或る日の物語〜二月〜
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2014/02/26 04:55



■オープニング本文

 バレンタインまでもう少し。
 あなたは、その日を誰のために迎えますか――?


 ●開拓者長屋にて

 二月には大切な相手――特に異性に菓子などを贈る『バレンタイン』と呼ばれるイベントがある事を開拓者仲間でもある友人達から聞いていた穂邑(iz0002)は、
「大切な異性と言えば兄様なのですっ」と、料理下手ながらに一念発起。
 居候させて貰っている老婦人、十和田藤子に教えて貰いながら連日のように菓子作りの特訓を行っていた。
 そんな彼女を黙って見守っているのが個性豊かな四種類の眼差しだ。
 一つは穂邑の警護こそ己の使命と真摯に受け止めている羽妖精の誓(ちかい)。
 二つは穂邑が大量に出す失敗作でも文句一つ言わずに有り難く平らげる狛犬の阿業(あぎょう)と吽海(うんかい)。
 そしてもう一つは……。
「あの娘は何をしているのだ」
 まったく理解不能だと言いたげな冷たい眼差しを向けているその人の名は、名無しの『な』でなーさん。
 と言っても記憶喪失などで名前が判らないのではなく、公に呼べない名前を持つが故の臨時的な呼称――一般には『武帝』と呼ばれる、天儀の帝、その人である。
 現在、表向きには体調を崩して療養中とされている武帝だったが、その実、天儀王朝軍総大将にして開拓者ギルドの管理者でもある大伴定家公の計略により、穂邑をはじめとする七人の開拓者によって誘拐され、今は十和田家の二人目の居候になっていた。(参照シナリオ『秘密の大作戦』)
 藤子には彼が帝だという事実が伏せられている事もあり、まるで年若い孫を相手にするような接し方をされているわけだが、そうして流れる十和田家の時間は決して悪いものではないようだった。


 そうこうして近付くバレンタインを前に、この日、十和田家を訪れた人物がいた。
 穂邑が兄様と呼ぶゼロ(iz0003)だ。
「おう、邪魔するぞ。穂邑、外で浪志組らしき連中が目を光らせてるようだが、おまえまた何か事件に……」
 どうやら武帝警護のため二四時間態勢で十和田家周辺に張り付いている浪志組の面々に気付いたらしいゼロだったが、そうして居間で遭遇した初対面の人物に目を瞬かせた。
「おっと悪い。客人か」
『気にする事ないし。気にしたらおまえ目ん玉飛び出るし』
「は?」
 阿業の応えに眉根を寄せたゼロに、ようやく穂邑が気付き……。
「兄様! って、あ、えっと……!」
 兄と武帝が互いに誰とも知らず向かい合っているのを目にした穂邑は、少し悩んだ後で兄を廊下に押し出す。
「って、おい、なんだ?」
「兄様兄様、内緒のお話しなのですっ」
「内緒?」
「あの方なんですけど、じ、実は武帝で……っ」
「武帝? また妙な名前の……って、ぶっんぐぐぐ」
「だから内緒なのですーっ」
 慌ててゼロの口を抑え込んだ穂邑。おかげで内緒の名前が長屋に響き渡る事はなかったが、ゼロの驚きは相当だった。
「ちょっと待てどういう事だ!? なんで武……が此処にいるんだ!?」
「何でって、えっと、お、大伴様と相談して誘拐して来たからで……」
「誘かんぐぐぐ!」
「それもしーっですーーーっ」
 再度口を塞がれるも頭の中には『?』が飛び交うゼロ。結局その場に二人で座り込み詳細を聞かされること数分。
 外に浪志組が控えている件も含めて一通りの状況は把握したものの、かと言って……。
「なんだって女二人の家に若い男を……」
『あらゼロ様、女二人ではありませんわ。私も阿業と吽海も常に目を光らせていますもの』
 羽妖精の誓が憮然と言い返す。
 どうやら戻って来ない穂邑を心配して様子を見に来たらしかった。
 だが、羽妖精のそんな説明を聞いたとてゼロの懸念は晴れないわけで。
「そもそもあいつ、おまえを嫁にって……いや、まぁ、それはともかく」
 言葉尻を濁した彼に、羽妖精。
『まぁ、ゼロ様はそれを心配されていますの?』
「別に心配なんざしちゃいねぇが」
『穂邑はいまバレンタインのお菓子を作っていますのよ』
「あいつにやる為にか!?」
 思わず反応した直後の、羽妖精のにんまり顔。
「〜〜〜〜っ、邪魔したな!」
 気恥ずかしくなったゼロが大股に十和田家を出ていくのを、今度は穂邑が脳内に『?』をたくさん飛び交わせて見送った。
「……兄様、どうしたのでしょう」
『穂邑が、上手に出来上がったお菓子を届けにいけば万事解決ですわ。ふふ、面白かった♪』
「ち、誓さん……?」
 何が何だか、穂邑はただただ首を傾げるのだった。


