湯巡り甘味紀行・その一
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/07 20:58



■オープニング本文

 ●

「イオちゃん聞いて!!」
 時刻はもう間もなく日が変わろうという頃。勢い良く開拓者ギルドの片隅にある卓を叩いたのは卓の主である高村伊織(iz0087/たかむら いおり)が良く知る開拓者姉妹、佐保朱音(さほ あやね)と雪花(ゆきか)の二人だ。
 甘味に目がない伊織はそれがきっかけでこの姉妹とよく話す仲になった事もあり、これくらいの驚きには慣れたもの。最初こそ目を瞬かせていたがすぐに我に返った。
「今日は一体どうしたの? 二人揃って鼻息荒くしているなんて珍しい」
「だってだって!」
「うちのおとーちゃんが、あたし達のこと裏切ったんだよー」
 間延びした雪花の口調では今一つ緊迫感に欠けるのだが言っている内容は不穏だ。
「裏切った‥‥って何を?」
「だぁってだって〜」
「うちの父ちゃん! 温泉には甘味より酒だなんて言うんだよ!?」
 姉妹、怒る。
 しかし伊織には咄嗟の言葉も見つけられなかった――。


 時は一時間ほど遡る。
 いつものように年頃の少女とはとても思えぬ格好で家の床にごろりとしていた姉妹は、母親に酌をしてもらいながら酒を楽しんでいる父親の話に相槌を打っていた。
「今日は冷えたな。腹壊したりしなかったか?」
「うん、平気」
「それにー友達が言うほど寒くなかったしー」
「あんた達は普段が薄着だもの」
 いつもより一枚多く着ただけで寒さも感じなくなる娘達に苦笑する両親。
「ま、子供は元気が一番だしな」
 父は自身を納得させるように頷いた後で銚子に残る酒を飲み干した。
「しかし何だ、こういう寒い日には温泉に入りたくなるな」
「そうね。長閑な温泉でゆっくりとしたいわ」
「賛成!」
「温泉かぁ〜」
 姉妹はすぐに起き上がり、脳裏に思い浮べるのは温泉のお菓子だ。温泉といえば秘境、秘境といえば幻のお菓子! 煎餅、饅頭、団子に最中。そんな妄想に耽る姉妹に父親が「おいおい」と声を掛ける。
「いくら何でも温泉に出掛けて甘味ばっかりじゃなぁ。温泉と言ったら湯に酒を持ち込んでこう、くいっとやるのが」
「えぇっ!?」
 思い掛けない言葉を発した父親に姉妹は詰め寄った。
「何で!? 何で何で! 温泉行ったら美味しい物いっぱいだよ!?」
「甘さを制覇しないと甘味好きの沽券に関る〜」
「おお、おまえ達は好きなように甘味巡りをして来ていいぞ? 俺は母さんと温泉三昧だ」
「あら良いわね」
「だめーーーーっ!!」
「たまには甘味より‥‥」
「だめっ」
「いいだろっ」
「絶対にダメ!!」

 ――と、そんな言い争いに発展してしまったらしく。
「〜〜〜」
 伊織は酷い頭痛を感じて頭を抱える。それは単なる親子喧嘩。裏切りだとかそんな不穏な話だろうか。いや、確かに親子喧嘩も極めれば大問題に発展する事は多々あるのだけれど。
「‥‥で、二人はどうしたいの?」
 深呼吸をして問い掛ける伊織に、姉妹は顔を見合わせて‥‥俯く。
「ん?」
 姉妹の顔を覗きこむようにしたなら、二人は泣きそうな顔で口を開く。
「‥‥父ちゃんと喧嘩したの」
「そうね」
「仲直りしたいけど‥‥でも、せっかく温泉に行くなら父ちゃんにも甘味楽しんで欲しいし‥‥」
「ええ」
「だからね〜イオちゃん。お酒にも似合う甘味を教えて〜?」
「――え?」
「おつまみになる甘味、大人のイオちゃんなら知ってるでしょ?」
 伊織は目を瞬かせた。二人が言う通り姉妹に比べれば随分と大人な伊織は甘味が大好きだが、酒はからきしダメなのだ。それで酒に合う甘味を教えてと言われても無理がある。だから彼女はぐるりと辺りを見渡した。
「そうね‥‥ほら、周りにいる開拓者の皆に聞いてみたら?」
 促された姉妹も周囲をぐるり。
「中には同じ甘味好きもいるでしょうし、甘味はダメだけどお酒は大好きって人、どっちも好きって人も、中にはいると思うの。いろんな嗜好を持つ人達の話を聞いた方が参考になるんじゃないかしら」
 にっこりと姉妹を諭す受付嬢に、二人はやはり顔を見合わせた後で「ぽむ」と一つ手を叩いた。


