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■オープニング本文 ●大伴公の秘策 その日、穂邑(iz0002)は開拓者ギルドで自分にも受けられる依頼を探していた。 神楽の都に各国の王達が集い、重要な会議が行われている期間であっても各地で開拓者の助けを必要とする依頼が少なくなるわけではなく、だからこそ動かなければと考える。 精霊との意志の疎通を可能にする者――『神代』の能力に覚醒したとはいえ、力が至らないばかりにいつだって中途半端な成果しか出せない事を気に病んでいる少女は、依頼を受ける事で自らを鍛え、仲間と共に戦う事で自らの出来る事を見出したかったのだ。 「アヤカシ狼の群れ退治に、雪山の氷雪樹アヤカシ退治……あ、これも私の力でお役に立てるでしょうか……」 たくさんの依頼書が張り出された掲示板の前でぶつぶつと独り言を続ける穂邑。 そんな彼女を、このとき、黙って見つめている一人の人物がいた。 天儀王朝軍総大将にして開拓者ギルドの管理者の一人。 その立場は各国の王とも対等だと言われる大伴定家である。 穂邑が神代に目覚めたその場に、偶然にも居合わせた彼は、以来、穂邑の事を気に掛けている人物の一人であり、その立場上、朝廷が伏せている数多の秘密を知りながらも口外叶わず、開拓者を――引いては天儀の現在を憂いている人物でもある。 穂邑という、石鏡出身の一介の巫女でしかなかった普通の娘が『神代』の能力を持って生まれた事。 陰殻のいつらめさまの一件、泰における泰動事件、それ以前からの、大アヤカシをも凌駕する開拓者達の戦闘能力と、団結力。 優しさ。 熱い想い。 彼は思うのだ。 この世界に暮らす人々を――天儀の未来を背負えるのは、もはや朝廷ではなく彼らなのではないかと――。 (……朝廷は変わらねばならぬ) そのために攻略すべきは朝廷の三羽烏と呼ばれる己自身、豊臣雪家、藤原保家が重要となるが、自分の気持ちはすでに決まっており、豊臣雪家も同様だろう。 つい先日も一三成(iz0197)に関連した事件で開拓者の協力を得て三種の神器が一つ「八咫の鏡」を回収、朝廷に持ち帰っている。元々現実主義者の彼女は、もはや機を待っているに過ぎないと定家は読んでいた。 (そうなると問題は藤原殿一人になるが……しかしこの一人が難攻不落ときておる……) であるならば、攻め方を変えてみる他はない。 (このタイミングで武帝自ら神楽の都にお越しになられておるのも精霊の導きであったのかもしれぬな) 定家は胸中の呟きに複雑な笑みを浮かべ、まだ依頼書の前で悩んでいる穂邑に歩み寄った。 天儀の未来を開拓者に託す――そのための一石を投じるために。 ●穂邑からの依頼 数日後、開拓者ギルドに張り出された一枚の依頼書。 依頼主には穂邑の名があり、内容を要約するなら『武帝に面会するので一緒に来てほしい』だ。 『神代』の穂邑が武帝と面会する事自体は朝廷側からも歓迎され、更に大伴定家、浪志組からも四人が穂邑に同行するというのだから、それで何の問題もないように思われた。 しかし、問題は穂邑の気持ち。 先の騒動で諸々あった手前、大伴と浪志組だけでは不安なため、信頼できる開拓者という仲間に傍にいて欲しいというのだ。 かくして集まった開拓者たちを前に、しかし穂邑は恐縮した顔で真っ先に頭を下げた。 「す、すみませんっ。実は嘘をついているんです……!」 「嘘?」 聞き返す仲間たちに穂邑は何度も大きく頷く。大伴は同席していない。下手に接触時間を長く設けては疑われかねないから――。 「今回の……武帝との面会なのですが、実は……武帝を誘拐しちゃおうっていう作戦で……」 「は?」 「浪志組の方々とも相談済みなのですっ。武帝が神楽の都に滞在されている間は浪志組の皆さんがその護衛の任に就いてらっしゃるそうで、それでも今回の計画をご存じなのは極限られた方々だけだそうなのですけれど……っ」 「誘拐って、なんでまた」 「浪志組が協力しても武帝誘拐なんて騒ぎ、朝廷が気付いたらどんな事態になるか……」 「それは、大伴様が藤原様を説得して下さるそうなのです」 「大伴様も共犯なのか!?」 