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■オープニング本文 ● 花咲く季節に君と 「お花見をしましょう♪」 胸元で手を合わせ、にっこりと極上の笑みを浮かべるているのはレディカ夫人。 ジルベリアのとある地方で広大な敷地を擁して農場を営む女性実業家であり、同じくジルベリアの地方を拠点にする傭兵団『ザリアー』の面々にとってはすっかり顔馴染みの相手だ。 ……更に言えば、一部の開拓者達にとってもお馴染みの人物である。 何せその一部の開拓者のお陰で、彼女は『開拓者』が大好きなのだから。 「常日頃お忙しかった開拓者の皆さんも大きな戦いが終わって休暇を取る方が増えているという話ですし、せっかくの春ですもの、綺麗なお花と美味しいお酒で日々の疲れを癒してもらいたいの」 「それはステキなアイディアですね」 目を輝かせる夫人に、そう相槌を打つのは傭兵団の一人、アイザック・エゴロフ(iz0184)。 仕事を回してくれるという意味でも世話になっている傭兵団にとって彼女のリクエストは決定事項も同然。この日も仕事の関係で彼女を訪ねていたアイザックには拒否権など欠片も存在しなかった。 とは言えお花見は彼も大好きな行事であるし、 (彼女も楽しんでくれるんじゃないかな)と新妻の顔を思い浮かべて頬を緩ませているのだから何の問題もない、……はずで。 「では帰りにギルドに寄って張り紙でもさせてもらいましょうか。どなた様もお誘いあわせの上ご来場ください、といった文面で……」 「ええ、お願いね。会場はうちの牧草地。桜は数える程しかないけれど花壇の花は綺麗だし、それに何よりうちの芝生は気持ち良いのよ♪」 「そうですね」 以前に寝転がった芝生で感じた春の匂いや、暖かな日差しの温もり、そういった感覚を思い出して笑ったアイザックに、不意に夫人の瞳がきらりと光る。 「ところで、アイザックさん?」 「はい?」 「団長さんはいつになったら結婚されるのかしら」 「――」 「そろそろお祝いさせて欲しいのよね。桜の下の結婚式もそれは美しいものよ? もしよければ私からのお祝いに、白薔薇の祭壇も用意するけれど」 「え、えっと……」 じりじりと近付いてくる夫人から一定の距離を保つように後退したアイザックは、努めて冷静に、 「ボスに伝えておきます……!」と返すのだった。 かくして傭兵団に「花見の会場設営準備」という仕事が追加され、開拓者ギルドには「お花見しましょ♪」の文字が躍り――。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / カジャ・ハイダル(ia9018) / 霧先 時雨(ia9845) / 尾花 紫乃(ia9951) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / ルシール・フルフラット(ib0072) / ヘスティア・V・D(ib0161) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / 風和 律(ib0749) / ケロリーナ(ib2037) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) |
■リプレイ本文 ●手紙 お姉さま マチェクさん 結婚おめでとう 待ちに待った晴れの舞台 今 どんな気持ち? ええと まさか別れちゃったりとか してないよね? このお手紙は 二人のプロポーズ記念日に書いてます 近い将来 ちゃんと結婚式を挙げてくれると信じて 今でもマチェクさんや傭兵団と過ごした日々 交わした言葉は はっきり覚えてる お姉さまと一緒に歩んできた時間は私の宝物 ずっと忘れない 頼りない妹をいつも支えてくれて 愛してくれて ありがとう そんな二人だから 私の大切な二人を選んでくれた事が とても嬉しくて誇らしいの 大好きなお姉さまとお兄様 どうか末永く お幸せに 妹のフェンリエッタより *** レディカ夫人に頼み、貸してもらった一室。 「フェン……!」 叔父から受け取った手紙を握りしめて膝から崩れ落ちたファリルローゼ(ib0401)をスタニスワフ・マチェク(iz0105)はしっかりと抱きとめた。 「フェン! フェン……!!」 最愛の妹の名を何度も叫ぶも、行き場のない感情に押し殺されるようにその声は声にならず、あまりにも痛々しい姿は抱き締めていなければ消えてしまいそうな程に儚い。 「この手紙はいつ君に……?」 「……本当は、式を挙げたら渡して欲しいと頼まれていたんだ」 ファリルローゼとフェンリエッタ(ib0018)の叔父である彼・ウルシュテッド(ib5445)は、マチェクの問いに敢えてそう返した。 本当は、式を挙げたら。 