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■オープニング本文 ● 新スキル実装のお祝いに 青龍寮で開発された陰陽師の術『言魂』の実用化が決定してから数週間、それはいよいよ実装されて多くの陰陽師達が扱える新たな術として世に知られる事となった。 いろいろとあって決して順風満帆とは言えない寮生活を送らせることになってしまった青龍寮生達も、今回の新術完成には笑顔を見せてくれるだろう……寮長兼講師の菅沢あきら(iz0316)は彼らの顔を見るのが楽しみで仕方ないと言わんばかりの弾むような足取りで教室へと向かうのだった。 「さて、それでは今回の授業ですが――」 教室に集まった寮生達をぐるりと見渡した後、菅沢はにっこりと微笑むと「課外授業です!」と言いながら大きな地図を取り出した。 それは、先日の冥越におけるアヤカシとの決戦が終わるとほぼ同時期に見つかった新たな儀――島の地図である。 既に何人もの開拓者達が探索を開始しており、彼らが持ち帰った情報を元に作られた地図も少なくない。 菅沢が所持していたのもそのうちの一枚で、曰く「言魂完成のお祝いも兼ねて、息抜きに遊びにいきませんか?」と。 「海や砂浜で遊ぶのもいいですし、料理上手……じょ、上手な方も多いんですから浜辺でバーベキューというのもいいですね。皆さん一緒に羽を伸ばしながら……時には真面目に、次の課題についてなども相談出来ればいいなと思います」 そう言って微笑んだ彼は、 「では、計画を立てましょう」と皆の前に地図を広げて見せたのだった。 |
■参加者一覧
薙塚 冬馬(ia0398)
17歳・男・志
胡蝶(ia1199)
19歳・女・陰
樹咲 未久(ia5571)
25歳・男・陰
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
无(ib1198)
18歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ● 「課外授業、よろしくお願いします」 夏の海だというのに普段と変わらぬ装いの寮生達の中、一礼した宿奈 芳純(ia9695)に菅沢は困惑。 「……暑くないですか?」 「心頭滅却すれば火もまた涼し、です」 「そ、そっか……」 「心頭滅却もいいですが、暑いものは暑いですよねぇ」 困惑している菅沢の後ろからそんな声を投げ掛けたのは、やはりいつも通りの无(ib1198)だが、その顔には色眼鏡が装着され、……足取りが若干、危なっかしい。 大丈夫ですかと怖々尋ねる菅沢に「このところ内勤が多かったものですから」と无。 更には此方も普段通りの恰好の樹咲 未久(ia5571)が、彼のお目付け役を兼ねて同行してくれた義理の弟、薙塚 冬馬(ia0398)に「笠を被れ」「水分を補給しろ」と世話を焼かれており、諸々の不安を募らせる菅沢に、胡蝶(ia1199)。 「菅沢先生のご厚意は大変ありがたいのだけど……、陰陽師って、たぶん少なくない割合が屋内派の人種よね……」 言われてようやくその事に気付いた菅沢は楽しむ気満々の軽装。 途端に自分の恰好が恥かしくなって来た彼に、今度はモユラ(ib1999)。 「平気平気、このメンバーで海に来るなんて考えたことなかったケド、こうして揃ったからにはきっと楽しいよ♪」 「まぁ合戦が終わって、緊張の糸が切れていた感もあるし、……騒がしいのは苦手だけど休暇はありがたく頂くわ」 モユラと胡蝶のフォローに、未久も「どうせですから楽しみましょう」と。 「私も腕を奮って夏の海に似合う料理をご用意しますよ」 「や め ろ」 にっこり微笑む未久の背後から誰より早く止めに入る冬馬。彼が居てくれれば、きっと夏の海の惨劇は阻止されるだろう――。 ● 各所に言魂を放って空や海、周囲の森を調査するなど芳純が安全の確保に努めてくれたおかげで、他の面々は心置きなく各々の自由時間を満喫する。 泳ぐ気はないけれど陰陽服のまま暑さに耐えるという苦行も望まない胡蝶はビーチパラソルの代わりに天幕を張り、日光浴の準備を整えた後で水着に着替えてた。 