で重奏していた御形 なずなは、相手の調子が変わった事に慌てて指をもつれさせた。と、同時。 「落ち着いて」 ふふっと笑むアルーシュ・リトナがハープの向こうから声を掛けて来た。演奏を聴けばなずなが吟遊詩人になりたてなのは判る。アルーシュはハープの音色でフォローした。 「音楽は心です。思いが一つなら不協和音も音楽です」 「‥‥おおきに」 なずなは笑む。 (初めて依頼を受けてみたらこんなに大規模な戦闘やなんてしんどいかもしれんけど、私に出来ることといえば曲を弾くことだけ。頑張らんとな) もう一人、此方はメローハープを抱く吟遊詩人イェンス・エステベス。 四人の楽師達が奏でる音色は、戦場の人々に様々な思いを抱かせる。 「天儀の開拓者とやらの中にも帝国を謳う者がいたとはな」 「なかなか捨てたものではございませぬ」 こそこそと小声で言い合う彼らはジルベリアでそれ相応の地位を持つ男達だろうか。聞くともなしにそんな呟きを聞いてしまった雲母坂 優羽華と雲母坂 芽依華、双子の少女達は顔を見合わせる。 「何や気ぃ悪い依頼やわ」 「それ以上は口にカギを掛けておいた方がいいでしょう」 ふと、双子に声を発したライオーネ・ハイアット。ローブに身を包む彼女は今回の護衛団において唯一の魔術師という事もあってか船内で異彩を放つ存在でもあった。 「せやかて、護衛はきっちりしますえ」 「ええ」 それでも、とライオーネ。今回の事で皇女殿下やジルベリアに対して何か言いたい事が出るのも当然。しかしながら国のデリケートな事情なれば理解して欲しいと不思議な笑みを覗かせる。 「船を下りた途端に牢に放り込まれたくなければ、ね」 「牢、やて‥‥?」 眉根を寄せる双子にライオーネはくすりと微笑んだ。 「ジルベリアか‥‥母上の故郷だな」 望郷の思いは薄い。けれど、母親が幼い頃に聞かせてくれた子守唄に近いジルベリアの楽の音にしんみりと呟いた真亡・雫。 憧れの地を思い描き僅かに目を細めた浅井 灰音。 様々な思いを乗せて船は行く。 天儀の地からジルベリア帝国へ――。 ● 龍に騎乗し、船に先んじてジルベリアへの空を移動していた三名の開拓者は共に駿龍を相棒とする赤マントと菊池 志郎、神凪瑞姫だ。中でも聴覚が人並み外れている四郎と瑞姫は周囲の些細な物音も聞き逃すことの無いよう先ほどからずっと神経を張り詰めていた。 (それにしても‥‥) 赤マントは背後を振り返り、後に続く船に目を凝らす。 (ボクの故郷も酷い事になってるからこの状況で里帰りする彼女の気持ちも少しは判る‥‥) こうなったからにはあの船団に本物の皇女が乗っているかどうかは関係ない。 (彼女のために頑張ろう!) 決意新たに前方を見据える赤マントと同様、四郎も瑞姫も皇女の有無は問題にしていなかった。其処にある命を守るために全力を尽くす、ただそれだけ。 (さて、何事も無ければよいが‥‥) 空の彼方に目を凝らす瑞姫は其の先にあるであろうジルベリアと呼ばれる国を思う。聞けば争いが絶えないと言うではないか。 (覇道の行く末など‥‥いかんなこの様なことでは) そうして零す吐息が一つ。 彼女の些細な変化を感じ取った志郎は、しかし敵の襲来を察知してのものではないようだと気付き再び周囲の警戒に意識を向ける。 「先生、何かおかしな気配を感じたら、教えてくださいね」 低く話しかける志郎に、隠逸は「判っておる」と言いたげにその首をくゆらせるのだった。 