【神乱】この手が護る物
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/13 01:23



■オープニング本文

 ●

 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。
 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥
 この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。
 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。
「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」
 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。
 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。


 ●

「うぐ‥‥っ」
 近頃になってギルドの掲示板を騒がせるようになったジルベリア関連の様々な依頼を前に穂邑(iz0002)は頭を抱えていた。と言っても彼女自身がジルベリアと何か関係を持っているわけではない。おつむの回転が悪いせいか国家云々と聞いただけで頭が拒否反応を起こすのである。
「んーと‥‥大帝の信頼がものすっごく篤かったヴァイツァウ家だけど、禁教を信仰していて? その宗教を止めれば命は助けてくれるって大帝が言ったのに、これを拒否して大帝に滅ぼされた‥‥のよね」
 ヴァイツァウ家とは何とも舌の噛みそうな名前だと穂邑は焦る。
「その滅ぼされた家の死んだと思われていた息子が生きていて、御家再興のために決起した‥‥って事?」
 穂邑は頭の中を整理すべく声に出して現状を読み上げる。
「んー‥‥何だかその生きていた息子も可哀相‥‥なのかなぁ」
 小首を傾げて考え込む少女の胸中には、国内に争いを起こす事を良しとしないだろう統治者の懸念と、数々の軍功を修めながらも宗教一つで滅ぼされた一族の生き残りが抱える憤り、二つの感情が行き来する。
「‥‥どっちが正しいとか、あたしには判んないよ‥‥」
 自然と依頼書を見つめる穂邑の瞳が細められ、その表情に浮かぶ色は、哀。
 だが、どちらが正しいとか悪いとか、そんな事は一介の開拓者でしかない自分には判断出来なくても、この戦によって数多の人々が傷付く事は絶対に許されちゃいけない。
「国に関る覚悟は持てなくたって‥‥救える人はいる」
 自分に言い聞かせるように放った言葉と共に、穂邑は一枚の依頼書の内容を頭に詰め込んで受付へ向かう。
 ヴァイツァウの反乱以降急増したというアヤカシは人々の負の感情に触発されているのだろうか? それによって罪無き人々の命が危険に晒されるならば、護らなければ。
 アヤカシ退治ならば自分の覚悟一つで戦えるから。


 ――依頼書にはこうあった。
 ジルベリア大陸の東、ケルニクス山脈と呼ばれる壮大な山岳地帯の麓に広がる村の一つにルサルカと呼ばれるアヤカシが出現。既に数人の犠牲者も出ている。
 ルサルカは村の南に位置する湖に住み着いており、その顔をはっきりと見た者はない。だが、美しい歌声や呪いの言葉で人を惑わし、毒を持つ爪で人を害し水中に引きずり込むのだという。
 このアヤカシは決して弱くない。油断したなら開拓者も毒爪の犠牲になりかねないだろう――‥‥。



■参加者一覧
一之瀬・大河(ia0115
21歳・男・志
水波(ia1360
18歳・女・巫
のばら(ia1380
13歳・女・サ
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
ベルンスト(ib0001
36歳・男・魔
ヴェニー・ブリッド(ib0077
25歳・女・魔


