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■オープニング本文 ●理穴から石鏡へ 大アヤカシ亜螺架との戦闘の最中、期せずして理穴の湖――錐湖の精霊の依代となり、沢繭の街全てを精霊力で満たし、戦局を大きく変えた穂邑(iz0002)だったが、人の身に純然たる精霊の力は過ぎたる力。神代の力を持つ身であればこそ交信、そして行使する事が出来た精霊力は、その強大さ故に彼女の体を蝕んでいた。 穂邑の身体は徐々に薄れ、透けてきている。 穂邑の存在は、現世から精霊界へと引きずり込まれようとしていた。 現世に留まる像を失いつつある身は、その場では対応の仕様がなく、戦場指揮官の機転により離脱させられた穂邑は、幾人もの護衛を伴って石鏡の首都、安雲へと護送された。 此処で穂邑を救ったのは、他でもない彼女の身を護って欲しいという願いと共に友から託された羽妖精の誓だった。 『椎乃っていう男がいるはずだわ、穂邑の知り合いよ! お願いだから穂邑を助けて!!』 石鏡が、穂邑にとって決して安全な国でない事を羽妖精は知っていた。 だからこそ小さな相棒は必至に一人の男の名を叫び、また、穂邑が神代だと知る者達は彼女を此処で失う訳にはいかないと羽妖精の要求に応えたのだ。 ――結果、穂邑の命はこの世界に繋ぎ止められた。 呼び出された椎乃という人物が、実は石鏡の有力貴族が名を連ねる五家の一つ、斎竹の嫡男であった事。 穂邑が神代であるという事実ゆえに石鏡の双子王が手を差し伸べた事。 天儀における最高位の巫女達は、後に「こんな事は初めてでしたから、成功するかどうかも判りませんでしたが」と苦い笑みを零すのだが、様々な幸運が重なった事により執り行われた双子王の儀式によって穂邑は救われた。 そしてそれから三日間。 穂邑はひたすら眠り続け、その傍らには羽妖精の誓と、ケモノの吽海が、決して離れる事無く寄り添っていたのだった。 ●護大と―― 三日後に目覚めた後、ようやく体を起こせるようになった穂邑は石鏡の双子王と謁見していた。 過去の経緯は様々あれど「助けられて良かったわ」と微笑む香香背と、安堵の表情で「僕達にも役に立てる事があって良かった」と語った布刀玉に、穂邑は心から感謝する。 「布刀玉様、香香背様に救って頂いた、この命……天儀の未来の為に尽くします」 「……一人で背負い込む事はないわ、と言おうと思ったけれど、とうに自覚しているのでしょうね」 ふふっと笑った香香背は兄を見遣り、それに頷き返した布刀玉は穂邑の背後に控えている羽妖精とケモノを順に見つめた。 石鏡の国内どころか首都から出る事も近頃はほとんどなくなってしまった双子王だが、天儀がいまどのような状況にあるのか――開拓者達がどのような苦難に立ち向かっているのかは日々情報として彼らの耳にも届いていた。 神代として覚醒した穂邑の事も、彼女が三位湖の底深くに眠る精霊に出会い、其処に巨大な浮遊宝珠が存在していると知った事も、……天儀が間もなく落ちるかもしれないという、可能性の事も。 穂邑達を見つめると共にそれらの話を思い出した布刀玉は複雑な感情を押し隠した笑顔で口を開く。 「君にはたくさんの仲間がいると聞いているし、味方がいる。開拓者達の強さはこの安須神宮にも聞こえているし、君達の心と力が合わさればきっと出来ない事などないと信じているよ。もちろん、僕達に出来る事があれば協力させてもらうから、その時には遠慮などせずに声を掛けて欲しい」 真摯な眼差しと共に告げられた言葉に、穂邑は。 「布刀玉様……、あの、では、早速で恐縮なのですが、お願いがあります。布刀玉様のお名前で、武帝に書状を出して頂けませんか?」 「武帝に書状を……?」 「はい。実は……理穴の湖で精霊様の依代となった事が影響しているのだと思うのですが……身の内に今までとは異なる力を感じるのです。この力を使えば……たぶん、私は護大に接触出来ます」 「!」 驚く双子王に、穂邑は更に言葉を紡ぐ。 