 ●
 時として誰かの心を惑わせつつも、その日は甘い香りと共に訪れる。
 バレンタイン。
 その日をあなたは、誰のために迎えますか……?


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰


■リプレイ本文


「よっ! 久し振りぃ! 元気だったかい、穂邑ちゃん」とヘイズ(ib6536)が外塀の向こうから声を掛けると、割烹着姿で慌ただしくしていた少女達が一斉に振り返った。
 居候している穂邑はもちろん、遊びに来ていた水月(ia2566)や柚乃(ia0638)、そして彼女に誘われて来ていたアルマ・ムリフェインと……。
「ん? 誰だありゃ」
「どうかしましたか?」
 そう小首を傾げながら中を覗き込んだのは、ヘイズが道中で偶然に遭遇したリーディアだったが、彼女と一緒にいたが故に半ば強引に同行させられた夫ことゼロの表情が一瞬にして凍りつく。
 何故なら屋内から漂ってくる甘い匂いの中心には、アルマが持参した男性用エプロンを装着して菓子を味見している、無表情な美丈夫がいたからで。
「〜〜っ」
 曲がりなりにも武帝相手に何をさせているんだという声にならない叫びを上げる夫の異変と、以前にとある場所であの顔を見かけた事があるような記憶に、リーディアは思案顔。
(……深く考えない方が良さそう、です)
 ヘイズと言葉を交わすアルマが「友達だ」と言うのを聞いて、リーディアはそう思う事にする。同時に、気が気ではないらしい夫の様子にくすくすと笑った。
「ゼロさん。お家に帰ったらホットチョコレートを作ってあげますね。ほっと一息付けますよ」
「ぇ、あ、……おお」
 敏い妻が気付いたらしい事を察し、ぼりぼりと頭を掻くゼロは、その胸中で「敵わんなぁ」と呟く。
 ただし。
「ホットチョコレートでほっと一息か……」
 余計なツッコミを入れて嫁様にてしっとされたのは言うまでもないだろう。



 ヘイズとリーディア夫妻も加わった十和田家はその賑やかさを増す一方、
「お、菓子かー。バレンタインに嬉しいねぇ」と軽いノリで笑ったヘイズに対し『別に貴方の為の菓子ではないですけれど』と誓がバッサリと切って捨てるなど所々で火花が散っていた。
 それでも賑やかなのは良い事だというのが全員共通の思い。
 特に同じ長屋に部屋を借りている水月は『あの日』以来、頻繁に十和田家を訪れてはなーさんの様子を気に掛けていた。
 少しずつ……本当に少しずつではあるけれど、彼にも目に見えない変化が起きているように思う。
 そうでなければ今日だってアルマが持参したエプロンを着て台所に立ったりなどしないはずだ。
(なーさんに、今度は『誰かのためを思って何かをする』経験をして貰いたいなって思ったの)
 遊びに来る度に穂邑の試作品だという菓子を貰っていた事も、味はともかく良い口実になった。
 ――……『日頃お世話になっているお礼に』って言って、自分で作ったお菓子をあげたら、きっと穂邑さんも藤子さんも喜んでくれると思うの……だから、一緒に作りませんか……?
 水月の提案が、なーさんに何を考えさせたかは想像する他無いけれど、少なくとも彼は拒否せず、こうして一緒に手を動かしている。
 その動作はとても不器用だったけれど、それが良いと思うし、柚乃もそんな彼らを励ますように自分の思い出話をしていた。
「私も神楽へ来る前は料理は全くだったんですよ、包丁を握った事すらなくて、初めての時なんて握っていた包丁が忽然と消えたんです!」
「えっ」
 驚愕する穂邑と、無言で怪訝な顔をするなーさんに、柚乃はゆっくりと左右に首を振り――。
「後ろの壁に刺さっていたのです……!」
「――」
 しーんと静まり返る室内に柚乃は拳を握って力説。
「そんな私でも出来るようになったのですから、練習すれば大丈夫です!」
「そ、そうですね……!」
 決意を新たにする穂邑の横では、アルマに何か言いたげな視線を送るなーさん。
 彼らが過ごす時間は確かに楽しかった。