しかしレディカ夫人の花見への招待を受けた時から二人が式を挙げるのではないかという予感はあって、……その時には既にフェンリエッタはいなくて。 彼女不在の理由も判らないまま二人が式を挙げるはずのない事が判っている以上、約束は守れなかった。 「フェンは俺に言ったよ。幸せになって、と。おまえ達もそう。家族が望みを諦める事を、あの子は望まない」 「叔父様……」 「幸せになれ、ロゼ」 「叔父様……っ」 しっかりと抱き締めた後、話をしたいという二人をその場に残して部屋を出た。 扉の外には壁に凭れ掛かって立つジルベール・ダリエ(ia9952)と、俯いて立ち尽くすアルマ・ムリフェイン(ib3629)が居たが……誰も、何も言わず。 ジルベールに背中を叩かれたウルシュテッドは扉の前をアルマに譲り、その肩を叩いて立ち去った。 「……」 だからと言って部屋に入れるわけもなく、アルマは。 (こんな顔は今だけ……今だけ、だよ) 心の中で語り掛け、ただ一度だけ顔を片腕で覆い隠した。 ●幼馴染 しばらくして、レディカ夫人が先導を切っていた厨房――正確には夫人の自宅キッチン――に、気落ちした様子のアイザックとアイリス・M・エゴロフ(ib0247)夫妻が顔を出した。 結婚式を挙げる気満々だった夫人は勿論、話を聞いて手伝いたいと申し出た尾花 紫乃(ia9951)達が幸せを祈って作っていた料理の数々は、夫妻から伝えられた内容を受けて一時中断を余儀なくされ、誰の表情にも落胆の色が滲む。 「それは式を挙げるのは躊躇ってしまうわね、あんなに仲の良い妹さんが来られないんじゃ……」 夫人はとても残念そうに言った後で「あら、そうよ。フェンリエッタさんも参加出来る日に改めたらどうかしら?」と目を輝かせた。 しかしアイリスは「どうでしょう」と考える。 「いま、その点も含めてマチェクさんとファリルローゼさんが二人で相談中みたいで」 「そう……それならその結果待ちね」 「――奥様、せっかくですし此方の料理は完成させてしまいましょうか。式が延期になっても花見にいらした皆さんに召し上がっていただけますし」 「ええそうね、それがいいわ」 紫乃の提案に大きく頷く夫人を見て、アイリスとアイザックはほっと胸を撫で下ろす。 「それではよろしくお願いします」と一礼してキッチンを後にした二人は、顔を見合わせて微笑んだ。 どんな時でも夫人には元気でいて欲しいという思いが同じなのは言葉にしなくても伝わっていたから。 「……けど、ボスが式を挙げないとなるとイーゴリさん達は残念がるだろうな」 「ふふ、それなら私達がもう一度式だけ挙げましょうか?」 「――」 アイリスからの提案に、一瞬にして脳裏を過ったのは純白のドレス姿の彼女だ。 絶対に綺麗だと思った後で、二回目を挙げるなら何かの記念に――そう、例えば子供と一緒というのはどうだろうか、などと考えてしまう。もしも女の子なら、子供にもドレスを着せて……と、もはや妄想の域に突入しかけていたアイザックは、果たしてどんな顔をしていたのだろう。 アイリスは彼の頭の中を見抜いたらしく「顔、気をつけてね」と笑う。 「え、顔?」 「ちょっと不気味」 「えっ、あ、えっ」 両手で自分の顔を抑え、慌てて元に戻そうとした彼に、――不意に。 「何を考えてニヤニヤしてんだよ、ア・イ・ザ・ック?」 「わぁっ!?」 驚く彼の後方から首に腕を回してきたのはヘスティア・V・D(ib0161)だったが、其処に居たのは彼女一人ではない。ニクス・ソル(ib0444)、ユリア・ソル(ia9996)夫妻、ヘスティアの夫であるリューリャ・ドラッケン(ia8037)――皆、アイリスの幼馴染達だ。 「俺達の可愛い幼馴染を泣かせてないだろうな?」 ヘスティアがアイザックの腹部を殴るような素振りを見せながらキラリと目を光らせれば、ユリアが「可愛い義弟にお土産よ」と差し出すチョウザメの『卵』。 「ちょ……!?」 「ナイス、ユリア。ってことでチビはまだか? こっちの幼馴染も待ってるぞ?」 真っ赤になるアイザックを更にからかうつもりで自分やユリアのお腹を意識させるヘスティアだったが、相手の反応は予想していたものとは違った。 アイザックとアイリスは顔を見合わせると、照れ笑いの表情になったのだ。 これには幼馴染達も身を乗り出さずにはいられない。 「もしかして!?」と向けられる期待の眼差しには「あ、ううん、まだだけどっ」とアイリス。 「もうすぐ来てくれるような気がするの」 「つまり毎晩頑張ってるって事か。腰は大事にな」 ポンとアイザックの腰を叩くリューリャに、ヘスティアから相変わらずだなぁと言いたげな視線が向けられるが、本人はどこ吹く風。 「仲睦まじい夫婦なら自然な事さ」 「……そのくらいにしておいてやれ」 真っ赤になっている二人を慮ったニクスが間に入ってやるも、その表情は笑んでいる。 