■リプレイ本文


「寒い‥‥」
 起伏のない声音でぽつりと呟く一之瀬・大河(ia0115)は己の記憶を呼び覚まそうとするかのように額に手を当てて思案する。
「‥‥寒い。なんで俺は異国にいるのだ。‥‥おかしい。何かがおかしい‥‥」
 ぶつぶつと呟く彼は動物の毛で防寒用に工夫されている帽子とコート、靴、手袋を着用し、首にはマフラー。もう少しで顔の半分が衣類で覆われそうな程に着膨れている。
「そろそろ懐具合がまずいと思って依頼を探していたところまでは覚えているが‥‥」
 自分の記憶の最後の日を、順を追って声に出す内に思い当たった事実。
「‥‥ああ、そうだ。割の良い依頼を見つけて、それで‥‥」
 大河は大きな溜息を付く。
 曰く「酒の勢いとは怖いものだ」と。
「もしかして‥‥とっても困っています‥‥か?」
 巫女の穂邑に顔を見上げられて大河は肩を竦める。
「いや‥‥問題ない」
 些か自分の浅はかさに目眩がしただけだと答え、先を急ぐ。その前方には彼らと同じようにしっかりと防寒した仲間が案内人の村人を先頭に目的地を目指していた。
 水波(ia1360)、のばら(ia1380)、詐欺マン(ia6851)、ベルンスト(ib0001)――攻守においても、遠近においても比較的バランスの良いクラスが集まり一様にルサルカ退治に向けて精神を集中させていく中で、唯一人案内人へ積極的に話し掛けていたのがヴェニー・ブリッド(ib0077)である。
「噂のルサルカとかゆ〜魔物の伝説とか伝承があるなら教えてくれるかしら?」
「伝説ですか‥‥?」
 案内人は何度も左右に首を傾げながら「そういえば」と幼い頃の寝物語を思い出す。
「夜更かししているとルサルカの歌声に招かれて二度と両親と会えなくなるだとか、そんな風に脅かされた事はよくありましたね」
「なるほど〜」
 せっかくの話を今すぐにメモしておきたいヴェニーだったが、手袋を付けた手ではペンどころか紙を持つのも困難だ。帰るまで忘れないようにしなければと頑張って記憶していると、その傍では水波が切なげな息を吐く。
「人の世が荒れればアヤカシもまた活動を盛んにする‥‥皮肉なものですね」
 そうして見上げる空を覆っているのは、この季節のジルベリアには決して珍しくない雪雲だ。しかしこの空の下、左手側に見える小ケルニクス山脈の向こう側で人同士の争いが起きている事を知っている開拓者達の目には灰色の雲が世界を覆う邪念に映る。
「大帝カラドルフも、ヴァイツァウも、大儀に正義、ご苦労なことだ」
 そう皮肉るのはベルンスト。
「好きに掲げて、好きに潰し合っているといい‥‥いずれ後ろから刺されても知らんがな」
「ふふっ。そう突き放すような事を言うものではないでおじゃるよ」
 詐欺マンが軽やかに笑う。
 そこに助けを求める人がいるならば例え火の中、雪の中。権力者達がどう有ろうとも自分達開拓者はそれで良いのだと詐欺マンが言えば、のばらも頷く。
「人の戦の合間にも、アヤカシからの害はあって‥‥だから、やれることから、やらなくちゃです」
「ええ‥‥少しでもアヤカシによる損害が減るように尽くしたいと思うのです」
 そう言葉を重ねる水波とのばらが顔を見合わせて微笑み合う姿に静かな視線を向けていたベルンストは、しかしゆっくりと視点を移す。その間に声を発したのは気を取り直した大河。
「せっかくだ、湖周辺の地形を詳しく聞かせてもらおう」
「ぁ、はい!」
 案内人は大きく頷いた。



 湖の広さはそれほど大きくなく、直径にして五十メートルにも満たないだろう。案内人に戦闘の場に残って貰うつもりは誰一人なく、それが件の湖だと見えた時点で引き返させていた。周囲には針葉樹の類が並んでいたが森と表現するにはささやか過ぎる量で見通しは良く、湖面には所々に膜のような薄い氷が張っており、湖水の冷たさを窺い知る事が出来る。
「そういえば」
 ぎりぎりまで湖に近付く途中、ぽつりと穂邑が呟く。
「湖と池の違いって何なんでしょうね?」
「――」
 それは今気にすべき事かと思いつつ「確か‥‥」と応じるのは水波。
「湖は水深が深い水域の事で、池は人工的なもの‥‥だったかと思いますけれど」
「人工でなく水深の浅いものは沼と言うでおじゃるよ」
 補足説明は詐欺マンだ。
「そうなんですか! 皆さん物知りですねっ」
 目を輝かせて感動しているらしい穂邑に「物知りと言うか‥‥」と喉まで出かけた台詞は、しかし。
「ほんとですね、のばらも頑張って勉強しなくちゃです」
「わぁっ、それでは一緒に頑張りましょうね」
「はい♪」
 年齢や背丈、体格、胸囲‥‥はともかく、いろいろと近しい二人がすっかり意気投合した様子で頷き合えば、年長者達も励ます他無い。
「判らない事があれば聞いて下さいね‥‥?」
「「ありがとうございます!」」
 水波の言葉に少女二人は元気な声を揃えた。