船は至って順調に航路を進み、船上の開拓者達もあからさまに態度に示すことは無かったにせよ、このまま何事もなく旅路が終わってくれれば良いと――人によっては些かの物足りなさも感じつつ旅の終わりを予感し始めた頃。 「ジルベリアかぁ」 大型船の船内で遠くを見つめながら呟いたのは喪越だ。 仕事にかこつけて別の儀にまで流れられるのはフウテンを自称する彼にとって嬉しい機会であるものの、同行したはずの相棒が気付けば龍から土偶に入れ替わっていた事実には涙せずにいられない。 「‥‥なんで鎧阿じゃなくておまえがいるんだよ?」 『何を言いますの』 じと目の喪越に胸を張ったのは土偶だ。それもただの土偶ではなく金髪縦ロールにピンクのふりふりドレス、春爛漫な日傘をくるくると回す『乙女』は其の名もジュリエット。 彼女は更に胸を張る。 『だってジルベリアですわよ? ジルベリア。しかも皇女様とご一緒だなんて! 素敵ですわ♪』 瞳を輝かせて訴える乙女に喪越は肩を竦めて天を仰ぐ。そもそも大型船に乗り込んでいるのも『これだけ大きい船ならグッドルッキングガイに会える確率も高まりますわ』と、こうである。 「仕方ねぇ、今回は船の中で働くしかねぇか」 『グッドルッキングガイ探しも忘れてはいけませんわよ!』 「俺はジルベリア美女の方がいいっ」 「論点ずれてるじゃぁねぇか」 「おわっ!? 大親分が何するんだYO!」 「落ち着きぃなぁよ」 げしっともう一発。喪越の後頭部を背後から一撃した犬神・彼方の隣では「父上は容赦ないねぇ」と痕離が笑い、その奥から「船内警備なら船内に集中せんか?」と声を掛けてきたのは八十神 蔵人だ。 「そんな大胆に入り口開けとったらいつアヤカシが入り込んでもわからへん」 蔵人が言うも、その傍らで大きな溜息を吐いた少女――人妖の雪華は些か冷たい視線を相方に送る。 『寒い屋外の風が入り込むのが嫌なだけでしょう?』 「お? 言うやないか」 生意気にと面白そうに笑う蔵人は相棒の髪を撫で回せば小さな手のひらが一生懸命に抵抗する。 「なんや和むわぁ」 『もう!』 乱れた髪を手櫛で直す間にも開拓者達の視線が自分を見ている事に気付いた雪華は『えっと、あの』と言葉を探す。 『あ、そうです。船内と言えばお姫様。どの船に乗ってるんでしょうね?』 「さぁな」 蔵人の応えは誰にとっても共通の答え。 「ま、たとえこの依頼自体が囮でも報酬出る事に変わりはないわ。せっかくだし調理場でも借りて皆に振舞おか?」 『旦那様!』 蔵人の言葉に雪華は瞳を輝かせる。 『旦那様! 私も是非お手伝いを――』 「おまえは触んな、おまえが食材触ると人が死ぬ」 『酷っ!?』 まるで漫才のような二人のやり取りを、周りにいた仲間達は一様に微笑ましく見守っていた。 だが、いつまでも和んでばかりはいられないと言うように、不意に口を切ったのは痕離。 「それにしても皇女様の護衛、か‥‥いや、本物かは分らないんだったかね」 賑やかなやり取りから船外に視線を移して呟く彼女へ、橘 楓子は自嘲気味に笑う。 「皇女となれば護衛も半端ないねぇ。あちらさんは丁重に護られて、片やこっちは命の危険なアヤカシ退治」 同じ女でも産まれる立場が違えばこうも差が出るものかと呟く彼女は、しかし言っている言葉ほど其の事を羨んでいる様子はなかった。そもそも国に帰るというだけでこれ程の船団を必要としている事には「面倒臭い」というのが正直な感想である。 