或る日の物語〜聖夜〜
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/30 18:14



■オープニング本文

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 その日――世間一般に【聖夜】と呼ばれる前夜の午後十一時五十分。
 ジルベリア、首都ジェレゾの開拓者ギルドで精霊門の開門を待つ開拓者達は、普段と異なる賑わいの中にいた。
 それも当然。
【聖夜】は誰にとっても特別なイベントだ。
 元々は冬至の季節に行われ、神教会が主体となって精霊に祈りを捧げる祭りだったが、時代の移り変わりと共にその形も変わり、今や子供にとっては「良い子にしていればサンタクロースがプレゼントをくれる日」であり、大人にとっては「家族と過ごす」「恋人と過ごす」特別な記念日。
 だからこそ今日の今日まで頑張って働いて来た開拓者達は、精霊門が開いて天儀に――大切な人が待つ場所に帰れる瞬間が待ち遠しくて堪らない。
 共に依頼を受けた仲間との会話も自然とこれからの予定が主になり、時として「リア充爆発しろ!」といった叫び声も上がる中、いよいよ精霊門が開く――。


 ●

 無論、この日をジルベリアで過ごす開拓者も少なくない。
 クリスマスの本場で過ごしたいと、この日の為に渡航して来た者もいれば、依頼内容を選んで来た者もいる。
 町はクリスマスツリーとイルミネーションの仄かな光りに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出し、空から舞い降りる雪の結晶はこれ以上ないロマンティックな演出効果を齎す。


 美しき雪の都ジェレゾ――貴方は、この日を誰とどんな風に過ごしますか……?



■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
ケロリーナ(ib2037
15歳・女・巫
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰


■リプレイ本文


 その日、穂邑はジルベリアの首都ジェレゾに居た。
 クリスマスを本場で過ごすため、一緒に住んでいる藤子も来ているのだが、いま隣にいるのはヘイズ(ib6536)。と言うもの、彼の誘い文句が「一緒にデートでもしないかい?」だったからだ。
 藤子に「お邪魔しちゃいけないわね」とからかわれた穂邑は、自分には縁遠いと思っていた、所謂『恋人達の定番』が突如として身に降りかかって来た事で相当動揺していた。
 その場にいたヘイズは自分の言葉選びがまずかったと反省し「ごめんごめん」と笑い掛けた。
「穂邑ちゃんの反応が面白くてついからかっちまったけど、単純にクリスマスの本場の街を案内したかっただけなんだ」
「案内、です?」
「ああ。生まれは五行の俺だけど、暮らした時間は天儀よりもこっちの方が長くてさ、第二の故郷みたいなもんなんだ。だから、いろんな場所を知ってるぜ、イルミネーションの綺麗な公園とかさ」
「それは素敵です……!」
 身を乗り出して来る少女にヘイズも一安心。
「今からなら、美味い昼飯を食って、街を見て歩いていたらいい感じに暗くなるだろうから、それからイルミネーションかな」
「はい!」
 元気に頷いた穂邑は、しかし不安顔。
「夜までには帰れますか? 柚乃さんとケロリーナさんともお約束があって」
「勿論。女の子を遅くまで連れ回すような真似はしないよ」
「ありがとうございます!」
 ようやく普段の笑顔に戻った穂邑を見て、ヘイズは仕方ないと肩を竦める。この子に負担を強いるのは本意ではないし、他にも穂邑を誘う仲間がいるだろう事は予想済みだ。
(ほんの一時でも二人でいられるだけラッキーさ)
 そう思いながら少女の手を引き、ジルベリアの街に繰り出した。

 馴染みの店で昼食を取り、クリスマスの装飾が見事な街を見て歩き、暗くなるにつれて街燈に火が灯されていくとジェレゾは次第に幻想的な雰囲気へとその姿を変えていく。
 更には空から舞い降りてくる白銀の結晶――。
「雪です!」
「この時期は雪が降ってない方が珍しいからな」
 そんな会話をしながら到着したのはヘイズの最終目的地でもあった公園。
 園内に入ってすぐ、穂邑はその足を止めて眼前の光景に見入っていた。
 中央に荘厳と据えられたクリスマスツリーと、周囲を彩るイルミネーション。
 これら人の作った明かりに照らされる雪。
「これをさ、見せたかったんだよな」
 ヘイズは言う。人と自然の織りなす幻想、人の造形だけでも自然だけでも成せない競演。
 人の作った灯りは子供が怪我をする事の無いよう祈るものだという話がある。であればこそ、人と精霊の狭間で辛い事もあるだろう彼女に見せたかった。
「人の世界ってのも綺麗だよな」
「はいっ」
 笑顔で頷く穂邑にヘイズも笑い返し、ブレスレット・ベルを鳴らす。
 たった一人のためのクリスマスソング。
「メリークリスマス。穂邑」
 屈託のない笑顔がヘイズの心に温かい。