開拓者の驚きは当然の事。穂邑は順を追ってゆっくりと、なるべく判りやすい言葉を選んで説明していき、最後にこう語った。 「大伴様は、天儀の未来を開拓者の皆さんに託したいと仰っていたのです……そのためにも、朝廷が隠している秘密を公にする必要があるけれど、藤原様を私達が説得するのは恐らく不可能……だから、武帝を動かしてほしいって」 これまでの数少ない接触で開拓者達が聞いた武帝の人柄といえば、やる気がなく、投げやり。 『どうとでもなればいい』と考えているのがあからさまな態度を取るといったところか。 そんな人物を、動かすために。 「誘拐中は病床に伏せているとか、表に出ないで良い理由を取り繕って下さるそうなので……私たちが「もう無理だ」と思うまで辛抱強く説得を続けてほしい、と。難儀な性格の方なので、野宿とか、そういう難易度の高い経験をさせるのも有りだろう、って……どう、でしょう?」 穂邑の問いかけに開拓者たちは顔を見合わせる。 天儀の未来を開拓者に託すため――そんな責任を負う事に多少なりとも抵抗が無いと言えば嘘になるかもしれない。 だが、何も知らないまま、朝廷の言いなりに動いて結果だけを突きつけられるのは、……。 開拓者達は考える。 世界の未来のために、自分達が出来る事を。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
ウルスラ・ラウ(ic0909)
19歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●神楽 武帝が滞在する宮から戻った開拓者達は、少し離れた店の個室を二つ借り短い休憩を取っていた。 一つには朝比奈 空(ia0086)、柚乃(ia0638)、水月(ia2566)、ウルスラ・ラウ(ic0909)ら女性陣と一緒に、穂邑の相棒である二匹の狛犬・阿業と吽海、羽妖精の誓が待機し、もう一室には竜哉(ia8037)とアルマ・ムリフェイン(ib3629)、穂邑、そして傍目にも上質と判る着衣を身に着けた彼――一時間程前に開拓者達によって宮から攫われ――お迎えした武帝が、呉服屋の娘である柚乃が準備した衣を無表情で摘まんでいた。 「御着換え、お願いしても良いですか……?」 「ならば着替えさせよ」 穂邑の問い掛けにさらりと応じる武帝。 「で、でも男性の御着換えを手伝うのは……その……っ」と狼狽する少女の後方で、アルマは肩を竦めて笑った。 「穂邑ちゃん、此処は僕達に任せてくれる?」 「良いのですか?」 「うん、平気だよ。女の子の着物に比べれば簡単だし」 「男を脱がす趣味は無いが仕方無いな」 涙目だった穂邑は、男達の意味深な発言に目をぱちくり。 「ん?」 「ぁ、いえっ、お願いします!」 笑顔のアルマから『聞かぬが花』と察した穂邑はその場を彼らに任せる。 後には何とも言えない雰囲気を醸し出す男三人。 一方の女性部屋に穂邑が戻ると、大凡の事情を察していたらしい友人達から「お疲れ様です」と声を掛けられた。 お茶を飲んで一心地つく穂邑に、空は改めて告げる。 「武帝を誘拐とは……また随分と大胆に出たものですね」 「ほんと……穂邑ちゃん、……思い切った事をしますね」 狛犬達を膝に抱いた柚乃が小さく笑いながら後に続く。 穂邑は動揺した様子で「私もびっくりなのです」と、大伴公から話を持ち掛けられた状況を詳細に語り出した。 そんな話を聞きながら、一度だが既に武帝と面識のあった水月はその時の事を思い出していた。 (帝さんにも色んな事情があって……悩んだり、辛かったりして、あんな顔をしていたんだって……感じたの) それは自分達と何も変わらない。 であるならば、楽しさだって自分達と同じはず。 (……同じであって欲しいと、思ったの) 穂邑が「貴方を誘拐します」と宣言した時の、武帝の淡々とした反応。 大伴や浪志隊の面々が着々と準備を進めていく中での素振り。 