■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077
18歳・男・巫
神凪 蒼司(ia0122
19歳・男・志
巳斗(ia0966
14歳・男・志
天宮 蓮華(ia0992
20歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
リーナ・クライン(ia9109
22歳・女・魔
緋宇美・桜(ia9271
20歳・女・弓


■リプレイ本文


 そうと決まれば早速と言わんばかりの勢いで踵を返した姉妹は、そこで思わず誰かとぶつかりそうになってしまった。
「あわわ、ごめんねっ」
 姉の朱音が慌てて顔を上げて謝ると、視界いっぱいに広がったのは雪のように白く輝く綺麗な髪だった。さらさらと流れるように揺れる髪があまりにも綺麗で、口を開けたまま見入ってしまった朱音に雪色を纏った主ことリーナ・クライン(ia9109)は微笑った。
「どーしたの?」
「えっ」
 声を掛けられた事でようやく我に返った朱音に彼女は続ける。
「大きな声がしたから気になったんだよー。何か事件でもあったのかなー?」
 どうやらリーナは姉妹が開拓者ギルドに乗り込んできた時から此方の騒ぎに気付いていて、気になり近付いて来たらしかった。
「うわぁっ、ごめんねうるさくして!」
「ごめんなさいなのー」
 姉妹が揃って頭を下げる。どうやらこの二人も自分達の騒がしさを自覚したようだ。かと言ってリーナが姉妹をうるさく思ったわけでは決してなく、単純な好奇心。
「何かあったの?」
 問い掛けを繰り返せば受付の席に座ったままの伊織が苦笑交じりにかくかくしかじかでと姉妹に代わって説明だ。
 そうして話を聞き終えたリーナの第一声は考え込むような鈍い響きを伴う。
「お酒に合う甘味かー。天儀のお菓子にはまだそこまで明るくないんだよねー」
「お姉さん、ジルベリアの出身?」
「うん、最近渡って来たんだよー」
 だからね、と。
 リーナは自分の出身国であるジルベリアのお菓子ばかりになってしまうけれどと前置きした後でたくさんの『ケーキ』と呼ばれるお菓子を挙げていった。
「果物がたっぷりのフルーツケーキはワインによく合うし、あとはクッキーなんかも良いかもしれないね」
「くっきー?」
 聞き慣れない名前に姉妹が声を揃えて首を傾げると、伊織が説明のために口を切る。
「小麦なんかに卵と砂糖を混ぜて焼いたもの、らしいわ」
「へー!」
 食べてみたいと姉妹が騒ぐ。
「機会があったら是非だよ」
 言いつつも、姉妹の父親が天儀の出身ならばやはり此方のお菓子の方が良いのだろうかと思案する。
「そういえば友人の話だと天儀酒にはおはぎが合うらしいけど、どうなんだろうね?」
「おはぎ最高!!」
 姉妹の即答は、しかしお酒に合うと同意したわけではなく本人達が大好きという意味である。
「なんか楽しくなってきた!」
「話を聞くだけでも美味しくなってくるー」
 姉妹は目を輝かせ、やっぱり他の開拓者にも聞いてみたいと拳を握った。
「行くよ雪花!」
「はいだよ、お姉ちゃん!」
「うーん、それなら私も一緒していいかなー。天儀のお菓子にも興味があるし」
「もっちろんだよ!」
 姉妹はがしっとリーナの腕を取った。