 ヘイズと共に藤子の待つ宿に戻って来た穂邑は、既に到着して待っていた柚乃(ia0638)、ケロリーナ(ib2037)の顔を見るなり互いに名前を呼びあいながら再会を喜ぶように抱き合った。
「お待たせしてすみませんっ、それにケロリーナさんは、せっかく神楽の都で遊びましょうってお誘い下さってたのにジルベリアになってしまって……」
「良いんですの〜♪ 穂邑おねえさまと皆さんと楽しく過ごせたらそれが一番ですの」
「ありがとうございますっ」
 はぐはぐぎゅっと感謝の気持ちを伝えれば、ケロリーナも笑顔で抱き締めてくれる。
 やはり、穂邑はまだ女の子同士で賑やかに過ごす方が楽しいようだと感じたヘイズは首に巻いていたマフラーを穂邑の肩に掛けてやった。
「クリスマスプレゼントさ。ジルベリアは寒いから風邪引くなよ?」
「え、あっ、ありがとうございますっ。もう帰っちゃいますか?」
「ヘイズさんもご一緒にどうですか……?」
 柚乃がそう声を掛けるが、ヘイズは丁重に断る。曰く、女の子同士の時間を邪魔するほど野暮ではない、と。
 それに……と目を遣るのは藤子に説得されて留守番していた狛犬の阿業と吽海、そして羽妖精の誓だ。穂邑一番の相棒達の視線の冷たさと言ったら……退散するのが最善だっただろう。
 そうして藤子と四人、女子会のようなクリスマスパーティが始まった。
 まずは各自が手作りした食事がテーブルに並べられる。
 御握りや稲荷ずしが、季節の煮物や和え物と一緒に彩鮮やかに詰められた重箱は藤子と穂邑の手作り。
 七面鳥のローストとチョコレートケーキはケロリーナの。
 たくさんのクッキーとゆきだるま型のレアチーズケーキは柚乃の手作りだ。
 柚乃にもふられながらクッキーを食べてご満悦の阿業に、ケロリーナにローストを切り分けて貰って黙々と食べる吽海。
『このケーキ、どちらも美味しいわ。柚乃、ケロリーナ、後で作り方を教えて頂戴』
 キリッとした誓のお願いに、二人は「はい♪」「喜んでですの〜」と快諾するのだった。

 聖なる夜に祝福を。
 親しい人々と楽しく過ごす特別な日――こういった習わしを知ったのが開拓者になってからの柚乃は、いつか母様達とも一緒に過ごしたいと心の中で思う。
「クリスマスには、サンタクロースさんがプレゼントをくれるのですよね」
「そうなのですか?」
 本場のクリスマスは今回が初の柚乃の言葉に、同じ初体験の穂邑が身を乗り出した。
「そうお聞きしたので、これ……穂邑さんと、藤子さんに、クリスマスプレゼントです」
 言いながら柚乃が藤子に差し出したのは、藤花の刺繍が見事な膝掛。そして穂邑に差し出したのは『幸紡ぎの聖鈴』だ。
「どうか行く先に幸あらんことを……」
 彼女の背負った運命の重さを案じ、心から願う柚乃の言葉に穂邑は涙ぐんだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます……っ、ああっでも私は何も用意していなくて……!」
「その分、笑顔が見れたら嬉しいです」
「でも……っ」
 慌てる穂邑に、ケロリーナは「そうですの〜」と思いつく。
「クリスマスにはカードの交換というのもあるですの☆」
「カード、ですか?」
「皆で手作りのカードを作って交換するですの〜。せっかくですし、どうですの〜?」
「楽しそうです!」
「うん……私も、作ってみたいです」
「じゃあ宿の方に書く物を借りて来ましょう」
 藤子が立ち上がり、宿の従業員に事情を説明すると快く二つ折りのカードを四枚と色鉛筆一式を貸してくれた。
 ケロリーナがサンタクロースの衣装を着たかえるを描いてほわほわのカードを作っている隣では、穂邑が懸命に花の絵を描いている。
 伝えたいのは感謝の気持ち。
 たくさんの「ありがとう」。
 その姿を見守りながら、ケロリーナは思うのだ。
(穂邑おねえさまは、真面目すぎるからもっと楽しんでもっと幸せになっていいと思うですの〜☆)
 それは祈り。
 柚乃と同じ想い。
 大切な友人の行く先が、どうか光り溢れる道でありますように――。