 それからしばらく彼らは湖の外周を警戒しながら歩いたが特に異変は感じられず、大河が心眼を用いて探索しても効果は得られない。
 ベルンストは短い息を吐く。
「まぁ、最初から狙える位置にはいないだろうな」
「誘き出すにしてもどのように誘き出したものか」
 大河も目を細めて湖を見遣る。
 すると口元に指を立てていたヴェニーが「確証はないけれど」とにこり。
「湖の主を気取っているルサルカさんを誘き出すなら、湖を汚してみると言うのはどうかしら」
「汚す、ですか?」
 目を瞬かせるのばらにヴェニーは一つ頷くと言葉を重ねる。
「汚すといっても、あとできちんと回収出来るもの‥‥例えば、この戦闘には不向きな防寒具、とかね?」
 様々な土地を巡り、様々な人にその土地の伝承等を聞いて来たヴェニーの提案に一同は悪くないと思う。
「少し騒がしくしてみるでおじゃるか」
 辺りをぐるりと見渡して程好く凍っている雪の塊を選別する詐欺マン。
「じゃあ〜後はお願いね、力持ちさん?」
 そうしてヴェニーが最後に微笑んだ相手は見るからに腕力がありそうなベルンスト。 相手は魅了の声の使い手、なるべく距離を保ったまま作戦を実行するとなればどうしても必要な力だった。



 開拓者達は動きに支障の出る防寒具を脱ぎ、戦闘の被害を受けないよう多少の距離を取った雪原にそれらを置く。
「「寒いです‥‥っ」」
 のばらと穂邑がガチガチと歯を鳴らしながら訴える傍では大河も「寒い‥‥」と低い一言。
「一度で誘き出されてくれれば良いのですが‥‥」と、水波も自分の腕で自身を抱き締めながら言う。
「では頼んだでおじゃるよ」
「‥‥ああ」
 詐欺マンに促されたベルンストは防寒具で覆った雪塊に腕を回す。
「っ!」
 気合を入れて持ち上げたそれの、垂れ下がった袖部分を重ねて握り、後は砲丸投げの要領でその場で回転。
「はあああっ!!」
 湖に向かって手を離せば雪塊は防寒具ごと湖に落下し、派手な水柱を立たせた。
「ナイスコントロールね」
「見事でおじゃる」
 ヴェニーと詐欺マンの賞賛には反応薄く息を整えたベルンスト。
 さぁ、来るか来ないか。
「‥‥しかし、魅了か。この手の類は厄介だな」
 刀の柄に手を掛け集中力を高めれば寒さも感じなくなってきたのか大河が呟く。
「俺は素直に歌を聞けない性質だが‥‥っふ、魅了されてみたいものだ」
「そんな!」
 嘯く大河に、思わず本気で「そんなことを言っちゃダメですよっ」と迫る穂邑。一方で自身の単純さを自覚しているのばらは、自分が操られるような事になれば遠慮なくやって下さいと頭を下げる。
「そうならないのが一番でおじゃるがな」
「ええ‥‥」
 詐欺マンが苦笑交じりに言い、水波が頷いた、――その時。
「‥‥来たか」
 ベルンストが低く呟いた。
 その呟きに重なる低い旋律。