その瞳は幸せそうな二人が見られて良かったと語っているようだった。 ●懐かしい顔ぶれ 静かな音と共に扉の向こうから姿を現したスタニスワフを、アルマは少し離れた場所で迎えた。 「……大丈夫?」 「少し一人になりたいと言うから、ね……。時間が必要だ」 「うん」 言葉では語らずとも、ファリルローゼを本当に一人にしてしまって平気だろうかという不安は二人共通の思い。それでも彼女の希望を叶えようと思えるのは信頼が勝るからだ。 口数少なく外へ出た二人は、同時に、懐かしい顔が近づいて来ることに気付く。 だから、アルマは。 「ワフちゃん」 ポンと背中を叩き、――笑顔。 「僕も、幸せを願うよ」 「アルマ……」 「また後でね!」 大きく手を振って走り出した彼と交代するように、ててて〜と走ってきたのはケロリーナ(ib2037)。 「マチェクおじさま〜、お久しぶりですの〜」 だきっ♪と挨拶代わりの抱擁を受けた傭兵は「久し振りだが、変わらないね」と笑んだ。 その後で遠ざかるアルマの背を見つめ、胸中に感謝の言葉を告げて。 「マチェクおじさま、とうとう結婚するですのね!」 柔らかな芝生を並んで歩きながら、ケロリーナは目を輝かせていた。 「イリスおねえさまとアイザックおじさまもおめでとうですし〜。幸せになってですの〜」 「ああ。二人も何処かに居ると思うから、直接祝ってやってくれるかい?」 「もちろんですの〜。ん〜〜でもマチェクおじさま、もっと早く結婚すると思ってたですの〜」 「それは意外な感想だ」 「でもマチェクおじさま、ロゼおねえさまのことずっと好いてましたの〜」 唐突な指摘に不意を突かれた傭兵は珍しく素で固まり、しかしケロリーナは何ら気にした素振りも見せずに「お花見も楽しみですの〜」とにこやかなまま、彼から一本取った事には気付かなかったようだ。 そんな二人に、今度は緋那岐(ib5664)が声を掛けてきた。 それも台詞を棒読みするような調子で――。 「おっさん、結婚するって聞いたから花見がてらお祝いに来たのに早速浮気か!?」 「緋那岐おにいさま、わざとらしいですの〜」 ケロリーナのツッコミに、マチェクも失笑。 「久々に会った最初の一声がそれかい?」 「久々だからサプライズでもと思ったんだけど、おっさんが結婚するってのがそもそもサプライズだったよな。勝ち目ないかー」 「勝ち負けじゃないと思うですの〜」 「いやいや、人生サプライズは大事だ。おっさん達と出会ったのだってつい最近の事のように感じるのにさ、あれからかなりの月日が流れたんだ……ぼぅっとしてたらあっという間だぞ」 しみじみと呟く緋那岐に、大人になったものだと感心しそうになったスタニスワフだった、が。 「おっさんだって気付いたらじいさんだ。急がないと自分の子にもじいさんって呼ばれるぞ」とにやりとされて。 「減らず口も相変わらずだね」と笑みを強めたスタニスワフは緋那岐を捕獲。 「えっ」 「せっかくだから式を飾る一輪の花になってもらおうかな。レディカ夫人なら綺麗に着飾らせてくれるだろう」 「ちょ、待っ、おっさんやっぱりそっちの趣味が!?」 「さぁどうかな」 「どっちでもおもしろそうですの〜」 からかわれた分くらいはお返ししたいスタニスワフと、女装くらいなら今更どうという事もないかもしれないが担がれているのが気にくわない緋那岐と、止める気は全くないケロリーナ。 「そういえば柚乃(ia0638)は、今日は一緒じゃないのかい?」 「え? あぁたぶんその辺に……って、いいから下・ろ・せ!」 「緋那岐おにいさまには青色のドレスが似合いそうですの〜」 賑やかにレディカ夫人の所で移動する三人を。 「にゃぁ」 真っ白な猫又が二本の尾を揺らして見送っていた。 三人が夫人の所へ行くと、彼女はカジャ・ハイダル(ia9018)と話し込んでいた。 「そうね、それはとても難しい問題だわ」 「夫人にも難しいのか……」 「ええ、だって何を貰っても活用するのが難しいわ。お洋服なんかは汚れるのが前提になってしまうし、装飾品は赤ちゃんを傷つける心配があるからつけられない。本は読む暇がない、食べ物……はそう、気力を回復するには良いかもしれないけれど、冷めると美味しくなくなっちゃうものは厳禁ね。どのタイミングで食べられるかは赤ちゃん次第だし、抱っこしながら食べると火傷をさせてしまう恐れがあるでしょう?」 「装飾品はダメって、指輪もダメだろうか」 「飾りが何もなければ平気かしら。あぁでも上の子がいるのよね、誤飲の危険があるから外した時は注意よ」 「気が抜けないな……!」 「何をするのか判らないのが子供だもの。人数が増えた分だけ親は目を離せないんだから、しっかりね」 「ああ、当然だ」 「ふふっ、頼もしい旦那様だこと」 「……それはそれとして、贈り物は何が良いと思う」 「あらそうね、そうだったわ。