抵抗するでもなく、されるがままに部屋から連れ出されて駕籠に乗せられた彼の姿は、水月にはとても切なく見えたのだった。 そうこうしている内に竜哉とアルマが着替え終えた武帝を連れて現れた。 恰好だけなら庶民そのものだが、群衆の中に紛れても一人浮いて見えるのは生来の気品故か。 「後は笠で顔を隠して移動、かな」 アルマが困ったように笑った頃、 「準備は出来たか?」と顔を覗かせたのは事前にこの店を貸し切ってくれていたキース・グレイン。 「あ、キーちゃん。武帝の着物なんだけど預かっておいてもらっていい?」 「それでしたら藤子さんの家に預けておいて下さい」 「判った」 アルマと穂邑の共通の友人キースは、風呂敷に包まれたそれを快く受取り「時間だ」と一同を促した。 此処は飲食店。 時間が来れば商売を始めなければならないのだ。 「五行の海岸沿いに矛陣を目指せ。その途中に笹塚って村がある。其処ならお前達の希望に添えるはずだ」 「ありがとうございました、助かります」 「気にするな。俺は同行出来ないが……穂邑の事、頼んだぞ」 「ええ」 言葉数少なくもしっかりと頷き合った空とキース。 そうしてキースが最後に視線を向けたのは、武帝。 「俺達は……開拓者は、知る事で掴み取れるようになるものがあるなら、いくらでも足掻いて見せる。今回の事で俺達が信じるに足ると思えたなら迷わないでくれ」 真っ直ぐにぶつけられる言葉に、しかし武帝が応じる事はない。 それはまるで、同じ場所にいながら自分は部外者だと言わんばかりの見えない壁――。 ● 武帝の投げやりな心に前向きな変化を――そのために開拓者達が選んだのは、貴族が静養の為にお忍びで滞在出来る空き家がある、あまり目立たない山中の村でありながらも、他の町村と交流を持つ余所者に慣れた土地。 その上で、人の傷病生死に触れる救護所や治療院が近辺にあれば尚良しで、開拓者長屋の人脈を駆使したキースが見つけ出して来たのが笹塚の村だったのだ。 矛陣を目指せとは言ったが、方向が同じなだけで笹塚までは約三〇キロ。一般人でも半日歩けば辿り着く。 志体を持たぬ武帝の体力を気遣い、適度に休憩を取りながらゆっくりと歩いていく。 ただそれだけの事も彼には初めての経験だった。 「着替える時には駄々を捏ねたのに、歩く時は素直なんだね、なーさん」 何度目かの休憩時、そうからかわれた武帝は僅かに眉根を寄せ、その反応が面白かったアルマはくすりと笑う。 出発した当初、歩くのも面倒臭がった彼に、柚乃と水月が仔猫のようにじゃれつき、手を引いて歩いていたのはアルマも勿論知っていた。 二人の少女の、遠慮など皆無な態度は、それこそ武帝にとって前代未聞の扱われ方だったのだろう。 こういう顔もするのか、と。 今まで何も知らなかった相手だけれど、こうして一つ一つ見えて来るなら――。 「そろそろ行きましょうか」 空の号令で全員が立ち上がり、武帝に万が一の事があっては困ると、警護し易い配置で出発した。 ちなみにアルマが呼んだ「なーさん」は、名無しの『な』。武帝の本名は諸々の事情で明かす事は許されず、幼名という案もあったが、知る者が聞けば「武帝の幼名を名乗っている者がいる」と騒ぎになりかねないため、好きに呼べと言われて柚乃が命名したのだった。 ● 村に到着した開拓者達は、まずはしばらく世話になる事を村長に挨拶し、村民達に声を掛けて回った。 人口は五〇名弱とそう多くなく、誰もが気さくな人柄だったが、村の奥の方に暮らす若い夫婦に声を掛けた時には「この付近ではあまり騒がないで下さいね」と注意を受けた。 曰く、更に奥の方には療養所と、此処とは一線を画した集落があり、病人や怪我人が多数いるから、と。 「……アヤカシの襲撃を受けたりしたのですか……?」 水月の懸念に、若夫婦は「ええ……」と表情を曇らせる。 「昨年の、五行東部でたくさんのアヤカシが暴れた騒ぎがあったでしょう? あの時に村を追われた人達が避難して来ているのよ」 それが何を指しているのか正しく察した開拓者達。 「あの……後でお見舞いに伺うのは、ご迷惑にならないでしょうか?」 