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■オープニング本文 ● その日、矢戸田平蔵は五行王を前にしてひどく神妙な面持ちだった。 何を語るでもなくただ其処にいて、時折り長く深い溜息を吐く。 五行王が執務卓から顔を上げて其方を見遣ると、そんな彼の動作を知ってか知らずか、平蔵は遠い目で外の景色を眺めるのだ。 「……」 王と臣下、そういう身分が二人の間にはあるものの実際には親友と称して差し支えない間柄であり、こうして同じ部屋で過ごす事も言うほど珍しい話ではない。 ただ、平蔵が一方的に喋りまくるのを黙って聞いているのが常であり、五行王としては喋らない平蔵など異様以外の何物でもなかった。 どうしたと話し掛けるのも面倒だが、このまま異様な相手に居座られるのも面倒。 五行王は相手に負けず劣らずの盛大な溜息を吐くと「おい」と低く声を掛けた。 「今日は何の用だ」 面倒臭いのを隠そうともしない響きは平蔵にも伝わったのだろう。彼はじっと五行王の顔を眺めるも「……いや、やっぱなぁ」と首を振り、対して五行王もそろそろイラッとして来た。 「一体何だと言うんだ。用が無いなら職務に戻れ」 「用はあるんだぜ、すげぇ大事な用が……ただ、なぁ……」 「大事な用だと言うならさっさと言え」 珍しく早口に命じれば平蔵は唐突に身を乗り出す。 「じゃあ言うが、おまえ今年もサンタクロースにならないつもりか?」 「……なんだって?」 「サンタクロース。ジルベリアじゃ子供達にプレゼントをくれる爺さんだって超有名人だが、最近は天儀でもこの時期になると話題になってる」 「……悪いがお前の話はさっぱり判らん」 「その呑み込みの悪さ! だからおまえに話しても無駄かと思って迷っていたんだ!」 この流れで責められるべきは果たしてどちらか。 勢い付いた平蔵は更に詰め寄る。 「陰陽寮の生徒達はお前の子供も同然じゃないのか! お前こそが彼らのサンタクロースになるべきだと言うのに何をぼぉっとしているんだ!」 「……」 「いいか天禅! 陰陽寮の生徒達を可愛いと思うなら今年こそサンタクロースになるんだ!!」 「――」 さっぱり意味が判らないのと、平蔵の勢いと、陰陽寮の生徒達を可愛いと思うかどうかと問われれば可愛いと思う五行王には次の言葉が出て来なかった。 結果として、五行王は平蔵に騙される。 今年は初めての経験、まずは慣れることが必要だという平蔵の好意によって全寮生の中から若干名が籤引きによって選ばれた。 聖なる夜、彼ら寮生の元には白く長い(付け)髭が見事なサンタクロースが現れてこう言うだろう――「可愛い子よ、この足袋を受け取れ」と――。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
雅楽川 陽向(ib3352)
15歳・女・陰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
山中うずら(ic0385)
15歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●未知との遭遇 聖夜。 五行は結陣、たまたま陰陽寮の近くを通りかかったフレイア(ib0257)と山中うずら(ic0385)。 「ふんふふーん、今夜も月が綺麗だニャー。どっかにメザシの一つでも落ちて無……」 クリスマスの気配など皆無の五行中枢地区にも関わらず陽気に周囲を見渡していた、その最中だ。 二人の前に突如として現れたのは、赤が基調、所々にふわっふわの真っ白な綿が装飾された衣装で上下を揃えた白髭の爺さん。 所謂サンタクロースの衣装だと判るが、だからこそ二人は思わず足を止めてしまった。 この五行で。 クリスマスとはとことん無縁に思えるこの場所に、サンタクロース?? 「ん!? んん!?」 うずらは眉に唾をつけて凝視し、フレイアはしばし固まった後で一言。 「天禅君……?」 その声に反応したのか、眼前の不審者は彼女達を振り返った。 「……」 「……」 「……」 三者三様の沈黙の帳が落ち、その内に不審者は何事も無かったように立ち去る。 「ちょ、ちょ、ちょーーーーっ、岡っ引きさーーーーん!!」 怖い怖いと大騒ぎするうずらに、しかしフレイアは更にしばらく考えた後で告げた。 「少しお手伝いして頂いてもよろしいでしょうか?」 