「んー‥‥」
 ギルドの掲示板に張り出された数々の依頼書を眺めながら難しい顔をしてい緋宇美・桜(ia9271)の目的はただ一つ『犬達ともふもふするにも先立つものが必要なのだ!』――という事情はともかく。
「どんな依頼を受けようかなぁ」
 小首を傾げて左側の依頼書を手に取ってみるが少し悩んで元に戻し、右手側の依頼書を眺めては募集条件が自分に合わないと肩を落とす。
「何か私にも出来ること‥‥無いかな‥‥」
 ほとんどの依頼に綴られている『アヤカシ』の文字に表情を歪めながら呟く彼女の唇から無意識に毀れ出ようとした溜息は、だが。
「突然でごめんなさいだよ!」
「突然ですが質問なのー」
「っ!?」
 背後から飛び掛ってくるのではないかという勢いで向けられた台詞に驚いて振り返れば、良く似た姉妹が拳を何かの代わりのように口元に置いて捲くし立てていた。
「聞いて考えて教えてちょうだいっ、お酒に合う甘味とは是何ぞや!?」
「え、え?」
「本当に突然でごめんねー。でも大切なことなのー」
 間延びしていて本当に大切なのかどうか迷う感じではあったが、桜はしばらく考え込む。そうしてぽつりと返した答えは。
「‥‥豆、かな?」
「豆?」
 姉妹に聞き返されて笑う桜。
「勿論、豆そのままじゃなくて甘納豆とか煮豆とかにしてからね? ほら、御節にある黒豆の煮豆は良い酒肴になるのだよ?」
「あのお豆が!?」
 御節に出ても姉妹が食べ尽くすため、父親が食べているのをあまり見たことがない二人は目を見開いて聞き返してくる。
 桜は笑った。
「あとは揚げた空豆に黒糖粉と芋粉まぶした上に蜂蜜を絡めたものとか‥‥これはお茶受けにもツマミにもなるから便利かな。それに蜜を絡める種類で考えるなら、お芋も悪くないよ?」
「へー!」
「それにねっ」
 姉妹に乗せられて来たのか、だんだんと声の調子が弾んでくる桜は拳を握って断言。
「あと餡子モノは外せないねっ、お饅頭とか羊羹とかチョイ強めのが良いよ、意外かもしれないけど餡子そのものはお酒と相性良いんだよー」
「ほら、ね?」
 相槌と同意を同時に示したのは姉妹と一緒にいたリーナだ。彼女の提案したおはぎ、此処に一票獲得?
「あとは‥‥そうだなー。柚子とかの柑橘の皮を煮て蜜に漬け込んだのはどーだろ‥‥そうなるとお酒の種類を選ぶかもう一捻り必要かもねー」
 考え出した桜の口から次々飛び出す妙案の数々。リーナと姉妹は感心のあまりしばらくそんな桜をじっと見ていたが、三人の視線に気付いた桜は頬を赤くして咳払い一つ。
「ごほっ‥‥うん、そんな感じかな?」
 可愛らしい桜の反応に姉妹がほわわんとしていると、不意にギルドの入り口から楽しげな声が聞こえて来た。



「ふふ、また作りすぎちゃいましたね♪」
 巳斗(ia0966)が鈴を転がしたような笑い声を交えて言う台詞に、言われた天宮 蓮華(ia0992)も笑顔で応じる。
「みーくん、運ぶのをお手伝いして下さってありがとうございます♪ さすがに一人でお重四つは持てませんもの」
「いいえ、ボクでお役に立てるのでしたら何なりとですよ」
 賑やかにそんな会話をしながら二人がギルドの一角でお重を広げ始めると、知っている者は目を輝かせてそちらへ駆け寄り、興味を引かれた者は様子を伺うようにしながらゆっくりと近づいてくる。
 中には二人の事を知っていてふらりと引き寄せられてきた人物も――。
「甘い香りに誘われて‥‥こんにちは‥‥」
「まぁ水月様」
「水月ちゃんもギルドに来ていたんだね」
 蓮華と巳斗は、二人揃っては水月(ia2566)の姿を認めるとすぐに顔を綻ばせた。
「なんて奇遇でしょう、またお会い出来て嬉しいですわ」
「私も‥‥」
 こくこくと頷いた水月は広げられたお重をじっと見つめ、無言の視線を蓮華に送る。
 きらきら。
 きらきら‥‥。
「‥‥っ」
 蓮華、拳を握る。
「ええ勿論ですわ、召し上がってくださいな♪」
 ギルドへは作り過ぎてしまったお菓子の御裾分けに来たのである、可愛いお嬢さんに食べてもらわない理由は無い。
「俺も貰えるか?」
「わぁ、私も私も!」
 次々と集まってくる開拓者仲間に笑顔で応じる蓮華を、巳斗は感動の眼差しで見つめていた。もちろん巳斗も彼女の手作り菓子を堪能中。
「ふう。やっぱり蓮華さんの甘味は大人気なのです‥‥」
 抹茶ケーキを頬張りながら、これを頂いたら今日も美味しそうな‥‥ではなく、面白そうな依頼を探しに行こうと考え掲示板の方を眺めた巳斗は、その方向から此方に駆け込んでくる少女達に気付く。
「あ」
「あら」
 蓮華もそれに気付き面白そうに笑んだが、水月は静かな視線を送るだけ。そんな彼女達の元に駆け込んできた少女達は開口一番、叫んだ。
「あたし達にもお菓子頂戴!」
 目的が変わっていた。