「自分一人のためにこれだけの人間が動くってのは、どんな気分なのかねぇ」 そんな事を呟いたのは氷だ。 「女の子一人が背負うようなもんじゃねえと思うけど‥‥それとも、ジルベリアの皇族にとっちゃこれが普通なのかね?」 「気になンのぉかい?」 問う彼方に氷は肩を竦め、おもむろに欠伸を一つ。 「どっちでもいいよ」 「やる気なさそうだね?」 「んー」 からかうような楓子の言葉に、しかし氷はやはり相変わらずの淡々とした反応。そんな彼に各所から漏れ聞こえる笑い声に、彼方も笑みを重ねながら、しかし眼差しは冷ややかだった。 「皇女、か‥‥さて、どぉなることやら‥‥」 そんな大型船の遥か上空、相棒の柘榴に騎乗し偵察を行っていた雲母は特に異変の見えない視線の先に薄く笑う。 「空はいい、何もかもを見渡せる‥‥」 呟きは視線と共にゆっくりと下方へ移動し、大型船に止まる。 「しかしまぁ‥‥皇女も大変だな、得体の知れぬ私達を使うとは」 ジルベリアの人々の声を聞き、個人としてなら「信じたいから信じる」と言えるけれどと肩を竦めたのはフェンリエッタ。信用してもらうことは難しい。開拓者にもいろいろいる、警戒されるのも当然と繊細な容貌を曇らせたのは雫だった。誰しもが感じている此方とあちらの隔たり。それでも、開拓者達が共通して抱くのは此処に皇女がいるかどうかは関係なく船上にいる全ての人の命を守るのだと言う決意だ。 信頼してもらえるか否かも二の次。 それはもう依頼に臨む自分達の姿を見て感じてもらう他ない部分だから。 「さて‥‥」 雲母は視線を航路の先に戻す。そして、‥‥笑んだ。 斥候を務める瑞姫が口を切る。 「雷斬丸どうやら‥‥お客人のようだ」 「知らせに行くよ!」 赤マントがレッドキャップに声を掛け方向転換。 「援護します」 志郎と隠逸の表情も変わる。 彼らの前方、空には雲とは明らかに異なる黒い物体――クリッターの群がいた。 ● 「さてさて、姫さんのお守りも大事だが船を落とさせるわけにはいかないなぁ」 赤マントからの知らせを受けて無月 幻十郎が立ち上がる。 「八葉」 相棒の駿龍に声を掛けると同時、幻十郎は目を瞬かせる。龍が自分の顔ほどもある徳利を口に銜えたまま空を仰いでいたからだ。当然、その中に入っていた酒は龍の喉へ流れ落ち。 「おっとっと、俺の分も残せよ?」 幻十郎が慌てて垂れ下がっている紐を引っ張るも、抵抗なく落ちてきた徳利は既に空。 「‥‥ったく、イイ目してやがる」 やる気に満ちた相棒の姿に幻十郎は苦笑、まぁ良いかと手綱を取る。酔った方が相棒の調子が上向くのは彼もとうに把握しているからだ。 「いくぜ八葉!」 背に飛び乗り、空を駆る。 同時に視界に居並ぶのは同じく龍に騎乗した仲間達。 「さて、銭もろうた以上はしっかり仕事こなさんとな」 駿龍・疾風に騎乗する天津疾也。 「しっかりと護衛させて貰おうか‥‥今回もよろしく頼む、紫月」 その首筋を撫でてやりながら相棒に声を掛ける神凪 蒼司。 「船に下りて癒してまた空に‥‥でしたら時間がもったいないです。それなら空にも癒し手が居た方が良いと思いますから‥‥」 そう考え龍に騎乗し仲間の状態に目を配る礼野 真夢紀。 「兄貴! 纏姉ちゃん、紬! 行こうぜぃ!」 「ええ、援護はお任せください」 ルオウの朗々とした掛け声に呼ばれた面々は応じる。倉城 紬、琉央、そして藤村纏。 