 夕刻、アイザック・エゴロフ(iz0184)はイリス(ib0247)の家を訪ねていた。聖夜を一緒に過ごす為に迎えに行ったのだが、……その玄関扉に飾られたリースに、アイザックの胸が高鳴る。
 何を隠そう彼の部屋の扉にもリースが飾ってあるのだ。傍にはいられなくとも、この想いが大切なあなたに幸せを運んでくれますように――そう想いを込めて交換した互いの手作りのクリスマスリース。
 アイザックは胸元に入れてある包みにジャケットの上から触れてから扉をノックした。
 すぐにイリスが出迎えてくれる。
「メリークリスマス、アイザック。今日は来てくれてありがとう」
 その笑顔にアイザックはひたすら幸せを実感するのだった。

 お互いにジルベリアが故郷で、馴染みの店があれば好きな場所がある。
 デートコースを任されたアイザックは大事な日だからこそ難しく考えず、そういった場所にイリスを案内した。
 自分の事を知って欲しいという気持ちもあっての選択だ。
 街を歩きながら、食事をしながら、二人はたくさんの話をした。
 近況報告や、仕事の調子、好みのインテリア、料理、共通の友人の事などどれだけ話しても話題は尽きない。
 ただただ、こうして二人で過ごす時間がいつまでも続けばいいのにと願った。

 街は夜を迎え、イルミネーションが世界を美しく輝かせる時間帯。
 イリスの希望で、とある公園に飾られるクリスマスツリーを観に来た頃には空から雪が舞い降りていて、二人はベンチで身を寄せ合いながら自然と光りの競演を眺めた。
「ね、アイザック。私達って他の人からどう見えるかしら?」
 クスクスと笑いながらの問い掛けに、アイザックは少し照れながら答える。
「誰にも邪魔出来ないと思われていますよ」
 気恥ずかしそうな断言にイリスの心は温もる。
 垣間見える独占欲と、疑いようのない真摯な想い。
 イリスは目を瞑ると満たされたように微笑んだ。
「アイザック。……良かったら、受けとって欲しい物があるの」
 言い、彼に差し出したのは自分の名前が彫られた銀の指輪。
 彼が想ってくれるのと同じくらい、……もう、どうしようもないくらい好きになってしまっている彼に、受け止めて貰えるなら、イリスは。
「受け取ってくれる……?」
 信じていても不安になる、そんな思いで見つめていると、アイザックは微かに微笑み返して来た。
「リースの時もそうでしたけど、実は似た事を考えているのかもしれません」
 言いながら彼が胸元から差し出した包み――中には薄紅色の石が嵌められた銀の指輪。
「受け取ってくれますか? これは……未来の約束として」
「アイザック……っ」
 繋いだ手に二つの指輪を握り締めて強く抱き合った。
「貴女を愛しています、イリス――」
 その言葉が、何よりのクリスマスプレゼント。



 ファリルローゼ(ib0401)は待ち合わせの場所に緊張した面持ちで佇んでいたが、見えた相手、スタニスワフ・マチェク(i0105)の姿に無意識に表情が綻び、更に緊張する。
 嬉しいのに、怖い。
 手を伸ばせば、まるで幻のように消えてしまいそうだ。
「待たせてしまったね」
 声を掛けられて、慌てて左右に首を振る。
「私が早く来過ぎてしまったんだ……メリークリスマス。来てくれてありがとう」
「俺の方こそ誘って貰えて光栄だよ。まさかこんな特別な夜にね?」
 からかうような笑顔に、瞬時に赤くなるファリルローゼの顔。
 笑われる事すら嬉しいのだから重症だ。そんな本音を隠すように、レディカ夫人と傭兵団の面々に宛てたカードを彼に託す。
 願うは彼らの幸せ。
 それは違う事無くマチェクの幸せに繋がるから。