 少女達の特訓の甲斐あって、何種類もの菓子が居間に並べられた。もちろん味も保証つきだ。
「完成です! 皆で『いただきます』しましょう♪」
「じゃあお茶の準備ですね」
 穂邑の言葉に柚乃が応じ、藤子と三人で台所へ。
 一方、自分も手伝おうと立ち上がり掛けた水月の前にはなーさんがチョコ大福を一つ置いた。
 柚乃が一生懸命に教え、彼が完成させたものだ。
「……世話になった礼なのだろう」
 淡々とした台詞に目を瞬かせた水月の前で、彼はアルマや柚乃、藤子、穂邑の席にも一つずつ置き。
「……おまえ達に世話になった覚えはないな」
「「別に欲しくねぇし!」」
 ヘイズとゼロの輪唱にリーディアが笑う。
 水月は貰った大福を優しくぎゅっと手の中に抱き締め、良かったねと微笑うアルマに大きく頷き返した。
 胸が暖かくなるこの気持ちが、幸せ。
「ねぇ、なーさん。出歩けない間、もし女性に頼み難い事や物があったら言ってね。手が届かない部分は補い合うのが僕達、生き物だよ。お互い様」
 大福をありがとうと続けるアルマに対し、なーさんはまだ不可解そうな顔をしていたものの最後には「何かあればな」と応じた。
 口数も随分と増えた、と。
 水月とアルマは再び顔を見合わせて笑い合うのだった。


 全員で美味しい菓子と茶で談笑を楽しんだ後、暗くなって来たから帰るというリーディア夫妻を見送る為に外に出た穂邑は、屋内に戻ろうとしてヘイズに呼び止められた。
「まだ中には水月ちゃんや柚乃ちゃんもいるしさ、少し……話が出来るかな」
 もっと言えば菓子があるが故に狛犬達と羽妖精も不在なのが好都合である。
「? えと、はい、大丈夫ですよ」
 穂邑はそう言うと、家の周囲で警護をしている浪士組の一人に少し散歩して来ると告げ、ヘイズと二人で並び歩く。
「寒くないかい?」
「はい、平気ですよ♪」
 屈託のない笑顔で答えた穂邑に、ヘイズは笑い返した。
 早い鼓動が胸の奥の方で心を揺さぶっている。
 言うべきなのか否か……告げるのが今で良いのか、迷いは尽きない。
 だが、穂邑に『神代』という力が示現したと知った時から彼の胸の内には言い様のない不安と焦燥が募り、伝えられる時に伝えなければという思いが日々強くなっていた。
(こんなのは俺のワガママだ……だが……)
 それでも。
「……ヘイズさん?」
 黙り込んでしまった自分を心配する穂邑の呼び掛けにヘイズは笑い掛け、そして、告げる。
「穂邑ちゃん、俺は……俺は、穂邑が好きだ。一人の女の子として」
 見開かれる瞳に、ヘイズは更に想いを重ねた。
「どんなに辛い時でも、自分よりも他の誰かを思う君が好きだ。穂邑がどんなに強大な力を持っていても、俺にとっては一人の女の子なんだ。一人の男として、穂邑と共に在りたいと願っているよ」
 そこまで告げてから、完全に固まってしまっている穂邑の様子に苦い笑みを零す。やはり、この少女に愛の告白というのは刺激が強過ぎたらしい。
 だからヘイズは、普段の笑顔に戻ってその肩をポンと叩く。
「返事とかは焦らなくていいよ。俺はこう思ってるって伝えたかっただけさ。急にごめんな」
「ぇ、ぁ、えと……」
「戻ろう。皆が心配するからさ」
「は、はい……」
 先導するヘイズの一歩後ろを歩きながら、穂邑はぐるぐるする頭の中を必死に整理しようとしていた。
 ……冬で良かった、と思う。
 夕暮れで良かった、と思う。
 そうでなければ、きっと一緒に歩けなくなっていたから。