「えっ? え!? お手伝いって何!?」 混乱する少女とは対照的に、実に冷静な分析を始めた蒼氷の麗夫人は、その双眸をきらりと光らせて頷いた。 「たぶん近くに悪戯っ子が隠れていますから、その子のお仕置きです」 にっこりと微笑む麗しの魔術師。 物陰に隠れて様子を見守っていた五行軍総指揮官矢戸田平蔵が凄まじい悪寒に体を震わせたのは言うまでもないだろう。 ●朱雀寮の怪 最初に『その人』を見たのは朱雀寮の雅楽川 陽向(ib3352)だった。 背後に気配を感じて振り返ると、所々にふわふわの白い飾りを付けた真っ赤な装束を着込んだ男が仁王立ちしていた。 しかも顎には立派な白ひげ。 (な、なんや……っ?) 明らかな不審者相手に咄嗟に身構えた陽向だったが、どうやら相手には危害を加えようという気は無さそうだった。 そればかりか――。 「……これを」 無愛想で無造作に手渡そうとして来たのは新品の足袋一足。 「……」 「……」 しばらく無言で向かい合っていた二人だったが、陽向は不意に思い立つ。 「はっ! 分かったで、あんさんは年神様やな! なんや人間さんは、大みそかに年神様から贈りもん貰って、歳を一つ取るんやってな?」 その贈り物がお年玉の原型だと聞いた話を思い出したのだ。 「神威人のうちにも、お年玉くれるんか♪ そっかそうか、人間さんは足袋のお年玉を貰うんやな!」 狼耳をピンと立てた陽向は満面の笑みで得たり顔。 「少しは時間あるん? 良かったらお年玉のお礼させてぇな!」 華奢な手に腕を引かれた不審者は、予想外の展開に固まっていた。 「へー。サンタクロースちゅうん? なんや、ハイカラな呼び方なんやな」 数分後、何故か朱雀寮の食堂で向かい合って雑談している二人の手元には、陽向お手製の甘酒。 こんなに冷える日には温かい物が一番だと振る舞ったのだ。 苦いのが良ければ珈琲もあると伝えたが、渋面の不審人物殿はその見た目に反して甘党であるらしい。 米麹から発酵させた素材そのままの甘酒に少量の砂糖も加えて人心地。 自己紹介も兼ねた説明で「サンタクロース」と名乗ったところ、陽向の反応が先の台詞だったわけだ。 「サンタクロースて、ジルベリアかアル=カマルの言葉に聞こえるで」 「……行事の名はクリスマスと言うらしい」 「へー、異国でも、歳神様からお年玉貰う行事があるんか。良い子にしか貰えんなんて、けったいやな。歳は誰でもとるのにな?」 微妙な食い違いがあるにせよ違和感のない会話が続く中、陽向が更に出したのは彼女が昼前に焼いたジンジャークッキーだった。 「異国繋がりでな。年末に食べる生姜入りのお菓子やねん、きっと体ぬくもると思うで♪」 この後も足袋を配り歩くという彼に、激励を兼ねた贈り物。 「続きのお仕事も頑張ってな」 「……」 屈託のない笑顔に見送られる彼は何かを言いかけて、しかし結局は口を閉ざし。 一足の足袋だけを置いて朱雀寮を後にするのだった。 ●玄武寮の怪 次いで不審者の侵入を許していたのは玄武寮――否、侵入もなにも不審者の正体を思えば例え屈強な門番がいようと制止の仕様がなかっただろう。 ともかくそうして玄武寮に立ち入った不審者は、いま二人目の寮生の前に仁王立ちしていた。 その名も緋那岐(ib5664)。 進級試験には合格したけれど再試験を受けるべく寮内に詰めて勉学に励んでいた彼だから、最初は疲労した頭が見せる幻影かと思った。 次にはもふもふ感が豊かな白い髭が『もふら』に見えて、背筋を駆け抜けた悪寒。ぞぞぞっと思わず後ずさった後で、暗がりに浮かぶそれが人影だとようやく認識したのだった。 (いや、待て、人間だったら尚おかしくないか!?) こんな真似をする同寮生がいるだろうか。 居たとしても、何故こうも偉そうなのだ? しかも! 「……黙って受け取れ」と差し出されるのは足袋だ。 新品の、足袋、一足。 (足袋……たび……旅? あれを履いて旅に出ろという事なのか!? わかんねぇ!!) 表には出さず、あくまで心の中で動揺している緋那岐と、不審者。 双方無言で向き合っている光景というのは、なかなか不気味だ。 しかし、いつまでもこのままという訳にはいかない。 緋那岐はごくりと生唾を飲み込むと、意を決し口を開く。 「……何故、足袋なんだ?」 「クリスマスだからだ」 「……」 疑問は追究する、そんな玄武の子だったが返された答えは尚も緋那岐を困惑させる。 (クリスマスに足袋ってなんだそりゃーー! はっ、まさか誰かのドッキリじゃねぇだろうな?) その可能性が高しと周囲を見渡すが、残念な事に誰かが潜んでいる気配は皆無。 であるならば。 (目の前のこいつがアヤカシってことは……) 何かと物騒な昨今、用心するに越した事なしと気を引き締めるが、目の前の人物は不審に違いないものの人間には間違いないようで――。 「さあ、足袋を受け取れ」 「……!」 じりじりと詰められる間合い。 隙のない構え。 逃走するにも背を見せる事そのものが躊躇われる威圧感。 「……って。あ?」 緋那岐は気付いた。 顎の白ひげは豊かだが、目の前の人物の身体つきは……多少猫背のようではあるが、まだ若い男のそれであり、帽子と髭の間だけは見えている素顔にも老人と呼べるような皺がない。 更にはどこかで見覚えのある、その無愛想な眼差し――。 「も、もしかして……」 その正体に気付き掛けた少年に対し、不審人物は繰り返す。 「足袋を受け取れ」 有無を言わさぬ態度に緋那岐は恐る恐る手を出した。彼の正体が自分の考えている通りであれば、受け取っても害はなかろうと思われたからだ。 「ど、どうも……」 「よし」 緋那岐が受け取ったことで相手も納得したらしく、無駄に堂々とした足取りでその場を去っていく不審人物。 「なんだったんだ……ぁ、あぁ、成る程。これは予行練習なのか。そうかそうか」 呆気に取られつつも何とか遭遇した事態に理由を欲する緋那岐。 『何の予行練習』かはともかく己を納得させて大きく頷く。 「頑張れ、輝く明日が待っている!」 声を掛けた背中が何処となく誇らしげに見えたのは緋那岐の脳内補正だったかもしれない……。 ●青龍寮の怪 その一 赤い衣装の白ひげ爺さんが陰陽寮内に出没しているという話が陰陽寮内のところどころで囁かれるようになった頃、当人と対面していたのは鈴木 透子(ia5664)だった。 「足袋を受け取れ」と迫られた透子はその場に固まっていた。 足袋を受けとれば良いのかと考える一方、他寮に比べれば五行王と接触する機会があった彼女は目の前の人物の正体に気付くのも早く、そういう意味で動揺は大きい。 (ジルべリアで見たことがありますからサンタクロースは知っています……尤も、あの時はアヤカシが化けてたりしてたので今回とは状況が違い過ぎますが……) 目の前の彼はアヤカシではない。 それは断言出来る。 ただ、……。 ――……どうしても、納得できないことがあって。 心の奥底に紡がれるのは、葛藤。 ――……そのことで、少しだけ恨んでいる。 自分でも筋違いだとは知りつつ、そう考えなければ遣り切れない思いに駆られる日々。 こんなにも気持の整理を付けるという事の難しさを痛感しているというのに、その恨む相手が唐突に。 しかもサンタクロースを自称して足袋を寄越そうなどと。 それも普段通りの無愛想な態度そのままに。 (意味が解りません……!) 透子の混乱は相当だったが、一方で冷静な自分がこの場の適切な対応を考えている。 このまま足袋を受け取れば『負け』のような気もするが、恨んでいる相手とはいえ明らかに慣れない……否、もはや似合わないと直接、はっきりと言ってあげるのが親切な気もするが、ともかく、そういう行為を頑張っている相手を無碍には出来まい。 (普通なら笑顔で流して大急ぎで忘れてあげるのが良いのでしょうが……それは無理、です) かと言って、此処で青龍寮の話を持ち出すのも違うだろう。 (こういう時にお師匠様なら……) どんな助言をくれるだろうかと考えた脳裏に浮かんだのは、 『サンタなんてウソよ』という身も蓋もない台詞。 さすがにそれは……と透子は左右に首を振り、一息つく。 (そう、でした) 改めて思い出したお師匠様の言葉を胸の内で反芻した透子は、一歩だけ自称サンタクロースに歩み寄ると、差し出されていた足袋を受け取った。 「……ありがとうございます」 「……うむ」 何となく固い空気が流れる中、それでも時間は動いている。 満足そうに立ち去っていく自称サンタクロースを見送る透子は、改めて吐息を一つ。 『人から親切にされたらちゃんとお礼を言いなさい』 その言葉をくれたお師匠様にも感謝の気持ちを告げたくなる透子だった。 ●青龍寮の怪 その二 透子が足袋を持って自室に引き上げた頃、カンタータ(ia0489)は青龍寮の食堂でボルシチ(紅汁)を煮込んでいた。 