「私はこれから開拓者ギルドに赴き、協力してくれる人を……私が護大の依代になっている間に護大と話をしてくれる人を探して……準備が整ったら遭都に向かい、御所で保管されている護大の欠片を使って、……出来る事なら、天儀の未来を賭けた交渉がしたいと考えています」 「穂邑……」 「難しい事は承知しています。もしかしたら、今度こそこの身が消えてしまう危険もあると……それでも天儀の未来が危機に瀕しているいま、私はやらねばなりません」 だから布刀玉には、石鏡王の名において穂邑と護大の接触を朝廷に許可するよう一筆書いて欲しいのだと。 双子王は強すぎる精霊力に感化されてその身を消し掛けた穂邑を実際に目にしている。その後遺症――いや、その経験故に神代としての能力が新たに覚醒したとしても不思議はない。 「お願い致します」と改めて頭を下げる少女に双子王は顔を見合わせ、そしてこの頼みを引き受けた。 「その代わり、すべてが丸く収まったら私が主催するお茶会にいらっしゃい。その時にはいろんな話を聞かせて頂戴」 香香背は「それが条件よ?」と微笑んだ。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
水月(ia2566)
10歳・女・吟
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
ヘイズ(ib6536)
20歳・男・陰
星芒(ib9755)
17歳・女・武
ウルスラ・ラウ(ic0909)
19歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ● 開拓者ギルドで穂邑の呼び掛けに応じた八人の内、半数以上が共通の思いを抱いていた。 「身体、大丈夫なのかい?」 代表してそれを問い掛けたヘイズ(ib6536)の真剣な眼差しを受け止めた穂邑は、続いて朝比奈 空(ia0086)、柚乃(ia0638)、鳳・陽媛(ia0920)、水月(ia2566)、ケロリーナ(ib2037)という友人達の顔を順に見遣った。 皆、一様に心配そうな顔をしている。 本当は止めたいという気持ち。 代われるのなら代わりたいという思い……、しかし彼女達もまた天儀の未来の為――此処に生きる多くの民の為に、出来る事はし尽くさねばならない事を知っている。 だから本心を隠して自分の背中を押してくれるのだという事を穂邑もまた承知しているから背一杯の笑顔を見せた。 「はいっ、もう大丈夫です!」 「そっか」 ぽふりと少女の頭に手を乗せ、そっと撫でるヘイズ。 胸の奥が鈍く痛む。 「私達がついていますからね。ずっと」 陽媛は穂邑の手を握り、柚乃が背中に手を添える。 「私達が傍にいる事、忘れないで……」 「はい……っ」 目頭が熱くなるのを必死に堪える穂邑の様子に気付いて、そろそろ付き合いも長くなってきたウルスラ・ラウ(ic0909)が「急ごう」と助け舟を出す。 「よぉっし! それじゃあ皆、しゅっぱーつ!」 努めて明るく振る舞う星芒(ib9755)もまた穂邑を心配していた一人であり、これから起きるであろう事象を予想しながらしっかりとその手を引き寄せるのだった。 ● 遭都、御所。 事前に石鏡の双子王から書状が届いていた事もあり、到着した一行は待たされる事無く護大を保管している地下の間へ通された。 また、開拓者達からの希望もあり、穂邑の安全確保のために石鏡の双子王が同席。武帝も交渉相手が相手なだけに、天儀の代表として同席する。 そんな武帝――彼女達にとっては友人のなーさんに水月が差し出したのは、とあるケモノから貰った『棘』だ。 精霊力の塊でもあるこれを彼に持たせる事で、万が一の時に彼の身を護るお守りになってくれたらいい……そんな願いが込められていた。 「なーさん……危険なこの場所に同席する事を決めてくれて、ありがとう……なの」 「……何が起きようと、おまえ達が何とかするのだろう」 相変わらず表情は乏しいけれど、声音に伴う響きは友人をからかうそれだ。 傍で聞いていたウルスラの眼差しも心なしか和らいだ。 