「纏、平気か?」 琉央が恋人でもある纏に声を掛けると、彼女はおっとりと頷く。 「無茶はしまへんさかい、安心してな」 それにしっかり者の相棒・義純は常と同じく彼女の補佐を第一に考えている。それは琉央も判っているから、彼も義純に語りかける。 「頼むぞ」 その声を受けて、龍は低く嘶いた。 「さぁレグルス、前に出るわよ」 煌夜が歌うように相棒に語りかける言葉には近づく故郷への懐郷の思いが重なる。 「『金焔翼の寵姫』の姿、天儀の勇士と故郷の英士に見てもらいましょう」 飛び立つ姿に、からすも。 「仕事をしよう」 言うと同時、飛び立つ先ではクリッターと思われる黒い物体が突風に大気と共に波打った。 放たれたのは隠逸の衝撃波。 「船には近づけさせません」 まっすぐな視線と共に放たれる志郎の冷静な言葉は揺ぎ無い決意と共にアヤカシの動きを阻む。 その間にも集まりつつあるのは赤マントの知らせに龍を駆ってきた仲間達だ。 前方にアヤカシの群があると聞き速度を落とした船を守るため。 「クイッターは不定形でその大きさもまばらです! 群れれば厄介な敵ですが倒すのに手数は必要ありません、チームを組んで集中的に叩きましょう」 観月 静馬が事前に仕入れていて情報を皆と共有。 「皇女様が乗っていようがいまいがきっちりと護っていかんとな!」 斉藤晃が吼える。 「一度依頼を引き受けたからには全力を尽くそう」 「船に敵を近付けなければ良いだけの話じゃ」 羅喉丸、輝夜と空に躍り出れば設楽 万理も。 「天儀の空に巣食う害獣どもを減らせることには違いないものね」 「「守り抜くぞ!!」」 声が重なる。 目的はただ一つ。 開拓者達は冷静に各々の目で状況を確認し動いた。 「まずは‥‥」 アヤカシを相手に淡々と告げる各務原 義視に只木 岑と和奏が同じ駿龍を駆り並ぶ。彼らの視線の先には一際巨大な黒い塊。そんなものが上空に群がっていれば一体毎に時間を掛けてなどいられない。 「いこう」 岑が言うと同時、彼と義視の龍が速度を上げた。 前足を輝かす鋭利な爪。指が開かれることによってそれまで見えていなかった付け根の部分まで露になれば、その鋭さは見た目にも恐ろしく。 大きく。 「――!!」 クイッターの左右から二頭の駿龍が爪という名の凶器でもって襲い掛かった。 アヤカシは悲鳴どころか微かな声すら発さない。しかし揺らいだ輪郭。 「颯」 和奏に呼びかけられた駿龍は首を巡らせた。 左から上方へ――そうして放つ、炎。 「‥‥‥‥っ!!」 空に描かれる赤い軌跡は、塵と化すアヤカシを包み込むようにして消えていく。まずは一体。 二体、三体。 「前方!!」 クリッターを次々と殲滅していく中で開拓者の一人が前方を指差し声を荒げた。 「なんだあれは‥‥」 目を凝らす、そして気付いた正体は雪喰虫と呼ばれる超小型な昆虫を象ったアヤカシの、‥‥大群。 彼らの目が捕らえたのはまるで空に浮かぶ水平線。筆で一本の線を引いたかの如く群れた敵勢だった。 「あそこまでになると流石にぞっとしないなぁ」 頭を掻きつつ、戦闘の最中とは思えない飄々とした口調で呟いた井伊 貴政に西中島 導仁が苦く笑い、しかしすぐに表情を引き締める。 「さすがにあれの全てを船に近付けさせないと言うのは厳しいでしょうが、やるしかありませんからね」 「そういうことさ!」 巴 渓が朗々と言い放つ。 