寮内で自称サンタクロースが出没したという話を総合するに、足袋を渡している寮生は完全にランダムであり、自分のところに現れる可能性は決して高くないと予想できた。 それでも運が良ければ現れるだろうし、その時にもてなせる物が何もないのは残念だと思ったから、とりあえず準備だけはと厨房に籠っていたのである。 食堂の円卓にはクロスと食器を整え、準備は万端。 「さて、ボクのところにサンタさんは来てくれるでしょうかー」 普段通りの軽やかな口調で呟くカンタータ。 その時をのんびり、まったりと待っていた。 それからどのくらいが過ぎた頃か。 「……こんなところに居たのか」と耳を打った低い声。 カンタータは顔を上げると柔らかな表情を浮かべ、手前の椅子を引く。 「どうぞどうぞー。夜遅くのお越し、お疲れ様ですー。駆け付け三杯とか言いますし、まずはお掛けになってボクの料理を召し上がってください。無事完食頂けましたら、お話伺いますー♪」 「……」 有無を言わさぬ相手に座らされた自称サンタクロースは何かを言いかけたが、素早く出されたボルシチから立ち上る熱気を受けて固まる。 「……これを完食しろと言うのか」 「はいー味には自信がありますよー」 「……」 果たしてこれは味の問題かと悩みつつ、食べない内は目的が果たせない事を察して口を付け――。 「熱っ」 「ふふふ〜♪」 滅多に見られない素の反応に、カンタータは満足そうに微笑んだ。 熱いスープは時間と共に冷めるもの。 最初こそ進まなかった食事も次第に食べ易くなり、急ぎさえしなければそれほど難しい試練ではなかった。 「……確かに味は悪くなかった」 「それは良かったですー」 完食し終えた自称サンタクロースの前に自分も腰を下ろして笑いかけるカンタータ。 「今年一年、他儀も巡りあまり五行には居続けられませんでしたが、サンタさんから見てボクは良い生徒で在れたでしょうかー?」 「……」 黙ってしまった相手に、しかしカンタータは構わない。 「残念ながら講義はほとんど実施されない年でしたが、次に繋げるためにいろいろ学んでいるつもりです。朱雀寮と同時期の卒業は無理そうですから、もうしばらくは宜しくお願いしますねー」 「……無論。此度こそは、な」 「はいー」 スッと差し出された足袋を、カンタータは受け取る。 「ありがとうございますですよー」 「……」 カンタータに見送られた自称サンタクロースこと、五行王・架茂天禅は人気の無くなった場所で帽子を脱ぎ、付け髭を外すと、大きな溜息を一つ。 とにもかくにも、これで今夜の任務は終了……のはず、だったのだが。 ●そして怪奇は解決す サンタクロースの任務を終えて自室に戻ろうとした天禅だったが、その途中で正座させられている矢戸田平蔵と遭遇して顔を顰めた。 「……何をしている」 「いやぁ、まぁ、それが……」 非常に決まりの悪い顔をしている彼の背後から、 「ちょっとしたお仕置きですわ」と声を掛けてきたのはフレイア。 更には猫娘。 後に山中うずらと自己紹介する少女は、変質者さながらの変装をして現れた天禅に気付くと同時、これが側近である平蔵の差し金だと勘付いたフレイアに協力して、平蔵を確保。 天禅に正しいクリスマスを学んでもらうべく、部外者も立ち入れるこの場所で王の帰りを待っていたという事らしい。 フレイアとしては料理を準備したり、天禅にクリスマスの正しい知識を得てもらうために諸々用意したいものはあったのだが、陰陽寮は基本的に部外者の立ち入りを禁じているため厨房を借りれるはずはなく、また、五行の中枢とも言えるこの付近で術を行使するのも無用の混乱を招く恐れが高い。 更に、資料を借りるにしても時間が時間だ。 平蔵が身分を盾に無茶を押し通すにしても無理があった。 結論として、平蔵に騙されている天禅が戻ってきた後、ちょっと其処まで外出して一緒に食事をしながらクリスマスの話でもどうだろうか、という事になったわけだ。 平蔵は警護として同行である。 無論、財布も彼持ちで。 「どうかしら、天禅君。せめて最後くらいクリスマスらしく過ごして欲しいのだけれど」 「にゃ、にゃーん……いい子にはサンタクロースが来るかも? にゃーん!」 初対面のうずらが緊張した面持ちで猫の鳴き声を真似つつ後押し。 天禅は今一度、一人一人の顔を眺めた後で短い嘆息を一つ。 「……付き合おう」 こうして奇妙な変質者、自称サンタクロースが陰陽寮を騒がせたクリスマスは終わりを告げるのだった――。 |