でもそれはとても難しい問題よ」――そうして最初に戻るのだろう話の流れを断ち切るように、ケロリーナがててて〜と夫人に駆け寄る。 「レディカおばさま、ご無沙汰していましたの〜。お花見へのご招待、ありがとうございますですの〜」 「あらまぁケロリーナさん! よく来てくれたわね、会えて嬉しいわ!」 二人が抱擁を交わしている間に、カジャに何の話をしていたのかとスタニスワフが問えば、二人目を出産間近の時雨に贈り物をしたいのだが良案が浮かばないので夫人に相談していたのだと言う。 それで先ほどの会話かと納得したスタニスワフは、 「だったら贈り物は時雨にではなく上の子にするべきかな」 「子供に?」 「下の子が生まれると、上の子の精神的な負担は大きいよ。母親はどうしたって赤ん坊の世話に掛かり切りになるからね。父親は上の子に愛情と言う名の贈り物を常に欠かさない事。ひいてはそれが時雨のためになるさ」 「なるほど……」 「つーか、おっさん詳し過ぎないか? ……はっ、まさか隠し子が既にたくさん!?」 「里にはたくさんの夫婦と子供達がいるんだよ、判ってくれるかい?」 緋那岐の言を遮るように、にっこりと微笑んだ傭兵がこの後でどうしたかと言えば、無論、緋那岐を着飾らせるために全力を出すのだった。 ●戦友 夫が自分への贈り物で頭を悩ませていた頃、霧先 時雨(ia9845)はアイザックをからかっていた。 来月には二人目が生まれるという大事な時期だけあって物腰はとても柔らかいのだが、それゆえにアイザックからしてみれば恐ろしい。 「さぁさぁ、子供は何人ほしいのかしら? 未来設計は早い内にしっかりざっくりよ」 「しっかりざっくりってどういう意味ですかっ」 「大雑把にでもちゃんと考えておけってこ・と♪」 「それは勿論ですけど、そういうのは俺一人でどうこう言える事じゃないですしっ」 嫁様は幼馴染達とガールズトークの真っ最中で不在。 妊娠に気付いたきっかけや妊娠中のトラブル云々の話が始まったため、男には聞かれたく内容もあるだろうと距離を取っていたところを時雨に発見されたというわけだ。 「そ、それに子宝は授かりものです!」 「確かにそうだけど……アイザック、年齢の割にはそういうところ大人びて……と言うよりも、年寄り臭いわ」 「うっ……それはたぶん、里の皆の影響だと……」 傭兵団として規模は大きくとも、人の群れとしては小さな集まりだ。 全員が家族という思いで助け合って生活しているのだから、考え方は当然のように年長者の影響を受けていく。 「なるほどね。でももう少し若さ故の暴走じゃないけど、勢いに任せてみるのも大事だわ。……じゃないと飽きられるわよ?」 ぐさっ、ずきっ、とアイザックの心を容赦なく傷つけ――否、鍛える時雨は、当然、フォローも忘れない。 「ま。あっちでもこっちでもからかわれて辛いでしょうけど、新婚は弄られている内が旬よ。皆が急かすからって慌てる必要なんかないんだし、それこそアイザックが言った通り、子供は授かりものなんだもの。奥さんを大事に、ね♪」 「……はい」 それは大丈夫ですと応じるアイザックの、幸せそうな表情に、時雨も安心して微笑んだ。 願いは一つ。 愛し合って一緒になった二人が須らく元気で幸せでいられますように。 ――そうして会話を楽しんでいた二人は、ふと近づいて来る人影に気付く。 ファリルローゼだ。 「……!」 その泣き腫らした目に驚いて近づけば、彼女は力ない笑顔で応じた。 「ロゼさん、一体どうしたんですか。大丈夫ですか?」 「ああ……マチェクは、何処にいるだろうか」 「ボスならたぶん夫人と一緒にこの後の打ち合わせ中だと」 「ぁ……すまない、此方の事情で迷惑を掛けて……」 「迷惑だなんてそんな……っ」 「そうよ。それよりロゼ、そんな酷い顔で……」 明らかに様子がおかしいファリルローゼを心配し、時雨はハンカチを取り出してその頬を優しく拭うも涙の跡は消えそうにない。 「花嫁がなんて顔をしているのよ」 「……時雨、お腹には赤ちゃんがいるのか……」 「え? あぁ、そうよ。来月には生まれるかしら」 「そうか……どうか元気な子を……」 「もちろんよ、任せて頂戴。それより今は自分の事でしょう? アイザック」 「ボスを呼んできます!」 アイザックは走り出した。 風が吹いて、緑が揺れる。 青空を流れる白い雲も、木々に綻ぶ花の匂いも、暖かな春の陽気に包まれて色鮮やかに世界を輝かせる。 「ロゼ?」 呼び掛けに応じると、其処にはルシール・フルフラット(ib0072)と風和 律(ib0749)が並んで立っていた。 「偶々、其処で一緒になってな」 「レディカ夫人のお誘いとあらば来ない理由はありませんし、それに何やらお祝い事もありそうという事で楽しみに……、ロゼ、さん?」 