「こうして滞在させてもらう事になったのも縁なの……出来る事は、していきたいの……」 柚乃の提案に水月もこくりと頷き、若夫婦は「ええ勿論」と笑顔を見せる。 開拓者の誰一人としてそれを拒む者はなかった。 一通り歩いて回った後に訪れた滞在先は、決して立派な家屋ではなかった。 開拓者長屋でよく見かける木造の薄い壁板が主な平屋で、玄関を入ればすぐに土間と台所、一段上がってすぐの広めの和室は居間だろう。中央に囲炉裏があり、暖が取れるようになっている。更に奥には和室が二部屋、男女それぞれの寝室に出来そうだ。厠と風呂は庭に面した廊下の奥。 部屋と部屋を隔てるのはそれぞれ襖のみという簡素さだし、庭も手入れがされているとは言い難い荒れ具合。 かと言って見苦しいわけでもない。 恐らく滞在させて欲しいという話をした時点で村民達が片付けてくれたのだろう。 寝床が確保出来たのなら後は――。 「飯の準備……とりあえずは食材の調達か」 「風呂も必要だろうね」 竜哉が言い、ウルスラが続く。 「では私は米や野菜を買って来ましょうか」 そういった食材は村で作ったものの販売所があると村長から聞かされていた空が言えば、荷物持ちも必要だろうと穂邑が同行する事に。 柚乃は居間と台所の火を熾し、水月とウルスラは薪を集めに森へ。村人達の厚意で軒先に薪が積まれてあったが、出来れば自分達が帰る時には同量の薪を返しておきたいと思ったのだ。 「じゃあ僕達は水汲みだね」 アルマが言い、竜哉も「まぁそうだろうな」と木桶を担ぐ。 水源である近くの川と家を往復するのは相当な力仕事だ。女の子にさせられないと考える男達……。 「あんたも行きな。男だろ」 ウルスラが背を押したのは、先ほどから付いてくるだけの武帝こと名無しの『なー』さん。 男だろうと言われれば否は無く、不承不承ながら彼も木桶を担いだ。 開拓者達は顔を見合わせて、……微笑う。態度は相変わらずだけれど、彼は動くようになっていた。 尤も、少女達に腕を引かれるのに懲りただけなのかもしれないが。 食事の支度が終わり、彼らが空腹を満たした頃には空はすっかり闇に染まり、穂邑にとってはとっくに夢の中にいるような時間になっていた。 開拓者達が手際よく準備を進めていく中で幾度となく作業を中断させた武帝は、意見も感想もゼロだったが、同様に文句を言う事も無く、火を熾す作業をサボっていて柚乃に「めっ、ですよ」と頭を叩かれた時の反応に至っては目撃した開拓者達を吹き出させ、その後、監視の名目で肩乗りサイズの狛犬達を頭上に強制装着させられた姿は周囲に笑いを堪えさせるという我慢を強いたのだった。 「柚乃ちゃんと水月ちゃんが一緒だったのって、ものすごく幸運だったかもね」 アルマが後にそう語った通り、少女二人の遠慮の無さと言ったら群を抜いており、さすがのこれには武帝も戸惑ったらしかった。 そうして数人一組で風呂に入り、就寝準備も終えた後の布団の上。 何とか一人で寝間着に着替え終えた武帝の足を見て穂邑が驚きの声を上げた。 「武帝さんっ、足っ、ひどい怪我です!」 歩き慣れていない体で三〇キロの道程を歩き、更に諸々の作業も加われば足に負担が掛かるのは必至。 開拓者達は皆その事に気付いていたけれど、彼が自ら「痛い」と言わないので敢えて触れなかったのだ。 だから穂邑が「どうして言ってくれなかったんですか」と怒っても黙って武帝の反応を待っていたのだ、……が。 「私が怪我をしたから何だと言うのだ。朝廷の者ならばいざ知らず、おまえ達には関係のない事だろう」 少し指先を切っただけでも大騒ぎする家臣達を思い出したのか、武帝の眼差しが途端に冷めたように見えた。 「その傷を痛いとは思いませんか」 空の問い掛けに彼は更に言い捨てる。 「治したい者が勝手に治せばいい」 「……勝手に、ね」 そう深い息を吐いたのは、竜哉。 「その言葉を、あんたは生成の一件で被災した者達の前でも平気で口にするんだろうな」 返される視線に、竜哉の語調は強まる。 「あんたを朝廷から連れ出した理由なんて完全に俺達の都合だ。