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■オープニング本文 ●石鏡からの招待状 その日、五行王・架茂天禅(iz0021)は石鏡からの勅使が来たと知らせを受け、隣国とは言えそうあるわけでもない事態を鑑み五行国の警邏隊総指揮官である矢戸田平蔵を伴って面会に赴いた。 ――が、勅使と紹介された『彼女』の顔を見た途端に五行王の眉間の皺が増えた。 平蔵に至っては目を丸くした後で五行王を見遣り、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて顔を背けるという状態。 五行王は問う。 「……此方が勅使か」 そう彼に伝えた役人は頭を垂れて「はっ」と肯定の意を示すが、王の様子がおかしい事には気付いていた。何か問題があっただろうかと内心で戦々恐々としていた彼に、王は深い溜息の後で告げた。 「隣国の王の顔ぐらい覚えておけ」 役人、固まる。 再び溜息を吐く五行王に、勅使――そう自ら名乗った女性はとても楽しそうに笑った。 石鏡の双子王が片翼、香香背(iz0020)。その背後では側近であり護衛でもある楠木玄氏が強面に呆れきった表情を浮かべていた。 役人達を下がらせ、五行王と石鏡王、平蔵と玄氏が向かい合って座す応接間。 「王自らのお越しとは火急の用か」と尋ねた五行側に対し、石鏡は「『あの』五行王が可愛らしくなられたと聞いたので直にお目に掛かりたくて」と笑顔。ゆえに場の空気はピリピリしている。……五行王が一人で不機嫌を露わにしているだけなのだが。 おかげで話は彼を除く三人で進められていた。 真面目な話をするならば、石鏡側は先の戦――五行東を支配していた大アヤカシ生成姫との大戦において様々な傷を負った五行の民を、数日後に控えた『三位湖湖水祭り』に招待したいというのだ。 もちろん招待と言うからには石鏡側で飛空船を準備し送迎を行う。 これから開拓者ギルドにも話を通し、当日の送迎警護や現地警備を依頼して来るつもりだ、と。 それ故に五行王の許可を得るため石鏡王は自らやって来たようだ。 「湖水祭と言えば三位湖畔に咲く彩り鮮やかな花の美しさも見どころの一つでしたね」 「ええ。今の時期は、特に鈴蘭の慎ましやかな美しさが湖の青と合わさって……」 平蔵の言葉にそう返した石鏡王は、しかしふと気付いたように意味深な笑みを覗かせた。 「そういえばこんな話を御存知? 鈴蘭は恋人達に幸せを運んでくれる花なのですって。五行王も矢戸田様も意中の方がいらっしゃるのでしたら、是非」 十四と言う幼さで王になった少女もすっかり年頃の娘になったかと思いきや、他人をからかう笑顔は一端の女性である。 平蔵が笑って誤魔化す傍らで、五行王はふんっと鼻を鳴らして一蹴だ。 その後、生成姫の消失によって起きた異変の件で石鏡の貴族、星見家の助力を得た事への感謝や、調査の進捗状況。神代に関しての話題もありつつ、王達の会談は恙なく(?)終了したのだった。 ●三位湖湖水祭り 石鏡を天儀において尤も豊かな国とした最大の恵み――それが国土の約三分の一を占める巨大な湖、三位湖である。 毎年6月の上旬に催される湖水祭りでは、水辺を散策してその恵みに感謝し、特設舞台では音楽隊や踊り手達が楽しい演舞を披露する。 また、首都安雲から安須神宮へと掛かる橋の上、巫女達が舞い踊る中央をもふら牧場の大もふ様をはじめとしたもふら様達が大行進するという。 例年は石鏡の民が楽しむための行事だが、今年は五行の民にも笑顔をという願いを込めた招待状が送られたことで、この警備、警護の依頼が開拓者ギルドに張り出された。 時は折しも鈴蘭の季節。 三位湖の畔にも美しく咲き誇るこの花が恋人達を幸せにしてくれるという伝説が実しやかに囁かれる昨今、あなたも仕事の合間に乗ってみるのは如何だろうか――。 ●五行に咲くのか恋の花 国賓として招かれた五行王は、せっかくの湖水祭りであろうと出歩く事を好まない。 かといって国賓の彼を一人放置しておくわけにも行かず、話し相手になっていたのが石鏡のもう一人の王、布刀玉(iz0019)である。