未久が海辺の生態調査を兼ねた潮干狩りで夜のバーベキューの素材を探せば、无は釣りで食材調達。 そしてモユラ。 最初こそ磯や岩礁を行き来し、海面に見えた獲物を太陽針の投擲で捕えるつもりだったのだが、今日は日が悪いらしく海上から魚の姿は確認出来ない。となれば……と出した結論は、素潜りだ。 「食べれそうなモンは何でも獲るよ……!」 勢いよく上着を脱ぎ捨てると海に飛び込んだ。 その光景をぼ〜っと眺めていた无は、尾無狐を撫でて一言。 「……美味しい海の幸は彼女に期待しましょうか」 手元の釣竿から海中に伸びる糸は、先ほどからただ静かに風に揺られるばかりだった。 (思えば海って、ゆっくり見たこと、あんまりないかも) モユラは獲物を探しながら、全身を覆う不思議な感覚に我知らず笑みを毀す。 視界に映る世界は山のそれとは全くの別物で、けれど其処に暮らす生き物の表情は山と同様に活き活きしていて。 (……うん、海も悪くない、カナ) 楽しくなってきて、くるりと体を反転させた。 と、上方に見覚えのある姿。 (センセ、発見♪) 海中で足を引っ張ってみようかなと悪戯心を覚えるモユラだったが、相手は曲がりなりにも陰陽寮の講師であり、驚いて応戦されれば何が起きるか判らない。 少し残念な気はするが普通に顔を出す事にして上昇し――。 「せーんせ」 「!?」 ざばんっと水しぶきと共に顔を出したモユラに対し、菅沢は喉の奥で声にならない悲鳴を上げ。 「なっ、なっ、なっ……えっ、あ、も、もしかしてモユぅぉぁあぉぁぉ……っ!」 「!?」 突然の叫びに驚いたのはモユラだけではない。 浜辺で潮干狩りしていた未久や、釣り糸を垂らしていた无は勿論、日光浴でうたた寝していた胡蝶までが飛び起き、海で溺れそうになっている菅沢に気付いて慌てて助けに飛び込んだ。 「ちょっと、何してるの?」 呆れ半分、心配半分の胡蝶の問い掛けに、菅沢。 「驚いて足を攣ってしまって……!」 「そんなに驚かせちゃったっ? ごめんねセンセ!」 「!」 慌てて謝るモユラに、胡蝶も思わず身を引き……。 「……え、っと……モユラ、よね?」 「? ――あ」 確認された事で本人もようやく気付いた。 自分の長い髪が海水に濡れそぼり、まるで海坊主のようになっている事に。 ● 菅沢が未久の手を借りて集合場所に戻るのを見送ると、胡蝶は自前の櫛を片手に、砂浜にモユラを座らせた。 「せめて結ってから潜れば良かったでしょうに」 「あんまり気にならないんだよね。泳ぐには支障ないしサ」 「らしいと言えばそうだけれど」 海水に浸って櫛が通り難くなっている髪を少しずつ手に取り、ゆっくりと梳いていく。 「たまにはイメージチェンジも悪くないわよ」 「そっかナ」 他人に髪を梳いてもらうのが意外と気持ち良い事を知って笑顔が毀れるモユラと、そんな彼女にお姉さん的な笑顔を見せる胡蝶。 愛らしい女性二人が水着姿で戯れていれば、まさに目の保養である。 ……が、砂浜に横になって未久に介抱されている菅沢は凹んでいた。 「……不甲斐ないですね……それに。……皆さんの休暇にはならなかった……かな」 力ない呟きに、未久はくすっと笑みを零す。 「そんな事はないと思いますよ。私達が海に来たからと言って羽目を外していたら、その方が……」 何かを言いかけて、ふと考えるように言葉を切った未久は、しばらくしてから真顔で話を再開。 「想像してみてください、宿奈さんが水着の女の子を追いかけている姿を」 「え……」 「无さんが日焼けすべく太陽の下で肌をさらけ出していたり、胡蝶さんとモユラさんが男性に愛想を振り撒いて貢がせていたりしたら、その方が怖くありませんか? あぁでも男達に貢がせる胡蝶さんは一見の価値があるかもしれませんね」 「ぶっ……あ、いや、なんでもありませんよ!」 思わず吹き出してしまった菅沢に何事かという表情で胡蝶が振り返った。 まさか聞こえたわけではないだろうが、菅沢は必死に首を振る。 未久は笑った。 