二人もまた彼女の異変に気付いて驚きを隠せない。 「何かあったのか?」と律が硬い表情で問えば、ファリルローゼは。 「……おかしいな」 「え?」 「おかしいんだ……どうして私は、二人に会えて、まだ『嬉しい』と思えるんだろう……」 咄嗟には理解出来ない言葉に、律、ルシール、そして時雨も返答に窮した頃、アイザックに呼ばれたスタニスワフと、傭兵達が慌ただしくしているのを見て察したアルマが駆け付けた。 「ロゼ!」 「スターシャ……」 強張った呼びかけと共に抱き締められたファリルローゼは、それでもなお虚ろに言葉を紡ぐ。 「どうしてだろう……おかしいんだ……あの子を失ったら世界は彩りを失うと思っていたのに……何もなくなってしまうと思っていたのに……ああ、違う……」 「ロゼ?」 「違う……こんなにも美しい色に溢れて鮮やかなのは、まだあの子が生きているからだわ……」 「……っ」 ファリルローゼの言葉に。 スタニスワフの表情に、仲間達は何があったのかを察した。……察したけれど、掛けられる言葉など見つかるはずもなく。 彼女は判っていて、判っていることを皆も判っていて。 それでも認められない――認めたくない彼女の気持ちを、誰が否定出来ただろう。 (否定なんて) (認めたくないのは自分も同じだ) だからこそ。 「幸せに、なろ」 アルマが言う。 笑顔で。 「大丈夫。大好きな人と、一緒にいれば」 「アル……」 「幸せになろう、ロゼちゃん」 「……っぁ……ああぁっ……」 響く言の葉。 継がれる想い。 君よ、どうか幸せに――。 ● 契 結論として、結婚式は行われない。 しかしスタニスワフとファリルローゼは正式に夫婦となる事を決め、宣誓の儀のみ行い――家族、友人達にはそれを見届けてもらいたいと望むのだった。 「ロゼさんらしいなぁ」 結婚式は挙げないという彼女の選択に少しだけ口元を緩めたジルベールは、恐らくマチェクも彼女のそういうところが好きなのだろうと思いつつ、隣に佇む親友・ウルシュテッドの静かな横顔を見つめた。 今頃、ファリルローゼは彼から贈られたドレスに着替え、フェンリエッタからの贈り物を身に着け、その時を待っているのだろう。 願わくは『その時』が大事な友人達にとって良いもとのなるように、ジルベールは祈り、そこに在る。 一方、更衣室兼控室として借りたその部屋でファリルローゼの着替えを手伝っていたのはイリスだった。 「迷惑を掛けてすまない……」 「迷惑じゃありません。ファリルローゼさんがマチェクさんと夫婦になられたら、私達だって家族になるんですから」 「……ありがとう」 「ふふっ」 「? どうかしたのか……?」 「いいえ。ただ……式をしないかもしれないと聞いて、残念だなって思っていたんです。ドレスを着たら絶対にお綺麗なのに、って。いま想像通りのファリルローゼさんが見れたから嬉しくて」 「そんな事は……」 照れ隠しに目線を逸らしたファリルローゼに再びくすりと笑ったイリスは、その後で扉をノックする音に気付いた。 誰だろうと開けてみれば其処には幼馴染のヘスティアとユリア。 「二人共、どうしたの?」 「いや……まぁ、どうかなとは思ったんだけどさ。せっかくだし」 ヘスティアがそう言うと、ユリアも。 「もちろんロゼが嫌でなければだけれど」 「……?」 何を持ってきてくれたのかとファリルローゼが立ち上がって確認すると、ヘスティアの手には大小さまざまな春の花が籠に盛られており、ユリアの手には白に近いピンク色の薔薇のブーケ――。 「レディカ夫人に相談したら好きなだけ持っていけって言ってくれてさ。少しだけ、ドレスに生花を飾ってみないかい?」 「花嫁さんには、やっぱり必要でしょ?」 「ヘスティア……ユリア……」 「断り難い事してる自覚はあるんだけどさ、……どう?」 叔父からの贈り物でなければ――妹からの贈り物でなければ、着飾る事すら胸が痛む現在のファリルローゼにとって、……しかし彼女達の気持ちはただただ嬉しくて。 「私は酷い姉だな……」 「そんな事ないわ」 ピンッとファリルローゼの額を指で跳ね、ユリアは断言する。 「フェンリエッタはロゼの幸せを願ってるわ、絶対に。妹の願いを叶えてこそ良いお姉ちゃんよ」 「ユリア……」 「ほら、もう泣かないの。――おめでとう、ロゼ。素敵な花嫁さんよ」 「……ありがとう……っ」 ファリルローゼは精いっぱい笑った。 ウルシュテッドに手を引かれ、美しい花嫁が緑薫る芝をゆっくりと歩いていく。 その姿を、スタニスワフはユリアと共に見つめ、花嫁を託される瞬間を待っていた。 「綺麗でしょ?」 「ああ」 短い言葉の遣り取りの後、小さく笑ったユリア。 「マー君にとって彼女は光りなのね、私にとってニクスがそうだったように」 さらりと惚気る友人にスタニスワフも少しだけ表情を崩す。 その瞳が語る無音の言葉を、ユリアはきっと正しく受け止めただろう。 