今回のこの依頼、言いたい事は山ほどあれど其処に危機に瀕した命があるなら余さず守り抜くことこそ開拓者の信条。 「さあ、ド派手な大名行列の始まりよ!!」 甲龍サイクロンが相棒の気合に応じて吼える。 翼が空に風を起こす。 そうして、船にも伝わる事態。 「‥‥どの船もどの人も大切、失いたくはない‥‥」 瞳を伏せ、幼いながらも真摯に人の命と向き合い戦う意思を固める少女に吟遊詩人達も表情を引き締めた。 歌を。 楽を。 仲間に力を。 「皆さん、無理なさらずに」 橘 琉璃が静かに告げて薄く笑いつつぱちりと扇を閉ざした。 (しかし浮いているとやり辛いかもしれませんねえ) 胸中にはそんな事を呟きつつも、弧を描く足元に躊躇いは欠片も感じられない。――神楽舞「速」。精霊達の加護を受け、即行動を開始したのは一心。 弓に矢を射掛け引き絞る。 的は五センチ、十センチの小さな虫。 それでも決して逃がしはしない。 「全ての飛空船を護る」 見据えた先に標的を捉え、射る。 「!!」 矢は仲間達が放つものと共にアヤカシの群を撃ち抜き其処に空白を生じさせた。しかし、その空白も数秒と持たずに列を移動した雪喰虫達によって再び埋まる。圧倒的な数の差。 苦戦は必至。 だが。 「手を休ませたらあきまへんえ!」 芽依華が言い放ち、舞う。 「うちらが援護しますさかいあんじょうきばりやす」 おっとりと、しかし舞う姿は麗々しい優羽華。 巫女達の援護を受け弓術師達は頷き合う。 志士も、サムライも。 「お前も少しは役に立てや」 『言いましたね!?』 蔵人と雪華が言い合い、‥‥動く。 船上も今まさに戦いの場と化そうとしていた。 ● アヤカシはアヤカシを呼ぶのか。 それともアヤカシと戦闘する開拓者達の勢いと戦闘意識‥‥はたまた殺気と言い換えられるそれがアヤカシを招くのか。 大型が一隻、小型が三隻からなる船団の周囲にはクリッターと雪喰虫の群に鷲頭獅子の姿までが確認されるようになっていた。 「戦いはこうでなくちゃ嘘だね♪」 大型船を護衛すべく龍に騎乗し大剣を振るうアレンが笑む。その表情は両手でなければ扱えない得物を手にしているとはとても思えない余裕を感じさせるが、其処に伴うのは危うさ。 決して単騎突出するわけではかったが、彼は戦うことを楽しんでいた。 「さぁ次だ」 「おっと、獲物を独り占めしてくれるなよ?」 其処に加わり笑う雲母。 口に煙管を銜えながら器用に口を利く彼女の武器も、やはり両手でなければ扱えない程に巨大で結構な重量があるはずなのだが、その態度は余裕綽々。 「せっかくだ。何匹落とせるか私と勝負するかい?」 「ふっ。悪くないな」 雲母が吹かす煙に、アレンは口の端を持ち上げる。 直後、手近に迫るアヤカシを二人の刃と矢が劈いた。 「勝負の合間の雑談にすら邪魔に入るとは無粋な連中だねぇ」 見下ろす格好で塵と化すアヤカシに言い放つ雲母に「大したもんだ」と声を上げて笑った幻十郎。 「戦の合間に勝負だなんて‥‥」と表情を曇らせるルシールに、しかし彼の楽しげな態度は変わらなかった。 「なに、重要なのは一隻たりともこの船達を落とさせないことさ。結果的にそうなるんだったらああいう連中は頼もしいと思うぜ?」 言いながら脇をすり抜けようとする小型のクイッターをランスに引っ掛け下方へ叩き落した。 「嬢ちゃんも気張れよ、先は長いぞ」 幻十郎の言葉に同意を示すように吼えた炎龍。 傍にいたナイピリカが龍の息が酒臭いと顔を顰めれば「絶好調だ!」