「ね? つまり、こういう場所でも普段通りに過ごせるのが一番の休息なんですよ」 「……なるほど」 未久の言葉を心の内で反芻した後、菅沢の表情にも笑顔が戻る。 「ありがとう、樹咲くん」 「どういたしまして、と言うのも生意気ですね」 くすくすと笑い合う二人。 それを少し離れた場所から眺めていた冬馬の表情も穏やかだ。 (へぇ……結構、真面目に良い生徒してるんだな……) 講師との遣り取りからそう安堵した冬馬だったが、……その認識は長くは続かないのである。 ● 日が傾き始めた頃、寮生達もそれぞれに獲った食材を手に戻って来た。 「食事を始めてしまうと飲む人もいるでしょうし、先に真面目な話をしてしまいましょう」という菅沢に促され、食事の準備は冬馬に一任。寮生達は菅沢と共に輪を作って座った。 真面目な話、それは今後の事だ。 『言魂』という一つの目標が達成され、次に目指すものは何か。 そう問われた寮生達は各々で考え、まず答えたのはモユラだった。 「やりたい事、知りたい事はあるよ。……でも、青龍寮は……」 そこで一度言葉を切り、短い沈黙を経てモユラは続ける。 「陰陽寮は、五行っていう国はそれに応えてくれるのかな、て。疑問に思っているのが……残念だけど、素直な気持ち」 「モユラさん……」 菅沢の呼び掛けに、しかしモユラは笑顔だ。 「だからあたいの知りたい事は、あたい自身の力で学ぶよ。今は皆のしたいことが、やりたいナ。卒業準備の他に何か研究したいって人が居れば喜んで協力する! もちろん卒業に向けた勉強だって全力でネ!」 拳を握って力説する背中に、胡蝶の手のひらがぽんと弾む。 応援、励まし、労い――様々な想いを乗せた温もりにモユラは改めて大きく頷く。 「皆はなにがしたいのカナ」 「そうね……私にはもう課題に関して語れる事は無いのだけれど、言魂の研究をすると決まった時に保留にしていた術……『変化の術』が気になるかしら。自信の周囲を物質化した瘴気で覆って、たとえばアヤカシの姿に変える、いわゆる瘴気で作った着ぐるみね。演劇なんかで使えたら拍手喝采でしょう? ――なんてね」 真面目に考えだしそうになる菅沢に「冗談よ」と。 「私の希望は叶ったわ。あとはモユラと同じ。誰かが希望する研究があるなら全力で支援する。それだけ」 「私はもう少し人魂の改良をしてみたいですねぇ」 続くのは未久。 「最初の授業で出ましたが、触覚も共有できるかどうか、効果時間の延長方法……あぁ発動までの時間短縮というのもありますね。人魂にはまだまだ改良の余地がある気がします」 「なるほど。一つの術を極めるというのもまた陰陽師らしい」 微笑む菅沢に、挙手と共に続くのは芳純だ。 「実は友人から不可視のものを見せたい、実体を示す事が出来ないかと相談されました」 「不可視のものを、ですか?」 具体例なども聞いてしばらく悩んでいた菅沢は「すみません、いまこの場では何とも……例えば瘴気を色づけして見えない相手を包んでしまうというような方法なら……いや、うーん……」と再び思考の渦に飛び込みかけて、やはり保留と返答した。 次回には何かしらの返答を持ってきます、と。 そして。 「无君は何かありますか?」 黙って聞いていた彼に問いかけた。 无はそうですねぇと頭を掻きながら、ずっと以前から抱えていた疑問を口にする。 「瘴気の根幹は何か、ですかね」 それが判れば陰陽師が精霊力を操作する事が出来るのではないだろうか。 突き詰めれば精霊力の根幹を知り、その混合、変換に至るのではないか、と。 そう問うた无に、菅沢は目を瞬かせた後で「実は」と一人一人の顔を順に見つめた。 「……実は、それを皆さんの卒業試験にしようと考えています」 「!」 瞬時に張り詰める場の空気。 菅沢はこくんと頷き返した。 「いま皆さんが研究したいといった内容を継続する事は可能です。それと並行して……青龍寮生として此処に居て、開拓者としていま正に天儀の未来を動かそうとしている皆さんに、瘴気と精霊力とは何であるのか……その答えを見つけてもらいたいと思います」 授業としてではなく、青龍寮生としてだけでもなく、これから赴くであろう戦地において、一人の陰陽師として何を得て来るのか――それを卒業試験とすると菅沢は言う。 