「……似た者同士よね、私達」 「困ったことにね」 「ふふっ。……だから言ってあげるわ、絶対に手放しては駄目よ、彼女だけは」 おめでとう、と。 心からの祝福の言葉を置いて、ユリアは辿り着いた花嫁の、芝生に擦れたドレスの裾を綺麗に整えてその場を離れて行った。 そしてファリルローゼを此処まで送ったウルシュテッドもまた、スタニスワフに告げる。 「臆病でも弱くてもいいからお前の家族を守れ。それで充分だ。……頼んだよ、スタニスワフ」 「この身の生涯を賭けて」 力強い応えを受けたウルシュテッドは、ファリルローゼの手を自分の手からスタニスワフの手に委ねた。 「……叔父様……」 「幸せにな」 それが、最後。 家族が、友人が――二人を愛するたくさんの仲間達が見守る中で、スタニスワフがポケットから四つの指輪を取り出した。 二つは揃いの結婚指輪。 もう二つは、ケロリーナが二人のために用意してくれた花の指輪だ。 それらを一つずつ互いの左手薬指に嵌め、手を重ね合った。 「……ロゼ、俺の妻になって欲しい。俺と共に未来を生きてくれ」 「スターシャ……私の一生を賭けて、貴方を幸せにするわ」 短くも尊い言葉を互いに誓う、優しいキス。 呼吸を重ね、生涯を共にすると契約した二人に贈られたのはイリス、アルマ、そして紫乃による歌と演奏――『心の旋律』――祝福を、貴方達に。 (お願いします、ね。スタニスさん) 心の中、ルシールは祈る。 傷を抱いても、また心からの笑顔がファリルローゼに戻る事を。 (私も、今はこうして笑えているのだから、……私に出来る事はないけれど……これからの時の流れと、近くで支えてくれている人達がいれば、きっと) だからこそスタニスワフに頼む、と。 どうか幸せになってください、と――。 ●花見 誓約の後はウルシュテッドが持参した機材で記念撮影を行い、スタニスワフはファリルローゼの心情を慮ってそのまま席を外したが、後を任された副長のイーゴリと、レディカ夫人の先導によって、当初の予定通りに花見と言う名の宴が始まるのだった。 *** その賑やかな宴会を後方に、ウルシュテッドとジルベールは静かに酒を酌み交わしていた。 「可愛い姪が想いを叶えて嫁ぐってのに……何でかな。嬉しいとも寂しいとも思わないんだ」 グラスの中の酒を揺らしながらぽつりとそんな事を零すウルシュテッド。 ジルベールはそんな親友の肩を抱いた。 「心にぽっかり穴が空いとるんやろ。こればっかりはしゃあないで」 「ぁあ……」 答えつつ見返した相手の目に、自分と同じものを見て。 不意に吹き抜けた春の風。 ふわりと舞い上がった花びらを掴もうと手を伸ばしたジルベールだったが、花びらは指の間をすり抜けて遠く消え去ってしまった。 「……」 何も言えずに、グラスに残った酒を飲み干す。 ウルシュテッドの頬がほんの少しだけ緩んだ。 (本当にしょうがないな、俺達) 心に空いた穴に、ストンと落ちてきた何かが目頭を熱くした。 滲む景色を誤魔化すように酒を煽り、 「テッド、もう一杯いっとこか」 あの子はきっと俺らの幸せを願ってくれてる。 お互い、こんな顔してんのは今だけや――そんな言葉が聞こえてきそうな親友の声音に、無言でクラスを差し出した。 注がれた酒を空に掲げ、目を閉じる。 ああ、こんな顔は今だけだ。 きっと幸せになる……帰れば愛する家族が待っているのだから。 *** 桜の木の下に敷かれた大きな茣蓙。 その上に所狭しと並ぶ料理は紫乃達が腕を奮った力作ばかりだ。 アイシングでお花を描いたカップケーキ、桜の形に焼いたクッキー、苺ジャムを添えたスコーンに苺のマフィン、桜餅に花見団子。 更には種類豊富なフィンガーサンドイッチ。 「夫人にお伺いしたら傭兵団の皆さんがバーベキューをする予定だと仰っていたので、結婚式に映えるような軽食とお菓子がメインになってしまいましたが」 「さすが紫乃、どれも美味いぜ」 「そう言ってもらえると嬉しいですが……ヘス、食べ過ぎは良くないわ。それに体を冷やすのも、ね」 薄着な幼馴染にすかさずブランケットを手渡せば「用意がいいな、相変わらず」と彼女は笑う。 そんな遣り取りにアイリスやケロリーナ達も笑い、元気な赤ん坊が生まれて来る事を皆で祈り、……ふと。 「そういえばイーゴリさんご夫婦のところは、如何なのでしょうね?」 ルシールがくすっと親しみの笑みを浮かべ得て問い掛ければ、唐突に矛先が向いた副長は「え!?」と瞬間的に顔を赤くし、 「お、俺達は、その、なんだ、あれだ!」 意味不明な返答で逃げた副長。 しかしそんな話を誤魔化したままで許す面子が傭兵団にいるはずがなく。 「もうじき生まれるんだよ、あいつらの所も」 「そうなんですか!?」 「ああ、嫁の話じゃたぶん男の子だろうってさ」 「! では名前はやっぱり……っ」 笑顔で頷く傭兵達に、ルシールの気持ちも昂る。 