 ジルベリア――もう間もなく正午になろうという時分。
 空に手を翳せばクリスマスに大切な人から貰った指輪が優しく輝き、イリス(ib0247)は目を細めた。
 と、その時。
「イリスさん」
 呼び声に弾かれるように振り向けば彼が――アイザック・エゴロフ(iz0184)の笑顔があった。
 二人共に抱える「会いたかった」という気持ちは、言葉にする代わりに互いを抱き締める事で伝えて、温もりに頬を緩ませた。
「今日はどうしますか? どこか行きたい場所があれば其処へ」
「ええ。前回はアイザックの好きな場所に連れて行ってもらったから、今日は私の好きな場所を案内したいと思うの」
「それは楽しそうですね。あ、荷物は持ちますよ?」
 提げていた華やかな紙袋を差して言うアイザックに、イリスは「じゃあ先に」と紙袋の中身を一つずつ手に取った。
「アイザックへのプレゼントなの。バレンタインのチョコレートと、誕生日のプレゼント……一月も遅れてしまってごめんなさい。けれどジルベリアは当分寒さが続くから」
「ありがとうございます……!」
 丁寧に包装を解けば、中身は手編みのマフラーだ。
 更に取り出した大きな箱は傭兵団の仲間に贈る菓子。
「しばらく会っていないけれど、皆さんにはお世話になったから」
「皆きっと喜びます。必ず渡しますね」
 貰ったばかりのマフラーを早速首に巻いたアイザックは、蕩けそうな笑顔で温かな贈り物に顔を埋めた。
「もしかしてチョコレートも手作りですか?」
 嬉しそうな瞳に、イリスは気恥ずかしそうに頷く。
「初めて作ったわ……美味しく出来ていれば良いのだけど」
「早速頂いてもいいですかっ?」
 手作りの一言に感激したらしい彼の要望に、イリスは一瞬面食らったものの笑ってしまった。
「紅茶の美味しい喫茶店があるの、其処でどう?」
「是非っ」
 アイザックの腕にぎゅっと抱き着いたイリス。
 そうして恋人達は歩き出した。



 同じ頃、知人の喫茶店に向かう道中にあったのはファリルローゼ(ib0401)とフェンリエッタ(ib0018)だ。
 其処でスタニスワフ・マチェク(iz0105)と待ち合わせている二人だったが、これが久々の再会になるフェンリエッタは不意に足を止めた。
 忘れ物をしたから取りに行くと言って立ち去る妹と、それを固い笑顔で見送る姉。
「……頼む、マチェク……」
 後に吹き付ける冷たい風に身を縮ませながら、ファリルローゼは祈るようにその名を呼んでいた。


 彼と会うのはいつ以来だろう……そんな事を考えながら歩いている内に、視界に映る印象的な赤い髪。
「久し振りだね、フェン」
 呼ばれた、と。
 そう自覚するが早いか、フェンリエッタの瞳から零れ落ちたのは大粒の涙だった。
「マチェクさ……っ……だから……会いたくなんて……っ」
「……ああ」
 まるで何もかもを承知しているような彼の腕が、フェンリエッタの涙を大地には決して零させなかった。
 ――しばらくして落ち着いた彼女に対し、マチェクは静かな表情のまま、ただ傍に居た。
 だからフェンリエッタは視線だけを遠くに移す。
『どうしてこうなってしまったのか』という後悔とも自責とも違う何かが様々な想いと共に去来し、話したい事はたくさんあったからこそ会おうと思ったはずなのに、……顔を見たら、それだけで充分に思えた。
 だから、最後に一つだけ。
「……以前と同じ質問をしてもいい? 私が貴方の『妹』でいられる理由が判る? って……あの時は、それに答えたら生き辛くなりそうだって言っていたけれど」
「ああ……」
 少なからず困った顔で頷いた彼は慎重に言葉を選び、やがて告げた。
「ロゼのお陰、かな」
 曖昧ではあったが、それが彼が口に出来る限界だとも判るから、フェンリエッタは穏やかな笑顔のまま一枚の券を彼に差し出した。
「これは……人妖の?」
「ええ。男の子で『トキワ』というの。きっと貴方を守ってくれるから、よければ迎えに行ってあげて……折角だし、お姉様をデートに誘う口実に使ってね」
 その名前に込めた想いを語りながら、彼が、大切な姉とマチェクの傍で元気に育ってくれることを願う。
「貴方が傷付けばお姉様が悲しむわ。だから怪我はすぐに治してもらう事、いい?」
「……善処しよう」
 正直な傭兵にふふっと笑い返したフェンリエッタは、最後にありったけの想いを込めて告げた。
「お姉様を泣かせたら許さないんだから。何があっても絶対に……手を離さないで」