……が、一体どのような話をしたものか。 喋らない、笑わない、動かない。 (この方とどのような会話をすれば……!?) 十七歳の若者を本気で悩ませる三十八歳。 困った男である。 (矢戸田殿は普段どのような話をされているのか……) 五行王の側近であり警邏隊総指揮官、そして親友でもあると聞く矢戸田平蔵の顔を思い浮かべ、……そして、その本人の姿が無い事に気付いた。 「あの……矢戸田殿はどちらに?」 「……あれには意中の娘を探しに行かせました。恐らくこの祭に来ているでしょうから」 「そうなんですか。それは素敵ですね」 布刀玉はようやく顔を綻ばせた。 何となく会話が続きそうな気がしたからだ。 「そうそう。昨日のお話しですが、斎竹(いみだけ)家に条件に合いそうな者がいましたので、明日の夜宴の折に席を設けられると思います」 「それはありがたい。無理を聞いて頂き感謝する」 「いいえ、此方にとってもありがたいお話ですから」 王達は互いに意味有り気な視線を送り合った。その時ばかりは共に為政者の顔である。 それにしても側近達の縁談を纏めるような行動に出ている五行王自身はどうなのか――布刀玉はそこまで考えて、はたと気付く。 会話がなくなってしまった。 ●そして彼らは 石鏡には昔から政に強い発言力を持つ『五家』と呼ばれる貴族旧家がある。 午蘭家、星見家、露堪家、斎竹家、散香見家がそれだ。 しかし数年前、石鏡で起きた理穴からの使節団が山賊に襲われ、使節団はもちろん彼らの護衛兼案内役を担っていた石鏡の巫女達も全滅するという事件が起きた。国際問題に発展し双子王の立場も危うくなったであろうその事件は、しかし散香見家の陰謀だった事が発覚。 首謀者は断罪、家は取り潰しとなり一応の収束を見たのだが、その際に散香見家の陰謀を暴いた功労者の一人が斎竹家の姉弟である。 そして今、その姉弟の間に流れる微妙な空気。 「……見合いって、本気か桔梗」 口元を引き攣らせる弟、椎野は二七歳。厳つい体格の陰陽師。そして桔梗と呼ばれる姉は二九歳、サムライだ。 「……当主が布刀玉王御自らの話だと言うのだもの。無下には出来ないでしょう? とりあえず会うだけ会ってくるわよ」 「へ、へぇ……?」 昔から戦とあらば勇名を馳せて来た斎竹家は、現在この二人が次期当主の座に就くべく勝負の真っ最中なのだが、基本的に仲が良い。 故に弟の心中は相当複雑なようで――……? * 「行ってみたい、な……」 神楽の都、開拓者ギルドの掲示板を見ながら穂邑(iz0002)が呟く。 「へぇ、湖水祭りとは良い時期に来たね」 ジルベリアで仕事がし難くなっている昨今、せっかくの暇なら物見遊山をと天儀、石鏡を訪れていたスタニスワフ・マチェク(iz0105)が呟けば同行していたアイザック・エゴロフ(iz0184)も頷く。 三位湖湖水祭開催まで、もう間もなく――。 |
■参加者一覧 / 朝比奈 空(ia0086) / 真亡・雫(ia0432) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 和奏(ia8807) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / イリア・サヴィン(ib0130) / リスティア・サヴィン(ib0242) / アイリス・M・エゴロフ(ib0247) / フレイア(ib0257) / 御陰 桜(ib0271) / ファリルローゼ(ib0401) / ニクス・ソル(ib0444) / 猫宮 京香(ib0927) / ケロリーナ(ib2037) / ウルシュテッド(ib5445) / 緋那岐(ib5664) / ヘイズ(ib6536) / ネロ(ib9957) / ルース・エリコット(ic0005) / 蔵 秀春(ic0690) |