「そしたらまたお祝いに来なくちゃだね、ルシールちゃん!」 「ええ、もちろんですとも!」 盛り上がるアルマとルシールの横で、此方は律が。 「アイザック、君の方はどうなんだ」 「ぶふっ」 不意打ちにクッキーが散らばる大参事。 「ど、どうって……それは……ち、近い内に朗報をお届け出来たらいいなと……」 「ほう。新婚生活は楽しそうだな」 「そ、それは勿論っ。って、律さんにそんな話をされるとは……っ」 動揺を隠しきれないアイザックを見て、それを楽しいと感じている自分自身が律にとっても意外だった。 これも成長と表現していいのだろうか。 彼はもちろん、傭兵団の他の面々や、レディカ夫人……懐かしい、と言うのとは少し違うけれど、彼らの顔を見てほっとした自分を自覚した時、律は何故か嬉しかった。 余計な力が抜けて、自然に付き合るようになったと思っても良いのだろうか、と。 (……そうだな。成長した、と喜んでおこう。今は) 何故なら酒も美味いのだから。 ――そんな新婚夫婦達の話で盛り上がっていた中、不意にアルマは気付いた。 「ん……?」 小首を傾げ、皿に小分けにした料理を配って歩いて回っている、ピンク色のワンピースを着たメイドさんを見つめる事、数秒間。 顔立ちとか。 背格好とか。 声、とか。 「……なんだよ」 「って、え、本当に緋那岐ちゃん?」 「え?」 アルマの指摘に他にも数人の仲間達が身を乗り出し、一方で「力作ですの〜」と誇らしげなのはケロリーナだ。 スタニスワフをからかい過ぎて、レディカ夫人とケロリーナに可愛く変身させられた彼である。 「言っておくけどコレ、おっさんの趣味だからな!」 「あー……ワフちゃん、緋那岐ちゃんを弄るの楽しそうだったもんね」 「それは一理ありますね」 「好かれている証拠だな」 「えー……」 ルシールと、律にまで同意されてがっくりと肩を落とす。 責任者出てこいと思うものの、先刻の花嫁の様子を考えれば文句を言いに行く気にもなれず、……とりあえず美味い飯を腹いっぱい食ってから帰ろうと思う緋那岐だった。 *** 仲の良い幼馴染だが、全員が集まる機会というのは、実は稀で。 リューリャ、ヘスティア、ユリア、ニクス、アイリス、紫乃――六人の会話は途切れる事無く弾んでいた。 近況を報告し合うだけでも楽しいのは相手がこのメンバーだからだ。 だが、アイリスが夫の所へ行き、ユリアとニクスが散歩に行くと言って立ち上がり、気を遣ったらしい紫乃もお菓子を取って来ると言って立ち上がれば、後に残されたのはリューリャとヘスティアだけ。 「……これから先も、こうやって集まれることは減るかもしれないな……ま、先よりも今をきっちり記憶に残せばいいんだが」 「その分、チビが増えてくってね」 八月か九月にはヘスティアの子が生まれ、その後にはユリアの子も生まれる。 きっとアイリスにも遠からず朗報が聞こえるだろう。 「そうやってさ、また続く幼馴染っていいよな」 「確かにね」 「それに皆、幸せそうだしな。俺はそれで満足さ」 心から幸せそうに笑うヘスティアに、リューリャも笑み。 「それはそうと、さっき紫乃にも言われただろう。身体を冷やすなと。あと酒は無し。大事な体なんだからさ?」 「わかってるって。今日は酌だけな」 「俺を酔わせてどうする気だ?」 「どうもしねぇよ、何を期待してんだ、スケベ」 「スケベが消えたら人類は滅亡だ」 「……正論かもしれないけど、同意したくねぇー……」 遠慮のないヘスティアの物言いに、リューリャは静かに、けれど楽しげに微笑んだ。 一方、散歩に行くと席を離れたユリアとニクスは、春の花を眺めながらゆっくりと歩いていた。 風に舞う花弁は美しく、それを見つめる夫の横顔は優しくて。 そっと、手を握った。 「どうした?」 「ありがとう、ニクス。ただ伝えたかっただけよ、幸せだって」 そう言って微笑む彼女を、ニクスは抱き寄せた。 「俺もさ、ユリア」 柔らかな髪に口付けた、その時。 「あら猫又?」 真っ白な猫又が二本の尾を振り、お幸せにと言いたげに「にゃあ♪」と一声鳴いて去って行った。 *** 皆から少し離れた場所で、此方も花見を楽しんでいたカジャと時雨。 カジャのリクエストで用意した弁当はお団子といなり寿司だ。 「いなり寿司……まぁ、カジャの好みってのなら、それで良いけれど」 「なんだよ、団子といなり寿司は欠かせないだろ?」 胸を張って言う本人も、内心では自分が好きなだけだと判っている。 そもそも、 「時雨の作る飯が美味いんだ、好物なら猶更食べたくなるってもんだろ」 「――……よく言うんだから。でも、ま……嫌ではないわ♪」 なかなかの殺し文句だと満足する時雨は、結婚前と現在の自分が随分と変わっている事に、説明のし難い違和感みたいなものを覚える事がある。 