 聖夜の贈り物は店を回りながら決めようと話した二人は、しかしこれという物を選ばない。
 否、ファリルローゼには選べなかった。
 どんなに素敵な品であっても、マチェクと一緒に居られる事の方が嬉しかったからだ。
 それと同じくらいに募る不安。
 聖なる夜が終われば自分達も――。
「ロゼ?」
「ぁ……」
 込み上げてくる涙を知られたくなくて顔を背ければ、彼は微笑った。
 何も気付かないでくれるように。
「手を貸してごらん。ぼぉっとしていたら迷子になるよ」
「あ……」
 繋がれた手に灯る温もり。
 現実の証。
 堪え切れず涙が毀れた。
「夏が待ち遠しいな……君達の里の向日葵を、早く……」
 一緒に。
 二人で過ごす時間の、約束。
 共に過ごせる幸せが故に落ちる涙に、彼は気付いてくれるだろうか。
 いつものように、からかうように、笑ってくれるだろうか。
「すまない……今日の私は変だ、な……マチェク?」
 言い掛けたファリルローゼを抱き寄せた彼は、そのまま数歩移動して建物の陰に彼女の背を預けさせる。
「何かをくれると言うなら、……少しの慈悲を」
「――」
 何を、と問う間もなかった。
 口付けられていると自覚する余裕すら与えられなくて。
 反射的に突き飛ばそうとして、その腕を取られた。
「……嫌ってくれるならそれでいい。このまま君に触れられないなら、二度と会わない方が良い」
「そんな……狡い……ぁっ」
 二度目のキスと、感情を読み取るには難しい囁き。
「君だけは……」
「んっ……、っ」
 触れたい、奪いたい、守りたい、――愛したい。
 喉元まで出掛けた言葉を押し止めて、男は腕の中の特別な存在を抱き締めた。
 謝罪も言い訳もない。
 このまま時間が止まってしまえばいいと本気で願いながら、ただ、強く抱きしめた。



 朝比奈 空(ia0086)は時間を確認して少なからず考える仕草を見せた。
 せっかくなら今日は穂邑を誘ってみたかったが、依頼を受けていたらこのような時間になってしまい、流石にもう無理そうだ――そう考えながら天儀へ繋がる精霊門が開くのを待っていた空は、不意に視界に入った人影を凝視した。
 穂邑だ。
 柚乃とケロリーナが一緒におり、見ていると穂邑一人がジルベリアに残るらしい。
(……誰か此方で一緒に過ごす人が出来たのでしょうか?)
 そう考えると胸の内に冷たい風が吹き抜けるような錯覚に陥った。
 あの初心な少女に特別な相手が出来たなら祝福しようと思う反面、今までのように接してくれなくなるかもしれないと思うと――。
 そんな一抹の寂しさを感じていた空だったが、見送りを終えた穂邑が振り返ったと同時に偶然にも視線が重なってしまった。
 驚いたのはどちらもだ、が。
「空さんなのですっ、すごい嬉しい偶然です!」
「ええ……すごい偶然ですね」
 勢いよく抱き着いて来た穂邑に、空は胸の内の寂しさを押し隠し、そっと微笑んだ。

 精霊門を通る事無く深夜のジェレゾの街を歩く事になった空は、穂邑から今日の思い出を聞かされると共に、藤子の希望で此方に一泊するのだと知った。
「クリスマスは楽しかったですか?」
「はい!」
 気持ちのよい返事に空は微笑んだ。
 この少女が背負った運命は重い。
 それでも穂邑は穂邑。他の仲間達にとってもそれは変わらない事が伝わって来るようで嬉しかった。
(それにしてもヘイズさんはお気の毒に……)
 空は少し考えて、穂邑に聞いてみる。
「穂邑さんは、好きな男性はいないのでしょうか?」
「! えっ、だ、や、今はっ、そういう場合ではなくて!」
「そんな事を言っていると私が貰ってしまいますよ?」
 後ろからそっと抱き締めて囁けば、固まる穂邑、だが。
「えっと……欲しい物があるですか……? ん? あれ? 私の好きな人が欲しいです? え??」
 自分の発言に混乱し始めた少女に呆気に取られ。
「……ふふっ」
 やはり穂邑は穂邑だ。
「冗談ですよ、何も要りません」
「でも」
「お正月は一緒に初詣に行きませんか? もちろん穂邑さんの都合が良ければですが」
「! 行きますっ、空さんと初詣、絶対に行きます!」
 笑顔の即答に空の笑顔も毀れる。
 雪とイルミネーションによる幻想的な雰囲気の、街通り。
 空はただただ友人の幸せを願うのだった――……。