■リプレイ本文 「いやさ、本当に綺麗だねぇ」 祭りの警備依頼を受けて参加した蔵 秀春(ic0690)は三位湖を眺めて感嘆を漏らす。 「警備を忘れて見入っちまうね」 思わず本音を零せば仲間にからかわれるが、仕事は仕事だ。 「おいおい、そこの! 随分とご機嫌だねぇ? こっちでちぃとばかし休んでいきな」 早速の仕事に肩を竦めつつ、秀春は酔っ払いの腕を引いた。 湖水祭りは朝から大賑わい。 屋台が並ぶ通りは人で混雑し、そこかしこから楽しげな声が上がっている。 そんな人混みの中に浮き沈みする白い帽子。 歩調軽やかなフラウ・ノート(ib0009)の頭だ。本当なら恋人を誘って来たかったのだが多忙な彼に我儘も言えず、こうして一人旅。 「湖は綺麗だし一人でも充分に楽しめるでしょ♪」 人の多さもその証明だと思えば自然と表情は綻んだ。……と、前方に周りから頭一つ抜きんでた長身。幼馴染のニクス(ib0444)とユリア・ヴァル(ia9996)だ。 (見つかったら気を遣わせちゃうわね、そーっと、そぉっと……) 自分が一人だと知ればあの二人はきっと一緒に回ろうと誘ってくれるだろう。けれど、 (好きな人とは、やっぱり二人きりになりたいもの) 思い出すのは大切な恋人の顔。傍に居られる幸せを大切にして欲しい。 (楽しんで来てね、二人とも♪) フラウは心の中で語り掛けるとその場を後にした。 フラウは二人の傍にもう一人、イリス(ib0247)がいた事に気付かなかった。 「本当に一緒に回らないの?」 「だって義兄さんに恨まれたくないもの」 ユリアの問いにイリスが楽しげに答えると、ニクスは微妙に複雑そうで、そんな彼をユリアがからかう。 仲睦まじい二人の様子を見ていると、早々に別行動しなければいけない気になり、口実を探し始めた視界に、まさかの――。 「アイザック!」 驚く幼馴染達を残し、イリスは人混みを掻き分けるようにして駆け出した。 「アイッ…あっ」 人の波にもまれ転倒する、そう思った。 「ああ、やっぱりイリスさん」 聴こえたのは声。そして、体を支えた大きくも温かい手。 潤む瞳で見上げ……その後の事はよく憶えていない。 「イ、イリスさん……っ!?」 恋しい人の抱擁に、アイザック・エゴロフは驚き行き場の無い手を泳がせ。 「そこは抱き締めるべきじゃないかい?」 「ボ、ボス!」 アイザックが見上げた先ではスタニスワフ・マチェクが口元を緩めていた。 ユリア達も合流し、しばし会話を楽しんでいた五人だったが。 「もしも迷惑じゃなければ一緒に回りましょう? それとも……私と二人じゃ嫌?」 イリスがアイザックの袖を引く。 「まさか! 俺の方からお誘いしたいくらいで……良いですか?」 と、アイザックが確認を取る。無論、スタニスワフがダメだと言うはずもなく、二人は再会の幸運に感謝し祭の賑わいに混ざっていった。 「寂しかったら一緒に回る?」 人混みに消えた二人を見つめながら問うユリアに、スタニスワフは「まさか」と笑った。 「でも――」 「気にしなくても兄さんには待ち人来るの相が見えてるよ」 と、唐突に背後から男の声。 ぎょっと振り返る三人の先には――秀春が、にやりと言い残して去っていくところだった。 「占い師、かしら」 「さぁ……」 残された三人は小首を傾げた。 「良かった」 遠目に想い人同士の再会を見ていたイリア・サヴィン(ib0130)の呟きに、リスティア・バルテス(ib0242)も「ええ」と安堵の息を吐く。切羽詰った呼び声が聞こえて来た時にはどうしたのかと思ったけれど。 「さて、俺達も祭りを楽しもうか」 「ええ――イリア、あっちも行ってみましょう!」 そうして一つ一つを楽しそうに見て回る恋人の姿に、イリアは誘ってよかったと心から思っていた。 そんな時、不意に響いた幼子の泣き声。 親とはぐれたのだろうか、早く見つけてやらなければと動きかけたイリアは、しかし躊躇した。 今日は彼女の事だけを考えるべきではないのか、と。 しかしそんな彼の思いとは裏腹に、聞こえた泣き声の主――迷子の子供の傍で膝を折るリスティア。 泣き続ける子供が少しでも安心出来るよう語りかけていた。 (……やっぱり好きだな) 自然と浮かぶ笑顔のままに、イリアもまた迷子の親探しを買って出るのだった。 緋那岐(ib5664)は足早に人混みから抜け出すと、大きく息を吸った。 