 ――‥‥‥‥

「っ‥‥!」
 言葉ではない不可思議な音の組み合わせに思わず体が硬直する。それは魅了の効果ではなく開拓者側の警戒心がさせた反応。
「なるほど‥‥迷惑な歌はせめて人のいないところで歌うでおじゃる」
 言う詐欺マンの視線の向こう、湖面に浮き上がってきたのは白い‥‥髪の毛。
「世界に遍く精霊達よ、いま我の声に応えその力を貸し示せ――!」
 ベルンスト、ヴェニー、二人の魔術師が詠唱を開始、姿を視認したアヤカシに向けて発動する。目の前で体に電流を走らせながら、しかしルサルカの反応は無に近い。
「サンダーは効かないのかっ」
「続けるでおじゃるよ」
 術を止めようとする二人に詐欺マンが声を掛ける。
 湖面に全身を現したルサルカは、歌い、ゆっくりとその手を開拓者達に伸ばして来た。この雪原にあってなお白く映るロングドレスに身を包み、白いロングストレートの髪が顔を覆う、鬼女。
 ――‥‥おいで‥‥
 ――――‥‥おいで‥‥
 膝までありそうな長い腕を波打たせながらルサルカは開拓者達を誘う。
「‥‥っ」
 不意にのばらの足が一歩前進するのを見て手を伸ばした大河。
「のばら様」
 水波がすかさず傍に駆け寄り、解術の法を施行。
 だが。
「のばら様!」
 のばらの足は湖に向かおうと仲間達の手を振り払う。
 穂邑も必死に止めようとするが、止まらない。
「っ」
 魔術師二人は術を繰り返す。
 ルサルカは歌う。
 ――‥‥おいで‥‥
 ――――‥‥おいで‥‥
 その対象はのばらに絞られたようだった。
 詐欺マンの針による投擲攻撃も続くが、アヤカシは歌い続ける。
「‥‥?」
 不意に水波が術を掛ける手を止めた。
「どうして?」
 穂邑が目を瞠りながら問うたのは、のばらとルサルカの視線が一点で交わった瞬間だった。
「っ!?」
 突然の雄叫び巫女達は耳を塞ぐ。
 対してルサルカは弾かれたように速度を上げて自らのばらに近付いて来る。
 操られていた――と思われていたのばらと、解法を試みていた水波、穂邑。ルサルカとの間に三人の少女を挟みながらも大河は。
 そして詐欺マンが。
「そちの歌には美しさの欠片もないでおじゃる」
 言葉と共に放つは威力を高めた風魔手裏剣。
 同時に、それ以上はのばらに近付けさせるかと冷却魔法を放ったベルンスト、直後にヴェニーと二人、火の玉を打ち込む。
 ルサルカにはどのような攻撃も効いていないかのように見えていた。
 だが、その体は。
「させるか!」
 のばらに伸びた鬼女の爪を大河の刀が受け流す。
 そうして露になったアヤカシの懐に大薙刀の強烈な一撃を放ったのは――のばら。
「え‥‥っ」
 驚いた穂邑の目の前で、アヤカシは顔色一つ変えぬままにその身を塵と化して消えていく。
 ‥‥静かに。
 ひどく静かに終わった戦闘。
 穂邑は状況が飲み込めずに目を瞬かせた。