「守るよ、必ず」 友との約束――信頼してくれる気持ちを裏切る事はしない。 何が起きようとも、絶対に。 一方の双子王にはケロリーナが仲間達と相談して決めた手順や注意事項などを伝え、柚乃は同席する朝廷の術者に穂邑の負担を軽減するような術式があるなら施して欲しいと頼み込んでいた。護大との接触によって何が起きるのか想像も出来ない現状、どんな術式が有効かも判らないが、だからこそ打てる策は全て打つべきというのが開拓者達の総意。 その様子を確認しながら、空は。 (護大との交渉……ですか。無事に済めば良いのですけれどね……平行線になる事も覚悟しておく必要がありますか) 心の内で呟きつつ穂邑を見遣る。 彼女自身が危険と知りつつもやると決めた事ならば、心配を口にするだけ野暮だろう。 だから何も言わない。 ただ、力を尽くすだけ。 静かな決意と共に意識を集中させていこうとしていた空は、しかしタタタタッと駆けて来たケロリーナに手を取られる。 「空おねえさまもこれを身に着けてくださいですの〜」 「……これは」 「藤子おばさまのお庭に咲いていた花で作った指輪ですの。全員でお揃いですの、きっとけろりーな達と穂邑おねえさまを繋いでいてくれますの」 穂邑が居候している家の、あの庭に咲いていた花と聞けば確かに繋げていてくれそうな気持ちになるから不思議だ。 ケロリーナは空に指輪を渡すと、次にヘイズ、水月……と全員に配っていく。 双子王や武帝の指には既にそれが嵌められていた。 「……繋がり、ですか」 空はそっと呟き、それを自分の指に付けた。 水月は穂邑と武帝に加護結界を施し、陽媛と共に超越聴覚を発動させて微かな物音も聞き逃さないよう神経を集中させる。 柚乃は深呼吸を二度繰り返すと、心の旋律を奏で始めた。 精霊語による愛の歌が護大に届くかは判らないけれど、音楽に境界は存在しないと信じている。 (せめて此方に敵意がない事だけでも伝わってくれたら……) それだけで穂邑に掛かる負担は僅かでも軽減出来るはずだ。 そして同時に友人達の想いを強く穂邑に自覚させる。 ぎゅっと握りしめた拳を胸に当て、穂邑は一歩を踏み出した。 前方には今回の儀式で使うための護大の欠片――心臓部分が安置されている。 星芒は朝廷側で厳重に保管されている三種の神器の一つである八咫鏡と、心臓部分のこれまでの経緯を踏まえて鏡を今回の儀式にも使用する事を意見したが、実際に心臓部分を目にした穂邑は、余計な力が自分と護大の間に割り込めば失敗すると直感し現在に至る。 穂邑は更に一歩、護大の心臓に歩み寄った。 八人の開拓者達は穂邑、武帝、双子王の護衛として三か所に分散し、その時を待つ。 ドクン……ドクン……と護大の規則正しい脈動が間に響く。 息を飲む穂邑の顔色は真っ青で――。 「穂邑……っ」 「!」 不意の呼び掛けに振り返れば、穂邑以上に拳を震わせているヘイズがいた。 募る不安。 此処から連れて逃げ出したい衝動を必死に抑え付け、ヘイズは告げる。 「判ってるな? どうなってもいいなんて、死んでも思うなよ……っ?」 「……大丈夫、です」 穂邑は笑顔を浮かべる。 「必ず帰って来ます」 そう言い終えるや否や、速足になった穂邑の手が護大の心臓に延ばされた。 触れる――そう思った瞬間の発光。 「!!」 誰もが目を瞑り、それでも防げぬ強烈な光りに苦悶の声を上げた。 「……!!」 武帝に何かがあってはと、ウルスラが手探りで彼を探せばすぐにその腕に触れた手。それが武帝だと確信したウルスラは決して見失わぬよう警戒を強めた。 同様に双子王の位置を確認し、しかし柚乃の歌声は途切れ、仲間達の苦悶の声すら聞こえなくなった時。 ――……これは…… 呟いた誰かが、それすら声にならなかったと気付く。 其処には、何もなかった。 ● 其処は「無」。 仲間も、穂邑も、護大も、何もかもが。 ――……私は何処…… 自分自身すら、どこにも。 ――……えええええっ!? 護大と接触するんじゃなかったのかな、なにこれ、なにこれ……てっきり八咫鏡に映ったりした謎の女の子と交信出来るかと思ってたのに…… 虚空に消えゆく聞こえぬ声が、しかし、無の空間に揺らぎを生み。 