と応じる幻十郎と一緒に、大きな口で弧を描いた炎龍は、恐らく笑ったのだ。 それがどことなく似ているように思えて、戦の最中なれどリーザは笑い、ルシールは虚を突かれる。そうして生じた隙に迫るアヤカシ。 「っ!」 直後に射抜いた矢。 「油断大敵やな」 「――」 構えた弓の向こうから笑みを覗かせる疾也にルシールの周囲が奇妙な冷気を帯びる。 「おやまぁ」 「おぉっ」 リーザとナイピリカの対照的な反応。 「‥‥やります」 低い呟きと共に龍を駆ったルシール。 「面白い事になってきたの!」 ナイピリカが追う。 「ゆけ、ソードフィッシュ! おぬしの俊足見せてやれ!」 まだ若い女性騎士二人がアヤカシに突進していく姿を見送り「やれやれ」と肩を竦めたリーザ。 「将来有望やな」 「あんまりからかってくれるんじゃないよ」 早口に言い更に他方へ矢を射掛ける疾也にリーザは失笑、世話の焼ける娘達を追うべく龍を飛翔させた。 空に火柱が立ち黒い塊を燃す。 風は見えない刃となって雪喰虫を退け、龍の牙が食らいついた鷲頭獅子は砕かれた部分から塵と貸し大気に溶け消えていった。 「下方にはアヤカシ以外おらへんようになったで」 心眼を用いた疾也からの知らせを受けてからすを始め弓術師の面々は弓を構える。 「私の弓から逃れられると思うな」 一斉に弦を引き絞る。 からすの弦には複数本の矢が射掛けられ、放てば乱射。次々とアヤカシを貫き落とす。 「――――!!」 時には複数方向からの咆哮。 開拓者が放ったそれに無数のアヤカシたちが誘き寄せられ、討たれる。 「しつこいやつらは嫌われるで!!」 晃が大斧を振り回した。 その熱意たるや人十倍。そのせいか騎乗する龍は些か冷めた視線で息を吐く。吐息は炎となりアヤカシを巻き込んだ。 「高天原に神留坐す天儀六国精霊御身の命以て」 陰陽師達の呪が輪唱する。 「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾――」 符が躍り、形を変え、空に舞う姿。 「制せぇや!!」 彼方の傍らからは黒犬が。 痕離の傍らからは蝶が。 楓子や喪越の陰陽符もそれぞれに放たれる。 敵意を向けるアヤカシ達を食らい尽くす。 「大丈夫ですか」 真夢紀に声を掛けられ、両腕に雪喰虫によって生じた傷を隠そうともしなかった赤マントは、しかし言われて初めて自分が負傷している事に気付いたようだった。 「いま治療しますから、少しの間じっとしていてください」 「ぁ、ありがとう」 小さな掌、暖かな風。 「‥‥うん、これでまた戦えるよ!」 「すまないけどこちらも頼めるか」 後方から声を掛けられて真夢紀が振り向くと、灰音。 「はい。勿論です」 真夢紀は神経を集中し仲間の傷を癒す。無論、そのために奔走しているのは真夢紀だけではない。戦力は乏しいからと船上から舞い続け、支援する巫女達。 歌で励ます吟遊詩人達。 誰しもが一つの目標のために懸命だった。 「気をつけて‥‥!」 紬はいま自分の術を受けて飛び立った仲間の背に祈る。 「兄貴! 纏姉ちゃん! 行こうぜ!」 紬の神楽舞で援護を受けたルオウは、琉央、纏の先頭に立って龍を駆る。 「狙いはあいつだ!」 船に接近しようという巨大なクリッターを目視し狙いを定めたルオウに迷いはない。仲間の乗っている船にアヤカシの指など一本たりとも触れさせる気はないのだ。 