ほんの少し前までは妹の柚乃(ia0638)と一緒にいたのだが、今の彼は一人きり。 「妹歩けば、もふらにあたる……許せ妹よ」 もふら恐怖症の彼にしてみれば大もふ様達の大行進があるというこの祭に参加するだけでも決死の覚悟だったわけで、行進待ちのもふらがあちらこちらで日向ぼっこをしている姿を見かける度に近付いていく柚乃とはこれ以上同行出来なかったのだ。 「……まぁ、折角だ。雰囲気だけでも楽しむかな」 と、気分を変え、人通りの少ない裏道を選び歩き出した。 同じ頃、置いて行かれた柚乃は日向ぼっこしていたもふらを羽交い絞めに涙目だった。 「兄様酷い……」 悲しむ柚乃に、(し、死ぬもふ……)と抱き締められるもふら様。 そんな心の叫びも届かぬまま、ぬくぬくもふもふの体に顔を埋める柚乃はふと。 「そういえば……五行王が招待されているんだっけ……」 ずっと前に面識のあった仏頂面を思い出すと、笑顔が毀れる。 「せっかくだし、会いに行ってみようかな……」 例え会えなくても、普段気軽に外に出歩けない王が祭の雰囲気を少しでも味わえるようなお土産でも渡せたら……。 「そうと決まればお買い物です♪」 予定が決まれば即行動。何故かぴくぴくしているもふら様に別れを告げ、柚乃は駆け出した。 そして此処にも五行王の事を考える者がいた。警護依頼を受けて祭に参加していた胡蝶(ia1199)だ。 「見応えのある祭典だと思うけど五行王には似合わないような……」 湖畔で花を愛でる彼が想像出来るだろうか……。 「……うっ」 脳内の映像を振り払う。危うく悪夢を見るところだった。 そんな五行王を石鏡の双子王が歓待しているのなら、双子王の心痛的な意味で非常に不安である。 「主席同士の会談なら下手に近付くと無礼になってしまうけれど、とりあえず行くだけ……」 そうして王達が居るという邸の方へ歩き出した。 一緒に浴衣で、と誘った姪のファリルローゼ(ib0401)は白地に青の花柄。一方のウルシュテッド(ib5445)は藍色の縞柄で合わせる。 「叔父様、とても素敵です」 「ありがとう」 そう笑う彼に、一緒に来られなかった妹なら何と言っただろう……そう思うと笑顔には陰りがさした。 ウルシュテッドはそれに気付いたけれど、あえて何も言わずに手を差し出す。 「迷子にならないように、ね。それとももう子供じゃないから恥ずかしいかい?」 「……いいえ」 叔父の笑顔に、ファリルローゼは精一杯の笑顔で応えてその手を握り返した。 去年から相棒として迎えたからくりのしらさぎに初めての祭りを体験させたい――そんな思いから警護の依頼を受けた礼野 真夢紀(ia1144)は、その途中で賑やかな一団を見付けて足を止めた。 中でも中央に居る女性。市女笠で顔を隠しているが、間違いないだろう。穂邑だ。 (やっぱり参加されたんですね) 祭に参加したいと言いながらも躊躇していた彼女に、行けばと勧めたのが真夢紀だったのだ。 最も、自分が構わなくとも誰かが、と予想していた真夢紀にとって眼前の光景はまさに予感的中というものだ。 (よかった) 楽しそうな姿に安堵の呟きが漏れる。 そんな真夢紀を心配してか、しらさぎが見上げて来る。 「大丈夫。……警護の当番が終わったら、私達もお祭りを楽しもうね」 いつもと変わらぬ真夢紀の言葉に、しらさぎはとても嬉しそうに笑った。 その穂邑を祭りに誘った面々の胸中は様々だ。 朝比奈 空(ia0086)とキース・グレイン(ia1248)は穂邑が石鏡に入る事に少なからず不安はあったものの、ヘイズ(ib6536)やケロリーナ(ib2037)に誘われて大喜びしている姿を見ていると止めるのも無粋だと思われたし、何かあれば守ってみせるという気持ちは恐らく全員が同じだ。 (この方達と一緒なら何があっても対処出来るでしょうし……のんびりと歩きましょう) 仲間の顔をゆっくりと見渡したアルーシュ・リトナ(ib0119)は、最後に穂邑を見つめて微笑んだ。 「石鏡の美味しいものを教えてくださいね。食べ歩き、しましょう」 「はい!」 念のためと空が手渡した市女笠を喜んで被った穂邑の楽しそうな姿を見ていると、やはり来て良かったと思う。 