 その後、本来の待ち合わせ場所である喫茶店に二人で向かうと、中で待っていたファリルローゼは驚きながらも何処か安心した様子で二人に笑い掛けた。
 そうしてフェンリエッタ一人が厨房に姿を消すと、ファリルローゼはやっと安堵の息を吐いた。
 いくら鈍感な自分でも、妹のあの様子を見れば自分の願いが聞き届けられた事は判った。
「フェンの心に触れてくれて、ありがとう」
「俺は何もしていないよ。ただ……約束をしただけさ」
「約束?」
 聞き返すが、彼は答える事無く意地悪そうな笑みで見返して来た。
「ところで君の方から会いたいと言うとはね……あの夜の事を忘れたわけではないだろうに。……それとも大切な妹を案じるあまり忘れてしまったかい?」
「そんな事は……っ」
 言い返そうとした視線が真っ直ぐにぶつかった途端、傍目にも判るくらい赤くなる顔が、あの夜を忘れていない証。
 ……否。
 忘れられるはずが、ない。
「……私がどう思っているのか知りたいか……?」
「教えてくれるのかい?」
 からかうような声音は、しかし唐突に途切れた。
 ファリルローゼはマチェクの唇に自らのそれを重ねたのだ。
「……いま、君が感じているのと同じ気持ちだ……私の自惚れではないよな……?」
 普段の彼からは想像も出来なかった、あの夜の余裕の無さ。あの時の彼が本当の彼だと信じればこそ、ファリルローゼは告げられる。
「私は……私、は……ずっと、君の事が」
「ロゼ」
 しかし今度はファリルローゼが言葉を遮られ。
「君を愛している。……覚悟してくれるね?」
「マチェク……」
 しっかりと握り締められた手を、ファリルローゼは一瞬の驚きと泣きたいくらいの幸福感と共に握り返したのだった。

 バレンタイン。
 姉妹からマチェクに贈られたのは手作りのチョコレートとフォンダンショコラ、そして小さな赤いダーラヘスト。
「甘さは二人のお砂糖には敵わないけれど♪」
 フェンリエッタにからかわれて真っ赤になるファリルローゼを、マチェクが更にからかう光景は会えずにいた時間を忘れさせるほどに自然で、三人の笑顔が絶える事は無かった。
 別れ際に彼は言う。
「フェン、君との約束は必ず守る。だが、君と二人でロゼをからかうのが楽しみでもあるからね……また会おう」
「……ありがとう」
 感謝の言葉と、頬へのキス。
「愛してるわ『お兄様』」
 優しい遣り取りを前にファリルローゼは無性に泣きたくなっていた。
 どうか、……どうかこの時間がこれからも続きますように――そう願わずにはいられなかった。



 すっかり暗くなってしまった空を見上げ、そろそろ別れの時刻だと悟る恋人達。
「家まで送ります」
 そう告げたアイザックに小さく頷くも、コツンとイリスが額で触れたのは彼の胸。そのまま身を縮ませれば抱き締めて欲しいという合図に他ならなかった。
 だからアイザックも躊躇わない。
「……チョコレート、とても美味しかったです。マフラーも、温かくて……本当に、ありがとう……」
 甘い囁きが嬉しくて。
 離れ難くて。
「……っ……アイザック……私も、貴方を愛しています」
 あの日に彼がくれた言葉を、今日はイリスが彼に贈る。
 このまま時間が止まればいい。
 このまま、ずっと――。