そしてその気持ちは一つなれど龍に騎乗しての戦闘が初めてだった纏には幾分かの不安があったが、自分の事を常に気遣ってくれる恋人と、相棒の義純の気遣いがあって今は敵に立ち向かう事への不安は皆無と言っても良い。 「‥‥行きましょう」 義純の背を撫で、琉央に語りかける。 「‥‥ああ、いこう」 琉央も共に龍を駆る。 「!!」 不意に龍が咆哮を上げた。 雫のガイロンだ。 「っ」 「雫、伏せろ!」 刀を振るう蒼司が紫月の背に立ち上がり、構える。 船にアヤカシを近づけさせまいとするあまり、クイッターに体に巻きつかれた雫の龍。 「動くな、仲間の相棒は傷つけたくない」 「‥‥っ」 雫はガイロンの背上で拳を握る――一瞬の我慢。 「!」 ほぼ均等に切断され上下左右に離れたそれから、雫は反射的に距離を取らせる。 直後。 「高度はばっちしだよ、ロート!」 戦線復帰した灰音が炎龍ロートリッターと共に上空から滑降。 「この一撃で‥‥沈めっ!」 更にもう一方。 「頼むぞ、キーラン。一体たりとも船へ近づけるな」 騎士フェンリエッタが相棒のキーランヴェルと共に駆けつけ、灰音と同様、それを下方へ叩き付けた。 「行くぞ、輝桜。我らの技の見せ所じゃ」 輝夜が刀を抜く。 龍が放つ突風、衝撃派。重ねて繰り出される輝夜の剣技。 「ガイロン」 琉璃の治癒を受け回復した相棒に声を掛け、雫は「いこう」と促す。 「やられっ放しはきみの性にはあわないでしょう?」 その言葉に彼は咆哮した。 振り下ろされる甲龍の爪。 巨大なクイッターは、その全形が消え去った。 ● 開拓者達の絶え間ないアヤカシとの戦闘に、ジルベリアの彼らは瞬きすら忘れて魅入っていた。 「なぜ、あれほどまで‥‥」 「この船が囮かもしれないと‥‥皆、勘付いているのではないのか‥‥!」 信じ難いと声を荒げる彼らに、一人の少女が頭を振った。 「‥‥っ、もう‥‥っ、もうこれ以上は皆さんを騙していたくありません!!」 叫び、その部屋を飛び出そうとした少女をジルベリアの彼らが止めるより早く。 「出て来ちゃ駄目だぜアミーゴ」 扉の向こうから聞こえてくる男の声。 『そうですわ、そうですわよ、ワタクシ達は別に皇女様を護りに来たのではないのですものっ』 言うその声音が何処か泣きそうなのは乙女ジュリエット。 「んー‥‥まぁ、いいんじゃない?」 欠伸を噛み殺しながら言葉を重ねるのは氷である。 彼らは特に意図があって船内を歩き回っていたのではない。動力部や艦橋に異変があってはと見回っていた途中でこの部屋に気付いただけだ。 そして、この船に皇女がいないことはきっと皆が気付いている。 「皇女が例えいなくとも一度依頼を引き受けたからには全力を尽くそう」と語ったのは羅喉丸だし。 「皇女でなかったとしても自分は護り抜くだけです」と真っ直ぐな瞳で言い切ったのは一心だ。 それに、この船に皇女がいなくとも数多の人間が乗船している事実は変わらない。開拓者には待つ家族の在る命を無事に送り届ける使命があると、渓や和奏は言い切った。 大切なのは生かすこと。 それだけで充分なのだ。 「‥‥窓の外、しっかり見ておくといいよ」 氷は言う。 多くは語らないけれど、それだけは。 船は、もう間もなく目的地ジルベリアの首都ジェレゾへ。 唯の一人も欠けることなく其処に到達する船は、‥‥そう。ジルベリアと天儀の関係を強める重要な一歩となるだろう――‥‥。 |