「魅了に掛かったのがお芝居だったんですかっ?」
 驚く穂邑に「はいっ」と元気なのばら。
「やはりですか」と苦笑して応じたのは何度試みても解法の術が効果を示さなかった事に違和感を覚えていた水波である。
「危ないけれど必要な役割なら進んでやるべき、って母様から教わりましたから」
「大河さんや、さ、‥‥さ、詐欺マンさんもお気付きだったんですかっ?」
「‥‥俺よりも経験を積んでいるはずののばらが容易く操られているのは妙だと思っただけだが」
「気にする事はないでおじゃるよ。真剣にのばら殿を案じる穂邑殿がいてこそルサルカも騙されてくれたのでおじゃろう」
「そ、そんなぁ‥‥」
 へなへなと崩れ落ちる穂邑に広がる笑い声と。
「心配してくれてありがとうなのです」
 のばらの優しい言葉。
 いずれにせよ問題のルサルカは退治され、この湖で新たな被害者が出る事は無い。開拓者達は任務を果たしたのだ。
「しかし、あのアヤカシ。痛覚というものが欠落しているようだったな」
 ベルンストの言葉に頷く一同。
 全くダメージを受けていないかと思いきや魔術師達の回数を重ねた攻撃は確かに蓄積されていた。あの場で攻撃を続けていた事が、至近距離まで迫られた彼らを無傷で終えさせられた理由だ。
 ジルベリアという、天儀と異なる大地のアヤカシ。
 その源は変わらなくともルサルカというアヤカシの特性を知れたのは充分な成果だろう。
「さってと。湖に落とした防寒具を回収しないとね」
 ヴェニーの台詞に思わず湖を眺める一同。
「回収って、どうやってですか?」
 穂邑が問い、のばらが小首を傾げる。
「やっぱり潜ってですか?」
「‥‥誰が潜るんだ」
 大河が問う。
 一体誰が、こんな零下の湖に。
「わたくし、皆様の労をねぎらいたく甘酒や天儀酒をふるまいたいと思います」
 水波がさりげなく辞退を申し出る。
「あら、女の子にこんな真冬の雪原地帯で肌を晒せなんて言わないわよね?」
 次いでヴェニーが男性陣に対して意味深に笑むから、のばらと穂邑は無言の視線で賛同。男達は顔を見合わせ、不意に咳き込んだのは詐欺マンだ。
「すまぬでおじゃる‥‥まろは体が弱いゆえ極寒の地で潜るなど無理でおじゃるよ‥‥」
 此処で「待てぇ!」とツッコミを入れられるならば良かったが、不運なことに大河もベルンストもそういう性分ではなかった。
「よろしくね?」
 ヴェニーが艶っぽく囁けば、色香に惑わされたわけでもないのだが拒否は出来ない男達。
「‥‥上等な酒を用意してもらうぞ」
「お任せ下さい」
 口元を引き攣らせて言う大河に、水波が穏やかに微笑んだ。


 大河とベルンストが防寒具回収――主に冷たすぎる湖水に四苦八苦している間にうんと腕を伸ばしたヴェニーが言う。
 無論、しっかりと防寒具着用中。
「折角だし宴会の合間に私はお仕事もしておこ〜かしら」
「お仕事ですか?」
 聞き返す穂邑はのばらと二人で火を熾している真っ最中。火種は勿論ヴェニーのファイヤーボールだ。
「そ。村の特産品とか地元の料理とか温泉とか、そういったウリがあるなら近隣の村の人達に取材して来ようかなって」
「調べて何かされるのです?」
「いつか旅行記とかに纏めて紹介しようかな〜と思ってみたりだからね」
「まぁ、素敵ですね」
 水波が微笑む。
「ふふ、だから〜せっかくだし穂邑ちゃんの好きな男性のタイプとかも聞いてみようかしら」
「えっ?」
 唐突な話に動揺した穂邑は、思わず詐欺マンと目が合って。
「おや、まろでおじゃるか?」
「違います!」
「でも穂邑さん、詐欺マンさんのお名前を呼ぶ時に躊躇ってました」
「それは‥‥っ」
 のばらの追求に穂邑が動じれば、詐欺マンは「おやおや」と憂い顔。
「まろは何と罪な男か‥‥」
「違いますってば!」
 必死に否定する穂邑は言い難そうにしながら、終には白状。
「さ、さ‥‥詐欺、マンさんって‥‥お呼びするのが失礼な気がして‥‥」
「単なる通り名ゆえ気に病む必要はないでおじゃるよ?」
「それでも‥‥っ」
 散々悩んだ挙句に穂邑は意を決して握り拳。
「これからはサギーマンさんとお呼びしても良いですかっ?」
「――」
 至極真面目な穂邑のお願いに一同絶句。
 それから、――笑い声。
 北の大地に開拓者達が刻んだ足跡は、確かな平穏をその土地に取り戻させた。