「今日の恋話は酒天君のお話ですの〜。穂邑おねえさまは酒天君を御存知ですの〜?」 「何度かお会いした事がありますっ」 ケロリーナが言うと、穂邑は身を乗り出して応じる。 そんな少女達の話題に気後れしつつ周囲を見渡していたキースは、雑踏に見覚えのある姿を見付けて己の目を疑った。 だが、間違いない。 「悪い、しばらく別行動だ」 後ろから掛けられる声にも耳を貸さずキースは駆け出した。 和奏(ia8807)は湖畔をゆっくりと散策していた。 この時期の木々は緑が綺麗で、雨の日も風情があって良いものだが、梅雨時の晴れ間は大気中の塵が全て落とされているのか、空気が澄んでいるような気がして、景色も綺麗に見えるのだ。 「こういう時期に訪れる事が出来て幸運でした」 穏やかに紡がれる独り言。 本当に、何て気持ちの良い日だろう――そうしていつまでも散歩を楽しんでいたかったが、天気の良い日は体力の減りも早い。 「少し休憩をしようかな」 言いながら湖畔の東屋へと歩を進めた。 大もふら様達の大行進が始まると湖水祭りの賑わいも最高潮。 四方八方から歓声が飛び交う中、ルース・エリコット(ic0005)は感動していた。 「ふわ! 大もふ……らさま、初めて、見まし、た! 凄い……すご、い!」 歓喜に握りしめた小さな手に、同行しているネロ(ib9957)は黒猫の面の下、来てよかったと目元を和ませた。 と、不意に手に温もりを感じる。 「見て見、て……本当にすご、い!」 紅潮した頬に、きらきらの瞳。 ネロはそっと温もりを握り返した。 「あ……」 返された温もりにハッと顔を上げたルース。 「ご、ごめ、んなさ……い……っ」 慌てて手を離そうとするが、ネロの手は結ばれたまま。 「迷子は……あぶないから、ね?」 「……う、んっ」 こくりと頷く。と同時に心のどこかが小さく跳ねた気がした。 御陰 桜(ib0271)は何故か大通りから離れた高台の茶屋に居た。 「くっ……落ち着きなさい、あたしの右腕……!」 震える拳を握る桜は、意思とは関係なく蠢く右手を懸命に抑え続ける。 「……く、ふぅ……」 荒ぶる心を落ち着ける独特の呼吸法の後、桜は湧き出る衝動は押さえつける事に成功した。 「桃も連れて来れば良かったわねぇ……」 ふぅ、と溜息を一つ。 こういう賑やかな祭りは、やっぱり誰かと一緒の方が楽しいのかもしれない……と、そんな事を考えていると見知った姿が視界に入った。 「あら……もしかしてカオルちゃん?」 それはずっと以前に一緒に『ちま』を作った友人の名前。 その時に桜が作った藍色の駿龍と、自分、二体のちまは今も大事に所持している。 「カオルちゃ〜ん」 何度か呼び掛けながら後を追っている内に『カオルちゃん』はぴたりと立ち止まって振り返った。そして桜の姿を見止めると、少し考えるような素振りを見せた後で「あ!」と陽気な声を上げた。 覚えていてくれたことに桜は微笑む。 「久し振りね。あの時のちま、お兄ちゃんは喜んでくれた?」 「ええ、とても♪」 少女達は思い出話に花を咲かせ、そのまま一緒に出店を見て歩く。 ……そんな『カオルちゃん』――正体を石鏡の双子王が一人、香香背を捜し歩く側近達が居る事など桜には知る由もなかった。 湖水祭りをゆっくりと楽しむ真亡・雫(ia0432)と猫宮 京香(ib0927)は休憩がてら噂の鈴蘭を眺めに三位湖の畔へ足を運んでいた。 「今日は一緒に来てくれてありがとうございました。とても楽しかったです」 「ふふ、私こそですよ〜」 そんな言葉を掛け合い、二人は足元の鈴蘭に触れるべく膝を折る。 「綺麗ですね〜」 それはもちろん目の前の鈴蘭の事なのだが……。 「そ、そうですね」 思わず声が上ずった。普段とは違う角度から見るせいだろうか、それとも服装か。 伝えたい言葉が溢れ出そうだ。 (過去の事を話題にするのは失礼かな……でも……) 不安は募るけれど、その先に進むためには決して避けられない事だから――。 「……聞いた話だと、六月に夫婦になると縁起が良いんだとか……面白いですよね」 巧く笑えたか自信はなかったが京香は「そうなんですか〜」と笑顔のままだ。 