 姉妹が本来の目的を思い出したのは、やはり甘味のご相伴に預かったリーナがそれを指摘してくれたからだ。
「お酒に合う甘味ですか」
 その台詞を復唱しつつ甘味を勧める事も忘れない蓮華。
「お二人もどうぞ? 水月様は此方も如何ですか? 此方のお重にはどら焼きと鯛焼きが入っておりますし、みーくんのお重には抹茶ケーキが‥‥っ!?」
 抹茶ケーキがあるはずと見遣った其処には空のお重があるだけ。
「あ。食べちゃった」
 頬についた欠片も余さず指で掬いお腹に収める巳斗に「さすがはみーくんですわ‥‥!」と驚きながらも嬉しそうな蓮華。作ったものを美味しそうに食べてくれたなら彼女としても本望だろう。
 だが。
「食べちゃった‥‥っ?」
 本気でショックを受けて泣きそうになっている娘が一人。朱音だ。
「抹茶‥‥っ、抹茶ケーキ‥‥っあたしも食べたかったよ‥‥!?」
「わっ、ごめんね! 今度何かでお詫び‥‥えっと、そう! 抹茶アイスなんかどうかな!」
「抹茶アイス‥‥?」
「うん! ボクの大好きな抹茶アイス、とっておきの一品をご馳走するよ?」
「‥‥本当に?」
「もちろん!」
 女の子を泣かせてしまったばかりか、その理由が甘味となれば巳斗も放っては置けない。
「だから元気出してね?」
「‥‥わかった。お菓子を奢ってくれるなら‥‥」
 それでも瞳が潤んでいる朱音には、隣でみたらし団子を食していた桜が苦笑していた。
「そうそう、それに抹茶はお酒にも合うのですよ?」
「お酒にも?」
 聞き返したのは雪花。ようやく話題が本題に帰ってきた。
 巳斗は頷く。
「冷たい抹茶アイスにお酒を掛けて食べると最高なのです‥‥♪ 特に苦味のある抹茶アイスには口当たりのまろやかな古酒がべすとまっち、なのですっ」
「へー!」
 姉妹、三度驚きの反応。
 だが今回は小首を傾げた人物が一人。甘味のおすそ分けと聞いて同席していた開拓者の一人、礼野 真夢紀(ia1144)だ。
「ご相伴に預かるばかりでは悪いですし、まゆのも味見してもらえますか?」と今日のお昼と兼用で作ったおはぎの入ったお重を広げていた彼女は、巳斗の「抹茶がお酒に合う」という台詞に驚いた顔をして見せる。
「ちぃ姉様‥‥下の姉は「酒飲む時にお茶の味するものはちょっと避けたいな」とか言ってましたけど」
 やはり好みは人それぞれなのだなと一つ学んだ真夢紀は、そんな下の姉の酒のつまみに甘いものはほとんど見られないと続ける。
「だから何のお役にも立てませんけれど、基本的には『小さくて片手で食べれて手が汚れないもの』が好まれるようですね」
「そっか、なるほど!」
 貴重な意見が聞けたと、姉妹は笑顔で真夢紀に感謝した。



 その後に皆に聞いた意見を総合してみればお豆やお芋を使った甘味が相性ばっちりという意見が多かった。柚子の皮の蜂蜜付けや、甘味料理人蓮華いわく果物を葛に包んで冷やしたものも良いという。
「んーでもあれだね、とーちゃんのおつまみだし‥‥男の子の意見も聞きたいねー」
 雪花が良い、朱音がギルドを見回す。
 そうして見つけたのが櫻庭 貴臣(ia0077)と神凪 蒼司(ia0122)だった。
「いざ突撃!」
 そうして飛び出していく二人を見送り、いつの間にか蓮華特製柚子白餡のお団子を二本も確保していた伊織はぽつりと呟く。
「あの子達、巳斗君が男の子だとは気付いてないわね‥‥」
「あらあら‥‥♪」
 蓮華は無邪気に微笑んだ。