俺達が今後生き残るために、頼れそうなのが他に居なかったからさ」 大伴公の、穂邑伝いに聞かされた言葉が脳裏を過る。 「あくまでこっちの事情でしかないが、俺達は何も知らずに手探りで戦い続けて来た。多くの民が犠牲になった。それでも何とか大アヤカシだって倒して来たさ。――だがそれももう限界に近い。終わりの見えない戦は、俺達が何の為に戦い、血を流し、死んでいくのかを忘れさせる……っ、教えてくれ、俺達は後どれだけ戦い続ければいい? どうすればこの戦いを終わらせられるんだ?」 「たっちゃん」 次第に興奮していく彼の裾をアルマが引く。 落ち着いて、と暗に告げられる言葉に「……ああ」と再度息を吐く。 「……すまない、あんたには何も非はないものな。情報を伏せるというのは悪い事ばかりじゃないんだ、世の中には知らなくて良い事実なんて無数にあるのだから」 「……だが、あたしは大伴の爺さんの提案を面白いと思ったよ」 そうして続いた声に――ウルスラに、全員の視線が集まった。 「あんたは確かに無気力だ。投げやり過ぎて呆れるほどさ。だが、それでも死を選ばないのは絶望までしてないからじゃないのかい?」 「……絶望?」 武帝は笑った。 いま初めて、……嗤った。 「おまえ達はこの身に希望が見えるのか?」 冷え冷えとした声に開拓者が思い出すのは、彼が実の父親に殺され掛けた桜門事件。 その事実が武帝に齎した影響の強大さなど想像する事も出来ない。 だが。 ……それでも。 「それでも貴方は生きているんだよ」 アルマは言う。 一言一言を区切るように、ゆっくりと。 「貴方は生きている。だから僕は、貴方を可能性だと思ってる。そしていま在るものは、変化出来るんだよ」 武帝は口を閉ざす。 表情を動かさない。 ウルスラが更に言葉を重ねた。 「あんたはどうしたい? 朝廷に戻りたいなら明日にでも帰ればいい。だがもしもあたし達と一緒に爺さんの企みに乗ってるみると言うなら、あたし達は協力する事が出来る」 「協力だと?」 「あんたが変わりたいと願うならね」 彼らを隔てる沈黙の帳。 武帝にとって開拓者達の言葉は理解し難い。……だが、難しいと感じるのはこれ迄のように聞き流せないという『変化』。 「……少なくとも私達は……なーさんが怪我をしているのを、見過ごす事なんて出来ません」 神代を持つ少女の言葉が、武帝の心をざわつかせた。 結局、その夜は全員が寝てしまうしかなくなったが、寝付けない者も多く、空と穂邑もそうだった。 障子越しの月明かりだけが頼りの暗い部屋。 「……武帝があれほどに頑なな理由など……、正直、推測するだけなら幾らでも挙がります。それだけの事情をお持ちなのですから」 「はい……」 「私自身も興味関心が薄かった時期はありますが……あの時は世界中を巡っていましたからね。そうして穂邑さんと出逢って、現在に至っています。何が切欠になるかは判らないものです」 くすりと小さく笑う大切な友に、穂邑は何故か泣きそうだった。 「武帝を誘拐すると聞いた時は驚きましたが……他の方が言うように、私達がこうして武帝と共に在る事も縁であり、導きだと信じてみましょう。無意味なものなど、世界には無いのだと言う事を」 「はい……っ」 襖一枚隔てた隣室に眠る彼が、いつか心開いてくれることを信じたい。 ● それから後、彼らは村の奥にあるという避難民の集落に通い、自分達の出来る事を積極的に手伝った。 武帝にも、何でもさせた。 掃除、炊事は勿論、力仕事から裁縫仕事まで、それこそ経験出来る事は何でも、である。 態度は相変わらずだったし、心を開くと言う状況には程遠かったが、それでも開拓者が「やろう」と誘えば動いた。 朝廷に戻りたいとは言わなかった。 翌日には神楽の都に帰ろうと言う夜。 竜哉は大伴公に話があるため開拓者ギルドに向かうと言い、ついでに武帝を彼の元まで送ってもいいと提案したが、武帝は今しばらく『此方側』に留まる事を決めた。 理由こそ多くは語らなかったが、彼は言う。 「……温かな食事と言うのは、悪くない」と――。 |