揺らぎは、緩やかに人の形へ。 「!」 それがいま正に自分がイメージした姿――あの日、八咫鏡に映った真っ白な影と同一だと気付いた時、無は己を認識する。 「あ」 意識は形を得、星芒に。 「え……えぇ??」 意味が判らない。 判らない、けれど……形を得たのは【私という認識】。 「そ、そっか! みんな自分をイメージ! 手とか足とか色々……っ、此処にあるって、イメージ!」 「うおっ」 直後に現れて転倒したヘイズ。 「ほ、穂邑は!?」 体を起こすよりも先に依代になると語った少女の姿を探すが、現れるのは武帝と、彼を庇うように立つウルスラ、水月、柚乃、陽媛、ケロリーナ、双子王。 そして空。 「状況を正しく認識するのは困難ですが、穂邑さんが護大の依代になったのなら……」 虚空に揺らめく白い影は、何度か開拓者達の前に現れたあの姿に間違いなく、この影が護大ならば、つまり今回の交渉相手だ。 開拓者達はそれぞれに仲間と目配せし、最初に問いかけたのはウルスラ。 「あたしたちは人間。あんたは?」 根本のところを尋ねるウルスラの問い掛けに、しかし白い影は変わらず揺らめくだけ。 星芒が問いを重ねる。 「あなたが護大?」 ……しばらく待ってみるが応えはない。ただ、小首を傾げるような動作を見せただけだった。 「えっと……」 開拓者達は困惑する。 目の前で揺らめく白い影は、次第に動きを大きくし右に左にと漂うように泳ぎ始めたが、会話が成立する気配は皆無と言っていい。 「……言葉が通じていない気がするの……」 「何なのでしょうか、この違和感は……」 水月と陽媛が顔を見合わせる隣で、柚乃が「もう一度『心の旋律』を歌ってみます……」と心を込めて詩を紡ぐ。 聞こえて来る歌声に白い影はしばらく動きを止めていたが、いつしか弾むようにゆっくりと上下し始めた。 「……喜んでる……?」 「……そうは見えない……ような……」 難しい顔で白い影の動作から感情を読み取ろうとする星芒に、空の見解は厳しい。 陽媛が言うように、白い影に対し開拓者達の胸中には違和感という名の苦いものが広がっていた。 この白い影は、何なのか。 自分達は護大と交渉するために此処に来たのではないのか。 そのために穂邑は護大の依代となったのではなかったのか。 「穂邑……っ」 ヘイズが心配のあまり呼び掛けた声に、不意に。 白い影が『振り返った』。 「ホム、ラ……?」 「!!」 喋った。 あまりにも唐突な変化に一瞬固まってしまった開拓者達だったが、すぐに言葉を取り戻す。 「穂邑おねえさまを知っているですの?」 ケロリーナの問い掛けに、影はしばらく何の反応も示さなかったが、……やがて。 「ホ、ムラ……ホム、ラ……ホムラ……ワタシ……私、穂邑」 「!?」 「……あなたは穂邑さんではありませんよ」 空が応じるも、影は。 「あなた、穂邑」 「私は空です。朝比奈 空」 「ウツ、ホ……空、さん」 「っ……」 呼び名の響きに穂邑を感じ取り、空の背筋に冷たいものが走る。 「空さん。空。空さん。私。穂邑」 「……いいえ。あなたは穂邑さんではありません。あなたは、護大ではないのですか?」 「――……ご、だ、い?」 影の頭部分が円を描くようにゆっくりと動かされて、続く言葉。 「穂邑、私、ない、空、ない、水月、ない、柚乃、ない」 唐突に自分の名前を呼ばれてぞっとする水月や、柚乃。 心の旋律もいつしか止まり、影は只管にこの場にいる開拓者達全員の名前を呼び続けた。 星芒は「まさか……」と口元に手を添える。 「もしかしたら……穂邑さんの記憶を読み込んでる、とか……」 「……だとしたら、それはそれで何か変だろう……?」 ヘイズが苦い顔で応じる。 支離滅裂な影の言葉をそのまま解釈するわけにはいかないし、記憶を読み込んでいるという予測には最初と似た違和感が拭い切れない。 そもそも――。 「……護大派の連中は『これ』の教えをどう得たと言うのか……」 ウルスラの指摘に皆が息を飲む。 