雫は意を決する。 以前に結婚していた事があるという貴女に。 「その……京香さんは、また結婚したいと思いますか……?」 唐突な質問に目を瞬かせる彼女へ、言葉を繋ぐ。 「僕は、貴女には僕の館にずっといて欲しいのです……その……結婚という形で」 頬を染めながらも決して目を逸らす事無く告げる雫へ、京香は間を置いて答える。 「……ふふ、そうですね〜。良い人がいればまた結婚はしたいですよ〜」 京香もまたまっすぐに雫を見つめ、その手を取る。 「……私みたいな年上の女でもよければ、是非〜」 「……っ」 その答えが雫の体を駆け抜けた。雫は京香を抱きしめ、その名を呼ぶ。 「京香さん」から「京香」へ。 万感の思いを込めた呼び声に、京香は慈愛に満ちた抱擁と共に優しいキスを贈った。 「折角誘ってくれたのに、ごめんなさいっ」 恋人に両手を合わせて謝罪するのはリスティアだ。滅多にない恋人との貴重な時間だったのに、迷子の親探しで半日が終わってしまった。 その事でイリアの機嫌を損ねてしまったのではと不安になっていたリスティアだったが、そぉっと見上げた彼の表情は、笑顔だった。 「……怒ってない、の?」 「まさか」 慈しむように髪を撫でられて、リスティアの緊張も解れる。 「良かった。じゃあ、此処からは本当に二人でお祭りを楽しみましょう!」 また迷子や、困っている人に遭遇してしまったら同じ事を繰り返してしまう気もしないではないが、気持ちはいつだって彼と一緒だ。そんな思いを込めて彼の腕に自分の手を絡めると、イリアは穏やかに微笑みながら告げた。 「この畔に咲く鈴蘭はティアみたいな花だな……あ、いや、毒があるって意味じゃないぞ」 「もうっ」 余計なことを言うから折角の雰囲気も台無しになる。 とはいえ、この美しい風景の中で小さくも確かな存在感がある美しい花に似ていると言われて嬉しくないはずがない。 リスティアは「しまった」という顔を見せる彼の腕に抱きついた。 「イリア、大好きよ」 「俺も大好きだよ、ティア」 互いに互いの温もりを感じながら、湖畔の風に抱かれる。 心に満たされた幸せはこの美しい景色に溶け込んでいけるようだった。 三位湖の畔、祭の喧騒が心なしか遠く感じる其処は人々の休憩所でもあった。ネロとル・ースも休憩がてら此処を訪れ、人気の少ない場所に腰を下ろす。 「ふ……わぁあ! お花……が綺麗、です!」 噂の鈴蘭の他にも勿忘草など小さな花もたくさん咲いており、ルースはその種類を数えそうな勢いで駆け回っていた。 そうしてしばらくして戻って来たルースは、ネロの隣に座って満面の笑顔を浮かべた。 「来て、よかっ……た♪ また来年……も、一緒に、来ま……しょう!」 「うん……」 ネロは頷く。そうだねと応じながらルースの頭に乗せたのは彼女を待つ間に作っていた花冠。 「んっ……似合ってる……可愛い」 花冠を彩る白は、鈴蘭の白。 この季節に鈴蘭を贈る意味をネロは知らなくて。 知らないだろう事をルースは知っていて。 だから「ありがとう」と笑うのはとても難しかった。 腕を組みながら湖畔を歩く恋人達……しかしニクスの表情は先程から優れなかった。 ――実は結婚するの。独り身なのもあと僅かなユリアさんに何か伝えておくことはないかしら? そう「からかわれた」はずの傭兵がユリアに何を耳打ちしたのか、ニクスは気になって仕方がないのである。 (聞くのもみっともないし……過去に何も無かったと聞いているのだから別に、な) 等々思考の渦に入り込んで難しい顔をしているニクスに気付いたユリアは、短い吐息を一つ。 唐突に彼を湖へ突き落とし――。 「ぶはっ!」 更にはユリアも自ら飛び込んだ。 「いきなり何を――」 「すっかり水も滴る良い男になったわね♪」 「何を言って……」 そうして唇を塞ぐ温もり。 「愛しているわ、ニクス。私を変えられるたった一人の貴方」 「ユリア……」 「鈴蘭は恋人達の花なのでしょう? だったら楽しみましょう、恋人なのは今年が最後なんだから」 「……こんなずぶ濡れでか」 「思い出深い一日になるわ♪」 無邪気な笑顔を浮かべる恋人の言葉を、ニクスは否定出来ず。 ――幸せにね。 ユリアの耳の奥に響く、スタニスワフの声。 (ええ勿論よ。だから、マー君も) 『占い』が当たることをこっそりと祈るユリアだった。 「さすが伝承になるだけはある、といった風景だね」 せっかくだからと三位湖の畔にも足を運んだウルシュテッドとファリルローゼだったが、無数の恋人達でいっぱいの光景には微妙な笑みが浮かぶ。 今日のところは退き上げようかと提案しかけて、恋人達の姿を見つめる姪の異変を察した。 「……此処に来るなら別の相手との方が良かったかな」 その言葉にハッとしたファリルローゼは「いえ……」と首を振るが、ウルシュテッドには判っている。 「……どうした?」 「叔父様……私、は……」 ファリルローゼが無意識に触れたのは、かつて『彼』に貰った耳飾り。 「私は……彼を、好きでいていいのでしょうか……?」 絞り出すような細い問い掛けは、それだけ彼女の想いが何かに押し潰されている証――何、に? (罪悪感、か……) 姪の身の上に起きた事象を彼は知っている。 だから。 「……死者や家族に誠実でいる事と、己の気持ちを押し殺す事は、別物だよ。彼らはおまえを責めたかい?」 いいえと首を振る姪に、ウルシュテッドは続ける。 「おまえが欲しいのは「好きでいてもいい」という許可かい? それとも――迷う事で生じる時間かい?」 叔父の言葉はファリルローゼの心を突き、その殻を剥がしていく。 その奥に隠されているのは、――……いまの関係を崩したくない、臆病な自分。 「……私が欲しかったのは言い訳……気持ちを伝えずに済む理由……です、ね」 弱い己を隠すために『彼ら』を理由にした自分は何て卑怯だろうとファリルローゼは自らを叱る。 けれど、それが恋だとウルシュテッドは肯定する。 醜い自分を知る事は自らを好きになる為の一歩だ。 「叔父様……ありがとうございます」 涙を堪えて微笑む姪に笑い返したウルシュテッドは、その後方に一人の男を見付けて眉を潜めた。 どうしてこのタイミングで、と思うが、あちらも気付いたようだし仕方がない。不思議そうな顔をしている姪っ子に後ろを向かせ、繋いだ手を彼へ。 「行っておいで」 「え、え? !、マチェク!?」 ファリルローゼも驚いたが、ウルシュテッドから敵意の篭った一瞥をくらった傭兵もまた驚きを隠せずにいた。 驚きの理由は、決してその視線ばかりではなかったけれど。 三位湖畔には東屋が幾つも設けられており、その一つ一つに人が集まる。 愛を語らう恋人達。 気心の知れた相手と酒を飲み交わす開拓者達。秀春もその縁で宴の一つに参加していた。 「占いなんてのは当たるも八卦、当たらぬも八卦。気の持ちようってやつさね」 秀春は盃を傾けながら笑う。 自分の当番が終わり、湖畔で一休みしようかと来てみれば顔馴染みも少なくなく、酒の席に誘われれば断る理由はなかった。 そうしている内に見かけたのは、数刻前にちょっとした御節介を焼いた男の姿。 湖畔を共に歩いている女性との雰囲気を見れば『会えた』と判った。 「待っている相手に会えると言われりゃ、無意識に探しちまうもんさ」 それは、相手も祭に来ているという前提条件が必要であるにせよ、遭遇する可能性を大いに高めるだろう。 聞いていたヘイズは「そういうもんか」と難しい顔をした後で、ならばと問う。 「俺の想い人もここに来てくれるかな」 自分の胸を叩きながら軟派な風に声を投げ掛けるヘイズに、秀春。 「占料は簪一つでどうだい?」 「贈る相手が出来たらな」 「そりゃそうさね」 陽気に笑う男二人、せっかくだからと一杯付き合った後、ヘイズは湖畔に咲く鈴蘭を一輪だけ手折った。 (天儀でも鈴蘭は幸福の象徴なのですね) 形が似ている事からその名が付いたと言われる花にも音色があるのなら、その鈴の音はきっと幸せを運ぶ人々の笑い声であり、それを皆に運んでいく風の声だったりするのだろうか。 周囲の幸せに満ちた雰囲気に目を眇めるアルーシュの隣では、穂邑も満たされて泣きそうな表情を浮かべている。 「楽しかったです、来れて良かったです、ありがとうございます……!」 傍には一緒に祭を楽しんだ空やケロリーナ、一時は別行動を取っていたキースの姿もある。 