「たーのもー!」
 唐突に声を掛けられた貴臣と蒼司は、しかしさほど驚いた様子もなく姉妹を振り返った。二人の両腕には今日の夕食になるのだろう食材の数々。どうやら買い物帰りに依頼を見に此処へ立ち寄ったらしかった。
「二人は一緒に住んでるの?」
 雪花の何気ない質問に嫌な顔一つせずに「そうだよ」と返してくれたのは貴臣だった。
「幼馴染の従兄でね。二人で暮らしたほうが色々と便利だから」
「‥‥で、何だ」
 用があって声を掛けたのなら、その用件を言えと口数少なく伝えてくる蒼司に姉妹は「そうそう」と本題を振る。他に興味を引かれると用件を忘れるのがこの姉妹のようだ。
「えっとね、お酒のおつまみになりそうな甘味、何か知りませんか?」
「お酒に合う甘味?」
 最初に応じてくれたのはやはり貴臣。だが、彼はしばらく悩んだ後で「ごめんね」と告げる。
「お酒って‥‥あんまり甘いものと一緒に飲んだことないかも。強いて言えば和三盆で作った干菓子とおまんじゅう‥‥くらいかなぁ」
 そもそも、甘いものもお酒もあまり得意ではないという貴臣は、整った容貌に役に立てなくてごめんねと謝罪の言葉を添える。
「あぁ違うの! 気にしないでね! 何か良案があったらっていうだけで、突然押しかけてるのはこっちだからね!」
 美少年の憂いの表情にはさすがの朱音も戸惑ったらしい。だが、そんな少女の慌てっぷりも何のその、貴臣は「でも」と隣の幼馴染を見上げる。
「そういうのはきっと、蒼ちゃんに聞くといいんじゃないかな。蒼ちゃんは甘いものもお酒も大好きだからね」
「‥‥蒼ちゃんは止せと‥‥」
 何度言えばこの従弟は判ってくれるのだろうと思いつつ、むしろ自分が諦める方が早いような気もしないではない蒼司は、軽い吐息を一つ。気を取り直して彼自身の意見をくれた。
 彼の好みは饅頭や羊羹などの餡子物。その種類は他の開拓者達と似通っており、こちらは辛めの酒に甘い肴というのが基本らしい。
「んーやっぱり人それぞれなんだねー」
 雪花が空を仰いで言う。
「どうしたもんだろうね」
 朱音も頭を掻いた。
 そんな姉妹に蒼司は「ああ」と手を打つ。
「甘いとは言い難いが御手洗団子も良いぞ」
「御手洗団子?」
「良く貴臣が作ってくれるのだが、甘味と塩気のバランスが良くてな。これがあれば幾らでも酒が飲めるんだ」
 そう言って従弟を見つめる蒼司の眼差しがこれまでとは明らかに異なる穏やかさを湛え、対して貴臣も嬉しそうにはにかみ、従兄を見つめ返す。その雰囲気があまりにあんまりで姉妹は見合わせた顔を赤くした。
「えっと、えっと、ありがとうございました!」
「お邪魔しましたですよー」
 姉妹、何かを誤解したらしいがそのままでもおそらく問題は無いだろう。慌てて立ち去ろうとする姉妹の背に。
「そういえばジルベリアの菓子も酒に合うものが多々あると聞くな‥‥いつかは口に出来る機会もあると良いのだが‥‥」
 そんな声が聞こえてきた。



「ジルベリアのお菓子かぁ」
 呟く朱音に、雪花は唸る。
「でもジルベリアのお菓子は準備するの大変そー」
 となれば用意可能なお菓子を揃えて温泉に出発して‥‥その中から父親に好みのものを選んでもらうのが良いだろうか。
「いっそ開拓者の皆にお菓子持参で参加して貰ったら楽しいのにねー」
 何気なく呟いた雪花に朱音は足を止めて、しばし静止。
 そうして次の瞬間。
「それだ!」
 ギルドの一角。
 朱音の弾んだ声が響き渡った――。