どう得たのか? ――違う。 開拓者達の中で何かが音を立てた。 「……あぁそうか、認識か」 ヘイズはがしがしっと頭を掻く。 「……護大と名付けたのが、もしも人間側ならば」 空が補い、ヘイズが頷く。 最初を思い出す。 此処は「無」だった。何もなかった。護大という自分達の知る存在にあの白い影の姿をイメージしたのは、開拓者。 此処に在る自分達は、自らを認識している、自分。 此処が護大の依代となった穂邑が見せてくれたものだと信じるなら。 「護大なんて最初から無い……人間がそうと決めただけに過ぎないんだ。護大は……」 護大は、この世界そのもの。 ● 「ちょっと待って、話がいきなり大きくなってない!? っていうか、じゃああたし達が此処に来た意味は?」 焦る星芒に、水月は一言一言を慎重に選びながら語る。 「たぶん……最初の前提から間違っていたの……。護大派が「天儀を落とすのが護大の意志」って言うから、それを止めるための交渉をするはずだったけど……護大は無……護大派が護大の言葉を聞けるはずがないの……」 神代が居ればまた違った見方も出来るが、穂邑を奪い去ろうとするのだから、それはないだろう。 「つまり、護大が天儀を落とすというのは護大派の嘘……?」 「そうとは限らない。少なくとも、護大の欠片を飲み込んだアヤカシが大アヤカシになるのは事実だし、瘴気と精霊力の相殺で島が落ちたのも事実だ」 陽媛の期待を、しかしヘイズは冷静に否定する。 そうしてしばらくは誰も口を開かなかったが、誰ともなしに視線を送った相手は――武帝。 「……何か、護大に関する情報とか、ありませんか……?」 柚乃に見上げられた武帝は、しばらく考えた後で己の手を見つめた。 「……おまえ達が期待するような情報は何も持たぬが……無は始まりでもある。おまえ達の呼び掛け次第で何かが変わる可能性はあるだろう……私のようにな」 「なーさん……、!」 思わず感動しそうになる開拓者達だったが、唐突に視界がぶれた事で我に返った。 「もしかしたら穂邑さんの体に限界が来ているのかも……!?」 「急がないとですの、どうしますですの?」 開拓者達は必死に考えを巡らし、これが始まりならばと、白い影を囲むように並んだ。 スカートを軽く持ち上げてジルベリア風の丁寧なお辞儀をするケロリーナや、舞うように一礼する水月、柚乃。 「初めまして。私達は天儀の住人です。あなたのお友達になりに来たの。最初の贈り物は、やっぱり名前ですよね。……護大は、どうですか?」 ゆっくりと優しく告げる陽媛に、白い影がゆらりと揺れる。 「名前……、護大」 「そうです。あなたは護大です」 「私、護大……」 空の断言に、それまで揺らいでいた影の輪郭が定まったように見えた。 「あなたは自分が何か判りますか?」 「何? 私とは、なに? くうは、くうだ。護大、……それが、私」 「くう?」 「くうは、空。知らない。空。空は全。全は無。無は空」 意味不明な言葉の並びに何とも反応の仕様がなかったが、水月がふと気付く。 「無の護大さんが、最初に触れたのが依代となった穂邑さんの記憶だったとしたら……もしかすると、自分を説明するのに、穂邑さんの記憶にある知識だけでは足りないのかも……」 「……確かに、机に向かって勉学に勤しむ穂邑さんは想像し難いですね」 空が愛情を以てそんな風に応じれば、成程と広がる笑い声。 「人間を形作っていくのは日々の記憶でもある……」 ヘイズの言葉は、つまり近い未来に改めて交渉するための――その時こそきちんと話が出来るようにするための。 「俺達の記憶にも触れていけ」 八人の開拓者達と、武帝、石鏡の双子王――十一人の、花で作られた指輪を嵌めた手が繋がる。 穂邑と揃いの、友達の想いが込められた綺麗な花。 ――……ちゃんと、戻って来て……! 再びの、光りの爆発。 彼らが再び目を開けられるようになった時、辺りは穂邑が護大の心臓に触れる以前の景色に戻っていた。 ただ一つ異なったのは、疲れ果てた穂邑が護大の心臓を前に深い眠りに落ちていた事だけで――……。 |