アルーシュは微笑い掛けた。 「お揃いのお土産、大事にしますね」 「宝物にします!」 揃いで購入したお土産の数々は、見る度に穂邑に今日の楽しい時間を思い出させるだろう。 最近は辛い思いばかりして来た穂邑に、一つでも多く楽しい思い出を作ってもらいたい。それが友人達共通の願い。 (神代の事もそうだが……) キースは神妙な面持ちで空に声を掛ける。 「さっき東郷を見付けたんだ」 空は静かな視線を送ると同時、彼女が別行動を取った理由を察した。 「会うかと聞いたら今は止めておくと……石鏡も見た目ほど平穏ではなさそうだ……油断はするな、とさ」 「そうですか」 空の返答は淡々としていた。 言われるまでも無く守ってみせる――そう決意新たに見つめる先に、ヘイズが歩いてくる。男一人混ざるのも……と東屋で休んでいた彼が、穂邑の傍に膝を折った。 「穂邑ちゃん、今日は楽しかったかい?」 「はい! 皆さんと一緒で本当に嬉しかったですっ」 「そっか、良かった」 応じて微笑むヘイズの様子に、アルーシュとケロリーナは顔を見合わせると、そっと距離を置いた。空とキースも察して他所を向く。 そんな仲間達の反応に頬を掻きつつ、ヘイズは一輪の鈴蘭を穂邑に差し出した。 「これ……俺の気持ちな?」 目を瞬かせた穂邑は、しばらく考えた後でハッとする。 「あっ、えとっ」 慌てて周りの鈴蘭を見比べ、綺麗だと思える一輪を手折り、 「ヘイズさんにもたくさんの幸せが訪れますように!」 ……何とも言えない気持ちになる友人達だった。 先程までは五行王と石鏡王が歓談していたその一室に、今は五行王と三人の女性開拓者。 (心配した通りだったって事よね……) 相変わらずの仏頂面をしている五行王を前に、胡蝶は数刻前の石鏡王を思い出しながら呆れ半分の溜息を零した。 いい大人が三十年近く若い相手を困らせるなと言うものだ。 フレイア(ib0257)もその時の事を思い出したらしくくすくすと笑う。 「なんだ」と五行王に睨まれても全く気にしない彼女は国賓である五行王の護衛任務を受けて湖水祭りに来ていたのだが、布刀玉王の困り果てた姿を見て助け舟を出したところ、隣へどうぞと『頼まれた』のである。あの状況下で五行王と顔馴染みだという開拓者の存在がどれほど心強かったか。 そして、柚乃。 胡蝶がこの場に加わったのは布刀玉王と面識のあった彼女と偶然にも顔を合わせたからと言うのが大きい。 かくして集まった彼女達に「後はお願いします」と微笑んで公務に赴いた布刀玉王。すぐに戻るとも言っていたが、どうなるか。 (他にも国賓はいるでしょうに……五行王に割いた時間を思えばこのまま引き籠らせておくのもどうかしら) そう考えた胡蝶は再度の溜息の後に口を切る。 「差し出がましいとは思うけど……国賓が祭りに姿を見せずじゃ招待した石鏡の面目が立たないのではない……? 私達が警護するから、少しは出歩いたら?」 五行王はしばらく無言で胡蝶を見ていたが、思案するように眼を逸らし、……更に無言。 肩を竦める胡蝶と、やはり笑顔を絶やさないフレイア。 「難しく考えずとも気分転換をしてみては如何かしら? たまには外の景色も善いものですよ。護衛させて頂けるならいつぞやのお礼も」 二人から提案を受けた五行王は柚乃に「おまえもそう思うか」と言いたげな視線を送り、対して柚乃は一つ小さく頷くと微笑んだ。 五行王は更に難しい顔をする。 開拓者達は顔を見合わせて困ったように笑う。 まったく、この王様は。 湖水祭りは夜を迎え、辺りに灯るのはまるで蛍のような提灯の灯り。 その一つ一つが縁を結ぶ人の営み。 「人の希望や絆も良いものでしょう?」 フレイアに促されて五行王も外を見つめ、……そしておもむろに立ち上がった。 「……付き合え」 その一言で外へ向かう彼に、微笑むフレイアと、仕方ないわねと胡蝶。 柚乃は五行王も見つめた外の景色をゆっくりと見渡して微笑んだ。 「皆でお祭りを楽しめますように」 祈りは幸運の女神様に。 親しい人達が今日も、明日も、……ずっと、ずっと、笑顔でいてくれますように。 ――そう、願った。 |