夫のため、子供のために家の事ばかりに時間を取られ、自分の時間などほとんど取れていない。 それでもいいと思えてしまっている事が、不思議で。 けれどそれ以上に、堪らなく愛しいのだ。 自分より大切な存在が出来るという事。 増えていくということ、……もう間もなく生まれて来る、新しい命。 (……きっと、そういうこと) お腹を撫でていると、カジャが髪を指に絡めて遊ばせ始めた。 「こんな風に二人きりで過ごすのも久々だな……生まれたら、またしばらく大騒ぎだ」 「そうね」 「して欲しい事があったら何でも言えよ。……言われなきゃ判んない事だってあるしさ。子育ては、二人でするんだから」 「あら、頼もしい台詞ね♪」 「そりゃあ、俺も父親だからな」 言いながら時雨の手を取ると、その指に銀のリングを嵌めた。 自分と揃いのペアリング。 「カジャ、それ……」 「揃いの指輪は初めてだろ? 決意新たにっていうか、……まぁ、これからも一緒に頑張ろうっていう、な」 告げて、その指輪に軽く口付けた。 「誰にも渡さない、俺の運命の女だ」 「…………もう……バカ」 にやりと笑う彼に、時雨も照れるやら呆れるやら。 きっと、これから先もずっと一緒に生きていける。 *** 「お待たせ」と、片手に盆を持ったスタニスワフが部屋に戻ってくると同時、食欲を誘う良い匂いにファリルローゼのお腹もぐうと反応する。 「ぁ……」 「朝から何も食べていないんだろう」 赤面するファリルローゼに、優しく笑い掛けるスタニスワフ。 盆の上には薄く色づいた飲み物が入ったグラスと、サンドイッチや菓子がたくさん乗った皿。どれも二人の為に紫乃が用意してくれていたのだと聞いたファリルローゼは「……悪い事をしたわ」と落ち込んでしまった。 そんな彼女の肩を抱き、額にキスを一つ。 「大丈夫だよ、みんな判ってくれている。気持ちが落ち着いてから礼を言いに行こう」 「ええ……」 「ああ、それとジルベールから伝言だよ。今度二人で店においで、と。奥さん自慢のスイーツを御馳走してくれるそうだ」 「それは絶対に行かなくちゃ、ね」 ふふっ、と笑顔を見せたファリルローゼは、……しかしすぐに泣きそうな顔に変わり。 気持ちの整理には今しばらくの時間が必要なのは明白だろう。 それも当然だと思うからスタニスワフは何も言わずに、ただ傍にいる。 支えたい、守りたい。 唯一人、無償の愛を捧げると決めた相手。 ……だからこそ、これだけは謝られねば。 「ロゼ、すまなかった。フェンに君の花嫁姿を見せられなくて」 「いいえ……それに、その言い方じゃまるでフェンが私のお父様みたいだわ……」 微笑って、……泣いて。 「俺の勝手な希望だったんだ……式を挙げるまではフェンは君の傍に居てくれるんじゃないか、って」 「判ってるわ……」 それが誰の為なのかも。 何を考えてくれていたのかも、判るから、……だから。 「私は未熟で、弱くて、貴方に助けてもらってばかりだけれど……何年、何十年掛かっても必ず貴方と、貴方の大事なものを守れるように強くなるわ」 「ロゼ……」 「だから私のすべてを……貴方のものにして」 「――」 泣き笑いの表情で告げられる言葉に、スタニスワフは不覚にも固まってしまった。 しばらく冷静に考えてみて、表情を隠すように手で口元を覆った。 「……ロゼ、そういう台詞はもう少し控えめに言い換えた方が良い。君の夫になった男は、それこそ今すぐにでも君を欲しているんだから」 「?? だから貴方のものに、と……え……」 コトン、と。 気付けば視界は天井を背景にした夫の顔が間近で――。 *** 白い猫又が赤い顔で、駆け足で広場にやって来た。 「猫又さん?」 紫乃が声を掛けると、猫又は「にゃあ」と誤魔すように鳴いた。 ――と、吹き抜ける強めの春の風。 気付けば肩のところに薄桃色の花びらが揺れていた。 「……お土産に、喜んでくれるかしら……」 花びらを懐紙に挟んで大切にしまう間にも脳裏に浮かぶのは愛しい夫の姿。 「幸せって、素敵ですね」 「にゃあ♪」 紫乃の呟きに嬉しそうに応じる白い猫又――その正体は秘密のまま。 「少し僕に付き合ってよ」 ふふっと、アルマが訪れたのは三人の傭兵達の墓――墓前に咲く一枝の桜を見て、嬉しくなった。 「此処でもお花見が出来るね」 言いつつグラスに注ぐのは水で。 笑顔は、とても儚くて。 「足りない、感覚……直視出来ていないだけかもしれない。でも、僕は……」 胸元に運んだ拳を握りしめて数秒。 深呼吸と共にアルマは空を見上げた。 ……春だ。 あたたかくて夢を見たくなる。 けれど、僕は。 まだ、……まだ。 先に、果てはある。 「……おばあちゃんも、元気かな」 遠く語り掛ける言葉は花びらと一緒に、きっとこのあたたかな風が届けてくれる。 そう、信じて。 花が咲く。 風が歌う。 春、爛漫。 |