「もちろんモユラさんがそうであるように、開拓者としての皆さんが必ずしも陰陽師でなければならないわけではありません。ただ、陰陽寮に在籍し、様々な瘴気の術を扱ってきた貴方達が、その力の根幹に何を見るのか……正しい答えなど私も知りません。重要なのは正しい答えではなく『皆さんの答え』です。是非聞かせてください……救われた天儀の未来で」 ――天儀は崩落するという話が聞こえて来る昨今、度重なる大アヤカシとの戦いの中で瘴気と精霊力の在り方には疑問の声が聞こえて来ている。 だからこそ天儀にも在ると信じる未来に、その答えを、――託す。 「では次回の授業では、ちょっとした遺跡に探検に行きましょうか」 そう言って菅沢は悪戯っぽく笑ってみせるのだった。 真面目な話が終われば待ってましたの食事の時間。 皆が持ち帰ってきた戦利品は冬馬によって美味しい料理に変貌していた。彼が火の番をしながら次々と焼いていく肉類は天儀から持参してきたものだが、魚介類は芳純とモユラ、山菜やきのこは无が――。 「森に入ったの?」 「ええ、水中遊歩道があると聞いて気になっていたので。とても綺麗でしたよ」 无の返答に目を瞬かせる女性陣。 「そういうところに行くなら誘いなさいよね」 「あたいも海より森の方が得意だヨ!」 「すみません。お二人共水着姿がよく似合っていたので」 「……どうしてかしら、褒められている気がしないの」 「おかしいですねぇ、本心からの言葉なんですが」 真顔で悩む无に、いったいどこまで本気なのかと笑うモユラは、そういえばと芳純を振り返る。 「海で岩にぶつかっていたケド、大丈夫だった?」 「……見られていましたか。お恥ずかしい……実は警戒を怠らないよう泳いでいる間も海上に言魂を飛ばして周囲を監視しようとしたんですが……その、言魂の視界を優先してしまい……」 「――」 一瞬の沈黙と、続く全員分の笑い声。 「宿奈さんは完璧に見えて、たまに天然ボケっぷりを発揮するのが魅力ですね」 「それを魅力と言えるのかどうか……」 「完璧人間よりはいいのじゃないかしら」 「人間、欠点があればこそですよ。そういう意味では樹咲さんの……げふげふ」 「なんですか?」 咳払いで誤魔化す无に、無邪気の未久の問い掛け。 何気に目線をずらしたのは菅沢で、これに反応したのは冬馬だった。 「未久……、そうか、また変な食べ物を作ったんだな?」 にっこり、いい笑顔である。 え? あれ? 菅沢は一歩引いた。 「おまえが青龍寮に入学した時に、俺が埋め札に何て書かせてもらったか知ってるか?」 未久の厨房立ち入り禁止を願った義弟に、些か不服顔の未久。 「うまくいったこともありますよ」 「雪を溶かして湯を沸かしただけだろうがっ!」 問答無用の拳が炸裂、頭に拳骨を貰った未久は痛い箇所をさすって「ひどいよ冬馬」と、それほど痛そうに見えない表情で、菅沢の方が驚いて目を剥いている。 「絶対に一人で厨房に立つなと言ったよなぁ、なのに、なに講師の先生に変なモン食わしてるんだ!!」 「おかしいですよね、美味しく出来たと思ったんですが」 「見様見真似で料理するな、余分なものも入れるな」 「あ、それ美味しそうですね。頂けますか」 おもむろに无が声を掛けると、冬馬、食べごろの肉を取って分けて、ついでに野菜も皿の上に。 「野菜も食えよ、あと水分もちゃんと補給。あ、梅干しもそっちに入ってるから出して食え、夏に塩分は重要だ」 「ありがとうございます」 「あ、梅干しは私が出しますよ。さっき、それと合えたら美味しそうだと思って残っていた山菜を刻んで用意……」 「だからそういうの止めろって言ってんだろぉ!?」 賑やかな夕食の時間。 固まっていた菅沢にモユラが肉を乗せた皿を差し出す。 「大丈夫?」 「え、ええ……えっと、樹咲君たち兄弟は仲が良い、んですよ……ね?」 「仲良いヨ、兄弟だもん。いつもあんな感じ」 「そ、そうですか」 いつもと同じ。 変わらない時間。 こうして青龍寮の夏休暇は過ぎていく。 |